映画「BRⅡ」の持つメッセージと「ガザの意味」

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分離壁

※ イメージ図(©photoAC)

映画「バトルロワイヤルⅡ」(BRⅡ)(2003年 日本映画)は、その前作と共に強い支持者がいる一方で、子ども同士を国家が殺し合わせるという挑発的な内容から、良識派の人々からは強い批判を受けました。評価がはっきりと分かれる映画です。

しかし、深作監督の制作の意図は、子供の殺し合いを描くということではないでしょう。良識派であれば誰もが嫌悪感を持つテーマを突き付けて、そこに偽善性・欺瞞性がないかを問うことにあったのではないでしょうか。直截ちょくせつ的な問いかけはありませんが、「ではあなたには恥じるところはないのか」との問いかけを、視る者に対して行っているように思えます。

BRⅡは、平和な家族を含む多くの民間人が殺害されるテロの発生から始まります。国家は、「落ちこぼれ」が集まっている中学校の生徒に対して、七原秋也というテロリストのリーダーの殺害を強要します。子供たちは、軍事的な援護なしに七原秋也のいる孤島に攻め込むというのが前半のストーリーです。子供たちの中には、テロで家族を殺された者や、テロリストの家族もいますが、それぞれの思いで行動してゆきます。

この映画には、「正義」とは何かという強いメッセージがあります。現在、ガザにおいて第二次大戦以降、最大の虐殺が行われています。しかし、米国政府は、これを自衛権の行使と称して、武器の供給を続け、国連安保理の停戦決議さえ妨害することで支援してきました。これまで、アサド政権、フセイン政権、そしてタリバーン政権(※)に対して、(一般市民を巻き添えにしてまで)爆撃を行った米国の「正義」はどこへいったのでしょうか。

※ 実は、イランに対抗するためにフセイン政権に武器を供給して強力な軍事国家に育てたのは欧米各国であり、親イランと目されたラッバーニー政権に対抗する勢力としてタリバーンを育てたのは米国である。欧米各国は、彼らの政治的な性格を熟知していながら、イランに対抗するために育てたのだ。しかし、人道主義を声高に主張して攻撃を行ったときは、そのことは都合よく忘れていた。

映画の後半では、テロリストに降伏した子供たちが、最初はテロリストと対立しながらも、やがて和解して共に政府軍と戦う過程を描いています。それが、欧米の政府のご都合主義に対する痛烈な批判となっています。また、イスラエルのこれまでのパレスチナへの残虐行為を知ろうとせず、10月7日のハマスによるテロだけを批判する「人権国家」の一部の国民に対するメッセージでもあります。

表層的なテロの犯罪性にだけ目を向けて、欧米の「人権国家」に守られたイスラエルが過去に何をしてきたかを知ろうとしないなら、世界の秩序は今後、大きな危機を迎えることとなるでしょう。ガザでジェノサイドが行われ、日米欧の政府がそれを実質的に支援し、そのことによって世界の人道の状況への危機をもたらそうとしている今日、この映画が問いかけたものは重要な意味を持っているというべきです。



1 映画「バトルロワイヤルⅡ」(BRⅡ)は何を描こうとしているのか

執筆日時:

最終改訂:

(1)はじめに

国際連合

※ イメージ図(©photoAC)

映画「バトルロワイヤルⅡ」(BRⅡ)(2003年 日本映画)が描くテーマは、製作する側にとって、かなりリスクのあるものである。前作も国家が子供を殺し合わせるという表面的にはやや猟奇的りょうきてきともとれる内容だっただけに、強い批判を受けた(※)。子供が殺し合うという設定が多くの人にとって受け入れがたかったのだ。

※ しかし、批判をしている人びとの多くは、おそらく前作を観ていないだろう。実際にこの映画を視れば分かるが、人間が極限状態に置かれたときにどのように行動するのかが大きなテーマの人間ドラマなのである。また、人の行動にはその人それぞれの背景があるということもメッセージとして描かれている。

なお、原作は北朝鮮を念頭に置いているようだが、映画は明らかに日本を念頭に置いていた。この映画の隠れたテーマとして、政府が「正義」の名の下に、国民に対して同様なことを行うことがあり得るということを示してもいる。たんなる殺人ゲームの映画などではないのである。

そして、BRⅡの方は表面的な部分だけを視れば、テロリズムを肯定していると批判を受けかねない内容でもあった。映画の冒頭部分のテロで巨大建築物が破壊するシーンは、明らかに東京都庁がモデルになっているし、ワールドトレードセンタービルを想起する観客も多かったはずだ(※)。そのテロに責任のある七原秋也を肯定的に描いているのであるから、米国民から強い抗議を受ける可能性もあっただろう。

※ ここで、明確に述べておくべきだが、ワールドトレードセンタービルに対するテロ行為は、許すべからざる犯罪行為であり、それ以外の何物でもない。

パレスチナ解放勢力は、著者の知る限り 9.11 テロを公式に支持したことはない。また、米国の一般市民を問答無用で殺害するようなタイプのテロを行ったこともない。

実行犯のアルカイーダは、PLO やハマスとは何の関係もないグループである。アルカイーダは、テロ実行後にパレスチナ解放を呼び掛けるメッセージを発したが、これはまやかしに過ぎない。アルカイーダは、その誕生の経緯からみても、サウジアラビアに対する敵対勢力に過ぎず、本音の部分ではパレスチナの解放闘争に関心を持っていないといってよい。

しかし、映画を実際に観れば分かるが、BRⅡはテロを単純に肯定したり賛美したりはしていない。平和な家族がテロに巻き込まれるシーンもあり、また、家族をテロで殺された側の悲しみや苦痛も描かれている。ただ、七原秋也がバトルロワイヤルを止めさせるためにテロを行わざるを得なかった苦悩が描かれており、これがテロを肯定していると受け取られるおそれがあったのである。


(2)BRⅡは何を訴えようとしたのか

アサルトライフル

※ イメージ図(©photoAC)

映画の設定では、七原たちが戦っているのは、BR法という子供たちを戦わせるやや非現実的な法律に対してである。しかし、現実の世界においても、子供たちを殺害する国家があることは厳然たる事実である。BR法は子供を殺す現実の国家を象徴しているのである。戦争が始まれば最初に犠牲になるのは子供たちであり、その戦争を始めるのは子供たちとは関係のない政治家・軍人なのだ。

もっと、言ってしまえば、戦争を始めるのはテロリストの側でさえない。それは、多くの場合、人道主義や正義を声高に叫ぶ軍事大国なのである。決して、最初にテロがあって、それに対して人道主義国家が懲罰又は自衛反撃を行っているのではないのだ。ここで国連人権高等弁務官事務所の副代表をしておられた高橋氏の著作の一部を引用させて頂きたい。

例えば数か所を空爆したとか、無人攻撃機でハマスの工作員を暗殺したとかいった攻撃はずっと続いている。しかし、イスラエルのそのような日々の攻撃はメディアなどに取り上げられることがほとんどない。メディアに出るのは、イスラエルの停戦無視に対するハマスの報復と、大規模軍事作戦を進める時の「自衛戦争だ」とうそぶくイスラエル政府の主張なのだ。

(中略)しかし停戦合意が結ばれるとハマスは大方それを守り、ガザ内の他の武装集団を基本的に押さえつけもする。実は最初に武力を使うのはほとんどの場合イスラエルで、ハマスがその挑発に乗りロケット弾をイスラエルに撃つ。そしてイスラエルは「自衛のための戦争」と言ってガザを本格的に攻撃する。(中略)事実関係のデータが証明しているのは、停戦合意を破っているのはハマスではなくむしろイスラエルということなのだ。少なくとも、「攻撃して来るテロ集団にやむをえず応戦するイスラエル」という構図は、ほぼ事実無根だと言える。

※ 高橋宗瑠「パレスチナ人は苦しみ続ける:なぜ国連は解決できないのか」(現代人文社 2015年)(下線強調引用者)

