職場復帰支援の手引きの法的な意味

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メンタルヘルス対策

職場復帰支援の手引きに言及する判例を例に挙げながら、職場復帰支援の手引きの法的な意味を説き起こします。

併せて、企業が職員の職場復帰支援を行う意義を論じています。




1 はじめに

執筆日時:

最終改訂:


(1)職場復帰支援の手引きの執筆者は誰か

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心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(以下「職場復帰支援の手引き」という。)とは、心の健康問題で休業した労働者をスムーズに職場に復帰させるための事業者向けの“マニュアル(※)"であり、厚生労働省が中央労働災害防止協会(以下「中災防」という。)に委託して平成16年10月に作成したものである。この手引きは、その後、平成21年3月に、やはり中災防への委託によって大幅な改訂が行われた。なお、平成24年7月には、実質的な意味のない軽微な改訂が行われているが、このときの改訂は中災防に委託せずに厚生労働省が行っている。

※ 厚生労働省のパンフレット「改訂心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」の中で“マニュアル"であると位置づけられている。

なお、筆者は、中災防への出向中にメンタルヘルス推進センター所長として、平成21年の改訂を主担当している。

すなわち、中災防に委託をして作らせたのは厚生労働省であるが、実際に執筆を行ったのは、あくまでも中災防(正確には中災防に設置された委員会)なのである。すなわち、厚生労働省はあくまでも注文者(※)であり、執筆者は中災防ということになる。

※ その意味では、職場復帰支援の手引きを制作したのは厚生労働省である。

なお、平成24年の改訂の際の委員会報告書が厚生労働省のWEBサイトに掲示されている。さらに、中災防から平成21年の改訂版について、委員会の委員と私が共同執筆した詳細な解説書を出した(現時点で絶版)。図書館等で閲覧できる場合もあるので関心のある方はご覧になって頂きたい。


(2)厚労省としての位置づけ

職場復帰支援の手引きは、よく国が定めたガイドラインと誤解される(※)ことがあるが、そのような位置づけではない。先述したように、あくまでもマニュアルであるが、国は「活用について、周知」を行っているのであり、「指導」も「徹底」もしていない。

※ 例えば、第186回国会衆議院厚生労働委員会で佐藤茂樹厚生労働省副大臣(当時)が、日本維新の会(当時:現立憲民主党)の重徳和彦議員の質問に対して「局長通達で、職場復帰支援の取り組みを示す『心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き』、いわゆるガイドラインを平成十六年から事業者に対してきちっと策定して示している」と答弁している。また、第193回参議院厚生労働委員会では、自民党の小川克己議員が質問の中で「政府は、『心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き』を企業向けガイドラインとして提示しています」と発言している。

前者の大臣答弁は明らかな誤答弁であるが、予め質問を議員から通告されていたのであれば、官僚が答弁を作成しているはずなので官僚が職場復帰支援の手引きを局長通達だと思い込んでいた可能性が高い。やや信じがたいような答弁である。

平成16年に職場復帰支援の手引きが策定されたとき、平成16年10月14日基安労発第1014001号「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引きの送付について」(※)により、厚生労働省労働衛生課長より都道府県労働局労働衛生主務課長あて送付されている。それには、「指針の周知徹底にあたり、本手引きが活用されるよう併せて周知を図られたい」と、厚生労働省として職場復帰支援の手引きの周知を図ることとしている。なお、ここにいう指針とは、「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」(労働基準局長通達時代の旧メンタルヘルス指針)のことである。

※ この通達は、厚生労働省のWEBサイトでは公開されていない。ただし、このときの報道発表の資料が厚労省のWEBサイトに公開されており、この資料にも「厚生労働省としては、(中略)この手引きの周知を行い、労働者のメンタルヘルス対策の一層の推進を図ることとしている」とされている。

また、平成21年の大幅な改訂にあたっても、平成21年3月23日基安労発第0323001号「改訂版「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」の送付について」により、厚生労働省労働衛生課長より、都道府県労働局労働基準部長あて送付されているが、ここでも「事業場においてより円滑な職場復帰支援が図られるよう、本手引きの活用について、周知されたい」とされている。

また、平成24年の改訂版についても、平成24年7月6日基安労発0706第1号「「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」の周知における留意事項について」により、厚生労働省労働衛生課長から都道府県労働局労働基準部長あて送付されているが、「事業場での円滑な職場復帰支援が徹底されるよう、本手引きの活用について、引き続き周知されたい」とされている。

