2020年に安衛令が改正され、溶接ヒュームと塩基性マンガンが特定化学物質に追加された。これまで、特定化学物質は単体又は化合物の化学物質(及びその混合物)であり、ヒュームのような「ある『状態』のもの」が指定されたことはなかった。
また、条文や通達を見ても、分かりにくさがあることは否めない。こいくつかの疑問点について厚労省の担当者から回答を得たので、それを含めて緊急に解説をアップする。
なお、本稿の文責はあくまでも柳川にあり、厚労省の責任ではないことをお断りしておく。
2020年の溶接ヒューム等に関わる安衛令、特化則等の改正について(4/4)
4 改正後の特化則第38条の21について
(1)金属アーク溶接等作業とは(第1項)
ア 金属アーク溶接等作業に該当するもの
まず、改正後の特化則第38条の21の対象となる「金属アーク溶接等作業」であるが、これには以下の業務が含まれる。
- 「金属アーク溶接等作業」には、作業場所が屋内又は屋外にかかわらず、アークを熱源とする溶接、溶断、ガウジングの全てが含まれる。
- 自動溶接を行う場合、「金属アーク溶接等作業」には、自動溶接機による 溶接中に溶接機のトーチ等に近付く等、溶接ヒュームにばく露するおそれのある作業は含まれる。
※ ガウジングにスカーフィングが含まれるかどうか、厚労省の担当者に尋ねたところ、明確な回答はなく、通常の用語の理解と同じでよいとのことであった。しかし、これはどちらとも言えそうである。しかし、実質的に考えれば含まれるとするべきであろう。
これに関し、厚労省の担当者に、溶接ヒュームの「製造」とは何かと尋ねたところ、アーク溶接等で溶接ヒュームを発生させることであるとの回答を得た。作業者の行為によって(意図的ではなく)副次的に発生するものも「製造」であるとのことである。また、他の作業を行っている労働者が、溶接の現場にいる場合は「取り扱う」に該当するとのことであった。「製造」「取扱い」のいずれについても、これまでの解釈とは全く異なるということのようだ。
イ 金属アーク溶接等作業に該当しないもの
一方、次の作業は「金属アーク溶接等作業」に該当しない。
- 燃焼ガス、レーザービーム等を熱源とする溶接、溶断、ガウジングは含まれない。
- 自動溶接を行う場合、溶接機のトーチ等から離れた操作盤の作業、溶接作業に付帯する材料の搬入・搬出作業、片付け作業等は含まれない。
(2)実施するべき事項
特化則に第38条の21が設けられたことにより、以下のことが義務付けられる。
ア 工学的対策(全体換気装置等の設置)
「金属アーク溶接等作業」を行う屋内作業場においては、当該金属アーク溶接等作業に係る溶接ヒュームを減少させるため 、全体換気装置による換気の実施又はこれと同等以上の措置(プッシュプル型換気装置又は局所排気装置)を講じなければならない。
イ 空気中の溶接濃度の測定
また、金属アーク溶接等作業を継続して行う屋内作業場において、新たな金属アーク溶接等作業の方法を採用しようとする とき、又は当該作業の方法を変更しようとするときは、あらかじめ、厚生労働大臣の定めるところにより、当該金属アーク溶接等作業に従事する労働者の身体に装着する試料採取機器等を用いて行う測定により、当該作業場について、空気中の溶接ヒュームの濃度を測定しなければならない。
※ 建築中の建物内部等で当該建築工事等に付随する金属アーク溶接等作業であって、同じ場所で繰り返し行われないものを行う屋内作業場は含まれない。
※ 金属アーク溶接等作業の方法を「変更しようとするとき」 には、溶接方法が変更された場合、及び、溶接材料、母材や溶接 作業場所の変更が溶接ヒュームの濃度に大きな影響を与える場合が含まれる。
※ 測定は、第一種作業環境測定士、 作業環境測定機関等、当該測定について十分な知識及び経験を有 する者により実施されるべきであるとされている。
ウ 空気中の濃度の測定の結果に基づく措置
空気中の溶接ヒュームの濃度の測定の結果に応じて、換気装置の風量の増加その他必要な措置を講じなければならない。
