職場復帰:個人情報の提供拒否への対応




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個人情報

※ イメージ図(©photoAC)

個人情報の保護に関する法律施行令第2条は、健康診断等の結果や、それに基づく医師による指導又は診療若しくは調剤などを要配慮個人情報とし、個人情報の保護に関する法律第12条第2項は、原則として、「あらかじめ本人の同意を得ないで、要配慮個人情報を取得してはならない」と定めています。

このため、厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」は、個人情報のうち健康情報の収集に当たって、「あらかじめ、利用目的とその必要性を明らかにして本人の承諾を得るとともに、これらの情報は労働者本人から提出を受けることが望ましい」としており、「労働者の心の健康の保持増進のための指針」にも同じ表現があります

しかし、労働者の健康情報が得られなければ、適切な職場復帰支援プランの策定や、安全配慮義務の履行のためには個人の健康情報の収集が必要不可欠です。そもそも、労働者の回復の状況が分からなければ、職場復帰を指せるかどうかの決定さえできません。

心の健康問題で休業した労働者の職場復帰に当たって、労働者が必要な健康情報を提供しない場合に、どのように対応するべきかを解説します。




1 健康情報を収集する重要性と個人情報の保護の必要性

執筆日時:


(1)安全配慮義務と個人情報保護の衡量

拒否する女性

※ イメージ図(©photoAC)

心の健康問題で休業した労働者から、職場復帰に当たり「通常就業可能」とだけ記された診断書が提出され、それ以外の健康情報の提供や健康診断の受診を拒否された場合にどのように対応するべきだろうか。

厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(職場復帰支援の手引き)は、「職場復帰の可否については、労働者及び関係者から必要な情報を適切に収集し、様々な視点から評価を行いながら総合的に判断することが大切である」など、対象となる労働者の健康情報の収集が必要であることを随所ずいしょで述べている。

しかし、個人情報の保護に関する法律施行令第2条は、健康診断等の結果や、それに基づく医師による指導又は診療若しくは調剤などを要配慮個人情報とし、個人情報の保護に関する法律第12条第2項は、原則として、「あらかじめ本人の同意を得ないで、要配慮個人情報を取得してはならない」と定めている。

さらに、「労働者の心の健康の保持増進のための指針」も「産業医等が、相談窓口や面接指導等により知り得た健康情報を含む労働者の個人情報を事業者に提供する場合には、提供する情報の範囲と提供先を健康管理や就業上の措置に必要な最小限のものとすること」などとしている。

自社の労働者に関するものだからといって、本人の同意を得ずに個人の健康情報を集めてよいものではない。また、個人の健康情報を、たんにあった方がよいなどという理由で無制限に収集してよいものではないし、また、そのようなことをするべきでもないのである。


(2)情報提供を義務付けることは可能か

では、あらかじめ労働者に対して、情報提供に同意することを就業規則等で義務付けておくことは可能だろうか。

これについては、後述するが、社会通念に照らして合理的な範囲内のものであれば、情報の提供を義務付けることも可能というべきである。

しかしながら、「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」も「事業者は、心身の状態の情報の取扱いに労働者が同意しないことを理由として、又は、労働者の健康確保措置及び民事上の安全配慮義務の履行に必要な範囲を超えて、当該労働者に対して不利益な取扱いを行うことはあってはならない」としている。

従って、この指針を前提とする限り、就業規則(※)等で義務付けたとしても、それに違反した労働者を処分することは困難であろう。

※ そもそも就業規則の規定は合理的な内容でなければ無効となる。


2 健康情報の提供に同意が得られない場合の対応

(1)考えられる4つの対応

考える女性

※ イメージ図(©photoAC)

もちろん、健康情報の提供に同意が得られない場合、その労働者に対して健康情報を収集することの必要性や収集できなかった場合の問題について説明して、できるだけ同意を得るようにするべきである。また、より基本的には労働者との間に信頼関係を築き、労働者が「きちんと話した方が、適切な理解や対応が望めるので、かえってよさそうだ」(※)と思えるような組織にすることがより重要であることはいうまでもない。

