化学物質関連特別規則の廃止の合理性




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打ち合わせをする男女

※ イメージ図(©photoAC)

厚労省は、自律的な化学物質管理をめざして2022年2月24日に改正安衛令等を公布し、同5月31日には改正安衛則等を公布しました。

この改正は、その前提として、5年後を目途に、特化則、有機則等を廃止することを「想定」して行われたとされています。ただ、実際に廃止されるかどうかについては、行政も、用心深く、やや玉虫色たまむしいろの表現をしています。

厚労省によると、廃止は、「自律的な管理の中に残すべき規定を除き」、「自律的な管理の定着状況を踏まえて」、「検討」するとされているのです。

すなわち、5年後に必ず廃止すると決まったわけではなく、規則を廃止するとしても、一部の条文は(おそらく安衛則に移して)残すとしているわけです。結果的に、廃止されるのはごくわずかな条文だったとしても、「公約」は果たせたことになるわけです。

現時点で、これらの規則が廃止されることを前提として、事業場の化学物質管理の方向性を定めることは、私はあまりお勧めはしません。むしろ、大手の化学工場や化学関連の研究所等を除けば、化学物質管理の体制を、「法規制型」を確実に実施しつつ、「自律的管理型」を着実に実効あるものとする「2輪体制」で進めてゆくことを強くお勧めします。

本稿では、化学物質関連の特別規則の廃止の持つ意味と、今後の予想について解説します。




1 はじめに

(1)化学物質の特別規則の廃止を想定した法令改正

執筆日時:

最終改訂:

工場の前のスーツ姿の女性

※ イメージ図(©photoAC)

厚労省は、自律的な化学物質管理を志向して2022年2月24日に改正安衛令等を公布し、同5月31日には改正安衛則等を公布した。

この改正は、事業場における化学物質の管理を「法令依存型」から「自律的管理型」に転換することをめざしている。そして、厚労省によれば、この改正は化学物質関連の特別規則と粉じん則を廃止(※)することを「想定」して行ったとされている。

※ 厚生労働省「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会報告書」(2021年7月)による。なお、廃止が想定されているのは、特化則、有機則、鉛則、粉じん則及び四鉛則の5規則であり、石綿則は廃止されるとはされていない。石綿則が廃止されないのは、おそらく大阪泉南アスベスト訴訟等で、国が石綿を規制してこなかったことが違法な行政不作為であるとされたためであろう。あるいは、すでに製造・使用等が禁止されて、後は、現に使用されているものの適切な廃棄処理だけが課題となっているという特殊な状況が考慮されたのかもしれない。

もっとも、では特化則のうち発がん性を有する物質についての規制を廃止するのは、違法な行政不作為に当たらないのかという疑問は誰もが感じるところであろう。

ということは、今回の改正事項が確実に事業場に根付けば、化学物質関連の特別規則は必要がないと判断しているということであろう。すなわち、事業者が自律的に化学物質による労働災害防止対策を行うのであれば、個々の化学物質に対する個別具体的な規制は必要がないというわけである。


(2)廃止は確定したことではない

ア 廃止は改正法令が定着してから

ただ、行政としても、特別規則の廃止については、次に示すようにかなり慎重な言い回しをしている。

特定化学物質障害予防規則、有機溶剤中毒予防規則、鉛中毒予防規則、粉じん障害防止規則、四アルキル鉛中毒予防規則(以下「特化則等」という)は、自律的な管理の中に残すべき規定を除き、5年後に廃止することを想定し、その時点で十分に自律的な管理が定着していないと判断される場合は、特化則等の規制の廃止を見送り、さらにその5年後に改めて評価を行うことが適当である。

※ 厚生労働省「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会報告書」より。(引用者において下線強調を付した)

まず、5年後というのが、いつの時点から5年後なのかが明らかではないが、そのことはよいとしよう。それより、ここでは「廃止する」とはされていないことの方が重要である。「廃止することを想定する」とされているだけなのだ。

工場の前のスーツ姿の女性

※ イメージ図(©photoAC)

