人類の未来の危機としてのガザのジェノサイド

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パレスチナの国旗

※ イメージ図(©photoAC)

イスラエルは、パレスチナに対して、ヨルダン川西岸は入植地を拡大し、ガザは周囲を完全に封鎖するという戦略をとってきました(※)。ガザには入植地がないこともあり、イスラエルは繰り返し無差別爆撃を繰り返しています。

※ この他、ゴラン高原の約3分の2程度の占領を継続しているが、これは本来のシリア領である。なお、南レバノン及びエジプト領のタバ地区からは撤退している。

2008年から2023年の10月7日直前までのイスラエルによるガザへの攻撃により、パレスチナ側は10,559が死亡し、多くは民間人です。一方、パレスチナ側の抵抗によりイスラエル側にも881人の死者が出ていますが、大半は兵士です(※)

※ 死者数は、イスラエルの人権組織 B’TSELEMFatalities: All data [Explanation]による。

2023年10月7日に、ハマスがイスラエルの軍事施設への攻撃を行い、そのときの攻撃対象の一つに民間主催の音楽祭が含まれていて、民間人を人質として(※)連れ去ったことを理由として、イスラエルによるガザへの前例のない攻撃が行われています。

※ 当初、イスラエルはハマスによる残虐行為があったと主張していたが、それが誤りであったことは後にイスラエルも認めている。また、音楽祭における民間人の死者はイスラエル軍によるものも多いとの見方も出ている。

問題は、イスラエルによる攻撃が、病院、学校、文書館、民間施設などを直接の攻撃対象としていること、イスラエルが指定した民間人の避難経路や避難先が爆撃されたり、医療従事者や報道記者が狙撃されるなど、民間人の殺害を直接の目的としていると考えられることです。

イスラエルによる封鎖のため、民間人のための医薬品、食糧、水、燃料なども極度に不足しており、まさにホロコーストが遂行されていると考えざるを得ない状況となっています。

このようなイスラエルの行動は、イスラエル国内外での強い批判を生んでおり、中東諸国のみならず、欧米諸国でも市民による抗議活動が行われています。米国内(及びイスラエルでも)のユダヤ人組織もイスラエルの攻撃を批判するなど、批判の声はユダヤ人を含む全世界の市民の間に広まっています。

ところが、欧米及び日本の政府はイスラエルの行動を支持しています。このようなことは第二次世界大戦前のチェンバレンによる対独融和政策と同様な問題をはらんでおり、日本を含む世界的な排外主義レイシズムの不気味な拡大と合わせて、今後の国際的な経済活動に重大なリスクをもたらしかねません。

私たちが目指すべきは、パレスチナ人とユダヤ人がともに平和に生きられる社会です。パレスチナ人とユダヤ人の友好が実現し、ともに若者が未来に夢を持てる社会の実現なのです。しかし、その実現のためには、イスラエルに対する国際的な圧力が必要です。そのためには私たち市民が何をなすべきかを説き起こします。




1 初めに

執筆日時:

最終改訂:

(1)シオニズム運動とは

ア ユダヤ人とパレスチナ人

(ア)ユダヤ人とは

日本人には人種や民族という概念についてかなりの誤解があるようだ。ユダヤ人についても、ユダヤ人という生物学的に分類できる「人種」が存在しているわけではない。ユダヤ人には、欧州やロシア出身の白人だけでなくエチオピア出身の黒人もいる。そもそも「人種」などという科学的に定義できる概念があるわけではない。

イスラエル政府の公式な見解では、ユダヤ人とは「民族」であるとされている。イスラエル政府が「民族」という言葉をどのようにとらえているかは必ずしも明らかではないが、旧約聖書のアブラハムから続く母系血族の集団と考えられているのであろう(※)

※ ある人がどの民族に属しているかは、基本的にその人が自らはどの民族に属していると考えるかによるというのが、現在、普遍的に認められた考え方である。

なお、シュロモー・サンドは「ユダヤ人の起源 : 歴史はどのように創作されたのか」(WAVE出版 2013年)において、20世紀初頭にユダヤ人の大半を占めていた東欧系のユダヤ人(アシュケナージ)の源流は7~10世紀に存在したユダヤ教国家ハザール王国であるとし、旧約聖書の時代のユダヤ人とのつながりを否定している。

一般のユダヤ人は、ユダヤ人とは「ユダヤ人の母から生まれた者とユダヤ教に改宗した者」だと考えている。それによれば、ユダヤ教を信仰しユダヤの戒律を守ろうとしている人々がユダヤ人なのである(※)

※ ただし、ユダヤ教に改宗するのは簡単ではない。仮に私がユダヤ教に改宗したいと言っても、それを認めるラビ(rebbe=ユダヤ教の聖職者)は、まずいないだろう。


(イ)パレスチナ人とは

これに対し、パレスチナ人を含むアラブ人とはアラビア語を話す人びとである。その中にはキリスト教徒もいればユダヤ教徒もいる。

シオニスト運動が起きる前の1880年のパレスチナの人口は約324,000人であったが、そのうちの24,000人はアラビア語を話すユダヤ教徒だった。それらの人々は、アラブ人でもあったし、ユダヤ人でもあったのである。

なお、当時の彼らが狭義のシオニストではないことは当然であり、他のアラブ人との間にほとんど軋轢あつれきはなかった。


イ 第二次大戦まで

(ア)ヘルツルと「ユダヤ人国家」
① ドレフュス事件の衝撃

日本では、シオニズムによるイスラエルのパレスチナへの侵略と占領あるいはこれまでの中東戦争を「宗教戦争」と捉える向きがあるが、そのような考えは完全な誤りである。

世界各地に散らばっていたユダヤ人は、信仰としてカナンの地(パレスチナ)に戻るという意識はあったかもしれないが、あくまでもそれは神の意志・信仰上のことである。1881年に発生したウクライナのポグロム(ユダヤ人を対象とした襲撃)の発生までは、人の意思で具体的にパレスチナへ渡ってそこで暮らそうなどと考えるユダヤ人はほとんどいなかったのである。

一般にシオニズムは、先述した1881年のウクライナにおけるポグロムが原因となって始まったとされている。しかし、シオニズムが明確に意識されるようになった契機としては、ドレフュス事件(※)の方が重要だろう。この事件は、少なくないユダヤ人に衝撃を与えた。それぞれの祖国に溶け込み、軍人として活動していてさえ、差別からは逃れられないと感じたのである。

※ フランス軍人のドレフュス大尉が、1894 年に、ドイツのスパイとして終身刑を受けた事件。実際には冤罪であり、背景にはユダヤ人差別があったものと考えられている。フランスの世論は2つに割れ、国際的にも強い批判を浴びた。

ドレフュス事件がきっかけとなり、ジャーナリストのテオドール・ヘルツルが 1896 年に「ユダヤ人国家」(※)という書を著し、シオニズムを世に問うた。ただ、ヘルツルは、ユダヤ人国家を創る土地は必ずしもパレスチナに限定されるとは考えていなかった。

※ テオドール・ヘルツル「ユダヤ人国家 〈新装版〉ユダヤ人問題の現代的解決の試み」(法政大学出版局 叢書・ウニベルシタス 330 2011年)

しかし、ヘルツルの主張したシオニズムは、当時はほとんどのユダヤ人からは冷ややかに迎えられた。とりわけ米国では、ユダヤ人は成功する機会を他の白人と同様に享受していた。神の意志ならばともかく、あえて人の手でユダヤ人の国家を創りたいなどとは考えなかったのである。当時のユダヤ人の間で流行った歌にある「Oy, Ir Narishe Tsionistn(You Foolish Little Zionist)」というのが、当時の多くのユダヤ人の反応だった。


② そこに人がいることは気にしなかった

しかもパレスチナの地は、第二次大戦の終了までオスマントルコや英国による植民地支配が続いていた。そして、さらに重大なことは、そこはパレスチナ人がすでに暮らしている土地だったということである(※)

※ パレスチナ人がいつ頃からここに居住しているのかは必ずしも明らかではない。聖書の記述を正しいと信じるのであれば、カナン人かペリシテ人の直系と考えるのが自然だろう。なお、ヘルツルが「ユダヤ人国家」を著した当時も、ヘブライ語でイシューブと呼ばれる小規模なユダヤ人のコミュニティは、パレスチナ領域に点在していた。

おそらくシオニストは認めないだろうが、当時の欧州の白人であるヘルツルは、アフリカ、中東などは植民地支配する対象としか考えておらず、パレスチナ人の人権など気にもしていなかったのだ。

保井(※)によれば、ヘルツルは「その土地にはだれも住んでいないのだからユダヤ人は何の良心の呵責もなく掌握することができる」述べたとされる。しかし、そこにパレスチナ人が住んでいたことを、国際問題に詳しいジャーナリストのヘルツルは知っていたはずである。保井が言うように、ヘルツルはそこに住んでいるパレスチナ人を人権が守られるべき人間とは思っていなかったのであろう。

※ 保井啓志「『我々は人間動物と闘っているのだ』をどのように理解すればよいか」(現代思想 2024年2月号)。なお、保井によると、1983年にイスラエルの軍参謀総長のラファエル・エイタンは「アラブ人に対して入植で対抗してゆけば、ゆくゆくは『ボトルの中のゴキブリのように走り回ることしかできなくなるだろう』と発言している」。

ネタニヤフも、2023年のガザへの攻撃に関連して、パレスチナの市民を「動物」と表現している(※)が、ヘルツルにとってもパレスチナ人の人権など、動物程度にしか思っていなかったのかもしれない。もっとも、それは、植民地支配を当然のこととしていた当時の多くの「文明人」の共通した考え方でもあった。

※ 読売新聞2023年10月13日「イスラエル首相「我々は肉食動物を見た」、ガンツ前国防相「ハマスを地球上から消し去るであろう」」など


(イ)英国の3枚舌

そのような状況の中、オスマントルコによるアラブの支配を嫌う英国は、オスマントルコと戦うために、ユダヤ人、アラブ人、フランス・ロシアに対して、後に英国の3枚舌と呼ばれようになるきわどい外交を行った。これが、後にパレスチナ問題を引き起こす遠因となる。

【英国の3枚舌】

  • フサイン・マクマホン協定
  • 英国の高等弁務官であるヘンリー・マクマホンが、アラブのシャリフであるフサイン・イブン・アリーと書簡を交わし、アラブ人に宗主国のトルコと戦うことをけしかけ、その見返りとしてアラブの独立への支援を約束
  • バルフォア宣言
  • 英国の外務大臣アーサー・バルフォアが、ユダヤ人富豪に対して、第一次大戦の戦費の援助を依頼し、その代償としてユダヤ人の国家の建設を約束
  • サイクス・ピコ協定
  • 英国政府は、フランス、ロシアとともに、中東地域の3分割の協定を締結。原案がイギリスの外交顧問マーク・サイクスとフランスの外交官フランソワ・ジョルジュ=ピコによって作成された。革命後にソ連政府が協定の内容をばく露した。

第一次大戦後の 1922 年、オスマントルコの支配が終焉すると英国はパレスチナの信託統治を認められた。信託統治と言えば聞こえは良いが、その実、植民地支配である。英国は、フサイン・マクマホン協定はパレスチナに関しては無視を決め込んだが、バルフォア宣言については忠実に守り、パレスチナへのシオニストの移送を強硬に推し進めた。このため、第一次大戦直後にはパレスチナに占めるユダヤ人の割合は6%程度であったが、1928 年には 18 %まで急増した(※)のである。

※ 数値は、ラシード・ハーリディー「パレスチナ戦争: 入植者植民地主義と抵抗の百年史」(法政大学出版局 2023年)による。

一方、英国はパレスチナ人に対して徹底的な弾圧を加えた(※)。このため、ユダヤ人が英国の協力の下で軍事力を蓄える中で、パレスチナ人は力を失ってゆく。また、頼みとするべきアラブ諸国は英国の影響力から抜けきっていなかった。

※ 高橋宗瑠「パレスチナ 続くイスラエルの不処罰と国連の無力」(現代思想 2024年2月号)は、このときの状況を「入植者の多くは露骨にパレスチナ人を排除する目的で行動して、衝突が増えるようになった。パレスチナ人が一斉蜂起して内戦状態になると、イギリスは武器の携行を認めたユダヤ人民兵団と一緒に弾圧した」と端的にまとめている。


ウ 第二次大戦後

(ア)ホロコーストでユダヤ人を見捨てた連合国
アウシュビツ収容所

※ イメージ図(©photoAC)

さらにシオニズム運動の状況を一変させたのが、ナチによるユダヤ人へのホロコーストである。

ナチは、ユダヤ人をドイツ及び占領地から追い出しを図った。このため、パレスチナへ移転するユダヤ人の数が急増したのである。彼らは、それまでパレスチナへ移転しようとしなかった人々だった。すなわち、ナチによる支配がなければ、ドイツで成功する可能性のある人々なのだ。皮肉なことに、ナチが政権をとったことで、イスラエルのシオニストは、優秀な知識人や熟練労働者を集めることができたのである。

そのような中、ほとんど知られていないが、1933 年にシオニストとナチ政府の間で、奇妙な協定が締結される。ハアヴァラ協定と呼ばれるこの協定は、ユダヤ人がドイツ製品のボイコットをやめ、ドイツ資産を購入してパレスチナに資産を移転することを認めていた(※)

※ ラシード・ハーリディー「パレスチナ戦争: 入植者植民地主義と抵抗の百年史」(法政大学出版局 2023年)による。なお、シルヴァン・シベル「イスラエル vs. ユダヤ人」(明石書店 2022年)によると、後にネタニヤフは「ヒトラーはユダヤ人を殺害する気はなく追い出そうとしただけだった」と発言して物議を醸している。

ホロコーストが行われていたとき、ナチもドイツ国内を含めてそのことを極秘扱いにしていた。しかし、ホロコーストは大規模に行われていたために情報を完全に秘匿することは不可能だった。当然のことながら、ホロコーストが行われているとき、多くのドイツ人ばかりか連合国の首脳陣も、その情報は得ていたのである。

