職場における化学物質管理については、安衛法上、リスクアセスメント等の自主的な管理が求められています。その現状についてデータに基づいて示します。
- 1 最初に
- 2 最近の化学物質をとりまく状況
- (1)職場で用いられる化学物質の種類等の多様化
- (2)化学物質による労働災害の特徴
- (3)化学物質規制の新たな在り方
- 3 リスクアセスメントと労働安全衛生法
- 4 化学物質の自律的管理
- (1)化学物質の自律的管理の基本的考え方
- (2)化学物質規制体系の大幅な見直しの実施
- (3)化学物質規制のあるべき姿
- (4)化学物質規制の新たな在り方
- (5)その他
- (6)疫学調査の強化
1 最初に
執筆日時:
最終改訂:
この原稿の文章は、最初はリスクアセスメントの実施方法に関する本サイトの「化学物質のリスクアセスメントの具体的な進め方」の冒頭に置いていたものを、後に大幅に改訂して分離独立させ、さらに自律的な管理に法制度が移行した機会に内容を大きく改訂した。
そのような経緯から、ややリスクアセスメントの必要性を強調するような内容となっているが、自律的管理においてリスクアセスメントが重要性が増していることを考えれば、正しい方向だったと考えている。
2 最近の化学物質をとりまく状況
(1)職場で用いられる化学物質の種類等の多様化
図2-1は厚生労働省が「第 15 回 職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会」に提出した「参考資料 検討会報告書の概要」からの抜粋で、化学物質の自律的管理が導入される以前の状況(※)を示したものである(ページ番号を削除した)。
※ 化学物質の自律的管理については、当サイトの「化学物質の自律的な管理(2022年安衛法令改正)総合サイト」を参照して頂きたい。
これによると、労働の現場で使用されている"既存化学物質"の種類は、(数え方にもよるので明確には言えないが)数万種類あるとされている。また、労働安全衛生法に基づいて"新規化学物質(※2)"として届け出られる化学物質の数(種類)は、毎年1,000件前後となっている。この新規化学物質数は、図2-2に示すように、2013年(平成 25 年)以降は、一時期よりは減少しているものの 2002 年(平成 14 年)以前の倍程度で推移している。
※1 厚生労働省が「第1回 職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会」に提出した「資料2-3 日本の事業場における化学物質管理の仕組み」によれば、職場で用いられる化学物質数は約7万とされていた。
※2 既存の化学物質以外で、1事業場当たり新たに 100【kg/年】を超えて製造又は輸入される物質であり、厚生労働大臣に対して届出を行う必要がある。いったん届出が行われると、その物質は"既存化学物質"となるため、その後にその物質を製造又は輸入しようとする場合は届出の必要はなくなる。
また、これらの既存化学物質の他に、少量新規化学物質(※1)として報告されるものがある(※2)。
※1 既存化学物質以外で、1事業場当たり 100【kg/年】以下の製造又は輸入がされる物質のことで、厚生労働大臣に対して報告をする義務がある。これは新規化学物質とは異なり、報告されても既存化学物質とはならない。従って、その後も 100【kg/年】以下の製造又は輸入をするのであれば、毎年、報告をする必要がある。
すなわち、ある年に少量新規化学物質として報告される化学物質の数は、異なる事業場から同じ化学物質が重複されて報告されていることがあるので、実際に使用されている化学物質の種類の数と一致しているわけではない。また、日本全体ではその化学物質が 100【kg/年】を超えて製造又は輸入されていることもあり得る。
なお、2023年度の数値は第 160 回安全衛生分科会資料に基づいている。
※2 なお、参考までに右目盛りで、過去5年間の少量新規化学物質製造(輸入)確認申請件数(物質数)を示した。なお、内田真司「化学物質による労働者の健康被害に係るリスク評価制度について」(2019年)によると、少量新規化学物質の数は年間約 17,000 程度とされていた。そうだとすると、ここ5年ほどはやや減少しているようだ。
- 既存の化学物質は約7万種類
- 毎年、1,000種類以上の物質が新規に届出
- 少量新規化学物質は、年間17,000物質程度
(2)化学物質による労働災害の特徴
このように職場で用いられる化学物質の種類が多様化する中で、化学物質による労働災害は、図2-3に示すように、休業4日以上の災害が毎年 400 件程度、死亡災害が数十件程度発生(※)しており、そのうち有害物によるものが半数程度を占めている。なお、この図は死傷病報告を取りまとめたものであり、統計の性格からこの災害件数には"職業がん"などの発生件数は含まれていないものと考えられる。
