VRを用いた安全衛生教育の可能性




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VRゴーグルを着けた女性

※ イメージ図(©photoAC)

最近、VR(バーチャル・リアリティ)を用いた積載型小型移動式クレーン(いわゆるユニック車)を操作するシミュレータを体験する機会がありました。

筆者はVRを体験したのは初めてでしたが、そのリアルさに驚きました。CGの精細さは、通常のコンピュータディスプレイでも体験できていますからそれほど驚きはしません。

それよりも、三次元空間の中にある積載型小型移動式クレーンのつり荷の動きや、コントローラーの操作と実際の動きの追従の遅延などが、実機そのものといってよいことが私を驚かせたのです。

そして、このシステムを開発したのが、安全を専門としている研究者ではなく、商業ベースの企業によって開発されたという事実が、このシステムの将来性を期待させるものでした。

※ 開発の詳細な経緯を紹介することはできないが、開発の発端は積載型小型移動式クレーンメーカ系列の安全に関係する企業の職員の発案であり、安全とはまったく関係のないところでの開発ではない。

VRを用いた労働安全衛生教育の今後の活用の可能性について解説します。



1 はじめに

執筆日時:

最終改訂:


(1)VRによる安全衛生教育の商業化の可能性

ア 行政等によるVRを用いた安全衛生教育の推進

(ア)VRによる安全衛生教育の前史
VRゴーグルを着けた男性

※ イメージ図(©photoAC)

近年のVR(バーチャルリアリティ)技術の進展には目を見張るものがある。VRというと、仮想世界のゲームを思い浮かべる方も多いかもしれない。しかし、様々な教育・訓練においてもその有効性が認識されており、労働安全衛生教育の分野でもその活用が模索されている。

実は、VRが開発される以前から、コンピュータシミュレーションを用いて、危険な行動等による災害発生の疑似体験をさせるシステムの開発が行われていた。コンピュータシミュレーションと3D技術を用いたIT等による労働安全衛生教育について、地道な研究が(今でも細々ほそぼそと)行われているのである。

しかし、(現時点では)どうひいき目にみても実用化できるレベルには達していないのである。言葉を換えれば、教育を受ける労働者に対して安全に対する意識を向上させる効果が、講義方式よりも高いとはお世辞にも言えるようなものではなかったのである。


(イ)行政によるVRを用いた安全衛生教育システムの開発

しかし、近年のVR関連技術の飛躍的な進歩が、その安全衛生教育への活用への可能性を開いたのである。厚労省もVRを用いた労働安全衛生教育の可能性には注目しており、職場のあんぜんサイトの「各種教材ツール」において「VR教材」の紹介を行っている。これについては、2021年末から2022年初にかけて、厚労省が無償の体験会を行っていたので、経験された方がおられるかもしれない。

※ MHLWanzenvideo「【VRを用いた安全衛生教育教材】シナリオC(墜落・転落)「足場から身を乗り出し墜落」<ワイプ付き動画>

この動画は厚労省の紹介している「VR教材」のひとつである(※)。3年前のものということもあるのか、VRの画面はやや「作り物感」が目立っている(※)。しかし、その後の3年間も技術開発により、マイクロプロセッサ(CPU)やグラフィックボード(GPU)の高性能化、VR 開発ツールの高度化、さらに VR 用ゴーグル等の高性能化が進んでだ。

※ 手すりのない(低すぎる)足場の危険について体感させるためのVR教育用のシステムである。被験者のフルハーネスが胴ベルトにしか見えないところや、第三者視線で被験者が墜落するシーンもリアリティ感がない(加速度がどうみても小さすぎる)ところなど、最近の3Dゲームに慣れていると気になるかもしれない。また、足場の筋交いや手すりの位置などもやや非現実的な構造になっているところも気になるが、本質的なことではないだろう。


イ VRによる安全衛生教育システムの商業化の可能性

急速なVR関連技術の進歩によって、その開発環境は大きく変わろうとしている。すなわち、これまで研究室レベルか、せいぜい「国からの委託開発レベル(※)」だったものが、「実務者にとって採用したくなるレベル」になる可能性が出てきたのである。

