地方公務員と安衛法の適用




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地方公務員

※ イメージ図(©photoAC)

国家公務員には安衛法の適用はありませんが、地方公務員には原則として安衛法の適用があります。しかし、非現業の地方公務員には、厚生労働省の監督権限は及びません。

すなわち、国家公務員の場合は人事院が法令(ルール)の策定とその運用・監督を統一的に行っています。しかし、非現業の地方公務員の場合は、法令の策定は厚生労働省の安全衛生部が行い、監督・運用は地方公共団体の人事委員会(設置されない場合は地方公共団体の長)が行うという形になっています。

しかも、厚生労働省の発出する行政指導通達なども、非現業の地方公務員には効力がない(法令解釈の通達はやや微妙ですが・・・)こととなります。

また、労働者死傷病報告や健康診断結果報告なども、各地方公共団体の人事委員会などへ提出されるため、国全体の状況が把握しにくくなる面があります。本来は、総務省自治行政局公務員部が行うべきことなのでしょうが、国による地方自治体への指導権限には限界があります。

本稿では、地方公務員と安衛法令の適用関係について解説します。




1 はじめに

執筆日時:


(1)消防車は高所作業車なのか

消防車

※ イメージ図(©photoAC)

ある地方自治体の職員の方から、はしご車などの高所で作業する消防車には、安衛則の高所作業車に関する規定の適用があるかというご質問を受けた。適用があるとすれば、作業床の床面の高さを 10 メートル以上に上げることができる消防車で、高所に上がるには技能講習を修了している必要があることになる。

常識的には、適用はないだろうとは思ったが、実は安衛法令には高所作業車の定義はない(※)のである。そのときは、その場での即答は避けて、調べてから解答すると答えた。

※ 安衛則には、作業床の高さ(作業床を最も高く上昇させた場合におけるその床面の高さ)が2メートル以上の高所作業車のみに適用があるとしか書かれていない。高所作業車とは何かについては規定されていないのである。立法者は、書くまでもなく分かると思ったのだろう。

調べてみると、厚生労働省の通達(平成2年9月 26 日基発第 583 号「労働安全衛生法施行令の一部を改正する政令、労働安全衛生規則の一部を改正する省令、クレーン等安全規則の一部を改正する省令等の施行について」)に解釈が示されていた。

そこには、「消防機関が消防活動に使用するはしご自動車、屈折はしご自動車等の消防車は高所作業車に含まないものであること」とされていたのである。


(2)公務員に対する安衛法の適用

一般の方にはあまり知られていないが、国家公務員には労基法や安衛法の適用はなく、都道府県労働都道府県労働局長や労働基準監督署長の監督権限も及ばない。

しかし、人事院が監督機関の役目を有しており、安衛法令が改正されると、人事院が安衛法令とほぼ同じ内容で、国家公務員に適用される人事院規則も改正してしまう(※)

※ 米軍基地で働く駐留軍等労働者については、雇用者が誰なのか、また安衛法令の直接適用があるか等について、我が国内でも必ずしも見解が一致していない。しかし、駐留軍等労働者についても、安衛法令が改正されると、日米政府間の労務提供契約が安衛法令の改正に合わせた形で改正されることが多い。

これに対して、地方公務員の場合は、原則として安衛法そのものが直接適用されるのである。しかし、非現業の公務員については、厚生労働省の監督権限が及ばないこととなっている。


(3)地方公務員に対する安衛法の適用

地方公務員に対する安衛法の適用関係は、地公法第58条第3項に規定されている。

これをまとめると次表のようになる。

表 地方公務員の安衛法の適用関係
安衛法の地方公務員への適用(関係条文)
労働災害防止計画(第2章) 高度プロフェッショナル制度に係る長時間労働者に対する医師による面接指導(第66条の8の4) 労働基準監督機関の職権(第92条) その他の規定
現業職員(企業職員及び単純労務職員を除く。) 適用する 適用する 適用する 適用する
非現業職員(企業職員及び単純労務職員を除く。) 適用しない 適用しない 適用しない 適用する
単純労務職員 適用する 適用する
(対象外)
適用する 適用する
企業職員・独法職員 適用する 適用する 適用する 適用する

※ 現業職員  :労働基準法別表第1の1号~10号、13号~15号の事業に従事する職員

非現業職員 :上記以外の職員(警察、消防を含む。)

