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災害発生と責任の重大性

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メンタルヘルス対策

2人の事業者がまったく同じ不安全行動をして、「たまたま」一方のみに重大な労働災害が発生したとします。

2人の事業者が行ったことは全く同じです。結果(災害)が発生したことで、2人の問われる法的な責任は、刑事的、民事的にどのようになるでしょうか。

ひとつの災害事例を例に挙げて、労働安全衛生法違反、業務上過失致死傷罪、民事賠償責任の思想を解説します。




1 最初に

執筆日時:

最終改訂:

Y1とY2という2人の掛長が、まったく同じように不安全な行動を行ったとしよう。ところが、Y1の行動の結果によって死亡災害が発生し、Y2の行動によっては軽微な負傷災害が発生したにすぎなかったと考えよう。

この場合、Y1とY2の責任の重さは同じなのだろうか。それともY1の責任はY2に比較して重いのだろうか。Y1とY2のしたことは同じである。ところが、不幸にしてY1の行為の結果、労働者が亡くなるという重大な結果となってしまった。この場合、Y1が重い責任を負うことは当然として、(運がよかったにすぎない)Y2の責任は軽いのであろうか。

ことによるとY1は運が悪かっただけで自分は悪くないと思っているかもしれない。だが、現実の世界では「不運」はしばしば責任問題に発生する。「無災害記録〇〇〇時間達成」という栄誉が、実は幸運に対するお世辞にすぎないケースもあるように。

しかし、Y1や関係者が“たんに運が悪かっただけだ”と思っているとすればどのようなことになるだろうか。はっきりしているのは、Y1に処罰を加えたとしても、本人が反省して"今後は気を付けよう"と考えたりはしないということである。また、関係者も再発防止を本気で考えたりはしないだろう。

そこで、本稿では、ある事故事例(フィクション)を例にとって、このことを考えてみたい。

なお、災害事例は話に具体性を持たせるためのものなので、読み飛ばして2から入ってもご理解いただけるように記述してある。


(1)ある災害事例(フィクション)

では、最初に、架空の災害事例をご覧になって頂きたい。ここで2人の掛長が登場する。いずれも安全は大切だと思っているが、ある不安全状態を作り出してしまう。その結果は、死亡災害と軽微な負傷災害に分かれてしまったという事件である。

【災 害 事 例】

※ この事例はフィクションです。

1 背景事情

 株式会社甲社の敷地には、直径10メートル、高さ20メートルの円柱形のタンクが2基設置されている。これらは、それぞれ第1タンク及び第2タンクと呼ばれている。タンクには、下部から上端までらせん状に階段が取り付けられており、最上部には、タンクを取り囲むように円周形に通路が設置されている。

  なお、階段入り口には鍵付きの扉が設置されており、無関係な作業者は立ち入りができないようになっていた。

 ある日、タンク上部の通路で、床材の一部に亀裂が発見された。報告を受けた同社の施設部設備課では、他にも亀裂があるおそれがあると判断した。そのため、すべての床材を取り外して点検し、必要があれば交換又は修理した後に、取り付けることとした。

  設備課では、この作業を11月の第2週の金曜に行うこととし、第1タンクの点検・修理を課内の第1修繕掛に、第2タンクの点検・修理を同じく第2修繕掛に(別々に)命じた。第1修繕掛の掛長はY1、第2修繕掛長はY2である。

 一方、同部の購買課は、この通路に設置されている手すりの塗装を、この作業とは無関係に、乙工務店に発注していた。この業務は、定期的に行っているもので、甲社の休日である週末に行うこととしている。ところが、今回の実施予定日が、たまたま設備課による床材の点検修理の予定日の直後の土曜・日曜に当たっていたのである。

  なお、乙工務店が作業を行うときには、甲社入り口の警備室でタンク階段扉の鍵を受け取ることになっていた。

2 事故前日の作業

 第1修繕掛のY1は部下のA、Bと共に、第2修繕掛のY2はC、Dと共に作業を行うことになった。設備課長のY3からは、個別に指示を受けており、お互いに連絡は取りあっていない。Y1、Y2ともに、通路に至る階段の入り口付近に「修理関係者以外立ち入り禁止」の表示をしたのち、作業を開始した。

