省令の義務規定と法律上の根拠条文




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法律のイメージ

※ イメージ図(©photoAC)

日本国憲法は「国会は、国の唯一の立法機関である」と定めています。このことは、法律の根拠がない限り、国民の権利を制限したり義務を課したりすることはできないということを意味しています。

安衛法では、抽象的な書き方で義務を定め、具体的な義務の内容は省令に定めるとしている条文があります。これは法律による省令への委任であり、法律上の根拠があることで、憲法の原則に違反しないと考えられています。

ところが、安衛則には、このような根拠となる法律上の条文(根拠条文)がない規定があります。また、根拠条文が省令に規定されていないため、法律上の根拠が不明瞭なものがあります。

さらに、2022年に公布された安衛則の改正によって義務付けられる化学物質管理者と保護具着用管理責任者の選任義務の安衛法上の根拠が明確ではないのです。このような規定の問題点について解説します。




1 はじめに

(1)省令の義務規定の法的な意義

執筆日時:

最終改訂:

女性弁護士

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労働安全衛生関係法令では、安衛則などの省令に様々な禁止規定や義務規定が定められています。普段、我々はとくに不思議とも思わずに、それに従わなければならないものと考えています。

しかし、日本国憲法は「国会は、国の唯一の立法機関である」と定めています。このことは、法律に根拠がない限り、国民の権利を制限したり義務を課したりすることはできないということを意味しています。

また、憲法によれば、「何人も、法律の定める手続によらなければ、刑罰を科せられない」とされています。これを罪刑法定主義といいいます。

【日本国憲法】

第三章 国民の権利及び義務

第31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

第39条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

第四章 国会

第41条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

それなのに、なぜ、安衛則や特化則のような省令に義務規定や禁止規定が定められているのでしょうか。これは、労働安全衛生法令のような技術的な分野については、細かな規定を国会で定めることは困難な面があり、また「会期」のある国会では緊急な改正の必要があるときに対応できないためです。

そうは言っても憲法に反することはできませんから、安衛法では、抽象的な書き方で義務を定め、具体的な義務の内容は省令に定めるとしています。これは法律による省令への委任で、法律に根拠があるため、省令に義務規定を設けても憲法の原則に違反しないと考えられているのです。

国家行政組織法第31条第1項には、次の2つの場合に、各省大臣はその機関の命令として省令を発することができるとしています。

【機関の命令として省令を定めることができる場合】

  • 法律若しくは政令を施行するために行うとき
  • 法律若しくは政令の特別の委任に基づいて行うとき

【国家行政組織法】

第31条 各省大臣は、主任の行政事務について、法律若しくは政令を施行するため、又は法律若しくは政令の特別の委任に基づいて、それぞれその機関の命令として省令を発することができる。

 各外局の長は、その機関の所掌事務について、それぞれ主任の各省大臣に対し、案をそなえて、省令を発することを求めることができる。

 省令には、法律の委任がなければ、罰則を設け、又は義務を課し、若しくは国民の権利を制限する規定を設けることができない

この前者を「執行命令」と呼びますが、法律に根拠がない限り、「罰則を設け、又は義務を課し、若しくは国民の権利を制限する規定を設けることができない」のです。

すなわち、法律の根拠のない省令は、罰則を科すことができないことはもちろん、国民に義務を課すことさえできません。事業者がそれに従うかどうかは事業者の自由であり、それに従わなかったからといって国家が不利益を課したり是正を勧告することもできないわけです。

労働安全衛生法で、省令に委任する典型的な例を挙げると、次のようになっています。

法律による委任の典型例

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ここでは典型例として安衛法第20条を取り上げていますが、同条には抽象的なことしか書かれていません。

これでは、国民は何をしなければならないのか、また何をしてはいけないのかが分かりません。そこで、同法第27条で、義務の具体的な内容は省令で定めるとして、省令に詳細な規定を置いているのです。

