安衛法にいう「化学物質の製造」とは




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化学物質のイメージ

※ イメージ図(©photoAC)

労働安全衛生法では、化学物質を製造する事業者には、新規化学物質届出制度(安衛法第57条の4)などいくつかの義務が課せられます。

2022年公布の化学物質の自律的管理にかかる省令改正では、新たにリスクアセスメント対象物を製造又は取扱う事業者には化学物質管理者の選任が義務付けられました。そして、ここでも製造する事業者にのみ、化学物質管理者は化学物質管理者講習を受講したものなどから選任しなければならないこととされています。

この化学物質管理者講習を受講要件である「製造」について、事業者に2つの疑問が生じていました。すなわち、この製造とは、①化学物質を混合させるだけでも該当するのか、また、②製造中間体、副生物、廃棄物のような他者に譲渡・提供されないものも対象となるのかに疑問が生じたのです。

その後、厚生労働省から明確な解釈が示されました。本稿では、その解釈と現時点での疑問点について解説します。



1 安衛法にいう「化学物質の製造」とは何か

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最終改定:


(1)安衛法の自律的管理における「製造」についての疑問

化学物質の自律的管理において、リスクアセスメント対象物を「製造」している事業者は、化学物質管理者を選任するに当たって化学物質管理者講習を受講した者の中から選任しなければならないとされている。これに関して当サイトの「化学物質管理者の選任の留意事項」には、「(ここにいう)製造には混合物の製造が含まれる。すなわち、原料を混合するだけの事業場も含まれるので留意されたい」と記述していた。

これについて、メールで次のようなご質問をいただいた。

【化学物質管理者講習についてのご質問】

疑問を感じる女性

※ イメージ図(©photoAC)

混合物を製造中間体として製造し、他者に譲渡提供しない場合についても、講習を受講する必要があるのでしょうか。

仮に必要があるとすると、たんに取り扱う場合には講習の受講が必要ではないのに、なぜ製造中間体として製造する場合に講習の受講が必要になるのでしょうか。

製造中間体を製造するのみで、講習の受講が必要となる法令又は通達の根拠は何でしょうか。

確かに、考えてみれば、なぜ「製造」だと化学物質管理者講習の受講が必要で、取扱っているだけだと必要でないのかは不思議である。「製造」が、製造中間体の生成を含む概念だと考えても、含まない概念だと考えても疑問(矛盾点)が生じるのである。

表 化学物質管理者に講習の受講を義務付ける理由と疑問点
仮定 考え得る受講が必要な理由 疑問点
製造とは他社に譲渡・提供する「製品の製造」のことであり、製造中間体の作成は含まない。 他者に製品を譲渡・提供する場合には SDS の作成が必要となる(※1)ので、講習を受講させる必要がある。 化学物質を輸入してそのまま他社に譲渡・提供する場合にも SDS を作成する必要がある(※2)が、その場合に受講が必要でない理由が分からない。
製造とは他者に譲渡・提供しない中間生成物の作成を含む。 他者から譲渡提供を受けた化学物質には SDS が添付されているが、自ら作成した中間生成物や製品には SDS が添付されていない。そのようなものを扱うには一定の知識が必要だから講習を受講させる必要がある。 自社で輸入した化学物質(※2)をそのまま自社で取扱っている場合にも SDS が添付されていないことはあり得る。その場合に受講が必要でない理由が分からない。

※1 化学物質の SDS の作成は、法的には化学物質を他者に譲渡・提供する場合に義務付けられる。もちろん、この譲渡・提供には販売も含まれる。

※2 自社で輸入した化学物質には、SDS が添付されていなかったり、添付されていても輸入元の国の言語で記されていたりする可能性がある。

※3 本表の「化学物質」はすべてリスクアセスメント対象物だとする。


(2)質問者からの情報

さて、これに関して冒頭のご質問をされた方から、質問のメールの後で2点、次のような情報を頂いた。

【相談窓口による「製造」についての見解】

厚労省が設置した化学物質の自律的管理の相談窓口であるテクノヒル社に電話で照会したところ、ここにいう「製造」とは「組成を変えること」と厚労省は説明しているという回答があった。

「組成を変える」というのであるから、たんなる混合によって濃度を変えることは「製造」に含まれるという意味であろう。

【厚生労働省からの情報】

質問された方の知人が厚労省に「製造」の意味について問合せをしたところ、「厚生労働省としても近くその解釈を公開することとしており、それを待って欲しい」という趣旨の回答があった。

ここにいう「製造」についての見解とは、「製造」にたんなる混合を含むかどうかではなく、製造中間体の生成を「製造」に塾めるかどうかということであろう。つまり、この時点で厚生労働省としても明確な見解は有していなかったのである。


(3)法令及び行政の解釈はどうなっているか

ア 法令の条文(混合物を含むか)