しかし、ドイツ本国及びその占領地で、ホロコーストを批判する動きはほとんどみられなかった。また、連合国側にとっても、戦争を遂行する上でユダヤ人を救出することは最優先事項とされたわけではなかった(※)。欧米とソ連、そして多くの一般のドイツ人は見て見ぬふりをしたのである。

※ 連合国が収容所からユダヤ人の開放を積極的に行うのは、大戦末期にポーランド各地の収容所が「見つかった」後のことである。

なお、シオニストのダニエル・ソカッチは、「イスラエル 人類史上最もやっかいな問題」(NHK出版 2023年)の中で、どの国もユダヤ人を避難先として受け入れてはくれなかったと述べている。しかし、公平に見て、米国はドイツで迫害を受けたユダヤ人を受け入れることはしていたし、そのことは否定しようがない。


(イ)戦後処理とユダヤ人難民の問題

そして、ヨーロッパがナチから解放されると、ナチから解放されたユダヤ人が大量の難民となったのである。欧州とソ連は、彼らをなんとかしなければならなかった。ナチからヨーロッパとソ連は解放されたのであるから、元の居住地へ戻ればよいと思うかもしれないが、ことはそう単純ではなかったのである。

例えば、ポーランド出身のユダヤ人は、元の居住地に帰ろうとしても、国境がカーゾンラインまで西側に動いており、元の居住地がポーランドではなくなっているケースもある(※1)。そうではない場合も、故郷に帰り着いたとき、元の住居には他人が住んでおり、かつての自分の住んでいた土地も他人が所有していた(※2)。そのため、ポーランドのユダヤ人が元の居住地に戻ったとき、地元民によって虐殺されるケースさえ発生している。

※1 当時、多くのユダヤ人はポーランドよりロシアに対して親近感を有していた。しかし、ユダヤ人の多くは経営者であったことから、ボルシェビキには反発しており、白系とみなされることも多かった。

もっとも、公平に見て新生ソ連では反ユダヤ意識はポーランドほど強くはなく、トロツキーの例を見てもわかるように、ユダヤ人にも活躍の場はあり、現にディアスポラ(=イスラエルに移住しない)のユダヤ人の多くがソ連で暮らしていたのも事実である。

※2 当時、ポーランドでは、ユダヤ人は農業に従事することは禁止されており、農地は所有していなかったと思われる。

なお、ユダヤ人以外でも、第二次大戦中に差別によって追放されて戦後解放された少数派の人々について、どのように対応するかの悩ましい問題が、各地で発生していた。その一つの例に、第二次大戦中の米国における日系米国市民がある。大戦後に、収容所から解放されたとき、元の土地はすでに人手に渡っていたのである。映画「ヒマラヤ杉に降る雪」(1999年 米国映画)で、日系米国市民が無実の罪で死刑になりそうになるが、これはこのときの事情を背景にしている。

ロジャー・ダニエルズ「罪なき囚人たち=第二次大戦下の日系アメリカ人」(南雲堂 1997年)によれば、日系人が失った土地を補償するために賠償請求法が成立したが、訴訟は17年間続き、ほとんどの賠償請求はごくわずかな金額で決着したという。後に、十分ではないにせよ、1989 年に日出法案が成立するまで、日系人への補償問題はくすぶりつづけるのである。一方、欧州のユダヤ人に対する補償は、パレスチナを犠牲にするという手法が編み出されたのである。

後にイスラエルの首相となるペギンは、「世界は畜殺されるものに同情しない。世界が尊敬するのは、戦うものだけである。諸国民は、この厳しい現実を知っていた。知らなかったのはユダヤ人だけである(※)と述べている。ペギンは、ホロコーストで殺害されたユダヤ人の側が戦わなかったことにも問題があるとし、自らの権利を守るためには戦う必要があると指摘したのだ。

※ メナヘム・ペギン「反乱-反英レジスタンスの記録」(ミルトス 1989年)(鶴見太郎「イスラエルの起源」(講談社 2020年より引用)

問題は、その戦う相手がナチではなく、ホロコーストになんの責任もないパレスチナの女性や子供など非武装の市民だったことである。


(ウ)ユダヤ人への贖罪をパレスチナの犠牲によって解決

このユダヤ人難民の問題を解決する手段として、シオニズムが利用されたのである。国際社会は、彼らをパレスチナの地に送って、パレスチナ人の犠牲のもとにこの案件を解決しようと図ったのだ。

国際社会は、ホロコーストを見捨てたことと、その後処理に自らを犠牲にすることはなく(※)パレスチナ人を犠牲にしたことで、恥知らずな行動を重ねたのだ。アラブ人が騒いだら押さえつければよいと考え、そしてその通りにしたのである。

※ パレスチナの側に立ってみれば、欧米とソ連がユダヤ人に贖罪したいのであれば、米国かソ連の州のひとつから自国民を追い出して、ユダヤ人に与えてイスラエルとして独立させておけばいいではないかと思えるだろう

イスラエルが、欧州、ソ連、北米大陸のいずれかに建国されていれば、中東で何度も戦争が起きることはなく、パレスチナ解放勢力が起こした事件=欧米がテロだと主張する=は発生することもなく(シオニスト過激派のテロは起きたかもしれないが)、今日、ガザで多くの市民が虐殺されることもなかっただろう。

また、敗戦国であるドイツか日本の一部にイスラエルを建国することは考えなかったのだろうか。どちらにしても、第一次大戦、第二次大戦と反戦を重ねるたびに、ドイツの領土は縮小しているのである。日本も、日本の領土であった千島列島がソ連の手に渡っている。なお、イタリアについては、第二次大戦末期にバドリオ政権が連合軍側に立ってドイツに宣戦布告し、現実に(バドリオとは無関係だが)パルチザン部隊がドイツと戦っており、形の上では戦勝国である。

しかし、ドイツについては、欧州とソ連は、自らの領土を増やすことに夢中で、ドイツの一部をユダヤ人の国家として与えることなど考えもしなかった。また、日本についてはホロコーストに直接の責任がないこともあるが、米国としては、ソ連の分割統治の要求をはねつけたという事情があり、沖縄も(独立や信託統治ではなく)潜在的主権は日本にあるとせざるを得ない状況であった。

歴史にイフを考えることはナンセンスではあるが、もし、聖書のカナンの地がパレスチナではなく、ワシントンかパリかモスクワなど戦勝国の領土内にあった(※)ら、国際社会はどのように対応していただろうかと考えてしまう。

※ 1870 年にサンフランシスコにシナゴーグが設立された。そのステンドグラスには、モーゼが十戒を受けるシーンが描かれているが、その背景はヨセミテ峡谷である。


(エ)「文明国を攻撃するのはテロだ」は差別意識の表れ

よく「英国の3枚舌がパレスチナ問題の原因」などと言われる。確かに、英国が恥知らずなことをしたのは事実だ。だが、では、このパレスチナ分割の国連決議は恥知らずではないとでも言うのか。中東出身者による民族解放闘争=西側諸国がテロと称する=の最大の原因を創ったのは、パレスチナ国民の犠牲の下にイスラエルを作ろうとした国際社会なのである。

日本にも、パレスチナの側をテロリストとして、一方的に切り捨てる「識者」がいる(※)。欧米の「文明国」と中東やアフリカなどの「旧植民地の市民」の間に紛争が起きると、文明国を攻撃することはテロという悪であり、文明国が旧植民地の市民を殺害することは治安活動で正しいことだという意識に固まっているだけと思える。彼らにとってはそのような考え方は「自明の理」であって当然のことだと思えるようだ。しかし、虚心坦懐に考えれば、そのような考え方には、なんの合理的な根拠もないのである。

※ 最近、重武装のイスラエル軍に対して投石をするパレスチナの若者をテロリストと決めつけ、これに対して銃撃することを国家としての正当な反撃権だと主張する日本人の著書を見かけたことがある。パレスチナの側がイスラエルからどのような抑圧を受けているかを考えれば、このような主張には人間性は見いだせない。なお、このような主張は、穏健派であればイスラエルのシオニストでさえ、堂々とはしないだろう。

一方、ライラ・カリド「わが愛はパレスチナへ」(番町書房 1974年)などを読めば、テロリストと呼ばれている人々も、普通の人間なのだと理解できるだろう。彼らのしていることを支持しろと言っているのではない。彼らも人間なのだということを理解し、その言い分にも耳を傾けなければ「テロ」の根絶などあり得ないということである。そして、それは、国際秩序の維持と、人間性の回復に必要なことなのだ。

いたずらにパレスチナの側をテロリストと決めつける愚かな主張は、和平への道を遠ざけ、当のイスラエルにとっても決して利益にはならないのだ。紛争が起きているときにその一方を悪と決めつけるようでは、解決の道は見えてはこない。パレスチナの側には、パレスチナの生活があり、また言い分がある。イスラエル(や米国)の主張を聞くなら、パレスチナの側の主張も聞くべきだ。和平への道は、相手側を理解することから始まるのであり、それなしに和平への道はあり得ないのである。


(2)イスラエル建国後のパレスチナの情勢

ア イスラエルの建国とナクバ(大惨事)

(ア)パレスチナ分割決議

さて、話を本筋に戻そう。新たに作られた国際連合は、1947 年にパレスチナを2つに分割することを支持するという決議を行う(※)

※ 賛成は米国、ソ連、欧州の主要国家など33、反対はアラブ諸国、イラン、インド、キューバなど13、棄権は英国など11(欠席1を含む。)であった。なお、当時はソ連も賛成に回った。米国は、当初、国務省は中東の政治情勢に不安要素をもたらすとして=事実その通りになった=反対していたが、トルーマンが押し切って賛成に回った。ここで、重要なことは、独立国家ではなかったパレスチナ人が投票に参加できなかったことである。

これは日本に当てはめれば、次のように言われたようなものだ。実際には、敗戦国の日本でさえ、千島(及び北方4島)を奪われたにすぎないにもかかわらずである。

【パレスチナ分割案を日本に当てはめると】

  • 日本人はこれから東北・北海道・四国・九州・沖縄に住め。
  • 東海・北陸・関東・上信越・近畿・中国は、2000年以上前に日本に住んでおり、現在は世界中に散らばっている民族の国家とする。
  • なお、京都は国際的な管理地とする

しかも、人口が3分の1しかなく、土地の6%しか所有していないユダヤ人に半分以上の国土が割り当てられたのだ。パレスチナ人の人口がユダヤ人よりも多い土地までユダヤ人に割り当てられており、しかも紅海(アカバ湾)に至る土地はすべてイスラエルに割り当てられていた。このような分割案は、到底、受け入れられるようなものではなかった。

一方、ユダヤ人の側は、与えられることとなる国土は3つに分かれており、しかもエルサレムが割り当てられていないことに不満を抱いた。しかし、それを容認する方が得策だと考えるだけの分別はあった。そして、それをパレスチナ側に飲ませるためには、戦闘行為が必要だとも認識していた。

いずれにせよ、国際連合(もっと言えば第二次大戦の勝者)の拙劣で卑劣な分割案は、結局のところ実行に移されることはなく、シオニストとパレスチナ人の間の戦闘(第一次中東戦争)を引き起こす結果となった(※)のである。

※ パレスチナ人とユダヤ人の間にはさまざまな軋轢やときには暴力的な衝突があったにせよ、それまではなんとか平穏に共存することができていたのだ。シオニストによる移民が行われる前には、暴力沙汰などまったくといってよいほどなかったのである。もし、このような分割案が決議されず、またイスラエルが建国されていなければ、ユダヤ人とパレスチナ人の共存する国家が生まれて、民主主義国家として発展していた可能性もあったのだ。


(イ)ナクバ(大惨事)
避難民

※ イメージ図(©photoAC)

イスラエルの側は、アラブの住民を自分たちの支配する地域から追い出しを図った。後のイスラエルの首相となるメナヘム・ベギンが率いるイルグンは、デイル・ヤシーンを襲撃し、住民を虐殺(※)して、その噂をパレスチナ人の間に広めることによって、パレスチナ人の追い出しを図った。

※ デイル・ヤシーンの事件は一例にすぎす、他にも多くの同種の事件が起きていたことが分かっている。これらの事件で、女性たちは殺される前に強姦された。なお、イスラエルの現在の与党リクードは、ベギンが創設している。

公式には誰も認めないだろうが、米国人と日本人は、欧米や日本の人々が殺害されると衝撃を受けるが、中東やアフリカの市民が殺害されてもあまり気にしない傾向がある。どうか、日本に置き換えて考えてみてほしい。日本のどこかの都市が組織的に襲われて、住民が虐殺され、女性たちはその前には強姦されているのである。仮にあなたの家族がそのようなめにあったら、あなたはどうするだろうか。

これが、パレスチナの側からみたナクバ(大惨事)であり、ユダヤの側からは「イスラエルの建国」となる。

後にイスラエルの首相となるイツハク・ラビンは、数万人のアラブ人をリッダから追い出して、戦闘のさ中を西岸まで歩かせるようにベン・グリオン(イスラエル初代首相)から命じられたと回顧録に書いている。イスラエル政府は、「パレスチナ人を追い出したことはなく、彼らは勝手に出て行った」と主張しているが、事実に反している。

Censored Men が、イスラエルの側からナクバを行った者たちの証言をポストにまとめているので紹介しておこう。彼らは未成年を含む女性を強姦することなどによって、パレスチナ人をその故郷から追い払ったのである。

イスラエルがパレスチナ人の追い出しに成功した後で、アラブの周辺国家の一部が小規模な攻撃をイスラエルに加えたが、強大な軍事力を備えているイスラエルの敵ではなかった。1948年に停戦に至り、このときの停戦ラインが「48 年占領地(グリーンライン)(※)と呼ばれ、(イスラエル以外の)多くの国で発行される中東地図のイスラエル国境を表している。