※ ここでは、「萌芽的な技術を無理に採用したり、理想論(≒机上論)をそのまま採用したりするので実用に耐えないレベル」を意味する。

言葉を換えると、商業ベースに乗る可能性が出てきたのだ。市場規模についても、厚労省が公表している 2022 年の技能講習の修了者(※)だけでも、例えば、小型移動式クレーン運転が 67,067 名、床上操作式クレーン運転が 35,021 名いる。実際に使用したいと思えるようなレベルの「クレーン運転のVR用のソフト」を開発すれば、利益が出る可能性はあるといえるだろう。

※ 当サイトの「技能講習等の修了者数等の推移」を参照されたい。

労働安全衛生に詳しい専門家と、ソフトウエア開発のベンチャー企業がタイアップすれば、VR関連の労働安全衛生教育用の製品開発は可能だろう。そして、開発された製品を多くの企業が採用して、実際に使った結果から様々な要望や問題点が出されれば、メーカ側でさらに商品の改善が進むことになる。

労働安全衛生教育の手法が、今後、VRによって大きく転換する可能性が出てきたのである。


(2)筆者の体験したVRによるクレーン操作システム

ア 装置の概要

積載型小型移動式クレーン(いわゆるユニック車)

※ イメージ図(©photoAC)

筆者は、最近、積載型小型移動式クレーン(いわゆるユニック車)の運転ができる教育用のVRシステム(※)を実際に体験する機会に恵まれた。ゴーグル(HMD(Head Mounted Display))を装着して、仮想世界でクレーンを操作するというものである。

※ ある積載型小型移動式クレーンの製造メーカとソフトウエアメーカで共同開発したものである。体験後に聴いたところ、報道発表の直前だったようで、その4日後に開発した企業から報道発表されていた。

実際のクレーンのコントローラを模した装置を操作すると、それに応じて視界内に3Dで描画されたクレーンが動作する。なお、コントローラーも視界中に描画されており、レバーを操作したり、ジョイスティックを倒したりすると視界中でもそれに応じた動きをする。

なお、このシステムを開発に当たって、厚生労働省や労働安全衛生総合研究所(安衛研)とは、一切かかわっていない。この種のシステムは、これまで安衛研などの公的機関と企業のコラボで開発されることが多かったが、このシステムには公的な機関は全く関わっていない。完全なコマーシャルベースで開発されたのである。

これは、このシステムが商業ベースに乗る可能性を示唆している。安全に関して、このような形で商品が開発されることは、大いに喜ぶべきことだろう。


イ 3Dのクレーンの動作

3D画面は、最近のゲームなどでも見ることができる。そのため、このシステムの画面の精細さにはそれほど驚かなかった。驚いたのは、やはりつられた荷のその物理的な動きである。ゲームではないのだから、実際の物理法則に従って、実機に近い動きをしなければならないが、まさに期待通りの動きをするのである。

荷をつった状態でジブを回転させて、いきなり止めるとつられた荷が円運動を始める。実機でこんなことをすれば機体に損傷を与える恐れがあるので、もちろん実機でやったことはないが、実際に実機でも同じような操作をすれば荷が円運動を始めるはずである。

次に、荷が回転している状態で、荷の動きと反対方向へジブを動かすと、触れる幅が大きくなる。実機ではこんなことは絶対にしてはならないが、シミュレータでは機体が破損したり荷が落下してけがをする恐れはないので何でもできる。

今度は、逆に荷の触れている方向へジブを動かしてみると、振れ幅をやや小さくすることができた。実機では体験できない振れ止めの教育にも使えるだろう。


ウ ハンドトラッキング技術

VRのコントローラを持つ女性

※ イメージ図(©photoAC)

また、もうひとつ驚いたことはハンドトラッキング技術である。ハンドトラッキング技術とは、分かりやすく言えば、コントローラーを持っていない自分の手を視界中に表示する技術のことだ。しかも、手の指を動かすと視界の中の手もそれに追従して動くのだ。

1980 年代から 1990 年代の第1次VRブームのころは、自分の手を視界内に表示するには、スイッチのついたコントローラーを持ったり、センサの付いたグローブを付けたりする必要(※)があった。

