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化学物質管理の専門家を育成するには

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資金難に悩む科学者

職場の化学物質管理に専門家の育成が重要であるとの指摘は、以前から多くの指摘があります。しかし、現実には十分数のな専門家の育成は遅々として進んでいません。

本稿では、どのようにすれば専門家が育成されるのかについての提言をしています。




1 専門家がいない!

執筆日時:

最終改訂:

2016年6月に労働安全衛生法が改正され、通知対象物(労働安全衛生法において譲渡時にSDSを提供する義務のある物質)について、リスクアセスメントが義務付けられた。これは、それまで労働安全衛生法が採用してきた、物質名をリスト化してその対象物質について、特別規則で細かな規制を定めるという手法に加えて、事業者自らが化学物質の危険有害性について調査し、自社におけるリスクを調査して自ら化学物質の適切な管理を行ってゆこうというものである。

ところが、一部の事業者の方で、リスクアセスメントを行うための「公的な手法」を求めたケースがかなりあった。国が、これならOKというリスクアセスメントの手法を示して欲しいというのである。

だが、それではリスクアセスメントの思想に反することになる。その企業が使用する化学物質の、有害性の種類・強さ、使用量、使用条件等に応じて、適切な手法を事業者自らが判断するということがリスクアセスメントの基本なのである(※)

もちろん、法律による義務だから、どんないいかげんなやり方でもよいというわけにはいかない。しかし、労働安全衛生規則に一定の制約はあるものの、基本的に適切にリスクを判定できるのであれば、事業者が選ぶどのような手法でも構わないのである。

※ もちろん、最初は簡便な手法でスクリーニングを行い、一定のリスクがあると考えられる場合には、より精密な手法を行うという手法もある。

ところが、そのような理想を実現するためには、現実には大きな問題があることも事実である。それは・・・

専門家がいない!!!

ということである。そして、それは現在に至るも、ほとんど解消していないといってよい。もちろん日本全体としてみれば、「いない」のではなく「不足している」にすぎないのだが、多くの事業場にとってはまさに「いない」といってよい状況である。

事業場の中で化学物質管理を適切に行う能力を持つ者だけでなく、事業場外でコンサルティングを行う者の双方が不足している。かろうじて(今のところ)充足しているのは、大企業や大学、研究機関などの高度の専門家グループだけである。

なお、誤解を避けるために念のためにいっておくと、「化学物質管理を行う知識」は「化学物質の知識」とは必ずしも一致しない。前者には、化学物質の基本的な知識のほかに、労働災害防止理論、毒性学、物理学、リスク論、リスクアセスメントの理論、関係法令、民法・刑法の知識まで、実に幅広い知識が必要となる。むしろ高度な化学物質の知識はそれほど必要ないといってよい。

不足しているのは化学物質の専門家ではなく、化学物質管理の専門家なのである。


2 いかに専門家を育てるのか

環境省が行っている化学物質と環境に関する政策対話において、わたしは第5回から第9回まで、厚生労働省化学物質対策課長の代理として出席していたが、当時は、専門家の不足をどうするかが中心的な話題になっていた。しかし、専門家をいかに育てるべきかの議論について、私は違和感を覚えていた。

よく馬を水のあるところへ連れてゆくことはできても水を飲ませることはできないと言われる。これは、人を育てるためには、育てる側が教育の機会を与えるだけではなく、育つ側が自ら学ぶ意欲を持つことが重要だということであろうと思う。それはとりもなおさず、社会全体として専門家に対し、育つためのインセンティブを与えることが重要だということである。

最近、様々な場所において専門家を育てるための議論がなされることがあるが、そのような議論を聞いていると、どうも馬を水のある所へ連れてゆく議論ばかりが先行しており、いかに馬に水を飲む気にさせるかという議論が不足しているように思えるのである。しかも、やや「ルール化」を重視しすぎる傾向があるような気がする。つまり、いつ、どこで、誰をどのように教育をするかというルールに目が行き、「実質」が抜け落ちているような気がしてならない。もちろん、ルールづくりが必要ではないとは言わないが、ルールや教育の制度を作れば専門家が育つというようなものではないだろう。

そこで、専門家をいくつかの類型に分けて、どのようにすれば専門家が育成されるのか、私なりに論考をしてみたいと思う。


(1)企業内で化学物質管理を行う専門家

企業内での専門家の育成というと、教育・研修がまず思い浮かぶ。もちろん、それは重要である。だが、それは必要条件であって十分条件ではない。なによりも学ぶことへのモチベーションを持たせることが重要なのである。

