ボックスモデル化学物質RAツール




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計算する人

化学物質の代表的なリスクアセスメント手法としてボックスモデルがあります。

EXCELシートを用いてボックスモデルリスクアセスメントが実施できるツールを作成したので公開します。




1 ボックスモデルとは

執筆日時:

最終改訂:


(1)日本における化学物質リスクアセスメントの実態

労働安全衛生法の調査対象物質(2021年6月現在で676物質とされる)について、リスクアセスメントが義務化されている。なお、リスクアセスメントは、化学物質の危険性(爆発・火災による怪我等)及び有害性(経気道・経皮等によるばく露による疾病等)の双方について行わなければならない。有害性についても、急性と慢性では異なる手法が必要であるし、経気道と経皮で異なる手法をとるべきである。

しかし、現実には、事業者が行うリスクアセスメントは、「有害性のうち経気道ばく露による慢性毒性によるもの」が中心になっているのが現状ではないかと著者は思っている。そう思うのは、慢性毒性によるものについては、簡易でかつ高い信頼性を持つリスクアセスメントのための様々なツールが、内外に数多く用意されているという理由からである。


(2)日本におけるリスクアセスメントツールの公開状況

とはいえ、多くの中小規模事業場では、(多少とはいえ英語の専門用語の知識が必要となる)英語版のツールを使用することは困難であろう。ところが、現時点では日本語で公開されているものは、厚生労働省がWEBサイトで公開している「厚生労働省版コントロールバンディング」か「中災防方式リスクアセスメント」、福井大学のリスクアセスメント(※)等の数種類程度しかないのが現状である。

※ (旧)中災防方式を利用したリスクアセスメントのWEB版として、福井大学のWEB版が公開されている。ただしこのサイトのトップには「本学以外の企業・機関等が使用される場合は、中災防(JISHA)の健康障害防止のための化学物質リスクアセスメント研修を受講願います。 但し、このツールのJISHA方式は平成26年8月に受講した研修内容を基にしているため、現行のJISHA研修の内容とは異なる場合があります」とされている。なお、JISHAとは中災防のことである。

なお、本サイトでも ECETOCのTRAの解説BAuAのEMKG Expo Toolの解説をアップしているが、その他、厚労省も2015年度事業としてECETOCのTRAの日本文マニュアルを作成し厚労省のサイトに公表している。

また、日本化学工業協会がECETOCのTRAを基礎にしたリスクアセスメントツールを開発している。ただし、有償で、登録する必要がある。

なお、危険性については、厚生労働省が危険性についての支援ツールの開発を行っており、WEB上で全体版概要版を公開している。また、労働安全衛生総合研究所が「プロセスプラントの災害防止のためのリスクアセスメント等の進め方」をWEBサイトに公表し、またEXCEL版の「リスクアセスメント等実施支援ツール」を公開していた(現時点では公開を止めている)。

また、危険性のリスクアセスメントに関する英文のツールについては、横浜国立大学のサイトにリンク集があるがリンク切れがかなりある。


(3)ボックスモデルとは

ただ、厚生労働省版のコントロールバンディングは、やや過剰な対策を求められるという問題がある。そこで、EXCELを用いて、ボックスモデルによる簡単にリスクアセスメントができるツールを開発してみた。なお、これは混合物にも使用可能である。

なお、筑波大学の学内における化学物質のリスクアセスメントを行うためのツールを開発するに当たり、当サイトのボックスモデルをご提供している。その成果が、第16回筑波大学技術職員技術発表会において、「化学物質リスクアセスメントツールの開発」として藤井邦彦先生から発表されている。