そして、ここがさらに重要なのだが「その時点で十分に自律的な管理が定着していないと判断される場合」は、廃止を見送り5年後に先送りするといっている。つまり、特別規則は廃止されることを想定して、廃止されても大丈夫な仕組みの法令を定めるが、その法令が十分に守られなければ、廃止はできないというのである。

厚労省は、自分たちで定めた法令は、「現行の特別規則が必要なくなる」法令だと主張しているのである。にもかかわらず、それが守られなかった場合に備えて現行の特別規則も当面は残すというのである。ずいぶん弱気な発言ではあるが、しかし、論理的なストーリーは分からなくもない。

そして、そのときに「十分に自律的な管理が定着していないと判断される場合」は、1年先送りとかではなく、さらに5年、先送りにするというのである。法令を定めて、10年も定着しない可能性に言及するというのは、いかがなものかという気もする。

しかも、10 年後にも、廃止するのではなく、廃止できるかどうかを「評価する」のである。さすがに、そのときにダメだったらどうするのかまでは言及していない。さらに5年間、先送りするのか、他の方法を考えるのか、それとも廃止は棚上げにするのか、それはそのときに考えるということなのだろう。

事業者の側に立ってみれば、5年後か 10 年後には廃止することが想定されている(本来は必要のない)規則を、それまでは遵守しろと言われるわけである。モチベーションが下がることは否めないだろう。まして、そのために多額のコストをかけたいとまでは思わないだろう(※)

※ 実際には、自律的な管理を的確に行って、問題の出ていない事業者には、前倒しで特別規則の規定が除外されることとなっている。詳細は、「有機則、特化則等の適用除外」を参照して頂きたい。


イ すべてを廃止するのではない

また、廃止するのは、各特別規則のすべての条文ではないのである。厚労省は、先述した報告書の中で、「自律的な管理の中に残すべき規定」は廃止しないと明確に述べている。ただし、これも問題なのだが、何を残し、何を残さないかは記されていないのだ。

※ なお、前項の注記で述べた、優良事業者に対する前倒しの特別規則の適用除外では、保護具に関する規定(一部を除く)、特に有害性が高い作業や物質に係る特別な規定、健康診断に関する規定等は適用が除外されない。

だったら、その適用除外されない規定は、自律的管理が定着した場合でも廃止しないと言えばよさそうなものという気がする。しかし、それさえ言わないのである。

特別規則がなくなることを想定して、新しい法制度を策定したとする以上、既存の特別規則のどの部分が必要なくなるのか、どの部分は必要なのかは分かっているはずだ。それを明言しないというのは、民主主義国家・国民主権の国家の行政として奇妙な話である。これでは、事業者は職場の化学物質管理で、将来を見据えた計画的な推進は困難となるのではないだろうか。あまりにも無責任という気がする(※)

※ その気になれば、特別規則をすべて「廃止」して、安衛則の中に「化学物質管理」という新しい章を設け、廃止した特別規則のほとんどの条文をそこに移したとしても「公約」は果たせるのである。

例えば、5年後からは保護具の着用だけでもよいことになるかもしれないが、現行の特別規則では局所排気装置を設置しなければならないのだから、設置せよと指示されれば、釈然としないものを感じるだろう。5年後には必要がないものが、なぜ今は必要なのだ?いずれにせよ、性能の良い数百万円の定置型のものと、間に合わせの数十万円のものがあれば、低価格のものを選ぶのではなかろうか。これが、職場の化学物質管理にプラスになるとは思えない。

また、局所排気装置の製造メーカーも、研究開発にコストを掛け続けるべきかどうかの選択を迫られることになるだろう。

今後の事業場における化学物質管理が、長期計画的に実施されるようにするためには、このような中途半端な状況におくべきではない。これは恒久的に必要だが、これは暫定的なもので5年後か10年後に廃止すると、少なくとも区別は明確に示すべきであろう。