また、国が技術上の指針(ガイドライン)を定めることもでき、これは同法第28条に根拠規定があります。

なお、罰則は同法第119条等にまとめて書かれています。


(2)安衛則中の、安衛法に根拠のない規定の例

さて、安衛則には、安衛法に根拠のない条文が定められていますが、その例としては以下のものがあります。なお、下の2つの欄はあくまでも参考ですが、産業医の総括安全衛生管理者に対する勧告権(※)は法律に根拠がない以上、総括安全衛生管理者が産業医の勧告を尊重するかどうかは任意ということになります。

※ 安衛法第13条第5項の事業者に対する産業医の勧告権は法律上のものであり、法的な効力を有するものである。

表 安衛法に根拠のない省令の規定(例)
義務の種類 安衛則中の条文 具体的な義務
努力義務 第15条の2第2項 産業医を選任すべき事業場以外の事業場の労働者の健康管理等
第24条の13 機械に関する危険性等の通知
義務(※1) 第6条第1項 安全管理者の義務
第11条第1項 衛生管理者の義務
第15条第1項 産業医の義務
参考:指針の策定根拠を定める例 第24条の2 労働安全衛生マネジメント指針を定める根拠
参考:権限を創設する例 第14条第3項(※2) 産業医の勧告・助言の権限

※1 法には、安全管理者及び衛生管理者産業医を名宛人として義務を課す規定はないので、安衛則第6条第1項と第11条第1項は法律の根拠はないのである。

   一方、産業医の義務を定める安衛則第15条第1項の根拠として、安衛法第13条第3項を挙げる者がいるが妥当ではない。安衛法第13条第3項は、安衛則第15条第1項よりも後にできた規定である。また、そもそも安衛法第13条第3項はたんなる訓示規定であって、具体的な義務の根拠となる規定ではない。

※2 また、安衛則第14条第3項の根拠として法第13条第5項を挙げる者がいるがこれも妥当ではない。前者の勧告の相手は総括安全衛生管理者であり、後者の勧告の相手は事業者であって異なっている。勧告の相手が異なるので、別な権限である。また、安衛則第14条第4項の規定中に「事業者は、産業医が法第13条第5項の規定による勧告をしたこと又は前項の規定による勧告」と「法13条第5項の勧告」と「前項(安衛則第14条第3項)の勧告」を「又は」でつないでいることからも分かるように、法第13条第5項による勧告権と則第14条第3項によるそれとは別なものである。

これらの規定を設けるときに、なぜ安衛法の改正を行って義務規定を設けなかったのかは分かりません。いずれにせよこれらの規定の義務は、法的に国民を拘束するものではないことになっています。


2 安衛法の根拠条文と実務上の問題

(1)多くの根拠条文が条文上明らかではない

困惑している女性

※ イメージ図(©photoAC)

そして、安衛則等に定められている各種の規定で、事業者を困惑させる原因のひとつは、省令の側に法律上の根拠条文が明記されていないものが多いことなのです。

条文が書かれていないと、ある安衛則の条文について、それが法律的な義務なのか、また、それに違反したときに罰則がかけられるのかどうかが分からないことになります。

これでは、罪刑法定主義に反するとさえいえます。ただ、現実には、安衛則に根拠条文が書かれていなくても、安衛法の汎用的な委任条項である第20条から第25条及び第25条の2第1項のいずれかの条文が根拠として当てはまることがほとんどです。

【労働安全衛生法】

(事業者の講ずべき措置等)