残念ながら、このツールは筑波大学関係者以外には積極的には公開されていないが、このような形でご利用いただいていることに感謝したい。

なお、本ツールは、労働安全衛生規則第34条の2の7第2項の第2号に該当するものであり、これによるリスクアセスメントは、労働安全衛生法に適合するものと考えている。

ア ボックスモデルが対象とする作業場

このツールは、中小規模の印刷業の洗浄作業を念頭において作成したものであるが、他の業種でも使用は可能である。ただ、以下のような特徴の作業場において最も有効である。

  • 対象となる化学物質が気中に発散する量が分かる作業場。従って、使用された化学物質のほとんどが気中に発散するような作業が行われる作業場では、気中に発散する量は使用量に等しいので、容易にこのモデルを使用することができる。すなわち、洗浄作業(洗浄剤のほとんどが気中に発散するような場合)や塗装作業などを行う作業場での使用が最も有効である。一方、ガソリンスタンドのガソリンなどには使用できない。
  •   なお、粉じんについては、いったん気中に発散しても床に落ちてしまたり、また床に落ちた粉体が気中に舞い上がったりすることもあるため、このモデルでは対象とはしていない。
  • 全体換気装置の換気量が分かる作業場。従って自然換気のみを行う作業場では使用できない。
  • なお、局所排気装置がある場合には対応できるようにしているが、現時点では密閉設備がある場合については対応していない。

イ ボックスモデルを使用するために、必要な情報

ボックスモデルを使用するためには、次表の数値が必要である。いずれもSDSに記載されているか、その事業場において比較的容易に判断できるものである。

事業者はこれらの数値を別添のEXCELファイルに入力することにより、リスクアセスメントを行うことができる。なお、これらの数値の求め方は後述する。

必要な数値 備考
化学物質の発散量 現実には、消費量から、「廃液等の液体や固体の状態で廃棄される量」と「製品として使用される量」を除いたものである。
化学物質の密度 SDSに記載されている
ばく露限界 SDSに記載されている。①管理濃度、②許容濃度、③TLV-TWAの他、④SCOEL、⑤MAK値、⑥WEL値を用いることができる。SDSに複数が記載されている場合は、最も小さいものを用いるべきである。記載されていない場合のばく露限界の求め方は後述する。
分子量 SDSに記載されている
室温 作業場の室温
1時間当たりの換気量

新しい作業場であれば、換気装置の設計値から算出できる。できなければ、以下の方法で推計する。

◎ 風速計(中国製の製品なら数千円程度)を使用して建物の外側で換気扇からの風速を調べて、換気扇の面積(フアンの半径の2乗×円周率)を乗じる。

局所排気装置の有無 資格のある者が設計した局所排気装置の有無を選択して入力する。
1日の作業時間 就業時間ではなく、実際に化学物質を取り扱っている時間を記入してください。

(4)ボックスモデルの考え方

ボックスモデルのごく単純化した考え方は、以下の通りである。

  •  作業環境中の濃度は以下によって求められる。
  •  ある作業空間を考えてみよう。そこでは、始業時間からある作業で化学物質を使用している。
  •  その化学物質は、とりあえず常に一定の量を消費していると仮定してみよう(実はそうでなくてもかまわないのだが)。
  •  であれば、始業時から十分な時間が経過すれば、気中の化学物質の濃度は一定の値になるであろう。
  •  一定の濃度になる(時間の経過によって増えも減りもしない)ということは、作業空間中の化学物質の量に変化がないということである。
  •  すなわち、作業によって発散する量と、換気によって作業中から出て行く量が同じだということである。ということは、換気によって作業中から出てゆく空気中に含まれる化学物質の量は、発散量と同じである。
  •  そこで、換気される空気中の平均濃度は、単位時間当たりの発散する量を換気量で除すれば求められる。
  •  発散量は、1日の消費量(より正確には、消費量から、「廃液等の液体のままで廃棄される量」と「製品として使用される量」を除いた量)を作業時間で除すればよい。
  •  そして、作業場中の換気される空気中の濃度と作業空間中の濃度は同じであるから、作業環境中の濃度は、換気量を化学物質の消費量で除すれば求められる。
  •  ただし、局所排気装置がある場合は、化学物質の発散量は消費量の10分の1であると仮定する。これは、国際的なリスクアセスメントの慣習に従っているものである。
  •  そこで、職業ばく露限界(管理濃度や許容濃度など)が、気中濃度よりも十分に低ければリスクは低いと考えられる。

① 発散量=消費量-(廃液や廃固体の量+製品に含まれる量)