特別規則の廃止に関して、行政がとっているあいまいで優柔不断な態度は、現場に混乱をもたらす不適切な対応と言わざるを得ないのである。


2 特別規則の廃止は合理的な判断なのか

(1)法的な側面

法的にみれば、自律的な管理によって化学物質による労働災害がなくなるのであれば=そう、なくなるのならばだが、法的には特別規則の廃止は当然のことである。

労働災害の防止という消極的目的(※)を有する規制は、より制限的でない他の選びうる手段があれば、そのような規制を掛けることは許されないのである。むしろ、「自律的な管理」という特別規則よりも緩やかな規制で目的を達成できるのであれば、特別規則は廃止しなければならないことになるだろう。

※ 法律用語で、悪いことが起きないようにすることを消極的目的、良いことが起きるようにするためのものを積極的目的という。

ただし、繰り返しになるが、目的が達成できるのならばだ。達成できないのであれば、規制を外すことは、冒頭にも述べたように行政による不作為責任として違法のそしりを免れ得ない場合もあろう(※)

※ 繰り返すが、大阪・泉南アスベスト被害訴訟の一連の判決を想起されたい。


(2)実質的な側面

ア 作業環境測定

(ア)自律的な管理の規定の中の作業環境の把握方法

作業環境測定の制度は、自律的管理が定着すれば、不要になるようなものだろうか。厳密に言えば、現在、作業環境測定測定を義務付けている化学物質を取り扱う屋内作業場ついて、作業環境測定の義務を外してかまわないようなものだろうか。

もちろん、自律的な管理においても、濃度基準値(※)が定められる物質については、労働者のばく露濃度をそれ以下にすることが義務付けられる。

※ 厚労省が法改正の説明資料で「ばく露管理値」と呼んでいたものである。法的には、厚生労働大臣が定める濃度の基準であり、その値以下に労働者のばく露濃度を抑えることにより、労働者に健康障害を生ずるおそれがないとされる。

ここで問題は、労働者のばく露する濃度をどのように調べるかである。令和4年5月 31 日基発 0531 第9号「労働安全衛生規則等の一部を改正する省令等の施行について」(以下「施行通達」という。)によると、それには次の方法が含まれるとされている。

【リスクアセスメントの手法】

  • 個人ばく露測定の測定値と濃度基準値を比較する方法、作業環境測定(C・D測定)の測定値と濃度基準値を比較する方法
  • 検知管や測定器具などを用いた簡易な気中濃度の測定方法(具体的手法はガイドラインで策定されている)
  • 厚生労働省が作成したCREATE-SIMPLE等の数理モデルによる推定ばく露濃度と濃度基準値と比較する等の方法

これによると、自律的な管理のもとにおいては、現行の作業環境測定は必ず実施しなければならないということにはならないのである。

また、確認の頻度であるが、この確認は改正後の安衛則第577条の2第1項は、ばく露の程度の低減等はリスクアセスメントの結果によって行うものとされている。

そのリスクアセスメントの実施時期については、施行通達には次のようにされている。

本規定における「リスクアセスメント」とは、法第 57 条の3第1項の規定により行われるリスクアセスメントをいうものであり、安衛則第 34 条の2の7第1項に定める時期において、化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針(平成 27 年9月 18 日付け危険性又は有害性等の調査等に関する指針公示第3号)に従って実施すること。

ただし、事業者は、化学物質のばく露を最低限に抑制する必要があることから、同項のリスクアセスメント実施時期に該当しない場合であっても、ばく露状況に変化がないことを確認するため、過去の化学物質の測定結果に応じた適当な頻度で、測定等を実施することが望ましいこと。

※ 施行通達より。

そして、安衛則第34条の2の7によれば、リスクアセスメントは次の時機に行うとされている。

【労働安全衛生規則】

(調査対象物の危険性又は有害性等の調査の実施時期等)

第34条の2の7 法第五十七条の三第一項の危険性又は有害性等の調査(主として一般消費者の生活の用に供される製品に係るものを除く。次項及び次条第一項において「調査」という。)は、次に掲げる時期に行うものとする。

 令第十八条各号に掲げる物及び法第五十七条の二第一項に規定する通知対象物(以下この条及び次条において「調査対象物」という。)を原材料等として新規に採用し、又は変更するとき。