米国がベトナム戦争を始めたのは、トンキン湾事件という現在では米国のでっち上げだと明らかになっていることを理由にしていた。湾岸戦争の理由とされたイラクの大量破壊兵器などどこにもなかった。また、フセインとウサマ・ビン・ラディーンが同盟関係にあるなどというのも妄想(※)に過ぎなかったのである。米国のグレナダ侵略となると、もはや国際法上の何の理由もなく、ほぼ一方的に米国が始めた戦争であった。

※ フセインは世俗的な政策をとっており、イスラム原理主義のウサマ・ビン・ラディーンがフセインと協力するわけがないのである。

アフガニスタンへの攻撃は、タリバーン政府がウサマ・ビン・ラディーンをかくまっているという理由であった。タリバーン政府側が米国と交渉の努力をしているときに、問答無用で攻撃して政権を転覆して占領し、46,000 人の市民を犠牲にしたあげくに、20年後には無責任に放り出した(※)のである。

※ 東大作「アメリカはなぜ失敗したのか」によると、米国撤退後の欧米によるタリバーン政権への金融制裁などのため「国連は2300万人が飢餓状態に入り、数百万人が死亡すると訴えている」としている。

BRⅡが訴えているのは、超大国がテロリストと呼ぶ人々にも生活があり、家族がおり、そして言い分があるということなのである。彼らが「テロ」に走らざるを得ないのには、理由があるということなのだ(※)。また、超大国によるテロリストへの正義の戦争として攻撃される人びとには、攻撃の原因となったことについて何の責任もない人々がいる。彼らの側もまた人間なのだという事実である。

※ 東洋経済2023年10月17日「「パレスチナ紛争」を語る日本人に欠けている視点」は、2023年10月7日のハマス等によるイスラエルへの攻撃について「多くの報道では7日まで平和な毎日があり、ハマスの一方的で理不尽な行動によってそれが破られたかのように描かれていますが、本当にそうでしょうか。歴史的背景を理解しないと、大きな誤解をしてしまいがちです」としている。まさにその通りなのだ。

また、テレ朝NEWS2023年10月26日「【独自】「我々を世界に知ってほしい」「外国人は無条件解放」ハマス幹部インタビュー」にハマスの幹部のインタビューが載っているので、ぜひ読んでいただきたい。なお、この報道の直後に、日本政府は各テレビ会社に対して、パレスチナ問題に関する報道を規制するかのごとき通知を行っている。

やや長くなるが、もう一度高橋氏の著作の一部を引用させて頂く。

まず、ナブルス近辺にある入植地の近くで、あるユダヤ人入植者が殺された。欧米の主流のマスコミのほとんどはその事件で話を始めるし、日本のマスコミも大方それにつられて同じように扱うが、本書でこれから検証するように、それでは甚だ不十分だ。そのような伝え方では、まるで平和の中で、あるパレスチナ人テロリストが理由もなく、ある罪のないイスラエル人を殺したかのようだ。

しかし、その事件の前に何十年ものイスラエルによる植民地政策があり、パレスチナ人の土地が収奪され、水などの資源が略奪されているという背景がある。また、毎日のようにイスラエル兵や入植者によるパレスチナ人への暴行事件があり、西岸全土に散らばるイスラエルの検問所などによるパレスチナ人の移動の極度の制限があり、パレスチナ人に対してあらゆる非道が繰り返されるという背景がある。それによってその刺殺事件が正当化されるとは思わないが、そのような背景を正確に伝えないと、パレスチナ人の置かれている窮状が何一つ理解されず、パレスチナ人は「平和を乱す非理性的なテロリスト」というレッテルを貼られたままだろう。本書で見ていくように、そのレッテルは決して正しくなく、問題はむしろ国際法を無視して好き放題に人権侵害を繰り返すイスラエルの方にあるのだ。

※ 高橋宗瑠「パレスチナ人は苦しみ続ける:なぜ国連は解決できないのか」(現代人文社 2015年)

テロが悪いと主張するなとは言わない。だが、イスラエルの側がその前に、そのテロよりもはるかに非道なことを行っているということを理解してから主張して欲しい。学術書を読めとまでは言わないが、この高橋氏の書をぜひ読んでいただきたいと思う。


(3)テロとは何だろうか

ア テロリストとは誰のことなのだろうか

(ア)テロとは政治目的の市民に対する殺傷行為だと考えよう

だが、テロとはいったい何なのだろうか? テロについて公的な定義があるとは思えない。そこで、仮に「テロとは、政治目的のために一般市民を殺傷(攻撃)することである」と定義してみよう。

この定義をあなたは受け入れられるだろうか。では、そうだとした場合、テロを行っているのは誰なのだろうか。

BRⅡの冒頭部分で、教師リキが、第二次大戦後に米国によって空爆を受けた国家を羅列するシーンがある。米国ブラウン大学のワトソン研究所の調査(戦争のコストプロジェクト)によると、米国は 9.11 以降 2023 年3月までの 20 年間で 94 万人の人間を殺害してきたが、その中には43万2千人を超える市民がいるとされている(※)。この数は、あらゆる国家、またグループが殺害した市民の数をはるかに上回っているのだ。

※ ブラウン大学のワトソン研究所「costs of war」による。なお、Forbes 2020年09月25日「米国の対テロ戦争で全世界の3700万人以上が避難民に」を合わせて参照されたい。

先ほどのテロの定義によれば、世界で最も多くのテロを行っているのは、すなわち政治目的のために最も多くの市民を殺してきたのは、人権を声高に叫びながらベトナム、イラク、シリア、アフガニスタンなどを、市民もろとも攻撃してきた米国なのである。


(イ)最大のテロ国家は米国なのか

そうなると、最大のテロ国家は米国だということになる。しかし、あなたはこの結論を受け入れることはできないかもしれない。それは、わが国の同盟国である米国がテロ国家などということは考えられないからだろうか。それとも、米国政府が何の理由もなく自分たち(日本人)を殺害するということはあり得ないと思う(※)からだろうか。

※ もっとも、アラブの多くの国々の国民や、グローバルサウスの国民にとってはそうではないだろうが。

だが、先ほどのテロの定義を受け入れる限り、そのような理由では米国がテロ国家でないとはいえないのである。では、米国はテロ国家ではないと結論付けることを前提としたら、その理由はどのように考えるべきなのだろうか?

ある種の人々は、もしかすると「たんなる死者の数だけで評価するべきではなく、殺害する理由や方法、さらには得られる利益による」と主張するかもしれない。事実、故安倍元総理は、目的と得られた利益によって、市民を殺害する行為は肯定できると主張している(※)

※ フセインを擁護するつもりはないし、彼が独裁者であることも否定はしない。しかし、他国の政府を、自分の価値観と異なるからといって殺害することが認められてはならない。そのようなことが許されるなら、世界は戦争状態となってしまう。安倍氏のような主張は極めて危険なものである。

確かに、数だけで評価するべきではないという一点については正しい。たとえ一人であっても、政治目的のために市民を殺害することなど、許されることがあってはならない。ワールドトレードセンターで 3,000 人の生命を奪った行為が犯罪であることを否定することは許されないし、筆者も否定する気はない。犠牲者は単なる数字ではない。彼ら一人一人に生活があり、家族や友人がいたのだ。

だが、そう言いつのってみたところで、米国が最大のテロ国家であるという結論に変わりはない。米国が殺害した 43 万人を超える市民も、同じように数字としてだけ評価してはならないのだ。

また、市民を殺害することが、その理由や方法によって正当化されることなどあってはならない。米国やイスラエルが行う殺人は正しいなどという考えは、グロテスク以外の何物でもない。


(ウ)市民を殺傷する行為は米国またはその同盟国が行ってもテロではない?