② 推定される気中濃度=発散量÷換気量

③ 気中濃度比=推定される気中濃度÷職業ばく露限界

④ リスクの大きさ=気中濃度比(相対リスク)×安全率

  •  このリスクの大きさが1より大きいか小さいかによってリスクを判定する。1より小さければリスクは低いと判定する。

※ なお、本サイトにアップしてあるEXCELシートでは安全率はディフォルトで10としているが、変更することは可能である(ただし、数値を下げることは推奨しない)。

ただし、実際には化学物質の使用量は常に一定ではないであろう。一様でなかったとしても、ここで求められる気中濃度は時間当たりの平均値となる(厳密には作業終了後に気中に残存する量の分だけ低くなる)。

また、作業場中の気流によって作業場中の気中濃度も一様になることはないであろうが、換気扇が発散源の近くにあれば、気中濃度の平均値は推定値よりも低くなるであろう。一方、換気効率の悪い設計(例えば、作業場の開口部の近くに換気扇があるような場合)となっていれば気中濃度の平均値は推定値よりも低くなるであろうが、そのようなことはあまり多くはないと思われる。

なお、作業空間中のどこかに化学物質が滞留して蓄積してゆくなどということは、科学的にありえない。

読者は、このような単純かつ簡単な式でリスクを求めることについて不安を覚えるかもしれない。しかし、単純な方法というのは、意外に正確な数値が出るものなのである。コンピュータが普及する前の技術者というのは、このような単純な考え方で、様々な複雑な物理現象を解釈していたものである。

とはいえ、あくまでも作業空間中の平均値を用いているので、このモデルによる推定濃度と職業ばく露限界との単純な比較では危険であるから、適当な安全率を乗じなければならない。また、仮に、この推定モデルによる推定濃度が作業環境測定のA測定の平均値に等しいと考えた場合、推定濃度が管理濃度よりも低かったとしても、それは第2管理区分と同等又はそれよりも良好のいずれかであることを示しているに過ぎない。


(5)ばく露量(気中濃度)推定の考え方

先述したように、本ボックスモデルにおいては、化学物質の1日の発散量を「換気量」で除するようになっている。そして、この換気量をどのように考えるかについて、以下に記述する。

なお、この改良にあたり、帝京大学医療技術学部スポーツ医療学科教授の宮川先生に様々なご意見を頂くとともに、貴重な資料のご提供を頂いた。篤く感謝申し上げる次第である。

ア 基本的な考え方

今、ある労働者が次のような勤務をしており、取扱時間である2時間は同じように作業をしているため濃度がそれほど変化しないという場合を想定してみよう。

  • 取扱時間     2時間(実際のばく露時間)
  • 所定労働時間   8時間
  • 実労働時間    10時間

この場合、換気量を"2時間"の換気量と考えると、推定気中濃度は取扱い時間(2時間)中の平均濃度となる。一方、"8時間"を入力すると8時間の平均濃度となり、"10時間"を入力すると10時間の平均濃度となるわけである。

このとき、推定気中濃度は"2時間"を入力したときがもっとも高くなり、"10時間"のときが最も低くなる。

では、職業暴露限界と比較すべき推定気中濃度は、どの時間の平均をとるのが合理的であろうか。

イ 許容濃度の定義

日本産業衛生学会によれば、許容濃度の定義は次のようになっている。

【許容濃度】

許容濃度とは,労働者が1日8時間,週間40時間程度,肉体的に激しくない労働強度で有害物質に曝露される場合に,当該有害物質の平均曝露濃度がこの数値以下であれば,ほとんどすべての労働者に健康上の悪い影響が見られないと判断される濃度である.曝露時間が短い,あるいは労働強度が弱い場合でも,許容濃度を越える曝露は避けるべきである.なお,曝露濃度とは,呼吸保護具を装着していない状態で,労働者が作業中に吸入するであろう空気中の当該物質の濃度である.労働時間が,作業内容,作業場所,あるいは曝露の程度に従って,いくつかの部分に分割され,それぞれの部分における平均曝露濃度あるいはその推定値がわかっている場合には,それらに時間の重みをかけた平均値をもって,全体の平均曝露濃度あるいはその推定値とすることができる.