企業職員  :水道局や交通局の職員など

単純労務職員:清掃職員や学校給食の職員など

繰り返すが、地方公務員については原則として安衛法の適用があるが、非現業の公務員(企業職員及び単純労務職員を除く。)については、厚生労働省(厚生労働大臣、都道府県労働局長及び労働基準監督署長)の監督権限が及ばないのである。

厚生労働省に代わって監督権限を行使するのは、人事委員会又はその委任を受けた人事委員会の委員(人事委員会を置かない地方公共団体においては、地方公共団体の長)となる(※)

※ 健康診断の結果報告や労働者死傷病報告などの報告先も、労働基準監督署長ではなく、人事委員会等である。

なお、地方公務員の場合、事業者に当たるのは、都道府県については都道府県知事、市区町村については市区町村長である。従って、人事委員会が置かれない地方自治体にあっては、事業者と事業者に対して監督権限を有する者が一致することとなる。

すなわち、法令制定の担当者と監督権限を行使する者が異なるため、監督権限を有するものが法令の趣旨内容等について詳しくない場合が起こり得るのである。しかも監督するものが監督されるものと同じなので、問題があっても顕在化しないことが危惧されるのである。


2 安衛法の解釈と厚労省の行政通達

(1)地方公務員に関する安衛法の解釈は誰が行うべきか

ところで、冒頭に挙げた労働基準局長通達で、消防車は高所作業車に該当しないという解釈が厚生労働省から示された経緯はよく分からない。おそらく、省令の改正の際に、自治省(現・総務省)の消防庁からの要望があったのだろう。

しかし、この通達は都道府県労働基準局長(現・都道府県労働局長)宛ての文書である。先述したように厚生労働省には消防職員に対する安衛法関連の監督権限がない。監督権限のない都道府県労働基準局長に対してこのような解釈を示しても意味はないだろう。本来であれば、このような解釈は、消防庁消防・救急課長(※)が都道府県消防防災主管部長(及び東京消防庁・各指定都市消防長)に対して示すべきことであろう。

※ 総務省のWEBサイトに公表された消防庁からの通達を見る限り、消防庁からこの件に関する解釈は示されていないようである。

そもそも、消防の職員に対する監督権限のない厚生労働省の労働基準局長が、本件についての解釈を示すことが適切なのか(※)という気もしないでもない。もっとも、消火の際には安全衛生法を遵守できないようなこともあるだろうから、結論としては妥当な内容だろう。

※ もちろん、最終的な法令の解釈の権限は、三権分立の建前からは裁判所にあることは当然である。裁判所が最終的な判断を下すまでの間の解釈を示す者として、厚生労働省の労働基準局長が相応しいかという問題である。

やはり解釈を示すのは、法令の趣旨を熟知している厚生労働省が示すことが現実的かもしれない。


(2)厚生労働省の労働基準局長の指導通達は地方公務員に対して有効か

なお、厚生労働省の労働基準局長が、法定されていない労働災害防止のための措置や、法定外の安全衛生教育・健康診断(※)などについての指導通達を発することがある。これらは地方公務員に対して有効だろうか。

※ なお、健康診断については、神奈川労働局の「労働安全衛生法等に基づく各種健康診断 一覧表」中の「行政指導による健康診断」にまとめられている。また、指導通達による安全衛生教育については平成3年1月21日基発第39号(最終改訂:平成28年10月12日基発1012第1号)「安全衛生教育及び研修の推進について」に定められている。

当然のことながら、これらは厚生労働省が監督機関を通して事業者に対して指導してゆくものであるから、地方公務員は対象外ということになろう。しかし、いずれにせよ指導通達であるから法的な強制力を有するわけではないので、法的に効力があるかどうかは実質的な意味は持たない。

実際には、行政指導でさえない「職場復帰支援の手引き」なども、地方自治体によっては活用されている。厚生労働省の通達も地方公務員の労使自治の中で活用されるべきと思われる。


3 地方自治体の安衛法の遵守状況

地方公務員の勤務条件については、総務省から「地方公共団体の勤務条件等に関する調査」が毎年公表されている。

労働安全衛生に関する調査は「平成30年度地方公共団体の勤務条件等に関する調査」が最新の調査である。

これによると、地方自治体の安全衛生管理体制の遵守状況は次表のようになっている。

表 安全衛生管理体制の遵守状況
安全衛生管理体制の遵守状況(%)
都道府県 指定都市 市区 町村 一部事務組合等 合計
総括安全衛生管理者 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0
安全管理者 100.0 100.0 99.2 100.0 100.0
衛生管理者 99.3 99.6 98.4 98.1 99.3 99.0
安全衛生推進者等 99.8 100.0 98.8 92.7 97.3 98.2
産業医 99.8 100.0 98.9 97.4 98.7 99.4
安全委員会 99.7 100.0 99.6 100.0 99.8
衛生委員会 99.4 99.2 94.9 94.0 96.0 97.7