※ 下記のグラフは厚生労働省の説明資料等によく用いられるものに準じて作成している。
なお、厚生労働省の災害統計は、起因物の中分類に「危険物、有害物等」があり、これは小分類「爆発性のもの等」、「引火性の物」、「可燃性のガス」、「有害物」、「放射線」及び「その他の危険物、有害物等」に分類されている。
そして、例えば2020年(令和2年)の休業4日以上の災害は、爆発性のもの等:14件、引火性の物:106件、可燃性のガス:70件、有害物259件、放射線:0件、その他の危険物、有害物等:411件となっており、「その他の危険物、有害物等」がかなり多い。しかし、このグラフには「その他の危険物、有害物等」を含めていない。
これは、陸災防の「起因物分類の解説」をみても分かるように、「その他の危険物、有害物等」には、本来は化学物質は含まれていないからである。しかし、「その他の危険物、有害物等」を起因物とする災害がそれほど多いとは思えず、事業者が死傷病報告を提出する際に、未規制物質を「その他の危険物、有害物等」としている可能性はある。
なお、死亡災害統計で、2019 年の引火性の物を起因物とする災害が突出して多いが、これは京アニ放火事件で亡くなった方が含まれているからである。
そして、厚生労働省の「職場における化学物質管理等のあり方に関する検討会報告書のポイント」によると、「化学物質による休業4日以上の労働災害のうち、特定化学物質障害予防規則等の規制対象外の物質による労働災害が約8割
」とされている。
表2-1は、この資料に掲示されているものである(※1)。これは厚生労働省で取りまとめたものである。これによると、化学物質による健康障害は、いわゆる未規制物質(※2)が原因となる労働災害が4割を超えている。
※1 休業4日以上の災害とされているが、資料作成の元データと対象となっている期間が記載されていないが、2020年の法改正の際に用いられた資料と同じものである。「令和3年度 第2回職場における化学物質管理に関する意見交換会」での厚生労働省化学物質対策課長補佐の発言によれば、労働者死傷病報告をとりまとめたもので2018年(平成30年)の数値とのことである。
職業性疾病のみなのか、爆発火災によるものを含むのかも不明瞭だが、おそらく職業性疾病のみであろう。なお、労働者死傷病報告によれば、2018年の「有害物」を起因物とする休業4日以上の災害発生件数は259件、「危険物、有害物等」は860件であり数が合わない。
※2 ここでは「未規制物質」とは、特化則、有機則等の特別規則の対象となっていない化学物質を指している。
件数 | 障害内容別の件数(重複あり) | |||
---|---|---|---|---|
中毒等 | 眼障害 | 皮膚障害 | ||
特別規則対象物質 | 77(18.5%) | 38 (42.2%) |
18 (20.0%) |
34 (37.8%) |
特別規則以外のSDS交付義務対象物質 | 114(27.4%) | 15 (11.5%) |
40 (30.8%) |
75 (57.7%) |
SDS交付義務対象外物質 | 63(15.1%) | 5 (7.5%) |
27 (40.3%) |
35 (52.2%) |
物質が特定できていないもの | 162(38.9%) | 10 (5.8%) |
46 (26.7%) |
116 (67.4%) |
合計 | 416 | 68 (14.8%) |
131 (28.5%) |
260 (56.6%) |
※ なお、右図は、厚生労働省が行った 2012 年のセミナーの資料から作成したものである。これは労働基準監督署によって災害調査が行われた化学物質による労災害について取りまとめたものである。あり方検討会報告との数値の違いは、あり方検討会報告は私傷病報告をすべてまとめたものであるのに対し、こちらは労働基準監督署によって調査が行われたものを取りまとめたものなので、それによる違いが出たものと思われる。
また、図2-4は、厚生労働省の 2013 年(平成 25 年)の「胆管がん問題を踏まえた化学物質管理のあり方に関する専門家検討会報告書」の別添資料から作成したものである。これによると、化学物質による慢性中毒も年間 100 件程度発生しており、そのうち2割程度は、未規制物質が原因となっている。
また、近年、大阪府の印刷業における 1,2-DCP によると考えられる胆管癌の多発事故や、福井県の化学工場における o-トルイジンによる膀胱がんなど、国際的にも大きな問題となった深刻な労働災害が発生したことも記憶に新しい。