 1日で完了できると思っていた作業が、思いのほか時間がかかり、第1修繕掛、第2修繕掛とも取り外した床材の一部を、就業時間内に取り付けることができなかった。Y1及びY2は、周囲が暗くなってきたこともあり、これ以上作業を続けることは危険だと判断し、作業は月曜に再開することとした。そこでY1はAに対し、Y2はCに対して、月曜の作業開始時に墜落事故が発生するおそれがあるので、床材がまだ取り付けていない開口部に仮設手すりを設置してから作業を終えるように命じた。

 ところが、終業時間が迫っており、早く帰宅したかったA及びCは、月曜には自分たちが作業をするので墜落するはずはないと考え、それぞれ独自の判断で、「修理関係者以外立ち入り禁止」と表示した看板を階段入り口の前面に移動させただけで、開口部に仮設手すりを設置することなく、入り口扉の鍵をかけて帰宅した。Y1及びY2は、仮設手すりの確認をせずに、入り口の状況だけを確認して事務所へ戻った。

  そして、Y1及びY2は、作業が完了していないことを設備課長のY3に報告せずに帰宅した。それまでも指示された作業が予定内に完了しなかったことはあったが、いちいち報告はしていなかった。この程度のことは各掛長にまかされていたのである。しかし、設備課長のY3は、最近就任したばかりで、そのような事情を知らなかった。

 その後、購買課長のY4はY3に対して、タンク通路床材の点検・修理は終わったかと尋ねた。Y3は、Y1及びY2が何も言わずに帰宅したことから、仕事は予定通り完了したものと判断して、「ああ、そう言えば掛長連中は何も言わずに帰っちゃったな。きっと終わったんだと思うよ」と答えた。

⑤ Y4は、さらに確認をすることなく、翌日の作業には支障はないものと考え、翌日乙工務店が来たらタンク入り口の鍵を渡すように警備員に頼んで帰宅した。

3 事故当日

 乙工務店のX1、X2、X3及びX4は、翌日13時30分に甲社に到着した。そのときの服装は、全員が乙工務店の作業衣、安全靴を着用していた。X1とX2はフルハーネス型の安全帯をしていたが、X3は安全帯をしておらず、X4は通常型の安全帯をしていた。

 彼らは、甲社の正門で自社名を告げて、警備員にタンク入り口の鍵を渡すように頼んだところ、警備員は「乙工務店さんですね。Y4から伺っています」と言って鍵を渡した。

 作業を開始しようとして、「修理関係者以外立ち入り禁止」の表示のある看板が通路入り口の中心にあることを発見した。

  責任者のX1が甲社の購買課に電話を入れたが、購買課員は誰も出社していなかった。電話に出た設備課の職員のTは、忙しいのに無関係な電話に出なければならなかったことでいらいらしていた。予定が書かれたホワイトボードを見て、「ここに作業予定表があるけど、昨日は、通路の点検・修理をしていたみたいだね。でも、今日は作業の予定はないよ。俺は担当じゃないし、そんな看板の意味は分からないよ」と答えた。Tは、点検・修理で床材を外すと誰かから聞いたような気がしたが、尋ねられなかったのでそのことは言わなかった。

 X1らは、警備員から入り口の鍵を渡されたとき「Y4から伺っています」と言われたこともあり、看板は自分たちの塗装作業のために、他の者を立ち入り禁止にしたのだろうと考えた。つまり「修理関係者」とは自分たちのことだろうと思ったのである。そこで、作業を開始することとした。

 X1らは、タンク上部まで上がって通路を見渡したが、床材の外れているところは、タンクの反対側にあり、タンク上部の突起のために死角となっているため確認することができなかった。

 彼らが塗装をすることとなっている手すりは、直径30㎜の鋼鉄製のパイプでできており、1メートルごとに支柱があり、床から120センチ、90センチ、30センチの部位に、3本の横桟が取り付けられている。