どこにも指導しろだの、徹底せよなどとは書かれていないのである。


(3)判例に現れた職場復帰支援の手引き

職場復帰支援の手引きについては、いくつかの下級審の判例において言及されたものがある。判決文において言及されているということは、少なくとも当事者(通常は原告)が職場復帰支援の手引きについて、なんらかの主張を行っているのである(※)。なお、裁判所が職場復帰支援の手引きについて何も判断をしていない例も一部あるが、次項では、これらの下級審判例を時系列的に紹介する。

※ 損害賠償請求についての民事訴訟で、当事者(原告又は被告)が主張していない事実関係を、裁判所が判決文に記載するようなことは通常はない。

なお、裁判所がなんらかの判断したケースであっても、判例はあくまでも当事者(原告と被告)の主張についての判断をしているのであって、職場復帰支援の手引きについての、裁判所の総合的な判断というわけではないことには留意されたい。


2 職場復帰支援の手引きに関する判例

以下、職場復帰支援の手引きについて、なんらかの言及がされた裁判例について、時系列的に紹介しよう。ただし、紹介している判例の多くは、当事者(原告と被告)間では争いとなってはいても、その争点について、裁判所はなんらの判断もしていない。

裁判所が判断をしていないのは、そのような判断をするまでもなく結論を出せるからだが、判例を読んでいると、労働者の側は、職場復帰支援の手引きについてかなりの思い入れがあるようなのだが、法律の専門家にとっては意味のない主張と思われているという印象を受けるものが多い。労働者の側に職場復帰支援の手引きについて、かなりの誤解があるようだ。


(1)平成18年3月24日大阪地裁判決

職場復帰支援の手引きについて言及した判例で、よく知られている最初の例は、平成18年3月24日の大阪地裁判決(大阪府保健医療財団事件)だといわれている。平成18年であるから、平成21年の改訂の前のことである。

ただ、この判決文の全文は、今のところWEBで入手することができず、前後が省略された形で様々な文献に引用されているため、職場復帰支援の手引きに言及した趣旨について、労使双方からかなりの誤解を受けているのではないかと思える。

なお、この判決文では、「被告の主張」でも「原告の主張」でも手引きに言及していないにもかかわらず、「当裁判所の判断」で手引きに言及している。

この判決文で職場復帰支援の手引きに言及した趣旨は、次の通りである。

  •  裁判所で判決文を書くに当たって、労働者から提出された主治医の診断書に記載された職場復帰が可能であるとする日から、事業者が職場復帰の可否を判断するまでにどの程度の遅延が許されるかについて判示する必要があった。
  •  その判断をするにあたって、事業者は職場復帰支援の手引きにも(任意に)従う必要があるのだから、その作業のために16日の遅延があっても許される(※)と判示した。

※ なお、判決文が16日としているのは、このケースでは16日の遅延があったので、16日の遅延に違法性があるか否かについて判断したということであって、普遍的に16日以内なら違法性はないが、16日を超えると違法性があるなどと判断したわけではない。

ただ、一定の手続きを行って職場復帰の可否を判断する場合であれば、16日までの遅延であれば許されると考えてよいだろうと思う。

ということなのである。

この判決について、一部に、「大阪地裁が事業者は職場復帰支援の手引きに従う必要があると判断した」との理解が広まったようである。しかし、この判決を詳細に読むと、このような理解にはかなりの無理があるように思える。

要するに、大阪地裁は、職場復帰支援の手引きに従ったために、職場復帰の可否の判断に16日程度を要したとしても違法性はないと言っているのである。すなわち、あくまでも職場復帰支援の手引きに従っても違法ではないと言っているだけであって、従わなければ違法性があるとまでは言ってはいないと理解するべきであろう。

もちろん、高木(※)がいうように、この判例によって、すくなくとも中規模以上の事業場では、ある程度その内容を踏まえた活動が望まれるようになったということまで否定するものではない。

※ 高木道久「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援に関する法的考察」(産業ストレス研究2008年)


(2)平成21年12月24日東京地裁判決

次に、平成21年12月24日の東京地裁判決(アールインベストメントアンドデザイン解雇事件)を取り上げよう。ただし、この事案では、裁判所が職場復帰支援の手引きについて明確な判断をしているわけではない。

ア 事件の概要

この事件は、心の健康問題で休業していた労働者が「被告会社従業員の原告が、被告会社による解雇が無効であると主張して、被告会社に対し、雇用契約上の地位確認と平成20年6月以降の賃金の支払を求めた事案」等である。なお、本事案では、原告と被告会社が「労災保険を用いることなく,業務上の疾病として取り扱うことを合意」しており、被告会社は労災補償を行っていた。

被告会社は、会社の雇用環境が改善されたことや、原告の療養期間が1年7ヶ月を超えたことなどを理由に、復職可能性について記された診断書を提出するよう原告に求めたが原告はそのときは拒否した。

