ECETOC TRAの使用方法 (2/4)




トップ
管理体制

化学物質のリスクアセスメント手法の一つであるECETOCのTRAの具体的な使用方法を分かりやすく説明しています。

このマニュアルに従って実施することで、容易に企業内でECETOCのTRAが使用できるようになります。

内容の無断流用はお断りします。



2 準備作業と必要なデータの収集

(1)リスクアセスメントを行う想定作業

化学物質のイメージ

※ イメージ図(©photoAC)

さて、ここでとりあえずTRAを体験して頂くために、ある作業を想定してリスクアセスメントを行います。この想定した作業で使用する化学物質は、“フタル酸ビス(2‐エチルヘキシル)”(DEHP)だとします。その特性は「表1:ECETOC TRA の物理化学的特性等に関する入力項目」のようになっています。

また、リスクアセスメントを行う作業は「表2:ECETOC TRAによる職業ばく露評価のための入力項目」のようなものであると、想定します。

そして、TRAでリスクアセスメントを行うためには、この表1(沸点は必要ありません)と表2(使用量は必要ありません)の「入力内容」の項目の情報が必要になります。この2つの表の「入力内容」を埋めさえすれば、あとは機械的に行うことができるのです(※)

 実は、表1の備考欄に記してあるように、すべての項目を埋めなくても職業性ばく露のリスク評価は可能である。

あれ? と思いませんか。そうです。化学物質の使用量の入力は必要がないのです。ECETOCのTRAは、作業内容から発散量を推定するという考え方を採用しているからです。

実際にリスクアセスメントを行うときのために、表1と表2の「入力項目」の欄を空欄にしたもの(PDF版 EXCEL版)を私のサイトにアップしておきますので、よろしければそちらをお使い頂ければと思います。プリントアウトしてその空欄に、実際に対象とする化学物質と作業内容を調べて書き込めば、あとは簡単にリスクアセスメントができます。

本稿では、これらの表を埋める手法を具体的に説明してゆきます。


(2)リスクアセスメントを行うために必要な情報を調べよう

ア 物質の特性

あなたが実際にTRAでリスクアセスメントを行うためには、SDSから、「物質名」「CAS番号(CAS RN®)」「分子量」「蒸気圧」「水溶解度」「オクタノール/水分配係数(※1)」「好気的生分解性」及び「職業暴露限界」を調べなければなりません(※2)。「CAS RN®」は入力しなくてもできるのですが、後でSDSを取り違えていないことを確認できるようにするため、入力しておくことをお勧めします。

※1 水とn-オクタノールをコップに入れてしばらくすると、これらは上下に2相に分かれて平衡状態になる。このコップにある化学物質を投入して混ぜ合わせ、しばらくしたときに再び2層に分かれたとしよう。このとき、n-オクタノールと水のそれぞれの中でこの物質が溶けている濃度の比が、その物質のオクタノール/水分配係数である。Pow又はKowと表される。この比はかなり大きくなるので、対数で表すことがあり、その場合はlog Pow又はlog Kowと記す。

この値が大きいと生体内で蓄積されるおそれが大きいと、一応はいえる。しかし、分子の大きさが大きいものだと細胞膜を通過しにくくなるので、Powが大きくても蓄積されにくい傾向があり、絶対的なものではない。なお、1-オクタノールと記されていることもあるが、これはn-オクタノールの別称で、同じ物質である。

なお、この化学物質が界面活性剤などだと、水とn-オクタノールが2層に分かれないため、そのような物質ではこの数値を定めることはできない。また、生体内で化学反応を起こしやすい物質の場合も、あまり意味のある数値ではない。

※2 「物質名」と「CAS RN®」はリスク判定には用いられていないので、どのような値を入力しても結論に変わりはない。また。職業ばく露のリスク判定をするだけなら、「水溶解度」「オクタノール/水分配係数」及び「好気的生分解性」の入力も不要である。

このうち、「好気的生分解性」については、SDSに記載されていない可能性があります。これは環境影響に影響を与えるパラメタで化審法関連の資料に記載されていることがあります。「好気的生分解性」という言葉と、その物質のCAS RN®で検索すると、環境省やCERIのその物質の有害性評価書がヒットすることがあるので、その文書内で「分解性」などの言葉で簡易検索をかけると分かることがあります。ただ、入力しなくても職業ばく露に限ったリスクアセスメントはとりあえず実施することは可能です。

DEHPのSDS

図をクリックすると拡大します

さて、これらの項目を調べる方法について説明しましょう。右図はDEHPに関して政府が作成したモデルSDSの中の「9.物理的及び化学的性質」の項目です。

この中に「蒸気圧」「水溶解度」「オクタノール/水分配係数」が書かれています。なお、SDSによっては「オクタノール/水分配係数」が「n-オクタノール/水分配係数」又は「1-オクタノール/水分配係数」と記されていることもありますが、すべて同じ意味です。

蒸気圧の単位がPa表示でないときmmHgなど、Pa表示に換算しなければなりません。これは、ネットで「Pa 換算」で検索すると換算するツールのサイトが見つかりますので、そちらを利用してください。