※ 日本産業衛生学会「許容濃度等の勧告(2020年度)」(産衛誌2020; 62(5))

ここに「曝露時間が短い,あるいは労働強度が弱い場合でも,許容濃度を越える曝露は避けるべきである」とあり、これに厳密に従うなら、「換気量」は実際の取扱い時間である2時間の換気量を用いることが、もっとも妥当ということになる。

しかしながら、「労働時間が、作業内容、作業場所、あるいは曝露の程度に従って、いくつかの部分に分割され、それぞれの部分における平均曝露濃度あるいはその推定値がわかっている場合には、それらに時間の重みをかけた平均値をもって、全体の平均曝露濃度あるいはその推定値とすることができる」ともされており、それであれば、換気量は実際の労働時間である10時間の換気量としてもよいということになろう。

一方、安衛法の「作業環境測定」ではA測定であっても、化学物質を取扱っている時間帯に10分程度サンプリングを行うだけである。規定上はすべてのサンプリングを終えるまでに少なくとも1時間はかけるべきとされてはいる。それにしてもサンプリングを行うのは、異なるポイントのすべてについて、短ければ1時間で終わってしまうこともあるのである。

いずれにせよA測定は平均値とはいっても、実際には化学物質を取扱っている時間帯に10分程度(全体でも最小では1時間)だけサンプリングするわけであるから、換気量を実際の取扱い時間である2時間としたときの結果に近くなると考えられる。すなわち換気量を「化学物質の取扱い時間の換気量」であるとしてリスクアセスメントを行うと、作業環境測定の考え方に近くなり、かなり安全側に立ったものとなるといえるのである。

他方、個人ばく露測定では化学物質を取扱っていない時間帯でもサンプラーを8時間は装着したままにするので、その結果は8時間の平均値となる。これは、1日の所定労働時間が8時間よりも短いなどの理由でサンプラーを短時間しか装着できなかった場合であっても、(理論上は)同じ結果となる。すなわち、400ppmの作業場で2時間だけ装着していれば、結果は100ppmとなり、4時間だけ装着したときは200ppmとなるのである。

従って、この場合は、換気量を8時間の換気量としたときの結果に近くなると考えられる。

ウ 職業暴露限界の考え方

しかしながら、職業暴露限界(OEL)は、通常は、8時間ばく露平均濃度の値であり、そのこととの整合性が問題となる。職業暴露限界を動物実験の結果から算出する場合、動物実験で試験動物に1日あたりばく露させた時間が8時間よりも少ないときは、1日8時間、1週40時間のばく露量に換算してから、これを適切なUF(不確実係数/Uncertainty Factor)(※)で除してOELを算定するのである。

※ 安全率と考えてもよい。①実験動物と人間の種差(ディフォルトでは10)、②結果の重大性(がんなどでは10)、③試験期間の短さ(実験動物へのばく露期間が短い場合、ディフォルトでは最大10)などを考慮して、適切な数値でNOAELの値(を1日8時間1週40時間に換算した値)を除して、職業暴露限界を推定するわけである。なお、職業ばく露の場合、種内差(女性、子供、高齢者など)は考慮しない。

従って、OELと比較すべき気中濃度の推定値は、1日8時間の平均をとることがもっとも合理的であろう。すなわち、通常の物質のOELについては、8時間の範囲内であれば「濃度と時間の積が一定なら毒性も一定」というHaberの法則(※1)が成り立つと考えるのである(※2)。少なくとも許容濃度やTLVは、気中濃度が変動することを前提に8時間の平均値として設定されており、そのように考えても問題はないだろう。

※1 ホスゲンの短期ばく露に関するデータに基づく法則である。長期間に渡るばく露ついても当てはまるとは限らない。なお、Gaylorが、2000年に吸入ばく露に関してこの法則の検証を行い、標的部位における分子の数で影響が決まるような場合は、ヒトに影響を与える濃度とばく露時間の積は一定となるとしている。

※2 STEL値やピーク制限については別途検討が必要である。

ただし、ばく露時間が8時間よりも長い場合にも、このことを単純に当てはめるべきではないと考える。このことは、日本産業衛生学会の「化学物質の個人ばく露測定のガイドライン」においても、個人ばく露測定の結果については、8時間よりもばく露時間が短い場合は、8時間平均に換算してよいとされているが、8時間を超える場合はBrief & Scalaモデルなどで修正をするべきとされている。