その後、原告は、結婚披露宴をしたり、キックボクシングを観戦したことが目撃されたりするなど症状が改善されてきているとして、被告会社は復職命令を原告に対して行った。このときになって、原告は復職が困難であるとの診断書を提出したが、被告会社は、原告に対し、労働基準法81条に基づく1,200日分の打切補償を行って解雇した。

イ 裁判所の判断

裁判所は、被告会社が打切補償を行っていること、就業規則の規定に照らして解雇が有効であることなどにより、被告会社の主張をほぼ全面的に認めて、本件解雇を有効と判断している。

そして、傍論ではあるが、次のように判示したのである。

【裁判所の判断】

なお、厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」に違反することが、本件解雇の社会的相当性欠如の評価根拠事実になるとの原告の主張は、それ自体失当なものであり、採用できない

※ 平成21年12月24日の東京地裁判決(アールインベストメントアンドデザイン解雇事件)より

この判決で職場復帰支援の手引きに言及しているのは、この部分だけであるが、まさに原告の主張を、問題外であるとして一蹴した感がある。

ウ 判例の意味

この判例によると、原告側は、「厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」に違反することが、本件解雇の社会的相当性欠如の評価根拠事実になる」と主張したとのことである。

しかし、これだけでは、厚労省の指針や職場復帰支援の手引きに違反することが、なぜ「本件解雇の社会的相当性欠如の評価根拠事実になる」のかについての根拠が不明である。もし、たんにこの通りの主張をしていたのだとすれば、法律的な根拠の薄い主張であり、判決が原告の主張を一蹴したのは当然だと言えよう。

ただし、判決文は、あくまでも原告の主張には意味がないと言っているのである。この判決文のいうところは、それ以上でも、以下でもない。


(3)平成22年12月22日大阪地裁判決(参考)

次に、平成22年12月22日の大阪地裁判決(JR福知山線脱線事件)を取り上げよう。これも、原告側の全面的な敗訴となった事件である。ただし、この事件では判例は、職場復帰支援の手引きについての当事者の主張についての判断をしていない。従って、本件は、あくまでも参考事例である。

ア 事件の概要

原告はJRの福知山線脱線事故時の車掌であるが、同事故後、「不眠症・適応障害」との診断を受けて休職している。なお、この「不眠症・適応障害」については、労災であると認定されている。

原告は、被告(JR西日本)が、原告をa車掌区に所属する車掌職として就労させることを目的として段階的な職場復帰支援措置を講じる義務、及び原告を被告a車掌区に所属する車掌として就労させる義務があることの確認を求めるとともに、福知山線の脱線事故について被告の不法行為ないし安全配慮義務違反であるとして損害賠償を求めた事件である。

イ 職場復帰支援の手引きに関する両当事者の主張

この事件で、原告は、前記の確認を求める部分に関して、職場復帰支援の手引き「の内容を参考にしつつ、段階的な職場復帰措置を講じれば、従前の業務であるa車掌区での車掌業務に就労することは十分可能な状況にある」と主張した。

これに対して、被告側は、職場復帰支援の手引き「は、行政指導の範囲を超えるものではなく、もとより使用者に行政上の義務を負担させるものでもない。したがって、同手引きにより,原告に対する本件措置義務が発生するとはいえない」と反論した。

ウ 裁判所の判断

本件について、最場所は、職場復帰支援の手引きに関する両当事者の主張について、とくに判断することなく、原告の主張のうち確認を求める部分について却下(※)した。なお、損害賠償を請求する部分については棄却している。

※ 「却下」とは、具体的な内容に踏み込まずに、訴えを門前払いすることである。内容に踏み込むまでもなく、形式的な理由から「裁判で判断することではない」としたのである。却下する以上、職場復帰支援の手引きに関する両当事者の主張について判断しなかったことは当然である。

※ なお、「棄却」とは、当事者の主張を判断したうえで、その主張を法的に認めることはできないとすることである。


(4)平成24年2月15日大阪地裁判決

次に、平成24年2月15日の大阪地裁判決(建設技術研究所事件)を取り上げよう。この事案では、裁判所は職場復帰の手引きについて一定の判断を行っている。

ア 事件の概要

原告は、業務が非常に繁忙であった頃に腹痛、血尿及び下肢腫脹を訴えており、その後やや抑うつ状態といえる自覚症状を生じ、精神疾患を発症した。被告が、その後、原告を解雇したため、解雇の無効の確認と、解雇後の賃金の支払い及び損害賠償を求めた事案である。