  このため、墜落の危険性があるとは思えず、X4以外は命綱の使用をしなかった。X4は高所の作業に慣れておらず、多少の恐怖感を感じたために、フックを最上部の横桟にかけて命綱を用いたものである。

 X3及びX4が作業に慣れていないこともあり、作業に思ったよりも時間がかかった。周囲はやや暗くなっていたが、予定したところまですまそうと無理をして作業を続けていた。

 事故等の状況(X3については目撃者がいないため推測が混じっている)は以下のようなものである。

【X3の場合】

  •  手すりに塗装をしながら横向きに進んでいたが、目は手すりの方を向いており、薄暗かったこともあって、床材が外れていることに気付かなかった。
  •  床のない所で、足を踏み外し、バランスを崩して墜落。
  •  災害に気付いたX1がただちに救急車を呼んだが、病院で死亡が確認された。

【X4の場合】

  •  (X3と同じ)
  •  床のない所で、足を踏み外し、バランスを崩したが、安全帯で宙づり状態となった。
  •  叫び声を聞いたX2がかけつけ、すぐに引き上げたため、宙づりとなったときに腰を痛めたのみで、2週間の休業災害となった。

(2)本件災害の原因(どうすれば防げたか)

さて、この災害はどのようにすれば防げたであろうか。各登場人物は、どのように対応するべきだったのだろうか。なお、まずは彼らの責任を追及するためではなく、災害を防止するためにはどうすればよかったかについて考えることとしよう。

ア 乙工務店関係

(ア)X1について
  •  X1は、「修理関係者以外立ち入り禁止」の看板を見たのであるから、「修理関係者」とは自分たちのことだなどと安易に考えるのではなく、もう少し状況を確認するべきであった。甲社の設備課の職員も「分からない」と言っていたのであるから、もう少し「立ち入り禁止」の意味を重く受け止めるべきであった。
  •   もちろん、休み中の購買課の職員に尋ねるべきであったとすることは、相手が顧客であることを考慮すると、やや酷かもしれない。しかし、このような表示がある以上、何かの危険があるのではないかと考えて、作業を開始する前に、念入りに作業場所の点検・確認をしておけばこの事故は防げた可能性があろう。
  •  なお、墜落防止のための安全帯の使用をX3にさせていないが、このことは墜落の恐れがあるような作業場所だとは認識していなかったのであるから、やむを得ない面はある。しかし、高所へ上がる以上、どのような作業が発生するか分からないのであるから、X3が安全帯を着けないままで入場することを黙認したことは、望ましくはないといえよう。
  •   また、安全帯についても、フルハーネス型のものを支給しておけばX4の負傷は防げた可能性が高いものと思われる。
(イ)X3、X4(被災者)
  •  X3及びX4は、作業を開始するときに事前に周囲の状況を確認しておくべきであった。少なくとも最初に通路を1周して危険個所がないかどうかの確認をしておけばこのような災害は発生しなかったと思われるのである。
  •  なお、X3は安全帯をしていなかったが、これはほとんど墜落の恐れはないと考えられるような場所だったのであるから、やむを得ないと考えるべきであろう。

