安全管理者と業務上過失致死罪の関係




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化学物質を扱う研究者

※ イメージ図(©photoAC)

重大な労働災害や公衆災害が発生した場合、必要な防止措置を行っていなかったために事故が発生していれば、関係者が業務上過失致死傷罪に問われることがあります。

この場合、実行行為者として処罰されるのは、「防止措置を実施するべきだった者」ということとなります。誰が、防止するべきだったのかは、法令(安全管理者、衛生管理者等の義務)、契約(会社との個別契約、就業規則、業務命令)、条理(職場の組織体制、先行行為、職場の慣行)等によって判断されることとなります。

本稿では、安全管理者であることが実行行為者とされる一因となった2つの判例について、まず紹介します。その後、安全管理者が業務上過失致死傷罪に問われる場合について解説します。




1 はじめに

(1)安衛法違反と業務所過失致死傷罪の関係

ア 労働災害等が起きた場合に課される罰則

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化学物質を扱う研究者

※ イメージ図(©photoAC)

企業の事業を運営していて重大な労働災害や公衆災害が発生した場合、安衛法違反が原因となっていれば安衛法違反で処罰されることがあるという考えは広く定着している。

しかし、事業を行っていて死傷者を発生させた場合に課される刑事罰は、本来は安衛法違反ではなく、業務上過失致死傷罪なのである。

※ とりわけ、公衆災害だけが発生して労働災害が発生していない場合は、労基署による送検が行われないこともある。そのような場合は、警察署によって業務上過失致死傷罪等で捜査・送検されることが多い。なお、労働災害の場合、監督署と警察署の捜査・総研が重ねて行われることもある。

安衛法違反は、死傷者が発生したことを理由として処罰される法律ではなく、労働者を危険な状態においたことで処罰される法律なのである。


イ 安衛法違反と業務上過失致死傷罪の適用

では、ある行為が安衛法に違反して労働者を危険な状態におき、さらに、その状態によって他人が死傷した場合はどの法律で処罰されるのだろうか。

この場合、その状態とした行為(※)が、業務上過失致死傷の罪に当たるとのであれば、すなわち、その行為が安衛法違反と業務上過失致死傷の双方の構成要件(犯罪を構成する事実)に該当する場合、双方の違反が成立する。ただし、この場合は観念的競合と呼ばれ、重い方の罰のみが課される。

※ 行為という言葉の法律的な意味については、次項において解説する。

一方、安衛法違反はあったが、それとは別の行為が災害の原因となっている場合、すなわち、業務上過失致死罪の実行行為と安衛法違反とは別なものである場合はどうだろうか。この場合にも、双方の違反が問われることなる。しかし、安衛法違反と業務上過失致死傷罪は、併合罪と呼ばれる関係となり、双方の罰が重ねて課されることとなる。ただし、懲役刑又は禁固刑は、重い方の法定刑の 1.5 倍を超えることはない。


(2)業務上過失致死罪の実行行為者とは

ア 作為犯と不作為犯

先ほど、業務上過失致死傷罪の実行行為という表現をした。この「行為」という用語は、法律学では「意思に基づく身体の動静である」と説明される。動静とあるが、「動」は作為、「静」は不作為である。

すなわち、行為には作為と不作為がある。そして、犯罪行為における作為とは、法的にみて行ってはならないことをすることであり、不作為とは、法的にみて行わなければならないことをしないことである。

行為という言葉の響きからは、行為とは何かをすることのように思えるかもしれない。しかし、するべきことをしないことも法的には「行為」なのである。


イ 不作為犯の実行行為者とは誰なのか

ある犯罪となる行為を実行した者は、その犯罪の実行行為者、すなわち主犯となる。そして、主犯に対して、行為をそそのかした(教唆きょうさ)者や、助けた(幇助ほうじょ)者は、従犯となる。従犯の場合は、教唆したことや幇助したことが、犯罪の実行行為となる。

