産業医選任違反の状況の推移




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産業医の女性

※ イメージ図(©photoAC)

産業医は業種を問わず、常時 50 人以上の労働者を雇用するすべての適用事業場で選任しなければなりません。

しかし、現実には衛生管理者の違反状況に比較すると数は少ないのですが、かなりの違反があることも事実です。本稿では厚生労働省が公表している「労働基準監督官年報」の各年版から、産業医選任の違反状況をグラフを用いて示しています。

なお、柳川に著作権があることにご留意ください。



1 はじめに

執筆日時:


産業医は安衛法第13条安衛令第5条)により、安衛法の適用事業場であれば、常時 50 人以上の労働者を雇用するすべての業種の事業者が選任しなければならない。

【労働安全衛生法】

(産業医等)

第13条 事業者は、政令で定める規模の事業場ごとに、厚生労働省令で定めるところにより、医師のうちから産業医を選任し、その者に労働者の健康管理その他の厚生労働省令で定める事項(以下「労働者の健康管理等」という。)を行わせなければならない。

2~6 (略)

【労働安全衛生法施行令】

(産業医を選任すべき事業場)

第5条 法第十三条第一項の政令で定める規模の事業場は、常時五十人以上の労働者を使用する事業場とする。

しかし、衛生管理者の違反状況に比較すれば違反数は低いものの(※)、産業医の選任という労働衛生の骨幹である基本的な規定にも違反があるのが実情である。これが守られない大きな理由は、安衛法を知らないということもあろうが、費用がかかるということが大きな理由である。

※ 産業医と同じように、常時50人以上の事業場で選任しなければならない衛生管理者の選任についての違反件数は、通常は衛生管理者より高い。産業医は事業場外の医師を選任すればよく、自社の従業員で衛生管理者の資格を有する者がいなければ選任できない衛生管理者より、選任しやすいのであろう。

そこで、産業医の選任に関する違反の状況の推移を業種ごとにみてみよう。


2 衛生管理者選任に関する違反状況

(1)違反件数の推移

厚生労働省が毎年公表している「労働基準監督官年報」から、定期監督等(※)における業種別に安衛法第12条(衛生管理者)の違反件数をグラフにすると次図のようになる。

※ 「労働基準監督官年報」は厚労省のサイトに2013年(平成25年)版から公開されているが、産業医の違反件数が公開されているのは2019年(平成31年・令和元年)版以降のもののみである。

なお、ここにいう定期監督等には、「申告監督」と「再監督」は含まれていない。ここに、申告監督とは、労働者の申告によって監督を行うものであり、「再監督」は、一度、監督をした事業場に対して是正状況の確認を行うための監督である。

産業医任違反状況の推移

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産業医は、事業場における労働衛生管理の基本となるべき位置づけであるが、現実には毎年 600~800 件程度の違反が摘発される(※)

※ 2020年及び2021年の違反件数の減少は、新型コロナ感染症の影響等により監督件数が減少したことも影響している。

業種別では、製造業が最も多く、これに商業、保健衛生業が続いている。保健衛生業の違反の多くは、社会福祉施設で発生している。建設業が少ないのは、建設業への監督は有期事業に対して行われることが多く、その事業場において産業医の選任が義務付けられていないことが多いためである。


(2)違反率の推移

次に、違反率を見てみよう。業種別の定期監督等の件数は次図の通りである。

業種別臨検監督件数の推移

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定期監督等の件数は、建設業、製造業が多くを占めているが、近年では商業の割合が増加しつつある。

定期監督等の件数を母数とすると(※)、違反率は次のようになる。

※ 現実には、定期監督等は50人以下の事業場に対して行うことも多いので、定期監督件数を母数にすると、違反率は実際よりも低くなる。しかし、50人以上の事業場に対する監督件数が公表されていないので、50人未満の事業場も含めた違反率となっている。

業種別産業医選任違反率

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建設業の違反率が低いのは、先述したように産業医を選任しなければならない事業場がほとんどないためである。全業種の違反率も、建設業の割合がかなり高いことからかなり小さくなっており、実質的な違反率はもっと高いと考えられる。

建設業以外の業種では、貨物取扱業、教育研究業、清掃と畜業で高くなっている。ただ、この3業種は監督件数が少ないため、全体的に違反率が高いとは言い切れない。

実質的には、製造業及び保健衛生業が問題だと言える。保険衛生業の違反の多くは社会福祉施設に集中している。保健衛生業で違反率が高いのは、法令についての理解が低いこともあろうが、遵法意識の低さも一因であろう。

一方、商業と農林業では違反率が低い。しかし、これは 50 人以上の事業場が少ないことも一因であろう。

典型的なのは製造業であるが、0.5~0.7%前後の違反率で推移している。この数値は必ずしも低いとはいえないだろう。


3 最後に

作業衣の男性と医療職の女性

※ イメージ図(©photoAC)

繰り返しになるが、産業医は、事業場の衛生管理において重要な役割を期待されている。

化学物質の自律的な管理、メンタルヘルスの重要性の増加、職場における高齢化などにより、産業の果たす役割は、益々、大きくなってゆくとともに、専門性を増すだろう。

50人をわずかに超える程度の比較的小規模な事業場においても、労働衛生医学の専門家としての産業医の果たすべき役割は低くない。産業医を選任するばかりでなく、職場の衛生管理の基幹と位置付けて、積極的に衛生管理に関わらせてゆく必要がある。

産業医の活動が不活発な事業場においては、事業者が産業医の活用に関心が低いという場合が圧倒的であろう。しかし、産業医が事業者が仕事をさせてくれないと不満を持つ一方で、事業者は産業医が協力してくれないと互いに不満を持っているケースもある。

事業場において産業医活動を活性化するために、次のようなことを実施するべきと考える。

【産業医による衛生管理活動を活性化するために】

  • 産業医との契約に当たって、事業場として何を求めるのか、また何をして欲しいのかを明確にする
  • 労働衛生コンサルタント資格を有する産業医を優先して選任する。少なくとも日本医師会の認定産業の更新をしていることを確認する。
  • 産業医に対して、事業場で求めることに値する報酬を支払う。これは産業医活動の活性化のための必要条件である。
  • 産業医に、事業場が求めることについてのやる気と専門知識があることを確認し、産業医にそれがなければ選任しないという「選ぶ」意識を持つ。
  • 衛生管理者が、産業医を使いこなすという意識を持ち、労働衛生管理に関する必要な知識を持つ。

また、産業医の選任は、法令によって定められているから行うということではなく、従業員の心身の健康の確保や快適な職場の実現に役立てるという意識を持って行うべきである。


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