※ 西エルサレムを含んでいるが、東エルサレムは含まれていない。分かりやすい地図が、延近充「イラク戦争前史 ― パレスチナ問題」にある。なお、イスラエル国内で発行される地図にはグリーンラインは記されておらず、イスラエルの領土には西岸とガザ、ゴラン高原の占領地までが含まれている。

しかし、これはかつてナチが欧州で行ったことの再現に他ならなかった。国際社会は、ナチが産み出したユダヤ人の難民問題を解消しようとして、パレスチナ難民の大量発生という問題を、今度は自らの手で作り出したのである。


イ 第二次中東戦争から2006年のレバノン戦争まで

第二次中東戦争(スエズ動乱)でイスラエルはエジプトのシナイ半島に侵攻している。また、1967年の第三次中東戦争では、イスラエルが先制攻撃を仕掛けた(※)。第三次中東戦争では、イスラエルはシリアからゴラン高原の3分の2を占領し、ヨルダン川西岸とガザ地区、シナイ半島を占領している。

※ イスラエルは、すべての戦争はイスラエルが仕掛けられたと主張しているが、第三次中東戦争でイスラエルが先制攻撃したことは歴史的な事実である。

この後、イスラエルはジュネーブ第4条約に違反して、占領地に入植地を作り始めた。そして、周辺アラブ国家と衝突を繰り返している。完全な泥沼状態に陥ったのである。

1973年には第4次中東戦争が勃発したが、これはアラブ側に大きな被害を与えて終了した。アラブ側国家の一部は、アラブの大義(パレスチナの解放)のために戦争を行うことに疑問を感じ始めていた。

その後、1979年にベギン(イスラエル首相)とサダト(エジプト大統領)は、米国の仲介で和平条約を締結した。シナイ半島はエジプトに返還されて、後にエジプトもガザの封鎖に手を貸すことになる。

侵略戦争

※ イメージ図(©photoAC)

1982年には、後方の憂いをなくしたイスラエルがレバノンへの侵略を開始した。イスラエル軍を率いたアリエル・シャロンは、ベイルートを無差別砲爆撃したことで、多くの市民に犠牲が出た。このときは米国がシャロンに圧力をかけて休戦を飲ませたのである。しかし、シャロンは、その後、パレスチナの難民キャンプを包囲し、レバノンの民兵組織にキャンプでの虐殺(※)を行わせるという暴挙に出た。

※ イスラエル側の記録でもほぼ800人のパレスチナ人が殺害された。パレスチナ側の主張では2,000人以上が殺害されたとされている。現実には、パレスチナ側の主張の方が正確なようだ。しかも、その中には PLO の戦闘員は含まれていなかったことが明確になっている。

2006年にイスラエルは、再びレバノンを襲った。しかし、この戦争は、イスラエルに何ももたらさなかった。数百人のヒズボラの戦闘員を殺害し、レバノンのインフラを破壊し、100万人近い民間人を南レバノンから(一時的に)追い払ったものの、得たものはそれだけだった。このほか、ヒズボラとは無関係の数百人のレバノン市民も殺害されている。

一方、イスラエル側も数十人の民間人と 121 人の兵士が死亡した。一部のイスラエル国民は、このような戦闘を合理的なものとは考えなかった。そのため、イスラエル国民の一部(ユダヤ人も含めて)が政府に批判的になるという副産物もあったのである。


2 和平への動き(オスロ合意)とその後の動き

(1)第一次インティファーダ

ここで少しばかり時間を遡ってみよう。1977 年にイスラエル国内で最右派のリクードが政権についた(※)。その後、占領地への締め付けが厳しくなり、ユダヤ人の占領地への入植者による、パレスチナ人への暴行、強姦、窃盗、違法な農地の破壊、住居の破壊などが増え始めた。

※ イスラエルでは選挙の結果、最多数を得た政党が連立政権を作る慣行がある。建国以来、これまで単独で過半数を得た政党はなく、常に連立内閣となっている。最多数を得た政党が連立政権の樹立に失敗すると、第2党が連立政権を組むことになる。

このような入植者の行為について、イスラエル政府は見て見ぬふりをするだけならまだしも、しばしばイスラエル軍が入植者による暴行を支援していた(※)

※ シルヴァン・シベル「イスラエル VS. ユダヤ人」(2022年 明石書店)の第1章及び第2章には、イスラエルによるパレスチナ人への犯罪行為がどのように行われているかが紹介されている。なお、シルヴァン・シベルは、米国在住のユダヤ人である。

これに対して、パレスチナ人の抗議行動が巻き起こった。大部分は平和なデモだったが、投石が行われることもあった。だが、主催者の方針で、投石以上のことは行われなかった。

イスラエル軍は、これらの抗議行動を行うパレスチナの市民(ばかりか巻き込まれただけの市民も含めて)に対して、催涙弾、ゴム弾、そして実弾を撃ち込んだ(※)。また、未成年者を捕らえて、片っ端から刑務所へ放り込んだ。

※ この時期ではないが、パレスチナのデモ行為に対して、イスラエルがどのように対応しているかは、渡辺丘「パレスチナを生きる」(朝日新聞出版 2019年)などに詳しい記述がある。

1987年12月、イスラエル軍の戦車輸送トラックが、パレスチナの労働者が乗っているワゴン車に激突して4人を殺害するという事件が発生した。イスラエル軍は事故だと主張したが、意図的であることは目撃者の証言から明らかだとパレスチナ側は感じた(※)。抗議行動はこれを機に急速に拡大したのである。

※ 事件の経緯から考えれば、実際に意図的だったと考えるのが自然である。

第一次インティファーダは、必ずしも PLO が指揮していたわけではない(※)が、1988年にヤーセル・アラファトは2国家並立を受け入れ、テロ放棄宣言を行う。

※ レバノン内戦で失策を繰り返したアラファトは、当時、チュニジアに根拠地を置いており、第一次インティファーダに影響を及ぼすことはなかった。第一次インティファーダは自然発生的な要素が強かったのである。アラファトがテロ放棄宣言を行ったのは、PLO の指導力の回復を目指していたとする説もある。

ラシード・ハーリディー「パレスチナ戦争: 入植者植民地主義と抵抗の百年史」(法政大学出版局 2023年)によれば、アラファトは「アメリカが自分たちの主張や目的に関心がなく、むしろ軽蔑すらしていることを理解していなかった」、おそらく米国政府高官の多くがアラブ人を人権を尊重するべき人間だとさえ思ってはいなかったということにも気づいていなかった。

しかし、抗議行動は、一部のシオニストが主張するようなテロではなく、正当な抗議の意思表示である。抗議行動はその後も拡大し、イスラエル側は抗議活動を行う若者に対して催涙ガス、ゴム弾、ときには狙撃銃で実弾を撃ち込み、死傷者数は増加の一途をたどった。イスラエルに対する国際的な非難の声も高まり、非難の対象は米国にも向けられるようになった。

※ ゴム弾とは、実弾の周囲をゴムで覆ったもので、殺傷能力がある弾丸である。

この状況に危機感を抱いた米国のブッシュ大統領は、1991年になってイスラエルのイツハク・シャミル首相と、アラファト PLO 議長、それに周辺国家の首脳をマドリードに集めて、仲介を行おうとした(※)

※ 米国も、この頃は(やむを得ずではあったが)イスラエルの暴走を止めようとするだけの理性があり、イスラエルの側も(しぶしぶではあったが)それに従うだけの分別があったのである。なお、1991年はソ連が崩壊した年である。ソ連崩壊に伴い、ロシアから大量のユダヤ人がイスラエルに移動していた。

しかし、パレスチナとの和平工作に反感を持ったシャミルは、入植をさらに進め、これがパレスチナのさらなる抗議と米国のいらだちをもたらすことになる。


(2)ハマスの誕生とラビン政権の誕生

PLO は、ファタハ、PFLP、DFLPなど様々なパレスチナ解放勢力が所属する機構で、パレスチナの内閣のような役割を果たしている。ファタハは政治的には多様な自在を受け入れているが、PFLPは社会主義に近い考えを持つ人が多いようである。最近では、イスラエルとの妥協を図っており、最大勢力のファタハ内部で汚職などの腐敗も進んでいるとしてパレスチナ人の間でも全面的な信頼を失いつつあることも事実である。

これに対し、イスラム原理主義を思想的な背景とするハマスが台頭してきた。彼らは基本的に汚職などとは無縁で、パレスチナ人の生活向上のための運動にも熱心であった。イスラエルとの和平についても懐疑的(※)で、パレスチナ人の人気を集めることとなった。

※ イスラエルは、西岸で入植を進め、入植者によるパレスチナ人への暴行、農地の破壊、住居の破壊なども日常的に行われている。また、ガザを完全に封鎖しその生活を破壊しているばかりか、繰り返して無差別爆撃を行っている。イスラエルとの和解を勧めるという PLO の考え方が、パレスチナ人の間で受け入れられないのはイスラエルの側に責任があると言うべきである。

ところが、イスラエル政府は、当初はハマスの台頭をむしろ歓迎し、支援さえしたのである。これは PLO に対抗するためだったと言われるが、実は、ハマスが建前上はイスラエルとの和平に反対していたことが理由だったのではないか(※)と思われる。和平に反対していたシャミルが、その点に利害の一致を見出したというのが真相に近いだろう。

※ よく誤解されているが、ハマスはイスラエルを承認してはいないが、2国家解決に反対はしていない。48 年占領地(グリーンライン)を前提とした2国家の並存を認めているのである。例えばニュースウィーク2023年11月21日記事「【一覧】イスラエルに対抗するのはハマスだけではない...知っておくべき、これだけ多くの政治・武装組織」(2ページ目の記述)など。

現在、2国家解決を否定しているのは、西岸での入植を進めているベンヤミン・ネタニヤフの方である。このため、国際動向に詳しい専門家の一部は、2国家解決の現実性は乏しいと考えている。しかし、米国は、CNN 2024年01月10日記事「米国務長官、イスラエルが2国家解決に向け動く必要あると発言 安全保障面でアラブ諸国の支援望むなら」にもあるように、2国家解決を現実的な解決方法だと、今でも考えている。これは、欧州と日本の政府、そして国連も同様である。

一方、シャミルの態度に業を煮やした米国は、1992年に、イスラエルの債務保証の一部を取り消すなどの脅しをかけた。イスラエル国内でも、厭戦気分が広まっており、その年の選挙でシャミルは大敗し、労働党のラビン内閣が成立するのである。

ラビンは、アラブ系政党に閣外協力を呼び掛けて内閣を成立させた。これはイスラエルの歴史において前例のない出来事である。彼は、イスラエルが存続するためには、和平が必要だと確信していた。


(3)オスロ合意

ア オスロ合意とガザジェリコ合意

(ア)オスロ合意の成立

ラビンはアラファトを信用していなかったし、それはアラファトも同様だったが、和平が必要でありそのためにはお互いに交渉しなければならないとは理解していた。だが、和平交渉などというものは、多くはそうしたものである(※)

※ 世界史上最初の和平条約と言われるのは、紀元前のエジプトとヒッタイトの間で結ばれたものであるが、当事者だったラムセス2世もハットゥシリ3世もお互いに信用してはいなかっただろう。だからこそ条約が必要だったのだ。

そして、1993年にパレスチナの自治権についてのオスロ合意が成立し、それに基づいて1994年にラビンとアラファトは和平協定(ガザ・ジェリコ合意)に調印し、イスラエル軍はガザ地区とエリコから撤退しパレスチナ自治政府が成立したのである。


(イ)リクードによるオスロ合意批判

リクードは、ラビンはテロリストと交渉したとして強硬に批判した。また、ラビンもアラファトをテロリストだと主張している。しかし、実際にはアラファトが所属するファタハは、1980 年代以降はいわゆる「テロ行為」を行っていない。一方、イスラエルの現在の与党リクードの前身であるイルグンは、英国統治時代に、英国人が経営するホテルを爆破して、テロ組織との認定を受けたことがある(※)

※ 第二次大戦中にはテロという言葉はなかったが、仮にあればナチは非侵略国家のパルチザン部隊をテロリストと呼んだであろうし、日本軍は八路軍や便衣隊をテロリストと呼んだであろう。

確かに、パルチザン部隊や中国の過激派が非武装の市民を襲ったことがあるのは事実であるし、それは当時においても現在においても犯罪行為であることに変わりはない。霧社事件はセデック族による日本人市民の集団殺害が発端となっている。また、通州事件(冀東防共自治政府(親日政権)の軍人を中心とした中国人が、日本軍や日本人入植者を襲撃した事件)でも非武装の日本人市民が襲われている。

だが、だからといって[侵略者 vs. 民族解放闘争]という基本構図が崩れるわけではないのである。

繰り返すが、非武装の市民を殺害することは犯罪行為であり許されることではない。しかし、基本的な構造は、侵略者・抑圧者はイスラエルの側であり、パレスチナの側はそれに対する民族解放のための闘争を行っているのである。その基本構造を見失ってはならない。


イ ガザ・ジェリコ合意の不平等な内容

(ア)ガザ・ジェリコ合意の内容

ただ、よく誤解されているのだが、オスロ合意でヨルダン川西岸からイスラエルが完全に撤退したわけではない。ヨルダン川西岸は、イスラエルにとって聖地を多く含む土地であり(※)、ラビンとしても簡単に明け渡す気はなかったのである。

※ 旧約聖書はユダヤ人の神話上の歴史書であるが、ユダヤ人の始祖であるアブラハムが息子を神のいけにえにしようとした場所を始めとして、聖書の様々なエピソードの多くの舞台が西岸に含まれている。

ヨルダン川西岸は、A、B、Cの3つの地域に分けられた。A 地域はパレスチナ自治政府の管轄におかれるが、面積は西岸全体の 18 %にすぎず、西岸の中にスイスチーズの穴のように点在しており、お互いにつながってはおらず、イスラエルの検問所を通らなければ行き来することさえできない。しかも、イスラエルの治安部隊は A 地域内で活動する権利を有しているのだ。