そして、誰が犯人となるのかの判断は、その行為が「作為」であれば、とくにむずかしいことはない。その行為を行った者が正犯となることはいうまでもない。

問題は、その行為が「不作為」の場合である。ある工場で災害が発生し、本来なら行っているべきある行為を行っていれば災害が防げたにもかかわらず、誰もその行為を行っていなかったために事故が起きたという場合を考えよう。

この場合、工場のすべての者が、その行為を行っていなかった「不作為」である。しかし、それを行う義務のない者に、責任を問うことはできない。この不作為犯の犯人とは、法的な価値判断において、それを行うべきだった者なのである。

では、誰がそれを行うべきだったのだろうか。工場長なのか、担当管理者なのか、職長なのか、同僚なのか、それとも被災した本人なのか。それとも、そのうちの複数の者なのか。犯人を特定するには、それを明らかにしなければならない。

そして、法的には、行わなければならない義務(作為義務)は、法令、契約、条理によって発生すると考えられている。

  • 法令(作業主任者、安全管理者等の法律上の義務)
  • 契約(会社との個別契約 / 就業規則 / 業務命令)
  • 条理(職場の組織体制 / 先行行為 / 職場の慣行)等

ここで、「法令」とは、法律によって、ある者に義務がかかっている場合である。法令で義務がかかっているにもかかわらず、それをしなければ不作為と言われてもしかたがないだろう。

また、「契約」とは会社によってその者に対して与えられた業務の内容だと考えればよい。すなわち、会社の命令で、ある者にその行為を行う義務をかけている場合などである。ただ、現実には、このような「契約」があるケースはまずないといってよい。だからこそ、誰もやっていないのだ。

そして、「条理」とは、「社会的な常識」とでもいえばよいだろうか。職場の組織体制の中で、職長などの指揮命令をするべき者は、命令を受ける者の安全を担保するべき義務があるであろう。また、先行行為として作業の都合から開口部の手すりを外したものは、それを元に戻しておくべき義務があるだろう。また、職場の慣行として、その職場では、ある者が安全装置を設置する習慣があれば、その者が義務者となることもある。


ウ 安全管理者に課せられた法律上の義務とは

では、本稿の主題である安全管理者には、どのような法律上の義務があるのだろうか。法律上、安全管理者の職務は、安衛法第10条に規定されている。そして、安衛則第6条には、安全管理者の義務が「作業場等を巡視し、設備、作業方法等に危険のおそれがあるときは、直ちに、その危険を防止するため必要な措置を講じなければならない」と規定されている。

【労働安全衛生法】

(安全管理者)

第10条 (柱書略)

 労働者の危険又は健康障害を防止するための措置に関すること。

 労働者の安全又は衛生のための教育の実施に関すること。

 健康診断の実施その他健康の保持増進のための措置に関すること。

 労働災害の原因の調査及び再発防止対策に関すること。

 前各号に掲げるもののほか、労働災害を防止するため必要な業務で、厚生労働省令で定めるもの

2及び3(略)

(安全管理者)

第11条 事業者は、政令で定める業種及び規模の事業場ごとに、厚生労働省令で定める資格を有する者のうちから、厚生労働省令で定めるところにより、安全管理者を選任し、その者に前条第一項各号の業務(第二十五条の二第二項の規定により技術的事項を管理する者を選任した場合においては、同条第一項各号の措置に該当するものを除く。)のうち安全に係る技術的事項を管理させなければならない。

(略)

【労働安全衛生規則】

(安全管理者の巡視及び権限の付与)

第6条 安全管理者は、作業場等を巡視し、設備、作業方法等に危険のおそれがあるときは、直ちに、その危険を防止するため必要な措置を講じなければならない

事業者は、安全管理者に対し、安全に関する措置をなし得る権限を与えなければならない。

すなわち、安全管理者が安衛則第6条(※)に従って、必要な頻度で作業場等を巡視し、不安全な状態や、労働者の不安全な行為を改善していなければ、災害が発生したときに業務上過失致死傷罪などに問われる恐れがあるということである。

