化学物質管理者講習の効果的活用




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化学物質のイメージ

※ イメージ図(©photoAC)

厚労省は、自律的な化学物質管理をめざして2022年2月24日に改正安衛令等を公布し、同5月31日には改正安衛則等を公布しました。

この中で、2,900種のリスクアセスメント対象物を取り扱う事業場には、化学物質管理者の選任を義務付けました。このうち、リスクアセスメント対象物(混合物を含む)を製造する事業場では、厚生労働大臣の定める講習の受講をした者から選任しなければなりません。

そして、同9月8日に、化学物質管理者の講習について定めた告示を公布しました。これによると学科9時間、実技3時間の計12時間で、講師の具体的な要件は定められていません。

この講習の内容を定める告示のパブリックコメントには、26 件(他に無関係な意見が7件)の意見が寄せられていますが、この講習で十分かという不安を表明する意見もあります。

化学物質管理者の養成講習を適切に実施・活用するために、何が必要かをその背景を含めて詳細に解説します




1 はじめに

(1)化学物質管理者の要件

執筆日時:

最終改訂:

工場の前のスーツ姿の男女

※ イメージ図(©photoAC)

厚労省は、自律的な化学物質管理を志向して2022年2月24日に改正安衛令等を公布し、同5月31日には改正安衛則等を公布した。

この改正は、事業場における化学物質の管理を「法令依存型」から「自律的管理型」に転換することをめざしている。すなわち、それぞれの化学物質を定められた法規制を遵守して取り扱うのではなく、事業者が自らその有害性情報を入手し、リスクアセスメントを行って、その結果に基づいて適切な措置を取る方法に改めるというのである。

そして、その管理を行うスーパバイザとして、各事業場に化学物質管理者(※)を置くこととしたのである。

※ 化学物質管理者の詳細は「化学物質管理者の選任の留意事項」を参照して頂きたい。

このように事業場における化学物質管理の中心となる管理者であるから、リスクアセスメントや化学物質の有害性、保護具の特性や使用方法等を熟知している必要があろう。しかしながら、リスクアセスメント対象物(2,900種類の化学物質を安衛令で指定)のうち、1種類でも使用していれば、業種や規模を問わず選任する必要があるのだから、あまり選任の要件を厳しくすることはできない。

そこで、リスクアセスメント対象物を製造している事業場のみ、厚生労働大臣が定める 12 時間の講習を受講した者であることを要件とした(※)のである。

※ リスクアセスメント対象物を製造している事業場以外の事業場についても、令和4年9月7日基発 0907 第1号「労働安全衛生規則第 12 条の5第3項第2号イの規定に基づき厚生労働大臣が定める化学物質の管理に関する講習等の適用等について」は「化学物質管理者講習の受講者及びこれと同等以上の能力を有すると認められる者のほか、化学物質管理者講習に準ずる講習を受講している者から選任することが望ましいこと。この化学物質管理者講習に準ずる講習は、別表に定める科目、内容、時間を目安とし、講義により、又は講義と実習の組み合わせにより行うこと」としている。

なお、化学物質管理者に対する能力向上教育について、厚労省は、今後検討するとしている。

なお、改正後の安衛則第12条の5第3項(第二号)の規定により、この講習を受講する必要のないものとして、以下のものが令和4年9月7日基発 0907 第1号「労働安全衛生規則第 12 条の5第3項第2号イの規定に基づき厚生労働大臣が定める化学物質の管理に関する講習等の適用等について」(以下(施行通達)という。)で示されている(※)

※ リンク先は、厚生労働省の一時的な通達の掲示場所である。恒常的な掲示場所へ移動するとリンクが切れる可能性があるので留意されたい。

【本講習を受ける必要のないもの】

  • 労働衛生コンサルタント試験(試験の区分が労働衛生工学であるものに限る)に合格し、登録を受けた者等化学物質管理専門家の要件に該当する者(※)
  • ※ 化学物質管理専門家の要件に該当する者については、「化学物質管理への労基署長の改善指示」を参照されたい。