※ 柳川行雄「事業場における心の健康づくりのための事業場外資源の活用について」(産業精神保健15巻3号 2007年)

しかし、どうしても同意が得られない場合、以下の①から④のような対応をとることが考えられよう。しかしながら、いずれの方法にも問題点がないわけではない。結局、企業の判断と責任において決めるしかないものと思われる。

【個人情報提供に同意が得られない場合】

  • ① 同意が得られない以上、状況は労働者にとって不利なものと判断するか、または職場復帰を認めない。
  • ② 同意が得られる情報および同意を得るまでもなく得られる情報だけで、職場復帰の可否と職務上の配慮を決定する。
  • ③ 就業規則等で、主治医からの情報収集について協力を義務付けたり、企業指定の医療機関での検診を義務付ける等により健康情報の収集を図る。
  • ④ 産業医の面談、試し出勤の観察などを通した、職場復帰が可能かどうかの状況確認をより重視する。

以下、これらの問題点とメリットについて解説する。


(2)不明な状況は労働者にとって不利なものと想定

  • 同意が得られない以上、状況は労働者にとって不利なものと判断するか、または職場復帰を認めない。

この方法の最大の問題は、労働者が主治医による職場復帰可能と記載された診断書を提出して職場復帰を求めた場合、多くの判例(仙台地判昭和61年10月17日、広島地判平成2年2月19日など)が、職場復帰を拒否するのであれば労働債務の履行が可能な程度にまで回復していないことを証明する義務は企業の側にあるとしていることである(※)

※ なお、東京高判平成7年3月16日は逆の判断をしているが、最1小決平成11年4月27日により(この点についての判断はしてないが)破棄された。

これらの判例については、三柴丈典「メンタルヘルス休職者の職場復帰後の自殺と安全配慮義務」(労働法学研究会報No2423 2007年)、三柴丈典「メンタルヘルス休職者の職場復帰に関する法的検討」(労働基準広報1626号~1631号 2008年)を参照されたい。

例えば、東京地判昭和59年1月27日は、次のように述べる。同旨のものに仙台地判昭和61年10月17日がある。

病気休職制度は傷病により労務の提供が不能となった労働者が直ちに使用者から解雇されることのないよう一定期間使用者の解雇権の行使を制限し労働者を保護する制度であることを考えれば労働者が休職期間満了時に治癒したとして復職を申し出たのに対し、使用者がその可能性を否定し休職期間満了を理由に自然退職扱いにするならば、使用者は従業員が復職し得ない理由を主張立証しなければならない

※ 東京地判昭和59年1月27日

ただし、労働者の側も診断書の提出などの義務はあると考えるべきである。この趣旨の判例として例えば大阪地決平成15年4月6日がある。また、労働者の側で回復したとの事実につき一応の疎明が必用としたものに大阪地判平成17年4月8日がある。公務員の例としては、松山地判平成11年2月14日がある。

そのため、本人から診断書が提出されると、本人面談等の結果から判断して復帰はまだ無理ではないかと思えたとしても、他に医学的な情報がないと職場復帰を拒否することができるかという問題がある。ただし、危険業務等に復させるか否かを判断するような場合にはこれによらざるを得ない場合もあると思われる。


(3)得られる情報のみで対応

  • 同意が得られる情報および同意を得るまでもなく得られる情報だけで、職場復帰の可否と職務上の配慮を決定する。

これは、労働者が情報を出さない以上、職場復帰して何かあったとしても労働者の責任だと考える立場である。例えば土田(※1)、水島(※2)は、(特別な場合を除き)この立場に立っている。

※1 土田道夫「労働契約法」(有斐閣 2008年)

※2 水島郁子「メンタルヘルスで求められる使用者の健康配慮義務とは?」(ビジネス・レーバー・トレンド研究会 2005年)

弁護士の前におかれた天秤

※ イメージ図(©photoAC)

