化学物質、粉じん等の保護具 (3/3)




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化学物質の保護具

比較的大手の労働衛生担当者でも化学物質管理には苦手意識を持っておられる方は多いようです。

とりわけ保護具については、やや問題のあるケースが散見される実態にあります。

本稿では、化学物質と粉じんなどの保護具に関して、基本的な解説を行っています。また、ECETOC TRAの保護手袋の入力項目についても解説を行っています。

なお、著作権が柳川にあることにご留意下さい。内容の無断流用はお断りします。




3 保護手袋について

化学物質管理の実務では、次のような事態を経験することがある。

  • ① 作業環境測定の結果は管理1なのに、生物学的モニタリングの結果で異状が出る
  • ② 気中濃度の高い職場で、エアラインマスクを使用しているのに生物学的モニタリングの結果で異状が出る

本稿の冒頭に挙げた福井県の化学工場で、オルト-トルイジンが原因となって発生した膀胱がんの問題もまさに、①のような事件であった。

これらの理由としては様々なことが考えられるが、そのひとつに“経皮ばく露”がある。

作業環境測定の結果がいくら管理1でも、ドラフトチャンバーの中などで適切でない保護手袋で化学物質に触っていれば、化学物質が手袋の内側に透過・浸透して手の皮膚から経皮ばく露することになる。

また、エアラインマスクは経気道ばく露を防ぐことはできても、作業空間の化学物質が身体に付着して経皮ばく露することは防ぎようがない。なお、一般的な作業服には化学物質による皮膚への付着を防止する能力はない。


(1)厚労省の通達

保護手袋に関して、平成29年1月12日に、厚生労働省労働基準局長より基発0112第6号「化学防護手袋の選択、使用等について」(以下「化学防護手袋通達」という)が発出されている。これは2017年1月1日に施行された特化則の改正を受けてのものであるが、内容から見れば、「化学防護手袋に関するガイドライン」として位置づけられるべきものといえよう。

これは、厚生労働省による公的な通達であり、かつ労働災害防止を直接の目的とするものであるから、過去の判例(※)の趣旨等からみて、安全配慮義務の内容となり得るものである。事業者は、この通達に基づいて的確な化学防護手袋を選択するとともに、適切に管理、使用させる必要があろう。

※ 平元年9月26日広島地裁判決は、旧労働省の腰痛予防の通達について、「行政的な取締規定に関連するものではあるけれども、その内容が基本的に労働者の安全と健康の確保の点にあることに鑑みると、使用者の労働者に対する私法上の安全配慮義務の内容を定める基準となるものと解すべきである」としている。

化学防護手袋通達では、とくに留意すべき事項として以下の3点を挙げている。

【化学防護手袋通達に示された留意事項】

  • ① 作業場ごとに化学防護手袋を管理する保護具着用管理責任者を指名し、化学防護手袋の適正な選択、着用及び取扱方法について労働者に対し必要な指導を行わせるとともに、化学防護手袋の適正な保守管理に当たらせること。
  • ② 作業に適した化学防護手袋を選択(すること)
  • ③ 化学防護手袋を着用する労働者に対し、当該化学防護手袋の取扱説明書、ガイドブック、パンフレット等(以下「取扱説明書等」という。)に基づき、化学防護手袋の適正な装着方法及び使用方法について十分な教育や訓練を行うこと。

※ 厚生労働省労働基準局長より基発0112第6号「化学防護手袋の選択、使用等について」より。引用者において抽出、箇条書きにしている。

すなわち、①管理体制の整備、②保護具の適切な選択、③労働者への教育を行うことが求められているわけである。なお、③の教育に当たってはSDSを活用するとともに、GHSシンボルについての教育を行うことも求められよう。


(2)保護手袋の材質・性能と選択の基準

【保護手袋で用いられる用語/透過・浸透・劣化】

保護手袋を使用するに当たって、その性能を知る上で知っておくべき用語をいくつか挙げておきます。

透過 JIS T8116によると、「材料の表面に接触した化学物質が,吸収され,内部に分子レベルで拡散を起こし,裏面から離脱する現象」とされています。

   すなわち、その手袋の材質が、使用している化学物質を防護する性能を有していないため、化学物質が分子レベルで手袋の内側へ通過してしまう現象をいいます。つまり、その手袋が、その化学物質への防護機能を備えていないために起きる現象と考えればよいと思います。