そうなると、米国がテロ国家でないと結論付けるためには、テロリストが殺害した人々の生命は尊いが、米国やイスラエルが殺害したムスリムや黒人の生命は軽視してもかまわないと考るしかなくなる。確かにそう考えれば、七原秋也がテロリストで、米国がテロ国家でないことを矛盾なく説明することができる。この考え方は、問題の解決のためには実に魅力的チャーミングだ。

そして、米国もイスラエルもまさにそう考えているとしか思えないのである。米国は、イラクやシリアが自国民を殺害していると批判している。それは正しい。しかし、かつて米国と同盟国であった中南米の独裁国家が自国民を大量に殺害しても批判をしなかったではないか(※)。また、9・11や10月7日事件に対してあれほど「道徳的な」批判を行った米国は、イスラエルがガザで行っているジェノサイドに対してほとんど批判をしないばかりか、むしろイスラエルに武器・弾薬を送ってイスラエルの支援をしているのだ。

※ また、1994 年にルワンダでフツ族によるツチ族の虐殺が行われたときも、国際社会(この場合は主に英国)は見てみぬふりをした。英国の現地派遣軍が、事前に虐殺の証拠を把握してこれをやめさせようとしたとき、英国政府は現地軍を押さえたのである。英軍の軍人は、虐殺が行われている現場近くでバレーボールをして遊んでいた。

さらに、現在、アフリカで多くの人々が殺害されているが、西側のメディアはそのことを報じようともしない。

この考え方は、バイデンやネタニヤフ、さらには英、独、仏の政府の高官は、(口には出さないが)正しいと信じているとしか思えない。そして、西側の多くのメディアも正しいと信じているようだ。

西側のメディアは、テロ行為によって「文明国」の市民に被害が出ると、人権意識に燃え上がってこれを批判する。だが、彼らは、ベトナムで、イラクで、アフガニスタンで、そしてアルジェリアで、そしてガザで、米国とイスラエルが市民を殺害してもこれをテロだとして批判したりはしないのだ。

そして、日本人はどうだろうか。「文明国」の市民が殺害されることは重大な問題だが、ムスリムやアフリカの黒人が多数殺されてもそれほど重大な問題ではないと考えてはいないと、我々は本当に言い切れるだろうか


(エ)米国またはその同盟国が市民を殺傷する行為は何と呼ばれてきたか

そう、米国やイスラエルがテロ国家ではないと主張するためには、この章の冒頭に挙げたテロの定義が誤っているとするしかないのだ。テロとは「一般市民」を殺傷(攻撃)することではなく、「G7とその同盟国の軍人又は市民」を殺傷することなのである。日米欧の政府の「正義」は同盟国限定なのだ。

では、G7の非同盟国の市民を虐殺する行為はなんと呼ぶのだろうか。もちろん、それは馬鹿げた質問である。分かりきっているではないか。それはテロとの戦いであり、「正義」の戦争であり、自衛戦争なのだ。

事実、イスラエルが避難所や学校を狙い撃ちして市民や子供を殺害した場合や、さらには白燐弾で子供たちを焼き殺した場合(※1)であっても、西側メディアはこれをテロではなく「付随的損害」(collateral damage)(※2)と呼ぶのである。ただし、殺害されたのが米国の同盟国の市民のときは、たとえ狙い撃ちされたときであっても「誤爆」(Misfire)(※3)と呼ぶ。いずれにせよ、米国やイスラエルによる市民・子供の殺害はテロとは呼ばないのだ。

※1 NHK 2023年12月12日「米有力紙 “イスラエル軍 米供与の白リン弾 レバノンで使用”」、木村章男「ガザ - ジェノサイド研究のアポリア -」など。

※2 盛田常夫「テロと付随的損害(Collateral Damage)」参照。

※3 例えば、時事通信 2024年04月06日「NGO誤爆「独立調査を」 ガザで支援員196人死亡―国連総長」、読売新聞 2024年04月03日「ガザへ食料搬入の米民間団体をイスラエル軍が誤爆、7人死亡…ネタニヤフ首相「意図せず悲劇的な出来事起きた」」は、イスラエルによる非戦闘員に対する攻撃について、誤爆であるとのイスラエルの主張をそのまま紹介している。しかし、現場は NGO が食糧搬入を行っている場所であり、誤爆の可能性はあり得ない。マビ・マルマラ(Mavi Marmara)号事件(小林宏晨「マヴィ・マルマラ号事件:イスラエル・トルコ関係」参照)以来、ガザへの支援を行う民間人への攻撃はイスラエルのお家芸である。

なお、ヨルダン川西岸で入植者がパレスチナの住民を殺害した場合や、ガザを完全に封鎖してガザ市民を緩慢な死に追いやることは、西側諸国もそのメディアも、そのような殺人行為は気にしないので、この殺人行為には名称さえ付けられていない。

こうして、米国が世界各地で市民を殺害する行為も、イスラエルが現在ガザで数万人規模の市民の殺害を行っている行為も、フランスがかつてアルジェリアで多くの市民を殺害した行為も、おめでたいことにテロではなくなったのである。


イ イスラエルはテロリスト国家である

(ア)イスラエル軍の前身はテロリストだった

しかし、そう考えてもなおイスラエルにとって、都合の悪いことがある。実は、イスラエル軍の前身と呼ぶべきイルグンは、かつて英国からはテロ集団とみなされていたのだ。その最も典型的な例がキング・デイヴィッド・ホテル爆破事件である(※)。この事件では、ユダヤ人 17 人を含む 91 人が死亡している。その多くが非戦闘員であった。

※ ARAB NEWS 2023年08月09日「イスラエルのテロについて率直に語るべき時の到来」など。

なお、これはイルグンの単独犯行のように言われることが多いが、ハガナも一旦はこれを承認している。ダニエル・ゴーディス「イスラエル 民族復活の歴史」(ミルトス 2018年)によると、「一九四六年七月一日、ハガナーのモシェ・スネー長官はメナヒム・ベギンも極秘のメモを送り、ホテル爆破を認可。計画ではイルグンがホテルを爆破し、ハガナーとレヒは他の建物を襲撃することになっていた」とされている。

また、もうひとつのイスラエル軍の前身であるハガナはさらに悪質である。イラン・パぺ(※)は、イスラエル側の文献の詳細な調査を行い、その結果からイスラエル建国(ナクバ)にあたって、ベングリオンが率いるハガナが何をしたのかを詳細に論述している。平和に暮らしていたパレスチナの村々を襲い、男性を殺害し、女性を強姦し、ときには子供たちを壁際に並べて楽しみのために銃殺したりしているのだ。いわゆるダレット計画である。

※ イラン・パペ「パレスチナの民族浄化: イスラエル建国の暴力」(法政大学出版局 2017年)

アラブの側がイスラエルに宣戦を布告(第一次中東戦争)したときは、すでにハガナはパレスチナの村々を襲い、グリーンラインの占領を終えていたのである。しかも、アラブの側の盟主であるヨルダンは、ヨルダン川西岸を自国に併合するためのパレスチナ分割をイスラエルと密約していたのだ。イスラエルの建国とは、一方的なパレスチナへの侵略と植民地支配であった。

そして、侵略を行ったのは欧州からやってきたシオニスト(アシュケナジム)であり、従来からそこに住んでいたアラブ語を話すユダヤ人(ミズラヒム)ではなかったことも指摘しておくべきだろう。分かりやすく言えば、イスラエル「建国」とは欧州によるアラブの植民地支配なのである。


(イ)イスラエルは現在も世界各地で暗殺などの違法行為を行っている

そればかりかイスラエルは、現在においても中東を中心に世界の各国で、暗殺や暴行等を繰り返している。

1976 年には、ウガンダのエンテベ空港を襲撃して、同国の兵士多数を殺害したばかりか空港に駐機していた軍用機 11 機を破壊している。これは、他国での殺害・破壊行為であり、明らかな違法行為である。