※ 先ほど紹介した厚労省が公開しているVRの動画でも、被験者がコントローラを握っているように見える。

私が体験したシステムでは、ゴーグルにカメラが付いていて、撮影した画像から手の状態を判断して視界中に3Dで描画しているので、コントローラを握ったりする必要はない。カメラは2個付いているので、3Dの世界でもほぼ、操作者の手のある場所に指の形まで正確に映し出せる。

手でコントローラを握っていたのでは、どうしてもリアリティが失われてしまうし、指などの動きも再現できない。自分の手の動きが画面上で再現されなければ、一般の労働者には不自然と感じられるだろう。

技術者なら、ハンドトラッキング技術の難しさは理解できるので、多少、不自然な画像でも納得してくれるものである。しかし、一般の作業者はそんな理由では納得してくれない。描画された手の動きが、自分の手と不自然に異なると納得しないのである。ハンドトラッキング技術は、VRが安全衛生教育に採用されるためには不可欠だろうと思う。


エ ヴァーチャルとリアルのコントローラ

積載型小型移動式クレーンの操作レバー

※ イメージ図(©photoAC)

積載型小型移動式クレーンのリアルでの運転のためのコントローラは、トラックに設置されたレバーと、ラジコンで動作するコントローラの2種がある。

レバーを使用する場合、荷の積み降ろし作業には、レバーを操作する者と玉掛けを行う者の2名が必要になる。ラジコンを使えば、玉掛け者がクレーンの操作もできるため、最近では人員削減のためラジコンで操作することが多い(※)

※ さらに、ラジコンの場合、クレーン本体から離れて操作することが多いので、クレーンが転倒したときに巻き込まれる可能性が低くなるというメリットもある。

一時、クレーンメーカーが、誰も使わないからというので操作レバーのない積載型小型移動式クレーンを販売したことがある。しかし、ラジコンを無くしたときに操作ができなくなるなど評判が悪かったため、現在では操作レバーの付いていないものは製造されていない。

ラジコンは、ボタン式とジョイスティック式があり、クレーンメーカはジョイスティックを推奨している。実際に使ってみてもジョイスティック方式の方が使いやすいが、ボタン式に慣れている労働者も多いためボタン式もかなり残っている(※)のが現状である。

※ 現時点では、レンタカーのコントローラはボタン式が多いようである。

問題は、実機でも製造メーカによって操作方法が異なることである。レバー式でもラジコン式でも、メーカによって操作方法が微妙に異なるので、機種が変わると操作がやりにくいという問題があるのだ。

VRシステムは、これらのすべてのコントローラに対応することが可能である。なお、VRでも、現時点では、実機と同じようなコントローラを用いるので、レバータイプのものは搬送が大変だが、ラジコン式のものはスーツケースに納まる程度の大きさである。


2 VRを用いる教育のメリット

(1)誰にでも教育が可能

ア 安衛法における就業制限等

VR技術を用いた労働安全衛生教育のメリットとしてよく挙げられることに、安衛法第 61 条の就業制限業務の資格を有していない労働者に対して、一般の事業者が教育を行えるということがある。

安衛法第 61 条は、一定の危険有害な業務を事業場において行う場合は、資格を有している者でなければ行わせてはならないと定めている。例えば、移動式クレーンの運転(※)の業務に従事するためには、つり上げ荷重が5トン以上であれば免許が必要であり、1トン以上5トン未満の小型移動式クレーンであれば技能講習修了(又は免許)等の資格が必要である。

※ 道交法上の道路を走行するためには、道交法上の資格(運転免許)が必要となるが、労働安全衛生法上の資格等は不要である。なお、工場内の通路など、道交法上の道路に当たらない場所の運転には安衛法上の資格等が必要となる。

このため、安衛法第 61 条の資格を有しない者に対して、事業場内で Off-JT 教育を行う場合、教育の一環としてであっても就業制限業務を行わせてはならないのではないかという問題があるのである。