イ 裁判所の判断

原告は、職場復帰支援の手引き「において事業者に求められている復帰支援のうち、被告では、①予め事業場ごとに作成を求められている「事業場職場復帰支援プログラム」が作成されておらず、体制や規程の整備が行われていないこと、②職場復帰可否の判断基準として、適切な睡眠覚醒リズムが整っているか、昼間の眠気がないかなどが検討されていなかったこと、③実際の職場復帰に当たり、事業者が行う職場復帰支援の内容について総合的に示したものであり、事業者の側で作成すべき「職場復帰プラン」を作成せず、原告にこれを作成させたこと、④原告が作成した職場復帰プランを実施せず、放置したこと、⑤主治医と事業者側で面談をすべきであるのに、被告がE医師と面談をしなかったこと」などと主張しており、これは安全配慮義務違反に当たるとの趣旨を含むと裁判所に判断されたようである。

これに対して、裁判所は以下のように判示した。

【裁判所の判断】

(職場復帰支援の手引き)は、厚生労働省が「手引き」として事業者に周知を図ったものであるが、事業者に対して直ちに法的義務を課すものとはいえない

※ 平成24年2月15日の大阪地裁判決(建設技術研究所事件)より。カッコ内引用者

ウ 判例の意味

おそらく、この判例は、職場復帰支援の手引きについて、その法的な意味あいについて判断したといえる最初のケースである。ただし、この判断は、当然のことを言っているに過ぎない。

厚労省も事業者に対して、職場復帰支援の手引きに書かれている内容の実施を事業者に指導しているという事実はない(※)。また、これに従わなければ、労働者の安全又は健康が確保できないとしているわけでもない。あくまでも、事業場における職場復帰を適切に実施するための一つの例を挙げたに過ぎないのである。少なくとも、職場復帰支援の手引きに記載されているという理由のみによって、その個々の内容が法律的な義務になるとは、現時点では考え難いというべきである。

※ 職場復帰プログラムの作成と職場復帰プランの作成については、「労働者の心の健康の保持増進のための指針」にも記載されており、こちらは指導事項である。(労働安全衛生法第70条の2第2項参照)

もちろん、ある企業において、職場復帰支援の手引きによることが労使間の契約となっていたり、労使慣行となっていたりすれば、法的な義務となることは当然であるが、それは別論である。

ただし、職場復帰支援の手引きに記載されている個々の事項が、信義則やその他の一般条項によって、法律的な義務となり得る(またはなっている)ことを否定するものではないので、誤解のないようにお願いしたい。


(5)平成24年5月22日岡山地裁判決(参考)

次は、平成24年5月22日の岡山地裁判決(フルハーフ岡山株式会社事件)を紹介しよう。ただし、職場復帰支援の手引きについて、何か判断をしているわけではない。

これは、集団的労使関係(労働組合関連)に関するものである。原告が、被告補助参加人組合員の職場復帰及び解雇撤回に係る団体交渉に応じなかったことが不当労働行為に当たるとして発令された岡山県労働委員会の救済命令の取り消しを求める訴訟である。

従って、これまでの判例とは異なり、事業者の側が原告となっている。なお、原告側が全面的に敗訴している事例である。このケースでは、労働組合の団体交渉の申し入れの中に「厚生労働省が定めた「労働者の心の健康の保持増進のための指針」に基づく「心の健廉づくり計画」の策定と実施を始め, 関係法令, 指針などに定められた安全衛生の施策を直ちに実施すること」との内容が含まれていた。

いずれにせよ、このような申し入れの内容に踏み込むまでもなく判断できる例であり、判例もとくにこの内容に踏み込んだ判断はしていない。


(6)平成25年7月18日徳島地裁判決(参考)

次も参考事案であるが、平成25年7月18日の徳島地裁判決(四国化工機ほか1社事件)を紹介しよう。これは、職場復帰支援の手引きが公表された日付より以前の効力についての判断である。

この事件では、原告側が「平成16年厚生労働省中央労働災害防止協会は、心の健康の問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き(以下「手引き」という。)を定め、ここで定められていることは、平成11年当時に使用者に求められていた」という主張をしたのである。

これに対し、判例は次のように述べてこれを失当とした(※)

※ 本件は、判決そのものは原告側勝訴(一部敗訴)となり、原告側、被告側共に控訴した。これに対し、平成27年10月30日高松高判は1審の判決を取り消して1審原告の請求を棄却したが、職場復帰手引きについての判断については変更していない。

【裁判所の判断】

原告らは、会社1が手引きに準拠していないことを問題とするが、平成16年に作成された手引きに準拠していないこと自体が直ちに安全配慮義務違反とみなされるとは解されないし、aaらがNから受けた指導は、少しずつ職場復帰を進めてくださいという極めて抽象的なものであることからすると、会社1の対応が、その趣旨に明らかに反するとまでは認められない。