次図は、私が中災防の研修会のために作成し、一時WEBで公開していたものの引用である。

モチベーション向上の手段

図をクリックすると拡大します

資料出所:柳川行雄「判例に学ぶ」(中央労働災害防止協会研修資料)より

図1:モチベーション向上の手段

数回の研修会で用いたが、ほとんどの受講生はA工場のやり方がB工場よりも適切だと答えた。まさにそれが正解だと私も思う。

確かに、メンタルヘルスの分野では、「努力」に対してその大きさに応じた「報酬」が得られることが心の健康のためには重要であるとする理論(努力報酬均衡モデル)がある。その意味ではB工場も優れた手法をとっているようにみえるかもしれない。しかしながら、モチベーションに関する多くの研究の成果は、創造的な(クリエィティヴな)仕事に関しては、金銭的な「報酬」には作業の効率を上げる効果は大きくないことを示している。むしろ、モチベーションを上げる上で、金銭的な「報酬」は有害な場合さえあることを示唆する多くの実験結果さえあるのだ。

モチベーションを上げるための「報酬」は、必ずしも金銭に限られるわけではない。上司や社会的な評価や、役に立っているという確信もまた「報酬」になり得るのである。「この仕事をよく理解しているあなただからこそ、リスクを発見でき、おかげで会社全体のリスクが減った」と認めてあげることが第一に重要となる。

また、B工場では目標未達成に対してレポートを提出させている。レポート提出も教育になるという考え方もあるかもしれないが、日常業務で忙しい状況の下では、罰則でしかあり得ないのではなかろうか。このような「罰則」も、モチベーションの向上という観点からは逆効果になることがあるのだ。

かつて、歯磨きの習慣についての研究で、子供たちを2つのグループに分けて、どちらが歯磨きの習慣が身につくかを調べたことがあった。そのとき片方のグループには歯磨きをしなかった場合の悪影響、すなわちひどい虫歯や歯槽膿漏などの写真を見せておどかした。つまり歯磨きをしなかったときの「罰」を示したわけだ。そして、もう一方のグループには、歯磨きによってどのような効果があるかということを、統計データなどを示しながらたんたんと説明した。

結果は、「罰」でおどした方のグループは歯磨き習慣を持つ子供の比率は改善しなかったのである。そればかりか比率が低下する場合すらあった。一方、たんたんと理を持って説明した方のグループの方は、明らかな改善が見られたのである。

感覚的に考えてみても、おどされてやるというのでは、必要だと理解してやるほどには効果が上がらないだろうと思えるが、まさにその通りの結果が出たのである。

次に重要となるのは、会社や社会がその知識を活用すること、すなわち活躍の場を与えることである。いくら労働者が知識を得ても、それを活用する場がなければ、本当に必要な知識は身につかないものである。

私自身、メンタルヘルスや化学物質の仕事をしてきたが、やはり本当の意味での知識が身につくのは、なにかガイドラインを作ろうとするときや、委員会を開こうとするとき、研修会の講師を務めたときなど、知識を活用して仕事をしたときであった。

さらに、その知識を活用して仕事をしてゆく中で、実務上の経験やノウハウが身につき、知識に深みがつき、本当の意味での生きた知識になってゆくものである。

さらに、その知識を用いて行う仕事が、(強制された退屈な仕事ではなく)「面白い作業」であるように工夫することも企業としては必要であろうと思う。

要は、教育を行うとともに、教育した結果の知識を、十分に活用して、評価することこそが、事業場内の専門家を育てる上で重要なのである。

ただ、このとき注意しなければならないのが、件数主義に走ってはならないということである。少なくとも中堅以上の企業であれば、ヒヤリハット活動や提案制度を持っているものである。ところが、しばしば月に何件提出せよと件数主義に走り、件数で各職場を「評価」するケースがある。

件数主義の弊害

図をクリックすると拡大します

資料出所:柳川行雄「判例に学ぶ」(中央労働災害防止協会研修資料)より

図2:件数主義の弊害

もちろん、制度を創設した初めに、「制度に慣れるために、とにかく何件出してみよう」ということであれば問題はない。しかしながら、件数だけを重視してPDCAサイクル(?)にかけ、毎年のように件数の目標を増やしてゆくというようなことをすると、ほとんどの場合失敗する。

すなわち、ヒヤリハット活動の本来の目的=労働災害の危険の眼を発見して対応する=を忘れてしまい、件数が自己目的化しているのである。これではうまくいくはずがないだろう。

化学物質管理についてもこれと同じである。件数だけで労働者の評価をしたり、件数主義に走ったりするようなことは、一見、うまくいっているように見えても、重大な欠陥を内包しているものなのである。