イ 就業制限の対象業務等を教育で行わせることの可否

(ア)就業制限業務(免許・技能講習)の対象業務

一例として、つり上げ荷重1トン以上の移動式クレーンの運転について考えよう。これは、安衛第 61 条によって就業制限業務とされている。では、一般の企業が、事業場内での Off-JT で、つり上げ荷重1トン以上の移動式クレーンの運転を行わせることは同条違反(無資格運転)になる(※)だろうか。

※ 具体的には、安衛法第 61 条の「クレーンの運転その他の業務」の「業務」に、研修の受講が含まれるかという問題である。含まれるとすれば、一般の企業が研修(事業場内でのOff-JT)としてであっても、つり上げ荷重1トン以上の移動式クレーンの運転を労働者に行わせてはならないこととなる。含まれないのであれば、Off-JTの研修で運転を行わせても問題はない。

なお、その研修が事業場の一般的な研修施設で行われるのであれば、とくに違反とはならないと考えられる(昭和49年6月25日基収第1367号参照)。一方、OJT で無資格者にクレーンの運転を行わせてはならないことは言うまでもない。

実は、この点について、国は公的な見解を示していないのである。従って、ややグレーな面はあるのだが、一般の事業者には違反になると理解されているようである。

筆者は、研修の受講は安衛法第61条の「業務」には当たらず、無資格者に研修(Off-JT)においてつり上げ荷重1トン以上の移動式クレーンの運転をさせても同条違反(就業制限業務違反)にはならないと考えている。しかし、先述したように厚生労働省から明確な解釈が示されているわけではないため、事業者としては、やはり研修でつり上げ荷重1トン以上のクレーンを運転させることははばかられるであろう。


(イ)特別教育の対象業務

つり上げ荷重0.5トン以上1トン未満の移動式クレーンの運転(道路上の運転を除く。)については、安衛法第61条の対象ではないので資格は不要である。しかし、事業者が運転を行う者に対して予め特別の教育を行う必要がある(安衛第59条第3項及び安衛則第36条)。

※ 特別教育の受講は、法的には「資格」ではない。しかし、事実上、資格と同じ様に考えられているのが実態である。

これについては、そもそも事業者が教育を行わなければならないのであるから、Off-JTの教育において運転の操作を行わせても法違反とはならないことは当然であろう(※)

※ 特別教育は OJT で実施してはならないことは当然である。


ウ VRによる教育であれば問題なく実施できる

しかし、VRによる研修であれば、安衛法第 61 条に違反することはあり得ないので、技能講習(又は免許の実技教習)の前に、安全衛生教育としてVRによる講習を行うことが自由にできるのである。


(2)実機よりも価格が安い

ア 教育の受講者一人当たりの操作時間の延長

(ア)安衛法の各種講習等の必要な実機の最低数

技能講習や免許の実技教習においては、関係告示(例えば、クレーン等運転関係技能講習規程)や関係通達等によって、実機を用いなければならないとされている。

これは、一般の事業者が行う特別教育の実技教育についても同様と考えられる。安全衛生特別教育規程には、実機を用いなければならないとは明記されていないが、当然、実機を用いなければならないと考えられている。

従って、法令によって義務が課せられている教育等を、VRのみで実施することは(現時点では)認められていない。


(イ)技能講習へのVR導入の可能性(現時点では認められない)

このうち技能講習については、講師1名(実機1台)について受講生が最大10名と定められている。特別教育は最大人数の定めはないものの効果的な教育を行うためには、実機1台についてあまりに受講生を増やすことはできない。

しかし、受講生10名では、1人の受講生が実機の運転を体験できる時間は限られてしまう。小型移動式クレーンの実技時間は、運転が6時間、合図が1時間と定められている。運転が6時間では、受講生が10人だと単純計算でも1人当たり36分にしかならない。実際には、講師の説明の時間が必要であり、受講生の交代にも時間がかかるので、実際に運転の体験にかけられる時間はこれよりもかなり少なくなる。

そのため、待ち時間にVRを用いることができれば、実質的に機械の運転を習熟するための時間を長くとることができる。理想は、実機(と講師)の数を増やすことであるが、現実には技能講習の価格が上昇してしまうので困難である。その点、VRであれば実機よりもかなり安価に導入が可能である(※)