B 地域は、パレスチナ自治政府とパレスチナ-イスラエル合同保安体制の管理下にある。ヨルダン川西岸の 20 %を占めるに過ぎない。

C 地域は、西岸の 61 %を占め、天然資源の多くはこの地域内に存在している。入植地、イスラエル人専用道路、イスラエル軍事基地などがあり、事実上イスラエルの支配地域である。

しかし、西岸に住む入植者は、イスラエル国民として選挙権を有しているが、ガザ地区と西岸に住むパレスチナ人はイスラエル国民として認められておらず選挙権は有していない(※)。ガザと西岸を実質的に支配しておきながら、形式的にはイスラエルではないとすることで、パレスチナ人に参政権を与えなくともイスラエルは制度的にアパルトヘイト国家ではないと主張ができるわけである。

※ グリーンラインの内部とガザと西岸を合わせると、ユダヤ人はパレスチナ人(アラブ人)の数を下回る。このため、ガザと西岸を併合すればイスラエルは、パレスチナ人の参政権を制限してアパルトヘイト国家との批判を受けるか、パレスチナ人に参政権を与えてユダヤ国家でなくなるかしかない。これが、2023年10月以降に、ガザの無差別爆撃を行ってパレスチナ人をガザから追い出そうとしている理由であろう。なお、ゴラン高原にはドルーズ派のアラブ人が2万人程度居住しており、シリア国籍を失ってはいないがイスラエルの法律では永住者とされている。


(イ)ガザ・ジェリコ合意がパレスチナにもたらしたもの

ラシード・ハーリディーは、この合意の結果、パレスチナ人の生活は極度に悪化したとしている。それまで、ガザと西岸からグリーンラインの内側へは自由に通行ができたにもかかわらず、この条約以降は通行許可証が必要になってしまったのだ。しかも、通行許可証は簡単には発行されず、境界に設置された検問所を通るには長時間、待たされることとなってしまった。また、西岸の A 地域の間の移動もきわめて困難となってしまったのである。

※ 詳細は、ラシード・ハーリディー「パレスチナ戦争: 入植者植民地主義と抵抗の百年史」(法政大学出版局 2023年)を参照されたい。この本の第6章は、オスロ合意がパレスチナ人に何をもたらしたかについての最高の解説書となっている。

さらに生活に必要な水や電力はイスラエル側が押さえてしまい、嫌がらせ的に止められることも多かった。ガザでは下水処理施設の構築もできず、衛生状況は極めて悪化した。

これが、その後のインティファーダや10月7日などのパレスチナの抵抗につながり、この抵抗に対してイスラエル側は徹底した無差別爆撃などで応じた。この合意は、パレスチナにとって何のメリットもなく、その後の苦難の原因となるのである。

これは、イスラエルとそれを支持する米国の圧倒的な武力を背景にした条約であり、パレスチナの側にとってきわめて不利な内容となっていた。アラファトは満足したかもしれないが、パレスチナの側にとっては不満の残る内容だった。これでは、入植者による暴行、殺人、いわれなき逮捕・監禁は今後も日常的に続くと考えられたのである。そして、事実、そうなった。

ここに紹介するポストは、ごく日常的なヨルダン川西岸の状況である。

この条約の結果、ファタハは暫定自治政府を構築するが、イスラエルの下請け組織のような立場となってしまい、しかも汚職と腐敗が話題に上がることが増えた。このため、ファタハ及び暫定自治政府は、パレスチナ人の信頼を急速に失っていったのである。


ウ シオニストの不満

一方、シオニストの過激派は、「川から海まで」(※)すなわちヨルダン川と地中海に挟まれたパレスチナのすべての地域がイスラエルのものになるべきだと考えていた。彼らもまた、和平に反対していたのである。シオニストの過激派の間では、ラビンに対する不満が高まっていった。

※ 2024年1月24日、ネタニヤフは、イスラエルメディアを対象にした会見の場で、「イスラエルは将来、川から海まで(From the river to the sea)全ての地域をコントロールすることになる」と主張した。これは、パレスチナ国家の樹立を否定するものである。

このスローガンはパレスチナの側も用いることがある。これはパレスチナの側にとっては正当なものであるが、パレスチナ側が用いるとイスラエルの生存権を否定しているとして批判される。英国労働党は、親パレスチナ集会で「川から海まで」という言葉を使ったアンディ・マクドナルド議員を停職処分にした。ロンドン警視庁はこのスローガンを叫ぶだけでは人種差別などの犯罪行為には当たらないとしているにもかかわらずである。

「文明国」であるイスラエルがアラブであるパレスチナの存在を否定することは問題はないが、パレスチナの側がイスラエルの存在を否定することは反ユダヤ主義として許されないというどうみても不公平な主張が、国際社会(という名を用いる日米欧)の正義に合致するらしい。

なお、ハマスは2017年の改正綱領で、パレスチナ国家はヨルダン川西岸、ガザ及び東エルサレムに樹立されるとしており、「川から海まで」というスローガンは使用しない。


(4)ラビンの暗殺とバラクの登場

当時、野党の立場だったリクードのネタニヤフは、ラビンの和平への動きを強く批判していた。1995年10月には、エルサレムで和平の動きに反対する大規模集会を開いた(※)。参加者たちは、「ラビンに死を」と唱和し、ラビンの絵を燃やすなど強い反感を示していた。

※ ここに挙げた @DrLoupis によるポストの動画は、参考動画であり、このときのものではない。

このようなイスラエルの雰囲気の中で、ラビンはシオニストの過激派に暗殺されて、その生涯を閉じるのである。パレスチナ-イスラエル問題の解決が困難であることを示す象徴的な事件であった。

そして、その直後に行われたイスラエルの選挙の結果、ラビンの和平工作に強く反対していたネタニヤフが首相となるのである(※)

※ すべてのイスラエル人、あるいはすべてのシオニストが、和平工作に反対していると理解するべきではない。ネタニヤフの選挙での勝利は僅差であった。

それでも、米国大統領のクリントンは、ネタニヤフに圧力をかけて和平の動きを後退させないようにした。そして、ネタニヤフもこのときは現実的な対応をし、1998年には和平協定を更新させるなど一定の効果は得られたのである。

ところが、このことはネタニヤフがその支持基盤からの信頼を失う結果となった。ネタニヤフは不信任投票によって政権を失い、皮肉なことにその後には再び労働党のバラクが政権を取るのである。

バラクは、和平交渉を継続する姿勢を見せ、2000年にはイスラエル軍を南レバノンから撤退させた。その一方で、パレスチナの代表を相手にせずシリアとの交渉を優先させたり、それまでの仮合意の一部を反故にするなど、パレスチナを怒らせる戦術をとったのである。


(5)イスラエルによる和平への動きの妨害

ア 第二次インティファーダ

クリントンは2000年にバラクとアラファトをキャンプデービットに呼び出し、和平合意の道を探ろうとしたが、バラクの態度はかたくな(※)でアラファトの合意を得ることはできなかった。

※ バラクは、西岸の 92 %の返還は認めたが、そもそも西岸は本来のパレスチナの 22 パーセントにすぎないのである。また、東エルサレムについてのパレスチナの要求を頑として認めなかった。バラクは、そもそも交渉をつぶそうとしていたのではないかと思われる。

結局、彼は、和平工作に積極的になることは、政治生命(ばかりか生物学的な生命まで)を危険にさらすと理解していたのである。この人物は、政治的な理想のために何かをかけるということよりも、自分の地位と生命を守ることの方を重視する人物だった。

そして、キャンプデービットで会談が行われていた頃、イスラエルではシャロンがパレスチナに対する重大な挑発を行ったのである。数機のイスラエル軍のヘリと、1,000人~3,000人程度の護衛(※)に囲まれてエルサレムのアラブ人の聖地に入り、ここはイスラエルの領土だと宣言したのである。

※ 護衛の人数は、イスラエル側の主張は 1,000 人であるが、パレスチナ側は3,000人であるとしている。おそらく、実数はその間にあるのだろう。

インティファーダ

※ イメージ図(©photoAC)

この挑発に対してパレスチナの側は抗議活動を行った。すると、抗議するパレスチナ人に対して、イスラエルはゴム弾を撃ち込んだのである。このため、パレスチナ側の抗議活動が西岸のみならず。ガザ地区にまで広がった。これが、第二次インティファーダである。

パレスチナ側にとって、きわめて不利な内容の和平条約まで、イスラエルのシオニストの強硬派はつぶそうと図ったのだ。

イスラエル軍は、イスラエルに対して抗議をする者に対しては容赦のない銃撃を行うが、イスラエル軍は無関係の市民を殺害することを避けようとする努力をしない傾向がある(※)

※ 第二次インティファーダでは、抗議活動に参加していない父子が銃撃され、12 歳の子供が殺害される事件が起きている。

なお、NHK 2023年10月13日「イスラエル軍 2014年にガザへ地上侵攻 激しい市街戦も」によると「(イスラエルは2014年の地上侵攻において:引用者)イスラエルのメディアはのちに、このときは兵士が捕虜になるのを防ぐため、その安全にかかわらず敵を集中攻撃する「ハンニバル指令」と呼ばれる命令が出されていたと報じ、物議を醸しました」としている。

また、「イスラエルの攻撃で市民に死者が出るのは、ハマスが市民を人間の盾にしているからだ」という「識者」がいるが、そもそもイスラエル軍は自らの攻撃で市民に死者が出てもまったく気にしないので、人間の盾などということはあり得ない。

また、2000年10月前半には、イスラエル国内でもパレスチナ系イスラエル人(※)の抗議活動に発砲して、12人の非武装の市民を殺害した。

※ イスラエル政府は、パレスチナという用語を避けるため、アラブ系イスラエル人と呼んでいる。パレスチナという民族を否定する目的のある呼称である。

さらにイスラエル軍の軍人2名が、道に迷ってパレスチナのラマッラに迷い込み、自治政府側に保護されたが、パレスチナの群衆に殺害されるという事件(※)が起きると、イスラエルは西岸とガザの自治政府に対して報復として空爆を行った。

※ 自軍の兵士が殺害されたからと言って、非武装の民間施設を爆撃するのは国際法違反である。第二次大戦でも、日本軍は、日本人将校が殺害された大山事件を理由として、海軍が中国侵略を行っているが、侵略行為が免罪されるようなものではないのである。なお、笠原十九司「現代史の扉 大山事件の真相 : 日本海軍の「謀略」の追及」(現代史料出版 2012年)は、大山事件は日本側による謀略事件だとしている。

それでも、2000年12月には、キャンプ・デービッドで、クリントンはパレスチナとイスラエルに対して和平の独自案を示した。パレスチナとイスラエルはともに留保付きで同意したものの、合意には至らなかった。

これが、米国、パレスチナ、イスラエルの3者が同じテーブルについた最後の機会となった。


イ 再びシャロンの登場

(ア)イスラエルによる弾圧の強化

2001年2月、イスラエルで選挙が行われ、リクードのシャロンが政権につくと、和平への道は完全に閉ざされたと多くの専門家が感じた。

パレスチナ側の抗議行動に対して、イスラエルは抗議行動に参加した市民ばかりか巻き込まれた市民まで、日常的に催涙弾、ゴム弾、実弾を打ち込み、傷害を負わせたり殺害したりしていた。このようなイスラエルのパレスチナへの抑圧は、世界的な批判を巻き起こしている。そればかりかシオニストのユダヤ人の中にさえ、このようなイスラエルによるパレスチナ人への抑圧に批判的な意見が出ている(※)

※ ダニエル・ソカッチ「イスラエル 人類史上最もやっかいな問題」(NHK出版 2023年)など


(イ)パレスチナ側の抵抗の激化

これに対し、パレスチナの側も抗議活動が激化させるとともに、武装勢力はイスラエル軍や市民に対する自爆攻撃を激化させた。これは、イスラエルの民間人を犠牲にするものであり、米国とイスラエルは、これをテロ行為として強く批判した。

もちろん、侵略国を攻撃の対象とする場合であっても、市民に対する攻撃は国際法違反であり許されることではない。しかし、イスラエルは侵略している側だということを忘れてはならない。イスラエルによる非武装の市民の殺害は、明らかな犯罪行為である。これに対するパレスチナの反撃そのものは正当なものと考えられる。国際法上(ジュネーブ条約第一追加議定書)においても「植民地支配及び外国による占領並びに人種差別体制に対して戦う武力紛争」は正当な権利行使と認められている。そして、圧倒的な戦力差があるパレスチナ側としては、武力による反撃を自爆攻撃に頼らざるを得ないのはやむを得ない面もあろう。

そもそも、テロとはいったい何だろうか(※)。仮に、テロを「政治目的のための無辜むこの市民の殺害」と定義するなら、イスラエルは米国と並んで世界最大のテロ国家になるだろう。圧倒的な戦力差があるイスラエルが、非武装のパレスチナ市民を虐殺し、しかもイスラエルは侵略者の側なのである。

※ イスラエルの側が市民を殺害する行為は「自衛」として認め、パレスチナの側が市民を殺害すると「テロ」として批判する考え方は、私の理解の域を超えている。そもそも、人類の歴史をふりかえってみても、民族解放の戦いとテロを区別することなど現実には不可能である。パレスチナの行動をテロと呼び、イスラエルの市民への攻撃を自衛戦争と呼ぶのは、三・一独立運動をテロと批判し、南京虐殺を自衛戦争と呼ぶようなものである。

イスラエルの側がパレスチナ市民への無差別攻撃(※1)を行っており、圧倒的な戦力差がある以上、自爆攻撃を行うにはそれなりの理由がある(※2)と考えるべきである。パレスチナの側をテロリストとして、交渉の相手側と認めないような対応は、和平への道を閉ざし、かえってテロの危険を増すことになろう。

