※ イメージ図(©photoAC)
労働安全衛生法で、資格がなければできない業務には、作業主任者(第14条)と就業制限業務(第61条)等があり、一定の業務を行うためには事前に教育を受けさせなければならないものとして特別教育(第59条第3項)があります。
本稿では、わが国におけるこれらへの違反の状況をお示ししています。
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1 はじめに
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※ イメージ図(©photoAC)
冒頭に示したように、労働安全衛生法では、一定の業務について、それに従事するためには、定められた資格を取得したり事前に一定の教育を受講したりしなければならないと定められている。
このうち前者の資格は「業務独占資格」と呼ばれ、一般の労働者を対象としたものとしては免許と技能講習修了の二種類がある。そして、その対象には、作業主任者(同第14条)と就業制限業務(同第61条)(※)の制度がある。
※ この他、免許の対象となるものに衛生管理者がある。衛生管理者選任の違反状況は、別のコンテンツ「衛生管理者の選任違反の状況の推移」に示す。
また、一定の業務を行う前に受講が必要な安全衛生教育としては特別教育(安衛法第59条第3項)の制度がある。
本稿においては、これらの違反の状況を厚生労働省の「労働基準監督年報」(各年版)によってお示しする。「労働基準監督年報」には、定期監督等(※)によって現認された法違反の件数が、業種ごと・違反条文ごとにまとめられているので、以下の違反件数はこれによっている。
※ 定期監督等には、申告監督、再監督は含まれていない。ここに、申告監督とは労働者等による法違反の申告があった場合に行う監督であり、再監督とは定期監督等で違反がみられた事業場に対して是正状況の確認等を行うための監督である。なお、家内労働法関係の監督件数は除かれている。
なお、定期監督等の実施件数は、次図のようになっている。本稿の違反率の算定はこの実施件数を分母として計算しているが、監督を実施した事業場には作業主任者や就業制限の対象業務のない事業場も含まれているので、対象業務のある事業所における違反率は本稿の数値よりもかなり高いと考えなければならない。
2 資格制度、安全衛生教育の違反状況
(1)安全衛生教育の違反の状況
さて、まず安全衛生教育であるが、労働基準監督年報の違反件数は、安衛法第59条及び第60条の違反件数がまとめて掲載されている。
従って、この違反件数には、雇い入れ時等の教育、特別教育及び職長教育関連の違反が含まれている。
これをみれば分かるように、違反件数は圧倒的に製造業が多いのである。建設業の違反件数は製造業に比してかなり少ない。これは、建設業では資格の重要性が理解されていることによると思われる。また、違反は概して中小零細企業に多いが、建設業の場合、元請けによる中小企業への指導が徹底されやすいことも理由であろう。
その他は、件数は少ないものの商業が目立っている。なお、農林業は教育を受けさせなければならないという意識が低い事業場があり、違反事業場が後を絶たない状況にある。
これを定期監督等の実施件数で除して、違反率を算出したものが次図である。前述したように、実質的な違反率はもっと高いことに留意されたい。
製造業の違反率が高いのは、特別教育の対象となる業務が多いこと等によろう。農林業は、前述したように法令に知識がない場合や、遵法意識の低さも一因となっているようである。
最後に、送検件数を見てみよう。送検件数の対象となるのは安衛法第59条(※)の雇い入れ時等の教育と特別教育である。
※ 安衛法第60条の職長教育には罰則が定められていないので、送検ということがあり得ない。
建設業及び農林業は、違反件数は多くないにもかかわらず送検される件数が多いことが分かる。これは次のような理由であろう。
※ イメージ図(©photoAC)
定期監督等で違反が見つかっても、是正勧告書に記された期日までに是正して監督署に報告すれば送検されることはないことが普通である。送検されるのは、違反によって死亡災害などの重大な災害が発生した場合や、虚偽の是正報告書を提出した場合など、違反が悪質・重大な場合に限られる。
建設業の場合、違反が重大な災害に直結することが多いため、結果的に送検される件数が多くなるということであろう。
