化学物質、粉じん等の保護具 (1/3)




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化学物質の保護具

比較的大手の労働衛生担当者でも化学物質管理には苦手意識を持っておられる方は多いようです。

とりわけ保護具については、やや問題のあるケースが散見される実態にあります。

本稿では、化学物質と粉じんなどの保護具に関して、基本的な解説を行っています。また、ECETOC TRAの保護手袋の入力項目についても解説を行っています。

なお、著作権が柳川にあることにご留意下さい。内容の無断流用はお断りします。




1 はじめに

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(1)保護具の選択について

ア 法令には「有効な○○保護具」と書かれている

(ア)保護具は「有効なものでなければならない」
法律書

いくつかの労働安全衛生法(安衛法)関係の省令には、「有効な呼吸用保護具」という言葉が使われている。具体的に省令の名前を挙げれば、「石綿障害予防規則」「粉じん障害防止規則」「有機溶剤中毒予防規則」「鉛中毒予防規則」「特定化学物質障害予防規則」「電離放射線障害防止規則」及び「東日本大震災により生じた放射性物質により汚染された土壌等を除染するための業務等に係る電離放射線障害防止規則」である。またこの言葉は安衛法のみならず、旧運輸省の「船員電離放射線障害防止規則」にも使用されている。

また、「有効な呼吸用保護具」の他、「有効な保護衣類、手袋又は履物」などの用語も使用されており、保護具は「有効な」ものでなければならないことが明記されている。

また、政府のモデルSDSでも例えばベンゼン(CAS番号71-43-2)のSDSには、「適切な呼吸器保護具」「適切な保護手袋」「適切な眼の保護具」などといった用語が出てくる。すなわち、保護具は「適切な」ものを使用しなければならないということである。

(イ)「有効」かそうでないかの違いとは?

では、「有効な」保護具、「適切な保護具」とは、具体的に何を言うのであろうか。これについて、平成15年8月11日基発第0811001号「化学物質等による眼・皮膚障害防止対策の徹底について」は、「保護眼鏡、保護衣、保護手袋等の保護具は、取り扱う化学物質等の性状、化学物質等を取り扱う作業等に応じた適切なものを選定するよう事業者等に対して指導すること。なお、これらの保護具に係る規格として、JIS T8115(化学防護服)、JIS T8116(化学防護手袋)、JIS T8117(化学防護長靴)、JIS T8147(保護眼鏡)等があること」とされており、保護具選択の基準としてJISがあることが明記されている。

また、令和5年5月25日基発0525第3号「防じんマスク、防毒マスク及び電動ファン付き呼吸用保護具の選択、使用等について(※)においては、詳細に防毒マスクの選定の基準が記載されている。

※ この通達の前身のひとつである平成17年2月7日基発第0207007号「防毒マスクの選択、使用等について」にも、詳細な防毒マスクの選定の基準が記載されていた。

イ 保護具の使用についての実情

(ア)分かっているようで分かっていない「有効」の意義
誤ったマスク

しかし現実には、労働基準監督官が事業場を訪れると、有機溶剤等を用いる作業場で、スーパーマーケットで販売されている家庭用のゴム手袋のようなものを“保護手袋”として使用しているのをみかけることがある。酷いケースになるとサージカルマスクを保護具として使用しているケースさえある。いまだ、個人用保護具(PPE=personal protective equipment)の正しい選択の方法、正しい使用方法についての知識の普及は、十分ではないと言わざるを得ない現状があることも事実である。

残念ながら、一部の事業者の中に“保護具は使えばよい”と思っておられる方がおられ、正しい保護具を選択し、正しく使わなければならないことが分かっておられないことがあるのだ。私自身、もうかなり前のことになるが、溶剤を使用する職場でN95のマスク(※1)を使用していた例(※2)を見たことがある。

※1 米国規格の防じんマスク。ガスや蒸気には効果はない。

※2 なお、この事業場のトップの方は安全衛生の推進には理解があり、そもそも作業環境は呼吸用保護具が必要なほどではなかった。また、現在では、さらに改善されて完璧といってよい状況になっている。

また、事業者の方が労働者に対して、「保護具を使うように」との徹底まではするのだが、個人用保護具の適切な使用方法についてのきちんとした教育までは行っていないという例が、化学工業の工場は別として、比較的大規模な事業場でもかなりあるのである。だが、それでは、個人用保護具は、その本来の役割を発揮できないのである。

(イ)保護具が災害の原因に?

福井県の化学工業の事業場で膀胱がんが多発した件に関連した厚労省の報告書には、次のように記されている。

  • 回収したゴム製手袋から高い濃度のオルト・トルイジン(中略)を検出したため、尿中代謝物との関連を確認すると、統計的に有意ではないが両者に一定の関係を認めた
  • 今回の調査で検出した尿中代謝物は汚染された手袋の着用等による可能性が示唆された

 厚生労働省化学物質のリスク評価検討会「オルト-トルイジンに対する今後の対応」(2016年7月)

ゴム手袋

かなり極端な事例ではあるが、職業ばく露を防止するための手袋が、かえってばく露量を増加させていたわけである。

また、誤った保護具を使用する例は、インターネットによる保護具の直接販売が一般化するにつれて、状況が悪化するという傾向もあるようだ。ネット販売では、販売をする側にも専門家がいないことが多く、役に立たない物を購入してしまうリスクが高いからだ。

ウ 保護具の使用には知識が必要

(ア)保護具は「使えば安全」という魔法の杖ではない

繰り返しになるが、事業者の方にぜひ知って頂きたいことは、次のことである。

  • 保護具は、適切なものを、正しく使用しないと役に立たない。
  • 保護具を適切に選択し、正しく使用するには、一定の知識が必要である。
  • 保護具の使用に当たっては、労働者に対する教育が必要である。
  • 保護具の使用に当たっては、適切な管理が必要である。
(イ)保護具のスペックは分かりにくい面も

ただ、一般の事業者の方にとって、保護具の機能について分かりにくい面があることも否定はできない。

例えば、保護具の性能を表す用語で、“防護係数”と“捕集効率”という、感覚的に似たような意味の言葉が使われている。そのため、一般の事業者の方の中には、これについて誤解する方がいるのだ。捕集効率を防護係数と同じようなものだと思うのである。確かに“捕集効率99.9%”と言われれば、作業環境中の濃度を1,000分の1まで下げてくれると思ったとしても無理はないかもしれない。

試験に合格した第一種衛生管理者がいれば、呼吸用保護具の種類や、「破過時間」などの基本的な事項は知っている(※)ので、基本的に誤った保護具を使うことはないはずだが、それでも“防護係数”や“捕集効率”などという言葉の正確な意味までは知らないことが多いのだ。

 これを知らないようでは第一種衛生管理者の試験に合格することはできない。

また、呼吸用保護具についてはある程度の知識はあっても、保護手袋の性能や選択の方法については全く知らないというケースもある。化学物質のばく露防止対策は、一般的には“経皮”よりも“吸入”の方が重要なので、衛生管理者の試験の内容でも、保護手袋よりは呼吸用保護具に重点が置かれているためである。

そのため、呼吸用保護具の“破過時間”については知っていても、保護手袋の透過時間(BT)は知らないという第一種衛生管理者も意外に多い。だが、これでは経皮ばく露を防止することはできない。


(2)本稿のねらい

そこで、本稿では呼吸用保護具と、保護手袋に関するごく基本的な知識を解説する。





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