 調査対象物を製造し、又は取り扱う業務に係る作業の方法又は手順を新規に採用し、又は変更するとき。

 前二号に掲げるもののほか、調査対象物による危険性又は有害性等について変化が生じ、又は生ずるおそれがあるとき。

 (略)

すなわち、確認は職場のリスクに変化が生じる機会にのみ行えばよいのである。つまり、労働者のばく露する濃度を把握する頻度も、現行の作業環境測定の6月を超えない期間ごとから、大きく後退することになる。


(イ)作業環境測定の制度の廃止は妥当か

すなわち、その是非はともかく、特別規則の作業環境測定に関する規定を廃止すれば、事業者は作業環境測定を行う必要はなくなるといってよい。

では、それは労働災害防止の観点から適切なことだろうか。その答えは、厚生労働省の「労働環境調査」の中にある。

作業環境測定の結果、管理区分ⅲとなるものの割合

クリックすると拡大します(厚生労働省「労働環境調査」より作成)

作業環境測定の結果、管理区分Ⅲとなるものの割合は、平成18年以降増加傾向にあるのだ。令和元年にはやや減少したものの、特定化学物質でさえ4.2%、粉じん則では6.6%もある。

一方、今回の法令改正においては管理区分Ⅲの作業場に対する規制強化(※)が行われる。そのこと自体が、作業環境測定を廃止することが困難であることを示しているのではなかろうか。

※ 一方で、規制を強化する制度について、必要がないから早ければ5年後には廃止するというのは論理矛盾であろう。なお、詳細は「作業環境測定の第3管理区分への対応」を参照して頂きたい。

しかし、この状態で、作業環境測定の制度を廃止すれば、この規制強化も自動的に廃止されることとなる。それでは、その後で管理区分Ⅲとなる作業場は、廃止の後は放置される可能性が高いだろう。

そうならないという確認が得られるまでは、作業環境測定の制度はなくすべきではないと考えるがいかがなものであろうか。


イ 特殊健康診断

(ア)自律的な管理の規定の中の健康診断

自律的な管理の仕組みの中でも、改正後の安衛則第577条の2において化学物質に関する新たな健康診断(※)が定められている。

※ 詳細は「リスクアセスメント対象物健康診断等」を参照されたい。

【改正後の安衛則第577条の2による健康診断】

  • 第3項:リスクアセスメント対象物を製造・取り扱う労働者に対し、安衛法第66条による健康診断のほか、リスクアセスメント対象物に係るリスクアセスメントの結果に基づき、関係労働者の意見を聴き、必要があると認めるときは、医師又は歯科医師が必要と認める項目について、医師又は歯科医師による健康診断(※)を行わなければならない。
  • 第4項:ばく露管理値設定物質を製造・取り扱う労働者が、ばく露管理値を超えてばく露したおそれがあるときは、速やかに、医師又は歯科医師が必要と認める項目について、医師又は歯科医師による健康診断(※)を行わなければならない。

※ これらの健康診断及び措置については、衛生委員会(安全衛生委員会)の付議事項としなければならない。

また、そのそれぞれに記録の保存、医師等の意見の聴取、医師等への情報の提供、事後措置、結果の本人への通知等が義務付けられる。

しかし、これらは安衛法の根拠のない規定のようである。すなわち、罰則のない条文だと思われる(※)のである。

※ 政府は、今回の改正について、省令の個々の条文の安衛法の根拠を明らかにしていない。詳細は「リスクアセスメント対象物健康診断等」を参照されたい。

しかも、第4項はともかくとして、第3項の健康診断の必要性を判断できる事業者が、それほど多いとは思えない。また、検診項目を決定できる医師又は歯科医師がそれほど多いとも思えないのである。おそらく、仙台、東京及びその近県、愛知、大阪、福岡などを別とすれば、ほとんどいないのが実態ではなかろうか。

なお、施行通達を見る限り、生物学的モニタリングについては、政府は、リスクアセスメントの手法としては想定していないようである。従って、新制度(自律的な管理)の下では、生物学的モニタリングが普及するとも思えない(※)のである。

