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化学物質リスクアセスメントと安衛法

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管理体制

化学物質のリスクアセスメントに関する労働安全衛生法の規定について、実務に役立つ形での解説を行っています。



1 最初に

執筆日時:

最終改訂:

本稿は、当初は化学物質のリスクアセスメントの実施方法を示す本サイトの「化学物質のリスクアセスメントの具体的な進め方」の中に入れていたものである。しかしながら内容があまりに長すぎるというご指摘を頂いたこともあり、労働安全衛生法にかかわる部分を法が改正された趣旨から説き起こして、独立した稿とした。

その後、情勢の変化に対応して、必要に応じて随時、改訂を行っている。

なお、参考までにリスクアセスメントに関係する指針を以下に示す。これらは化学物質のリスクアセスメントを行う場合にも参考となるものである。


2 関係労働安全衛生法令の詳細

(1)対象となる事業場

安衛法によりリスクアセスメントを義務付けられるのは、業種、規模を問わず、すべての事業場である。すなわち、労働安全衛生法が適用される事業場であれば、例え労働者数が数名しかいなくとも、通知対象物を製造し、取り扱っていればすべての事業場が対象となる。


(2)リスクアセスメントの対象物質

事業場で扱っている個々の化学物質がリスクアセスメントの対象となるかどうかを確認する手法については、本サイトの「通知対象化学物質の見分け方」を参照して頂きたい。

対象物質の種類としては、労働安全衛生法施行令別表第9に定められているもの及び第一類特定化学物質(製造許可物質)が、その対象となると考えればよい(※)。なお、製造中間体を含むので、必ずしもSDSの提供を受けた物質や、提供の義務のある物質には限られないことにも留意されたい。

※ 通知対象物のCAS番号の一覧が欲しいという声をよくきくが、平成27年8月3日基発0803第2号(省令通達)の別紙1に、「通知対象物の名称とCAS番号/裾切り値の対比表」が掲載されている。ただし、通知対象物には「○○及びその化合物」のような形で定められているものがあるが、この別紙1にはそのような物質のCAS番号は記載されていないので留意する必要がある。

なお、通知対象物を含む混合物について、濃度の裾切り値が労働安全衛生規則別表第2に示されており、通知対象物の濃度が裾切り値未満のものにはリスクアセスメントの義務はかからない。

ただし、使用量についての下限は定められていない。従って、きわめて微量しか用いない場合であっても、「その量しか扱わないからリスクがない」ということは確認しなければならない(※)

※ その確認の方法が労働安全衛生規則第34条の2の7第2項に適合していれば、確認をしたということそれ自体がリスクアセスメントになると理解してよい。

なお、一般消費者の生活の用に供するものは適用が除外される。これについては本サイトの「一般消費者の生活の用に供されるものとは」を参照して頂きたい。


(3)リスクアセスメントを行うべき時期

リスクアセスメントを実施すべき時期は、安全衛生規則第34条の27に以下のように示されている。

【リスクアセスメントを実施するべきとき】

  • ① 調査対象物を原材料等として新規に採用し、又は変更するとき。
  • ② 調査対象物を製造し、又は取り扱う業務に係る作業の方法又は手順を新規に採用し、又は変更するとき。
  • ③ ①又は②のほか、調査対象物による労働災害発生のリスク等について変化が生じ、又は生ずるおそれがあるとき。

では、法改正時の前から取り扱っている物質を、そのときまでと同じ方法で、現在も取り扱っている場合はどうなるだろうか。この場合は、法律が適用される施行日(2016年6月1日)以降には、①から②のようなことはないわけである。③は可能性がなくもないが、③もなければ、法第57条の3第1項に規定するリスクアセスメントをする義務はないことになる。

ただし、平成27年8月3日基発0803第2号(以下「省令通達」という。)は、そのような場合であったとしても過去にリスクアセスメントを行ったことがないときなどには、事業者は計画的にリスクアセスメントを行うことが望ましいとしている。