(2)企業外でコンサルティングを行う専門家

ア なぜ企業外の専門家が育たないのか

企業外で産業保健のコンサルティングを行う専門家といえば、国家試験としては労働衛生コンサルタントがある。また、社会保険労務士が行うべき業務のひとつにも安全衛生のコンサルティングがある。確かに、これらの資格者で化学物質管理のコンサルティングを得意とする優秀な専門家も多い。

しかし、労働衛生コンサルタントのうち保健衛生分野の方の多くは産業医であり、企業外でコンサルティングを行っているコンサルタントは少数派だという現実がある。また、社労士で安全衛生のコンサルティングを得意とする方も残念ながらそう多くはない。

ではなぜ、企業外で化学物質管理の専門家が育たないのだろうか。この質問に答えるのは簡単である。

食えないからだ。

2019年に京都で開催された「第78回産業安全衛生大会」の「製造業安全対策官民協議会特別セッション」では、専門家の育成が議題となっていた。私はこのセッションに一般参加者として参加していたが、最後の質疑応答の際に、厚生労働省の安全課長に対して、会場から「専門家の育成のためには、何よりも専門家に活動の場を与えることが重要ではないか。企業に対して、労働安全衛生コンサルタントの活用と評価を指導してほしい」と申しげたことがある。

翌日の分科会で、講師を務められた明治大学名誉教授の向殿先生が、前日の私の質問に言及され(前日のセッションには向殿先生も講師として参加しておられた)、専門家の活用が重要だという発言をされた。

労働衛生コンサルタントでは生活が成り立たないとなれば、若くて優秀な人材は(それどころか若い人は、優秀でない人材すら)参入してこない。すなわち、他に本業か収入の道(産業医とか社労士とか年金とか)がないと、労働衛生コンサルタントにはなりたくてもなれないというのが現状なのである。

そして、現実には、化学物質管理関係の仕事などほとんどないという実情もある。そうなれば、合理的な判断ができる者であれば、誰も売上げのない分野にコストを投入しようとはしないのではなかろうか。つまり知識の習得をしようとはしなくなるのである。年に数回程度の研修会に出る程度のことではコンサルティングに必要な知識は身につかないことは当然である。法令と行政通達だけ知っていてもコンサルティングなどできはしない。事業者から代金を取って化学物質管理のコンサルティングを行うということは、そんなに簡単にできることではないのだ。

つまり、化学物質管理の事業場外のコンサルティングを行う専門家になるためのコストはきわめて大きいが、それに見合うベネフィットが存在しないのである。

もちろん、大企業や役所で化学物質管理の仕事をして、十分な知識とノウハウを有しておられる方も多い。それらの方で退職後にそのような仕事をしたいという希望をお持ちの方も多いようだが、残念ながら、私の知る限り活躍の場がきわめて少ないというのが現状のようにみえる。

かくして、我が国には事業場の外で、事業者に化学物質管理のコンサルティングを行える専門家が、きわめて少ないという状況になっているのである。

イ 企業の役割

企業外でコンサルティングを行う専門家の育成に、企業は無関係、もしくはかかわることはできないと思われるかもしれないが、そうではないと思う。企業にも重要な役割があるのではなかろうか。

ここから先は、まったくの私論であるが、私は以下のように考えている。まずは、企業の方には以下のことを理解して頂きたいと思う。

【専門家を確保するために理解が必要なこと】

  • ① 労働安全衛生は事業者の責務であること
  • ② 労働安全衛生を確保するためには、一定のコストがかかること
  • ③ 労働安全衛生の確保には、一定の知識・ノウハウが必要であること
  • ④ 専門家の知識やノウハウを利用するには、適切な代価を支払う必要があること
  • ⑤ 専門家に任せきりにしてはならず、専門家を適切に利用するための努力(すなわちコスト)も必要であること
  • ⑥ 専門家は、誰でもよいわけではなく、求める知識を持っている者を選ぶ努力が必要であること

もちろん、①、②についてはよけいなことで、多くの事業所ではすでにご理解をいただいていることと思う。

③について申し上げておきたいことは、安全衛生に必要な知識は、労働安全衛生法令や役所の通達類だけではないということである。法令や通達を遵守していても災害は起きるのである。今回、リスクアセスメントが義務付けられるのは、まさにそのような発想から、事業者自らが危険性と有害性を独自に調査して対応を取るべきだとしているのである。そこは押さえて頂きたい。