第20条 事業者は、次の危険を防止するため必要な措置を講じなければならない。

 機械、器具その他の設備(以下「機械等」という。)による危険

 爆発性の物、発火性の物、引火性の物等による危険

 電気、熱その他のエネルギーによる危険

第21条 事業者は、掘削、採石、荷役、伐木等の業務における作業方法から生ずる危険を防止するため必要な措置を講じなければならない。

 事業者は、労働者が墜落するおそれのある場所、土砂等が崩壊するおそれのある場所等に係る危険を防止するため必要な措置を講じなければならない。

第22条 事業者は、次の健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない。

 原材料、ガス、蒸気、粉じん、酸素欠乏空気、病原体等による健康障害

 放射線、高温、低温、超音波、騒音、振動、異常気圧等による健康障害

 計器監視、精密工作等の作業による健康障害

 排気、排液又は残さい物による健康障害

第23条 事業者は、労働者を就業させる建設物その他の作業場について、通路、床面、階段等の保全並びに換気、採光、照明、保温、防湿、休養、避難及び清潔に必要な措置その他労働者の健康、風紀及び生命の保持のため必要な措置を講じなければならない。

第24条 事業者は、労働者の作業行動から生ずる労働災害を防止するため必要な措置を講じなければならない。

第25条 事業者は、労働災害発生の急迫した危険があるときは、直ちに作業を中止し、労働者を作業場から退避させる等必要な措置を講じなければならない。

第25条の2 建設業その他政令で定める業種に属する事業の仕事で、政令で定めるものを行う事業者は、爆発、火災等が生じたことに伴い労働者の救護に関する措置がとられる場合における労働災害の発生を防止するため、次の措置を講じなければならない。

 労働者の救護に関し必要な機械等の備付け及び管理を行うこと。

 労働者の救護に関し必要な事項についての訓練を行うこと。

 前二号に掲げるもののほか、爆発、火災等に備えて、労働者の救護に関し必要な事項を行うこと。

 (略)

第27条 第二十条から第二十五条まで及び第二十五条の二第一項の規定により事業者が講ずべき措置及び前条の規定により労働者が守らなければならない事項は、厚生労働省令で定める。

 前項の厚生労働省令を定めるに当たつては、公害(環境基本法(平成五年法律第九十一号)第二条第三項に規定する公害をいう。)その他一般公衆の災害で、労働災害と密接に関連するものの防止に関する法令の趣旨に反しないように配慮しなければならない。

(報告等)

第100条 厚生労働大臣、都道府県労働局長又は労働基準監督署長は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、厚生労働省令で定めるところにより、事業者、労働者、機械等貸与者、建築物貸与者又はコンサルタントに対し、必要な事項を報告させ、又は出頭を命ずることができる。

2及び3 (略)

(書類の保存等)

第103条 事業者は、厚生労働省令で定めるところにより、この法律又はこれに基づく命令の規定に基づいて作成した書類(次項及び第三項の帳簿を除く。)を、保存しなければならない。

2及び3 (略)

第119条 次の各号のいずれかに該当する者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

 (前略)第二十条から第二十五条まで、第二十五条の二第一項(中略)の規定に違反した者

二~四 (略)

第120条 次の各号のいずれかに該当する者は、五十万円以下の罰金に処する。

 (略)第百三条第一項の規定に違反した者

二~四 (略)

 第百条第一項又は第三項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は出頭しなかつた者

 (略)

そして、安衛法の第20条から第25条又は第25条の2第1項はかなり広い範囲をとらえるように記されていますので、どれかには該当します(※)。また、これらの法定刑は、罰則がすべて第119条第1項で同じになっていますので、多少、迷ったとしても実害はありません。

※ 現実に労働基準監督官が送検し、検察官が起訴するときは、各省令の条文と安衛法の根拠条文を明らかにして行われる。ところが、実務において、検察官の判断によって、同じ省令の条文でも安衛法の根拠とされる条文が異なることがある。ただ、あまり好ましいことではない。

なお、安衛法第3条はたんなる訓示規定であり、これを根拠に具体的な義務が課されることはないと考えてよい。

なお、行政への報告義務を定める条文で、安衛法の根拠条文が書かれていないものは、同法第100条が根拠になると考えてほぼ間違いはありません。

また、記録の作成及び保存義務を定める条文で、安衛法の根拠条文が書かれていないものは、同法第103条が根拠になると考えてほぼ間違いはありません。


(2)努力義務に根拠条文はあるか

そして、現実には、(1)で示した根拠条文のいずれにも該当しないと思えるような義務規定の省令条文の場合、ほとんどのケースで安衛法上に特別な規定が置かれ、省令の側でも根拠を明示されている場合がほとんどです。