※ 生物学的モニタリングは、対象物質は限られるが、ばく露の経路(経気道、経皮、経口の別)によらずに、ばく露量を知ることができる。半減期の短い物質については、実施する時間帯には注意を要するが、かなり確実な手法であり、政府がこれをリスクアセスメントの手法として想定していないことは理解に苦しむ。

このように考えると、改正された新しい規定によって、現行の化学物質関連の特殊健康診断に代わるような健康診断が広まるとは思えないのである。


(イ)特殊健康診断の制度の廃止は妥当か

この状況下で、現行の特殊健康診断を廃止することは妥当なことであろうか。これを廃止すれば、労働者が、化学物質関連の健康診断を受ける機会は、きわめて少なくなるであろう。

ただ、いずれにせよ、政府は特殊健康診断を廃止するとは考えていないようである。というのは、先述した化学物質関連の特別規則の適用除外の制度(※)において、化学物質の自律的な管理を的確に実施している事業者に対しても、特殊健康診断については適用を外していないからである。

※ なお、実施頻度については、別途の緩和措置の対象としている。詳細は、「有機則、特化則等の適用除外」を参照して頂きたい。

また、厚労省の「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会 報告書」(2021年(令和3年)7月)においても、(ア)で挙げた健康診断に関して「既に健康診断の実施が義務付けられている特定化学物質、有機溶剤等を除き」という表現がある。すなわち、現行の特殊健康診断以外の健康診断についての定めということであるから、既存の健康診断の廃止はしないとしか思えない。

関係者からの情報でも、厚労省には、特殊健康診断について廃止するという雰囲気は感じられないのが実際のところのようである。とはいえ、5年(又は10年)後の特別規則の廃止において、特殊健康診断を残置するかどうかについて、行政が明言をしていないことは事実である。

ただ、厚労省の報告書によれば、新制度の健康診断は、既存の特殊健康診断の存在を前提として定められているのであるから、廃止できるわけがないと考えるべきであろう。


ウ 作業主任者

(ア)自律的な管理において作業主任者に代わるもの

作業主任者制度については、「化学物質関連の作業主任者制度の行方」に詳細に記したのでそちらを参照して頂きたい。

そこに詳しく記したが、厚労省が公開している文書を見る限りでは(※)、自律的な管理の下においては、作業主任者の職務は職長が行うということのようである。しかし、労働安全衛生法において、「職長」という名称で選任しなければならない役職があるわけではない。

※ 各方面からの情報から総合的に判断すると、必ずしも作業主任者は廃止の方向で関係者が一致しているわけではないという印象を受けている。

たんに、その作業において現に労働者を直接指導又は監督する者を、安衛法において「職長」と呼んでいるだけである。

要するに、厚労省が、「作業主任者の役割は新制度(自律的管理)の下では職長が果たす」といっているのは、「現行制度の下で作業主任者が果たしている役割は、誰でもよいからその場で作業の指揮監督を行うものが果たせ」ということである。

もっと分かりやすく言えば、作業主任者制度はなくして、代わりとなる制度は何も創設しないということなのである(※)

※ 実際には、職長教育を実施しなければならない業種を、わずかに拡大することでお茶を濁している。現実には、ほとんど意味のない改正だといってよい。これについては、「化学物質の自律的管理と安全衛生教育」を参照して頂きたい。

なお、職長教育は、作業主任者技能講習に代替できるようなものではない。


(イ)作業主任者制度の廃止は妥当か

行政が、作業主任者制度を廃止するというのは、突き詰めれば、事業者が自律的に化学物質対策をするのであれば、作業主任者制度など設ける必要はないということであろう。確かに、それはその通りである。だが、事業者が適切に自律的な管理を行えば、という前提なら、安全衛生行政そのものが必要なくなるだろう。

このような理屈が通るなら、化学物質に限らず、すべての作業主任者制度を廃止しても問題はないはずである。それができないのであれば、化学物質の作業主任者も廃止してはならないのではないだろうか。