2010年5月31日には、ガザへの救難のためトルコ国旗を掲げて、ガザ近くの公海上を航行していた民間船マビ・マルマラ号を、イスラエル軍の突撃部隊が襲撃した。複数のヘリコプターから無差別の銃撃を行って非武装の民間人9名(いずれもトルコ国籍だが1名はアメリカと二重国籍)を殺害、50 名以上を負傷させた。さらに、600名の民間人に暴行を加えた上で拉致し、イスラエル国内で長期間にわたって監禁した(※)

※ 最終的に国外追放されたが、追放直前までイスラエルは乗組員に対して暴行を加えていた。詳細は、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ「【世界の人権・パレスチナ(ガザ)】 2010/09/27 ガザ支援船団事件に関する国連人権理事会の調査は、イスラエルに対し「不必要な」暴力であるとして非難」を参照されたい。

また、「建国」以来最近までイスラエルは他国の領土内において、敵対する勢力の要人の殺害を繰り返している(※)。その一つの例として 1972 年以降に、欧州各国で多数の PLO の要人等を殺害した「神の怒り作戦」がある。

※ ロネン・バーグマン「イスラエル諜報機関 暗殺作戦全史(上・下)」(早川書房 2020年)など

この作戦で、1972年12月にノルウェーで PLO とは無関係なモロッコ人を殺害している。イスラエルは、ブラックセプテンバーのメンバーの可能性があると考えて殺害したのだが、全くの別人だった。妊娠中の妻と映画館から出てきたところを殺害されたのである。おそらく、無関係の者を殺害する可能性よりも、ブラックセプテンバーのメンバーを逃すことの方をおそれたのであろう。なお、このときイスラエル側が殺害しようとした人物は 1979 年1月にベイルートで自動車に仕掛けられた爆弾で殺害されたが、そのときは8人の無関係の者が巻き添えで殺されている(※)

※ 以上の事実関係は、宮田律「ガザ紛争の正体」(平凡社 2024年)による。

さらにイランでは、民間人の核物理学者数名が不審死をしてるが、イスラエルによるものではないかとの根強いうわさがある。

また、現時点においても、ガザや西岸において市民に対する暴行、拉致、性的な拷問を、パレスチナ人に対して、日々、加えている。もちろん、これは2023年の10月7日から始まったわけではない。それ以前から続いているのである。

※ 47NEWS2024年4月21日「殴打に電気ショック…水を求めると小便をかけられた イスラエル軍拷問の実態、ガザ市民が証言」、毎日新聞2024年3月21日「イスラエルがガザ市民を拷問か 鉄棒で殴打、自宅に放火 市民ら証言」、NHK2024年6月9日「“イスラエル 拘束したパレスチナ人に暴行 拷問”国連など報告」、DIAMOND Online 2024年4月19日「ガザ住民を拷問するイスラエルは「レッドライン」も越えるのか?【池上彰・増田ユリヤ】」など参照

これは、パレスチナの人々にとっては、まさにナチによる支配と同じではないだろうか。テロと呼ぶか正義の戦争と呼ぶかは何の関係もない。まさに災厄以外の何物でもないのだ。


ウ なぜテロリストが生まれるのだろうか

なぜテロリストが生まれるのだろうか。BRⅡが訴えたかったのは、まさにここにあるのではないだろうか。七原秋也は、なぜ多くの悲劇を生むことが分かっていながらテロを行ったのだろうか。

映画制作者が、多くの批判を受けることを覚悟したうえで、七原秋也を一人の抵抗者として描いたのは、まさにその訴えをしたかったからであろう。七原秋也は、バトルロワイヤルによってクラスの友人たちと殺し合いをさせられるという過去を持っている。また、七原秋也と行動を共にする多くのテロリストたちも、バトルロワイヤルに参加させられたり、家族を失ったりしているのである。

彼らは、まさに止むにやまれずに戦っているのである。バトルロワイヤルという子供たちを殺害する悪法をなくすためにそうせざるを得ないのである。

そして、それは、多くのパレスチナ人が、イスラエルのテロによって家族や友人を殺害されていることと重なり合う。そのことが、彼らを戦いに駆り立てるのである(※)。それは、ナチの占領下でナチと戦った人々とも相通じる行為である。だが、なぜかナチと戦った人々は民族解放の英雄ともてはやされ、パレスチナ人はテロリストと呼ばれるのだ。

※ ライラ・カリド著「わが愛はパレスチナへ」(番町書房 1974年)の中で、ハイジャックのために航空機へ乗りこむライラが、乗客の子供たちを危険に陥れてよいのかと苦しむシーンがある。しかし、シオニストによって殺害されたパレスチナの子供たちの子供のことを考えて、ハイジャックを行うのである。

なお、ライラ・カリド(ليلى خالد‎、文語発音は、ライラ・ハリドに近い。)が所属する PFLP は、第三国の市民を問答無用で殺害するようなテロ行為は行っていない。

もちろん、ハイジャックは許されざる犯罪行為である。だが、彼らは無辜の市民を殺害しないように十分な留意をしていた。一方、イスラエルはガザでそのような留意を一切していないのである(※)。イスラエルが行っている侵略行為、市民への殺傷行為は犯罪ではないのだろうか。

※ CNN 2023年12月5日「ハマス戦闘員1人に対して民間人2人の死、「非常に前向き」 イスラエル軍」によれば、「イスラエル国防軍(IDF)の報道官は(中略)イスラム組織ハマスの戦闘員1人に対してパレスチナ自治区ガザ地区で死亡した民間人が2人という割合は、市街戦の困難さを考慮すれば、「非常に前向きだ」と述べた」とされる。実際には、ガザでこれまで5万人以上のパレスチナ人が殺害されていることを考えれば、ハマス1人の死亡につき市民は100人程度殺害されているだろう。

西側メディアはイスラエルの残虐行為を大きく報じたりはしない(※)が、SNS ではパレスチナの住民やジェーナリスト、医師などによる動画や記事がアップされている。

※ もちろん、命がけでガザの状況を報じようとするジャーナリストも多い。イスラエルはこれらのジャーナリストを狙撃するなどの方法で射殺している。vogue WORLD「報道の自由が奪われ、107人ものジャーナリストが犠牲に。ガザの女性記者たちが伝え続ける現実」によると、「国境なき記者団(RSF)の調査によると、10月7日以降、ガザで107人のジャーナリストが殺害され、うち13人が女性だった。「107人のうち22人(女性1人を含む)が、ジャーナリストとして活動中に殺害、もしくはジャーナリストであるという理由で特別に狙われた」とRSFのフィオナ・オブライエン英国支部長は説明する」とされている。

イスラエルによる無差別爆撃に怯える子供、家族を失った人々、命がけで負傷者を救助する看護師、イスラエル軍がブルトーザでパレスチナ人の墓地を掘り起こしたいるする動画が日々、アップされている。一方で、イスラエル軍は、笑いながら家屋を爆破し、占領した民間の住居から財産を盗み出し、女性の下着を着て記念撮影をし、パレスチナ人の医療従事者を裸にして連行したりする動画や写真をアップしている(※)

※ イスラエルの兵士がこれらの犯罪行為を平気で SNS にアップする行為はやや理解に苦しむが、何をしても自国政府の支持を受けられ、批判されないという風潮が軍内にあるのだろう。

だが、これは10月7日から始まったのではない。パレスチナではこのようなことが1948年のナクバ以来、ずっと続いているのである。


2 なぜ大量殺人が批判されずテロが批判されるのだろうか

(1)事実を知ろうとしない「人権国家」の人びと

ア 9.11が暴いた中東情勢への無知と無理解

(ア)表面的なことだけを見てパレスチナを批判する人びと

米国で9.11テロが発生したとき、CNN はこれを喜ぶムスリムの家族の映像を繰り返し流したものである。それを視た筆者の同僚は「なんて奴らだ」と憤っていた。しかし、彼は、それまで罪もないムスリムの市民や子供がどれだけ殺され、傷つけられてきたかという事実を知ろうとはしていないのだ。