※1 パレスチナの自爆攻撃で死亡したイスラエルの民間人は 700 人であり、これに対しイスラエルによる無差別攻撃で死亡したパレスチナの民間人は 2,200 人である。なお、死者数は、ダニエル・ソカッチ「イスラエル 人類史上最もやっかいな問題」(NHK出版 2023年)による。

※2 先述したように、ネタニヤフが所属するリクードの前身であるイルグンは、英国統治下において、英国市民を犠牲にするホテルの爆破攻撃を行っている。


(ウ)分離壁の構築
分離壁

※ イメージ図(©photoAC)

シャロンは、これに対して西岸の再占領を強化するとともに、西岸に大きく食い込んだ場所に分離壁の建築を始める。

しかし、シャロンは、占領地をそのままにしておいたのでは、第二次インティファーダを終わらせることはできないのではないかと考えたようだ。2005 年に PLO のアッバスと協議を行い、インティファーダを集結させることを条件に、ガザからの入植者の撤退を約束したのである。


ウ ネタニヤフの3度目の登場

爆撃を受けた都市

※ イメージ図(©photoAC)

そして、シャロンの約束は守られたが、その後、シャロンは病に倒れることとなる(※)。そして、その後、イスラエルは、ガザの完全封鎖を行い、その自立を徹底的に妨害する行為に出た。しかも、入植地がなくなったこともあり、無差別爆撃を繰り返して行うようになったのである。

※ シャロンの後任のオルメルトは、第二次レバノン紛争で国民の支持を失った。2007 年にブッシュが、アッバスと共にアナポリスに招待し、2国家解決による和平合意の案を示したが成功しなかった。

この結果、イスラエルの下部機関のような役割をするファタハに幻滅していたこともあり、ガザではハマスが人々の支持を集めるようになる。そして、2006 年に欧米の支持を受けて自治政府の選挙が行われ、ハマスが勝利するのである。欧米は、自らの期待通りの結果がでないとみると、その選挙の結果を認めないと宣言した(※)

※ 高橋宗瑠「パレスチナ 続くイスラエルの不処罰と国連の無力」(現代思想 2024年2月号)は「欧米が世界樹で推進する「民主主義」は、仲間が当選したときにのみ有効のようである」と皮肉った。パレスチナの歴史を見る限り、「民主主義」ばかりでなく「人道主義」についても同様らしい。

2008年には、再びパレスチナの抗議活動が始まり、イスラエルは900人の非武装の市民を含む1,400人のパレスチナ人を殺害した。このとき、イスラエル側の死者は、民間人3名とイスラエル軍の兵士が 10 名である。

この後、ネタニヤフが政権を握ると、和平への道は完全に閉ざされた。ネタニヤフは、西岸への入植を進め、入植者による暴行、強姦、殺人が日常的に行われるようになり、パレスチナ人が抵抗すると逮捕・投獄を繰り返した。ガザは完全に封鎖して経済的な自立を妨げ、何かあるたびに無差別爆撃を繰り返すようになったのである。

ところが、国際社会は、イスラエルがガザを無差別爆撃したときだけは批判の声を上げるものの、西岸での日常的な暴行やガザの封鎖については忘れ去ってしまったのである。国際社会は、一部の人々を除いてガザや西岸で何が行われるかについて、ほとんど関心を持たなくなってしまった(※)のだ。

※ 日本の状況については、清田明宏「天井のない監獄 ガザの声を聞け」(2019年 集英社)、重信メイ「中東のゲットーから」(2003年 ウェイツ)など。


3 10月7日事件の発生

(1)10月7日の攻撃とは何だったのか

ア 民間人を主要な攻撃対象としていたものではない

ガザは完全に封鎖され、自律の機会を奪われて、緩慢な死を強要されている状況であった。一部の「識者」がイスラエルはガザから撤退しているのであるから、占領下とは言えないとしている。しかし、国連の「パレスチナおよび他の占領下のアラブ領域における人権状況」が「イスラエル(占領権力)に対し、ガザ地区の封鎖に等しいものを含む、長期の封鎖および経済的制限と移動の制限を課すことを止めること」を求めていることからも分かるように、国際法上はガザはイスラエルの占領下にあるのだ。

ハマスは、占領下という困難な状況下にあっても反撃の機会をねらっていた。そして、2023 年 10 月7日にイスラエルの軍事施設に対する越境攻撃を行ったのである。軍事施設を攻撃するとともに、イスラエルによって逮捕拘禁されている市民との交換に使うために、軍人を人質にとることも目標の一つとなっていた。

※ 攻撃対象の一つに音楽祭が含まれており、民間人が殺害されたことが大きく報道されたため、誤解が広まっているが、あくまでも主要な攻撃目標は軍事施設である。

そして、先述したように占領者の軍事施設に対する武力行使は国際法上も認められた正当な権利の行使である。

10月7日はイスラエルの安息日であり、音楽祭は前日までの予定だったが、前日になって突然、1日延長されたためにハマスの攻撃に巻き込まれることとなったのである。音楽祭が開かれていることは、ハマスの戦闘員は知らなかったのだ。

当初、イスラエルの側からハマスによる「残虐行為」が大きく報道されたが、必ずしもそうではないとする情報も多い(※)

※ 詳細は岡真理「ガザとは何か」(大和書房 2023年)を参照して欲しい。

COURRiER Japon の記事(※)にもこのとき一時的にハマスの人質になった女性の証言が記されているが、ハマスは暴力をふるうことはなかったと明言している。

※ COURRiER Japon 2023年10月11日「ハマスに監禁された女性が「クッキーとコーヒー」をふるまって生き延びた」なお、このハマスに一時的に監禁されていた女性は、イスラエル軍の反撃が始まるとイスラエル軍に連絡を取り、自らを捕らえていたハマスの戦闘員を皆殺しにして助かっている。

一方、イスラエル側がイスラエルの民間人を殺害したケースも報道されている。イスラエルの報道紙ハアレツの記事(※)は、音楽祭から逃れたオフェク・アトゥン氏が、ハマスと誤認されてキブツの私兵に射殺されていたと報じた。

※ HAARETZ 2023年2月22日「Israeli Nova Partygoer Was Misidentified as Hamas Terrorist on October 7 and Killed by Israeli Forces

さらに、ハアレツの11月18日の記事も、事件から逃走した人々の死傷者の大部分がイスラエル軍によるものではないかと示唆し、さらにネタニヤフがそのことをイスラエル国民に隠していたと報じている。

また、放送大学名誉教授の高橋も、10月7日の事件での死者のかなりの部分がイスラエル軍によるものではないかと指摘している。

事件直後から、建物や車の残骸から判断すると、その凄まじさに違和感を覚える専門家は多かった。ハマスが持つ武器は、カラシニコフ銃や手榴弾など旧式で小型なものがほとんどである。にもかかわらず家屋ごと吹き飛ばされていたりする。

一部のイスラエルの報道では、イスラエル軍のヘリコプターが、ハマスから逃げ惑うイスラエル市民を一斉に射殺した。政府や軍は人数を発表していないが、どうも数百人単位で殺害された可能性がある。

※ 高橋和夫「なぜガザは戦場になるのか」(ワニブックス 2024年)

高橋は、その理由として、投入されたイスラエル軍の兵士が十分な訓練を受けていなかったことを挙げている。


イ ハマスの攻撃には背景がある

日本のマスコミは、それまでのイスラエルによるガザや西岸での人権侵害について、ほとんど報道してこなかった。そのため、平和に暮らしていたイスラエルの市民が、突然、武装勢力によって攻撃されたかのような印象を持った方も多いと思う。

これについて、10月24日の国連安全保障理事会で、アントニオ・グテーレス国連事務総長が、ハマスの攻撃は56年間にわたる占領という背景があると説明したことを想起するべきであろう(※)

※ イラン・パペ「なぜイスラエルは対ガザ戦争において文脈と歴史を抹消したがるのか」(現代思想 2024年2月号)に示されているように、イスラエルはこの発言を「ハマスによる虐殺を肯定している」と批判した。このようなイスラエルの主張は、それまでイスラエルがパレスチナに対して、はるかに非人道的なことをしてきたことを免罪しようとするものであろう。

しかし、TBS の報道特集でマハ・フセイニ氏や重信メイ氏が述べておられるように、それまでのイスラエルによるガザの完全封鎖という状況の中で、起きた事件だということは知っておくべきである。

しかも、ハマスによる「残虐行為」なるものをマスコミがそのまま伝えたために、ハマスに対する批判的な意見や、どっちもどっちという意見の方もおられるだろう。しかし、イスラエルの側の主張だけからものごとを判断するのは公平な立場ではないだろう。

ガザで何が起きていたか、また何が起きているかについて、関心をお持ちの方は、ぜひ次の動画もご覧になって頂きたい。

※ 国境なき医師団「【イベント報告】一人一人が声を上げて:「ガザ地区で目撃した現実──今、私たちに何ができるのか」

※ 国際人権 NGO ヒューマンライツナウ「【イベント】21世紀の《ジェノサイド》に抗して 〜ガザを知る緊急報告会〜

公平のためには、双方の意見を聴く必要がある。そして、残念ながら西側のメディアは、イスラエルの主張を過度に報じる傾向があるようだ。イスラエルはけっして一方的に攻撃されたわけではない(※)のである。

※ HUFFPOST 2023年10月10日「イスラエルは「一方的に攻撃された」わけではない。米ユダヤ人団体がパレスチナ人抑圧への「見て見ぬふり」を批判」など


(2)2023年10月7日のパレスチナの攻撃をどのように理解するべきか

ア ハマスの10月7日の攻撃に関する情報にはフェイクも多い

また、ここに示した Lord Bebo のポストには、「イスラエルから『ハマスの残虐行為』に関する10月7日のプロパガンダ映画を鑑賞するよう招待された英国人ジャーナリストのオーウェン・ジョーンズは、この映画には強姦、拷問、首切り、子供の殺害の証拠は一切示されていないと述べた」と指摘している。

確かに、10月7日の攻撃に関する報道を注意深く読めばわかるが、ほとんどは SNS にアップされた写真を根拠にしていたり、イスラエルの公式発表をそのまま根拠として報じているのである。いずれにせよ、ネットで報じられた女性が強姦されたとか、子供が焼き殺されたなどという記事が SNS に多数、アップされていたが、まともな報道機関はこのようなものは相手にしていない。

その典型例が、イスラエル高官がハマスに拘束されたと称する動画、そしてハマス戦闘員がパラグライダーでイスラエルに侵入する様子という動画だ。実際には、前者はアゼルバイジャンの治安部隊が男性らを拘束している動画、後者はエジプトで撮影されたものだった。


イ イスラエルは攻撃を知っていて、あえて放置したのか

このハマスの攻撃に関して、イスラエルの報道紙ハアレツの2023年12月5日の記事「Despite Israeli Intelligence Warnings About a Hamas Attack, the Army Didn’t Evacuate the Nova Festival」は次のように報じている。すなわち、イスラエルは、ハマスによる10月7日の攻撃を知っていて、あえて見逃した可能性があるのだ。

【2023年12月5日ハアレツ記事】

  • Top defense officials held urgent consultations the night before October 7 about a possible Hamas attack. But no one in the IDF notified the the Nova festival organizers or the party-goers, hundreds of whom were mown down – and for nine hours, no one came to save them
  • The first phone meeting took place close to midnight and included senior figures from the Shin Bet security service’s southern district and Military Intelligence; Gen. Oded Basyuk, head of the IDF’s operations branch, Maj. Gen. Yaron Finkleman, the head of the Southern Command and other senior officers. Chief of Staff Herzl Halevi was made aware of the warnings and the urgent consultations.
  • “The military understands that the Re’im festival will be at the center of the inquiry commissions that will be established at the end of the war,” an IDF source said this week, adding: “This massacre should have been prevented.”
※ ハアレツ2023年12月5日「Despite Israeli Intelligence Warnings About a Hamas Attack, the Army Didn’t Evacuate the Nova Festival」(引用者において、記事から一部を抽出して箇条書きとした。)

また、ハアレツの12月13日記事(※)も、ハマスに誘拐されないために、市民をイスラエル軍が殺害したのではないかと疑問を呈している。詳細は記事を読んでほしい。

※ haaretz 2023年12月13日記事「If Israel Used a Controversial Procedure Against Its Citizens, We Need to Talk About It Now

mondoweiss も10月22日の記事(※)で「10月7日に起こったことの詳細の多くは、死亡した1,400人(イスラエル政府は後に死者数を 1,200 人と訂正:引用者)のイスラエル人がどのように殺害されたかを含め、謎に包まれたままである。イスラエル軍が民間人や軍人の死に責任があることを示す報告が増えている」としている。

※ mondoweiss 2023年10月22日記事「A growing number of reports indicate Israeli forces responsible for Israeli civilian and military deaths following October 7 attack

すなわち、あえて攻撃をさせて、それを理由に国際世論を味方につけてガザのパレスチナ人の「除去」を狙ったのではないかという推論が成り立つのである。10月7日以降、イスラエルがハマスへの攻撃ではなく、パレスチナの市民のジェノサイドを優先させていることも、そのことを肯定する材料となるだろう。イスラエルはハマスを相手に戦っているのではなく、パレスチナ人を虐殺しているのである。


4 10月7日以降のパレスチナをめぐる世界の状況

(1)10月7日以降のネタニヤフの動き

ア ジェノサイドの開始

(ア)イスラエルの反撃権は国際法上違法

イスラエルのその後の動きはよく知られている。市民に対する無差別爆撃(※)によって、パレスチナ側の市民に数万人規模の死者がでている。さらに、食料、医薬品などのガザへの搬入を制限しているため、このままでは餓死者などが出ることも予想されている。

※ 形の上では、市民に対して避難を呼びかけているが、現実には燃料などを封鎖によってガザへ送れないようにしているので避難は現実には困難である。しかも、指定した避難経路や避難先を集中的に爆撃して、パレスチナの市民に多くの被害を出している。

