事故防止に最も必要なものは、ルール(法令)の遵守ではなく、実質的にリスクを管理して「事故を起こさないこと」です。これは誰もが分かっていることですが、少なくない企業でそうはなっていない実態があります。
規則が分かる専門家ではなく、リスクの分かる専門家を育成することが急務です。そして、そのような専門家の活用を図ることも重要でしょう。
それこそが、事故を防止するために必要不可欠なことです。
1 大切なことは法律順守ではない
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福島第一の原発事故から10年が過ぎた。現在もなお、地元住民や避難民はその負の遺産に苦しんでいる。廃炉処理はめどがたっておらず、汚染水は太平洋に排出しようとして周辺国家との軋轢を引き起こしている。
福島第一の事故について、事故調査・検証委員会委員長を務めた畑村洋太郎氏が次のように述べておられる。この論稿は、大いに参考となるもので、3月号の第3回と合わせて熟読されることをお勧めしたい。
福島原発の海水ポンプを停止させ、地下配電盤をも浸水させた大津波は、外部から指摘され、東京電力自身も計算していたが、仮定が非現実的と否定し、それに対する準備を行わなかった。人は「見たいもの・見たいことしか見ない」「都合の悪いことは考えない」の典型例である。
※ 畑村洋太郎他「組織を強くする失敗学 第4回 福島原発事故に学ぶ(2:背景要因と将来に向けて)」(安全と健康 Vol.22 No.3 2021)
つまり、東京電力は、事故が起きることが分かっており、かつ、容易に防止できたにもかかわらず、漫然とリスクを放置して事故を起こしたのだ(※)。東京電力が現実を直視して、弥縫策でもよいから必要な対策をとっていれば、この危機は発生しなかったのである。
※ これについては、私のサイトの「福島第一原発事故はなぜ起きたのか」を参照して頂きたい。
私は、東京電力のこのような態度の背景には、「実質的なリスクではなく、法令や通達を見て仕事をする」という体質があると考えている。さらに言えば、「事故を起こさないことではなく、自らに責任が降りかからないこと」を重要視するという体質である。
そして、もうひとつ付け加えれば、専門知識や能力のあって“発言する”社員ではなく、如才のないイエスマンが重用される体質があるということだ。その結果、福島第一災害が発生したときに、東京電力の幹部が無能な人物ばかりになっており、そのことが被害を拡大させたのである。
2 法令を守っていればよいという意識が事故を起こす
畑村氏も前掲書で述べておられるが、明治維新以来、私たちの社会に定着した『正しいやり方を覚える』教育や、『正しいやり方を繰り返す』マニュアル方式の訓練では
、災害を防止することはできないのである。
もちろん、『正しいやり方』を徹底することは重要ではある。しかし、自らリスクを考えようとせず、また『正しいやり方』が定められた背景・理由を理解していなければ事故は防げないのである。
「青信号になったら渡る」ことを徹底することは大切である。だが、それでは事故は防げないのだ。
【私が経験したヒヤリ・ハット】
先日、私自身が経験したことだが、夜間に交差点で信号を待っていて、青になって渡り始めようとしたときのことである。突然、後ろから「危ない!」という叫び声が聞こえた。
黄色信号ぎりぎりで交差点に投入した電気自動車が音を出さずに横断歩道に突っ込んできたのである。この自動車は、私の前にいた女性のぎりぎりの位置で止まった。
幸い、事故にはならなったが、私の前に数人の歩行者がおり、この自動車の前方に位置していた。一つ間違えれば池袋の事故が再現されていたところである。
普段は、青信号に変わっても左右を確認してから渡るようにしているのだが、このときは「危ない!」という叫び声が聞こえるまで自動車に気付かなかった。覚えていないが、たぶん人の流れにつられて歩き出し、確認をしていなかったのであろう。
信号を無視する自動車はあり、また、池袋の事故のように医師に止められているにもかかわらず運転をする者もいるのであるから、「信号を守る」(ルールを守る)だけでは安全のためには十分ではないのである(※)。
※ 池袋の事故は、被害者の側には過失や落ち度はない。被害者の側が注意していても防げなかった事故であり、加害者の側に全責任があるというべきである。
3 福島第一の事故はどうすれば防止できたのか
福島第一の事故は、東京電力の責任で起こされたものであり、私は、人災であると考えている。津波の発生について、警告は出されていた。東京電力自身もそれを想定した予測をしていた。
しかし、専門知識のない無能な人物ばかりが、決定権限を持つポストについていたために対策がとられなかったのである。彼らは、「法令で決まっていない」ことをする必要はないと判断したのである。
安全に対する専門知識やリスク管理の考え方の軽視、これこそが東京電力の体質であり、事故を引き起こし、さらに事故後に被害を拡大させた最大の理由であった。
労働災害の防止も同じことである。ルールを守らせることは、もちろん重要ではあるが、自ら災害のリスクを理解できる人材の育成こそが、災害防止には役立つのである。
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