なお、例えば1週間に2日程度しか暴露しない場合についてどのように考えるかが問題となる。この点について、Haberの法則は、数日から生涯の広範囲で成り立つとは限らないとするのが、我が国の産業保健の専門家の通説的な考え方であるといってよいと思う。「暫時高濃度曝露の日があっても長期間で平均をとればよい」と考えるべきではないであろう(※)

※ 作業場の気中濃度の管理は、ばく露する日数が少ない場合でもOELによって行うべきである。この点について、産業保健の専門家からは異論をきいたことはない。なお、労災補償の観点について、ばく露日数が極端に少ない場合であっても、まったく考慮すべきでないなどと言っているわけではない。

エ このボックスモデルの考え方

そこで、本システムでは「1日当たりの取扱時間」が8時間よりも長いか短いかで分けて、以下のように処理するようにしている。また、物質ごとに取り扱う時間が異なることもあり得ることから、「取扱時間」は物質ごとに入力するようにしてある(※)

※ これは2016年8月11日のVer2.01以降のものについてである。それ以前の旧版では、すべての物質について一律に「作業時間」を入力し、推定気中濃度は入力された作業時間の平均値を算出するようになっていた。すなわち、この作業時間に、「実際の取扱い時間」を入力するか、「8時間」を入力するか、「実労働時間」を入力するかで結論が異なったのである。

① 「取扱時間」が8時間よりも短い場合

推定気中濃度は8時間の平均値を出し、リスクはこの推定気中濃度と職業暴露限界を比較して算定することとした。

これにより、推定気中濃度は8時間の平均となり、実際にその化学物質を取扱っている時間の平均値よりも低くなることになる。しかし、化学物質を取扱う時間が1日の中でかなり短い場合には、リスクの判定はより合理的なものになるものと考えられる。

② 「取扱時間」が8時間よりも長い場合

推定気中濃度は「取扱時間」での平均値を出すが、職業暴露限界の方をBrief & Scalaモデルを用いて修正して、リスクを算定することとした。

なお、Brief & Scalaモデルの算定式とは次のようなものである。

職業暴露限界(T時間)

     =職業暴露限界(8時間)×8/T×(24-T)/16

従って、取扱時間が10時間の場合、元の職業暴露限界が1ppmの場合は、0.7ppmとなる。

なお、これらの計算はEXCELが自動で行うので、ユーザーが入力するときにそのことを気にする必要はない。


(6)ボックスモデルを用いるメリットとデメリット

どのようなリスクアセスメントの手法にも、メリットとデメリットがある。そのメリットとデメリットをよく理解したうえで、これを勘案して、どのような手法を用いてリスクアセスメントを実施するのかを決める必要がある。

通常は、まず、簡易なリスクアセスメント手法を実施してみて、問題があると考えられるようなら、より詳細なリスクアセスメントを行ってみるのが現実的であろう。

そこで、このボックスモデルを用いるメリットとデメリットを以下に示しておこう。

ア メリット

  • 費用が安い。
  • リスクの大きさが(連続した)数値として表される。従って、より低いリスクレベルを求めて改善を続けるという、OSHMSの理念に基づいた活動が可能である。
  • 混合物にも対応可能である。
  • 発散源が複数あり、さらに発散源ごとに局所排気装置の設置状況が異なる場合にも対応可能である。
  • 1日のうち時間によって発散量に変化がある場合でも、平均値が求められるので、実施が可能である。(この意味では、気中濃度を測定する方法よりも優れているといえる)

イ デメリット

  • 化学物質の発散源の近辺における作業の場合や、発散源の風下における作業の場合には、リスクが正確に出ない。もっとも、このことは他の簡易なリスクアセスメント手法のほとんどすべてに共通していえることではある。
  • 化学物質の発生量が時間によって大きく異なる作業では、ピーク制限のある化学物質については対応できない。ピーク制限とは、短時間であってもその濃度以上にばく露させてはならない値である。例えばACGIHであれば、STEL値が公表されているものである。もっとも、これも他の有害性(慢性ばく露)に関するリスクアセスメント手法のほとんどすべてに共通していることではある。
  • 換気量が分からなければ、使用できない。従って、自然換気のみの作業場では使用できない。
  • 経皮ばく露には対応できない。もっとも、これはボックスモデルの本来の目的が吸入ばく露のリスク判定だからであり、デメリットというべきものではないかもしれない。