※ 平成25年7月18日の徳島地裁判決(四国化工機ほか1社事件)より。

なお、職場復帰支援の手引きが事件発生時より前に公表されていた場合には「手引きに準拠していないこと自体が直ちに安全配慮義務違反とみなされる」などと言っているわけではないことは当然である。


(7)平成26年11月26日東京地裁判決

次に、平成26年11月26日東京地裁判決(アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド事件)を紹介しよう。これは、職場復帰支援の手引に示された復職の可否の判断基準に従うことの可否について言及している。

この事件では、被告側が職場復帰支援の手引きを持ち出して、次のように主張した。

【被告の主張】

被告は、傷病休暇及び療養休職について、金融機関である被告の正社員が担当する業務が相応の精神的な緊張を伴うことに配慮し、長期間かつ手厚い療養のための不就労を容認する代わりに、職場復帰に際しては、従来の業務を健康時と同様に遂行できる健康状態に回復していることを要件とすることを基本的な趣旨とし、厚生労働省が公表している「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(書証略。平成21年3月改訂)を参考にして、本件内規中に本件判定基準9項目を挙げ、原則としてこの項目を全て満たした場合にのみ復職を可とする運用をしている。本件判定基準9項目は、いずれも雇用契約の債務の本旨に従った労務の提供をするために必要な最低限度の健康状態等を定めたものであり、不合理なものではない

※ 平成26年11月26日東京地裁判決(アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド事件)より。

これに対し、判例は次のように述べてこれを認めなかった。

【裁判所の判断】

被告は、傷病休暇及び療養休職からの復職に関し、原則として、本件内規中に掲げた本件判定基準9項目を全て満たした場合にのみ復職を可とする運用をしているところ、本件情報提供書によれば、原告が上記9項目を全て満たしていたとはいえないから、本件療養休職期間満了時において、原告が復職可能であるとはいえないと判断したものであり、その判断に誤りはない旨を主張する。

しかし、休職制度が、一般的に業務外の傷病により債務の本旨に従った労務の提供ができない労働者に対し、使用者が労働契約関係は存続させながら、労務への従事を禁止又は免除することにより、休職期間満了までの間、解雇を猶予するという性格を有していることからすれば、使用者が休職制度を設けるか否かやその制度設計については、基本的に使用者の合理的な裁量に委ねられているものであるとしても、厚生労働省が公表している「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(書証略。平成21年3月改訂)から、本件内規中に掲げた本件判定基準9項目を全て満たした場合にのみ復職を可能であるとする運用を導くことは困難である。

※ 平成26年11月26日東京地裁判決(アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド事件)より。

いかに厚生労働省が公表した文書とはいえ、それに従ってさえいればよいなどという主張は認められないとしたのである。たんなる復職判断の遅延という手続き上のことではなく、復職可否という労使の契約の内容に関わることであるから当然のこと(※)といえる。

※ なお、本件ではこの判断基準を規定した内規労働者側に公表されておらず、判決文では「被告人事部において、業務外傷病により傷病休暇及び療養休職を取得した従業員の復職判断のための内部資料として作成されたものにすぎず、従業員には開示されていないから、上記の運用が本件雇用契約の内容として、原告の復職可否の判断を無条件に拘束するものではない」とも判示している。


(8)平成26年11月26日東京高裁判決

次に、平成26年11月26日東京地裁判決(損害賠償請求事件)を紹介しよう。この判決文では、職場復帰支援の手引の法的拘束力について言及している。

この事件では、控訴人(1審原告側)が「被控訴人(1審被告)が職場復帰支援の手引きに従っていない」と主張した(※)のに対し、判決文では次のように述べてこれを認めなかった。

※ 1審でも原告側はそのように主張していたが、1審の判決文はそのことに触れなかった。

【裁判所の判断】

なお、控訴人は、被控訴人が休職期間満了により控訴人を退職させる手続が、厚生労働省作成の「心の健康問題により休職した労働者の職場復帰支援の手引き」(〈証拠略〉。本件手引き)の記載内容に反する旨を主張するが、本件手引きは、法的拘束力のないものであることが明らかである上に、被控訴人が履践を怠ったと控訴人が主張する本件手引き記載の手続は、休職中の労働者から使用者に対し主治医による職場復帰可能の診断が記された診断書が提出された場合に関するものであるところ、前記説示のとおり、本件では控訴人から被控訴人に対しこのような診断書が提出されたとの事実は認められないから、控訴人の上記主張は、いずれにせよ、採用することができない。

※ 平成26年11月26日東京地裁判決(損害賠償請求事件)