イ 甲社関係

(ア)A及びC
  •  Y1及びY2から、仮設手すりを設置せよと指示を受けたにもかかわらず、これに従わなかったことは重大なミスであるといえよう。確かに、通常であれば設備課員しか登らないような場所だとはいえ、通路なのだから、何かの理由で、誰かが入ることも予測できないことではないのである。
  •   また、「立ち入り禁止の表示」など個人に頼る措置は、絶対に無視されないとはいえないのである。20メートルの高さの通路の床材を外しておくのであるから、やはり仮設手すりを設けないまま放置するべきではなかったといえるだろう。
(イ)購買課長Y4
  •  Y4は、床材の取り外しの作業があることと、翌日その通路での作業が予定されていることを知っている唯一の者であった。Y4は翌日の作業があることを設備課長のY3に伝えていなかった。
  •   事前に、翌日に作業があることをY3に伝えていれば、Y1及びY2にその話が伝わった可能性がある。翌日の作業があることを知っていれば、Y1及びY2は、床材を外されたままにして作業をやめると判断したときに必要な対応をしたとも考えられる。
  •  また、事故の前日には、通路の点検・修理が終わったことを、Y3に尋ねて確認しているが、このときも翌日そこで外注作業が予定されていることをY3に伝えていない。Y3はそのために、その質問の持つ重大性に気付くことができず、世間話のようにとらえてしまった。
  •   もし、翌日の作業のことを伝えていれば、Y3は状況の確認をとってY4に伝えた可能性がある。
(ウ)設備課長Y3
  •  Y3は床材の取り外し作業の責任者であるから、高所にある通路の床材を取り外すような場合には、そこに他部署の作業者が入り込んで墜落する可能性があることを、一般論として認識するべきであった。
  •   鍵のかかる扉があるとはいえ、鍵は警備員も持っているのであるから、鍵を掛けただけでは十分ではないと考えるべきであった。この事故の場合には、物理的に他の作業者が立ち入れないようにしておくことを、事前に明確にY1及びY2に伝えておけば防止できた可能性がある。
  •  また、前日にY4からの作業完了について尋ねられたときに、その質問の意味を深く考えることなく、また担当者から作業完了の報告を受けていなかったにもかかわらず、報告がなかったことは予定に変更がないことだと安易に考えて、作業が終了したとY4に告げている。
  •   ここではY4の質問に対して、わざわざそのような質問をすることには何か意味があるのではないかと考えて、そのことをY4に確かめた上で作業状況の確認をするべきであった。
(エ)甲社
  •  高所の通路の床材を取り外したままにするような場合には、物理的に立ち入ができなくなるような措置を図ることをルール化して徹底することをしていなかった。
  •  乙工務店にタンク上部の通路の塗装を発注するにあたって、当日、甲社の社員が立ち会うべきであった。甲社の社員であれば、「修理関係者以外立ち入り禁止」の看板の持つ重大性に気付けた可能性がある。また、出入りの業者と異なり、必要な情報の収集も可能だったと思われる。
(オ)掛長Y1及びY2

さて、本稿の本題であるY1とY2である。彼らの問題は以下のようなことであろう。

  •  A及びCに仮設手すりの設置を命じておきながら、その確認を怠ったこと。
  •   やはり、安全についての確認は作業現場の責任者である彼らが自ら行うべきであった。
  •  階段入り口に鍵は掛けたものの、鍵は自分たちだけが管理しているのではないのだから、不安全な状態の場所に他の者が立ち入るかもしれないと考え、物理的に立ち入りができないような措置をとるべきであったにもかかわらず、そのようにしなかったこと。
  •   そのような措置は、比較的簡単にできる(扉にチェーンを巻き付けてシリンダ錠を掛けておけばよかった)し、それをすることによって発生する不都合よりも、しなかったことによって起き得る不都合の方がはるかに大きいのであるから、やはりそうするべきであった。
  •  週明けに作業を再開するときに、なんらかの理由で他の者が作業を行うことも考えられるのであるし、通路で臨時に何かの作業行うことも考えられるのであるから、状況を上司のY3に伝えるべきであったのに、伝えなかったこと。
  •   確かにそれまでも作業が予定通りに終わらなかったときに上司に報告してはいなかったが、この場合は通路の床材を取り外したままにするという不安全状態となっていたのだから、それまでとは違うと判断するべきであった。
  •   もし、ここで設備課の責任者であるY3が状況を把握できていたら、Y4から尋ねられた時にその状況を伝えたろうから、この災害は発生しなかったと考えられるのである。

2 Y1とY2のどちらの責任が重大か

(1)問題提起

さて、この事故ではY1とY2は、まったく同じように不安全な行動をとっている。ところが、たまたまY1の場合は死亡災害の発生につながり、Y2の場合は休業災害ですんだのである。