技能講習を受けて試験に合格し、作業主任者の資格を有している者は、化学物質管理に関する一定の知識を有しているはずである。そして、作業主任者制度は、わが国の労働安全衛生活動の一翼を担ってきたのだ。

作業主任者制度は、事業者の自律的管理を確実なものにするためにも、簡単に廃止してはならないものなのである。


(3)実施体制が壊滅的な影響を受ける可能性

ア 作業環境測定の実施体制が受ける影響

政府は、作業環境測定の制度について、早ければ5年後に廃止されることを想定しているのか、新しい制度(自律的な管理)においても必要なので残すのかを明確にしていない。

廃止されれば、新制度(自律的な管理)の下では作業環境測定を行う必要はない。労働者には保護具を使用させておけば、法令違反とはならないのだ。

そして、このままでは、短ければ5年間、長ければ 10 年間、政府が廃止を想定している可能性があるという不安定な状況におかれるわけである。

まず、大学で化学を学んでいる学生は、作業環境測定士の資格を取得しようとはしなくなるだろう(※)。現に、作業環境測定士の職務についている者も、5年の間になんとか転職をしなければと考えるのではないだろうか。

※ 私が、大学の教職員だったら、学生に対して作業環境測定士の道には進むなと指導する。学生を先の見えない道へ進ませるわけにはいかないだろう。

また、当然のことながら、新たに作業環境測定機関になろうとする機関はなくなるだろう。既存の作業環境測定機関も転廃業を検討せざるを得なくなるのではないだろうか。少なくとも、退職者の補充のために、新たに新人を採用するようなことはなくなるだろう。

転廃業を考えないまでも、新たな設備投資は行わなくなる。廃止までに減価償却できないような設備を導入することはできないからだ。既存の設備が壊れたら、転廃業するのが経営者として合理的な判断となる。

廃止するかしないか明確にならないような状況で、作業環境測定の体制が維持できるなどとは考えない方がよい(※)。間違いなく衰退することとなる。そして、業界の規模が極端に小さくなれば、制度そのものが維持できなくなる可能性さえあるだろう。

※ 行政として、作業環境測定は新制度の下で規模を大幅に縮小することになるから、5年か 10 年の間に、他の事業に転換しろということなら何も言わないが。

特別規則を廃止しても、新制度(自律的管理)のリスクアセスメントで作業環境測定が行われると、政府は考えているのかもしれない。しかし、それはあまりにも現実を無視した考えである。法違反にならなければ、一部の大手企業を別にすれば、作業環境測定を行おうとする企業はほとんどなくなってしまう。作業環境測定の需要は激減するだろう。


イ 特殊健康診断

特殊健康診断は、作業環境測定に比較すれば、影響は少ないだろう。健康診断の施設や医師その他の職員は、他の職務に流用できるからである。もちろん、逆も可能である。

ただ、5年間(場合によっては10年間)という長期間にわたって、廃止の可能性がある状態となることはやはり望ましい結果とはならない。

特殊健康診断に対して、医学者の関心が薄れることは確実だろう。公衆衛生学に優秀な人材が集まらなくなるといった問題点はあり得るのではなかろうか。


ウ 作業主任者

これについては「化学物質関連の作業主任者制度の行方」にも記したが、廃止の可能性がある状態が長期にわたって続くことで、作業主任者の制度は深刻な影響を受けることになるだろう。

まず、化学物質関連の作業主任者のモチベーションは大きく損なわれるだろう。いずれなくなるような資格では、やる気が出なくなることは想像に難くない。

また、新たに資格を取得しようという者もいなくなるだろう。企業としても、5年後には必要がなくなる資格では、有資格者の数がギリギリでも新しく技能講習を受講させようという気にはならない。