また、8の「ばく露防止及び保護措置」のところに次のような記述があります。

職業ばく露限界

「職業暴露限界」は、ここで調べます。この中の管理濃度(※)、許容濃度などが職業暴露限界にあたるものです。このほか、MAK値・WEL値・SCOEL値などが記載されている場合もあると思いますが、それらも職業暴露限界です。

 「管理濃度」は正しくは職業暴露限界ではない。しかし、実質的に職業暴露限界と同じ数値が使用されることが多いので、リスクアセスメントを行う場合はそれほど気にする必要はない。

いくつか数値があって、どの数値を用いるべきか迷いますね。まあ、安全のためには一番小さな数値を用いるべきではありますが、我が国では日本産業衛生学会の許容濃度か、ACGIHのTLV-TWAが使用されることが多いようです。また、一番新しい数値を優先するという考え方もあると思います。ただし、「TLV-STEL」は使ってはいけません。

なお、単位が「ppm」で表されている場合は「mg/m3」に換算しなければなりません。

そこで、EXCELファイルを用いて許容濃度等をppmからmg/m3に換算するためのソフト「【ppm】と【mg/mm3】の換算のためのツール」を私のWEBサイトにアップしておきます。よろしければそちらをお使いください。

最後に「CAS RN®」と「分子量」ですが、これは3の「3.組成及び成分情報」のところを探してください。「CAS RN®」はSDSによっては別なところに書いてあるかもしれません。

イ 作業内容等の入力

(ア)作業内容等の入力項目

次が表2です。この情報は実際の作業内容に関するものです。TRAを行うときに、TRAのEXCELファイル(ecetocTRAM.xls)の55行から69行目までに入力するためのものです。TRAのEXCELファイルではプロセスは15個まで入力できるようになっています。なお、TRAのEXCELファイルでは、F列に「no」を入力した場合、常温で取り扱うときはG列には入力する必要はありません。

TRAのEXCELファイルでは、ほとんどはプルダウンメニューから選択入力する形になっているので、入力そのものは楽です。入力するべき項目は表3に示してある通りで、10個の項目があります。

表3:労働者ばく露評価のための入力項目
表示 内容 入力方法
Scenario Name シナリオ名 自由入力(漢字も入力可能)
Process Category プロセスカテゴリ PROC1 ~25c の中から選択(別表参照)
Type of Setting 作業形態 工業的使用は Industrial
専門業者使用は Professional を選択
Is substance a solid? 対象物質の状態

固体であれば(ダストで発生、つまり蒸気圧を考慮しないという意味で) Yes を選択する、液体であれば(蒸気圧を考慮して Fugacity を決定するという意味で) No を選択する。

※ なお、厳密には、固体の場合は、ダストと蒸気の両方の可能性があるため、Yes と No の両方で計算(リスク評価)を行い、安全側(結論として得られるRCRの値の高い方)を採用するべきである。特に、取扱い温度で蒸気になるような個体はそのようにしなければならない。

Dustiness of solid or VP of volatiles(Pa) at process temp. 発塵性
又は
作業温度における蒸気の揮発性(蒸気圧/Pa)

固体の場合:

Dustiness(発塵性)を高、中、低から選択

液体の場合:

作業温度における蒸気圧をPa単位で入力

(常温作業は入力不要)

Duration of activity(hours/day) 作業時間(時/日)

1日当たりの作業時間を下記より選択

15 分未満

15 分~1 時間

1 時間~4 時間

4 時間以上

Use of ventilation ? 換気の状況

下記7つの選択肢より選択

屋外

屋内

屋内で局所排気装置(LEV)付き

屋内で自然換気

屋内で強制換気

屋内で自然換気+LEV

屋内で強制換気+LEV

Use of respiratory protection and if so, minimum efficiency ? 呼吸用保護具の有無と、効率

下記の3つの選択肢より選択

No (マスクを使用せず)

90%(捕集率)

95%(捕集率)

Substance in preparation ? 製品中の対象物質の含有量

下記5つの選択肢より選択

No(純品の場合)

25%以上

5~25%

1 ~5%

1 %未満

Dermal PPE/Gloves 手袋の使用

下記4つの選択肢より選択

No(手袋を使用せず)

APF(※)15

APF 10

APF 20

※ 本表は、一般財団法人化学物質評価研究機構「ECETOC TRAを用いる(推定ばく露濃度の算出を含む)労働者リスクアセスメントマニュアル」(2016年6月)を、筆者が一部修正したものである。

 APF(Assigned Protection Factor=指定防護係数)なお、この項目の入力については、当サイトの「保護具の基本(ECETOC TRAの入力項目APFを含めて)を解説する」の4に解説してある。

(イ)各入力項目

それでは、入力する項目を上から順にみてゆきましょう。

① シナリオ名

まずは、「シナリオ名」です。作業名だと思っていただいてかまいません。お好きな言葉を入力してください。日本語でかまいませんし、ここに何を入力しても結果には影響はありません。