ただ、テレビで見たテロ行為とそれを喜ぶムスリムを見て、憤っているのである。彼は、イスラエルが建国に当たって、パレスチナの村々を襲撃し、子供を含む住民を殺害し、女性たちを強姦してきたことを知ろうとはしてこなかったのである。

だが、テレビしか見ずに、その背景事情を知る努力を一切しないのなら、せめてテロを喜ぶ人々を批判するなと言いたい。このような「知ろうとしない人々」が、無責任な発言をすることで世論が形成され、その世論によって、これまた無知な政治家たちによって政府が動くことに恐怖の念さえ感じる。その行き着いたところが、ガザのジェノサイドなのである。


(イ)テレビの報道が信用できるのか

このようなことを言うと、テレビでニュースを見ることも情報の収集だという反論が返ってくるかもしれない。しかし、中東に関してテレビ報道のレベルは極めて低いのである。当時、テレビでは「中東専門家」を名乗る連中が、9.11テロ実行犯は PFLP だと断言していた。ところが、その根拠と言えば、「他にこれだけのテロを行える組織がない」というだけ(※)のことなのである。

※ もちろん、間違いであることは言うまでもない。この専門家は中東の反政府組織やパレスチナ解放勢力について、ほとんどまともな知識がないことが分かる。2001年時点でも、アメリカを攻撃する可能性を別にすれば、レバノンのヒズボラやアフガニスタンのタリバーンの方が組織的には PFLP より大きいだろう。

しかし、当時のパレスチナ解放勢力の動向を、多少なりとも、知っていれば PFLP がこの種のテロ行為を行うことはない(※)と分かるはずである。

※ そもそも PFLP は米国の市民を問答無用で殺害するようなテロを行ったことはなく、これを PFLP の仕業と考えるのはかなり無理がある。

また、当時は、第二次インティファーダがすでに始まっていたとはいえ、米国の和平に向けた努力にパレスチナの側もはかない幻想を抱いていた時期であり、PFLP が米国を攻撃する理由はなかった。

さらに言えば、PFLP 内部もハバシュ議長が退任した直後で、しかも新議長はイスラエルのテロで暗殺されており、米国を攻撃するどころではなかっただろう。

また、ハマス等の10月7日の事件の直後に、やはり中東専門家を名乗る人物が NHK のラジオ(テレビではないが)で「イスラエルはガザを占領していない」と断言していた。確かにイスラエルはガザを撤退した後は占領していないと主張しているが、ガザを完全封鎖しており、ガザの占領は継続しているというのが国際的な常識である。

この程度の連中が、中東専門家を名乗ってテレビに出ているのが、日本のテレビの中東に関する知識レベルの実態なのである。2021 年の東京オリンピックで、NHK の記者が、イランをアラブの国だと紹介して後に謝罪したことがある(※)が、ほとんど話題にもならなかった。日本のテレビ関係者の中東に関する知識などこの程度なのである。おそらく彼らの多くはナクバやグリーンラインという言葉さえ知らないだろう。下手をすると、ガザの封鎖や西岸での入植地の増加などの事実さえ知らないのではないだろうか。

※ 日刊スポーツ2021年7月24日「NHK五輪開会式でイラン入場時に「アラブ諸国」と言い間違え豊原アナ謝罪


イ 10月7日事件のイスラエルのデマをそのまま報道する西側メディア

バイデン米国大統領は、10月7日事件の直後に「ユダヤ人の子供の首が切られる写真を見た」と明言した。しかし、首を切られたユダヤ人の遺体などどこにもなかったのである。

米国政府は、後にバイデン大統領がそのような写真を見ていないことを認めた。まったくのフェイクを米国の大統領が流したのだ。

詳細は、「10月7日事件とは何だったのか」に記載したのでそちらを参照して欲しいが、パレスチナ解放勢力による攻撃は軍事施設を目標にしていたのである。実は音楽祭は前日までで終了するはずだったのが、突然、延長が決まったので攻撃に巻き込まれたのである。

また、音楽祭の死者の中には、イスラエル軍によって殺害されたケースがかなりあることが明らかになっている。そもそも、当初、イスラエルが主張したような「残虐行為」など、ほとんどなかったのである(※)

※ 例えば、この項の冒頭に挙げた子供の首云々の話もそうだが、ハマスは女性を半裸のまま致したとの報道があったが、実は、彼女たちは上半身が水着姿で音楽祭に参加していたのでそのまま連れ去られたということであり、ハマスが彼女たちを半裸にしたわけではない。とんでもない印象操作というべきである。

実際に解放された人質は、ハマスは親切にしてくれたと証言しており、イスラエルによる政治宣伝を除けば暴行を受けたという証拠はどこにもない(※)

※ 例えば、読売新聞2023年10月21日「ハマスが米国籍の人質2人解放「人道的な理由で認めた」…カタールが仲介」、ARAB NEWS 2023年10月25日「解放されたイスラエルの人質、ガザで「よくしてもらった」」など。

なお、FNNプライムオンライン2023年12月4日「ガザ地区で“戦闘再開” 残る人質は136人 解放された人質「とても親切だった」コメントも…ハマスに言わされていたか」は、人質の「ハマスは親切だった」という証言はハマスに言わされていたと強弁しているが、すでに解放された人質が自分の意思に反したことを言うわけがないであろう。ばかげたフェイクとしか言いようがない。

一方、イスラエルは、2023年からのガザへの攻撃で数万人のパレスチナ市民を殺害している。その中には子供も含まれている。2024年6月には、4人の人質の解放のために240人のパレスチナ市民が殺害されている(※)。彼らに、どのような責任があるというのだろうか。

※ 毎日新聞2024年6月17日「「無差別」の空爆、ばらばらの遺体 イスラエル・人質救出作戦の裏側

なお、解放された市民はイスラエルが公表した映像を見ても元気そう(※1)であり、生命の危険があるような状況ではなかった。イスラエルが違法に拘束しているパレスチナ人がイスラエルから拷問を受けている(※2)ことと何という違いだろうか。

※1 FNNプライムオンライン2024年6月9日「イスラエル軍 ハマス拘束の人質4人を救出 全員健康状態は良好」でも人質4人の健康状態は良好とされている。イスラエルが食料のガザへの搬入を妨害し、ガザで飢餓状態が起きている中で人質が健康を保てたということが、彼らが人道的に扱われていたことの証拠である。

※2 例えば、NHK2024年6月9日「“イスラエル 拘束したパレスチナ人に暴行 拷問”国連など報告」、産経新聞2024/4/17「イスラエルが刑務所のパレスチナ人を拷問し16人死亡と自治政府 昨年10月の戦闘開始後に」など。


ウ 政府関係者の中東情勢への無知・無能ぶり

パレスチナの問題に関する日本人の知識は決して深くない。中東とアラブとイスラムの区別さえつかないことがほとんどだろう。ナクバやグリーンライン(1948 年占領地)という言葉さえ知らないことが多いのではなかろうか。もちろん、一般国民がアラブのことを知らなかったとしても、それは非難されるようなことではない。

ただ、それは「知らされていない」のではなく「知ろうとしていない」のである。そこは区別しておかなければならない。また、中東情勢やパレスチナの状況を知ろうとせずに、パレスチナ人がテロを行うのでイスラエルがそれと戦っているのだというイメージを持ってイスラエルを支持するのであれば、それはジェノサイドを間接的に幇助しているのだということも理解しておくべきだろう。

しかし、国の政策や外交の舵取りをするべき政治家が、中東情勢について「テレビ報道レベル」では困るのである。2021 年にイスラエルがガザを爆撃したときに、政府の公式見解に反して独自にこれを支持する tweet(現在のXのPost)をした副大臣がいた(※)

