病気休職の職場復帰は、完治後ではない




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診断を受ける女性社員

※ イメージ図(©photoAC)

心の健康問題によって休業している労働者について、職場復帰するのは「完治」したときだと考える事業者がいます。職場復帰可能という主治医の診断書に不信感を持つ事業者もおられ、悩ましい問題です。

しかし、心の健康問題に限らず、疾病で休業した労働者を職場復帰させるのは、法的にも医学的にも「完治」した時点ではなく、働く能力が回復してきたときと考える必要があります。

厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」は「(職場復帰の対象は)医学的に業務に復帰するのに問題がない程度に回復した労働者(すなわち軽減又は配慮された一定レベルの職務を遂行でき、かつ、想定される仕事をすることが治療上支障にならないと医学的に判断されるもの。)」」を対象にするとしています。

完治して、通院、服薬をしていないことを、職場復帰の要件にすることは、法的にも医学的にも望ましい結果をもたらしません。

なぜ、職場復帰の要件に「完治」を求めてはならないのかについて、解説します。




1 心の健康問題による休業者の職場復帰の時期

執筆日時:


(1)職場復帰の時期についての原則的な考え方

職場で悩む女性と同僚

※ イメージ図(©photoAC)

心の健康問題に限らず、疾病で休業した労働者を職場復帰させるのは、法的には「完治」した時点ではなく、働く能力が回復してきたときと考えるべきである。厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(職場復帰支援の手引き)でも、産業保健の観点から、(職場復帰の対象は)「医学的に業務に復帰するのに問題がない程度に回復した労働者(すなわち軽減又は配慮された一定レベルの職務を遂行でき、かつ、想定される仕事をすることが治療上支障にならないと医学的に判断されるもの。)」とするとしている。

産業保健の立場からみた望ましい職場復帰の時期の考え方として、島は、うつ病からの職場復帰の時期について次のように述べる。

病状が回復していることが必要条件となり、うつ病では抑うつ関連症状の消褪が指標となる。完全寛解であることが望ましいが、実際には多少症状が残存していても復職可能とすることが多い。また病状の回復から一定期間精神状態の安定していることが必要であり、この期間として最低4週間は欲しいところである。主観的評価としては概ね80%程度を目安とすることが多い。また生活リズムが従前に復していること、活動性(身体活動・精神活動)などは復職可能の判断根拠として重要である。

※ 島悟「職場復帰支援について」(第129回日本医学会シンポジウム記録集 2005年)

あくまでも、ここでの尺度は再燃・再発をしないためにどこまで回復しているかである。なお、専門家はうつ病に関して「治癒」または「完治」という用語を用いないことも多い。


(2)職場復帰の条件に「完治」を求めることの問題

通院しながら職場復帰することを拒否するのは、就労の機会を奪うばかりか、本人の自己判断による通院・服薬の中止につながりかねず、早すぎる服薬の中止は再発の原因となり得る。

These ME et al.は、うつ病の(急性期治療の後の)継続治療について以下のように説明し、再発防止のため服薬等の継続の重要性を説いている。(以下)

  • 強力な治療時期が終わり治療反応が十分得られると、継続療法期に入ります。この時期の服薬量は変化せず、通院回数も減ってきます。この時期の治療目標は(1)再燃の予防(2)寛解への変換です。
  • 寛解とは病前の機能レベルに達することである。4~6カ月間寛解状態を続けた患者はこのうつ病から回復したといいます。継続療法を受けない患者の再燃率は初回のエピソ-ドであっても再発性うつ病と同じくらい高い頻度です。
  • 再燃は治療開始から継続療法が終了するまでの間にうつ病症状が症候レベルまで増加した状態です。
  • 薬物療法の経験的研究レビューによれば、再燃は治療反応が最高レベルに達した後の4カ月間に断薬した場合特にその頻度が高く40~60%に達する。一方、継続療法期の再燃率は10~20%である。ピッツバーグ大学の研究では、IPTと薬物療法を併用し、4ヶ月の観察では再燃率は5%であった。継続薬物療法ではノンコンプライエンスの問題がある。この原因として副作用がある。
※ These ME, Sullivan LR(貝谷久宣 訳)「Relapse and Recurrence of Depression. A pratical approach for prevention.」(CNS Drugs 4: 261-277 1995年)

※ 医療法人和楽会のWEBサイトより引用した。なお、引用者において箇条書きとした。

一般に精神疾患では、寛解してからも再発防止などのために一定の期間(場合によっては一生)服薬する必要がある。薬をやめるときも、いきなりやめるのではなく様子をみながら徐々に減らしていく。職場としても、職場復帰後の通院や服薬に配慮することが重要である。また、復帰後に症状の波があらわれることもあるが、通院していれば職場としても安心することができよう。

休業する労働者に善意で「ゆっくり休養して、完全に治ってからまた働くようにしましょう」と言ったところ、完全に治らないと受け入れてもらえないとプレッシャーを感じてしまったというケースもある。「完全に治ること」を職場復帰の条件にすることは、様々な面で問題があると考える必要がある。


2 医学的な判断と法的な判断の衡量こうりょう


(1)メランコリー型のうつ病

もちろん、メランコリー親和型の大うつ病など(※)では、医学的な観点からは再発・再燃を避けるために十分な休養期間を取り、症状がなくなってから復職することが望ましいことはいうまでもない。現実に、職場復帰をあせったために再発するというケースも多いのである。

※ いわゆる「新しいタイプのうつ病」では早めに復帰させる方が良いという考え方もある

しかしながら、いつ職場復帰をするかは、医学的に望ましいという観点からだけで判断できるものではないことも事実である。労使間で職場復帰の時期に争いがあるような場合には、専門家に相談したり、判例等を参考にすることが必要な場合もあることに留意すべきである。


(2)心の健康問題全般について

一般論として職場復帰の時点は、可能な範囲で本人の状況・希望、主治医の意見、職場の状況などを調査し、産業医の意見も聴き、安全配慮義務を含めた雇用契約の観点をも考慮し、職場復帰判定委員会を開催して判断するということになる。また、事前に職場としても受け入れ態勢を整えることが重要であるしあらかじめ職場復帰に関する企業のルールを定めて周知しておくことも必要である。

この点、久保木は、第6回日本うつ病学会総会の会長講演の中で、軽症うつ病からの職場復帰に際しての留意点として、次の事項などを挙げている。

  •  職場の受け入れ態勢を整える
  •  原則として今までの職場に復帰させる
  •  出勤開始はまずあいさつから
  •  できれば1、2週間の定時出勤訓練をする
  •  復職後3カ月は終末気分動揺に注意する
  •  早すぎる服薬中止に留意する
  •  病気の経験を何らかの形で生かしてもらう
※ 久保木富房「軽症うつ病とその対応‐第5回日本うつ病学会総会会長講演より」(予防医学第434号 2009年)

※ 引用者において箇条書きとした。なおこれについては、笠原も「軽症うつ病」(講談社現代新書 1996年)中でほぼ同様なことを述べている。


3 最後に

疲れている女性

※ イメージ図(©photoAC)

以上、みてきたように、病気休職からの職場復帰に、「完治」を求めてはならない。

職場復帰をさせるのは、職場復帰をさせても医学的に問題にならない時点とすることが理想である。

とはいえ、本人にとって生活の問題もあり、働かざるを得ない状況となることもあろう。その場合、産業医などの意見と、主治医の診断書、企業内の法務部門の意見が異なることもあろう。また、復帰させるべき職場の責任者が異なる意見の場合もあり得よう。

最終的には、事業者(又は最終決定権を有する者)が、これらの意見を比較考量して決定せざるを得ない。


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