また、その措置を講じたときは、その効果を確認するため、その作業場について、最初の測定と同様の方法で、空気中の溶接ヒュームの濃度を測定しなければならない。その結果の記録は、作業を行わなくなった後3年保存する。
エ 保護具の着用
金属アーク溶接等作業に労働者を従事させるときは 、屋内又は屋外であることにかかわらず当該労働者に有効な呼吸用保護具を使用させなければならない。
呼吸用保護具(面体を有するものに限る。)を使用させる ときは、1年以内ごとに1回、定期に、呼吸用保護具が適切に装着されていることを確認しなければならない。
呼吸用保護具については、現在、パブコメが行われているところである。詳細が分かり次第、別稿でお知らせする。
確認 を受けた者の氏名、確認の日時及び装着の良否、外部に委託して行った場合は、受託者の名称等を記録し、少なくとも3年保存する。
オ 床等の洗浄
金属アーク溶接等作業に労働者を従事させるときは、当該作業 を行う屋内作業場の床等を、水洗等によって容易に掃除できる構造のものとし、水洗等粉じんの飛散しない方法によって、毎日1 回以上掃除すること。
※ 「水洗等」の「等」には、超高性能(HEPA)フィルター付 きの真空掃除機による清掃が含まれるが、当該真空掃除機を用いる 際には、粉じんの再飛散に注意する必要がある。
(2)ヒュームの濃度測定に関する疑問点と解説
ア 濃度測定の対象
第2項(及び第4項)の濃度測定、第2項の測定の結果の評価については、マンガン以外のものは定められないのかと尋ねたところ、マンガンのみであるとの回答を得た。条文上は「溶接ヒューム」となっているが、実際はヒュームの濃度ではなく、マンガンの濃度の測定等を行うということのようだ。
イ 濃度測定をするべきとき
条文では、「労働者の身体に装着する試料採取機器等を用いて行う測定により、当該作業場について、空気中の溶接ヒュームの濃度を測定しなければならない」とされている。それはいい。
問題は、「屋内作業場において」である。1日のうちに、屋内と屋外の双方でアーク溶接作業を行う労働者の場合、どうするべきなのであろうか。これについて、厚労省の担当者によると、「屋内のみ測定を行う」。そして、濃度は測定していた時間(すなわち溶接作業を行っていた時間)で除して求めるとのことであった。
しかし、そうなると新たに2点の疑問が生じる。
最初の疑問は、高濃度のヒュームに短時間ばく露する労働者と、低濃度のヒュームに長時間ばく露する労働者がおり、後者の方が総ばく露量が多いという場合、前者の方が危険性が高いという結果になるがそれは正しいことなのだろうか。
また、溶接作業をしたり、他の作業をしたりという労働者の場合、溶接を行っている時間とは何を指すのだろうか。溶接を行っている時間をどう考えるかによって、溶接ヒュームの気中濃度が大きく変わってしまう。
これについては、引き続き調べてみるので、分かればお知らせしたい。
5 健康診断について
別表第3の健診項目は、次のように定められている。問題は三と四である。内容は全く同じ内容であるが、三は「溶接ヒュームによる・・・既往歴の有無の検査」であり、四はそれらの症状の有無の検査である。
三について、溶接ヒュームによるかどうかを、どうやって見分けるのかと厚労省の担当者に尋ねたところ、健康診断を行う「医師の判断による」とのことであった。本当に、そんなことが可能なのであろうか。やや疑問なしとしない。
- 一 業務の経歴の調査
- 二 作業条件の簡易な調査
- 三 溶接ヒュームによるせき、たん、仮面様顔貌、膏顔、流涎、発汗異常、手指の振顫、書字拙劣、歩行障害、不随意性運動障害、発語異常等のパーキンソン症候群様症状の既往歴の有無の検査
- 四 せき、たん、仮面様顔貌、膏顔、流涎、発汗異常、手指の振顫、書字拙劣、歩行障害、不随意性運動障害、発語異常等のパーキンソン症候群様症状の有無の検査
- 五 握力の測定
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