※ この規定が法律上の義務なのかと問われれば、実はそうではないと答えるしかない。国民に義務を課すには(安衛則などの省令ではなく)法律の根拠がなければならないというのが日本国憲法の要請である。しかし、安衛法には、省令によって安全管理者の義務を定めるという条文(委任条文)がない。すなわち、安衛則第6条第1項は、厚生労働大臣が国会の議決を経ずに定めたものに過ぎない。従って、行政指導と変わるところはなく、法律上の義務ではないし、当然、罰則もない。

しかし、行政指導レベルであっても、業務上過失致死傷罪の作為義務は発生すると考えられる。業務上過失致死傷罪の作為義務は、契約や条理によっても発生するのである。事業者が安全管理者の業務遂行を困難にしていたなどの事情がなければ=あるケースも多いだろうが=事業者と安全管理者の意思を合理的にすれば、その間には法律に従って仕事を行うという契約関係があったと考えられるだろう。


(3)業務上過失致死傷罪とは

ア 業務上過失致死傷罪とはどんな罪か

ここで、簡単に業務上過失致死傷罪とはどのような犯罪かについて説明をしておこう。一言でいえば、これは文字通り、業務上の過失によって、他人を死傷させる罪である。

ここに、業務とは、「社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為」であり、一定の危険性を有するもの(※)である。業務上過失致死傷罪は、たんなる過失致死傷罪より重罪となる。

※ 危険性の程度はそれほど大きくなくても業務とされることが多い。工業的な事業の運営はすべて「業務」になると考えてよい。現時点で、反復継続される行為で業務とされていないのは、家庭で行われる調理や、自転車による走行くらいのものである。

過失とは何かについては次項で述べるが、一言でいえば「業務上の必要な注意を怠ること」である。業務を行う者は、そうでない者よりも求められる注意のレベルは高い。

なお、罪とは、次の枠内に簡単にまとめたが、構成要件に該当する違法・有責な行為」とされる。

  • 構成要件該当 : (刑事法の)各条文に当てはまること
  • 違法性 : 法的な価値判断からみて「悪い」こと
  • 労災防止では気にしなくてよい。
  • 有責 : 犯人を法的な価値判断において非難することができること
  • 原則として故意・過失がなければ、「責任」がないこととなる。なお、責任についても、過失論以外は気にしなくてよい。
  • 行為 : 「意思に基づく身体の動静」

イ 過失があるとされるのはどのような場合か

法的な意味の過失とは、判例がほぼ一貫して採用する「新過失論」によれば次の2つの義務を果たさなかったことである。

  • 結果(労働災害)の発生を予見しなかったこと(結果予見義務違反)
  • 予見した結果を回避しなかったこと(結果回避義務違反)

すなわち、過失があったとされるためには、「結果予見」が可能であること、及び「結果回避」が可能であることが前提となる。しかし、ほとんどの労働災害は、結果の発生が予見できれば、結果の回避は可能であろう。

そして、結果(労働災害発生)の予見が可能かどうかは、問題となった危険性・有害性が判明できるかどうかによるといえる。

以下の場合に、それが原因となって災害が発生すれば、過失があるとされて、刑事上(民事上も)の責任を負うおそれは高いことになる。

  • 労働安全衛生法等関係法令や労働災害防止の指導通達を遵守しなかった。
  • リスクアセスメントを行えばリスクが判明し得たにもかかわらず、それを行わなかった。
  • 機械の仕様書などの公開された危険有害性情報を活用しなかった。又はその内容を誤読・誤解した。

2 安全管理者に業務上過失致死罪が適用された判例

(1)2つの判例

これまで、安全管理者が安全管理者だったなどの理由で、不作為が問われて業務上過失致死罪に問われたケースは多い。本稿では、そのうち、2件の業務上過失致死傷事件(※)を取り上げる。

※ 安全管理者が業務上過失致死罪に問われたもっとも有名な事件は、JCO臨界事故であろう。しかし、この事件は、かなり特殊な経緯をたどった事故で、あまり一般的なものではないので本稿では紹介することは見合わせる。