2 当サイトのボックスモデルの使い方

(1)まず、当サイトまたはVectorのサイトからEXCELファイルをダウンロードする(当サイトからDLVectorからDL)。なお、このEXCELファイルには、マクロなどは使用していない。ダウンロードしてEXCELファイルを開くと次の図のようになる。

(2)EXCELファイルには、入力の理解の手助けとするために、1例としてすでに2つの物質名や数値が入力されている(※)が、削除して頂きたい(上書きすればよい)。

※ この物質名や数値は、労働安全衛生総合研究所がWEB上で公開している「大阪府の印刷工場」の災害調査報告書(2012年)の再現実験の情報を入れてみたものである。これについては後述する。

ボックスモデル入力画面

図をクリックすると拡大します

(3)ここで入力するのは、太線で囲まれた背景色のないセルの部分である。物質数は最大11物質までしか入力できないが、ほとんど問題はないと考えている。物質数を増やすことは難しくないので、掲示板等で要望があれば増やすことも考えたい。

(4)1日当たりの取扱い時間を時間単位で入力する。ただし、8時間以下であれば、8時間として計算するので結論は変わらない。また、入力しなかったときは8時間として計算するので、8時間以下のときは入力しなくても問題はない。

(5)実施日、実施者、対象作業場及び化学物質の名称は記入しなくても結果は出るが、後で見たときになにをアセスメントしたのか分からなくなるので必ず記入するようにする。化学物質名のところはCAS RN®を入力してもよい(※)だろう。

※ CAS RN®は、たんにこの種のソフトに入力するだけであれば、ライセンスを取得する必要はない。

(6)1日当たりの発散量については、作業空間の気中へ放出される量を記入する。塗装業務などでは発散量は使用した量に等しいと考えて良いが、その他の業務では次の式によって計算する。

発散量 = B -(C+D)

B:実際に使用した量

C:製造した製品等に含まれる量

D:液体や固体の形で廃棄される量

   単位は、リットル又はkg単位で入力し、「1日当たりの消費量の単位」のセルを「リットル」又は「kg」でプルダウンメニューから選択して入力する。なお、単位を入力しないと「kg」として計算されてしまうので留意して頂きたい。

(7)密度は、消費量の単位を「kg」とした場合は入力しなくても結果には影響しないので入力する必要はない。リットルとしたときは、これを入力しないと1日の消費量が「0」となってしまうので必ず入力する。

(8)ばく露限界は、数値を入力する。このとき「ばく露限界の単位」を選択式で入力する。入力しないと「mg/m3」として計算される。なお、ばく露限界を調べる方法は後述するのでそちらを参考にされたい。

(9)局所排気装置の有無の、「有り」「なし」を選択する。この項に入力しないと「なし」として計算される。

   なお、局所排気装置があるときは、気中濃度が10分の1になるように設定してある。これは国際的なリスクアセスメントツールと同様にしたものである。「気化したときの体積」も局所排気装置があるときは10分の1になった値が出力されるようにしてある。

(10)分子量は、暴露限界の単位がmg/m3で定められている場合は入力しなくても結果には影響はない。ただし、ppmで定められている場合に入力しないと、推定気中濃度が「0」と計算されるので留意されたい。

(11)安全率については、ディフォルトで10を入れてある。EXCELのシート上はこのセルにはロックをかけていないので変更が可能である。ただし、この数値を小さく変更することは推奨しない。

(12)必要な数値を入力すると、判定結果に数値が現れる。これが1より小さければリスクは低いと考えて良い。なお、推定気中濃度は暴露限界の単位と同じ単位で表される。

※ EXCELの2ページ目に非表示の行があるが、これはリスクの判定に必要なものなので、削除等をしないで頂きたい。(ロックがかかっているので削除できないが)