  • 専門家告示(安衛則等)及び専門家告示(粉じん則)で規定する化学物質管理専門家の要件に該当する者
  • 本告示の適用前に告示の規定の例により実施された講習を受講した者(※)

※ この告示の適用は2024年(令和6年)4月1日からである。これは化学物質管理者の選任の義務を定める新安衛則第第12条の5が適用される日と同じなのである。これでは、この公示が適用された後の研修を受けた者を、施行の日に化学物質管理者として選任することが事実上不可能になる。そのため、この告示の適用の前にこの告示に従った研修を受けておけばよいという意味である。

なお、平成3年1月 21 日基発第 39 号「安全衛生教育及び講習の推進について」に基づく「化学物質管理者の講習」の受講者については、受講の免除はおろか受講科目の免除を受けることもできない。こちらは「化学物質管理者選任時研修」、「化学物質管理者養成研修」などと銘打めいうって行われている。混同しないように留意する必要がある。

すなわち、講習の受講者として、化学物質管理の高度の専門家や衛生コンサルタント(保健衛生区分)などと、化学物質の素養の全くない者が混じることとなる。

なお、受講資格については、厚労省は、この告示案へのパブコメへの回答のなかで「特に受講資格は設けませんが、化学物質管理者としての職務を担う方に対して講習を行う必要があります」(※)としている。

※ 質問されたから答えただけなのだろうが、やや意味不明な内容である。そもそも講習と銘打ってはいるが、実態は研修会であるから誰に受講させようが自由なはずである。むしろ、講習を修了したからといって、化学物質管理者としての能力に欠ける者を化学物質管理者に選任することは好ましくないとはいえよう。


(2)化学物質管理者講習の内容

ア 化学物質管理者講習の内容・時間

実施管理者講習の内容は、講義及び実習に分けて次のように定められている。

表 化学物質管理者講習:講義
科目 範囲 時間
化学物質の危険性及び有害性並びに表示等 化学物質の危険性及び有害性化学物質による健康障害の病理及び症状化学物質の危険性又は有害性等の表示、文書及び通知 2時間 30 分
化学物質の危険性又は有害性等の調査 化学物質の危険性又は有害性等の調査の時期及び方法並びにその結果の記録 3時間
化学物質の危険性又は有害性等の調査の結果に基づく措置等その他必要な記録等 化学物質のばく露の濃度の基準化学物質の濃度の測定方法化学物質の危険性又は有害性等の調査の結果に基づく労働者の危険又は健康障害を防止するための措置等及び当該措置等の記録がん原性物質等の製造等業務従事者の記録保護具の種類、性能等の製造等業務従事者の記録保護具の種類、性能に必要な教育の方法 2時間
化学物質を原因とする災害発生時の対応 災害発生時の措置 30 分
関係法令 労働安全衛生法(昭和四十七年法律第五十七号)、労働安全衛生法施行令(昭和四十七年政令第三百十八号)及び労働安全衛生規則中の関係条項 1時間

※ 作業主任者(有機、鉛、特化)の技能講習修了者は「化学物質の危険性及び有害性並びに表示等」、衛生管理者(第1種及び衛生工学)は「化学物質の危険性又は有害性等の調査」、及び衛生管理者(衛生工学)は「化学物質の危険性又は有害性等の調査の結果に基づく措置等その他必要な記録等」が免除となる。

なお、「化学物質の危険性及び有害性並びに表示等」の科目を受けることができるのは、「有機溶剤作業主任者技能講習」、「鉛作業主任者技能講習」、「特定化学物質及び四アルキル鉛等作業主任者技能講習」の全ての技能講習を修了した者のみが、受講の免除を受けることができる。この場合、平成 18 年3月 31 日以前に「特定化学物質等作業主任者技能講習」を修了している者は、「特定化学物質及び四アルキル鉛等作業主任者技能講習」を修了した者と同等の者として取り扱われる。