名古屋地判平成18年1月18日も、うつ病からの職場復帰に関し、提出された診断書の休養加療期間前に、医師等の専門家に相談することなく本人の希望により職場復帰させた事例について、慎重さを欠いた不適切な対応としつつも、職場復帰後に相応の配慮をしたことを理由に安全配慮義務違反を否定している。また、広島地判平成15年3月25日も、特別な場合を除けば家族等に面談して生活状況等を聴き取る義務まではないとしている。

しかし、広島地裁判決は次のように述べており、職場復帰の直後に労働者が自殺して損害賠償請求で訴えられたような場合に、必要な健康情報を収集しなかったことに過失があるとされて、敗訴の要因となるおそれがないわけではない(※)

※ 労働者が情報の提供を拒んだのであるから、過失相殺はされるだろう。なお、この趣旨で過失相殺を認めた判例として、例えば大阪地判昭和55年2月18日、東京地判平成3年3月22日などがある。

Aらは、Bらの上司としてその経緯も承知し、あるいは知りうる立場にあったのであるし、本件作業所の夏場における作業環境が過酷なものであることは分かっていたのであるから、○○の心身の故障を疑い、同僚や家族に対して○○の勤務時間内や家庭内における言動、状況について事情を聴取すベき義務があった

※ 広島地判平成12年3月30日

また、そもそも、仮に企業側には従業員に精神疾患を発症させるような要因が全くなかった、すなわち責任がないとしても、事故が起きることそれ自体が企業にとってはリスクというべきである。また、本人がうつ病の症状としての自責感や焦燥感から職場復帰を急いで情報を隠すことも考えられ(※)、「情報を提供しないのは従業員の自己責任」といってすまされる問題ではないと思える。

※ サンユー会研修実務委員会法令研究グループ「判例から学ぶ従業員の健康管理と訴訟対策ハンドブック」(法研 2009年)


(4)情報提供を義務付ける

  • 就業規則等で、主治医からの情報収集について協力を義務付けたり、企業指定の医療機関での検診を義務付ける等により健康情報の収集を図る。

例えば、石嵜(※)はこの立場に立っているようである。この方法の問題としては、本来自由であるべき同意(承諾)を義務付けることになるため、個人情報保護法やメンタルヘルス指針等の趣旨との整合性に疑問が生じることが挙げられる。

※ 石嵜信憲「健康管理の法律実務(第2版)」(中央経済社 2009年)

また、検診命令については、心の健康問題について、一度だけの検診で病状や予後予想が明確になるかという問題もある。つまり、このような場合、主治医、本人、家族等の積極的な協力は得られないこともあるだろうから、その状況で正確な診断ができるかという問題があるのだ。

この点、厚労省の委託を受けて中災防が行った検討委員会でも次のようにされている。

メンタルヘルス不調の患者について事業場が主治医以外の医師から意見を求めるという行為は十分に慎重を期する必要がある。メンタルヘルス不調の診断、予後予想などは初診で簡単に分かるものではない

※ 中央労働災害防止協会「職場におけるメンタルヘルス対策のあり方検討委員会報告書」(2006年)

また、岩出(※)は、会社指定の医師による診断に当たって、本人に「主治医のカルテ、レセプトの写しを持参」させることを提唱している。しかし、患者の協力が得られるセカンドオピニオンでさえ、大学病院でも精神疾患はセカンドオピニオンの対象外としたり、老年期精神障害に限る例もあるのが実情ではある。

※ 岩出他「判例にみる労務トラブル解決のための方法・文例」(中央経済社 2006年)

就業規則

※ イメージ図(©photoAC)

しかし、就業規則に基づく法定外の検診命令について、最判昭和61年3月13日は「労働契約上、その内容の合理性ないし相当性が肯定できる限度において」有効としている。

また、就業規則に定めがない場合についても、従業員が診断書を提出して労働災害である旨主張したが、以前提出した診断書を作成した医師から業務に起因するものではないとの説明があった場合や、「被用者の選択した医療機関の診断結果について疑問があるような場合で、使用者が右疑問を抱いたことなどに合理的な理由が認められる場合」に、会社指定の医師による受診命令の有効性を認めた判例(東京高判昭和61年11月13日、最1小判昭和63年9月8日、東京地判平成3年3月22日)がある。もちろん、検診命令を予定するのであればあらかじめ就業規則に定めて周知しておくことが無用のトラブルを避けるために望ましいものといえる。