3 当サイトのボックスモデルに入力する数値等の調べ方

(1)換気量

ア 換気量の設計値がある場合

換気量は、比較的新しい建造物であれば、設計値(換気回数)があるはずである。基本的には、設計値を用いればよいが、窓を閉め切っていたり吸気口を塞いでいたりすると、設計値の性能がでていないこともあるので留意を要する。

イ 換気量の設計値がない場合

設計値がない場合は、以下の手法により算定できる。ただし、あくまでも簡易な手法である。より正確な数値を求めるためには、トレーサーガスを用いて、濃度の変化を逐次、数か所で測定するなどの手法をとるなどの手法がある。

風速計(中国製なら数千円程度)を使用して建物の外側で換気扇からの風速を調べて、換気扇の面積(フアンの半径の2乗×円周率)を乗じて算出する。このとき、少なくとも5~7点で風速を測定して平均を求めるようにする。なお、建物の内側で風速を測定しても意味はない(通常、換気扇は外側と内側で風速が全く異なる)ので留意されたい(※)

※ 厳密に測定するためには、室内にCO2ガス等を発生させてその減少率から推定する方法があるが、一般の事業者が実施するのは困難である。


(2)職業ばく露限界

ア SDSに職業ばく露限界の記述がある場合

「8.ばく露防止及び保護措置」を見る。以下のデータが記されている場合は、その値を採用する。複数の数値が定めてある場合は、①の値があればそれを用いる。なければ、②又は③のうち低い方を使用する。それもなければ④を使用する。それもなければ、次項(イ)による。

  •  管理濃度が記されている場合はその値を採用する。もっとも、管理濃度が定めてある物質については、作業環境測定を行う必要がある場合が多く、そのときはこのモデルを使う必要はない。
  •  産業衛生学会の許容濃度の数値がある場合はその値を採用する。
  •  ACGIHのTLV- TWAと記されているものを採用する。STELと記されたものは使用してはならない。
  •  上記の値がない場合で、SCOEL値、MAK値、WEL値などが定めてある場合は、それらのうち、もっとも低いものを使用する。

イ SDSにばく露限界の記述がない場合

SDSにばく露限界の記述がない場合は以下の方法により算出することとする。

次の表を用いてGHS分類の結果から化学物質のバンドを求め、その「管理の目標濃度」の欄の数値の低い側を仮のばく露限界であると考えることとする。(従って、D又はE欄の場合はこのツールは使用できない)

なお、この表は、英国HSEが開発したコントロールバンディングの考え方の基礎となっているものである。アの方法を用いる場合より、かなり厳しい結果が出ることとなるのでご留意頂きたい。

もし、信頼できる(GLP適合機関において行われた)動物実験によってNOAELの値が分かるのであれば、そこからばく露限度を算出するという方法もあるが、やや専門的すぎるであろう。

表:GHS分類結果と管理の目標濃度(ppm)
有害性分類
(バンド)
GHSの危険有害性クラス GHSの
分類区分
管理の目標濃度
[ ppm ]
急性毒性
(経口/経皮/吸入)
>50~500
吸引性呼吸器有害性 1,2
皮膚腐食性/刺激性 2,3
眼に対する重篤な損傷性
/眼刺激性
1,2A,
2B
特定標的毒性
(単回ばく露):麻酔作用
その他で分類されないものすべて
急性毒性
(経口/経皮/吸入)
>5~50
特定標的臓器毒性(単回ばく露)
急性毒性(経口/経皮) >0.5~5
皮膚腐食性/刺激性 1A,1B,
1C
皮膚感作性 1,1A,
1B
眼に対する重篤な損傷性
/眼刺激性
急性毒性(吸入)
特定標的毒性
(単回ばく露):気道刺激性
特定標的毒性(単回ばく露)
特定標的毒性(反復ばく露)
急性毒性(経口/経皮) 1,2 >0.5
皮膚腐食性/刺激性 1,2
発がん性
生殖毒性 1A,1B,
2,追加区分
特定標的毒性(反復ばく露)
呼吸器感作性 1,1A,
1B
専門家による判断
生殖細胞変異原性 1A,1B,
発がん性 1A,1B