※ VRは、受講者が何をするべきかを、受講生の視界中に文字で表示できるので、講師がいなくても使用することが可能である。

ただし、現時点で、技能講習の実技教育の待ち時間にVRを用いることが許されるかどうかについて行政は判断をしていない。従って、現時点ではVRを用いることはできないと考えられる(※)ので留意されたい。

※ 待ち時間は、他の受講生が運転を行うのを見学するための時間として位置づけられている。従って、行政によって使用可能という解釈が示されない限り、待ち時間であったとしてもVRを使用することは避けるべきである。

なお、(一社)日本クレーン協会が「小型移動式クレーンの技能講習にVR訓練システムを導入することについて、厚生労働省に対して技能講習に係る告示改正等の提案を行っている」とのことである(令和5年度事業報告(案) 参照)。


(ウ)特別教育へのVRの導入

一方、特別教育については、待ち時間にVRを用いてはならないという法的な規定はない。従って、特別教育において、実技教育で実機の運転の待ち時間にVRを使用することは問題とはならない。

体験の時間を確保するためには、実機の数を十分に確保することが理想ではあるが、コストがかさんでしまう。VRでも可能なことについて、VRを用いることで、効果的な教育が可能になるだろう。


(エ)法定外の安全衛生教育へのVRの導入

なお、事業者が独自に行う安全衛生教育や危険体感教育、また、安衛法上の努力義務規定による教育(現に危険有害な業務に就いている者に対する安全衛生教育(安衛第 60 条の2)、安全管理者等に対する教育等(安衛第 19 条の2)など)でVRを用いることには何の問題もない。


イ 複数の種類の機種等の体験

また、意外に思われるかもしれないが、建設機械のコントローラはメーカごとにまちまちなのである。ペダルやレバーの順序や位置が異なっているのだ(※)

※ そればかりか積載型小型移動式クレーンでは、アウトリガを設置するとき、U社の製品はタイヤを接地したままにしておくが、T社の製品ではかつてはタイヤを浮かせるという違いがあった。現在では、T社の製品もタイヤをぎりぎりで浮かせないようにしている。このように、同じ建設機会でも種類によって取扱い方法が異なるのである。

操作方法も、ペダルとレバーによるものがあるかと思えば、ジョイスティックで操作するものもある。

実技教育を行う場合、多様な機種を操作できるように教育することが望ましい。しかし、現実には、実機を用いるのであれば、1種類の機種しか準備することができないであろう。

これがVRなら、ソフトの方で切り替えれば、様々なコントローラーを体験することが可能なのである(※)。これも、建設機械や小型移動式クレーンの教育を行う上で、大きなメリットと言うべきである。

※ 受講生が現場へ戻ってから、実際に使用するのは特定の種類なので、教育も受講生に合わせた種類の機械で教育を行うことが望ましい。


(3)危険がない

ア 無理な操作を行っても危険がない

また、建設機械のようなパワーのある機械の多くが就業制限の対象となっているのである。そのため、当然のことながら教育のときに、初めてそのパワーのある機械を動かすことになる。

これは、業務の安全を確保するという観点からは理にかなっているのだが、教育を行う側から見るときわめて危険な状況なのである。講師がいくら注意していても、機械が破損したり、建物にぶつけられたりという物損事故はかなり発生しているのである。

さらに、講師は受講生の近くで指導するため、受講生が誤操作をしたりすると極めて危険な状態となる(※)

※ 茨木新聞クロスアイ2024年3月2日「フォークリフトにはねられ男性死亡 運転講習中 茨城・東海の建設会社敷地内」によると、2024年3月1日に茨城県内の建設会社敷地内において、技能講習の実施中に、講師が受講生の運転するフォークリフトにはねられて死亡した。

