心の健康:異常な言動への職場の対応




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困っている男女

※ イメージ図(©photoAC)

心の健康問題で職場復帰してきた労働者が、職場で異常と思える言動をして、職場の同僚や上司が困ることがあります。このような場合、職場としてどのように対処すればよいのか迷うことがあります。

また、このようなことを職場から、総務部門や幹部職員、さらに産業医や主治医に相談することは個人情報保護の観点から許されるのかという疑問を持つことがあります。

このような場合、原則として、他の従業員の場合と区別する必要はありません。職場として、対応するべきは「疾病性」ではなく「事例性」です。ただ、異常な言動が症状から出ている場合は、処罰には一定の留意が必要です。

心の健康問題を有する労働者に異常な言動があった場合の考え方について解説します。




1 心の健康問題による異常な言動

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(1)精神疾患の症状(従来型の疾病)

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心の健康問題に罹患することにより、他の者の眼から見ると異常と思われるような言動が現れることがある。精神疾患の症状として、例えば、うつ病などでは回復期に親しい人に対して攻撃的になって周囲を困惑させたり、また薬の副作用(※)などでもまれに攻撃性などがでることがある。

※ 日本うつ病学界「抗うつ薬の適切な使い方について」(2009年)、厚生労働省医薬食品局「三環系、四環系抗うつ薬等と攻撃性等について」(2009年)など参照。

また、統合失調症などの妄想によるケースや双極性障害(躁うつ病)の躁状態などで、周囲からみて異常と思われるような言動をすることがある。強迫性障害では、極端に仕事の効率が低下したり、遅刻が増えることがある。


(2)非定型うつ病(いわゆる新型うつ病)等

さらに、いわゆる「新しいタイプのうつ病」や「発達障害」などでは、性格的な要素と病気の症状を明確に区別することは困難である(※)が、他罰的(何かあると周囲が悪いと感じる)で、社会人として未熟と思われる言動をすることがあり、詐病と疑われることもある。

※ 「人格障害」では、そもそも性格的な要素と病気の症状を明確に区別することなど不可能である。もっとも、「人格障害」、「新しいタイプのうつ病」、「発達障害」などと記載された診断書が企業に提出される可能性はないだろう。しかし、そのような疾患を有する労働者が存在することは否定できない。

とくに非定型うつ病では好ましいことがあると調子がよくなる(※)ので周囲から詐病と疑われることがある。これについて、貝谷は次のように述べている。

※ 気分反応性といい、少なくともDSM-Ⅳではこれがなければ非定型うつ病とは診断しない。

世間ではまだ知られていないので、単に『わがまま』と見なされ放置されて発見が遅れたり、従来のうつ病の治療法では治らないのですが、正しく診断できる医師も多くはないため、治療を受けてもよくならないという例も見られます。

※ 貝谷久宣他「非定型うつ病が増えている」(ばらんす2009年8月号)

2 職場で対応する場合の基本的な考え方

(1)職場で抱え込まず組織として対応する

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※ イメージ図(©photoAC)

しかし、精神疾患による異常な言動のパターンは千差万別である。それが精神疾患の症状なのか、本人の資質・性格などの問題なのかを職場で区別できるものではないし、また、区別する必要もない。

本人の言動が精神疾患の症状ではないかと思われたり、職場で対応すべき程度を超えているのであれば産業医や人事と相談して企業として対応をとるようにしなければならない。

その後、具体的にどのような対応をとるかは、人事労務の方針や就業規則の規定に基づいて各企業において決定するべきである。


(2)職場で対応するべきは疾病性ではなく事例性

ア 事例性と疾病性とは

職場で対応するときの基本は、「疾病性」ではなく「事例性」を問題にして対応するべきことである。治療すべき病気の症状と本人の資質・性格による問題は区別して(現実には簡単ではないだろうが)対応すべきことに留意しなければならない。

事例性と疾病性については、社団法人日本精神保健会のWEBサイトで大西が次のように説明しているのが参考になる。

事例性とは、「上司の命令に従わない」「勤務状況が悪い」「仕事がいいかげんだ」「周囲とのトラブルが多い」など実際に呈示される客観的事実で、職場関係者はその変化にすぐに気がつくことができます。一方、疾病性とは「幻聴がある」「被害妄想がある」「統合失調症が疑われる」など症状や病名に関することで、専門家が判断する分野です。つまり、職場で何かメンタルな問題を感じた際には、病気の確定(疾病性)以上に、業務上何が問題になって困っているか(事例性)を優先する視点です。

※ 大西守「職場のメンタルヘルス活動の実際(こころの健康シリーズⅣ 職場のメンタルヘルス)」(日本精神衛生会のWEBサイトから)

そして、病気への配慮は必要ではあるが、そのことと異常な言動に対する人事評価・処遇は別問題と考えてよい。むしろ、そうしないと職場のモチベーションを下げることがある。


