業務制限の指示に本人が同意しない場合




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悩む女性

※ イメージ図(©photoAC)

心の健康問題を有する労働者に対して、本人への配慮と安全配慮義務の観点から、産業医と協議する等により、業務の軽減を指示することはあり得ます。

しかし、本人は、同僚への気兼ね、キャリア形成への葛藤、収入減少への不安などから、業務軽減を望まない場合もあります。医学的にも、軽減された業務(軽い仕事)がかえってストレスとなることはあり、必ずしも疾病の治療等の観点からプラスになるとは限らず、主治医も業務の軽減が必要とは考えていないこともあり得ます。

業務の軽減について、職場、産業医、本人、主治医等の考えが異なる場合に、事業者としてどのように判断するべきかについて解説します。




1 心の健康問題を有する労働者の本人希望と必要な配慮

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(1)会社の指示する軽減業務に労働者が同意しない場合

迷いながらも上を向こうとする女性

※ イメージ図(©photoAC)

心の健康問題によって休業した労働者のみならず、休業に至らないまでも心の健康問題を有する労働者に対しては、一定の配慮としての業務の軽減を行うことがある。これは、安全配慮義務の履行という観点からも重要となる。

しかしながら、メランコリー型のうつ病などの場合、仕事であまり負荷がかからないよう配慮すると、本人にとってかえってストレスになることがある。とりわけ、同僚が激務で大変な中で自分ひとりが楽をすることになると、周囲の移行が気になるということもある。

業務軽減については、産業医は一定の業務軽減が必要だとしても、主治医は業務軽減を不要としたり、業務軽減は必要にしても産業医の考えほどには必要はないとすることもある。

とりわけ、本人が、同僚への気兼ねだけでなく、キャリア形成への葛藤や、収入減少への不安などから、業務軽減を望まない場合には、不利益取扱いとの区別が難しくなることもあり、難しい判断が求められる。


(2)不利益取扱いと配慮

もちろん、不法な意図によって行われる不利益取扱いは法的に違法性を有することがあるが、疾病への配慮や安全配慮義務の目的で行われる業務軽減はむしろ推奨されるべきであり、それを行わないことがかえって違法性を帯びることさえある。

問題は、なにが必要な業務の軽減なのかについて、職場、産業医、本人、主治医等の考えが異なる場合に、事業者としてどうするべきかであろう。

なお、厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」は、不当な動機・目的をもってなされたと判断されるような配置転換又は職位(役職)の変更を命じることを禁止している。

8 心の健康に関する情報を理由とした不利益な取扱いの防止

(1)事業者による労働者に対する不利益取扱いの防止

   事業者が、メンタルヘルスケア等を通じて労働者の心の健康に関する情報を把握した場合において、その情報は当該労働者の健康確保に必要な範囲で利用されるべきものであり、事業者が、当該労働者の健康の確保に必要な範囲を超えて、当該労働者に対して不利益な取扱いを行うことはあってはならない。

   このため、労働者の心の健康に関する情報を理由として、以下に掲げる不利益な取扱いを行うことは、一般的に合理的なものとはいえないため、事業者はこれらを行ってはならない。なお、不利益な取扱いの理由が労働者の心の健康に関する情報以外のものであったとしても、実質的にこれに該当するとみなされる場合には、当該不利益な取扱いについても、行ってはならない。

①~③ (略)

 不当な動機・目的をもってなされたと判断されるような配置転換又は職位(役職)の変更を命じること。

 (略)

(2)(略)

※ 厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針

※ 下線強調は引用者による。

もちろん、配置転換又は職位(役職)の変更に至らない場合であっても、不当な意図をもって収入の著しい現象を伴うような業務の軽減や「見せしめ」的な軽作業を行わせれば、違法と解されることはいうまでもない。

だが、事業者としては善意だったとしても、労働者が違法な措置だと受け止めることはあり得る。その場合、事業者としては、どのように対応するべきだろうか。


2 業務軽減の「配慮」をどのように行うべきか

(1)考え方の原則

疲労している女性

※ イメージ図(©photoAC)

先述したように、職場復帰してきた当初に、仕事であまり負荷がかからないよう配慮することで、本人にとってかえってストレスになることはある。しかし、本人が配慮を拒否したからというので元の通りに仕事をさせると、場合によっては再発・再燃につながることがある。

心の健康問題を有する労働者への仕事の負荷は、専門家の指示に従うことが望ましく(※)、産業医が業務を軽減するべきとしているのであればそのようにするべきである。元のレベルの仕事に戻すのは、産業医と相談した上で、職場復帰支援プランに従って段階的に行うようにする方がよい。

休業していた事例ではないが、従業員を診断した嘱託医が作業軽減を会社に指示したにもかかわらず、会社が格別の指示をしなかったために従業員が筋々膜性腰痛にり患したというケースで会社の安全配慮義務違反を認められた例がある(東京地判平成3年3月22日)。


(2)トラブルにつなげないために

トラブルにつなげないためには、本人に対して、納得できるように説明することが重要となる。

メランコリータイプのうつ病では、再発・再燃すれば本人が困るだけでなく、職場にも迷惑をかけるとの説明が有効なことがある。軽減された業務に従事することが企業に対して果たすべき責任でもあると説得するのである。