そして、1,2-DCP やo-トルイジンはいずれも災害発生当時は通知対象物(SDS の交付義務の対象物質)ではあったが、いわゆる規制対象物質(特化則、有機則等の特別規則の規制の対象物質)ではなかったのである。
(3)化学物質規制の新たな在り方
これらのことをして、労働安全衛生法令の化学物質管理関連の規定が効力を発しなかったとの評価も可能かもしれない。しかし、数万種類の化学物質が存在しており、中にはきわめて特殊な使われ方もされるものもある状況で、すべての災害を防止するような規制をかけることは現実的ではない。規制の範囲をあまりに幅広くとれば、科学技術の発展を阻害するような副作用がでるおそれもあるのだ。
かつて 1972 年の労働安全衛生法施行の当時は、化学物質の種類はそれほど多くはなく、多くの現場で、作業時間中はほぼ同じような扱われ方をしていた。そして作業環境中の気中の濃度も作業時間中にはそれほど変化しなかった。このような状況下では、化学物質を規制する法令も、個々の化学物質をリストアップして、一律に詳細な規制をかけるという手法がきわめて効果的であった。
しかし中には、ごくわずかな事業場で、ときには数日あるいは数ヶ月に一度しか使用されないような化学物質も存在している。このような物質を、特別規則でリストアップして規制することは、現状を考えると困難である。
また、現在では、現場の化学物質の取扱われ方も多様化しており、どれほど精密に法令を作っても、その想定を超えてしまうようなケースがでてしまう。また作業場の化学物質の気中濃度も時間によって変動することが多く、従来の作業環境測定の手法だけでは、職場のリスクを正確に測れない場合も出てきた。
すなわち、法令の規制の在り方も、従来型の手法だけでは必ずしも十分とは言えない状況になっているのである。このことは、個々の企業内の化学物質の管理の在り方についてもいえることであろう。
しかし、法違反がなくて発生した災害(※)の多くも、事前に事業者が予見することができなかったと思われるような災害はそれほど多くはないのである。むしろ、事前に事業者がリスクアセスメントを適切に行っていれば防げたと思われるものがほとんどなのである。
※ すなわち法令の想定を超えた災害だといえる。しかし、そのことは、行政でさえ想定できないような範囲ということではない。容易に想定できる災害であっても、法令で対策をとっているとは限らないのである。
このようなことから2021年7月19日に公表された「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会報告書」においては、事業者への危険有害性情報の伝達・提供とリスクアセスメントが重視されている。
すなわち、法令の仕組みを大きく変えて、危険性・有害性に関する情報を適切に伝達し、情報を受けとった事業者はそれを用いて、災害が起きないような対策を自らとって欲しいということである(※)。
※ そのためには、事業者には、伝えられた情報を正しく理解して、災害の発生しないような対策をとることができることが必要となる。
さらに直截的にいえば、化学物質は、製造又は輸入されてから消費者に渡るまでの流れの中で、多くの企業を介することになる。そして、一般的には、その化学物質の危険有害性に関する情報を最も多く所有しているのは、この流れの起点である製造又は輸入業者である。そこで、まずは、製造又は輸入業者の持つ危険有害性の情報を、化学物質とともに、消費者の手に渡る最終製品になる直前まで、スムーズに流れるようにしようとしたのである。これが、SDS のシステムである。
次に、SDS の提供を受けた側の事業者は、それによって危険有害性を知ることができるので、それに基づいて事業場における労働災害発生のリスクをアセスメントして適切な対応をとることを期待しているわけである。
しかしながら、化学物質のリスクアセスメントは、図2-6に示すように、多くの事業場に普及するというところまではいっていないことも事実である(※)。その原因としては、化学物質のリスクアセスメントについて、事業者に適切な支援ができる専門家が少なかったというのも大きかったように思う。
※ 図2-6では、令和4年(右図は令和3年)の労働安全衛生の調査の数値を示している。そもそも、「安衛法第57条に該当する物質(リスクアセスメントの義務のある物質=調査対象物質)」、「調査対象ではないが危険有害性がある物質」について、使用しているかどうか分からないという企業が、この1年間でかなり減少したもののかなりの割合で存在しているのである。