イ 労働者に異常な言動がみられる場合の対応

労働者に異常な言動がみられ、病気が疑われる場合に職場でとるべき対応について、以下、順次、解説しよう。まず産業医等に面談させ、産業医の判断で専門医に受診させるよう本人に勧めることをまず検討すべきである。すでに専門医で受療している場合は、本人の同意を得て主治医と相談する(場合によっては本人にセカンドオピニオンを勧める)ことも考慮すべきであろう。また、状況によっては、業務軽減、配置転換や休業措置が必要になることもある。

そして、それが病気の症状の結果であろうとなかろうと、例えば遅刻や欠勤が多ければ、そのような事実があるものとして評価し、人事・処遇をすることに問題はない。むしろいわゆる「新しいタイプのうつ病」やアルコール依存では積極的にそうするべきである。


ウ 疾病による異常な言動は治療によって改善され得る

ただ、治療して改善する見込みがあるなら、そのことは斟酌すべきという考え方はあり得よう。そして、統合失調症や境界性人格障害(BPD)も適切な治療が行われれば、家庭の環境にもよるが、かなりの割合で改善され得る。またパニック障害とBPDの合併ではパニック障害が治れば多くの場合BPDも治るし、社会不安障害とBPDの合併についても同様である。


エ 疾病による異常な言動を懲戒することは可能か

判例では、たとえ精神疾患の症状による可能性があったとしても事理弁識能力があれば懲戒の対象とすることは可能であるとするもの(名古屋地判平成9・7・16)がある。ただ事理弁識能力の有無をどう判別するかの問題はあろう。なお、このケースでは業務命令違反、暴言、暴行などのために、雇用を継続することが困難として(普通)解雇が有効とされた。ただ、異常な言動に対して、約6年間にわたって会社が「治療を受けた上で正常な勤務をすることができるように協力してきた」事例であることに留意すべきである。

なお、精神疾患による可能性のある(かつ解雇事由に該当する)異常な言動を理由とした解雇を有効とする判例は多い(東京地判平成9・2・7、大阪地判昭和62年3月16日、東京地判昭和58年12月26日、東京地判昭和57年3月16日など)。

一方、(公務員の例ではあるが)「行為当時、心神喪失の状態にあった者のなした行為」を理由とする「懲戒」免職を無効とする(大分地判平成8年6月3日)ものがあることに留意すべきである。しかし、あまりに懲戒に消極的になることは疾病利得を生じさせることになりかねない。難しい問題であるといえる。


(3)異常な言動の原因が疾病である場合

ア 職場としてとるべき対応(原則)

また、異常な言動が病気の症状だと判明したら、その言動を批判・叱責することは避けるべきである。それは良い結果をもたらさない。例えば双極性障害で躁状態のときの言動を責めると、うつ状態になったときに自己嫌悪から自殺するおそれがある(※)

※ 野村総一郎「双極性障害(躁うつ病)のことがよくわかる本」(講談社 2009年)など参照

もちろん、企業として言わなければならないことは言うしかないが、(メランコリー親和型の)うつ病の急性期などでは、産業医等と相談して控える必要があればそのようにすべきである。

そして、精神疾患であることが判明した場合、治療的な面について職場として本人のためにできることには限界があることを認識すべきである。例えば、パーソナリティ障害が疑われるケースについて上司が積極的傾聴をするなどは避けるべきである。


イ いわゆる「新型うつ」への対応

ただ、いわゆる「新しいタイプのうつ病」の場合は言うべきことは言う(批判ではなく)ことは必要である。例えば上司からの指導を「パワハラ」であると主張する従業員がいる場合、調査して実際にパワハラがあれば適切に対処すべきだが、正当な指導を「パワハラ」と主張しているのであれば、本人にそう伝えるべきである。上司を注意して本人を宥めるなど曖昧な措置をとると、その後上司が部下を指導しにくくなる(※)し、本人にとってもよい結果をもたらさない。

※ 倉成央「あなたの身近な人が『新型うつ』かなと思ったとき読む本」(すばる舎 2010年)

そして、良い意味でも悪い意味でも特別扱いせず、また過剰な対応をしない(振り回されない)ことも重要である。


ウ 労働災害だと労働者が主張する場合

また、うつ病が労働災害であると主張する従業員がいる場合は、企業が業務上外についてどう判断するかにかかわらず、堂々と労働基準監督署の担当者に相談することを本人に勧めたり、場合によっては労災保険の申請の「手続き」に協力すればよい。本人に対して「監督署に申告するな」ととられるようなことを言ってはいけない。そのようなことをすれば、話がこじれるだけである。最初から、公的な第三者機関を絡ませる方がよい結果をもたらす。

労働災害の発生そのものは問題であるが、その申請を問題と考えるべきではない。もちろん、日常から長時間労働やハラスメントなどがないようにしておくべきである。


(4)受診命令、休職命令など

就業規則

※ イメージ図(©photoAC)