表 化学物質管理者講習:実習
科目 範囲 時間
化学物質の危険性又は有害性等の調査及びその結果に基づく措置等 化学物質の危険性又は有害性等の調査及びその結果に基づく労働者の危険又は健康障害を防止するための措置並びに当該調査の結果及び措置の記録保護具の選択及び使用 3時間

イ 講習を行う機関及び講師の要件

講義を行う女性

※ イメージ図(©photoAC)

講習を行う機関の要件は定められていない。従って、この告示で定める講義、実習の規定を守りさえすれば、受講生の所属企業で実施することも可能である。

また、講師の要件については、「(これらの)講義及び実習を適切に行うために必要な能力を有する講師により行われるものであること」とだけ、定められている(※)。この講師の要件の定め方は、特別教育と同じである。

※ 一種の「訓示規定」のようなものであり、具体的な義務を定めたものではないと考えられる。特別教育の場合、自社内で教育を行うときは、社内でその対象業務に詳しい労働者が講師を務めることが多い。

しかし、自社内で教育を行う場合、化学物質管理者に選任されるのは、その事業場で化学物質管理に最も詳しい者であることが多いのではないだろうか。従って、その者に講義ができる講師が他にいるケースは、ほとんどないのではないかと思える。

従って、化学物質管理者講習は、現実には、事業場外の講習機関で受けるケースが多いのではないかと思われる。例外的なケースとしては、12 時間かけて前任者からの引継ぎの一部のような意味合いでの講義等(※)が行われることはあり得るだろう。

※ OJTでの実施は認められない。もっとも、現実には、数か月かけて前任者からOJTで仕事を引き継ぐ方が、12 時間の講義よりはるかに役立つだろう。


ウ 講習修了時の試験

講習終了後の試験については、厚生労働省は、本告示へのパブリックコメントへの回答の中で、「現時点で」と含みを持たせた上ではあるが、修了試験を定める予定はないとしている。

なお、施行通達は「受講者の理解度の評価方法については特に定めていないが、何らかの方法により受講者の理解度を評価することが望ましい」としている。


エ 修了証の発行と講習の実施記録

修了証の発行は義務付けられない(※)。ただし、施行通達は、「選任した化学物質管理者が要件を満たしていることを第三者が確認できるよう、当該化学物質管理者が受講した講習の日時、実施者、科目、内容、時間数等について記録し、保存しておく必要がある」としている。なお、化学物質管理者を選任したときは、その氏名を掲示等により労働者に周知する必要がある。

※ 外部の教育機関が行う講習では、修了証は発行されることが多いものと思われる。


オ 講習の実施形態等

なお、12 時間の講習であるから、2日間の講習となることが多いであろうが、それ以上の期間で行うことは差し支えない。

講義形態としては、オンラインでの実施も可能である。実習については、禁止されてはいないが、リスクアセスメントのための各種ツールの使用や呼吸用保護具の使用についての実習を含むため、オンラインでの実施は困難であろう。


2 講習実施に当たっての留意事項

(1)講義について

講義用テキストについては、厚労省において、2022年度中を目途に、作成・公開する予定となっている。おそらくPDFファイルの形でWEBに公開されるのであろう。

科目免除については、すでに述べたように、化学物質関連の作業主任者や衛生管理者(第2種を除く)のみとなっている。


(2)実習について

実習では、リスクアセスメントの一連の流れや保護具の選択についての実技演習を行うことが「想定」されている。

本講習の受講者の所属事業場において、保護具の使用をするとは限らない。しかし施行通達によれば、「保護具の選択及び使用」の管理に必要な能力を身につけられるような実習内容とする必要があるとしている。なお、「フィットテスト」の実施は求められていない。

ウ 実習については、受講者それぞれが、化学物質の危険性又は有害性等の調査等の一連の流れや保護具の選択及び使用を実習することを想定しているため、それらが可能となる実習体制の確保が必要であること。化学物質の危険性又は有害性等の調査等の実習については、実際に各々の事業場で取り扱っている化学物質に関するものとする等、実務に近い内容とすることが望ましいこと。

