心の健康問題:職場と主治医の関係構築




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医療スタッフ

※ イメージ図(©photoAC)

厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」は、休業している労働者の主治医との連携が重要であるとされています。

現実に、心の健康問題を有する労働者について、就業上の支援を行ったり、適切な労務管理を行うためには、主治医からの情報が必要になる場合があります。また、主治医に対して労働者の職務の内容や、可能な職務上の配慮について伝えることも必要です。

主治医との良好な関係を構築するために必要なことについて、金銭面も含めて解説します。




1 初めに

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(1)主治医もまた事業者との連携を望んでいる

協議をする医療スタッフ

※ イメージ図(©photoAC)

主治医は医師として刑法上の守秘義務を負っており、企業への情報提供に慎重にならざるを得ない面はある。しかし、多くの主治医は事業場に対して連絡をすることが望ましいと感じ、実際にそのようにするケースも多い。

多くの企業の人事労務担当者が主治医との連携が困難と感じている。しかし、実を言えば主治医の側も反転した悩みを有しているのである。五十嵐の精神科診療所への調査でも、そのような結果が出ている。

精神科診療所の9割以上の精神科医がうつ病休職者が増えていると感じており、復職前の治療や支援では、主治医が事業場の健康管理部門などに連絡し注意点を伝えることが7割を超えており、復職支援に高い関心があると考えられた。復職時・復職後に主治医として困ることは、①復職可能性の判断、②復職後の再休職、③不十分な回復にもかかわらず本人・家族の復職希望への対応、④会社との連携困難、の4項目であった。これらは相互に関係があり、主治医としても的確な復職判断が必要との認識を示していた

※ 五十嵐良雄「精神科診療所におけるうつ病・不安障害で休職する患者の実態とリハビリテーションのニーズに関する調査研究」(2008年)

現実には、企業が復職のプロセスで抱えている問題として、日本生産性本部の上場企業に対する調査(図)によると、「主治医との情報交換が難しい」が53.8%ある。手引きで強調されている主治医との連携(情報交換)も現実には進みにくいようである。

復職のプロセスで抱えている問題

図をクリックすると拡大します

では、主治医との連携を図るためにはどうするべきだろうか。


(2)本人同意の重要性

まず、主治医から労働者の健康情報を得る前に、本人から主治医への事前の同意がないと、主治医としても個人情報を会社へ提供することはできない。このため、対象となる労働者本人に対して、主治医への同意書を提出するよう依頼することが重要である。

なお、法的には必要はないが、本人とのトラブルを避けるためにも、このちき併せて事業者の側としても本人の同意をとっておくべきである。これについては、厚生労働省の次の通達を参照されたい。

事業者が、労働者から提出された診断書の内容以外の情報について医療機関から健康情報を収集する必要がある場合、事業者から求められた情報を医療機関が提供することは、法第 23 条の第三者提供に該当するため、医療機関は労働者から同意を得る必要がある。この場合においても、事業者は、あらかじめこれらの情報を取得する目的を労働者に明らかにして承諾を得るとともに、必要に応じ、これらの情報は労働者本人から提出を受けることが望ましい。

※ 平成29年5年29日 個情第749号 基発0529第3号「雇用管理分野における個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項について(通知)

(3)産業医を通すことによるメリット

また、企業側の窓口を産業医とすると、医師としての守秘義務を負っていることなどから、主治医としても安心できる。さらに、医師が窓口になることで、医学的な内容の意思の疎通がスムーズになるというメリットもある。

日本生産性本部の上場企業に対する調査(図)で、休業者の主治医にコンタクトをとる担当者について調べている。これによると人事担当者が39.7%と4割近くを占め、産業医は22.3%となっている。1,000人未満の企業では産業医が主治医とコンタクトをとる割合が6.1%ときわめて低い。1,000人未満の企業では専属産業医ではない可能性が高い(1,000人以上の事業場と特定の有害業務がある500人以上の事業場以外は専属とする義務はない)と思われるが、非専属の産業医は、職場復帰支援に当たって主治医とコンタクトをするような役割までは担っていないことが多いということであろうか。

主治医と連絡を取る担当者

図をクリックすると拡大します

可能であれば、主治医との窓口を産業医にすることも検討されるべきである。


2 主治医の立場

(1)主治医の基本的な立場の尊重

ア 情報の使用目的等の明確化

主治医が患者の利益のために行動することは当然である。患者の不利益になるようなことを会社に伝えることはできない。

主治医に対して、以下の事項を伝えることにより、労働者の利益になることを説明する必要がある。なお、主治医の立場を考慮すれば、情報の使用目的は、休業・復職に関し職場で配慮すべき内容を決めることが中心になるべきである。

【主治医に伝えるべき事項】

  • 主治医から得た情報が企業の中で伝わる範囲
  • 主治医から得た情報を使用する目的

イ 主治医と本人の関係の尊重等

打合せをする男女

※ イメージ図(©photoAC)