【問題提起】

Y1の責任はY2よりも重いと考えるべきだろうか。それともその責任は同じだと考えられるべきだろうか。

これについては、いろいろな考え方があり得ると思う。

ア Y1の責任が重いという考え方

そもそもY1は「死亡」という重大な結果を生じているのである。その結果はやはり重いというしかない。X3は22歳の若さで、結婚を約束していた女性がおり、彼女はX3の子を身ごもっていた。また、たった一人の子供だったX3に先立たれた両親の嘆きもきわめて大きい。多くの人々に深刻な悲しみを与えたばかりか、その後の人生を大きく変えてしまったのである。

このように重大な災害を引き起こしたY1の責任が、結果的に軽症災害を引き起こしたに過ぎないY2と同じであるはずがない。

イ 両名の責任は同じだという考え方

しかし、Y1とY2は全く同じことをしたのである。災害は彼らの知らないところで発生した。もし、X3とX4のこの日の作業が入れ替わっていたらどうであろうか。このときはY1の行為の結果は負傷であり、Y2の行為の結果は死亡ということになったであろう。

結果の軽重は、彼らとは関係のないところで、ある意味で偶然によって定まったのである。そのような偶然によって、責任が重くなったり軽くなったりするのでは、たんに運が悪かった「だけ」ということになってしまい、安全な仕事をしなければならないという意識に悪影響を与えるのではないか。

確かに、死亡という結果は重いし、それによって多くの人々に多大な影響を与えたことは事実である。しかしながら、それは感情論であって、そのことを責任の重さに結び付けるべきではない。


(2)危険犯と結果犯

ア 刑法による処罰

刑法においては、どのように考えることになるだろうか。刑法は第211条に業務上過失致死傷という罪を定めている。実は、「致死」の場合と「致傷」の場合で法定刑は区別されておらず、「5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金」で同じなのだが、現実には「致死」の場合は「致傷」よりも重く罰せられることになる。

この災害の場合は、Y1とY2に業務上過失致死傷罪が適用される可能性は低いとは思う。しかし、仮に適用されれば、Y1はY2よりも重く罰せられることとなろう。というより、現実にはY2のケースでは送検される可能性はきわめて低い。仮に、されたとしても、まず間違いなく起訴猶予になって、裁判にさえならないと思われるのである。

結果による処罰の加重についての、「致死」・「致傷」以外での刑法の考え方のひとつの例として、甲と乙がそれぞれ人を殺そうとして、その人にむかって拳銃を撃った場合を考えよう。そして、甲の撃った弾は不幸にも命中して相手は死亡してしまったが、乙の場合は偶然に外れたとしよう。

この場合、人を殺す意思で人に向かって拳銃を撃ったことでは、甲、乙ともに同じである。ところが、この場合は、偶然の結果によって甲は殺人既遂、乙は殺人未遂ということになる。そして未遂の場合は、「その刑を減軽することができる(刑法第43条)」のである。条文上は「できる」とされているだけだが、現実には、ほぼ確実に減軽されることになる。

すなわち、ここでも偶然によって刑の重みが異なっているのである。であれば、偶然の発生によって責任が異なると考えることには、一定の合理性がありそうである。

であれば、刑法の世界では、死亡災害という重大な結果を発生させたY1の責任は、負傷災害を発生させたに「すぎない」Y2よりも重いと判断してもよさそうである。

イ 民法による損害賠償

また、民法上の民事賠償責任はどうだろうか。Y1とY2に損害賠償の責任が生じるとすれば、民法第709条の不法行為責任が根拠となるだろう。その賠償額は、実際に生じた損害である。なお、この場合は、遺族のみならず婚約者の精神的損害(慰謝料)も含み、胎仔(生きて産まれることが前提)の慰謝料も問題となる。すなわち、この場合はY1の方がY2よりも、かなり高額になると考えられる(※)のである。

※ 現実には、「死亡」させた場合の賠償額が「負傷」させた場合の賠償額よりも高額になるとは限らない。「負傷」場合は、治療費や、その後の生活補助の費用なども必要になることがあり、被害者が「死亡」した場合よりも高額になるケースもある。