また、RA指針では、以下のような場合にもリスクアセスメントを行うことが望ましいとしている。

【リスクアセスメントを行うことが望ましいとき】

  • ① 労働災害が発生したとき(過去のRAに問題があるとき)
  • ② 過去のリスクアセスメント実施時期からリスクの状況等に変化が生じたとき(例えば、設備の劣化、労働者の交代、新たな知見の集積などである)
  • ③ 過去にリスクアセスメントを実施していないとき(前述した)

なお、そもそも労働災害を防止することは労働安全衛生法の規定の有無にかかわらず、事業者の責務(安全配慮義務)なのである。従って、労働安全衛生法上は義務のない物質(※)や、義務の対象でない場合であったとしても、労働災害発生のリスクについて調査し、必要があれば労働災害発生の措置をとるべきことはいうまでもない。

※ 安衛法上、リスクアセスメントの義務のない物質については、同法第28条の2によりリスクアセスメントの努力義務が課せられている。この努力義務は、一般消費者の生活の用に供するものも除外されていない。


(4)リスクアセスメントを行う体制の整備

リスクアセスメントを行う体制について、RA指針の記述をまとめたものを図2-1に示す。

なお、この図は指針に記されているものなので法律上の義務というわけではない。しかし、総括安全衛生管理者、安全衛生委員会、安全管理者及び衛生管理者に関する部分は、法令によって定められている事項を図示したものである。従って、これらの各管理者の選任の必要がある事業場では、必ず実施しなければならない。

リスクアセスメントの実施体制

図をクリックすると拡大します

図2-1:リスクアセスメントの実施体制

ア トップの関与

労働安全衛生規則第3条の2には、総括安全衛生管理者が統括管理する業務として、"リスクアセスメントとその結果に基づく措置"を定められている。すなわち、事業場のトップが総括管理するとともに、衛生委員会で労働者の意見を聴く必要があるということである。

労働安全衛生法によって、トップが総括管理をするべきとされていることには、主に2つの理由がある。ひとつにはトップが自ら管理していることを社内に示すことによってこそ、社内がその目的のために一丸となって動くようになるからである。トップの意思はそれを重視している(本気なのだ)ということが社内に伝わらなければ、誰も本気にはならないのである。

また、リスクアセスメントの実施とその結果に基づく措置を実施するには、コストがかかることは当然であるが、トップが統括管理することによって必要なコストをかけることができるようになるという面もあるからである。

すなわち、たんに形式的にトップが最終責任者になって書類に印鑑が押してあればよいということではなく、実質的にもトップが自ら管理しなければならないのである。それはそうすることによってこそ、組織が効果的に動き、実質的にも目的を達することができるからである。

イ 労働者の参加

また、同規則第22条は衛生委員会の付議事項として、リスクアセスメントとその結果に基づく措置を定めている。

衛生委員会の付議事項とせよというのは、実質的には労働者の意見を聴くということである。そして、なぜ労働者の意見を聴くのかという理由であるが、これには2つの意味がある。すなわち、

【なぜ労働者の意見を聴くのか】

  • ① 労働者は事業者と雇用契約を締結している契約の当事者である。そして、安衛法の規定に従うことは雇用契約の内容と考えられ(※)、リスクアセスメントの実施及びその措置も契約の内容となる。また、リスクアセスメントの方法の良否によって最大の影響を受けることになるは労働者である。従って、当事者の意見を聞くべきであるということ。
  • ② 現場を一番よく知っているのは労働者であり、その意見を引き出すことによってこそ、リスクアセスメントが効果的に進めることができるからだということ。

※ 労働安全衛生の確保を法律に従って行うことは、契約に明示されていなくとも、契約当事者の合理的な意思を解釈すれば、そのようにするという(契約上の)合意があると考えられるであろう。従って、安衛法の規定を事業者が遵守せずに労働災害が発生すれば、債務不履行(いわゆる安全配慮義務違反)の問題となる。