  保護具の選択及び使用の実習については、必ずしもフィットテストについて機器を用いて実習する必要はないが、「保護具の選択及び使用」の管理に必要な能力を身につけられる実習内容とする必要があること。

※ 施行通達

(3)講師について

厚労省は、本告示へのパブリックコメントへの回答において、化学物質管理者講習の講師について、「必要な知識や経験を有する者を想定」しているとし、具体的な講師の資格要件等を定める予定はないとしている。

従って、厚労省として講師養成のための講習を行う予定もないものと考えられる(※)

※ このことは、さまざまな教育機関等によって行われる講習が、玉石混交となることを意味している。外部の教育機関を活用する場合は、教育機関の選択が重要になることとなろう。


3 講習の受講について留意したいこと

(1)本講習についての問題点

ア 概論

この講習については、厚生労働省が考えるような効果を挙げることができるかについて、強い不安を感じざるを得ない。その理由としては、以下のことが挙げられる。

【本講習についての不安を感じる理由】

  • 受講生には、化学物質や労働衛生についての素養のまったくないものが含まれているはずである。そのような者が、12 時間の講習でSDSの読み方やリスクアセスメントについての必要な知識が習得できるとは考えられない。
  • 実施機関や講師についての実質的な要件は定められていない。しかも修了試験も義務付けられない。このような状況では、化学物質の労働衛生に関して知識の不十分な機関の参入を防ぐことはできない。安価な価格で受講者を募集し、講師が誤った内容の講義をしたり、講師がテキストを読み上げるだけといった研修が行われる可能性を否定できない。
  • 厚労省は、講習の講師を要請するための研修を実施する予定はないようである。さらに、講習用テキストを独自に作成して公表するとしているが、このことは民間機関による講師養成研修の実施を抑制する効果がある。このため、講習の講師の質の確保に不安がある。
  • 外部の教育機関が行う講習では、受講者は、高度の知識を有する者と、全く知識のない者が混じることになる。そのような状況で、効果的な講習ができるとは思えない。

以下、これらについて簡単に説明する。


イ 12時間では十分ではない

学習する女性

※ イメージ図(©photoAC)

講習の講義の時間割を見ると、化学物質の危険性及び有害性並びに表示等が2時間 30 分である。これでは、SDSの読み方や、GHS分類の結果の意味合いを教えるのに、ほとんど表面をなぞるような説明にならざるを得ないだろう。

化学物質や健康障害について、基本的な用語の意味を分かりやすく伝えようとするとそれだけで1時間では足りない。GHSの区分と分類を残りの1時間 30 分で教えることなど不可能に近いだろう。

また、リスクアセスメントの講義時間が3時間である。これに実習の3時間のうち1時間を当てるとしても4時間にしかならない。まず、講義と実習を分けたために、講義がやりにくくなるだろうが、その問題はここでは触れない。

ただ、リスクアセスメントの概要、個人ばく露濃度の測定、検知管の読み方、クリエイトシンプル、ECETOC TRA、厚労省方式のコントロールバンディングについて、考え方と使用方法、さらには使用上の留意事項を4時間で教えることは不可能に近い。

相手は、講義を受けることに慣れている学生ではないのだ。何年も研修を受けたことなどないという受講生もいるのである。到底、現実的とは思えない。

他の科目は省略するが、同じようなものである。


ウ 講習の実施機関の質の確保が担保できない

現実に、リスクアセスメント対象物は 2,900 種類となり、これを製造(※)する事業者は業種・規模を問わず対象となる。すなわち、ほとんどすべての工業的業種のみならず、非工業的業種の多くが対象になるものと考えられる。

※ この製造する物には混合物が含まれ、かつ販売しなくても該当する。つまり、事業場内で使用するために混ぜ合わせれば該当するのである。

さらに、製造を行わない事業者についても、通達によってこの講習を受講することが推奨されている。現実には、製造を行わない事業場の化学物質管理者の方が、専門的な知識に欠けていることが多い。講習さえ受けずに業務を適切に行うことは不可能に近いだろう。