また、国際社会に対するアリバイのためか、わずかな食糧の搬入は認めているが、実際には必要量には遠く及ばないのが現実である。

Human Rights Monitor の 2023年12月9日の記事によると、ガザで殺害された10人のうち9人は民間人であるとされており、死者には、医療従事者 280 人、救助隊員 26 人、国連職員 11 2人、ジャーナリストやメディア関係者 77 人が含まれているとされている。これは異常な事態というより他はない。

 Human Rights Monitor 2023年12月9日「Contrary to Israeli claims, 9 out of 10 of those killed in Gaza are civilians

これは、かつて日本軍が通州事件を理由に、暴支膺懲ぼうしようちょうとして中国への侵略を進めたことと同じようなものと考えるとわかりやすい。国際法上、植民地支配国家に、被支配民族に対する反撃権は認められていない。従って、そもそもイスラエルの攻撃は違法なものなのである。

また、病院、救急車、学校などの社会的インフラを攻撃し、ガザからの住民の追い出しを図っている可能性が高い。現実に、爆撃で手足を失った市民の手術を麻酔なしで行わざるを得ない状況も出ている。

さらに、この攻撃ではイスラエルは報道機関を故意に狙い撃ちしているように思われる。また、ガザへ燃料の供給を認めない(※)のは、SNS によって、イスラエルによるガザでの残虐行為が知られることを避けるためであろう。

※ CNN 2023年10月25日「燃料不足で給水できず、汚水や海水を飲むガザ住民」、読売新聞 2023年11月23日「ガザの病院で12人死亡、発電機の燃料尽き保育器の中の赤ちゃん36人も生命の危機」など


(イ)イスラエルはナクバの再現だと公言

イスラエルの側は、これがジェノサイドを利用したガザからのパレスチナ人の追放であることを隠そうともしていない。10月8日には、リクードの国会議員アリエル・カルナーがイスラエルの攻撃の目的はガザでナクバを実践することだと明らかにし、11月にはアビ・ディヒター農相が「これは2023年の新たなナクバだ」と明言している(※)

※ 酒井啓子「ひとつの「民族」を抹殺するということ」(現代思想 2024年2月号)

彼らは、まさにジェノサイドを遂行している(※)のである。自衛反撃などではないことは、彼ら自身が認めているのである。

※ 朝日新聞2023年12月22日「パレスチナ人11人、家族の前で射殺か イスラエル軍、手投げ弾も」など

さらにハマスのいないヨルダン川西岸でも、入植者による暴行、殺人、強姦等が続いている。これは、10 月7日以前から起きていることであるが、最近ではさらに状況が悪化しているという(※)

※ 毎日新聞2024年2月5日「ヨルダン川西岸は「無法地帯」 パレスチナ人蜂起で“第2のガザ”も」など


イ ジェノサイドの目的

ネタニヤフは、ガザ攻撃の目的は人質奪還にあると主張している。しかし、イスラエル軍が、白旗を掲げた人質を射殺するケース(※)もある。

※ 毎日新聞2023年12月16日「誤って射殺の人質「白旗を掲げていた」 イスラエル政権に批判必至」など

また、人質の安全について気にすることなく、無差別爆撃を行うなど、人質奪還のために攻撃を行っているとは思えない面もある。そして、ネタニヤフはハマスからの戦闘停止の提言も拒否しているが(※)、これは人質の安全を最優先とはしていない何よりも確実な証拠であろう。

※ ワシントンタイムズ 2024年2月7日「Israel’s Netanyahu rejects Hamas’ cease-fire plan, pledges ‘complete victory’ in Gaza war」など


(2)国際的な動き

ア 日米欧の政府の動き

(ア)日米欧の政府の基本的な対応

10月7日の事件が起きると、それまで西岸での入植者の人権侵害や、ガザの封鎖による緩慢なジェノサイドについては気にもかけなかった(※1)西側のメディアは、突然、人権意識に目覚めたようだ(※2)

※1 小田切拓「続・ダヒヤドクトリン」(現代思想 2024年2つ記号)によると、ヨルダン川西岸では、イスラエル軍がA地域、B地域に侵入し、パレスチナ人 340 人が殺害され、4,000 人以上が負傷している。また、入植者による暴行、殺人も日常的に行われている。

さらにガザ地区は、国連が2012年に「イスラエルの封鎖によって2020年までに人が生活できない場所になる」と予想している。これらの重大な人権侵害について、西側諸国のメディアはほとんど関心を寄せなかった。

※2 私は、西側メディアに聞いてみたい気がする。あなたたちは、日米欧とイスラエルの市民(白人と日本人に限る)一人の生命は、パレスチナ人何人の生命と等しいと思っているのですか、100人ですか、1,000人ですか、それとも日米欧とイスラエルの国民の生命はかけがえのないものだが、パレスチナ人の生命など価値のないものだと思っているのですかと。

アラブの側のテロで西側の市民が死亡すると声高に人権を叫ぶくせに、「報復」と称してアラブの市民を平気で殺害する米国とイスラエルの「人権意識」、そしてそれを支持する日欧の政府の意識は私には理解不可能である。

そして、それは多くのアラブ諸国、アフリカ諸国、アジアの一部の諸国の国民にとっても同様なのである。彼らが「テロ」を批判する西側の正義感に対して胡散臭いものを感じ、ときには「テロ」に対してシンパシーを感じることさえあるのは、米国やイスラエルがアラブの市民を平気で殺害する西側のダブルスタンダードを知り抜いているからだ。この感覚が理解できないのであれば、その人は「平和を愛する人道主義の文明人」なのだろう。そのことを誇ればよい。私はごめんこうむるが。

西側メディアは、イスラエルの言うことはすべて信じて、ハマスの「残虐行為」の報道を始めた。現実には、その多くは証拠もない怪しげな情報だったのだが、西側メディアはそれを(イスラエルからの情報と断った上ではあったが)そのまま報じたのである。

このような中で、日米とイギリス、ドイツなど少なくない欧州の政府と多くの米国企業は、現在まで基本的にイスラエルの支持という立場に立っており、その一方で、ハマスをテロ集団と位置付けて批判した(※1)。そして、バイデンは、国連におけるガザの停戦決議のほとんどを拒否した(※2)ばかりか、イスラエルに対して武器の供与を行っているのだ。

※1 日本経済新聞2023年12月7日「要覧のテロ組織一覧にハマスなし、修正の方針 法相陳謝」によると、「公安調査庁が世界のテロ組織の情勢をまとめた2023年版『国際テロリズム要覧』で、テロ組織や過激派組織をまとめた一覧に、22年まで記載していたイスラム組織ハマスが載っていないことが7日、分かった」という。これは、「小泉氏(法相:引用者注)によると、22 年版要覧には、米国や欧州連合(EU)の指定したテロ組織など、ハマスを含むおよそ230団体を載せた。『なぜテロ組織なのか』などと外部の問い合わせが集中したため、23 年版は国連安全保障理事会の制裁委員会が指定した 60 団体ほどに絞った。この中にハマスは入っていなかった」という。ところが、「23年版要覧は9月に公表。公安庁は7日、取材に対し、要覧の扱いについて『適切に検討する』と回答した。要覧を抜粋してテロ組織などをまとめたサイトの記載は『政府の立場について誤解を一部招いた』として、既に削除した」とのことである。

すなわち、国連安全保障理事会の制裁委員会は、ハマスをテロ組織とは認定していないのである。また、日本政府は公式にはテロ組織かどうか公式には明確にしていないということになろう。ハマスをテロ組織として、切り捨てる姿勢からは何も生まれない。西岸の暫定政府がパレスチナの支持を失っている現状では、当事者能力を有する交渉相手としてハマスを除外することは考えられないのである。

※2 日本経済新聞2023年12月9日「ガザの停戦決議、米の拒否権で否決 国連安保理」など参照。決議案はアラブ首長国連邦(UAE)が提出。イスラエルとハマスの双方に停戦を呼びかける内容で、アラブ諸国や中国、ロシアなど 100 国以上が共同提案者となっている。米国が拒否権を行使して否決となった。なお、13 カ国が賛成し、反対は米国のみ、英国は棄権した。日本もこのときは賛成に回っている。

【国連安保理の関連する決議案の結果】

日付 決議案 結果 投票状況
10月16日 即時停戦を求めるロシア案 否決 日米英仏が反対・棄権が6票で、賛成が9に満たず
10月18日 戦闘休止を求めるブラジル案 否決 賛成は12票、米国が拒否権行使、英ロは棄権
10月25日 戦闘休止を求める米国案 否決 賛成は10票、中ロが拒否権行使、UAEは反対、棄権が2票
11月10日 フーシによる攻撃停止等を求める決議案を求める日米案 採択 賛成は11票、棄権は中ロなど4票
11月15日 子供支援の一時戦闘休止を求めるマルタ案 採択 賛成は12票、米英ロは棄権
12月08日 即時停戦を求めるUAE案 否決 賛成は13票、米国が拒否権行使、英国は棄権
12月22日 人道支援拡大を求めるUAE案 採択 賛成は13票、米ロは棄権
2月20日 ラファへの地上侵攻回避に向けた即時人道停戦を求めるアルジェリア決議案 採択 賛成は13票、米国が拒否権行使、英国は棄権

※ この他、修正案の決議が行われているがすべて否決された。12月の安全保障理事会で、即時停戦を求めたロシアの修正決議案には米国が拒否権を行使した。

しかし、あまりにもガザにおけるイスラエルの行動が非人道的に過ぎるためか、パレスチナへの同情の動きも起きつつある。国連の安全保障理事会で、イスラエル大使が演説している間、世界各地の外交官が退出したのは象徴的である。また、英国ではパレスチナを国家として承認する動き(※)も出ている。

※ BBC 2024年1月31日「英外相、パレスチナ国家の承認を「前倒しする用意」示唆 和平には「不可逆的進展」必要と

また、野党レベルでは、スペインのポデモス党がイスラエルとの国交断絶を主張するなど、様々な形で批判が広がっている。


(イ)国内の言論を抑圧

米国には、強力なイスラエルロビー(ユダヤロビーではない)が存在しており、シオニズム支持派のユダヤ組織とキリスト教福音派が大統領選挙を左右する力を持っていることはよく指摘されることである(※)。米国大統領は、所属政党にかかわらず簡単にはシオニズムを批判できないのだ。最近では、ネタニヤフを批判すると各級議員が落選させられるような状況さえ起きている。

※ 日本でも統一教会が自民党議員の選挙を支援していることが大きな社会問題となった。また、某与党の支援団体である宗教組織の票がないと当選が困難になる自民党議員がいることもよく指摘されている。

イスラエルが情報技術の政治目的での使用に長じていることはよく知られている。国民の思想調査や世論誘導に関する欧米のような規制がないので、この種の技術力を試すにはもってこいの土地柄なのである。トランプが大統領になったことには、SNS での世論調査の影響があったとはよく指摘されることだが、議員にとってイスラエルの力は恐怖感を受けるには十分であり、シオニズムへの批判が困難になっている面があるのだ。

しかも、「民主国家」のはずのフランスとドイツは、パレスチナ連帯デモを、反ユダヤ主義だとして禁止するという暴挙を行っている(※)。後述するように、米国内ばかりかイスラエル国内でも、ユダヤ人によるイスラエルのジェノサイド批判のデモが行われている。ジェノサイドへの批判を反ユダヤ主義と規定するなど、まったく根拠のない言論封殺に過ぎないというべきである。

※ 反ジェノサイドと反ユダヤ主義を混同することによる誤りと言うべきだ。反イスラエルは反ユダヤ主義ではない。なお、米国、英国などではこのような措置はとられていない。

日米欧では、政府レベルではイスラエル支持に固まっているようだ。しかし、市民レベルではパレスチナ支持が有力となっている。中東は言うに及ばず、アジア・アフリカでは、一部の独裁国家を除けばパレスチナ支持が有力になりつつある。


(ウ)UNRWA への支援を停止する動き

また、2024年1月には、UNRWA の一部の職員が10月7日の攻撃に関与していたという「疑惑」が報道され、米国と日本の政府が UNRWA への支援金を停止するという暴挙にでた。UNRWA はガザにおいて、被災したパレスチナ人への食糧供給や負傷者への医療活動を行っている。これへの支援金の停止によって、多くの市民が亡くなることは確実である。ジェノサイドに手を貸す行為と言わざるを得ない。

UNRWAは、2月1日に声明を発し、「これまでにあわせて4億4000万ドル、日本円にしておよそ645億円の支援が停止され、2月中には活動を停止せざるを得なくなる可能性が高い(※)としている。UNRWA はパレスチナ支援の主要な公的機関であり、イスラエルによるガザへの攻撃と封鎖が続く中で、パレスチナ市民の増加が確実に見込まれる。日米欧のヒューマニズムには、米国の非友好国の市民は含まれないようだ。

※ NHK 2024年2月2日「ガザ地区支援の国連機関 UNRWA 資金支援停止受け 活動停止か

そもそもこの疑惑なるものがかなり怪しげなものであり(※1)、また仮に事実だったとしても、ジェノサイドの被害を受けつつあるパレスチナ市民への救援活動を続ける UNRWA への支援を止める理由はどこにもない。人道への支援を止める恥知らずな行為(※2)というべきである。

※1 時事通信 2024年2月16日「イスラエルからの証拠「ない」 職員の襲撃関与疑惑―UNRWA幹部」、Channel 4 2024年1月30日「Israel’s evidence of UNRWA Hamas allegations examined」、Sky News 2024年1月30日「Israeli intelligence report claims four UNRWA staff in Gaza involved in Hamas kidnappings」など

※2 BBC 2024年2月5日「国連のガザ支援機関、「極めて切迫した」状況 日本なども資金拠出ストップ」、AFP 2024年1月30日「UNRWA資金停止、悲嘆に暮れるガザ住民」、朝日新聞2024年1月29日「疑惑のUNRWA 資金拠出停止10カ国超に 「集団懲罰」の懸念も」など

