労働衛生コンサルタント試験は、労働衛生管理の能力を証明するための最もレベルの高い国家試験です。ここ、数年、受験者数は急増している状態です。
とはいえ、受験者数はそれほど多くはなく、他のメジャーな資格試験ほどには情報があふれているわけでもありません。
労働衛生の分野でのキャリアアップを検討しておられる方のために、労働衛生コンサルタントとは何か、その難易度はどの程度か、具体的な内容はどのようなものかなどを、私自身の受験体験を交えて紹介します。
内容の無断流用はお断りします。
2 労働安全衛生コンサルタント試験の概要等
(2)筆記試験の内容等
ア 筆記試験(衛生一般(択一)の内容
筆記試験のうち、“衛生一般”の試験については、やや高度なことも訊かれるが、学者的な専門家でなければ答えられないというようなレベルではない。むしろ基本的な知識が問われる。ただ、一般の受験生にとっては範囲が広いので大変だろうと思う。WEB サイトの受験指南などをみると、コンサルタント試験は数年で受かるケースが多いと書かれているが、やはり試験の範囲が広いのでそのような例が多くなるのであろう。
私の印象だが、①第1種衛生管理者のテキスト、②厚労省から出ている主要な指針、ガイドライン、通達類、③中央労働災害防止協会の“労働衛生のしおり”を使って、これらを自分のものにしておけば、十分に合格レベルには達すると思う。もちろん、この3つから外れる内容の問題も出されるが、すべての問題に答えられなければ合格できないというわけではないのである。
ただし、第1種衛生管理者テキストは、いわゆる受験ハウ・ツー的なものではなく、しっかりしたものを選んだ方がよい。受験ハウ・ツー的なものは化学物質管理などを中心に、内容に間違いがあるものもあるからである。衛生管理者試験ならともかく、受験ハウ・ツー的なものは、労働衛生コンサルタント試験では役に立たない。
また、著者が一人のテキストの中には独自の観点を強く出しているものもあるので、そのようなものを選ぶときは注意した方がよい。
この科目の問題は、範囲はかなり広いがそれほど難しいわけではない。私が受けた試験問題の例をいくつか挙げてみよう。まず、簡単な設問の例をいくつか挙げてみる。なお、それぞれの問題について、簡単な説明と正答の肢のみを挙げてある。
(ア)容易に正答できる設問の例
まず、容易に正答できる問題の例をいくつか挙げてみよう。
問13 加齢による生理的な変化について誤りの肢を選ばせるもの。
(4)低音域の音から聞こえにくくなり、話が聞き取りにくくなる。
これは、衛生管理者のテキストには必ず載っている。労働衛生コンサルタントは、衛生管理者に対してコンサルティングを行うこともあるのだから、これが分からないようでは、仮に合格したとしても、仕事をするときに困ることになろう。
問3 石綿に関して誤りの肢を選ばせるもの。
(2)建築物の吹付け石綿の除去の際には、作業場所に前室を設け、陽圧に保つ。
前室とはいえ、外部に比べれば有害物(石綿)の存在する可能性が高いのである。そんなところを陽圧にするはずがない。もちろん誤っている。この問題は正答率がかなり高かったのではないだろうか。
問11 有機溶剤の尿中代謝物の検査結果に影響を与える要因について、適切でない肢を選ばせるもの。
(1)馬尿酸の測定の場合、作業終了から採尿までの時間が長すぎると、一般に馬尿酸の値は上昇する。
これもほとんど全員が正答できたのではないだろうか。作業終了から測定までの時間が長くなって測定値が上昇するわけがあるまい。こういう問題をうっかり間違えてはいけない。確実に正解しておく必要がある。
(イ)試験場で考えれば正答できる設問の例
また、試験場で考えれば正答に達する問題もある。労働安全衛生コンサルタント試験の筆記試験は、時間的にはかなりの余裕があるので、このような問題は、ゆっくりと考えるとよいだろう。
問1 労働衛生に用いられる統計に関して誤りの肢を選ばせるもの。
(4)ある検査を行った場合、正常と有所見をふるい分ける判定値をスクリーニングレベルといい、スクリーニングレベルが低いと偽陽性率は低くなる。