一方、農林業は、あまり監督の対象とならないため、結果的に死亡災害などの重大な災害が発生して違反が発覚すること多く、その結果として送検件数が多くなるのである。
(2)作業主任者選任の違反の状況
次に作業主任者選任の違反件数の状況についてみてみよう。
作業主任者の違反件数は、安全衛生教育の違反に比してかなり多いことが分かる。これは、作業主任者の資格取得のコストが教育よりも高いので違反が増えるということもあるが、現実には教育の違反が確認しにくい(※)ということも一因である。
※ 作業主任者選任の違反は、監督官が対象業務を現認すれば、作業主任者の資格(免許、技能講習修了)を確認することで違反は分かる。ところが教育は、特別教育でも3年間の記録の保存が義務付けられているだけなので、事業者が教育をしていないと自ら言わない限り、3年以上前に教育を行った可能性があるので、違反の確認が難しいのである。
違反件数は2015年をピークに減少傾向にあるが2021年は増加に転じた。業種別にみると、製造業が比較的大きく減少しているのに比して建設業の減少幅は小さい。
この違反率をみると次図のようになっている。
製造業が違反率は最も高い。2015 年以降は減少していたが 2021 年には増加に転じ、2022年には2015年ぶりの高水準となった。また、建設業の2倍程度となっている。一方、建設業は製造業よりは低いが、減少傾向がみられない。
貨物取扱業、農林業でも一定の違反率があり、低下傾向がみられない。これらの業種の違反率が低いのは、対象となる業務のある事業場が少ないことによると思われる。
送検される件数の推移は次のようになっている。
作業主任者選任違反についても、建設業と製造業の順位が反転している。なお、作業主任者については、建設業、製造業以外の業種では送検されるケースはほとんどない。
(3)就業制限業務の違反の状況
最後に就業制限業務違反(無資格者による業務の実施)についてみてみよう。違反件数は、次図のようになっている。
ここでは、2020 年までは順調に減少傾向がみられたが、2021 年以降は増加に転じた。とりわけ製造業の変動率が大きいようである。業種の内訳は、作業主任者の違反件数と同様な傾向がある。
なお、違反件数が作業主任者よりもかなり低いが、就業制限業務は作業主任者に比較すると、事業者の側も遵守しなければならないという意識が高いのである。道交法の免許制度の遵法意識の高さが影響しているのかもしれない。
また、違反率は次図のようになっている。ここでも、実質的な違反率はこれよりもかなり高いことに留意する必要がある。
これを見れば分かるように、製造業、農林業、清掃と畜業の違反率が高いことが分かる。農林業は、監督の実施件数が少ないため、安衛法の適用があるという認識を持たなかったり、就業制限業務の存在を知らずに違反しているケースも多いものと思われる。
就業制限業務についても、送検件数を見てみよう。
ここでも建設業と製造業が多く、その他では商業と農林業が目立っている。安全衛生教育の違反状況と同様な傾向と言えよう。
なお、就業制限業務に違反して送検された事例や、違反していたために保険金の支払いが拒否された事例、安全配慮義務に違背したとして民事賠償請求を受けた事例等を「安衛法の無資格運転と民事損害賠償等」に示してあるので、参考にして頂きたい。
3 最後に
最後に定期監督等による違反件数をまとめたグラフを示す。2015年をピークにその後は減少傾向にあるものの、違反率が大きくは低下していないことはすでに解説してきた通りである。
事業場の労働安全衛生法の確保のためには、施設・設備等のハードウエアと、管理・教育等のソフトウエアの両面から整えていく必要がある。とりわけ、安全について必要な知識・技能を労働者に身に着けさせることは、きわめて重要な事項である。
※ イメージ図(©photoAC)
残念ながら、安全衛生教育、作業主任者選任及び就業制限業務で、これだけの違反件数が認められることは、きわめて憂慮すべき残念なことと言わざるを得ない。事業場の関係者の意識の向上が強く望まれる。
現在、事業場における化学物質管理については、規制による管理から自律的な管理への転換が求められている。今後、この方向は安全衛生分野のすべてに拡大してゆくであろう。そのような状況への準備のためにも、最低限、これらの違反の件数はゼロに近づけていくべきである。
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