   なお、透過性能のある材質でも、耐透過試験(ISO6529)は最大480分で行われていますので、あまり長時間使用するべきではありません。

浸透 JIS T8116によると、「化学防護手袋の開閉部,縫合部,多孔質材料及びその他の不完全な部分などを通過する化学物質の流れ」とされています。

   すなわち、化学物質が液体などの状態のままで、手袋の小さな穴や縫い目を通して内側へ入り込むことをいいます。

   耐浸透性試験はピンホール試験(水密性試験)で評価されます。

劣化 JIS T8116によると、「化学物質との接触によって,化学防護手袋材料の1種類以上の物理的特性が悪化する現象」とされています。

   つまり、本来の性能を備えている(新品の)状態から、化学物質によって膨潤、硬化、破穴などの減少が発生することをいいます。

   耐劣化性能は、クラス1から4で表され(クラス4の方が1よりも性能が高い)ます。

※ 労働安全衛生法では「浸透」と「透過」をとくに区別せず、双方を含めて「浸透」としている。なお、材質ごとの透過性の具体的な試験結果が、岩澤聡子「実際の使用条件下における化学防護手袋の透過性の調査」(労災疾病臨床研究事業費補助金 令和元年度 総括・分担研究報告書)に示されている。

保護手袋の耐薬品性については、以下のような資料によって調べることができる。それらを参考にして、対象となる化学物質に耐性のある材料でできた保護手袋を選択しなければならない。

【保護手袋の耐透過・耐劣化性能の調べ方】

  • 保護手袋などの透過時間(BT)について、田中茂十文字学園女子大学名誉教授が、様々な化学物質について代表的な保護手袋についての透過時間をEXCELファイル(通達:眼・皮膚障害防止対策の化学物質に対する透過データ)の形でWEBサイトに掲示している。
  • 保護具メーカーのWEBサイトに耐透過・耐劣化性能が一覧表の形で掲載されている。
  • 化学物質のSDSに使用すべき保護手袋の材質が記載されているケースもある。
  • 日本保安用品協会が保護手袋についての資料をWEBサイトに掲載している。

化学防護手袋通達では、「JIST 8116(化学防護手袋)では、(中略)試験化学物質に対する平均標準破過点検出時間を指標として、耐透過性を、クラス1(平均標準破過点検出時間10分以上)からクラス6(平均標準破過点検出時間480分以上)の6つのクラスに区分している(表1参照)。この試験方法は、ASTM F739と整合しているので、ASTM規格適合品も、JIS適合品と同等に取り扱って差し支えない」としている。

クラス 平均標準破過点検出時間(分)
>480
>240
>120
>60
>30
>10

なお、このASTM F739とは、「連続接触の状況下での防護衣料の液体又は気体の透過に対する抵抗性」を調べる試験方法であり、医療用の手袋などで用いられている試験法である。

また、同通達は、「事業場で使用されている化学物質が取扱説明書等に記載されていないものであるなどの場合は、製造者等に事業場で使用されている化学物質の組成、作業内容、作業時間等を伝え、適切な化学防護手袋の選択に関する助言を得て選ぶ」こととしている。


(3)保護手袋の使用上の注意

保護手袋の使用上の注意として、化学防護手袋通達は、それを用いる労働者に対する教育の実施の他、次のように述べている。

【化学防護手袋の脱ぐときの注意】

(4)化学防護手袋を脱ぐときは、付着している化学物質が、身体に付着しないよう、できるだけ化学物質の付着面が内側になるように外し、取り扱った化学物質の安全データシート(SDS)、法令等に従って適切に廃棄させること。

※ 平成29年1月12日基発0112第6号「化学防護手袋の選択、使用等について


(4)保護手袋の保管管理

保護手袋の保守・管理上の留意事項として、化学防護手袋通達は、次のように述べている。

【化学防護手袋の保守管理】

4 化学防護手袋の保守管理上の留意事項

  化学防護手袋は、有効かつ清潔に保持すること。また、その保守管理に当たっては、製造者の取扱説明書等に従うほか、次の事項に留意すること。

(1)予備の化学防護手袋を常時備え付け、適時交換して使用できるようにすること。

(2)化学防護手袋を保管する際は、次に留意すること。

ア 直射日光を避けること。

イ 高温多湿を避け、冷暗所に保管すること。

ウ オゾンを発生する機器(モーター類、殺菌灯等)の近くに保管しないこと。

※ 平成29年1月12日基発0112第6号「化学防護手袋の選択、使用等について

また、保護手袋の保管・管理について、日本保安用品協会の「保護具ハンドブック-安全衛生保護具・機器のすべて-」によると、化学防護手袋に関して「管理者用メモ」として、以下のように記載されている。