重要なのは法律を守ることではなく災害を発生させないことである。労働安全衛生法違反を指摘されたとしても、せいぜい是正勧告書を切られる程度のことである。送検されたとしても懲役刑に服することなどまずない(安衛法にも懲役刑が定めてある条文はある)。通常は罰金刑で済んでしまう。一方、重篤な労働災害が発生すれば、民事賠償や社会的な批判によって会社そのものが倒産するケースすらめずらしくはないのである。

④についてだが、かつて「日本人は水と安全はタダだと思っている」とイザヤ・ベンダサンと名乗る人物が言っていたが、私には、専門家の知識も無料だと思っておられる方が多いのではないかと思えることがある。

かつて、私が中災防にいたとき、外部から、電話で様々なお問い合わせを頂いた。もちろん、どなたからのお問い合わせにも丁寧に回答させて頂いた。ところが、ごく一部なのだが、あまりにも回数が多く、しかも長時間になる方がおられる。そのような場合、「そのことについては、これこれの研修会にご参加下さい」と研修会を案内することがある。ところが、そういう方から、「我々は中災防のような高い研修会には出られない。だから電話で聞いているのだ」との御叱りをうけることが実に多い。労働安全衛生活動は、国から法律で義務付けられているから行うのだから、なにをするべきかは誰かが無料で教えてくれるのが当然だと思っておられるようなのである。

しかし、研修会を受けるカネはないから電話で教えろという論理はどこかおかしくはないだろうか。その電話をかけている相手は、研修会や講師派遣の売り上げから給料を受けているのである。電話による無料相談は私の本来の業務ではないし、私は売り上げを伸ばすように上司から指示を受けているのだ。

さらに言えば、このような発想では、効果的な労働安全衛生活動などできるものではないとも思える。自らコストを負担するからこそ、より役立つものにしようという気にもなるのである。

次に⑤と⑥についてである。どんな事業者でも、機械・設備を購入したり、材料を購入するときにメーカーまかせにする方はおられないはずである。であれば、専門家から知識を「購入」するときもそうでなければならない。

自らが、何を求めているのかを相手に伝えて、その能力を有しているか、また利用しているときも、自らのニーズに応えているかを見極める必要がある。そしてこれは自らの事業場のニーズに合致しないと思ったら、遠慮せずに「切る」こともときには必要である。

次に示すのは、私が中災防に出向していたときに、沖縄労働基準協会の研修会のために作成したものである。良い専門家とそうではない専門家の見分け方をまとめたものである。ご参考にして頂ければと思う。

企業外に信頼できる専門家を確保しよう

図をクリックすると拡大します

資料出所:柳川行雄「労働者のメンタルヘルス対策」(沖縄労働基準協会研修資料)

図3:企業外に信頼できる専門家を確保しよう

要は、本当に役に立つ専門家をきちんと選んで、要望があれば遠慮せずにはっきりと伝え、かつ得られた知識に見合う対価は負担するということである。多くの企業がそのようにして頂ければ、専門家のグループは十分に育つのではなかろうか。

ウ 国家や社会の役割

やや抽象論ではあるが、国や社会もまた、専門家を育て維持してゆくためには、一定のコストが必要だということ、また他人の知識を利用するためには適切な対価を支払うことが必要だという意識の高揚を図ることが重要なのではあるまいか。これは、化学物質管理のことではないが、今も、ネットの世界には著作権を無視するがごとき、映像、画像、音楽、文章等が溢れている。これでは、誰も他人のクリエィティヴな仕事や知識は無償で得て良いのだという意識になりがちであるし、クリエィティヴな仕事をする方々の生活にも深刻な支障をきたすだろう。

まず、このような実態に対して、他人の知識を活用することは価値のあることであり、きちんとした対価を払う必要があるという社会教育を進めてゆくことが重要なのではなかろうか。


(3)大学や研究所で研究を行う高度の専門家

さて、産業保健のうち化学物質管理に関して、大企業の衛生管理者の方や、大学や研究所の研究者などの高度の専門家の方については、現時点では充足しているといってよいと思う。

しかし、産業保健分野の化学物質管理というときわめて狭い分野だと思えるかもしれないが、けっしてそうではない。毒性学の専門家、リスクアセスメントの専門家、労働衛生工学の専門家、保護具の専門家など多岐にわたる。そしてこれらのすべての分野を一人の専門家が兼ねるなどということはきわめて難しいのである。