そのうちの1件は、広島高裁松江支部昭和43年10月28日判決である。この事件では、土砂崩壊により7名の労働者が死亡、2名が負傷を負っている。この判決では、安全管理者(本件の工事の責任者で土木課長)等が、必要な安全管理を怠ったとして業務上過失致死傷罪で有罪となっている。

もう1件は、神戸地裁平成25年4月11日判決である。この事件は、整備不良のエレベータに従業員が墜落し他事件である。この災害でも、安全管理者(事故が発生した工場の副工場長)等が、やはり必要な安全管理を怠ったとして業務上過失致死罪で有罪とされたに問われている。


(2)広島高裁松江支部昭和43年10月28日判決

さて、まず土砂崩壊の事例を取り上げよう。広島高裁の判決文によると、災害が発生した作業は、次のようなものである。

【災害が発生した業務】

  • 以下に示す形状の砂山の砂を採取し、トロッコで運搬して近くの湿田の床揚げをする。
  • 高さ約37メートル
  • 幅約60メートル
  • 斜面の角度約40度
  • 斜面の長さ(最も長い箇所)約60メートル
  • 両端で約35メートル
  • 砂山からの砂の採取は、次のように行う。
  • 砂山の裾を、幅約60メートルに渡って多数の作業者がスコップで掘崩す。
  • 上部からの自然崩壊を利用して砂を採取する。
  • 労働者に多する指示では、砂山の勾配を1割2、3分(37度~39度程度)に保つこととされていたが、現実には以下のような方法で作業が行われていた。
  • 砂山斜面の傾斜については、通常は、法尻の掘さくによってその上部を自然に崩落するのにまかせており、安全勾配保持のための積極的な措置がとられていない状況で作業が進められていた。
  • 法尻部分を切り取っても上部の砂が自然に崩壊せず、法尻部分の勾配が不自然になったときなどには、労働者が自発的に上部の切りくずしを行なっていた。

そして、この業務において災害の発生した経緯は次のようなものであった。

【災害が発生した経緯】

  • 山裾の砂採取により、法尻付近の切り取り面の依傾が50度以上の急角度になった。
  • 上記を契機として、まず地上約6メートル付近から下の部分が崩落した(第1回崩落)。その崩落砂量は少量である。
  • 第1回崩落が誘因となって、上部傾斜面の平衡が破れ、上部の法長約30メートル、幅約15メートルに渡る、砂量490立方メートル余と推算される大規模な崩落に至った(第2回崩落)。
  • 現場に砂留の設備がなく、砂採取個所とトロッコ線の間に安全な間隔がなく、またトロッコとトロッコとの間にも安全な間隔を保たれていなかったため、多量の砂が崩落したとき、労働者の避難が間に合わなかった。
  • 7名の労働者が埋没して窒息死し、2名が傷害を負った。

また、このような災害の発生が予見できたかについては、判例は可能であると判断する。

【災害の発生は予見可能だったか】

本件のような工法と規模で法尻の砂採取を行なうとすれば、現場の砂山が高さ約三七米、斜面の長さ約六〇米にも達するものであつて、法尻部分が在来の斜面より急な勾配で奥へ切り取られて行く関係上、砂の状態、勾配の状況等によつて場合により本件のような斜面上部の多量且つ急激な崩落を生ずるおそれのあることは、工事責任者として通常予測すべきものと認められ

広島高裁松江支部昭和43年10月28日判決

そして、災害発生の経緯の裏返しであるが、次のような対策を採ればこの災害は防止できたと、裁判所は判断したのである。

【どのようにすれば、災害を回避できたか】

  • かき降しのために労働者4名を砂山の斜面に常置し、砂山上部を切り落すことによって安全勾配を維持しつつ法尻の砂採取を行なう。
  • 適当な場所に砂留の設備を設置する。
  • 砂採取個所とトロッコ線の間、またトロッコとトロッコの間に安全な間隔を保ち、万一上部から多量の砂が崩落しても労働者等が迅速に避難できるよう配慮する。