そこで、その問題はひとまずおくとして、条文又は行政の解釈はどうなっているかをみてみよう。

まず、条文を文理に従って解釈するかぎり、製造の対象となるものに混合物を含むと考えるのが自然である。なぜなら、改正後の安衛則第12条の5第3項第二号イのリスクアセスメント対象物(安衛令第18条各号に掲げる物及び安衛法第57条の2第1項に規定する通知対象物)には混合物を含むからである。

【労働安全衛生法施行令】

(名称等を表示すべき危険物及び有害物)

第18条 法第五十七条第一項の政令で定める物は、次のとおりとする。

 (略)

 別表第九に掲げる物を含有する製剤その他の物で、厚生労働省令で定めるもの

 別表第三第一号1から7までに掲げる物を含有する製剤その他の物(同号8に掲げる物を除く。)で、厚生労働省令で定めるもの

【労働安全衛生規則】

(化学物質管理者が管理する事項等)

第12条の5 事業者は、法第五十七条の三第一項の危険性又は有害性等の調査(主として一般消費者の生活の用に供される製品に係るものを除く。以下「リスクアセスメント」という。)をしなければならない令第十八条各号に掲げる物及び法第五十七条の二第一項に規定する通知対象物(以下「リスクアセスメント対象物」という。)を製造し、又は取り扱う事業場ごとに、化学物質管理者を選任し、その者に当該事業場における次に掲げる化学物質の管理に係る技術的事項を管理させなければならない。ただし(以下略)。

一~七 (略)

 (略)

 前二項の規定による化学物質管理者の選任は、次に定めるところにより行わなければならない。

 (略)

 次に掲げる事業場の区分に応じ、それぞれに掲げる者のうちから選任すること

 リスクアセスメント対象物を製造している事業場厚生労働大臣が定める化学物質の管理に関する講習を修了した者又はこれと同等以上の能力を有すると認められる者

 イに掲げる事業場以外の事業場イに定める者のほか、第一項各号の事項を担当するために必要な能力を有すると認められる者

4及び5 (略)

もっとも、改正後の安衛則第12条の5第3項について、「製造」が製造中間体の製造や、副生物・廃棄物が出る場合を含むかどうかについては条文からは必ずしも明確ではない。


イ 行政の解釈(中間生成物を含むか)

これについて厚生労働省の通達は示されていないようである。しかし、冒頭のご質問を受けた後で厚生労働省のサイトに掲げられた「化学物質による労働災害防止のための新たな規制(中略)に関するQ&A(令和5年3月31日掲載)」の2-1-4には、次のように明記された(※)のである。

※ おそらく、冒頭に挙げた質問者からの情報にある「厚生労働省が示すという解釈」が、これであろう。

表 厚生労働省の Q and A から
No ジャンル 質問 回答
2-1-3 2-1. 化学物質管理者の選任義務化 工場でリスクアセスメント対象物を製造し、別事業場でラベル・SDSを作成している場合や、海外からリスクアセスメント対象物を輸入し、ラベル・SDSを作成している場合等、ラベル・SDSの作成のみを行う事業場も、化学物質管理者の選任が必要か? リスクアセスメント対象物の製造又は取り扱いを行っていない場合でも、リスクアセスメント対象物の譲渡又は提供を行っている事業場や、リスクアセスメント対象物を製造する事業場とは別の事業場でラベル・SDSを作成している場合は、当該ラベル・SDS作成を行う事業場においても化学物質管理者の選任が必要となります。
ただし、リスクアセスメント対象物を製造する事業場には該当しませんので、化学物質管理者の選任に当たって、特段の資格要件は設けませんが、厚生労働大臣が定める化学物質の管理に関する講習を受講することを推奨しています。
また、事業場内で混合・調合して(化学変化を伴うものを含む)そのまま消費する場合も、物を製造して出荷しているわけではないので、「リスクアセスメント対象物の製造事業場」に該当しません
2-1-4 2-1. 化学物質管理者の選任義務化 化学物質管理者の選任において、リスクアセスメント対象物の製造事業場では専門的講習の受講が必要だが、リスクアセスメント対象物の小分けや破砕を行う事業場は製造事業場に該当するか? 譲渡提供を目的として、混合や精製など、化学品の組成の変更を伴う作業を行う事業場は製造事業場に該当するため、化学物質管理者の選任にあたっては、専門的講習の受講が必要になります。一方、小分け・破砕は「取扱い」に該当し、化学物質管理者の資格要件はありません。

※ 下線強調引用者

※ 厚生労働省「化学物質による労働災害防止のための新たな規制(中略)に関するQ&A(令和5年3月31日掲載)