② プロセスカテゴリ

次が、「プロセスカテゴリ」です。ECETOCのTRAを実施しようとするときの最大の難所です。ただ、ここをクリアできればあとはそれほど難しいものはありませんので安心してください。

プルダウンメニューの中から、対象となる作業が、どれに一番近いかを選ぶことになります。ここを間違えると正しい結果が出ません。

プルダウンメニューの各プロセスの意味は、「表4:プロセスカテゴリーの意義」の通りです。日本語訳が書いてないところがありますが、すぐ上の欄の日本語訳が書かれているところの英文と比べてみてください。取扱い温度が異なるだけです。英文の欄をみると、「pt」と「mp」関係で「a」、「b」、「c」と分けてあるだけですね。ちなみに「pt」とは取扱い温度のことで、「mp」は溶解温度のことです。

初めての方には分かりにくいかもしれませんね。日本化学工業協会の説明も併せて参考にされてください。

③ 作業形態

次は「作業形態」です。労働者がその作業を専門的に行っているのであれば「Professional」を選択してください。ただし、プロセスカテゴリでPROC7とPROC22を選んだ場合は常に「industrial」を、PROC11とPROC20を選んだ場合は常に「Professional」を選んでください。

④ 対象物質の状態

「対象物質の状態」は、英文では「それは固体ですか」と書かれていますね。通常は固体であれば「yes」、液体であれば「no」を選べばOKです。

表3の赤文字の記述は、取扱温度で蒸気になるような物質の場合の留意事項と思って頂いてかまいません。そのときは、「yes」と「no」のそれぞれについてリスク評価を行って、双方の結果のうちRCR の高い方(リスクの高い方)を採用してください。

⑤ 発塵性又は作業温度

次が「発塵性又は作業温度における蒸気の揮発性」です。迷うのは「発塵性」のところだと思います。ここは、中災防の「化学物質リスクアセスメントのすすめ方」の6ページにある「b 揮発性・飛散性ポイント(B)」の「粉体」の項目が同じものを採用していますので、それを参照して頂ければよいです。

具体的には、微細な軽い粉体(例:セメント)なら「high」、結晶状・顆粒状(例:衣料用洗剤)なら「medium」、壊れないペレット(例:錠剤)なら「low」を選んでください。

液体の場合は作業温度における蒸気圧をPa単位で入力します。Excelのセルに入力できないように感じるかもしれませんが、無理に入力すれば入力できます。表2の括弧の中の温度は入力する必要はありません。また、常温で液体の場合は入力そのものをしなくてもかまいません。

⑥ 「作業時間」と「換気の状態」

「作業時間」と「換気の状態」は分かりますね。LEVとは局所排気装置のことで、Local Exhaust Ventilationの略です。

⑦ 呼吸用保護具の有無と効率

「呼吸用保護具の有無と、効率」ですが、効率は使っている保護具のマニュアル(取説)の「捕集効率」を参照してください。

マニュアルに記述がなければ、防じんマスクの場合は、RS2、DS2、RS3及びDS3を使用しているときは、選択肢の“95%”を選びましょう。捕集効率80%のRS1及びDS1の場合はどうするのかが疑問になるかもしれませんが、そのときは迷わず保護具の方を捕集効率95%以上のものに変更しましょう。価格的にもそれほど変わるわけではありません。

問題は防毒マスクと給気式マスクの場合です。防毒マスクについては捕集効率は表示されていませんし、給気式マスクの場合はそもそも捕集効率という概念がありません。この場合は、防護係数から判定する方法が考えられます。防護係数が10未満のときは“No”、10以上20未満のときは“90%”、20以上のときは“95%”で入力することで対応可能だろうと思います。そのようにしても安全側にはなります。

⑧ 保護手袋の有無と効率

保護手袋のAPFも保護手袋の説明書には記載されていません。これは、ECETOCの独自の考え方でAPFを選ぶようになっています。これについては、別に解説してありますので、下記ボタンから参照してください。

【ECETOC TRA】保護手袋APFの求め方

ウ その他の注意すべき事項

問題は、現実の職場では単一の化学物質を使用することはほとんどなく、たいていは混合物だということです。では、その場合の職業暴露限界はどの数値を入力すればよいのでしょうか?

これには、いろいろな考え方があるようです。最も低い数値を用いるという考え方もあれば、濃度加重平均をとるという考え方もあると思います。また、すべての成分についてリスクアセスメントを実施し、得られるRCRをすべて合計して、合計した数値で判断するという考え方もあると思います。

しかし、私が数人の専門家に確認したところでは、全員が、成分の中で最も低い数値を用いるべきだと考えていました。私も、それが正しい方法であると思います。

その他の注意事項として、発散源のすぐ近くに作業者が顔を近づけるような作業では、TRAの結果でリスクは低いとされた場合でも、適切な保護具を着用するようにしてください。

また、日本化学工業協会からECETOCのQandAの日本語訳が公開されています。こちらも参考にされてください。





プライバシーポリシー 利用規約