ここで、より重要なのは①よりも②だと考えるべきである。目的が①であれば、たんに労働者の意見を聞く機会を設ければよいということになろう。しかし②が目的であれば、適切なリスクの管理(すなわち適切な企業活動の推進)のために、いかに「労働者の知識・経験を意見として引き出す」かが重要になる。そして、そのためには一定のノウハウも必要になる。

労働者は、以下のような理由により、たんに意見を聴くだけでは、簡単には自分の意見を言わないものだと思わなければならない。

【労働者の知識を引き出すのは簡単ではない】

  • ① 自分の考えを整理して表現するということに慣れていない。
  • ② 安全衛生について指摘すると"面倒なこと"を指示されて仕事がやりにくくなると考えている。
  • ③ 危険なことがあっても、いつものことなので当然のこととして指摘するまでもないと考えている。
  • ④ 自分が知っているようなことは、会社の"偉い人"も当然知っているだろうと考えている。
  • ⑤ 他人に自分の意見を言うと、内容によっては、恥をかいたり変に思われるのではないかとおそれている。
  • ⑥ 場合によっては、安全のことを口にするとにらまれるのではないかと不安を感じている。

労働者の意見を引き出すためには、少なくとも、①どのようなことを言ってほしいのか、②それによりどのような効果があるのかをきちんと説明する必要がある。

また、意見を聞きっぱなしにすれば、労働者は再び口を閉じるようになる。あのときに意見を言ったことには意味があったのだということを分からせることによって、その後の意見の聞き取りをスムーズに行えることができるようになるのである。

意見が出た場合は、必ずそれに対してどのように処理したか、あるいは処理する必要がないかをきちんと伝えなければならない。また、労働者の意見によって何かの対策につながったのであれば、なんらかの形で褒めてやるべきだ。こういったフォローを必ずするようにしなければ、本当に意味のある意見は出てこなくなるのである。

ウ 専門家の参加

さて、リスクアセスメントは、実質的には以下の3つの段階からなると考えると分かりやすい。

【リスクアセスメントの3つの段階】

  • ① 発生し得る災害を予見すること(危険性及び有害性の特定・シナリオの抽出(※1)
  • ② 予見した災害の結果の重大性と発生の可能性からリスクを見積もる
  • ③ 予見した災害を回避する(必要な対策をとる)(※2)

※1 シナリオ抽出とは、具体的な事故の予測をすることである。スイスチーズがどのように並ぶと事故が発生するかというストーリーを想定することといってもよい。具体的な例は、本稿で後述する。

※2 労働安全衛生法上は③はリスクアセスメントの概念には含まれていない。

そして、①と③は民事上の「安全配慮義務」の内容となる。従って、リスクアセスメントを実施せず、又は実施しても適切でなかったがために労働災害が発生したとすれば、損害賠償請求の訴えを起こされると敗訴する可能性が高いと思った方がよい。これについて、本サイトの「リスクアセスメントと判例」を参照して頂きたい。

そして、①の災害の予見、結果の重大性の判断、発生の可能性の判断には、いずれも専門知識・経験・ノウハウが必要となるとなるのである。これらを得るためには、以下の3つの手法がある。

【専門家の活用の方法】

  • ① 労働者及び管理監督者(ライン)の教育・訓練を行う。
  • ② 社内に専門知識を有する者(スタッフ)を育てる
  • ③ 社内の専門家を活用する

そして、これらの手法にはコストが発生するということをまず理解する必要がある。具体的にどうすればよいかについては、当サイトの「化学物質管理の専門家を育成するには」を参照して頂きたい。

(ア)事業場内の専門家

さて、RA指針においては、事業場内の専門家として安全管理者、衛生管理者のほか化学物質管理者が挙げられている。このうち、安全管理者、衛生管理者については、これにリスクアセスメントの技術的事項を管理させるのは法令上の義務である。