また、リスクアセスメントの義務がかかっている化学物質について、少なくない企業がリスクアセスメントをすべて実施していないのである。これは明確な法違反であるが、そのような企業が3分の1程度存在しているのである。
また、SDS の交付状況についても、図2-7(右図は令和3年の状況)に示すように、法律上の義務のある通知対象物についてさえ、すべて交付しているという事業所は4分の3程度にすぎないのである。
もちろん、通知対象物質を譲渡提供していれば、一般消費者の用に供するものであるなど除外規定の対象にならない限り、SDS の交付はしなければならないので、すべて交付している事業場以外は、違法状態であると思われる。
そして、個々の少なくない作業場所において、化学物質管理が的確には行われていない現状であることも事実であろう。
表2-2に示すように、厚生労働省の「職場における化学物質管理等のあり方に関する検討会報告書のポイント」によると、法律上作業環境測定の義務のある物質について、労働者の健康障害防止の観点から問題のある第3管理区分(※)の作業場所のある事業場が、かなり残っている状況にあるのである。
※ 作業場の気中濃度の平均値が管理濃度を超えているか、又はその作業場で最も濃度の高くなる場所の濃度が管理濃度の 1.5 倍を超えている状態である。
有害作業の種類 | 作業環境測定の結果 第三管理区分の割合 |
||||
---|---|---|---|---|---|
H8年 | H13年 | H18年 | H26年 | R元年 | |
粉じん作業 | 5.7% | 5.6% | 7.4% | 7.7% | 6.6% |
有機溶剤業務 | 3.8% | 3.3% | 4.3% | 5.0% | 3.7% |
特定化学物質の 製造・取扱い業務 |
1.2% | 1.2% | 2.9% | 5.7% | 4.2% |
※ また、平成 27 年の日本作業環境測定協会の調査結果によっても第3管理区分の作業場所のある事業場が、かなりある(図)。
中央労働災害防止協会「労働衛生のしおり」より引用。なお、この調査は、この年度を最後に終了している。
管理濃度の値は、日本産業衛生学会の許容濃度などと一致して定められることが多いが、許容濃度とは1日8時間、1週 40 時間で職業生活の期間中ばく露しても、ほとんどすべての労働者に健康影響が出ないとされる濃度である。従って、第3管理区分の作業場では、一部の労働者に健康影響が出ることが否定できない状況にあるという評価も可能であろう。
がんなどの重篤な職業性疾病の原因となることから規制されている特定化学物質でさえ、2.9%の事業場で第3管理区分の作業場所があるのである。なお、作業場所を第3管理区分のまま放置することは、労働安全衛生法に違反することとなる。また、一部の化学物質については、第 3 管理区分の作業場では女性が働くことが許されないので、均等法上の問題もあるといえよう。
3 リスクアセスメントと労働安全衛生法
また、2016 年6月に、改正労働安全衛生法が施行され、それまで努力義務であった化学物質(通知対象物)のリスクアセスメント(危険性又は有害性等を調査)が、新設された同法第 57 条の3第1項によって(※)義務となった(図3-1参照)。なお、これについては、罰則は定められていない。
※ 「危険性又は有害性等」と、危険性と有害性が「又は」という言葉でつながっているので誤解されることがあるが、危険性又は有害性のいずれか一方についてのみリスクアセスメントを行えばよいということではない。「又は」という言葉が用いられているのは、物質によっては危険性又は有害性の一方の性質しかないものも存在するためであ る。
また、この改正では、事業者に対し、実施したリスクアセスメントの結果に基づいて、労働安全衛生法令の措置を講じる義務のほか、労働者の危険又は健康障害を防止するために必要な措置を講じることが努力義務となった。
また、労働安全衛生法の改正に併せて、労働安全衛生法施行令の改正及び労働安全衛生規則改正についても必要な改正が行われるとともに、化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針(以下「RA 指針」という。)が策定されている。
なお、参考までにリスクアセスメントに関係する指針を以下に示す。
- ① 危険性又は有害性等の調査等に関する指針(平成 18 年3月 10 日付け公示第1号)(解説)
- ② 労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針(平成 11 年4月 30 日付け告示第 53 号)(平成 18 年3月 10 日改正)(改正通達)(簡単な解説のついた指針と通達の対比表)