このことは、今後、2年間(あるいはそれ以上の期間)でこの講習に対する需要が急増し、その後、急速に収束することを意味している。

その一方で、テキストは無料でダウンロードでき、講師の要件はないに等しく、修了試験をする必要もないのである。簡単に言えば、講義だけであればネット環境さえあれば誰でもできることになるし、実習もちょっとした会議室があれば実施可能なのである。

これでは、講習料金を廉価にして教育の質を落とし、2年から3年だけ稼いで、儲からなくなったら撤退しようという劣悪な教育機関の参入を誘引しているようなものである。そういった機関は、数年間で需要が落ち着けば撤退してしまうだろうが、そのために優良な教育機関の参入を妨げることにもなりかねない。

その一方で、優良な機関にとっては、専門的な分野だけに講師の確保、フィットテスト用器具の確保等にかなりの費用をかけることになる。2~3年は需要が急増し、その後は化学物質管理者の交替時の需要が見込めるだけということでは、参入に二の足を踏む可能性がある。


エ 講師の質の確保が可能なのか

(ア)過去の同種事例による不適切な講習の蔓延

過去にも、特別教育ではあるが、墜落制止用器具の業務が安衛則の改正によって新たに対象となり、公布から施行までに急速な受講需要が拡大したことがある。

そのとき、明らかに間違った内容(※)を話す不適切な講師、たんにテキストを読むだけの講師、使用するパワーポイントの内容を理解していない講師による教育が、関係者の間で問題になったことがある。

※ これは、改正省令の公布後にネットにあふれた誤った知識が原因だった。例えば、6.75メートルより低い位置での作業には胴ベルト型が推奨されている、ショックアブソーバは腰より高い位置にフックをかける場合であっても1種より2種の方が好ましいなど。


(イ)公的な機関が事態を良い方向へ向かわせた

しかし、このときは皮肉なことに厚労省がテキストの作成を行わなかったことが、結果的に事態を良い方向へ向けたのである。というのは、複数の公的な機関が、専門家やメーカーの技術者等に依頼して委員会形式で独自にテキストを作成したのである。そのテキスト作成の過程で、これらの機関の職員が、副次的に専門知識やノウハウを獲得したのである。

そして、これらの機関は、自らが作成したテキストの販路を拡大するため、赤字覚悟で委員会の委員を講師に立てて、自社のテキストを用いて特別教育の講師養成研修を盛んに開催したのである(※)。この結果、特別教育に当たる講師の間に、正しい知識が普及するという現象が起きたのである。

※ 一人の講師が、複数の講師養成研修を受けることも多く、テキストも内容を比較されて、まさに良い意味での競争が起きたのだ。


(ウ)化学物質管理者研修では期待できない

ところが、今回は厚労省がテキストを作成して無償で公開するというのであるから、このような現象が起きることは考えにくい。しかも、厚労省が講師養成研修を行わないというのである。これでは、東京、大阪などの大都市はともかく、急速な需要増に応えられるだけの優良な講師の確保が地方都市で図れるのか不安を感じざるを得ない。


オ 受講生の質のばらつきと教育のレベル

眠そうに学習する女性

※ イメージ図(©photoAC)

化学物質管理者は、法定の管理者であるから選任しないわけにはいかない。そして、化学物質管理専門家の要件に該当する者を除いて(※)、受講しなければならないわけである。

※ 先述したように、化学物質管理専門家となる要件を満たした者は、受講義務が除外されることが予定されている。従って、衛生工学衛生管理者として8年以上実務経験を有する者などが化学物質管理者になるのであれば受講する必要はない。もっとも、それはそれでやや不安ではあるのだが。