※ この tweet は国会でも批判を受け、削除の要求が出された。この人物は、当初は削除を拒否したものの最終的には削除に応じた。なお、この人物は、2022年8月にイスラエルのガンツ国防大臣から名誉賞である「日本 - イスラエル友好賞」を授与されている。

詳細は、「爆撃を支持する中山副大臣」(平児の社会と政治を語る)を参照されたい。

この人物のその後の tweet を読む限りでは、中東情勢についての知識レベルは、ほぼ「テレビ報道以下」であった。このような現地の事情を全く理解しないままでの無責任な行為は、国益を害すると理解するべきである。

また、この人物は2015年の誘拐事件の際にも無能ぶりを発揮していたようである(※)

※ PRESIDENT Online2015年3月2日号「ヨルダン発! 中山泰秀外務副大臣の大暴走」によると、「外務省関係者もこう話す。「中山副大臣の無能ぶりが目に余るので、官邸、外務省では1月下旬の時点で“もし後藤さんの事件が長期化したら外務省出身の城内実代議士と交代させたい”という話が出ていた。城内氏は父親が元警察庁長官。元外務官僚でドイツ大使館に勤務したことがあり、第二次安倍内閣の外務大臣政務官としてアルジェリアの人質事件で現地に飛び、指揮を執った経験もあります」」などとされている。

中東で人質事件などが起きると、欧米とくに欧州の政府は、中東の各国の政府ばかりか反政府勢力内に持つパイプを通して人質の解放を図ろうとする。ところが、日本の政府や外交官はそのようなことが全くできないのである。ある日本人誘拐事件のときなど、民間人が日本赤軍のリーダーの重信房子氏に人質解放の工作を依頼し、重信氏が人質解放のためにイラクの外務大臣と交渉したこともあるという(※)

※ 金平茂紀「二十三時的」(スイッチ・パブリッシング 2002年)及び重信房子「パレスチナ解放闘争史:1916-2024」(作品社 2024年)による。


エ 日本でも中東関連の情報はあふれている

しかし、これは日本で中東情勢やパレスチナに関する情報が得られにくいということではない。当サイトの「パレスチナ問題を知るための必読書13冊」にも示したが、啓蒙書のみならず、概説書や学術書(専門書)はいくらでも出版されているのである。

筆者は、2023年10月7日のハマスによるイスラエルへの攻撃以来、当サイトの上記記事で紹介した書籍を中心に関係する文献を読み漁ったが、日本語で公開されている文献だけでもかなりの知識は得られるのだ。

また、SNS にはガザの一般住民が撮影した写真や動画が、多数、アップされている(※)。もちろん、一部にはフェイクも含まれているだろうが、イスラエルの残虐行為や各種の犯罪行為は隠しようもない。

※ イスラエルは、ガザへの軍事攻撃と同時に、ガザへの電力の供給と燃料の搬入を禁止した。これは、SNS でイスラエルによる戦争犯罪が外部に漏れることを阻止するためだったと言われる。なお、電力の不足により、ガザでは病院で新生児が死亡したり、一般市民の生活が極度に悪化したが、イスラエルがそのことを気にした様子はない。

一方、イスラエルは世界各国の大使館を通して、SNS で「ガザへの生活物資の搬入は行われている」などのフェイクを流しているが、パレスチナ側の SNS への投稿によってあっさりウソがばれている。

欧米では、若い国民ほどパレスチナへの支持率、イスラエルへの批判率が高まるが、これは SNS の力も大きいと言うべきである。

政治家が、中東の情勢に無知なことについて、資料がないなどということは言い訳にはならないのである。


(2)ダブルスタンダードが世界の秩序を崩壊させる

ア ロシア非難決議から見えてくる米国の身勝手さ

ロシアがウクライナへ侵攻したとき、それまでウクライナの側がロシアとの合意を破って挑発的な行動に出ていたことはあるにせよ、非がロシアの側にあることは明白であった。

しかし、国際社会は一致してロシアを批判しウクライナを支援するということにはならなかった。2022年3月の国連総会の対露非難決議で、グローバルサウスと呼ばれる 132 か国中、88 か国が賛成に回ったものの、31 か国が棄権、10 か国が無投票、3か国が反対に回ったのである(※)

※ 三菱総合研究所 2023年5月16日「ウクライナ危機で存在感増す「グローバルサウス」①」など参照

なお、すべての国の投票の状況は、193か国中、賛成は141カ国、棄権は35か国、無投票12か国で、反対は5カ国である(※)。すなわち、反対はともかくとして、棄権、無投票の多くがグローバルサウスの国ぐになのである。

※ BUSINESS INSIDER 2022年3月3日「国連総会のロシア非難決議、反対は5カ国のみ。賛成141カ国で採決 議場から拍手、その時ロシア大使は…」など参照

また、その後のロシア批判や制裁に関する全投票の後状況は、東京新聞 2023年2月24日「「厳しい対ロシア路線」に疑問の声も…なぜ? 非難決議採択の国連総会 懲罰色の強い決議案は賛成減る傾向」を参照されたい。なお、11月の損害賠償を求める決議では反対が73となっている。

なぜ、グローバルサウスがロシア批判を差し控えるのだろうか。もちろん、ロシアとの友好関係を重視しているということもあるだろう。だが、それだけではない。米国はこれまで、ベトナム、イラク、アフガニスタンなど多くの国ぐにを攻撃してきた。ところが、それらの攻撃が国際法上正当なものとは、到底、考えられないのである。

ベトナム戦争は、いわゆるドミノ理論に基づいて行われた先制攻撃である。ドミノ理論など幻に過ぎなかったし、トンキン湾事件のようなでっちあげに基づいた犯罪行為であった。2003年のイラクへの攻撃は大量破壊兵器があるという偽りの情報に基づいたものだが、仮に大量破壊兵器があったにせよ、国際法で禁止されている予防戦争であり、正当化できるものではない。アフガニスタンへの攻撃も、タリバーン政権がウサマ・ビン・ラディーンをかくまっているというのが理由だが、これも国際法上認められるようなケースではない。

そして、米国もまたこれらの戦争で、非武装の市民を無差別に殺害しているのである。これで、米国とそれを支持してきた日欧の政府が、正義を振りかざしてロシアを批判してみても、グローバルサウス諸国には響かないだろう。せいぜい、アメリカ側に立つのが有利かロシア側に立つのが有利かという打算が働くだけだろう。


イ 日米欧の政府のダブルスタンダード

(ア)川上大臣は生命に軽重があると考えているのか

上川外務大臣は、2023年11月にイスラエルを訪問し、10月7日のハマス等によるイスラエル攻撃を最大限の言葉で批判し、イスラエルへの連帯の言葉を述べた(※)。これに対してイスラエルからは、感謝の言葉が表明されている。

※ 外務省「日・イスラエル外相会談」(2023年11月3日)

このときまで(10月中)に、ガザで8,000名以上の市民が虐殺され、その中には多くの子供や女性も含まれていたのである(※)。それにもかかわらず、イスラエルの虐殺行為を批判する言葉はなく、「日本としてガザ地区の人道状況を憂慮(している)」としか述べなかった。

※1 毎日新聞2023年12月21日「【検証】 ガザ地区の死者2万人、この数字から分かること」、毎日新聞2023年11月2日「ガザ、市民犠牲止まらず イスラエル空爆、精密さ消え」、西日本新聞2024年3月1日「「飢えと渇き」子ども犠牲相次ぐ ガザ、死者3万人超え」など参照。

川上大臣は、その後もハマス等によるガザ攻撃を様々な場所で批判しているが、イスラエルを批判する言葉はまったくなく、むしろ「イスラエルが自国や自国民を守る権利を持つことは当然だと主張してきた(※)。すなわち、イスラエルによるガザでのジェノサイドを積極的に支持してきたのである。これは、川上大臣が、イスラエル人の生命は大切なもので失われてはならないが、パレスチナ人の生命は大したものではないと感じているからであろう。これが川上大臣の「人道」主義の正体である。