そのように考えると、民事責任の観点からも、やはりY1の責任はY2の責任よりも重いということになりそうである。

ウ 結果犯と危険犯

ここで、労働安全衛生法の責任について考える前に、多少、専門的な説明をさせて頂きたい。

刑事法において定められている犯罪には、「結果犯」と「危険犯」という分類方法がある。結果犯とは「殺人」や「窃盗」などのように、人が殺されたとか物が盗まれたという、ある結果の発生に着目して定められた犯罪類型である。これに対して、危険犯とは危険を生じさせたことを罰する罪であり、実際に結果が発生していなくても犯罪が成立するのである。仮に、実際に誰も実質的な被害を受けていなくても罰せられることがあるのだ。

【ちょっと休憩】

危険犯の典型定な例としては、刑法の「放火」が挙げられる。これは物を燃やしたという結果ではなく、火災が発生する危険を発生させたことを罰するのである。

そのため、自己所有の非現住建造物等(第109条第2項)や建造物等以外(第110条第2項)に放火しても罰せられるのである。もし、物を燃やしたことを問題とするのであれば、自分の物(※)を燃やしたからと言って処罰されるいわれはないだろう。放火罪は、物を燃やしたからではなくて火災発生の危険を発生させたために罰せられるのである。ただし、いずれにせよ公共の危険を生じなかったときは罰せられない(具体的危険犯)。

※ ここでは、保険がかかっていないことが前提である。

一方、他人所有の現住建造物等(第108条)や他人所有の非現住建造物等(第109条第1項)に放火すると、公共の危険を生じなくても罰せられることとなる(抽象的危険犯)。

すなわち、他人所有の建造物などに放火すると、危険の程度が抽象的なレベルでも処罰されるが、自己所有の建造物などに放火した場合は危険の程度が具体的なレベルに達しないと処罰されないのである。

エ 労働安全衛生法違反

さて、では労働安全衛生法の世界ではどうであろうか。実を言えばこのケースでは、Y1とY2は労働者を開口部で作業をさせたわけではないので、労働安全衛生規則第519条(墜落防止の措置)違反の問題は生じない。なお、乙工務店についても、労働者を開口部で作業させるという認識がないので、故意がないため違反があるとは言えない。

連絡不足が遠因となって発生した事故であり、労働安全衛生法は過失を処罰する条文はないのである。誰もX3及びX4を開口部のあるところで作業をさせるという認識を持っていないので、そもそも故意責任が問えず、罪にならないのである。

しかし、ここでは故意責任が問えるようなケースについて、偶然の結果によって死亡災害が発生した場合と、たんなる負傷災害ですんだ場合について考えてみよう。

結論から言えば、労働安全衛生法は、災害が発生した結果によって処罰する法律ではない。簡単に言えば、労働災害が発生するリスクの高い行為をリスト化して、それらの行為を(故意に)行うことを刑事罰によって禁止しようとしているのである。従って、労働安全衛生法による罰の軽重は、結果の発生によって異なることはない。

従って、そのような価値判断の下では、Y1とY2の責任は等価ということになりそうである。

【ちょっと休憩】

形式的には労働安全衛生法違反を犯したが、現実には労働災害が発生するおそれがないという場合に、これも違反だと考えるべきであろうか。

私は、現役時代に、何人かの大学の教員、検察官、厚生労働省計画課の法規係員、労働基準監督官などに次の質問をしてみた。

【質問】

労働者数名を雇用する零細企業の社長で、普段は現場での仕事をしていない者が、労働者が一人も出社していない休日に、倉庫に鍵をかけて誰も入ってこれないように配慮した上で、倉庫内で無資格でフォークリフトの運転をしたら労働安全衛生法違反になるだろうか。

これに対しては、質問をした全員が例外なく「違反になる」と回答した。そこで、私はさらに次のような疑問をぶつけてみた。

【疑問】

しかし、この場合、労働災害が発生する可能性はないのではないか。労働安全衛生法の目的は労働災害の防止などにあるわけだから、各条文の解釈もこの目的に沿って行うべきで、労働災害発生の抽象的危険さえないのであれば、違反とはならないと抑制的に解釈するべきではないだろうか。

