これまでに公表されている簡易な化学物質のリスクアセスメントツールの多くは吸入ばく露がメインとなっており、経皮ばく露のリスクを定量的に評価する手法はほとんどありませんでした。
しかし、2019年3月に厚生労働省から公表されたCREATE-SIMPLE(現在の版はver.2.3)は、直接、化学物質(液体)をハンドリングする作業について、経皮ばく露のリスク評価が可能となりました。
簡単に紹介しますので、ぜひご活用ください。
2 CREATE-SIMPLE によるリスク評価の原理等
(1)リスク評価の原理
ア 経皮吸収量の推定
皮膚に化学物質(液体)が付着した場合の単位時間・単位面積当たりの経皮吸収量(速度)は、Fickの第一法則によって、皮膚透過係数と化学物質の濃度から求めることができる。
J = KP × Cveh (= D × dC/dx)
※ J:単位時間当たりの皮膚吸収量[mg/cm2h]
KP:皮膚透過係数[cm/h]
Cveh:皮膚と接触している化学物質の濃度[mg/cm2]
D:拡散係数
dC/dx:膜(皮膚)の中の化学物質の濃度勾配
もちろん、経皮吸収は、ある化学物質が皮膚に付着すると同時に始まり、皮膚から取り除かれると同時に止まるわけではない。一定の遅延時間はあるが、ここでは定常状態に達した後の値を用い、遅延時間は無視している。
さて、皮膚透過係数は次式によって推測している。この式は皮膚が親油性の角質と親水性の部分2層からなることを前提としたモデルによっている。なお、公式中の各透過係数を算出する数式中の数値は、経験則(実験値)によって得られたものである。
KP[cm/h]= 1/((1/(Kpsc +Kpol))+1/Kaq)
※ KP:皮膚透過係数
Log Kpsc = -1.326 + 0.6097 × Log Kow - 0.1786 × MW0.5
Kpol = 0.0001519 × MW-0.5
Kaq = 2.5 × MW-0.5
Log Kow:オクタノール/水分配係数
MW:分子量
もっとも、一般の方が独自に経皮ばく露のリスクを評価したいというときは、次に示すPotts and Guyの予測式のような簡略化したものを用いても大きな問題はないように思える。
Log Kp[cm/s]= -2.7 + 0.71 × Log Kow - 0.0061 × MW
いずれにせよ、CREATE-SIMPLE では、オクタノール/水分配係数と、皮膚に付着した化学物質の濃度、皮膚に付着した面積、分子量が分かれば、皮膚吸収量が予測できるわけである。これが、経皮吸収ばく露リスク評価の原理である。
イ 吸収された量の評価
さて、職業の場において許容される化学物質のばく露量の限界値(OEL=職業ばく露限界)は、産業衛生学会の許容濃度や、ACGIHのTLV-TWAなどがあるが、通常は作業空間中の気中濃度として公表されている。そのため、CREATE-SIMPLE では、職業ばく露限界から許容される吸収量を推定するという手法を取っている。
なお、許容摂取量は、環境評価や消費者ばく露として公表されているケースがあるが、それらを用いることは、職業ばく露の評価としては過大となると考えられたため、このような手法を取るのであろう。
さて、作業環境の気中濃度がOELに等しい場合、1日8時間、1週で40時間、その環境中で働いたとしても、ほとんどの労働者には健康影響は表れない(ことになっている)。その場合、労働者はどの程度の量の化学物質を吸収しているであろうか。
安全側で評価するため、労働者は(重筋作業ではなく)軽作業に従事していると考えよう。すると、彼は1日8時間で 10m3 の空気を呼吸によって体内に取り込む。さらに安全側で評価するために、彼はこの 10m3 の空気中の化学物質のうち75%を体内に取り込むものと考えよう。
そのように考えると、彼はOELの濃度に 10m3 を乗じた量の化学物質を取り込んでも、健康影響は(ほとんどの場合)生じないはずである。そこで、先ほど推定した経皮吸収量と、この値を評価して、吸収した量の方が少なければリスクは低いと評価するのである。
もちろん、経皮吸収によるリスクと経気道吸収によるリスクを別個に評価してはならない。リスクは、この2つの経路から吸収された量を総計して評価しなければならない。CREATE-SIMPLE では、自動的に総計して評価されるよいになっている。
(2)実際の具体的な数値の算定手法
ア 職業ばく露限界値
さて、ここまででリスク評価の原理を説明したが、実際にリスクアセスメントを行おうとすると、いろいろな問題が出てくる。詳細は「CREATE-SIMPLEの設計基準」を参照して頂きたいが、以下、簡単に解説しておこう。
まず、問題となるのが職業ばく露限界値として何を用いるかである。
これは次のようになっている。産業衛生学会の許容濃度とACGIHのTLV-TWAを優先させ、これらが設定されていればそれを用いる。両方設定されていれば、小さい方を用いる。
双方ともない場合は、産衛学会の最大許容濃度又はACGIHのTLV-Cが設定されていれば、その4分の1を用いる。そして、それもなければACGIHのTLV-STELが設定されていればその3分の1を用いる。
これらが、いずれも設定されていなければ、かつての厚生労働省のコントロールバンディングで用いられていた手法を用いる。すなわち、GHSの有害性分類から管理目標濃度を設定する方法を用いるのである。ただ、この手法を用いると、やや、リスク評価が高くなる(管理目標濃度が小さくなるため)という問題が生じる。
(イ)接触時間
化学物質が皮膚に接触している時間は、作業時間に等しいと仮定する。ただし、o-トルイジンのような蒸気圧の低い物質では、作業後も皮膚に付着したままとなる可能性があるので、AIHA IHSkinPermにおける推計式によって、皮膚に付着した物質が吸収又は蒸発により消失する時間を見積もり、修正している。ただし、入力は選択肢形式で「8時間超」が最大となっており、1日の最大時間は10時間で制限されている。ただ、現実の製造業では2時間以上の残業は珍しくないため、残業時間がある場合の評価方法は、やや気になるところである。
(ウ)皮膚に付着する化学物質の濃度
CREATE-SIMPLE では、皮膚に付着する化学物質の濃度は、最大の水溶解度に等しいと仮定している。とくに説明はされてないが、皮膚の表面は水に覆われているため、化学物質がこれに溶けるとの前提に立っているものと思われる。
(エ)化学防護手袋の使用状況等による修正
この他、使用している手袋の状況、手袋の使用等に関する教育の実施状況によって、リスクを修正する。これは、ECETOCのTRAと同様な考え方である。