この事件では、安全管理者の責任について以下のように判示して、安全管理者(被告人A)を業務上過失致死罪によって有罪とした。

【安全管理者の責任】

  • 被告人Aは、C株式会社の土木課長、かつ安全管理者であって、本件工事施行の責任者であり、本件工事施行に伴う事故防止につき責任を有する。
  • 被告人Aは、現場主任に対し、抽象的に砂山の勾配を37度~39度程度に保ち、法尻付近の切り取り面も1、2メートル以上の高さにしてはならない旨指示したのみで、工事の進行に即した安全勾配を保持する具体的方策を指示したことはない。
  • 被告人Aは、現場に臨んで、作業の現実の状況を了知しながら、危険防止のための必要な措置を講じなかった。

この判決では、安全管理者の被告人Aは、安全管理者ということのみをもって、事故防止の責任を有するとされて有罪とされたわけではない。C株式会社の土木課長であり、本件工事施行の責任者であることも、事故防止の責任を有するとされた理由である。

しかしながら、安全管理者であることは、そのことのみを理由としても、工事施行に伴う事故防止について責任を有すると評価するべきことは、安衛則第6条の趣旨からいうまでもないであろう。

すなわち、土木課長、安全管理者及び工事施行の責任者が3人の異なる人物であったとしても、そのそれぞれに事故防止の責任を有するという判断は成立するのである。

必ずしも3名のうちの誰か一人のみが有罪になるということではない。安全管理者が、仮に工事施行の責任者でなかったおしても、業務上過失致死傷罪に問われた可能性は高い。


(3)神戸地裁平成25年4月11日判決

この災害は、国土交通省により報道発表され、災害直後には緊急点検が実施されるなど、社会問題化した事件である。災害の概要は次のようなものであった。

【災害が発生した経緯】

  • 事故が発生した企業の姫路工場は、第1工場から第3工場までの3棟の工場建物等で構成されている。
  • 第3工場(3階建物)内に、手動扉式荷物搬送用エレベータ(搬器の床面積約2.89平方メートル、内部高さ約1.8メートル、積載荷重0.65トン)を設置(※1)した。このエレベーターは原料や製品の運搬に用いていた。
  • このエレベータは、昇降路1階出入口のドアスイッチ(※2)が正常に作動せず、しかもドアロック(※3)がなかったが放置されていた。
  • また、エレベータの安全装置等について、1か月以内ごとの定期自主検査は、平成21年1月25日から同年2月24日までの間、行われていなかった。
  • 遅くとも平成19年頃には、2階出入口では、搬器が2階出入口に停止していない状態で、出入口戸が開く危険が生じていたが放置されていた(建築基準法違反)。
  • 2階出入口のドアロックがしばしば誤作動していた。しかも、2階出入口戸のリミットスイッチが、ドアロックが作動していないにもかかわらず搬器があるとの信号を出していた。
  • 平成21年2月25日13時頃、2階にエレベーターの搬器が停止していない状態で出入口の戸が開いたため、被災者が昇降路内に墜落し、1階に停止していた搬器天井上面に激突した。なお、この時点では、被災者は生きていた。
  • 他の従業員Cが、2階エレベータ出入り口の戸が開いて、製品の入ったパレットが積載されたハンドリフトが同昇降路内に落ちかけているのを発見した。しかし、周囲には誰もいない状態であった。
  • Cは、製品の入ったパレットを回収し、ペンライトで昇降路内を照らしたところ、1階に停止していた搬器の上部に製品が散乱してることを認めた。これを回収するため、搬器を上昇させたため、被災者が搬器と昇降路壁面の間に挟まれて、死亡した。

※1 建築確認申請された記録が見つかっておらず、違法に設置された疑いが強い。

※2 ドアスイッチ:搬器及び昇降路のすべての出入口の戸が閉じていない場合には,搬器を昇降させることができない装置

※3 ドアロック:搬器が昇降路の出入口の戸の位置に停止していない場合には,かぎを用いなければ外から当該出入口の戸を開くことができない装置

すなわち、この災害は、以下の2つの過失によって発生しているわけである。

【災害を発生させた2つの過失】

  • 建築基準法に違反する状態のエレベータを設置し、整備不良のまま必要な点検をすることもなく放置した。このため、搬器が停止していない2階のエレベータ出入り口戸が開き、被災者が墜落した。
  • 搬器の天井に被災者が墜落しているにもかかわらず、搬器を動かして被災者を死亡させた。