“あれ、どっちだったっけ”と思ったとしても、図を描いて考えてみれば正答に達することができる。私は、個人的にはこのような、その場で考えれば正答に達することができる問題が好きだ。言葉の意味は分かっている必要はあるが、落ち着いて考えれば間違うことはないだろう。もちろん、これが誤りで正答の肢である。
問17 作業環境測定結果から計算した幾何平均値及び幾何標準偏差に関する記述に関して適切でない肢を選ばせるもの。
(2)発生源対策が不十分であったり、作業者の行動が有害物発散の原因となっている場合には、ほとんどの場合σの値は小さくなる。
これも言葉の意味が理解できていることが前提だが、試験会場で考えれば正答に達することができる。標準偏差(σ)とはバラつきの指標なのである。発生源対策が不十分だったり、作業者の行動が有害物発散の原因だったりするときに、職場の有害物の濃度のバラつきが小さくなるはずがないだろう。
きちんと、作業環境測定の用語の意味を把握していれば正答できる問題である。なお、σが標準偏差であることは試験問題文中に記されていた。
(ウ)やや高度な知識を問う設問の例
一方、知識がないと解けない問題も出題されている、これはきちんと勉強しておく必要がある。
問10 有害物と、そのばく露指標に関して誤りの肢を選ばせるもの。
(5)トルエン・・・・メチル馬尿酸
きちんと勉強していないと難しいと思うかもしれない。しかし、受験者が医師の場合には知っているべき問題である。もっとも、この程度のことは一般的な第1種衛生管理者のテキストに書いてあるので、医師以外の受験生でも正答できたのではないかと思う。
問18 空気清浄装置に関する記述のうち誤りの肢を選ばせるもの。
(3)サイクロンは、ガス中の粒子を装置の内壁に沿う旋回流により壁面に衝突させ、また、気流が反転上昇する際に粒子を上昇させて除去する。
これも、やや高度な知識を問うている。これは、受験生が医師や保健師だと難しいと感じるかもしれない。一般的なテキストでは、前段(粒子を装置の内壁に沿う旋回流により壁面に衝突させて除去)は書かれていても、後段(気流が反転上昇する際に粒子を上昇させて除去)についての記述はないことが多いからである。確実に誤っているようにするための表現なのだろうとは思うが、後段の記述があることで、迷った受験生も多かったのではなかろうか。
(エ)能力を試される優れた設問の例
問12 職場復帰支援の手引きに関して適切でない肢を選ばせるもの。
(3)職場復帰を行う場合、異動を原因として発症した場合を除き、元の職場(休職が始まったときの職場)に復帰させなければならない。
個人的には、とても優れた設問だと思う。現場の経験がなく、職場復帰支援の手引きを皮相的に理解していると正しいと思うのではないだろうか。もちろん、間違いの肢である。職場復帰支援の実際をきちんと理解していない受験者を落とすための設問である。
職場復帰をさせようとする労働者に関係妄想があり、職場の人間がその対象になっているような場合もあるだろうし、単身赴任している者を家族の住居地から通える場所に転勤させる場合もあり得るだろう。そのことに気づけば、誤りだということはすぐに分かるであろう。
また、受験テクニックとして、職場復帰支援の手引きは法律に根拠のあるものではない。そのようなものには、「ねばならない」と定められることはないと覚えておけばよい。
なお、職場復帰支援の手引きの改訂の頃には、すでに“元職復帰の原則”について、厳格に適用する必要はないという考えが大勢を占めるようになっていたようである。
問25 防じんマスクについて誤っている肢を選ばせるもの。
(3)許容される粒子捕集効率の最低値は 80%であり、マスク使用時に着用者の吸入ばく露濃度を、環境濃度の 20%以下に低減できる。
これもとても良い問題だと思う。捕集効率とはフィルターの性能を示すものであり、マスクには必ず漏れがあるので、捕集効率の意味を知っていればこの肢が誤りだと分かる。
保護具についてきちんと理解できているかどうかを試す良問だと思う。