その例外が冒頭に挙げた条文です。ところが、実は、(1)で示した根拠条文に該当しないと思えるような条文が数多く存在しています。

それは、多くの安衛則上の努力義務規定です。典型的な例を挙げると、同第24条の14、第24条の15などがあります。(1)で挙げた安衛法上の根拠条文は全て罰則付きの義務規定です。従って、省令の努力義務規定の根拠規定となることはあり得ません(※)

※ これには異論がある。しかし、安衛法の罰則付きの義務規定の内容を定める規定として、努力義務規定が定められているとすると、努力しないと罰則が課されることになってしまう。

【労働安全衛生法】

(危険有害化学物質等に関する危険性又は有害性等の表示等)

第24条の14 化学物質、化学物質を含有する製剤その他の労働者に対する危険又は健康障害を生ずるおそれのある物で厚生労働大臣が定めるもの(令第十八条各号及び令別表第三第一号に掲げる物を除く。次項及び第二十四条の十六において「危険有害化学物質等」という。)を容器に入れ、又は包装して、譲渡し、又は提供する者は、その容器又は包装(容器に入れ、かつ、包装して、譲渡し、又は提供するときにあつては、その容器)に次に掲げるものを表示するように努めなければならない。

一及び二 (略)

 (略)

第24条の15 特定危険有害化学物質等(化学物質、化学物質を含有する製剤その他の労働者に対する危険又は健康障害を生ずるおそれのある物で厚生労働大臣が定めるもの(法第五十七条の二第一項に規定する通知対象物を除く。)をいう。以下この条及び次条において同じ。)を譲渡し、又は提供する者は、特定危険有害化学物質等に関する次に掲げる事項(前条第二項に規定する者にあつては、同条第一項に規定する事項を除く。)を、文書若しくは磁気ディスク、光ディスクその他の記録媒体の交付、ファクシミリ装置を用いた送信若しくは電子メールの送信又は当該事項が記載されたホームページのアドレス(二次元コードその他のこれに代わるものを含む。)及び当該アドレスに係るホームページの閲覧を求める旨の伝達により、譲渡し、又は提供する相手方の事業者に通知し、当該相手方が閲覧できるように努めなければならない。

一~十一 (略)

 (略)

従って、これらは法律上の根拠のない省令上の規定といえますが、努力義務規定ですので、それほど問題はありません。

なお、安衛法の努力義務の規定は、一般には抽象的な内容となることが多く、省令に具体的な内容を委任する例はありません(※)

※ なお、薬事法にはそのような例がある。薬事法第36条の10第3項は、薬局開設者又は店舗販売業者に対する努力義務を定め、薬事法施行規則第159条の16に詳細な規定を置いている。同様な規定は、健康増進法第21条第2項と健康増進法施行規則第8条にもみられる。


(3)根拠条文が何かが不明瞭な条文

そうは言っても、根拠となる条文が何かが、省令の条文に記されていないのですから、根拠条文が不明な省令の条文もないわけではありません。そのうちの2例を次表に挙げています。

表 安衛法の根拠が不明確な省令の規定(例)
義務の種類 安衛則中の条文 具体的な義務
義務 第52条の21 検査及び面接指導結果の報告
禁止規定 第64条 (免許の重複取得の禁止)

例えば安衛則第52条の21はストレスチェックの結果と面接指導の結果の監督署長への報告義務です。これに該当する安衛法上の条文は存在しません。従って、法律上の根拠のない条文だと考えられます。しかし、監督署長への報告ですから、安衛法第 100 条が根拠と解釈できなくもありません。

