職場復帰における試し出勤と労働者性




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体調不調の仲間を気遣う女性

※ イメージ図(©photoAC)

心の健康問題によって休業した労働者の職場復帰に当たり、試し出勤の期間中について、労働者との契約的な関係をどのように理解するべきでしょうか。

賃金を支払う義務はあるのでしょうか。また、事故にあった場合の労災補償はどのようになるでしょうか。これについて、一部の職場に混乱がみられるようです。

試し出勤とはいえ、事業者(上司)の命によって仕事をさせるのであれば、賃金を支払う義務は生じますし、事故にあった場合は労災補償も行われます。

なお、賃金の額は、就業規則や雇用契約に従えばよいのですが、最低賃金を下回ることは許されません。また、少なくとも業務量に見合う額にするべきであり、社会通念に反するような低賃金とすることも許されません。

これについて、詳細に解説します。




1 試し出勤の性格と労働法令の適用

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治療を受ける女性

※ イメージ図(©photoAC)

厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(職場復帰支援の手引き)に示された「試し出勤」は、手引きでは正式な職場復帰前に職場復帰について判断するなどのために行うものとされている。労働者のリハビリのために行うものではないのだ。(※)

※ 労働者のリハビリのために行うのであれば、それは労働者の一方的な利益のために行うということになる。従って、賃金を支払わないという判断もあり得るかもしれない。しかし、会社とは、賃金を受けて仕事を行う場所であって、リハビリを行うための施設ではない。

職場復帰支援の手引きによる試し出勤の位置づけは次図のようになっている。すなわち、試し勤務の間の労働関係法令の適用の有無は個別判断とされている。

職場復帰支援の手引きによる職場復帰の流れ

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ただし、試し出勤中は、上司などの指揮命令を受けて職務を行うケースが多いと思われる。手引きには「作業について使用者が指示を与えたり、作業内容が業務(職務)に当たる場合などには、労基法等が適用される場合があることや賃金等について合理的な処遇を行うべきことに留意する必要がある」と明記されている。

そして、労基法の適用があれば(※)、同法に基づき、就業規則(契約)に基づく賃金支払い義務や、災害が発生したときの労災補償義務等が生じることは当然である。

※ 労基法上の労働者に当たるか否かの判断基準としては、昭和60年12月19日労働基準法研究会第一部会「労働基準法研究会第1部会報告(労働契約関係)」(大阪労働局による抜粋)があり、試し出勤の場合についても同法適用の有無の考え方で参考になる部分がある。


2 試し出勤そのものは労基法の適用とは無関係である

労働基準法

※ イメージ図(©photoAC)

ただ、試し出勤とは何か(定義)ということになると、手引きには目的(職場復帰の判断等を行う)と時期(職場復帰の前)の2点が示されているのみである。(制限された)仕事を行うとはされていないのだ。

そして職場復帰支援の手引きの記述からも明らかだが、この2点(目的と時期)は労基法の適用を肯定または否定する根拠とはならない。そもそも職場復帰は企業内部の手続きに過ぎず、その前か後かということは、労基法の適用の有無とは直接には結びつかない。なお、雇用契約上の地位については、適用される就業規則条項等が一部変わるケースはあるにせよ、その前後で基本的に変わりはない。

結論を言えば、労基法等の適用の有無は、試し出勤の内容から個別に判断するしかない(※)。ただ、この判断は意外に難しいものである。自社の試し出勤が、労基法等の適用があるか否かが明確でなければ、弁護士、社会保険労務士等の専門家や労働基準監督署に相談することも考えられよう。

※ 「リハビリ出勤」中の労働者性については、行政も「個別判断」としている。例えば平成16年3月26日に行われた「第13回精神障害者の雇用の促進等に関する研究会」において、報告書原案にあった「リハビリ出勤中の障害者の労働者性についての疑義が生じ易い」という表現(最終的には報告書から削除された)について、委員からの「雇用しているということであれば、労使関係性はあるだろう(中略)労働者性を認めた上での関係が前提だ」との発言に対し、事務局(厚生労働省)は「労働者性の判断というのは、雇用されていればそれであるかというと、使用従属性であるとか、賃金が払われているかどうかというような点があるので、例えば、労災が起きた時に、その申請があってそれについて個別に判断する形になっている」と答えている。

経営者はこの点について、例えば平成17年5月19日の第162回国会厚生労働委員会(第24号)において、日本経団連からの輪島参考人が「例えば、職場復帰をする際、休職期間が満了をする前に、試し出社であるとか、リハビリ出勤というような名称で企業独自に職場復帰のためのプログラムを用意しているケースがございますけれども、いかんせん、その期間は休職期間というようなことで、例えば、そのときに労災事故があったり、通勤災害があったりということになりますと、そこはカバーし切れないというようなこともございまして」としているように、多くの事業者が「リハビリ出勤」中は災害補償等がされないのではないかとの問題意識を持っておられるようである。

なお、やや古いデータではあるが、2007 年の関西生産性本部の調査によると、「試し勤務」や「慣らし勤務」を治療の一環と考えている企業が多い状況がうかがえる。

企業は「治療と就労の境界」をどう捉えているか

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しかしながら、試し勤務や慣らし勤務を治療と考えていると、この段階での処遇に問題が生じることも考えられる。また、災害があっても労災にならないと考える企業があると労働者の適切な補償に支障をきたすことなどが危惧されよう。


3 試し出勤で労働法の適用を外すことは難しい

本を読む女性

※ イメージ図(©photoAC)