本稿は、安全管理者の責任について検討することを目的としている。しかし、後者の搬器を動かした過失(※)は、職場の安全管理とは直接の関係はないので、本稿では取り上げない。

※ なお、被災者が墜落した状態の搬器を動かしたのは、安全管理者ではない。

さて、この災害が発生した姫路工場の安全管理者は、判例によると次のような職務を行っていた。

【安全管理者の工場における職務等】

被告人Bは、平成2年以降、被告組合の安全管理者として、被告組合内の設備及び作業場所等に危険がある場合における防止措置、危険防止のための設備等の定期点検などの業務に従事し、平成16年以降は、姫路工場副工場長としても、同工場における事務全般、設備等の管理及び修繕等を業務に従事していた。

被告人Bは、日頃は第2工場内の事務所にいて,事務所の統括,生産管理,工場の施設管理等の業務を行っていた。

労働安全衛生法は、被告組合のような規模の事業者は、安全管理者を選任し、労働者の危険又は健康障害を防止するための措置に関する業務のうち安全に係る技術的事項を管理させなければならないとしている(同法11条1項)から、その限度においては安全管理者にその権限と義務を委譲すべきものとしていると解される。被告組合においても、前記のとおり、安全管理者として被告人Bを選任し、同人は、姫路工場の副工場長として姫路工場に常駐して、事務所の統括、工場の施設管理等の業務を行っていた。したがって、被告人Bは、被告組合の代表理事(理事長)であるEから、労働安全管理義務の一部を委譲されていたというべきである

※ 神戸地裁平成25年4月11日判決

安全管理者の過失について、判例によると、次のような過失があったとされる。なお、安全管理者は、この災害の発生に直接かかわっているわけではない。あくまでも管理責任が問われているのである。

【安全管理者の過失】

  • 被告人Bは、以下の安全対策を講じず、漫然と、従業員の利用に供した。
  • 本件エレベーター昇降路1階出入口について、ドアスイッチが正常に作動しない状態であり、かつ、ドアロックを具備していないことを知りながら整備を行わなかった。すなわち、機械による危険を防止するため必要な措置を講じなかった。
  • 平成21年1月25日から同年2月24日までの間、エレベーターの1月ごとの定期自主検査を行わなかった(安衛法違反)。
  • 関係法令で義務付けられている定期検査を実施しなかった。なお、遅くとも平成19年頃には、エレベータの2階出入口について、搬器が2階に停止していない状態でも出入口の戸が開く危険が生じていた。
  • 不定期かつ頻繁に不具合・故障が発生していたこと、搬器が2階に停止していないにもかかわらず出入口戸が開く不具合が不定期に発生していたことなどの報告を、被告人Bは受けていた。それにもかかわらず、修理業者を呼んで修理を行わせたこともあったが、一部の不具合については放置し、十分な修理がされないまま利用が続けられるなど安全対策を講ずることを怠った。
  • 平成21年2月当時、例えば、1階の外扉については、東西(工場外側及び内側)の扉とも、搬器が1階にないのに開き、また、外扉が開いていても搬器が動く状態であった。
  • 2階の外扉についても、搬器が2階にないのに開く不具合が年に数回程度発生していた。
  • 上記の不具合について、第3工場の従業員が被告人Bに報告し、必要に応じて修理を求めるなどしていた。

そして、このような状況では、安全管理者には、次のような義務があったにもかかわらず、その義務を怠ったのである。なお、この災害に関して、被告組合の代表者であるEは被告とされてない。姫路工場の安全管理について、法人の最高責任者であるEには実質的な責任がないと判断されたのである。