また、業務軽減は、専門家(産業医)の判断であり、恒久的なことではないと説明することで、本人が前向きになることもある。その場合、特別扱いしているわけではないと示すことが効果的である。

さらに、一時的に軽減された業務に従事したが、その後、重要な職務についた前例を示すと効果的なこともある。また、高橋(※)は、うつ病からの職場復帰に関して、心の健康問題だけではなく身体疾患でも同じだと説得すると納得されることがあるという。

あまりにも負担の少ない仕事であるといって、本人から苦情がでることもあるかもしれない。そのような場合には、身体疾患で入院した後に職場復帰した人の例などを挙げると、素直に納得することがある

※ 高橋祥友「中年期とこころの危機」(日本放送出版協会 2000年)

(3)本人が過度な配慮を望む場合も避けるべき

また逆に、例えば、産業医が通常の時間帯の勤務は可能だが残業は制限するようにとしているにもかかわらず、(いわゆる「新しいタイプのうつ病」などでは)本人が半日勤務を希望するなど過度の配慮を要求するケースがある。

そのような場合についての対応として、本人の状況によっては、主治医や産業医と相談した上で柔軟な対応をとるべきケースもあるだろうが、原則として、職場の判断で過度な「配慮」をすることは、良い結果にはつながらないと考えるべきである。


3 上司、同僚への説明

また、心の健康問題を有する労働者に配慮を効果的に行うためには、上司、同僚に対して理解を求めることが重要となる。

この点について「職場におけるメンタルヘルス対策のあり方検討委員会報告書」は、次のように述べている。

管理監督者が、『復職した以上きちんと仕事をして欲しい』と考えることは気持ちとしては自然である。復職者を特別扱いする必要もない。しかし、数か月にわたって休業していた人に、いきなり発病前と同じ質、量の仕事を期待することには無理がある。復職者の心理状態には波があるので、良好な状態、低下した状態、平均的な状態に区分し、それぞれのレベルと持続時間を総合して回復状況を把握する。(中略)復職に際し、他の部下には、当分の間、状態には波があること、特別な対応は必要ないが、本人が何か言ってきた場合には、面倒がらないで対応してほしい旨を伝えておく

※ 中央労働災害防止協会・厚生労働省「職場におけるメンタルヘルス対策のあり方検討委員会報告書

なお、通常は、上司や同僚に具体的な疾患名まで知らせるべきではない。この点について、石嵜(※)は、うつ病と統合失調症で自殺のリスクが異なる(一般には統合失調症の方がリスクが高い)ことなどを理由に、上司には(特別な疾患を除き)疾患名を知らせた上で情報管理を厳格にさせるべきとする。しかし、精神疾患の診断名にはあいまいな面もあり、また通常の管理監督者が、疾患名を知ることによって対応を区別できるとも思えない。やや疑問である。

※ 石嵜信憲「健康管理の法律実務(第2版)」(中央経済社 2009年)

また、廣(※)は、自殺未遂歴のあることが判明している労働者の職場復帰に関して次のように述べている。なお、自殺予防の正しい(少なくとも誤った対応をとらないための)知識の付与については、公的機関が行う自殺対策のための教育・研修やパンフレット(例えば中央労働災害防止協会が厚生労働省から受託して作成した「職場における自殺の予防と対応」等)の活用を図ることも考えられよう。

上司など職場関係者に自殺未遂の事実を知らせることは、彼らの心理的負担を大きくするだけであり、一般的には控えるべきであることにも、全員(聴き取り調査を行った5名の産業医、3名の心理職及び1名の研究者:引用者)の賛意が得られた

※ 廣尚典「自殺未遂者の職場復帰支援のあり方に関する検討」(労働者の自殺リスク評価と対応に関する研究)

※ 2009年(平成21年)に職場復帰支援の手引きの改訂を担当したとき、筆者が廣先生からお聴きしたところによると、職場関係者に、①自殺は病気の症状であることを説明し、②自殺予防の正しい知識を付与し、③本人に自殺の兆候がみられたときは産業保健スタッフがバックアップすることを告げた上であれば、説明することは可能ではないかとのことであった。


4 最後に(結論)

打合せをする男女

※ イメージ図(©photoAC)

繰り返しになるが、心の健康問題を有する労働者への「配慮」については、本人が望まない場合であっても、産業医の助言が得られるのであればその意見に従うべきである。

労働者が、配慮を望まず通常の業務に就くことを希望することもあるが、安易にそれに従えば、病状の悪化や最悪ケースが起きることもあり得る。

本人の希望を容れても、職場で状況を見ておけば問題はないと思うかもしれないが、素人の管理者が様子を見ても、適切な判断ができるとは限らない。「迷ったら、専門家に従う」ことが、悪い結果となることを避ける(※)ためには重要なのである。

※ 職場における三次予防では、「よりよくするために何をするべきか」ではなく「より悪くならないために何をするべきか」、少なくとも「最悪の事態を避けるために何をしてはならない」を考える必要がある。そのためには、専門知識のある専門家の判断に従うことが必要になるのである。


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