また、うつ病後の職場復帰の際に企業が指定した医師による検診命令を労働者が拒否し続けたという事案で、うつ病後の復職の可否判断のための検診命令も有効とし、また主治医への病状照会への同意を拒否し続けたことも理由のひとつとした解雇が有効とされた判例(大阪地決平成15年4月16日)がある。ただ、これは主治医の職場復帰が可能であるとの診断書(※)さえ提出されていなかった事例であることに留意する必要がある。

※ なお、主治医以外の医師(従業員を継続して診察していたわけでもなく、従業員の職務をどのように理解していたかも分からない)による「証明書なる書面」のみは提出していた。


(5)産業医の面談、試し出勤の観察などで代替

  • 産業医の面談、試し出勤の観察などを通した、職場復帰が可能かどうかの状況確認をより重視する。

「試し出勤」のこの役割については批判的な意見もある。例えば、鈴木((財)労働科学研究所)は、ご自身のWEBサイトで、ある自治体が行っている「試し出勤」について次のように述べている。

  • この『試し出勤』を体験した職員は、復職が認められない中での出勤は大きな負担で、上司から点検・監視を受けているようでエネルギーの消耗が激しかった、という感想を述べています
  • 復職後の勤務軽減の措置(慣らし出勤)には、職場への再適応を支援していくという積極的な意味がありますが、『試し出勤』の『試』の字は文字通り試験であって、職員は敏感にそれを感じるわけです

※ 引用者において箇条書きとした。

※ 鈴木安名氏のWEBサイト(現時点では閉鎖)から。

また、福井も、試し出勤的な意味での「リハビリ出勤」の効果について、次のように述べる。

ところが再発を繰り返す人というのはそういうのはちゃんとクリアするんですね、実は。頻回欠勤する人はこのテストをクリアする。ですからあまり試験にはならない

※ 福井城次「IT産業における復職の取り組み(メンタル疾患)」(神奈川産業保健センターWEBサイト(2007年)から)

しかし、企業としても円滑な業務遂行を図る必要性があり、また安全配慮義務等も考慮すれば、手引きに示された要件の下で短期的に「試し出勤」を行って労働者の状況を確認することは、妥当でもありまた必要ではないか(白倉(※)同旨)と思われる。

※ 白倉克之「職場のメンタルヘルス・ケア(橋本雅雄編「職場復帰とその管理」所収)」(南山堂 1999年)

これは筆者の印象だが、「試し出勤」に批判的な方は労使間の対立関係を想定し、「試し出勤」を有効だとする方は労使間の信頼関係を想定しておられるように思える。もちろん、前提条件の考え方の違いであって、どちらが正しいというわけではない。しかし、「試し出勤」が有効なものとなるか不適切なものとなるかを分ける大きな要素は、労使間に対等な信頼関係が結ばれているかどうかだというべきなのかもしれない。


3 最後に(結論)

スムーズな労使関係

※ イメージ図(©photoAC)

心の健康問題は、仕事を行う中で悪化する可能性が否定できない。その場合に、事業者側が安全配慮義務で訴えられるリスクを考慮すると、職場復帰に消極的になり、職場復帰をさせるのであれば十分に回復したという証拠を示してほしいと考えることは理解できる。

しかしながら、個人情報の保護の必要性は、職場復帰支援の手引きが作成されたころと比較しても格段に厳しくなりつつある。個人情報の保護と安全配慮義務の必要性を、比較衡量せざるを得ないこともでてこよう。その場合、どちらを優先させるかで苦慮することもあるかもしれない。

やはり、それらについての最も効果的かつ、優良な解決法は労使の間に“緊張感のある信頼関係”を醸成することであろう。


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