労働災害の発生するおそれのないような場合まで違反とする必要はないのではないだろうか。

これに対する回答の根拠は多様だったが、結論は全員が「そのような解釈はするべきではない」ということで一致していた。

ある検察官の答えは、「労働安全衛生法違反には、労働災害の抽象的危険が発生していることは必要ではない」というもので、これは厚生労働省の計画課の見解とも一致している。また、別な検察官は、これに加えて、上記の例では抽象的危険がないとまではいえないとした。

また、ある監督官は、労働安全衛生法第61条は形式犯であることを理由に挙げた。十分に考えたうえでの回答ではなかったようだが、形式犯だからという「理由」についてはやや疑問を感じないでもない。

いずれにせよ、労働安全衛生法違反が成立するには、抽象的危険も要しないというのが、実務の大勢のようだ。明文の通達はないようだが、以前、厚生労働省計画課で著述した文献にもそのように書かれていた。

なお、個人が自宅の敷地内で、趣味や生活活動のために無資格でフォークリフトの運転をしたとしても、労働安全衛生法違反とならないことはいうまでもない。労働安全衛生法第61条第1項は、「事業者は・・・就かせてはならない」としており、2項は「前項の規定により」としている。個人宅には事業者はいないので2項には該当しないからである。

このことは、労働者を雇用していない事業主が、自社の敷地内でフォークリフトの運転を行う場合であっても同じである。労働者を雇用していない事業主に、労働安全衛生法が適用されるはずがないからである。

なお、個人事業主が働いていて死亡したとしても、労働災害にはならない。労災保険の特別加入の問題とは別な問題である。

だが、現実の実務においては、(あくまでも法違反が成立すると仮定すればではあるが)死亡災害を発生させたY1は送検されて、裁判で罰金刑を受けることになるだろうが、Y2は是正勧告書を交付されるだけですむ可能性が高いと思われる(※)。そうなると、この場合もやはりY2の責任はY1よりも重いともいえそうである。

※ 送検されることはないなどといっているわけではない。現在の実務の在り方から判断して送検されることは(おそらく)ないだろうということである。現実には、すべての労働安全衛生法違反を送検するようなことは、事務量から考えても不可能であるし、するべきでもない。

となると、労働安全衛生法の世界においても、法律上はY1とY2の責任は等価であるにせよ、実務上はY1の方が重いともいえそうである。


(3)結果無価値と行為無価値

ここで、刑法学において、なぜ犯罪の行為者を処罰するのかについて、結果無価値と行為無価値という考え方があることに触れよう。

結果無価値を主張する者は、ある権利の侵害という「結果」を出したときに行為者を罰するべきであるとする。結果が重大であれば、処罰も重大であるべきだし、結果がそれほど重大でなければ処罰も軽くて良いとかんがえる。

もし、処罰が、被害者の代わりに報復をするものだと考えるなら、このような考え方は合理的なものであろう。

これに対して、行為無価値とは、結果よりもその「行為」に着目して、「悪い行為」をした者を罰するべきだとする。このことを徹底すると、犯罪の既遂と(偶然による)未遂を区別する必要はないということになる。いずれにせよ、その者がしたことは同じだからである。

もし、処罰の根拠が一般予防(罪を犯すと重い刑事罰に処せられるということを一般に知らしめて、犯罪の発生を抑圧する)にあるなら、このような考え方も合理的であると言えよう。

もちろん、我が国を含めてどのような国の刑事法の体系も、このいずれかを徹底したりはしていない。いずれかが絶対に正しくて、いずれかが誤っているというわけではないからである。

いずれにせよ結果無価値を採用するなら、Y1の責任はY2よりも重く、行為無価値を重視するなら、Y1とY2の責任は等価ということになろう。実を言えば、刑法の理論の世界においても、必ずしもいずれが正しいということではないのである。


(4)再発防止のために重要なのは

しかしながら、災害の再発防止のため、あるいはリスクアセスメントの資料としての価値は、Y1のケースとY2のケースで等価と考えるべきであろう。

現実には、死亡災害を発生させたY1のケースに注目が集まりがちであろうし、軽症ですんだY2のケースは見過ごされやすい。しかしながら、墜落防止という観点、またことなる部門間の連絡の徹底をどう図るかという観点からは、両者の価値は同じなのである。