根拠がない条文であれば罰則はありませんが、第 100 条だと 50 万円以下の罰金です。この違いは大きいでしょう。

また、安衛則第52条の21は、各種免許の重複取得の禁止規定です。これも安衛法に根拠がないと考えられますが、安衛法第61条が根拠になるといえなくもないでしょう。

そして、実を言えば、免許の重複取得は意外に多いのです。免許を取得して免許証をなくしてしまい、住所を何度も変更していると再交付を受けるための証明がとても面倒なのです。そこで、手間を省いてもう一度取得してしまうことがあります。

これも、安衛則第52条の21に法律上の根拠があれば、後に取った免許は無効ということになるでしょう。そうなると、後で取った免許証を所持していても免許証不携帯ということになりかねないのです。


(4)化学物質管理者と保護具着用管理責任者

ところが、2021年5月31日に公布された安衛則の改正において、制定された化学物質管理者及び保護具着用管理責任者に関する規定の根拠条文がはっきりしないという問題があるのです。

法令を改正するときは、「法令を改正するための法令」を定めます(※)

※ 通常は、すさまじく読みにくい法令なので、あまり参照することはない。ほとんどの場合、行政から新旧対照表が公表されるので、そちらを参照することが多い。ただ、今回の改正では、改正する省令(令和4年5月31日厚生労働省令第 91 号)が新旧対照表の形をとっている。

これによると、冒頭の公布文は次のようになっています。要は、この中に今回の改正の安衛法の根拠があるはずなのですが、困るのは必ずしも根拠があるとは限らないということなのです。

【厚生労働省令第九十一号】

 労働安全衛生法(昭和四十七年法律第五十七号)第二十七条第一項、第二十八条の二第一項、第四十四条の二第一項、第五十七条の二第一項から第三項まで、第五十七条の三第一項及び第二項、第五十九条第一項、第六十五条の二第一項及び第三項、第六十六条第二項、第百条第一項、第百三条第一項、第百十三条並びに第百十五条の二、民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律(平成十六年法律第百四十九号)第三条第一項及び第四条第一項並びに労働安全衛生法施行令(昭和四十七年政令第三百十八号)第十四条の二第六号の規定に基づき、労働安全衛生規則等の一部を改正する省令を次のように定める。

一方、化学物質管理者及び保護具着用管理責任者の選定を義務付ける改正後の安衛則の条文は次のようになっています。

【労働安全衛生規則】

第一編 通則

第二章 安全衛生管理体制

第三節の三 化学物質管理者及び保護具着用管理責任者(十二条の五・第十二条の六)

(化学物質管理者が管理する事項等)

第12条の5 事業者は、法第五十七条の三第一項の危険性又は有害性等の調査(主として一般消費者の生活の用に供される製品に係るものを除く。以下「リスクアセスメント」という。)をしなければならない令第十八条各号に掲げる物及び法第五十七条の二第一項に規定する通知対象物(以下「リスクアセスメント対象物」という。)を製造し、又は取り扱う事業場ごとに、化学物質管理者を選任し、その者に当該事業場における次に掲げる化学物質の管理に係る技術的事項を管理させなければならない。ただし、法第五十七条第一項の規定による表示(表示する事項及び標章に関することに限る。)、同条第二項の規定による文書の交付及び法第五十七条の二第一項の規定による通知(通知する事項に関することに限る。)(以下この条において「表示等」という。)並びに第七号に掲げる事項(表示等に係るものに限る。以下この条において「教育管理」という。)を、当該事業場以外の事業場(以下この項において「他の事業場」という。)において行つている場合においては、表示等及び教育管理に係る技術的事項については、他の事業場において選任した化学物質管理者に管理させなければならない。

一~七 (略)

2~5 (略)

(保護具着用管理責任者の選任等)

第12条の6 化学物質管理者を選任した事業者は、リスクアセスメントの結果に基づく措置として、労働者に保護具を使用させるときは、保護具着用管理責任者を選任し、次に掲げる事項を管理させなければならない。