また、化学物質管理は、産業保健分野(職業暴露)のみならず環境影響、消費者暴露という分野もあるが、リスクアセスメントの分野などでは、他の分野の専門家には頼れないという面もある。私自身の経験だが、化学物質の環境影響や消費者暴露の研究を行っているある機関の担当者の方から、リスクアセスメントの安衛法改正に対応する方法が分からなくて困っているという話を聞いて驚いたことがある。研究者が、職業暴露のリスクアセスメント手法は分からないと言っているというのだ。これなど、研修者が余計な仕事を抱えたくなくて「謙遜」しているのかもしれない(もちろん、この担当者の方にそうは言わなかったが)が、それだけではないのであろう。

また、私が厚生労働省の現役時代(そう昔のことではないが・・・)にも、よく「○○先生が退任されたら、あの仕事の後を埋める人がいないよね」という話を、様々な方からよく聞いたものである。そして、この○○先生が実に多いのである。

すなわち、個々の分野でみると、研究者の層が意外に薄いのだ。そして、失礼ながら、高度な専門家の集団などというものは、朱鷺と同じで、いったん失われたら再構築することは不可能に近いのである。

確かに労働災害や職業性疾病の発生は、企業の努力によりかつてに比べると少なくなってきたから、この分野が若い研究者にとって参入の魅力が少なくなってきたのかもしれない。しかし、大阪の胆管がん問題や福井の膀胱がん問題をみても分かるように、化学物質の慢性毒性に関する問題が、中小零細規模の事業場ではまだまだあるのである。

「芳香族アミンによる尿路系がんなど、もう何年も発生していないので、それが分かる専門家はもう必要ありません」ということでは、問題が発生したときに対応できない。「飛鳥尽きて剛弓蔵され、狡兎死して走狗烹らる」では優秀な人材はいなくなってしまう。

確かに陽の当たりにくい分野ではあるが、日本という国家として、日常的に専門家の維持のためにコストを負担するという意識が必要な気がする。普段、コストをかけずにおいて、何かあったときに専門家を求めて「入札」を行ったところで、どこからともなく専門家の集団が応札するわけではないのである。


3 最後に

(1)防衛予算を基礎研究等に回せ

私は、防衛費にかけている膨大な予算を、基礎研究や災害予測などの「当面の役に立たない研究」や医療施設の拡充に回すべきだと強く主張したい。

外国の軍隊が日本に攻め込んでくる可能性は、きわめて低いのである。現代の国際社会においては、外国へ軍隊が攻め込むことは極めて大きなリスクを伴うのだ。

かつてソ連軍がアフガニスタンに攻め込んだときのことを思い出していただきたい。国連ばかりかAA会議など第三世界からまで非難決議をされ、欧米からは様々な制裁を受け、オリンピックはボイコットされ、最後はアメリカの支援を受けたタリバンによってアフガニスタンから駆逐されてしまった。

また、イラクがクウェートに攻め込んだときは、政権そのものが米国によって滅ぼされている。

第二次大戦後、他国へ攻め込んで勝利しているのは、米国とイスラエルくらいのものである。その米国でさえ、ベトナムでは敗北し、イラク、アフガニスタンなどで散々な目に合っている。イスラエルも、シナイ半島からは撤退し、ゴラン高原は押さえているものの膨大な軍事予算に悩まされている。

しかもソ連がアフガニスタンへ攻め込んだり、イラクがクウェートに攻め込んだときは、陸続きのケースである。日本は周囲を海洋に囲まれており、簡単に攻め込めるものではない。さらに言えば、アフガニスタンにはレアメタル、クウェートには原油が存在しているが、日本にはロクな資源がないのである。攻め込むメリットなど全くと言ってよいほどないのだ。


(2)基礎研究等の充実こそ国家を守るために必要

しかしながら、新しい感染の流行、大規模な自然災害の発生は確実にやってくる。また、わが国の国民が労働災害ばかりかその他の様々な事故に遭う確率も、決して少なくなってはいないのである。

これらに備え、解決してゆくためには、専門家の集団の育成が必要なのである。大学や研究所の高度な専門家、企業に対して的確な助言ができる知識・ノウハウを有するコンサルタント、職場に属して事業者に助言ができるレベルの企業内専門家など、様ざまなレベルの専門家の育成が何よりも必要である。

しかし、大学や研究所の高度な専門家の集団は「絶滅危惧種」なのである。一度、失われたら二度と再生することはできない。また、企業に対して的確な助言ができる知識・ノウハウを有するコンサルタントも活用されなければ、霧消してしまう。職場に属して事業者に助言ができるレベルの企業内専門家も、彼らに対する適切な処遇なしに構築することはできない。

そのためには、国家の予算と事業者の意識改革が必要である。膨大な防衛費を、こちらに回すことこそ、我が国の持続的発展を保障する道だ。


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