従って、一方では、化学メーカーの専門家、研究所・私立大学の研究者、保護具メーカーの専門家なども、原則として化学物質管理者の講習を受講することとなる。

その一方で、化学以外の中小メーカーの職員など、化学物質管理はおろか安全衛生についての素養のまったくない受講生も受講する。

そのような知識レベルにばらつきのある受講生に対して、かなり高度の理解力を必要とするSDSの読み方、職業性疾病の意味、リスクアセスメントの手法・考え方・留意点等を教育する必要があるのだ。フォークリフトの運転や墜落制止用器具の使用方法を教えるのとはわけが違うのである。

これは、教育を行う側にとっては、最もやりにくいケースである。このような状況で、効果的に教育を行うことができるのか、不安を感じざるを得ない。


カ 現実の講習会がどうなっているか

仮に、化学物質管理者研修制度が始まった後、全国に優れた講習機関が突如として現れたとしよう。また、研修の内容をすべて理解していて、それを素人に分かりやすく適切に教えることができるスーパー講師がどこからともなく湧いて出たとしよう。さらに、受講する側は講義の内容を 100 %理解し、かつすべてを記憶できるうとしよう。そのような奇跡が起きたとしても、なお、不安を感じるのである。

現実の講習会は、決してそのようなことにはならない。東京や大阪などの大都市は別として、そもそも講習機関が現れないだろう。また、講師の多くもにわか仕立てにならざるをえない。講師が、教える内容を正確に理解しておらず、講義もテキストを読み上げるだけになるおそれは強い。

やるきのない受講生と怒る講師

※ イメージ図(©photoAC)

受講生も、化学や労働衛生の素養があればともかく、そうでなければ講義の内容を半分も理解できれば良い方だろう。修了試験がない講義は、真剣には聴かれないのだ。しかも、3日も経てば、理解していたことさえ忘れてしまう。

しかも、会社に帰れば日常の業務が待っている。この種の講習会のテキストが読み返されることはまれである。中小の企業の場合、下手をすれば、化学物質管理者としての業務など何もせずに時間だけが経過してしまい、教わった内容などすべて忘れてしまうということも多いだろう。

あなたは、直前の自動車運転免許の更新を行ったときのテキストをどこにしまったか覚えているだろうか。ときどき、見直しているだろうか。そもそもどのような話を聴いたか覚えているだろうか。

会社で、最後に受けた安全衛生教育の内容を全て覚えているだろうか。そのときのテキストを一度でも見返したことはあるだろうか。

化学物質管理の仕事が日常業務のほとんどを占めているような、大企業の化学物質管理者であればともかく、ほとんどの中小企業では講習会など、その程度のものなのである。

厚生労働省は 12 時間の講習会を受けた者は化学物質管理者として適切に業務ができると本気で思っているのだろうか。きっと、研修会の講師にハリーポッターが持っているような魔法の杖でも配るつもりに違いない。


(2)では、どうするべきなのか

ア 化学物質管理者講習の実施主体の選択

まず、化学物質管理者の養成講習を社員に受講させる場合、信頼できる機関を選択することがきわめて重要となろう。受講料金が安いからという理由で、劣悪な機関で受講すれば、企業の安全管理のレベルが低下し、かえって大きな損失につながりかねない。

自ら講習を行うのでない限り、次のような機関の利用を強くお勧めしたい。

  • 過去に利用の実績があり、信頼できることが直接確認できている機関
  • 都道府県労働基準協会(連合会)及びその支部
  • 各種労働災害防止団体の支部等
  • 自らが所属する業界団体や信頼できる業界団体等
  • 技能講習・教習の登録教習機関

ベストは、実際に信頼できると確認できている機関を選ぶことである。過去に自社の社員が研修会を受けてみて、役に立つ講義をしている機関を選べばよい(※)

※ ただし、講師のテクニックが優れているだけだと、非常に分かりやすく納得できる内容の講義をするが、内容が誤っているというケースもある。こういった機関は、受講生から逆に信頼を得やすいので注意しなければならない。