なお、ここにいう化学物質管理者とは、法律に根拠のあるものではないが、「化学物質等の適切な管理について必要な能力を有する者のうちから化学物質等の管理を担当する者」(RA指針)として事業者が選任する者のことである。平成27年9月18日基発0918第3号「化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針について」(以下「指針通達」という)によると「事業場で製造等を行う化学物質等、作業方法、設備等の事業場の実態に精通していることが必要であるため、当該事業場に所属する労働者から指名されることが望ましい」とされている。

(イ)事業場外の専門家

また、RA指針では、事業場外の専門家として「化学物質等に係る危険性及び有害性や、化学物質等に係る機械設備、化学設備、生産技術等についての専門的知識を有する者」「労働衛生コンサルタント等」が挙げられている。

この他にも、社会保険労務士、作業環境測定士などで労働安全衛生に詳しい知識を有する者はいるであろう。

もちろん、たんに資格を持っているかどうかで判断するのではなく、実際にその者が事業場のニーズを満足する能力を有しているかは見極めなければならない。なお、労働衛生コンサルタントについては、日本労働安全衛生コンサルタント会会員サイトのリンク集(※)がある。

※ ただし、かなりのリンク切れがあり、また無関係なサイトへのリンク(リンクミス)が含まれている。

また、契約している社労士や作業環境測定士がいるなら、彼らから話を聞いてみるか、彼らが発行している機関誌のようなものがあれば、それを読んでみるとよいだろう。また、その社労士の名前でWEBサイトで検索をしてみると得意分野が分かることがある。

残念ながら、現時点では事業場外のコンサルタント等で、化学物質のリスクアセスメントに詳しい専門家をみつけることは困難であることは事実である。大都市であればともかく、地方都市などではこの傾向はさらに強いであろう。

現状では、公的・私的なきちんとした機関が行う研修会などに参加して、講師と名刺交換をしたり、コンサルタントが開設しているWEBサイトを閲覧したりして地道に探していくしかないのが実情である。


3 労働者への周知その他

(1)労働者への結果の周知

リスクアセスメントが終了した場合、安衛則第34条の2の8の規定により、関係労働者(派遣を含む)に下記事項を周知しなければならない。

【労働安全衛生規則】

(調査の結果等の周知)

第34条の2の8 事業者は、調査を行つたときは、次に掲げる事項を、前条第二項の調査対象物を製造し、又は取り扱う業務に従事する労働者に周知させなければならない。

 当該調査対象物の名称

 当該業務の内容

 当該調査の結果(特定した危険有害性 及び リスクの大きさ:引用者)

 当該調査の結果に基づき事業者が講ずる労働者の危険又は健康障害を防止するため必要な措置の内容

 (略)

周知の方法は、同条第2項に記されているが、RA指針では以下によることとされている。

【労働者への周知の方法】

  • 常時掲示、又は備え付け
  • 書面の交付
  • 社内LAN等へのアップ(常時確認可能な機器の設置)

なお、RA指針によれば、構内下請等の関係事業者にも周知することとされていることに留意されたい。

そして、対象業務が継続している間は周知を継続しなければならない。従って、その間は法律上も記録・保存が必要になると考えられる。


(2)記録の保存

なお、リスクアセスメントの結果の記録の保存は義務づけられていないが、保存をしておかないと、PDCAを回しながら計画的に事業場の安全衛生のレベルを引き上げてゆくことはできない。

また、化学物質を取り扱っている以上、将来、労働者から民事賠償の訴訟を受けるリスクは否定できない。そのような場合にリスクアセスメントの記録があれば、適切な対策をとっていたことの有力な証拠になる。裁判所は、証拠としては、関係者の証言よりも記録などの物証を重視する傾向がある。記録は、必ず保存するようにした方がよい。

この場合、保存の期間であるが、発がん性などのない化学物質に関するものは5年間又は3年間、発がん性のあるものについては30年間、石綿に関するものは40年間とする考え方もあろう。しかし、がんなどでは30年過ぎてから発症することもあり、最近の判例では、このような場合の時効も原則として発症のときから進行するとされている。訴訟になったときのことを考えれば、できれば50年程度は保存したいところである。


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