また、2024年2月1日に国連広報センターが公表したところによると「ガザでは、多くの家族が避難している UNRWA 施設が少なくとも 270 回攻撃され、372 人が殺害された」としている。これは、テロではないのだろうか。


イ グローバルサウス及び世界各国の市民の動き

(ア)グローバルサウスの動き

イスラエルによるガザでのジェノサイドの実態は、日米欧を除く各国政府の強い怒りを生んでいる。イスラエルは、国際的に孤立しつつあるといってよい。イスラエルが行っていることは、人類普遍の倫理に反するのだ。イスラエルは、国際社会が彼らの行為を支持すると信じていたようだが、最近になってようやく国際社会が彼らの行為を支持していないと気付いたようだ。

「ブチャは大虐殺だがガザは虐殺ではない」などという主張は、日米欧では通用しても、常識のある人間には通用しない(※)。グローバルサウスは、米国の同盟国の市民が殺害されると強い批判の声を上げてときには反撃と称して無関係な市民を殺害することがあるにもかかわらず、グローバルサウスの市民が殺害されてもほとんど関心を示さない日米欧の政府のダブルスタンダードに苦々しく感じている。これが、ロシアによるウクライナ侵攻への批判がグローバルサウスに拡がらない一因となっていることは否定できない。

※ 皮肉なことに、ジェレンスキーはイスラエルのガザ攻撃を支持している(AFP BB News 2023年10月8日「ゼレンスキー氏「イスラエルの自衛権に議論の余地なし」」、朝日新聞 2023年10月25日「苦境のゼレンスキー大統領「イスラエルと連帯」 関心低下を恐れたか」、JB press 2023年11月13日「変わり始めた「正義」の潮目、ゼレンスキーの大失策も後押し」など参照)。かつてジェレンスキーは、イスラエルに軍事支援を求めていたこともあり(テレ東BIZ 2022年3月21日「ゼレンスキー大統領がイスラエルに軍事支援を要請」)、もともとイスラエルによる西岸やガザでの人権侵害に無関心であった。

その典型的な例が、南アフリカが ICJ・国際司法裁判所にイスラエルの戦争犯罪を提訴したことであろう。ネルソン・マンデラは、かつて「私たちの自由は、パレスチナ人の自由が実現されなければ不完全なものだ」と述べたとされるが、自らがアパルトヘイトに苦しめられた歴史があるからこその行動であろう。

この南アフリカの提訴には、中東は言うに及ばず、広範なグローバルサウスが支持を表明している。もちろん、インドなどイスラエル支持を表明する国家も存在しているが、ガザでのイスラエルのジェノサイドが明らかになるにつれて、パレスチナへの支持が大きく広まっているとみるべきである。

また、ボリビアがイスラエルとの国交断絶を決め、チリとコロンビアは、自国の大使を召還するという方法で強く抗議した(※1)。さらに、ブラジル大統領がイスラエルのガザ攻撃をホロコーストと明言(※2)し、大使を召還するなど、抗議の声が広まっている。

※1 reuters 2023年11月1日「ボリビア、イスラエルと断交 コロンビアとチリも大使呼び戻す

※2 時事通信 2024年2月20日「ホロコースト発言、外交問題に=ブラジル、駐イスラエル大使召還

また、サウジアラビアやエジプトなど、イスラエルの友好国の政府でも、イスラエル批判の声が上がっており、これまでのイスラエルの外交上の成果が揺らいでいる。


(イ)世界各国の市民の動き

一方、政府ではない市民の側は、イスラエル批判の動きが世界的に広まっている。日本ではあまり報道されないが、アラブ諸国は言うに及ばず、英国、ドイツ、フランス、米国などで大規模なイスラエルによるジェノサイドを批判するデモが発生している(※)

※ 日本経済新聞 2023年11月12日「パレスチナに連帯、欧州各地で大規模デモ 英国は30万人」、朝日新聞 2023年11月12日「パレスチナ連帯デモ、ロンドンに30万人 「無力だけど、数の力で」」、時事通信2023年11月12日「欧州主要都市で停戦要求デモ=パレスチナに連帯、英は30万人規模」、ロイター22023年10月14日「ガザ攻撃への抗議広がる 世界各地でパレスチナ支持のデモ」など

フランスとドイツは、政府がパレスチナに連帯したりジェノサイドを批判するデモを禁止しているにもかかわらず、多くの人々がデモに参加している。英国でも世論がパレスチナ支持に変わりつつある(※)

※ THE TIMES OF ISRAEL 2024年01月24日「Poll finds ‘frightening’ rates of antisemitism among young British public」によれば、64 歳以上の英国人の4分の1が、イスラエルはナチがユダヤ人を扱ったようにパレスチナ人を扱っていると考えており、18 歳から 24 歳ではその割合が3分の1以上になるとされている。そして、英国の世論がこのように変化しているのは、10月7日以降のイスラエルによるガザでのジェノサイドによることは明らかであろう。

日本においても、諸外国の大規模デモに比べれば小規模ではあるが、街頭でパレスチナへ連帯しジェノサイドを批判するデモが展開されている。この他、一人あるいは数人でパレスチナへの連帯、即時停戦などを求めるスタンディングも行われている。

また、在日イスラエル大使館が、ガザへの攻撃を正当化するポストをアップすることがあるが、日本語のリプは、ほぼ9割以上がジェノサイドを批判するものとなっている。


(ウ)ユダヤ人団体によるパレスチナ連帯の動き

シオニズムに対する批判は、ユダヤ人の間にも広まっている。米国のユダヤ人組織も2つに割れ、イスラエルの動きを批判する動きが出ている(※)。これは、イスラエル国内でも同様で、一部ではあるがユダヤ人がイスラエルのガザでのジェノサイドを批判する動きがある。イスラエルの報道紙ハアレツは、イスラエル国内におけるジェノサイド批判のユダヤ人の姿を繰り返し報道している。

※ 現在、ディアスポラ(離散)ユダヤ人の最も多く住んでいるのは米国である。イスラエルと米国が、ユダヤ人の2大居住国となっている。

米国内では、すでにユダヤ人の多くがシオニズムに批判的となっていた(※)が、ガザにおけるジェノサイドの動きがさらにその傾向を決定的なものとした。

※ シルヴァン・シベル「イスラエル VS. ユダヤ人」(2022年 明石書店)

イスラエルのユダヤ人の間でも、シオニストが非シオニストを激しく批判する例も見られる。このポストの動画は、イスラエルによるガザへの攻撃を支持する女性が、パレスチナへの連帯を表明するユダヤ人に対して激しく抗議している例である。これを観れば、シオニストによるパレスチナ侵略を批判することが、反ユダヤ主義などとは無縁であることが分かるだろう。

最近では、穏健派のシオニストの間でさえ、ガザへの攻撃を批判する動きがみられる。これはユダヤ対パレスチナの構図ではない。侵略を支持する者対侵略を批判する者という構図なのである。

パレスチナへの非人道的な攻撃を批判するかどうかは、ユダヤ人かアラブ人かが問題となるのではない。ユダヤ人であってもアラブ人であってもその他の者であっても、ガザで行われていることをどう捉えるかという人間性の問題なのである。


ウ イスラエルを支持する企業へのボイコットの動き

また、イスラエル支持を明確にした企業へのボイコットの動きも広まっており、マクドナルド、スターバック、ケンタッキー・フライド・チキンなど多くの米国籍企業がボイコットにより打撃を受けている(※)

※ ロイター2024年1月31日「米スタバ、10─12月期売上高が予想下回る 年間見通し下方修正」によると、予想されたほどではないにせよ、スターバックスも一定の影響を受けている。

また、マクドナルドは、イスラエルによるジェノサイドを支持していないとの声明を出したが、ガザの攻撃に参加するイスラエル軍兵士に対して無償で食事を供給しているとの情報があり、同社に対するボイコットは続いている。

Kabutan 2024年2月6日「マクドナルドが決算受け下落 中東紛争の影響で既存店売上高が予想下回る=米国株個別」によると、「マクドナルド<MCD>が下落。取引開始前に10-12月期決算(第4四半期)を発表し、既存店売上高が予想を下回った。米国が予想を下回ったほか、中東紛争の影響もあり海外が不調だった。中東地域は売上の約10%を占める」とされている。ボイコットの影響が指摘されている。

日本では、社会的に問題を起こした企業へのボイコットは、企業へ打撃を与えるほどの規模にならないことが多いが、伊藤忠が強い市民の抗議を受けて、イスラエルの軍事企業エルビット・システムズと結んでいる協力関係の覚書を終了させると表明する(※)などの影響が出ている。

※ 時事通信 2024年2月5日「伊藤忠、イスラエル軍事企業とのMOU終了 防衛装備品の輸入」など。

今後、SNS などでの批判の動向によっては、イスラエル支持を表明している企業等が打撃を受けることもあり得るだろう。


5 どのように解決するべきか

(1)パレスチナの問題を放置することは人類にとって危険である

ア イスラエルの建国以来のジレンマとその現状

かつてナチの行ったユダヤ人へのジェノサイドは、人類普遍の正義に対する挑戦であり、これを許したことは人類の歴史に大きな汚点を残した。

今日、シオニストがガザで行っていることは、同様にパレスチナ人に対するジェノサイドであり、これを許しておくことは、正義に対する罪であるばかりか、世界秩序に大きなリスクをもたらすおそれがある。

ネタニヤフが狙っていることは、デイル・ヤシーン事件とナクバの再現であり、ガザからパレスチナ人を追い出すことであろう。そのことは、イスラエルが「建国」以来、悩まされてきた大きなジレンマ(宿痾しゅくあ)を避けて、彼らの悲願である全パレスチナの支配を達成するための手段なのである。

そのジレンマとは、ガザと西岸をイスラエルに正式に併呑したいのはやまやまだが、そうすればパレスチナ人の人口はユダヤ人の人口を超えてしまうということだ。その状況で、イスラエルがユダヤ人国家であり続けるためには、パレスチナ人には政治的権利を与えないというアパルトヘイト体制を取る必要がある。すなわち、ガザと西岸を併呑してしまうと、民主主義国家であることとユダヤ人国家であることが両立しなくなるのだ(※)

※ しかし、対外的な支援を得るためには、民主主義国家であるという形式をとらなければならない。そうしなければ、対外的な最大のパトロンである米国からの支援を得にくくなるからだ。

そのため、これまではガザと西岸を形の上ではイスラエルではないとして、在住のパレスチナ人に選挙権を与えないことで、その解決を図ってきた(※)。その上で、西岸については A、B、C の3地域に分けて、入植を進めるという形で支配し、ガザは完全封鎖して自立できないようにした上で、何かあると無差別爆撃を行うという方針を取ってきたのである。その上で、エジプト、ヨルダンなどの周辺国家と外交関係を樹立するというのが、これまでのイスラエルの基本的な国家経営の戦略だった。

※ 先述したように、西岸の入植者にはイスラエル国民として完全な選挙権がある。なお、グリーンラインの内側に住むパレスチナ人を含むアラブ人には、様ざまな制約があるにせよ、選挙権は認められている。ただし、2018年にユダヤ人国民国家法が成立してからは、シオニズムに反対することには制約が課されるようになっている。

そして、「人権国家」である日米欧の各国政府はこの状況を黙認してきた。彼らにとって都合の良いことに、イスラエルがパレスチナを無差別爆撃したときは「自営反撃のやりすぎ」に批判的になることはあるものの、日常的なパレスチナに対する人権侵害は見て見ぬふりをすることができたのである(※)。グリーンラインの内部の情報産業の発展と繁栄だけを見て、パレスチナの惨状はないものとして放置してきたのだ。

※ 先進技術を発展させた「民主主義」国家とアパルトヘイト国家の矛盾を示した典型的な例として、立山 良司 編著「イスラエルを知るための62章【第2版】」(明石書店 2018年)が挙げられる。


イ 10月7日以来、ネタニヤフが行っている虐殺の真の目的

ところが、ネタニヤフは、2023 年 10 月7日のハマスによる攻撃を好機として、その状況を変えようとしているのだ。パレスチナ人を国民として受け入れることなく、ガザの実質的な支配(※)を行うのが彼らの狙いであることはほぼ明らかになってきた。その方法は、単純なことだ。ガザからパレスチナ人をいなくならせればよいのである。方法は2つだ。市民を無差別に殺害することと、それによって恐怖感を与えて生き残った者を追い出すことである。すなわち、それがシオニストの言う「ナクバの再現」なのだ。

※ ALJAZEERA 2024年01月04日記事「Israeli defence minister outlines new phase in Gaza war」などを参照されたい。

今、イスラエルの暴走を押さえなければ、パレスチナからの大量の難民の発生という世界的な不安定要素を発生させることになる。1947 年にパレスチナの犠牲のもとに当時の国際連合が避けようとしたこと=ユダヤ人の大量の難民の発生が、今度はパレスチナ人の大量の難民発生と形を変えて再現することとなる。皮肉なことに、当時、米ソが自国への難民の流入を避けようとして採った手段=イスラエルの建国が、2024 年になって大量の難民を生み出す結果となったのである。

これまで、国際社会がイスラエルの人権侵害を見て見ぬふりをしてきたことのつけが、パレスチナの側の反撃を契機として、一気に噴き出したのだ。

もちろん、人権を声高に叫ぶ日米欧の政府には、自国に難民を受け入れる気は全くない。これは、エジプト、ヨルダンも同様である(※)。レバノンやシリア、イラクは難民を受け入れるような状況にはない。であれば、国際社会がとるべき手段はひとつである。ネタニヤフに和平への圧力をかけることだ。

※ だからこそエジプトは、これまでイスラエルによるガザの封鎖に協力してきたのである。


(2)パレスチナ=イスラエル問題をどう解決するべきか

ア パレスチナ=イスラエル問題の和平案

ガザの封鎖壁

※ イメージ図(©photoAC)

ネタニヤフの政権獲得以降の暴走により、一部の似非えせ専門家はパレスチナ=イスラエル問題を、2国家解決による方法で解決することは不可能だと思い始めているようだ(※)