むしろ、「たんなる」ヒヤリハット事例や軽症の事例に、どこまで重大な災害の芽が内包されているかを見極める力こそ、リスクアセスメントに求められるといってよい。「これは、偶然に軽症災害で済んだが、重大な災害に発展しかねない」ということを、如何に見出して、その情報を共有化し、再発防止やリスクアセスメントに活かしてゆくかが重要なのである。

もちろん、たんにヒヤリハットや軽症事例をすべて等価として扱うのではなく、重要なヒヤリハット事例、重要な軽症事例を見極めることが重要となる。よく、事業場で年に数件程度の軽症災害の発生件数を調べて、今年は災害が減ったからよかったとか、増えたから問題だとか言っている例があるが、このようなことは無意味だといってよい。

軽症災害については、災害の件数を問題にするのではなく、災害の内容を見なければならないのである。もし、①重大な災害の芽がない、②同じ災害が繰り返して発生するおそれがないなどであれば、年に数件程度の災害の増減など気にしてもしかたがない。リスクに基づく管理においては、そのような発想をすることも必要になるのである。

【リスクアセスメントに必要な知識】

よく、リスクアセスメントは予防の考え方だが、従来型の労働災害防止対策は後追い対策だなどという主張がおこなわれることがある。しかし、これはまったくのナンセンスである。従来の安全衛生対策でも予防を重視していたし、リスクメントだって過去の災害事例に学ばなければならないのである。

リスクアセスメントと従来型の安全衛生対策で求められる知識・ノウハウはそれほど変わらないのである。むしろ、従来型の安全衛生対策を行うための知識やノウハウがなければ、リスクアセスメントを効果的に行うことは不可能だと言ってよい。

従来型の労働災害防止対策とリスクアセスメントの違いの本質をやや極端にいえば、従来型が「ルールを定めてそれに従っておけばよい」という考え方でリスクアセスメントの考え方は「災害発生の可能性と重大性を自ら判断して、そのリスクに応じた対策を自ら採る」ということである。


3 最後に

ここで結論めいたものを示すとすれば、Y1とY2のいずれの責任が重いかについては、「考え方によって異なる」としか言いようがない。

しかし、同種災害防止のための資料としての価値は同じなのである。むしろ、軽症災害しか発生していない状態で、その問題点を抽出し、それを生産活動に活かして災害を防止することこそが重要なのである。すなわち、死亡災害が発生してからでは遅いのであり、軽症災害のうちに対応をとるべきだと言えよう。

繰り返しになるが、この災害は、現実に発生したとしても労働安全衛生法違反を問うことは難しい事例だと思う。また、業務上過失致死傷を問うことも難しいであろう。他に労働安全衛生法違反がなければ、違反なしということになると思う。

一方、民事賠償では、乙工務店は安全配慮義務違反となる可能性が高いように思える。甲社も床材を外した場所で塗装作業を依頼し、そのことを告げていないのだから、不法行為責任を問われる可能性が強いだろう。

従って結論としては、

法律的な責任としては、Y1の責任はY2よりも重いというべきだが、再発防止という観点からは等価である。

ということになろう。

最後に、再発防止対策について述べておこう。甲社、乙工務店ともに、この事例から学んで改善を行うべきである。

甲社としてはどうするべきだろうか。

  •  不安全状態のまま作業を中断する場合には、立ち入りを物理的にできないようにすることをルール化して徹底する。
  •  タンクの階段入り口の鍵を設備課で一元管理する。
  •  作業中の表示の内容を「修理関係者以外立ち入り禁止」などの抽象的なものから、「危険箇所あり。この表示をした者以外の者の立ち入り禁止」など明確にする。
  •  作業の報告は、毎日の終業時間前に必ず行うことを徹底する。

などが考えられる。

乙工務店としては、

  •  出先での作業には、相手側の会社の責任者の立ち合いを求める。
  •  作業前には、作業場所の不安全個所の点検を行うことをルール化し、徹底する。

などが考えられる。


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