- ③ 化学プラントにかかるセーフティ・アセスメントに関する指針(昭和 51年 12 月 24 日付け基発第 905 号/平成 12 年 3 月 21 日付け基発第 149 号)
4 化学物質の自律的管理
(1)化学物質の自律的管理の基本的考え方
さて、すでに述べているように、厚生労働省では2021年7月19日に「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会」(以下「あり方検討会」と略す。)の報告書を公表している。ここにおいて、職場の自律的管理が前面に押し出されることとなった。
この報告書の内容は以下の通りである。
【あり方検討会検討結果】
- 化学物質規制体系の見直し
(自律的な管理を基軸とする規制への移行) - 化学物質の自律的な管理のための実施体制の確立
- 化学物質の危険性・有害性に関する情報の伝達の強化
- 特化則等に基づく措置の柔軟化
- がん等の遅発性の疾病の把握とデータの長期保存のあり方
基本的に、2016年御法改正の内容を踏襲しているが、今回は、特化則等の特別規則に基づく措置の廃止(※)とがん等の遅発性の疾病の把握とデータの長期保存のあり方が含まれている。
※ なお、特化則等に基づく措置の柔軟化については、それまでも工学的対策(局所排気装置等)について、特化則第6条の2及び第6条の3によって、一部実現していたが、一般化していたとは言い難い状況にあった。
(2)化学物質規制体系の大幅な見直しの実施
今回のあり方検討会では、図4-1に示すように「危険性・有害性が確認された全ての物質に対して、国が定める管理基準の達成を求め、達成のための手段は限定しない方式に大きく転換する」とされ、「特化則、有機則で規制されている物質(123物質)の管理は、5年後を目途に自律的な管理に移行できる環境を整えた上で、個別具体的な規制(特化則、有機則等)は廃止することを想定」とまで述べており、かなりドラスティックな提案がなされている。
職場の自律的な化学物質管理が進まない大きな原因は、専門家の不足の他、事業者も自ら判断して行動することよりも規制に従うことを好む傾向があることである。
【なぜ自律的な化学物質管理が進まないのか】
- 化学物質に関する充分な知識を有する専門家が不足していること
- 事業者が、必ずしも自律的な管理を望まず、国の規制による方法を好む傾向があること
この傾向は、改正法令施行後の現在においても解消されているとは言い難い面があり、どのように対応が進むのか興味深い。
(3)化学物質規制のあるべき姿
行政によれば、あるべき姿は図4-2のように示されている。すなわち、労使によるモニタリングと外部専門家による確認・指導が重要な意味を持つ体系となっている。
すなわち、労使が化学物質管理についての知識を持つと共に、外部専門家の育成がきわめて重要になる(※)ということであろう。
※ 現時点では実現していないが、あり方検討会報告書では、化学物質専門家(インダストリアル・ハイジニスト)の国家資格化も検討されていた。
なお、このことと関係があるのかどうかは不明だが、労働衛生コンサルタント試験(衛生工学)の記述式問題は局所排気装置の設計が必ず出題されているがが、2020年度についてはリスクアセスメントが中心の出題となっていた。
(4)化学物質規制の新たな在り方
また、事業場内の管理体制として、化学物質管理者と保護具着用管理責任者の義務付けが提案されている。化学物質管理責任者は、GHS分類済み物質の製造事業者を除けば資格要件は定められなかったが(※)、一定の知識がなければ務まらないだろう。
※ 詳細は「化学物質管理者の選任の留意事項」及び「化学物質管理者講習の効果的活用」を参照されたい。
その意味でも、事業者の判断による事業場内の管理者に対する化学物質管理の教育体制の確立が望まれる。
(5)その他
また、化学物質の危険有害性に関する情報伝達方法の強化、作業環境測定の結果第三管理区分となった場合の規制の強化なども提案されている。
一方、一定の要件の下での特殊健康診断の頻度についての緩和措置の他、従来からの懸案であった特定粉じん発散源について一定の要件の下での発散抑制方法の柔軟化等も盛り込まれている。
(6)疫学調査の強化
また、今回の提案で興味深いこととして、疫学調査の強化が挙げられる。
事業場の特殊健康診断の結果、作業環境測定結果、作業の記録を、第三者機関が集中して管理しようというものである。
新たな職業性疾病の発見に役立つものと考えられる。実現すれば貴重なデータとなるであろう。問題は、民事訴訟において裁判所からの調査に対してどのように対応するかが、制度実現の課題になるおそれがあることだろうか。
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