※ 日本経済新聞2023年11月2日「上川氏、3日にイスラエル・パレスチナへ 戦闘休止訴え

また、2024年2月末に、ガザでのジェノサイドが明らかになり、国際的も強い批判を浴びる中で、今度は辻󠄀外務副大臣がイスラエルを訪問し、ハマス等の攻撃を批判してイスラエルへの連帯の表明をしている。

※ 外務省「辻󠄀外務副大臣によるカッツ・イスラエル外務大臣表敬」(2024年2月28日)

この時点で、ガザでの市民の殺害は3万人を超えていた。その中には多くの女性や子供が含まれていたにもかかわらず、辻󠄀外務副大臣はその殺害行為に「連帯」すると述べているのである。


(イ)日本政府の米国追従の危険

日本政府の外交政策は、これまでの総理が「米国との特別な関係」を誇ることからも分かるように、独自性に欠け米国への追従が目立っていた。しかし、パレスチナ問題に関しては、アラブ諸国との関係悪化を避けるためもあるのだろうが、実は、米国への極端な追従は行ってこなかったのである。

かつて、トランプ政権が国連決議に反して大使館をエルサレムに移転したときも、日本政府は追従しなかった。また、今回のガザでのジェノサイドに関しても、国連安保理の停戦決議でも、米国が単独反対する中、賛成に投じてきたのである。

そのようなこともあって、パレスチナでの日本の評判は決して悪くはなかった(※)

※ 公式には誰も口に出さないが、その原因に日本赤軍の存在があることは否定できない。中東の働いている日本人は誰でも感じていることである。

ところが、川上外務大臣は、あまりにもイスラエル寄りの態度を示している。公的な発言を聴いていると、穏健派のシオニストよりも右派のシオニストに近いのではないかという印象を受ける。

穏健派シオニストさえ、現在のガザのジェノサイドを批判することがあるにもかかわらず、川上大臣は少なくとも私の知る限り批判したことはない。「民間人の犠牲者が増え続けているガザ地区の状況を憂慮している」としか言わないのである。そして、その後には必ず、イスラエルと連帯しているという言葉をつなぐのである。

このような愚かな人物が外務大臣をしているようでは、日本の中東における評価は、今後、下がり続けるだろう。ここで、パレスチナ側の主張を知って頂くために、パレスチナ人の著書の序文から一部を引用させて頂きたい。

だが、読者の多くがパレスチナ問題という言葉から直ちに連想するのは、「テロ行為」という観念ではないかと思われる。そして、本書で私がテロ行為の叙述にさして多くの時間を割いていない理由もまた、その一端はこの不当な連想に由来する。(中略)

しかしながら、事実はもっとずっと複雑であり、少なくともその一部を、私がここである程度詳しく語っておく価値はある。純粋な数の問題、つまり損害を蒙った人間や財産の数に関する限り、シオニズムがパレスチナ人に対して行った行為と、その報復としてパレスチナ人がシオニストに行った行為とのあいだには、まったく比較にならないほど大きな懸隔が存在する

ここ二十年間、レバノンやヨルダンにあるパレスチナ民間人の難民キャンプに対し、イスラエルがほとんど間断なく行ってきた攻撃などは、この完全に不均衡な破壊の記録を示す指標のうち、ほんの一つというに過ぎない。

私見によれば、それよりずっと悪辣なのは、イスラエルのテロ行為についてほとんど何一つ語ってこなかった西洋(それに勿論、リベラルなシオニスト)の新聞・雑誌や知的言説が孕む欺瞞である。「イスラエルの民間人」や「町」「村」「小中学生」に対する「アラブの」テロ行為を報ずる際には憤怒の口調を示し、「パレスチナ人の戦略拠点」への「イスラエルの」攻撃を叙述するにあたっては中立的な措辞を用いる。しかもその「戦略拠点」が、実は南レバノンのパレスチナ人難民キャンプを指しているものだとは誰にも知り得ないとすれば、およそこれ以上の不誠実さがありうるだろうか。

※ エドワード・W・サイード「パレスチナ問題」(みすず書房 2004年)。下線強調は引用者。原典には改行はないが、読みやすさのために適宜、改行を入れさせていただいた。

川上外務大臣がハマス等による10月7日のイスラエルへの攻撃を批判するにしても、イスラエルによるガザでのジェノサイドと連帯すると明言しているのでは説得力は全くない。何もないところからハマスが生まれたわけではないのだ。


3 まとめ

(1)パレスチナの現状を知って欲しい

映画BRⅡが訴えようとしたのは、テロはもちろん許されない犯罪行為ではあるが、それが行われる背景事情を知ろうともせず、一方的にテロを批判するなということだろう。そのような無責任な行為の積み重ねが、イスラエルに誤ったメッセージを送り、ガザでのジェノサイドのような行為につながるのである。

筆者はもちろん、テロ行為を支持したりはしない。それが犯罪行為であることも否定はしない。しかし、彼らがそのような行為を行わざるを得ない状況は理解できるし、一方的に彼らを批判することもしない。

ここに引用したポストは、アミ・アヤロン氏(シン・ベト(イスラエル情報機関)の元長官)のインタビュー動画である。イスラエルの高官でさえ、ガザの人々と同じような状況に置かれたら、イスラエルとあらゆる手段で戦うと述べているのである(※)

※ このポストの日本語訳は「10月7日事件とは何だったのか」に掲示してある。

少なくとも、テロを批判するのであれば、米国やイスラエルによる市民への殺害、ガザの封鎖、西岸への侵略行為や入植者による暴行、殺人なども批判するべきである。また、テロを批判するなら、イスラエルが行ってきたことについて、知る努力をするべきだろう。

今、世界で何が起きているのかについて何かを知ろうという努力もせず、ただテレビで流されるテロの表面だけを視て、テロを批判する「文明国」の人々の行動が、イスラエルに対してガザでのジェノサイドを行わせる誘因になっているということを知るべきである。

パレスチナの現状について、知る努力をして頂きたいと、筆者は切に願う。

BRⅡは、テロが起きる世界を肯定しているわけでもない。映画の最終場面近くになって、娘をテロで亡くした教師リキと父親を七原秋也に殺されたキタノシオリが、それぞれ死を前にして七原秋也と心を通わせるシーンがある。

パレスチナにおいても、ユダヤ人とパレスチナ人の和解ができて、ともに良好な関係で生きていくことができるのであれば、それこそが理想である。BRⅡは、そのことを訴えているのであろう。

もちろん、現実にはパレスチナ側の和平への訴えをシオニストの側は拒否し続けており、1948年(というよりそれ以前)からパレスチナ人を暴行、殺人等によって追い出すことしか考えていない。そこに争いの根本原因があるのだ。

しかし、最後のシーンで、ヒンドゥークシュ山脈を遠くに眺めながら中川典子が七原秋也に話すことは、まさに和平への希求である。BRⅡの本当に訴えたかったことはそこにある。筆者はこの映画の訴えていることを支持する。これは、表面だけを見て安易に批判して欲しくない映画である。

映画の中で中川と七原が眺めているのは、おそらくバンジシール渓谷(※)であろう。なお、俳優たちの演技のシーンの撮影は、アフガニスタンではなく北九州市門司区の砕石場で行われている。当時のタリバーン支配下のアフガニスタンは外国人が映画撮影をできるような状況ではなかった。

※ アフガニスタン東北部にある渓谷。


(2)アフガニスタン戦争の略史

ア 七原とアフガニスタン戦争

七原がバンジシール渓谷にいるとすれば、そのことには重要な意味がある。映画バトルロワイヤルが公開されたのは2000年である。当時、アフガニスタンは、ほぼ全域をタリバーンが支配していたが、その時点ではバンジシール渓谷は、タリバーンに対抗するアフマド・シャー・マスウードが確保していた(※)