すなわち、譲渡提供を目的としない製造中間体の作成や、副生物・廃棄物の生成は、法令の「製造」には該当しないというのである。

なお、労働安全衛生法においては、次のものは「化学物質」とみなされないため対象とはならない(※)ことについて留意されたい。

※ 昭和53年2月10日基発第77号「労働安全衛生法及びじん肺法の一部を改正する法律及び労働安全衛生法施行令の一部を改正する政令の施行について」のⅠの一の(二)

【新規化学物質届出制度の対象とならないもの】

  • 合金
  • 固有の使用形状を有するもの(合成樹脂製の什器、板、管、棒、フィルム等)
  • 混合物のうち、混合することによってのみ製品となるものであって、当該製品が原則として最終の用途に供される物(顔料入り合成樹脂塗料、印刷用インキ、写真感光用乳剤)

2 結論(及び疑問点)

従って、条文と行政の解釈から、結論としては次のように言える。

【結論】

化学物質管理者の選任に当たっては、社内で化学物質を混ぜ合わせただけでも、混ぜ合わせてできた混合物がリスクアセスメント対象物であり(※)、かつ、その混合物が譲渡・提供を目的としているのであれば、化学物質管理者講習は受講しなければならない。

※ その場合、混ぜ合わせた元の物質の中に、まず間違いなくリスクアセスメント対象物があることになる。

しかし、冒頭に挙げた疑問点のうちいくつかは不明なままである。

【化学物質管理者講習受講の要否の疑問点】

疑問を感じる女性

※ イメージ図(©photoAC)

  • なぜ、同じように新しい化学物質を生成しても、それを他者に譲渡・提供する場合には化学物質管理者講習の受講が必要で、取扱っているだけだと必要でないのだろうか。
  • 他者に譲渡・提供する場合には SDS を添付しなければならないからだと考えると、リスクアセスメント対象物を輸入して他者に譲渡・提供する場合に受講が必要でない理由が分からないのである。

まあ、法令とはすっきりしないものと言ってしまえばそれまでではあるが・・・


3 他の条文の場合

(1)事業場内表示

調べ物をする女性

※ イメージ図(©photoAC)

ただし、化学物質管理者の選任の要件以外の条文では、「製造」の意味がこれと同じとは限らないことに留意して頂きたい。まず、自律的管理で義務付けられた事業場内表示についてはどうだろうか。

実は、事業場内表示については、自律的管理の改正までは告示で定められていた。この告示についての解釈通達である平成24年3月29日基発0329第11号「化学物質等の危険性又は有害性等の表示又は通知等の促進に関する指針について」の第3の1において、「「化学物質等」には、製造中間体(製品の製造工程中において生成し、同一事業場内で他の物質に変化する化学物質をいう。)が含まれること」と明確に定められている。すなわち、この通達では製造中間体についても事業場内の表示を行うこととされていたのである。

そもそも、事業場内表示について、製造中間体と製品として販売されるものを区別する合理的理由はないだろう。従って、「事業場内の化学物質のラベル表示」にも記したが、ここにいう製造する物には混合物が含まれ、かつ販売しなくても該当する。つまり、事業場内で使用するために混ぜ合わせれば該当すると考えるべきであろう。

自律的管理に関するパブリックコメント(令和4年5月 31日「「労働安全衛生規則等の一部を改正する省令案に関する意見募集について」に対して寄せられた御意見等について」)の39番において、事業場内表示について「ラベル表示対象物を他の容器に移し替えて保管したり、自ら製造したラベル表示対象物を容器に入れて保管する場合が対象となります(太字強調引用者)」という記述があり、「譲渡又は提供」は条件となっていない。従って、自律的管理においても「販売しなくても該当する」ものと考えられる。


(2)労働安全衛生法に基づく新規化学物質届出手続き

次に、新規化学物質届出制度(安衛法第57条の4)についてみてみよう。これついては関係通達(※)に、届出の対象には原料や最終生成物だけでなく以下の物も含まれまると明記されている。

※ 昭和54年3月23日基発第132号「労働安全衛生法及びじん肺法の一部を改正する法律及び労働安全衛生法施行令の一部を改正する政令の施行について(化学物質の有害性の調査関係)」のⅠの一の(二)

【新規化学物質届出制度の対象】

  • 製造中間体(製品の製造工程中において生成し、同一事業場内で他の化学物質に変化する化学物質)
  • 副生物
  • 廃棄物

ただし、混合物については(労働安全衛生法に基づく新規化学物質届出手続きQ&A)の(4)には次のように記載されている。

【新規化学物質届出制度の対象】

  • 単なる混合、精製、小分け等で化学反応を伴わない場合には届出が不要です。 例外として、天然に産出される化学物質を精製する場合には、届出が必要となりますが、精製される対象が既存化学物質に該当する場合には届出が不要です。

従って、この場合は、製造する物には混合物が含まれないこととなる。しかし、新しい製造中間体の作成や、新たな化学物質である副生物・廃棄物が出る場合は該当することとなる。


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