【安全管理者による義務違反】

このような状態で本件エレベーターの利用を継続すれば,搬器が当該階に停止していないにもかかわらず出入口戸が開くなどの不具合が発生し,被告組合従業員に死傷事故が発生するおそれがあることを予見できたのであるから,必要に応じて被告組合の代表者であるEに指示や決裁を求めるなどして修理業者に修理を行わせ,かつ,関係法令上義務付けられている定期検査を実施するとともに,本件エレベーターの安全が確認されるまでは従業員の利用を中止させるなどの安全対策を講ずべき業務上の注意義務があった。

※ 神戸地裁平成25年4月11日判決

そして、安全管理者はこの災害で、以下により有罪判決を受けた。

【安全管理者に課せられた罰則】

もちろん、安全管理者の不作為によって起きたのは、被災者がエレベータの昇降路に墜落したことのみである。死亡したのは、労働者が搬器を動かしたためであり、そのことはCとは無関係である。しかし、Cが適切な管理を行ったために被災者は昇降路に墜落したのであり、そのことが原因となって死亡したのだから、Cには被災者の死亡についても責任があると判断されたのである。


3 最後に

(1)2つの判例における安全管理者の責任の根拠

以上の2つの判例では、安全管理者は、不安全な状態があることを知り、その改善をする安全管理上の責任があるにも関わらず、これを放置したことによって災害を発生させたことで処罰されたのである。

【2つの判例の共通の安全管理者の行為等】

  • 不安全な状況があり、それを改善しなければ災害が起き得ることを認識していた。
  • 不安全な状況を改善する管理上の責任と権限を有していた。
  • 不安全な状況を改善せず放置した。
  • 不安全な状況によって他人(労働者)が死亡した。

もちろん、不安全な状況があることを認識していたにもかかわらず、不安全な状況を改善する管理上の責任を有していた者が、これによって他人を死亡させた場合、安全管理者でなくとも業務上過失致死罪に問われうることは当然である。

一方、安全管理者であったとしても、不安全な状況があることを認識することが不可能ないし極めて困難な状況で、かつ、会社から安全管理を行う権限をまったく付与されていなければ、業務上過失致死罪に問われることはないかもしれない。

しかしながら、よほどの大企業でもない限り、中堅規模の企業において、安全管理者の地位にあるような者が、不安全な状況を知り得る状況にないということは、そう多くはないであろう。本稿で検討した2つの判例では、危険な状況にあることを知っていた。しかし、知らなかったとしたら、そのこと自体が注意義務違反と評価されることもあり得るのだ。

また、安全管理者の立場にあれば、警察当局によって不安全な状況を改善する管理上の責任を有していたと判断される可能性も高くなるだろう。すなわち、安全管理者であることは、災害発生時にその責任を問われる可能性を高めるということである。


(2)安全管理者は安全管理を徹底するべき

これは、私の印象だが、大手の企業においては、安全管理者は実質的に事業場のトップに近い職務の人物が就任するケースが多いように思う(※)

※ これに対し、衛生管理者は試験に受かる必要があることから、下級の職制の人物が就任するケースが多いようだ。

そして、大手の企業の衛生管理者は、労働衛生についてある程度の意識をもって知識の習得に努めているケースが多い。

もちろん、中小規模の事業場では、資格を取ったということで衛生管理者にはなっても、職制上の権限が低いために、実質的な職務ができていないというケースがあることは否定はしない。

ところが、安全管理者は、安全に対する意識がそれほど高くなく、頭では安全は重要だと分かっていても建前以上のものになっておらず、知識の習得にも不熱心なケースが多いようである。

安全管理者は、事業場内での地位が高いことが多く、安全についての専門的な知識を得たり、安全に多くの業務量をかけることが困難という面があるのかもしれない。

しかしながら、安全に管理者に就任することは、その事業場の安全管理の責任を引き受けるということである。災害が発生すれば、業務上過失致死傷罪に問われ得るのだ。

そうである以上、災害を起こさないために、安全管理について十分な知識の習得と業務量の確保に努めなければならない。


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