※ NHK 2024年01月24日記事「ネタニヤフ首相 “パレスチナと「2国家共存」”を否定する理由」など参照。

しかしながら、ガザの封鎖と西岸の入植地の拡大を続けながらパレスチナ人に対して暴圧を振るうイスラエルの侵略的な支配を、見て見ぬふりをするこれまでの国際社会のありかたが、すでに限界にきていることは、今回のガザにおけるジェノサイドが起きたことでも明らかであろう。

この問題の解決のためには、パレスチナとイスラエル双方が承認可能な和平案を、国際的に示す必要がある。

ここで、考えなければならないことは、グリーンラインでイスラエルとパレスチナを2つに分ける2国家解決案は、PLO 議長(パレスチナ大統領)のアッバスもガザを支配するハマスも容認しているということである。これは、本来、パレスチナ全域に正当な権利を持つパレスチナにとっては、明らかに不利益で不正義なものである。パレスチナはそれでもよいと言っているのだ。

これに、強硬な抵抗をしているのはネタニヤフらリクードの関係者と支持者だけである。イスラエル国内の穏健なシオニストも、2国家解決に反対しているわけではないのだ。

2国家解決は、建前上は米欧日の政府も堅持しており、リクードがそれを承認しさえすれば十分に実現は可能である。ただし、国際的な正義のために、少なくとも次の要件をイスラエルに承認させる必要があろう。西岸を A、B、C の3地域に分けるのではなく、イスラエルは完全に撤退するべきである。また、ガザの封鎖は解かれなければならない。

【パレスチナ問題の解決への道筋】

  • イスラエルによるグリーンライン外からの完全撤退と、西岸及びガザへのパレスチナ国家の創設
  • パレスチナ難民の帰還権の確認(1948年12月11日の国連総会決議第 194 号(Ⅲ)の完全実施)
  • 東エルサレムからのイスラエルの撤退とパレスチナの首都の実現

もし、ネタニヤフがこれを飲まないのであれば、世界各国がイスラエルと国交断絶などの強い措置をとってでもこれを飲ませるべきである(※)。そして、パレスチナが自立できるようになれば、「テロ」などは収束することになる。

※ イスラエルの指導者は、イスラエルの利益のためであれば原則を曲げるというリアリストの面を有している。和平がイスラエルにとって有利になると思えば、それまでテロリストと批判していた相手とでも交渉する柔軟性も持っているのだ。

しかし、ネタニヤフは、今は、ガザでジェノサイドを行ってパレスチナ人を追い出すことがイスラエルの利益になると信じているのだ。ガザでのジェノサイドを終えた後で、辞任することも考慮しているかもしれない。

※ ネタニヤフは収賄等の汚職で訴追されてはいるものの、バラクとは異なり、基本的に(不幸なことに)彼個人の保身を政治的信念に優先させるタイプの政治家ではない。

国際社会は、ネタニヤフに対して、ジェノサイドを直ちにやめて、2国家解決を受け入れることがイスラエルにとって利益になると理解させる必要がある(※)

※ 米国がベトナムを攻撃していたときは、ベトナムは徹底して交戦した。しかし、戦争が終結した現在では、ベトナムは米国の友好国となっており、ベトナム人の若者は米国を好きな国家だと考えていることを想起するべきである。

イスラエルが、パレスチナに対する侵略を止めれば、パレスチナとイスラエルの間に友好が芽生えることもあり得るのだ。それこそが、イスラエルにとっても真の繁栄につながるのではないだろうか。


イ 交渉の相手側はハマスとアッバス以外にあり得ない。

イスラエルが和平交渉を拒否する理由として挙げているのが、交渉の相手がいないということである。しかし、これは、到底、納得できるものではない。

ハマスはテロリストだというのが表向きの理由だが、先述したようにテロを「政治目的の市民の殺害」とするなら、むしろイスラエルの方がテロリストとされるべきである。リクードの前身のイルグンは、英国からテロリストとして認定されていたことも忘れてはなるまい。

現時点で、パレスチナの正当な代表者は、西岸については PLO であり、ガザについてはハマス以外にあり得ない。戦後処理としては、ガザと西岸はパレスチナ人の2つの国家として別個に独立することも考えられよう。


(3)パレスチナ=イスラエル問題を知るために

ア パレスチナ=イスラエル問題を知るために

イスラエルによるガザでの大量虐殺が開始され、国際的なパレスチナ支援運動が広がる中で、パレスチナとイスラエルについて、もう一度、調べなおしてみようと思い、概説書をいくつか購入した。

これらの書籍は、パレスチナ=イスラエル問題を理解する上で、役に立つものであると思う。パレスチナ=イスラエル問題は複雑なものであるだけに、報道やSNSの情報だけでなく、ぜひ、書籍を読まれることをお勧めしたい。

この場合、できるだけ中立的なものをと思ったが、そもそも書籍に中立的なものなどあるわけもない。必ず、その筆者の政治的な立場が現れている。そこで、イスラエル寄り、パレスチナ寄りの双方の立場の書籍を購入し、ほとんどの書籍を2回以上読み込んでみた。

【パレスチナを知る書籍】

  • イラン・パペ「パレスチナの民族浄化: イスラエル建国の暴力」(法政大学出版局 2017年)
  • ラシード・ハーリディー「パレスチナ戦争: 入植者植民地主義と抵抗の百年史」(法政大学出版局 2023年)
  • シルヴァン・シベル「イスラエル vs. ユダヤ人」(明石書店 2022年)
  • ダニエル・ソカッチ「イスラエル 人類史上最もやっかいな問題」(NHK出版 2023年)
  • 鶴見太郎「イスラエルの起源」(講談社 2020年)
  • 高橋和夫「なぜガザは戦場になるのか」(ワニブックス 2024年)
  • 清田明宏「天井のない監獄 ガザの声を聞け」(集英社 2019年)
  • 中川浩一「ガザ 日本人外交官が見たイスラエルとパレスチナ」(幻冬舎 2023年)

あまり古いものでは役に立たないので、ここ数年以内に発行されたものばかりである。

ちなみに、外国人著者のうち、イラン・パペ(※)、シルヴァン・シベル及びダニエル・ソカッチは、いずれもユダヤ人である。このうちイラン・パペとシルヴァン・シベルは比較的シオニズムに批判的で反イスラエルの立場であるが、ダニエル・ソカッチは穏健派のシオニストでイスラエル寄りの人物である。

※ イラン・パペは、ユダヤ人でイスラエル国防軍に従軍した経験を持ち、その経験から反シオニストとなった方である。出版された時期がやや古いが、イスラエル・パレスチナ問題に関する図書として、多くの識者に引用される名著である。私自身は、入手したばかりでまだ読んでいない。

一方、ラシード・ハーリディーは、米国籍パレスチナ人である。この図書は入手したばかりで、まだ読みかけであるが、上記にあげた外国人著者の4冊の中で、もっとも優れたものと思う。

日本人の著した4冊は、比較的、中立的な立場である(※)。鶴見氏及び高橋氏はどちらかといえばパレスチナに好意的、清田氏はいずれの立場にも立っておらず、中川氏はイスラエルに好意的といえるだろうか。いずれの著者も、イスラエル・パレスチナの問題に真摯に向き合ってこられた方たちである。

※ 日本人の書いたイスラエル寄りの書籍も探してみたが、筆者が探した範囲内のものは、内容的にあまりにもレベルが低く、最右翼のシオニストによるプロパガンダのようなもので、到底、購入する気になれなかった。


イ 10月7日事件について知るために

10月7日に発生した事件に関する著書は、また多くはない。現時点で、入手できる図書としては以下のものがある。この他の雑誌類では「世界」2023年12月号の記事が参考になる。

【10月7日の事件の本質を知る書籍】

  • 岡真理「ガザとは何か」(大和書房 2023年)
  • 現代思想2024年2月号「特集:パレスチナから問う 100年の暴力を考える」(2024年)

日本人の著したものとしては、上記のうち岡真理氏が、比較的パレスチナ寄りの方であることは言うまでもない。

現代思想2024年2月号は、1月29日に発売され、筆者も早速購入した。254頁のうち219頁がこの特集であり、この問題に関するきわめて分かりやすい入門書となってる。


6 最後に

(1)国際社会が行うべきこと

最後になるが、現在のガザにおけるジェノサイドの状況は解消されなければならないし、イスラエルが行っていることは許されることではない。

また、パレスチナ人は、本来は川から海までの正当な権利を有するものであるが、そこにこだわっていては解決の道筋は見えてこない。

国際社会が目指すべきは、イスラエルとパレスチナの和解であり、イスラエルとパレスチナに住むユダヤ人とパレスチナ人が平和に生きられる社会を実現することである。

グリーンラインでイスラエルとパレスチナを分かつ、2国家解決をアッバスもハマスも認めているのであり、その方向での解決の道筋を探るべきである。

ネタニヤフは、承認しないだろうが、承認させるために、国際社会は断交措置をとるなど断固とした措置を採るべきである(※)

※ 残念ながら日米欧はイスラエルとの友好関係を保持するだろうが、アジア・アフリカ・中東(一部を除く)が力を合わせることで、イスラエルに圧力をかけることはできるだろう。グローバルサウスも団結できるとは限らないが、その力は大きくなりつつあるのだ。

なお、ここでイスラエルのジャーナリストであるギデオン・レヴィ氏によるスピーチ(上記のポスト)の逐語訳を紹介しておこう。

【ギデオン・レヴィ氏によるスピーチ】

I'm an Israeli

私はイスラエル人です

I was born in Israel

イスラエルで生まれました

I even perceive myself as an Israeli patriot

私自身をイスラエルの愛国者であるとさえ認識しています

I care about Israel

イスラエルのことが大切です

I belong to Israel

私はイスラエルに帰属しています

I'm attached to Israel

イスラエルに愛着があります

Don't speak about Symmetry because there is no Symmetry

対称性について語るべきではありません。対称性などないからです

I would even suggest that there is no conflict

あえて申し上げるが、紛争も存在していないのです

Was there a French Algerian conflict?

フランスとアルジェリアの間に紛争がありましたか

There was a brutal French occupation in Algeria

残忍なフランスによるアルジェリアの占領があっただけです

which came to its end

それは終わりました

And there is no Israeli Palestinian conflict

そしてイスラエルとパレスチナの間に紛争はありません

There is a brutal Israeli occupation

残忍なイスラエルの占領があるのです

Which must come to its end one way or the other

何らかの方法で必ず終わらせなければなりません。

In our backyard there's a regime which is today by far one of the most cruel brutal tyrannies on earth

私たちのすぐ近くに、太古から今日まで地球上でもっとも残酷な独裁政権が存在しているのです

And I know what i say because I cover it for 40 years and this regime cannot be defined bit is an apartheid

私はそれを40年間取材してきたから言えます。それは、アパルトヘイトとしか言いようがありません。

Two peoples live on one piece of land one people is all the right in the world

二つの民族が一つの土地に住んでいて、一方がすべての権利を享受しているのです

And I'm talking now only about the occupied territories

そして、私が話しているのは占領地のことだけではありません

One people is all the right in the world

一方が、すべての権利を享受しているのです。

The other people have no right whatsoever

もう一方は、何の権利もないのです。

It looks like apartheid

アパルトヘイトのように見えます

It talks like apartheid

アパルトヘイトのような発言があります

It is apartheid and nobody can contradict it

それはアパルトヘイトなのです。誰にも反論はできません

Go to the Jordan Valley see the prosperity in the settlements

ヨルダン峡谷(ヨルダン川西岸)へ行けば、入植者の繁栄を見ることができます

And then go and the Palestinians who live there without electricity without water without any right

そこで暮らしているパレスチナ人は、電気も水も、なんの権利もない生活をしています

And then tell me if it's apartheid

これはアパルトヘイトです

or you might invent it another title

そうでないというなら、何なのでしょう

※ 「Israeli man delivers one of the greatest speeches in modern history

(2)私たちが行うべきこと

繰り返すが、私たちが目指すべきは、パレスチナ人とユダヤ人がともに平和に生きられる社会である。パレスチナ人とユダヤ人の友好が実現し、ともに若者が未来に夢を持てる社会の実現である。

私は、本稿を執筆するに当たって、パレスチナの側に立つ論者のみならず、ユダヤ人やときにはシオニストの側の論者の主張もできるだけ引用するようにした。それは、この問題がユダヤ人対アラブ人という構造ではないと理解して頂きたかったためである。これはユダヤ人対パレスチナ人の問題ではないのだ。

これは、他の民族を支配し抑圧する側と人間性を開放しようとする側の争いなのである。反占領、反植民地主義、反ジェノサイドは、反ユダヤ主義ではないのだ。

ガザの解放のために、我々がなすべきことは何だろうか?それは、第一にパレスチナ問題から目をそらさないことである。さらに、和平に背を向け、ジェノサイドを続けるイスラエルに対して圧力をかけ続けることである。

【私たちにできること】

  • パレスチナに目を向け続けること、そして、様ざまな機会にパレスチナについて発言することを忘れないこと
  • 政府に対して、イスラエルの横暴を止めることを要求し続けること
  • BDS(イスラエル製品のボイコット、投資の引き上げ、経済制裁)を続けること
世界平和のイメージ

※ イメージ図(©photoAC)

もちろん、これらのことを行ったからといって、ただちに世界が変わるわけでもなければ、イスラエルがガザでのジェノサイドや西岸での暴力を控えるわけではないだろう。しかし、第一次インティファーダによる国際世論の変化がイスラエルに圧力をかけ、オスロ合意というきわめて問題の大きなものであったにせよ、和平への動きが出たことも事実なのである。

グローバルサウス、南北双方の心ある世界の市民、そしてイスラエル内外の良識あるユダヤ人も含めて、声を上げてゆくことが重要なのである。

我々、個々の市民の力は小さいが、それを合わせれば世界を動かすことが可能となる。我々人類の歴史はそのことを明確に証明しているのだ。


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