判決文を見る限りでは、控訴人は、職場復帰支援の手引きの内容が労使の契約になる(法的な拘束力がある)という法的な根拠を示していない。そのこともあって、あっさりと一蹴されている。


(9)平成29年1月26日東京地裁判決(参考)

次は参考事案であるが、平成29年1月26日東京地裁判決(SGSジャパン事件)についても紹介しておこう。

この事件では、原告側が復職妨害の有無が争点となっていたが、原告側は次のように主張した。

【原告の主張】

被告D及び同Eは、原告の復職申請に対して速やかに判断すべきであったにもかかわらず、これを怠った。すなわち、厚生労働省策定の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」によれば、労働者が病気休業中は安心して療養に専念できるよう、情報提供等の支援をすべきところ、被告Dは、原告が休業前の仕事の成り行きや復職後の仕事について関心を持っていることを知っていたにもかかわらず、原告が休職中も他の審査員と同様に受け取っていた業務上のメールを、平成23年10月初めころから原告に送信をすることをやめ、復職後の配置等について明らかにしなかった。

※ 平成29年1月26日東京地裁判決(SGSジャパン事件)より。

これに対し、判決文は職場復帰支援の手引きそのものについての効力に付いては判断せず、被告による復職妨害の事実は認められないとした。


(10)平成30年6月26日名古屋高裁判決

この判例は、産業保健の分野においてかなり話題になった事案なので、ご存知の方も多いと思うが、平成30年6月26日名古屋高裁判決(日本放送協会事件/NHK(名古屋放送局)事件)についても紹介しておこう。この事件では、リハビリ出勤に賃金を払うべきかが問題となっている。

1審(平成29年3月28日名古屋地裁)は、被告のリハビリ出勤における賃金支払い義務を認めなかったが、この判決では最低賃金での支払い義務を認めた。なお、この判決文では、前提事実については原判決を引用しているが、当事者の主張を補正して、職場復帰支援の手引きの試し出勤制度について長文の引用をしている。

職場復帰支援の手引きについて、控訴審では、控訴人(1審原告)は手引きは「職場復帰可否について定型的な判断基準を示すことは困難であり、個々のケースに応じて総合的な判断を行わなければならない」とし、被控訴人(1審被告)は「本件手引きは法的な基準を定めるものではない」としている。すなわち、当事者は双方とも、手引きについて全面的に従うべきなどとは主張していないのである。

これに対して、判決文では本件のリハビリ出勤が妥当なものであったかの判断基準として、職場復帰支援の手引きに言及して次のように判示している。

【裁判所の判断】

本件手引きが指摘するとおり、試し出勤については、具体的な職場復帰決定の手続の前に、その判断等を目的として行うものであることを踏まえ、その目的を達成するために必要な時間帯・態様、時期・期間等に限るべきであり、いたずらに長期にわたることは避けるべきと考えられ、国家公務員の試し出勤制度においてその実施期間がおおむね1か月とされていること(書証略)と比較すると、テスト出局の期間は24週間と長い上、最終6週間は通常業務が想定されており、テスト出局が、試し出勤制度として相当なものであるか否かは疑義がないではない。

※ 平成30年6月26日名古屋高裁判決(日本放送協会事件/NHK(名古屋放送局)事件)より。

リハビリ出勤における賃金支払いについて検討する場合に参考にするべき判例であるが、本件は上告されており確定したものではないことに留意するべきである。


(11)平成30年12月21日東京地裁判決(参考)

次は、参考例であるが、平成30年12月21日東京地裁判決(損害賠償請求事件)について紹介する。

本件では、争点の一つに復職判断に関する安全配慮義務違反があり、これについての当事者の主張は次の通りである。

【原告の主張】

仮に、被告がBの主治医からカルテの提供等を受けていなかったとしても、被告が責任を免れる理由になるものではなく、職場復帰支援の手引きによれば、Bには不安定な状態が残っていたのであるから、単に結論だけ記載された診断書を鵜呑みにするのではなく、細かく経過と現状を聴取すべき義務があったのに、これを怠った。

【被告の主張】

原告が主張の裏付けとする職場復帰支援の手引きは、職場復帰支援について望まれる対策の具体例の1つにすぎない。

職場復帰支援の手引きの記載によっても、本件では、産業医が主治医からの意見聴取を行わなくとも職場復帰支援は可能であった。また、J産業医は、Bとの面談において、必要に応じて、Bから主治医の治療経過や主治医の意見についても聴取していた。当該聴取内容と主治医の診断書の結論が何ら矛盾していないにもかかわらず、被告及びJ産業医において、主治医の診断書だけではなく、主治医のカルテまで提供を受けた上で、主治医の診断書の結論の妥当性を評価すべき義務はない。