技能講習を実施する側でも、あえて講師を養成し、能力の向上を図ろうという気にはなりにくい。受講者数が減って講習の実施回数が減れば講師の能力も低下する恐れがある。

作業主任者のような制度は、「人」のモチベーションがすべてなのである。それを大きく損なうような状況に、長期間、おかれる不利益は計り知れないものがある。


(4)大企業と中小企業の格差拡大のおそれ

また、化学物質管理において、ばく露防止の方法を事業者の手にゆだねればどうなるだろうか。

当然のことではあるが、資本力がありCSRを気にする大企業は、密閉設備の導入、局所排気装置の設置等により、作業環境の改善を図ろうとするだろう。優良な事業者は、労働者のばく露濃度を、基準濃度(職業ばく露限界)の10分の1になるように努力するものもいるだろう。

一方、専門的な知識が十分ではなく、資本力のない中小企業はどうなるだろうか。比較的、化学物質管理に理解のある事業者でさえ、対策は保護具の使用にとどまることも考えられる。場合によっては、劣悪な環境で適切な保護具さえ十分ではないという状況さえ起こり得るのである。

大企業と中小企業の労働者の間に命の格差が生じかねないのである。

そして、中小企業の労働者の安全対策を底上げするのが、特別規則の存在であろう。その事実から目を背けてはならない。


3 最後に

(1)化学物質関連の規則を「廃止する」とアナウンスする意味

厚労省が5年後に廃止することを想定している各特別規則は、一部を除き、新しい改正省令による自律的な管理が定着すれば不要になるということである。

そうである以上、新しい改正省令を施行した後も、それが定着するまでは、不要になるはずの旧い規定をそのまま効力を持たせるというのもおかしな話である。

これでは、新しい省令が5年間(長ければ10年間)は守られないことを前提としているようなものだ。

それとも、新しい省令が守られるだけではだめで、現実に効果が上がるには5年程度はかかるとでもいうのであろうか。

もしそうなら、5年という数字はどこからきたのであろうか。リスクアセスメントとSDSが法律に位置づけられてから何年たっていると思っているのか。その間に、これらの制度は十分に定着したのだろうか。

予め5年後に「廃止を想定する」などとは言うべきではないのだ。仮にそれぞれの制度が必要なくなるにせよ、現実に、自律的な管理が定着してから、廃止に着手しても問題はないはずである(※)

※ 廃止すると言わないと、いつまでたっても自律的な管理が定着しないという発想かもしれないが、言ったから定着するという根拠はどこにもないのだ。

なお、最初に、報告書の特別規則の廃止を想定するという記述を読んだとき、自律的な管理について使用者側を納得させるための手法かと思えた。しかし、必ずしも使用者側が廃止を望んだわけではないらしい。

行政が「廃止する」などと表明すれば、その実施体制は崩壊しかねないのである。何かのメリットがあるにせよ、そのデメリットの方がはるかに大きいのではなかろうか。


(2)ではどうするべきか

少なくとも、作業環境測定制度、特殊健康診断制度、作業主任者制度、特定化学物質のうちCMR物質に対する個別の規制については、廃止の対象ではないと行政が明言するべき(※)だと私は考えている。

※ 今さら、それはできないというのであれば、5年後に現行の特別規則を廃止して、安衛則に化学物質管理という新しい章を追加し、これらの条文をそこへ移して「廃止」はされたとすればよい。

適用除外の制度や作業環境測定の管理区分Ⅲへの規制の強化は、そのまま維持させればよい。

これらの制度が、化学工業以外の業種で300人未満の小規模事業場で、これらの制度が不要になるほどのレベルの自律的な管理が5年や 10 年で定着するとは思えないのだ。

わずか 12 時間の研修を行った(※)化学物質管理者を各事業場に配置したからといって、化学物質の自律的な管理がどれだけ進むだろうか。

※ リスクアセスメント対象物を製造していなければ、この研修を受ける義務さえない。なお、化学物質管理者とよく似た制度に衛生管理者がある。こちらは、原則として試験に受からないと就任できず、しかも一定の要件の下では専任とする義務さえある。衛生管理者制度は、そこまでして制度を維持しているのだ。

もちろん、真に自律的な管理が定着するのであれば、国による規制は廃止をするべきである。しかし、それは、現に、廃止してもよい状況になってから行うべきであろう。

安易に特別規則を廃止して、前項で述べた、大企業と中小企業の労働者の間の命の格差を生じさせてはなるまい。


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