そのような機関がなければ、都道府県労働基準協会(連合会)や労働災害防止団体の支部等を選んでもよい。また、それ以外の技能講習・教習の登録教習機関(※)については、化学物質関連の講習を行っている機関は少ないが、教育のノウハウを持っているところが多い。

※ 都道府県労働局に登録を行って、安衛法の免許の教習や技能講習を行っている機関。特別教育や様々な安全衛生教育を行っていることが多い。

なお、実習(実技)を実施せず受講生の所属企業に任せてしまう民間機関や、科目の受講免除の確認をいい加減にするような民間機関は注意した方がよい。


イ 化学物質管理者講習以外の教育の実施

また、危険・有害な化学物質を用いている場合、リスクアセスメントやSDSの読み方については、化学物質管理者養成講習だけでなく専門の研修を計画的に受講させる等により、化学物質管理者の能力向上を図るべきである。

化学物質管理者養成講習だけで、十分な知識が身につくとは考えない方がよい。各事業場の、化学物質の取扱いの状況にもよろうが、12 時間の研修は、表面的なことしか分からないだろうし、受講生の資質によってはほとんど理解できないというケースもあろう。

なお、このような専門的な研修を行っている機関には、次のようなものがある。

※ 公正のために、これらの機関は筆者(柳川)が過去に関係を持った機関であることをお断りしておく。ただ、上記の民間企業2社は化学物質の管理について信頼できる講習を行っていると筆者は認識している。

また、学習や資料の収集のためのコストもかけるべきである。他社の状況を知るための、労働災害防止団体などの大会などに参加させることも必要だろう。


ウ 化学物質管理者に正しく業務を行わせること

そして、さらに大切なことは化学物質管理者に適切に業務を行わせることである。

その場合、任せきりにしてはならない。必ず、上司なり事業場のトップなりが、業務の報告を行わせること。最初に何をやらせるかについて、社内で打合せをし、最後には報告を行わせること。ときどきは中間報告もさせた方がよい。そして、必要があれば、適切に業務遂行への支援をしなければならない

そして、最後は、化学物質管理者が行ったことについてきちんと評価をすることである。そして、PDCA を回してゆく必要がある。

研修会など、受けさせただけでは役に立つものにはならない。実践をさせることで、その結果が身に付いてゆくものなのである。


4 最後に

焦っている女性

※ イメージ図(©photoAC)

化学物質の自律的な管理は、すでに改正政省令が公布されており、実施されることはすでに決定している。そして、化学物質管理者の選任をしなければならないのは2024年4月である。

2022年の9月になって、ようやく関係告示と通達が出されるという状況(※)は、あまりにもスケジュール的に厳しいという気がする。

※ さらに、厚労省がテキストを公表するのは2022年度内というのである。仮に、10月に公表されたとしても、各教育機関がパワーポイントなどの補助教材を1ケ月で作成し、3ケ月で募集をかけたとしても実施するのは早くても2023年の4月以降であろう。

テキストの公表が2023年の3月にでもなれば、4月は教育機関が多忙な時期であり、準備に時間がかかれば最初の講習が 10 月以降になることさえ考えられる。2年後だということで余裕があるように思えるかもしれないが、スケジュールは極めて厳しいのだ。

受講させる側の企業にも、まだまだその必要性が浸透しているとは思えない。スケジュール的にも強い不安を感じるのである。

厚労省としては、平成3年1月 21 日基発第 39 号「安全衛生教育及び講習の推進について」に基づいて行われている「化学物質管理者の講習」を新しい講習に転換すればよいという発想かもしれない。

しかし、講義すべき内容は全く異なるし、改正省令の施行直前の駆け込み需要の急速な増加に対応できるだけのキャパシティが存在するとも思えない。また、登録教習機関等の新規参入の動きも鈍いという印象を持っている。

そうはいっても、化学物質管理者の制度は、事業場の化学物質の自律的な管理の成否を左右するかなめであろう。

多くの事業者が、この制度の重要性を理解し、適切に化学物質管理者講習の計画的な受講をされることを望みたい。


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