※ 平成30年12月21日東京地裁判決(損害賠償請求事件)より。

この点について、判決ではとくに判断をせず、安全配慮義務違反はなかったとした。


(12)判例のまとめ

以上を概説すると、現時点では判例は職場復帰支援の手引きについて、労使間での特段の取決めや労使慣行がないという前提ではあるが、これを実施しないことが違法となるとまでは考えていないようである。つまり、これに従っていないことのみを理由として、債務不履行責任(民法第415条)や不法行為責任(民法第709条以下)を根拠に、企業側に損害賠償責任を認めることはないと考えて良いと思う。そもそも職場復帰支援の手引きは行政がその活用を周知しているマニュアルであり、ある意味で、当然のことといえよう。

あくまでも、職場復帰の手続きの瑕疵や、職場復帰の拒否に違法性を認めるかどうかは、個別の具体的な事実関係から判断するのであって、職場復帰支援の手引きに従っていたかどうかで判断することはないのである。

ただしその一方で、事業者の側がこれに従ったことにより、職場復帰の手続きが遅れるなどの不利益を労働者が被ったとしても、これについても違法性を認めることはないということになろう。


3 職場復帰支援の手引きに関するよくある質問

ここで、職場復帰支援の手引きに関して、筆者がよく受けた質問であって、あまり他では紹介されていない事項についてQ and Aの形で示した。ただし、Q4だけは厚生労働省のWEBサイトに載っている内容である。

Q1 職場復帰支援の手引きが最初に出された平成16年のときの報告書がみたいのですが

A1 平成24年の改訂に際して、報告書が公開されているためによく誤解されることがあるようです。平成16年の職場復帰支援の手引きの作成も中災防において委員会(※)を設けて策定されていますが、平成24年の改訂のときのような報告書が作成されたわけではありません。職場復帰支援の手引きそのものがこの委員会の成果物ということになります。

※ 平成14年から設置された「職場におけるメンタルヘルス対策支援委員会職場復帰支援部会」(部会長:下光輝一東京医科大学衛生学公衆衛生学教室教授)

Q2 職場復帰支援の手引きが最初に出された平成16年のときの労働衛生課長の通達又は事務連絡がみたいのですが。

A2 これもよく問い合わせを受けるのですが、このときの通達は、現時点では厚生労働省のサイトでは公開されていません。しかし、とくに非公開の資料ではなく、労働調査会が発行している「安衛法便覧」に、平成16年版以降の数年間は全文が載っていました(※)

※ 最新版には掲載されていません。

 なお、平成16年の報道発表の全文が厚生労働省のサイトに掲載されています。

Q3 職場復帰支援手引きを守らなくても罰則はないのですか。

A3 職場復帰支援の手引きは、法律に根拠のあるものではなく、これに違反したからといって、処罰を受けることはありません。

 また、これに違反したことのみをもって、民事的な責任を負うことも(現時点では)ないものと思われます。

Q4 職場復帰支援プログラムと職場復帰支援プランの違いを教えてください。

A4 これについては、こころの耳に示されていますので、そちらを参照してください。

Q5 職場復帰支援プログラムは、心の健康に特化して作成するべきでしょうか。

A5 職場復帰支援手引きは、こころの健康問題に特化して記載されていますので、そのような印象を持たれることがあります。事実、こころの健康問題とからだの健康問題で職場復帰支援プログラムを分けて作成している企業もあるようです。

 しかしながら、この2つを区別する合理的な根拠があるとは思えません。むしろ区別せずに、ひとつのプログラムに記述するべきであると思われます。


4 終わりに(では何故職場復帰支援対策を行うのか)

職場復帰支援の手引きが、行政の指導事項でもなく、判例でもそれに従わなければならないとの判断はされていないとすれば、では、なぜこれに従う必要があるのだろうか?


(1)企業にとって大切なのは労働者のモラール・やる気である

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これは、結局は高度な「経営判断」なのである。どのような企業でも最大の資産が“人"であることを否定する経営者はいないだろう。そして、“人"についてもっとも重要な要素は、“モラール・やる気"なのである。

きわめて優秀で、知識が豊富で、貴重な人脈を有している職員ばかりの会社であれば、その会社は確実に発展するだろうか? 必ずしもそうとは限らないだろう。会社に対する不満を抱いている職員ばかりだったり、転職先を探し求めている職員ばかりだったり、派閥争いに熱心な職員ばかりだったりすれば、企業経営が成り立たないこともまた、誰も否定はしないであろう。

労働者のモラールを高揚させる手段には、いくつかの方法があるが、そのひとつは“労働者を大切にする"ことである。何よりも、病気にかかったときに、会社がその労働者を大切にして、再び働けるようにすることは、労働者のモラールの向上につながるのである。