企業によっては、出退勤を完全に労働者の自由に任せ、作業等も労働者の自由意思に委ねることによって、労基法の適用を外そうとするケースもあるようだ。しかし、そのような場合であっても、労働者としても完全に自由にはできない(※)だろう。

※ 例えば、三柴丈典「メンタルヘルス休職者の職場復帰に関する法的検討」(労働基準広報1626号~1631号)2008年も同趣旨の指摘をしている。

また、労働者が作業をしていれば、使用者がそれを指示していないにせよ、許容していることも明らかである。例えば、岡山地判平成14年9月11日などいくつかの判例は、使用者が作業を許容している場合を業務と判断しているのだ。

また、現場の管理監督者や同僚が実質的に仕事を指示すると法的には「労働を行っている」とみなされることになる。試し出勤中は一切仕事をさせないという企業もあるが、仮に賃金支払い義務は生じないとしても災害発生時の労災補償についてはどうだろうかとの疑問は起こり得る(※)。またそもそもそのような状態で「試し」としての意味があるかという疑問もあろう。明確に勤務であると位置付け、業務命令で出勤させ、仕事をさせた上で適切な処遇をすることも選択肢のひとつであろう。

※ 賃金が支払われていない時間帯の災害であることは、ただちに労災補償の対象とならないことを意味するわけではない。やや分かりにくい表現だが、労基法にいう労働を行っていないとき(賃金が支払われていない時間帯)の事故であっても、社員食堂での食中毒、出張中の宿泊施設の火災による負傷など、その災害が(労働者が労働契約に基づいて)事業主の支配・管理下または支配下にあることによる危険性が現実化したものだと経験上認められれば労災補償すべきことになる。

そして、試し出勤も、態様によっては雇用契約に基づいて事業主の支配・管理下にあるとはいえるように思える。そうであれば、作業を行わせなくとも、(通常の休憩時間と同じように)事業場施設の利用に起因した災害や、用便、飲水等の行為に起因した災害については労災補償すべき場合があり得よう。

なお、模擬出勤、通勤訓練について「運動競技の練習(平12・5・18基発366号)」との共通性を指摘するものがあるが、仮に共通性があるとしても、現実にはこの通達の基準に該当するようなケースはほとんどないのではなかろうか。また、通勤訓練については「通勤」の訓練であるという違いもある。

現実には、次図に示すように、試し出勤期間中であっても賃金が支払われるとする企業が6割を占めている。

試し出勤中の給与等の支払いの状況

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4 試し出勤を労働と扱うことで、労働者に不利になることも

ところで、試し出勤を勤務扱いにすると労働者にかえって不利になるのではないかという疑問がある。例えば、病気休業の前には有給休暇を使いきっていることが多いので、(制度によっては)試し出勤の期間中に体調不良で休むと欠勤扱いになるという問題を生じることがある。また、遅刻・早退・欠勤があっても欠勤扱いしないが報酬は時間給で支払うという制度にすると、試し出勤をする(労務に服する)と傷病手当金が打ち切られる(※)。通常は時間給はかなり低い金額に定められるので、働き出すと収入が減るという実務上の不合理を生ずることがある。

※ 健康保険法第108条の規定を見て誤解する向きがあるが、傷病手当金は同法第99条により「療養のため労務に服することができないとき」に支給されるものなので、労務に服することができれば報酬が傷病手当金より少なかったとしても支給されない。

ただ、「被保険者がその提供する労務に対する報酬を得ている場合に、そのことを理由に直ちに労務不能でない旨の認定をすることなく、労務内容、労務内容との関連におけるその報酬額等を十分検討のうえ労務不能に該当するかどうかの判断」 )をするので、試し出勤で報酬を得れば必ず傷病手当金が支給されなくなるということではないが、実務では半日勤務をすれば受けられなくなる扱いがされているようである。

欠勤の問題は企業がどのように取扱うかの問題であるが、実務上は、休業に入る前に有給休暇をすべて行使せず一部でも残しておくようにすることで、復職後などに体調不良で休んでも欠勤扱いにならないようにすることができる。また、試し出勤中に賃金等を支払う場合は、(手引きに定められているように)合理的な(労働契約法第7条)ものとするべきであろう。


5 試し出勤の際の賃金をどのように定めるべきか

この期間の賃金をどのように定めるべきかについて言及する文献は現時点ではほとんど見当たらない。岩出(※)は就業規則に「復職可否認定のために医師の指示の下に試行されるリハビリ勤務(中略)の間の給与については就労実態に応じて、無給ないし時間給等、そのつど、企業の定めるところによるものとする」と定めることを勧める。

※ 岩出他「判例にみる労務トラブル解決のための方法・文例」(中央経済社 2006年)

しかし、手引きの試し勤務の場合は、医師の職場復帰可の診断が前提となっており、また筆者はある程度の就労をしなければ「試し」にならないと考えている。そしてこれを前提にする限り、賃金は労働契約の重要な要素であるから試し勤務とはいえ「そのつど企業が定める」とするべきではないだろうし、「無給ないし時間給」とするべきでもない。行う仕事の内容に応じた合理的なものとすべきであろう。なお、就業規則に特別な定めがなければ休業前の賃金と同じ(定昇等も反映させる)にするしかない。これについては加茂(※1)、原他(※2)も同旨のようである。

※1 加茂善仁「労災・安全衛生メンタルヘルスQ&A」(労務行政 2007年)

※2 原哲男他「会社の健康リスク対策は万全か」(株式会社フィスメック 2006年)


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