【日本保安用品協会の資料から】

④ 使用後は、水洗いし、陰干しにしてください。また、洗浄方法を確認し、中和して排水するようにして下さい。

⑤ ポリウレタンゴムは、外気に触れることを嫌うのでビニル袋などに入れて保管するようにして下さい。

  PVAは水に溶けるので、使用後に水で洗った場合は十分水気を拭き取って下さい。

※ 公益社団法人日本保安用品協会編著「保護具ハンドブック-安全衛生保護具・機器のすべて-」(中央労働災害防止協会 2007年)

これらの通達等を参考にして、適切な保護具の選択し、正しい使用方法を労働者に周知しなければならない。


(5)保護手袋の廃棄の基準

化学防護手袋の廃棄の時期について、化学防護手袋通達は「当該化学防護手袋の取扱説明書等に掲載されている耐透過性クラス、その他の科学的根拠を参考として、作業に対して余裕のある使用可能時間をあらかじめ設定し、その設定時間を限度に化学防護手袋を使用させること」としている。

すなわち、基本的に設定時間のみ使用することが可能な、「使い捨て」にするべきだということである。

廃棄に関して同通達が指摘していることで、とくに留意する必要があるのは、次の2点である。

【化学防護手袋の廃棄について(抜粋)】

  • なお、化学防護手袋に付着した化学物質は透過が進行し続けるので、作業を中断しても使用可能時間は延長しないことに留意すること。
  • 乾燥、洗浄等を行っても化学防護手袋の内部に侵入している化学物質は除去できないため、使用可能時間を超えた化学防護手袋は再使用させないこと

※ 平成29年1月12日基発0112第6号「化学防護手袋の選択、使用等について」より。引用者において抜粋し、箇条書きとした。

つまり、一度、化学防護手袋を用いて化学物質を取扱ったり、飛沫が付着したりすると、化学物質は手袋の材質の中に分子単位で浸透し、いったん浸透した化学物質は、洗っても落ちないばかりか、作業を中断している時間も、手袋の内側に向かって浸透し続けるということである。

このため、呼吸用保護具の吸収缶の破過時間の考え方とは異なり、作業を中断したからといって使用可能時間が長くなるわけではないのである。また、化学防護手袋は、洗ってもう一度使えるというものではなく、繰り返しになるが「使い捨て」だということである。

この点、日本防護手袋研究会の「オルト-トルイジンに対して化学防護手袋を使用する上でのQ&A」でも、「乾かせば使用できますか。乾けば溶剤が揮発するので良いのではないでしょうか?」という問いに対して、「手袋の内部に侵入している化学物質は、表面が乾いても残っているおそれがあります。一度使用した化学防護手袋は再使用しないで下さい」としている。

【オルト-トルイジンと化学防護手袋の再使用】

Q4 乾かせば使用できますか。乾けば溶剤が揮発するので良いのではないでしょうか?

A4 手袋の内部に侵入している化学物質は、表面が乾いても残っているおそれがあります。一度使用した化学防護手袋は再使用しないで下さい。

※ 日本防護手袋研究会「オルト-トルイジンに対して化学防護手袋を使用する上でのQ&A」(中央労働災害防止協会のWEBサイト)より。

なお、同通達は「強度の向上等の目的で、化学防護手袋とその他の手袋を二重装着した場合でも、化学防護手袋は使用可能時間の範囲で使用させること」としている。二重装着したからといって、使用可能時間が倍になるわけではないのである。

さらに、同通達は、(廃棄の基準として定めたわけではないが)「化学防護手袋を着用する前には、その都度、着用者に傷、孔あき、亀裂等の外観上の問題がないことを確認させるとともに、化学防護手袋の内側に空気を吹き込むなどにより、孔あきがないことを確認させること」としている。確認した結果、孔あき等があれば廃棄するべきであろう。