一~三 (略)

2~4 (略)

逮捕された女性

※ イメージ図(©photoAC)

常識的には、化学物質による職業病予防のための規定ですから、安衛法第22条(第一号)が根拠になりそうです。しかし、化学物質管理者は化学物質の危険性についてもその職務となりますので、第20条(第二号)の可能性もあります。ただ、いずれにせよ罰則は安衛法第119条が根拠となり、6カ月以下の懲役又は50万円以下の罰金となります。

※ 改正する省令では、根拠条文として、直接委任をしている条文である安衛法第 27 条が挙げられる。

しかし、そうではないと考える余地があります。というのは、これらの規定が安衛則の第2章(安全衛生管理体制)の中に置かれているからです。安衛則の根拠は、安衛法の同様な章立てに定められるでしょうから、その根拠は安衛法の第三章(安全衛生管理体制)に置かれていると考えるのが自然です(※)。しかし、安衛法の第3章に化学物質管理者等の規定はありません。

※ 安衛則第2章に定められている他の各種の管理者については、すべて安衛法に独自の根拠条文がある。これらの条文との均衡(平仄ひょうそく)から考えて、その根拠を第22条に求めることにはやや無理があるとも思えるのである。

そうなると、これらの条文は、根拠のない規定と考えることもできそうです。法律に根拠がなければ、罰則がかけられることはあり得ません。

ところが、関係通達やパブコメの回答など、行政から公表された様々な文書類を詳細に読んでみましたが、ヒントになりそうなことさえ書いてありません(※)でした。

※ そこで、筆者は厚生労働省の化学物質対策課の担当者にメールで問い合わせてみた。単純な内容の質問で担当者が知らないわけがないし、すでに該当条文が公布されている以上隠すようなことではない。担当者の判断で5分もかからずに回答できる内容である。私としては、すぐにも回答が来るものと思っていた。

ところが、数週間以上経った今も回答はない。重要な政省令改正の直後で忙しいのは分かるが、やや不思議な気はする。

なお、労働調査会の「安衛法便覧」は、安全衛生関係法令が体系立てて記されていること、各省令の安衛法の根拠条文が記載されている。このため労働基準監督官も重宝しているものである。ただし、平成4年版には2022年5月に公布された省令の条文も載っていたが、根拠条文が記されていない。労働調査会も厚労省に問合せをしているだろうが、記載されていないということは厚労省が根拠条文を公表しない方針なのかもしれない。

なお、他の信頼できる筋からの情報によると、根拠条文は安衛法第22条になるとのことです。しかし、厚労省から明確に根拠条文が公表されないというのは如何なものかという気はします。


3 最後に

納得できない表情の女性

※ イメージ図(©photoAC)

なお、誤解のないように明確に述べておきますが、法律に根拠のない条文だからといって守らないくてよいということではありません。

そもそも、事業者は労働災害を防止する責任を、公法上のみならず契約上も負っています。法律(安衛法)に根拠のない省令だから遵守しなくてもよいということにはなりません。

企業のコンプライアンス上も、労働安全衛生の観点から定められた規定を守らないということは望ましくないでしょう。

目隠しをした女性

※ イメージ図(©photoAC)

ただ、法令の条文の根拠が不明瞭なままでよいとは思えません。そもそもこのような根拠の不明瞭な条文を制定するべきではないのです。国民にとって根拠が見えないような状況で、違反したら処罰を受けるというのは望ましいことではないのです。

少なくとも、新たに制定された化学物質管理者及び保護具着用管理責任者については、根拠条文に不明瞭な点がある以上、通達等で行政の解釈を示すべきです。

最後に、新たに制定された条文に罰則が付くかつかないかが不明瞭で、質問をしても回答さえされないというのは、罪刑法定主義の原則からも好ましくないと指摘しておきます。


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