また、主治医は患者との信頼関係を壊したくないと考えている。本人のいないところで主治医と話したいと思うこともあるが、主治医が本人立ち会いを求めるときは情報交換の場に本人を立ち会わせる(三者面談)べきである。

そもそも主治医が、それを情報提供の条件とするなら、会社としてはそれを尊重するしかないのである。

さらに、情報提供を受けるにあたって、一定の節度は必要である。具体的な医療行為の内容に踏み込んではならない。そのようなことは、医師の守秘義務を犯すことになりかねないばかりか、必要のない個人情報の収集でもあり、また専門家である医師に対して非礼な行為というべきである。

例えば、主治医に対して「情報提供依頼書」などの文書を渡して必要事項の記載を求めることはともかくとして、疾患名の欄に ICD-10(※) のコード、医薬品の処方の内容、具体的な治療法の記載を求めるようなことは、通常は行ってはならない。

※ ICD-11 は、日本では準備中である。


(2)主治医に対する情報提供

さらに、主治医も職場復帰の判断のために企業側の情報を求めていることに配慮するべきである。手引きでは、次のようにされている。また、本人の同意が得られれば、職場での本人の状況を伝えることも効果的である。こうすることにより主治医から得られる情報の精度が増すとともに、情報交換が主治医にとっても役に立つものとなる。

事業場内産業保健スタッフ等や管理監督者それぞれの立場や役割、病気休業・試し出勤制度等・就業上の配慮などの職場復帰支援に関する事業場の規則、プライバシーに関する事項、事業場で本人に求められる業務の状況について十分な説明を行うことが必要である

※ 厚生労働省・中央労働災害防止協会「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き

なお、三重産業保健推進センターが、三重県内の精神科医、心療内科医等への調査を行っているが、職場復帰に当たって必要な情報として次のように報告している。

複数回答であるが、『復職後の業務の内容』が55件、87.3%で最も多く、次いで『勤務形態および勤務時間』が54件で85.7%、『職場の人間関係』が41件で65.1%、『その他』として6件で9.5%であった。『その他』の内容として、人事異動の見込み、職場復帰までに可能なプロセス(たとえば、試験出社や、リハビリ勤務の管理などの職場のサポート体制)などが必要との意見もあった

※ 三重産業保健推進センター「産業医と主治医の連携を強化するための条件整備に関する調査研究」(2008年)

また、原谷他は、次のように述べ、主治医に伝えておくとよい内容として、以下の事項を挙げている。

事業場および本人に関する情報は、主治医が治療を行う上でとても有益なものです。地域精神科医・医療機関に紹介するときに、次のような情報を主治医に伝えておくとよいでしょう。また、主治医は労働者が実際にどのような職場環境で働いているのかをイメージしにくいので、可能であれば職場の写真や会社紹介のパンフレットなどを提供すると理解を深めていただけます

※ 原谷他「産業医・健康管理担当者のための地域精神科医・医療機関との連携マニュアル」(2007年)

【主治医に伝えておくとよい内容】

  • 事業場や部署、本人の業務内容
  • 事業場内産業保健スタッフや管理監督者に関する情報(立場、役割など)
  • 病気休業や職場復帰に関する社内の規則
  • 取得できる休業期間や休職時の給与などの取り扱いに関する情報
  • 有害環境への曝露状況

(3)経営への配慮

医療スタッフ

※ イメージ図(©photoAC)

主治医も医院の経営にかかわっていることに配慮すべきである。医師の手間に対する経費負担はしなければならない。これについては主治医の側からは言い出しにくい面もある。事前に金額等を決めておくと医師も安心できる(※)

※ 日本人は、金銭のことを言うと失礼と思うのか、事前に謝金について説明せず、事後に謝礼を渡すケースがある。しかし、情報交換とはいえ、お互いに仕事として行うのであるからビジネスである。謝金をどうするかは事前に告げるべきである。

なお、やや古い情報であるが、鈴木(※)は、主治医への企業からの聴取り調査への謝礼について、「地域の医師会の考えでは、30分程度の面談は1万円の支払いが妥当となっています」としている。

鈴木安名「職場復帰のポイント」(労働の科学64巻10号 2009年)

また、面接は迷惑のかからない時間帯に、無理のない範囲で行うようにし、必ず事前に予約をとるべきである。


3 最後に

打合せをする男女

※ イメージ図(©photoAC)

主治医との連携を図るにあたって、主治医には守秘義務があり、また、患者との信頼関係を保つ必要がある。事業者からみて、主治医からの情報が十分に得られないと感じられたり、情報が信じられないと感じられるケースがあることも現実であろう。

しかし、心の健康問題で休業した労働者の職場復帰とその後の支援を行っていく上で、主治医と事業者の関係が円滑に行えるかどうかは、きわめて重要である。

主治医には主治医の立場があることを十分に理解した上で、適切な関係を構築することが必要である。


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