※ 長倉洋海「アフガニスタン マスードが命を懸けた国」(白水社 2022年)による。

また、BRⅡは2003年に公開されている。2001年に、米国(有志連合)がアフガニスタンへの攻撃を行っており、BRⅡ公開時には、ほぼアフガニスタン全域をマスウードの後継者を自称するカルザイ政権(北部同盟)が支配していた。そして、バンジシール渓谷は、やはりカルザイ政権の一翼を担ったマスウード派が支配していた。なお、マスウード自身は米国同時多発テロの直前に対抗勢力によって殺害されている。

映画では、七原たちはマスウードと同盟しているという設定だったのかもしれない。すなわち、テロリストを自称はしていたが、七原たちは、少なくともタリバーン(及びその支配地で活動していたアルカイーダ)とは、敵対していたのである。


イ 旧ソ連の侵攻

映画では七原が、アフガニスタンとは明言していないが、戦争が20年も続いている国と発言している。ここで、アフガニスタンの戦争の状況について、概説しておこう。1979年にアミン政権を打倒すため旧ソ連がアフガニスタンに攻め込んだのは 1979 年であった。アミンは本来は親ソ派であったが、あまりにも改革を急ぎ、国内のイスラム勢力と間に軋轢あつれきを起こして、政権を不安定化させたために、ソ連に見限られたのである。

米国はアフガニスタンにほとんど関心はなかったが、ソ連の国力をアフガニスタンで消耗させることを目的に、アラブのイスラム勢力をパキスタン経由でアフガニスタンに送り込んで、これに軍事的な支援を与えた。その中に、若き日のウサマ・ビン・ラーディンもいたのである。結局、ソ連はアフガニスタンで泥沼にはまり込み、10年後に撤退することとなる。


ウ 旧ソ連撤退後のパキスタンと米国による介入と内乱

ソ連が撤退すると、今度はパキスタンがアフガニスタンへの傀儡政権を打ち立てることを狙って、最初はヘクマチャール派に、次いでタリバーンに軍事支援を行うのである。米国も、同盟国であるパキスタンとの関係を最優先し、同盟国であるパキスタンとサウジアラビアが支援しているというだけの理由でタリバーンを支援する。このため、米国とパキスタンの支援を受けたイスラム原理主義者と、マスウードらアフガニスタン北部の軍事勢力の間で内乱が勃発するのである。

この内乱は、南部のパシュトゥン人と北部の民族同盟の争いのように理解されることがあるが、実際にはパキスタンと米国による侵略戦争のような様相を呈していた。最初はタリバーンを解放者として歓迎した南部のパシュトゥン人も、タリバーンのあまりの人権を無視した強圧的な支配に反感を抱くようになっていく。しかし、パキスタンと米国の支援を受けたタリバーンの軍事力は圧倒的であり、アフガニスタンのほぼ全土を支配するまでになるのである。


エ タリバーンによるアフガニスタンの支配

しかし、タリバーンのあまりの人権無視の支配の実態に国際社会も気付き始めた。パキスタンはタリバーン政権を直ちに承認し、UAEとサウジアラビアもこれに続いたが、米国のクリントンは当初はタリバーン政権を承認しようとしたものの、国内の人権派の猛反発に恐れをなして承認を見合わせるのである。そして、その後は、どの国もタリバーン政権を承認しようとはしなかった。


オ 米国同時多発テロと米国によるアフガニスタンへの攻撃

ところが、2001年に米国同時多発テロが起きると、状況は一変する。それまで、米国は、同盟国のパキスタンとサウジアラビアがタリバーン政権を支持していることから、タリバーンを支援するという政策をとっていた。米国は、タリバーンが、ウサマ・ビン・ラーディンの率いるアルカイダと同盟関係を結んでいることは分かっており、アルカイダが米国に対してテロを仕掛けているということも分かっていながら、サウジアラビアとパキスタンとの同盟関係を重視したのである。

しかし、さすがに、米国は同時多発テロを行ったアルカイーダとそれに同盟するタリバーンを許すことはできなかった。それでも、最初はタリバーンに対して、ウサマ・ビン・ラーディンを引き渡すように要求する。タリバーンの側も内部の意見を統一することができず、米国に対して、ウサマ・ビン・ラーディンが米国同時多発テロの首謀者だという証拠を示せと言って時間を稼ごうとするが、米国はアフガニスタンを一方的に爆撃することとなる。

ところが、今度は、米国が旧ソ連と同じ立場となって、アフガニスタンの戦争の中で疲弊してゆく。さすがに、旧ソ連のように自国の崩壊には至らないまでも、あまりの自国の軍人の犠牲の多さに耐えられなくなるのである。

そして、2021年には無責任に撤退して、再びタリバーンによるアフガニスタンの支配を許すのである。


カ 誰がアフガニスタンを苦しめているのか

米国は、アラブとの戦争においては、自国の軍人の損害を押さえるために空爆を行うが、これによって多くの無関係の市民が殺害されることとなる。客観的に視て、ソ連、米国、タリバーンは、自派の利益を最優先させることと、アフガニスタンにおいて市民の犠牲をほとんど気にしないという点では一致している。これに対して、マスウードは、極力、市民の犠牲を押さえようと努力してきた。また、アフガニスタンの各勢力の融和を目指そうと努力してもいる。

アフガニスタンの戦争による市民の犠牲は、最初はソ連の侵攻が原因になっているとはいえ、パキスタンとその同盟国である米国が、自国の利益を確保しようと考えずに、経済的な圧力や外交努力によってソ連に対して撤退を要求していれば、市民の悲劇は、はるかに小さなものに抑えられただろう。米国は、ソ連を疲弊させるために、彼らが撤退することよりもアフガニスタンで泥沼の戦闘に巻き込まれることを望んだのである。

また、ソ連撤退後も、アフガニスタンの各勢力の間の調停を最優先させていれば、内戦も起きなかった可能性がある。ところが、タリバーン政権を打ち立てて傀儡先見にしようとしたパキスタンとそれを支援した米国によって、アフガニスタンは内乱状態となったのだ。

その挙句に、タリバーンと同盟するアルカイーダが米国にテロを仕掛け、今度はアフガニスタンを空爆して多くの市民を殺害するのである。確かに、政争に明け暮れ民主的な政権を打ち立てられないアフガニスタンにも問題がないとは言わないが、根本的には、大国の自国中心主義がアフガニスタンの悲劇を生んだというべきであろう。


(3)最後に(蛇足)

正直に言って、この記事をこのサイトに載せるべきかどうかについて、かなり迷った。現代の日本では、政府を批判することが悪いことであるというおかしな風潮があるし、企業の関係者がこのサイトから離れてゆくのではないかと恐れたからである。

しかし、そのように考えて発言すべきことを自主規制してしまうことの繰り返しこそが、民主主義を後退させるのである。そればかりか、イスラエルによるガザでのジェノサイドを許すことにつながるのではないかと考え、アップすることにした。

現在、我々が生きているこの世界において、何の罪もない市民や子供が残忍な方法で殺されているのである。また、イスラエルによって、パレスチナの子供たちが拉致、監禁され、拷問を受けているのである。また、他国での暗殺などの犯罪行為を繰り返している。

それを許しているのは、「文明国」「先進国」の国民の無関心と沈黙なのである。しかし状況は変わりつつある。すでに、ガザでの状況に対して、グローバルサウスのみならず、イスラエルや米国を含む多くの国々で若者を中心に市民が批判の声を上げている。それらの中には、政府から逮捕され、就職先を失っている人びとがいるにもかかわらずである。

ガザのジェノサイドを批判することは反ユダヤ主義ではない。現に少なくないユダヤ人が、ガザのジェノサイドに対して批判の声を上げている。

本稿が、それらの声を上げる人々の一助になれば幸いである。


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映画「アギーレ神の怒り」に学ぶ労務管理の失敗例

映画「アギーレ神の怒り」を題材に、企業の人事管理の禁忌について論じています。




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