(3)その他

ア 分子量

SDSに記載されている。政府のモデルSDSでは、「3.組成及び成分情報」の中の「分子式(分子量)」の括弧中に記されている。

SDSによっては、分子量が「モル質量」と表記されているケースもある。単位は記されていないケースが多いが、まれに [g/mol] と記されているものもある。いずれの場合も気にしなくてよい。

分子量が記載されていなければ、大学等で分子量を計算するサイトやツールが無償で、数多く公開されている。「分子量」「計算」で検索されたい。

イ 密度

SDSに記載されている「密度」を用いる。単位に [g/cc]、[g/cm3]、[g/ml] 、[kg/l] などと記されていることもあるが、これらの単位は同じことを表している。また、「比重」の数値を用いてもかまわない。「比重」には単位は記されていないが、その数値をそのまま使用する。

なお、括弧書きで温度が記されているケースがあるが、その温度が使用温度と違っていても、固体や液体の密度は温度ではそれほど変化しないので、この推定方法で精度に影響を与えるほどの誤差はない。

複数の異なった数値が示されている場合がある。根拠となった文献の違いによるものと考えられる。その場合は、安全のため大きい方の数値を使用するようにする。


4 実証した結果

実際に、このモデルを使用してみよう。具体的には、労働安全衛生総合研究所がWEB上で公開している「大阪府の印刷工場」の災害調査報告書(2012年)の再現実験において、同研究所が使用した化学物質の量と報告書に示されている換気量を用いる。

同報告書によると、再現実験は、「DCMとDCPを混合し(各々容積比で53.6%と46.4%)、1時間当たり1.75リットル(1.75ℓ/hと表記する。)使用する」とある。なお、DCMとはジクロロメタン、DCPとは1,2‐ジクロロプロパンのことである。

従って、1日(8時間と仮定)あたりの使用量は以下の通りとなる。

  • ジクロロメタン 1.75×8×0.536=7.504 [リットル]
  • 1,2‐ジクロロプロパン  1.75×8×0.464=6.496 [リットル]

また、換気量は、3,344 [m3/時間] と記されている。

そこで、EXCELファイルを用いてこのモデルで気中濃度を推定すると、

  • ジクロロメタン         109.19ppm
  • 1,2‐ジクロロプロパン     57.08ppm

となる。

この値と、同研究所の報告書の実測値を比較すると、次の表のようになる。

本モデル
による
気中濃度
推定結果
安衛研の再現実験による気中濃度(実測値)
S1 S2 S3 S4 S5 S6 平均
DCM 109.2 190 110 130 120 90 70 118.3
DCP 57.1 80 50 60 60 40 30 53.3

※ 単位[ppm]

1つの作業場だけの例にすぎないが、本モデルによる推計の結果が、かなり正確な数値となることが分かるであろう。作業環境中の気中濃度管理には、この程度の精度が出れば十分である。ただ、同研究所が正確に使用量や換気量を調べており、またこのモデルに適合しやすい条件の下での実験であるからこその結果という面はある。換気量や化学物質の消費量の値が不正確だと結果も不正確になることはいうまでもない。

しかし、工場内の測定位置によって、実測値がかなりばらついている。標準偏差はDCMが37.6、DCPは16.0で、標準偏差/平均はDCMが31.8、DCPが30.0となる。

従って、この作業場だけから判断する限り、安全率を少なくとも3以上にする必要があるといえる。なお、これは1作業場の結果に過ぎず、また発散量や換気量の誤差があることも考慮して、このサイトのEXCELファイルではディフォルトを10としたものである。


5 最後に

本ツールについては、かつて著者(柳川)が日本印刷産業連合会の安全衛生部会委員をしていたときに、印刷工場のリスクを簡易に判定することができないかと考えて考案したものが元になっている。その際には、中央労働災害防止協会技術顧問の櫻井治彦先生から熱心に御指導・御助言を頂くとともに、参考となる資料を頂いた。深く感謝する次第である。

本ツールを用いた結果について、著者(柳川)はいかなる責任を負うものではない。内容を理解したうえで、自己責任で使用して頂きたい。

CMR物質(発がん性、変異原性、生殖毒性のある物質)については、本ツールが使用できないわけではないが、より詳細なリスクアセスメント手法(実際に測定するなど)の補助的な手段として用いて頂きたい。


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