かなり選任率、設置率は高い。地方自治体であるから、遵守状況が民間企業より高いことはある意味で当然のことといえる。

ただ、2006年(平成18年)に行われた学術調査(※)によると、安全衛生管理体制の実態はかなり悪いとされている。サンプル数が総務省の統計より少なく、また実施時期も異なっているが、あまりにも差があり過ぎる。あるいは回答した部署の違いかもしれない。

※ 井奈波良一他「自治体における安全衛生管理活動の実態」(日本職業・災害医学会会誌 2006年 Vol.55, No.1)

表 安全衛生管理体制の実施状況
自治体数(%) 職員数 全体
(N=121)
50~99人
(N=12)
100~199人
(N=34)
200~1,999人
(N=65)
2,000~
(N=10)
安全衛生管理の具体的な年間計画を作成している** 0
(0.0)
9
(26.5)
28
(43.1)
9
(90.0)
46
(38.0)
産業医を選任している** 6
(50.0)
29
(85.3)
62
(95.4)
10
(100.0)
107
(88.4)
衛生管理者を選任している** 7
(58.3)
29
(85.3)
62
(95.4)
10
(100.0)
108
(89.3)
安全管理者を選任している** 4
(33.3)
12
(35.3)
41
(63.1)
10
(100.0)
67
(55.4)
衛生推進者を選任している 4
(33.3)
18
(52.9)
33
(50.8)
8
(80.0)
63
(52.1)
安全衛生に関する規定がある** 5
(41.7)
27
(50.0)
62
(95.4)
10
(100.0)
104
(86.0)
安全衛生委員会等を設置している** 5
(41.7)
28
(82.4)
58
(89.2)
10
(100.0)
101
(83.5)
定期健康診断の事後指導を実施している 10
(83.3)
29
(85.3)
60
(92.3)
9
(90.0)
108
(89.3)
関係者に対する救急蘇生の教育を実施している 8
(66.7)
16
(47.0)
47
(72.3)
8
(80.0)
79
(65.3)
メンタルヘルスに関する職員研修を実施している** 5
(41.7)
14
(41.2)
52
(80.0)
10
(100.0)
81
(66.9)
職場内にメンタルヘルス相談担当者がいる 7
(58.3)
25
(73.5)
54
(83.1)
10
(100.0)
96
(79.3)
職員の私傷病による復職審査会等を設置している** 1
(8.3)
1
(2.9)
6
(9.2)
5
(50.0)
13
(10.7)
精神疾患で休職した場合,復職前の慣らし出勤制度がある* 2
(16.7)
10
(29.4)
34
(52.3)
5
(50.0)
51
(42.1)

※ 職員数の差:* P< 0.05,** P< 0.0

井奈波は、この調査から「以上より自治体の安全衛生管理には、特に職員数が少ない自治体を中心に、まだ改善すべき種々の問題が残っていることがわかった」としている。


4 最後に

ある意味で当然のことではあるが、厚生労働省の安全衛生部は地方自治体の職員の労働安全衛生にほとんど関心がない。

地方自治体レベルでも、地方公務員の公務災害の防止については、地方自治体と都道府県労働局の連携がほとんど図られていないのが実態である。

※ 地方自治体と都道府県労働局・労働基準監督署の連携が、一般的に行われていないというわけではない。都道府県の林業労働災害の担当部門は、一般に労働局の安全衛生主務課との連携を図ることに熱心である。また、都道府県労働局も、民間企業に対する発注者としての労働災害防止の役割を果たすことについて、地方自治体に繰り返し要請している。また、警察当局と都道府県労働局の監督主務課との連携も綿密に図られている。

安全衛生法令は厚生労働省で主管していることから、都道府県労働局や労働基準監督署には安全衛生法に熟知した職員は多い。一方、地方自治体には、安全衛生法に熟知している職員はそれほど多くないのが現実である。

地方自治体も、厚生労働省の行政OBである労働安全衛生コンサルタントを活用するなど、厚生労働省出身の専門家の活用を図ることを検討して頂きたいと思う。外部の専門家を用いることで、職員に対する対策が客観性を持つということもあろう。


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