また、これに関して、十文字学園女子大学教授の田中教授は「EVOHなどフィルムの手袋は、フィルムの破れ等を計測して見つけることが不可能なため、毎日の作業で使い終わったら、廃棄することが望ましい」としている(※)

※ 田中茂「トピックス:化学防護手袋、適切にしようしていますか?~不適切な使用による経皮吸収を防ぐ」(中央労働災害防止協会「安全と健康」2016年12月号)

使用可能時間と化学防護手袋使用の可否

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(6)福井県の膀胱がん事案

冒頭にも記載したが、福井県の化学工場で発生した膀胱がん事案についての厚労省の資料によると、化学物質で汚染された有機溶剤で保護手袋を洗浄したため、保護手袋の内側に化学物質が付着して、それによって経皮ばく露した疑いがもたれている。

オルト-トルイジンは、有機溶剤の中では沸点の高い物質だといえる。一般論としては、沸点の高い物質は蒸発しにくいため、沸点の低い物質よりも安全なのだが、いったん皮膚に付着すると蒸発しにくいだけに経皮ばく露のリスクはかえって高くなるのである。

【公表資料から見た福井県の膀胱がん事案】

厚労省の資料には、「作業に使用したゴム手袋をオルトートルイジンを含む有機溶剤で洗浄し、再度使用することを繰り返し行ったため、内側がオルトートルイジンに汚染されたゴム手袋を通じオルトートルイジンに皮膚接触し、長期間にわたり労働者の皮膚から吸収(経皮ばく露)していたことが示唆された」とされている。

また、労働安全衛生総合研究所は、「福井県内の化学工場で発生した膀胱がんに関する災害調査報告書」において、「今回の調査では全ての労働者が防じん防毒マスク(作業によってはエアラインマスク)とゴム製手袋、化学防護服等を着用しており、尿中代謝物としてオルト-トルイジンを検出すること自体、通常の化学物質へのリスク管理を行った職場では理解しがたい状況といえる」としている。すなわち、同研究所が調査した時点においては、化学物質管理は適切に行われていたにもかかわらず、化学物質にばく露していると思われたのである。

やや、引用が長くなるが、同報告書には、「本件を当該企業の管理者等に相談した結果、尿中代謝物が高値であった2名(F氏、H氏)へのヒアリングから、かれらは就業後に自らの手袋を蒸留有機溶剤で洗浄していたとの証言が得られたため、その時点で廃棄されずに残っていた労働者のゴム手袋に付着していたオルト-トルイジンの総量を測定してオルト-トルイジンによる汚染の程度と判断し(表5)、尿中代謝物との相関関係を確認したところ(図1)、例数が少なく(n=6)統計的に有意な関連は認められなかったものの、Pearsonの相関係数は0.752と高い値が得られ、今回の尿中代謝物に影響を与えた一因として当日使用していたゴム手袋がオルト-トルイジンに汚染されていたことによる可能性が考えられ、オルト-トルイジンの経皮吸収による生体への取込みはガス状オルト-トルイジンの経気道ばく露による生体への取込みに比べても軽視できないことが懸念された」とされている。

※ 図表は省略した。関心がある方はリンク先を参照して頂きたい。


(7)2017年1月1日施行の安衛令等の改正

2017年1発1日施行の安衛令改正については、本サイトの「化学物質の表示(ラベル)制度」を参照して頂きたい。特化則の保護衣についての重要な改正が行われている。


(8)ECETOC TRAにおける保護手袋APFの求め方

また、厚生労働省が化学物質のリスクアセスメントに関する通達で紹介している ECETOC(欧州化学物質生態毒性および毒性センター)の TRA(Targeted Risk Assessment)では、保護手袋の指定防護係数(APF:assigned protection factor)を入力するようになっている。ところが、ここで入力すべき APF として、何をどのように入力すればよいかを解説した文献や資料がほとんど見当たらないのである。

しかし、そのことのために、TRA の使用を、あきらめてしまう事業者が少なからずいるようでは、リスクアセスメントの普及のためにはやはり問題であろう。そこで、ECETOC の TRA で入力すべき“保護手袋の APF”の入力のしかた(判断基準)についても別稿で解説する。以下のボタンから参照して頂きたい。

【ECETOC TRA】保護手袋APFの求め方




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