しかし、VRであれば、誤操作をしたとしても、重大な物損事故や人身事故が起きる可能性は少ない(※)。これもまた、大きなメリットと言えよう。

※ 受講生が、不用意に動いて壁や他の受講生にぶつかったり、バランスを崩して転倒する等の災害は起こり得るが、重篤な被害となるおそれは実機に比べればはるかに低い。


イ 危険な作業の体感等が可能

(ア)危険な作業を安全に行えることによる新しい教育の可能性

さらに実機で行うと危険な操作でも、VRなら行うことが可能である。従って、次のような教育が、受講生の危険や実機への損傷を起こすことなく可能になる。

【危険な作業の体験による教育】

  • 危険再認識教育
  • 危険な状態を脱する訓練

(イ)危険体感教育

現在ではやや低調になっているが、2010年代に、危険体感教育が注目された時期があった。労働災害が減少したことは喜ぶべきことだが、職場が安全になり過ぎて労働者が危険を体感する経験が少なくなったため、危険が意識できずにかえって不安全行為が減少しないという考えがその背景にあったのである。

しかし、その手法と効果についての科学的な考察なしに、たんに危険を体感するだけの教育が先行してしまい(※)、ほとんど役に立たないという印象が広まって、一部の先進的な業種を除いて熱が冷めていったのである。

※ 中村隆宏「安全教育における疑似的な危険体験の効果と課題」(安全工学 Vol.46 No.2 2007年)など

ある意味で、現在のマネジメントシステムやリスクアセスメントも同じような運命をたどりつつあるといってよい。

しかし、その実施方法を誤らず、適切な講義を合わせて行うなどの手法をとれば、危険体感教育は、労働災害防止に極めて有効なものなのである。

リアルの世界で行う危険体感訓練は、「安全に危険を体感する」というやや矛盾した条件が要求されるため、かなり作りこまれた危険体感にならざるを得ない。このため、それを受ける受講者にとって「遊園地のアトラクション」と同じような印象になりやすく、危険を体感して安全意識を持たせるということができにくいのである。

これに対し、VRであればかなりリアルな危険作業と事故を再現できる。VRによる危険体感教育の方が、リアルの世界よりもかえってリアルな危険を体感できるのである。

VRであるからこそ、逆に、危険を感じて、それが自分とは無関係なことではないと自覚でき、「危険行為を行うと危ない」という意識を持たせることが可能なのである。


(ウ)危険な状態を脱する体験教育

また、実機ではフォークリフトで重量物を積んでのフォークを上げたままの急ハンドルや急ブレーキの操作や、クレーンでの極端な荷振れを教育で体験させることはできない。あまりにも危険すぎるし、機体にも損傷を与えかねないからである。

しかし、VRであれば、実際にそのようなことをした場合に、フォークリフトが倒れかけた場合や極端な振れを起こした場合の回復の方法の訓練も可能になるのである。もちろん、そのような操作は最初からするべきではなく、回復の方法の教育など逆にするべきではないという批判もあり得よう。

ただ、初心者のうちは、誤ってそのような操作をすることもないとは言えないのである。とりわけクレーンで、操作を誤って極端な荷振れを起こした場合の回復の方法を教えておくことは必要性が高い。

このようなこともVRであればこそ可能となるのである。筆者は、今後の危険体感教育はVRが中心になる可能性があると考えている。


3 最後に(VRの可能性)

ゴーグルを装着した女性

※ イメージ図(©photoAC)

VR技術は、巨大な市場であるゲーム分野が存在しているために、高性能の開発環境が利用可能になったのである。そして、現在もなお、急速に発展している技術なのである。

また、一般の家庭にもVRを用いたゲーム機が普及するようになっており、最近の若い労働者の多くはVRに対して違和感を持たなくなっている(※)

※ そのために、安全衛生教育の分野でも最新の技術を取り入れないと、安っぽい印象を受講者に与えることになるだろう。かつての3Dを利用した労働安全衛生教育のコンピュータシミュレータが利用者に安っぽい印象を与えたのも、急速な3D技術の進展の中でひと時代前の技術を用いていたことが原因である。

今後、安全衛生教育の分野においても、好むと好まざるとにかかわらずVR技術は急速に取り入れられてゆくことになろう。

その利用形態も、過去には考えもつかなかったような形態での教育が行われるようになる可能性もあろう。さらに、現時点では実機による教育を完全にVRに置き換えることは困難だと筆者は考えるが、将来的には完全に置き換わることも可能となるだろう。


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