(2)職員のモラールの向上と労働条件は直結している

最近は少なくなってきたが、経営者の方で、「奥さんと長い時間顔を合わせていたら、夫婦はお互いストレスがたまるのだ。労働時間が長い方が夫婦円満のために良いのだ」などと豪語される方がおられる。そして、確かに、社員は経営者の前では、以下にもその通りだと調子を合わせてはいる。

また、経営者の方の中には、「自社の給与は同業他社の平均より若干は低いし、メンタルヘルス対策など何もしていないし、労働時間(場合によってはサービス残業)も長いが、労働者は愛社精神があってモラールも高い。良い労働者にめぐまれてありがたい」と思っておられる方が、意外に多いようである。

しかし、そう思っておられる事業者の方には、自分が裸の王様になっていないかどうかを、ときには考えてみた方がよい。景気が悪く、かんたんには転職できないような状況の下では、経営者や幹部職員の周囲は、「不満がなく、モラールが高く、やる気のある」職員ばかりになるものなのだ。

だが、ある力関係が存在しているとき、力を有する方に対して、力を有しない方が本音で話をするということはそう多くはないのである。ところが、力を有している方は、それがなかなか分からないのである。

残念ながら、労働条件の悪い企業で、労働者のモラールとやる気が溢れているという例を、私は見たことがない。ところが、ほとんどの経営者はそうは思っていないのである。下世話にも“お世辞の嫌いな人はない"といわれるが、“お世辞を信じぬ人もない"のである。


(3)職員のモラールの低下は深刻な問題を引き起こす

もちろん、社員は会社の中で出世したいと思うから、そのような会社でも熱心に働いてはいる。しかし、本当に、20年後、40年後に会社を大きく育ててゆきたいなら、「給与が同業他社の平均より若干は低いし、メンタルヘルス対策など何もしていないし、労働時間(場合によってはサービス残業)も長い」ような会社ではダメなのである。

まして、「利益が上がれば、労働者に利益を適切に配分する」のであればともかく、利益が上がっても株主配当と経営者の報酬に振り向けて、賃上げを拒むようでは、モラールは低下してゆくし、長期の安定経営は望めないと思った方がよい。

【職員のモラールの低下はなにをもたらすか】

〇 優秀な人材は、チャンスがあれば他社に移ってしまう。

〇 社員が、自社の不満をSNSに書き込む。これは匿名ばかりか、実名で書き込まれるケースもある。

〇 学生が就職を決めるときには、SNSなどで検索をかける。労働条件が低い企業であっても、経営者の周囲は「不満のないモラールの高い」社員ばかりのはずなのだが、「〇〇会社 ブラック」で検索するととんでもないことになっている。これでは、優秀な人材は入ってこない。

〇 重要な取引を考えている企業があった場合、社員のモラールの低いような企業と取引をしたいとは考えない。最近では、重要な取引をするような場合には、必ずSNSで相手の会社の検索をかける。職員のモラールの低下は取引先にも影響を与える。


(4)職場復帰は本人だけの問題ではない

同業他社の平均よりもやや賃金を高くすることなどは、職員のモラールを向上させるためには、きわめて重要な要素である。しかしながら、それだけでは足りないのである。

病気になったら、会社から冷遇されるような会社で、家族を抱えて働いていれば、誰しも不安とストレスが高まるだろう。人間、誰しも、(上司の前では口には出さないが)将来も安定した生活を送りたいのだ。

先輩、同僚、部下が病気になったとき、どのような扱いを受けるかは、職員は重大な関心を持ってみているのである。どれほど会社に尽くしても、病気になったときには切り捨てられるというのでは、不満は高まってゆく。

健康問題によって長期休業を余儀なくされたときに、職場復帰をスムーズに進める仕組みがない企業では次のようなことが起きる。

① 優秀な人材が職場復帰できない。せっかく育った人材が無駄になってしまう。

② 職員の不安が高まり、会社に尽くしても会社は冷たいと思われれば、確実にモラールが低下する。

③ いったん休業すると、スムーズに職場復帰できないと思われると、職員が病気を隠すようになる。これは確実に生産性の低下につながる。

④ ネットでの評判が低下する。このことは優秀な人材が得にくくなるばかりでなく、顧客を逃がすことにもつながる。

もちろん職場復帰支援の手引きに完全に合致するような措置をとる必要はない。それは、各社で自由に決めればよいことなのである。だが、こころの健康問題で休業した労働者をスムーズに職場へ戻すシステムを構築することは、経営それ自体にとって必要なことなのだと理解することが重要である。



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