場合によっては、問題を判別するための検診命令、治療療養させるための休業、人事管理の観点からの職務転換・配置転換などを行うことも考える必要がある。

ただ、処遇・職位の変更は法的に難しい問題もあるし、メランコリー親和型うつ病の場合など降格により病状が悪化することもあるので、事前に法律の専門家のみならず精神科医とも相談することが望ましい。

さらに、このような問題が発生する前に、検診命令、休業命令、処遇・職位の変更等に関する就業規則の規定を整備しておくことも重要である。


3 個人情報の取扱い

(1)個人情報の取扱いについての基本的な考え方

個人情報

※ イメージ図(©photoAC)

また、この種の問題でのもうひとつの課題であるが、従業員の健康管理・人事管理のために、産業医へその状況を伝えて相談することは、企業の正当な業務行為であり社会通念上合理的な範囲・態様であれば、そのことで個人情報保護の問題が発生することはないものと思われる。

なお、いわゆる「気付き情報」は対象となった労働者にとってはもちろんのこと、気付いた職員が特定できる場合はその職員にとっても個人情報となる(※)のでその取扱いは慎重にすべきである。

※ 少なくとも、厚生労働省の「労働者の健康情報の保護に関する検討会報告書」(2004年)は、メンタルヘルスに関する健康情報について「周囲の『気付き情報』の場合、当該提供者にとっても個人情報であり、当該提供者との信頼関係を維持する上でも慎重な取扱いが必要となる」としている。

しかし、職場の上司・同僚のいわゆる「気付き情報」を人事部門に伝えることが個人情報保護の観点からは問題ではないかとの疑問をもたれることがある。もちろん気付き情報の内容が業務遂行に関するもの(遅刻欠勤が多い、不要な残業が増えた、生産性が低下した、決断力が異常に落ちたなど)であれば(※)、これを必要な部署に伝えることは正当な企業活動であるから個人情報保護の問題になることはない。また、内閣府は「同一の事業者の内部での個人データの提供は、『第三者提供』には該当しない」としている。

※ 企業活動に影響を与えうる個人の事情そのもの(家庭内の不仲、家族の疾患、交通事故の発生等)については、本人が積極的に企業に伝えて配慮を求める場合は別として、慎重に対応するべきである。


(2)職場で問題を抱え込むことの問題

産業保健的な観点からは、精神疾患が背景にある問題行動を顕在化させないようにすることが、結果的に問題行動に手を貸す(イネーブル)ことになり得ることに注意すべきである。

例えば飲酒による業務上の失敗を職場で内々に処理してしまうことが、問題飲酒の手助けをする結果となることなどである。それは本人にとっても企業にとっても長期的には良い結果をもたらさない。

また、本人が特定できないようにした上であれば(特定する必要もないが)、外部の精神科医や労働法の専門家等に意見を聴くことは、個人情報保護の問題にはならない。


(3)個人情報保護法の問題となり得ること

本人の主治医と相談することは個人情報の第三者への提供に当たると考えられ、原則として本人の同意が必要である。

とはいえ、本人の異常な言動がみられる場合、本人の同意を得ることが困難であることも考えられよう。もちろん、人の生命、身体または財産の保護のために必要があるときは同意なく主治医へ情報提供することも個人情報保護法には反しない。

しかし、何をもって「必要がある」と言い得るのかという問題はある。また、個人情報保護法に反しなければただちに「違法ではない」というわけでもない。本人の同意をとらずに主事と連絡を取ることは、慎重に行うべきである。

なお、判例で、「Y(事業主側:引用者注)がX(労働者:引用者注)の主治医に対して手紙を送付し、その内容がXのプライバシーに関するものであり、また、Xに対する不当な非難を含んだものであったことにより、精神的苦痛を被ったとして、不法行為による損害賠償請求」をXがYに対して求めた事件の控訴審で、次のように述べて原審を破棄しXの訴えを一部認めたものがある。

第三者が当該診療契約に関して情報提供等の方法により関与することが許されるのは、患者の同意があり、かつ、医師が相当として認めた場合に限られる

※ 名古屋高判平成19年6月14日

4 最後に(結論)

最後になるが、心の健康問題として職場で異常な言動をとるものがいる場合、次のようなことに留意して対応をとるべきであることを繰り返しておきたい。

【異常な言動に対する対応】

  • 職場で対応すべきは、事例性であって疾病性ではないことに留意すること。
  • 職場で、疾病の症状について対応しようとなどと考えないこと。傾聴なども原則として避ける必要がある(※)
  • 異常な行動を職場で抱え込まず、組織として対応すること。できる限り、法律および医学の専門家と相談して対応すること。
  • 対外的に個人情報を伝える場合は、原則として本人の了解を得ること。
  • 本人が、公的な機関へ訴えると言った場合、止めないこと。かえって、最初から公的な機関をからませる方が良い結果をもたらす。不祥事だと考えて下手に隠そうとしない方がよい。

※ 自殺をほのめかす職員に対して、緊急措置として傾聴をすることは考えられるが、その場合もできる限り早く専門家へつないで抱え込まないこと。傾聴の際に、「誰にも話さない」などと約束してはならない。


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