福島第一原発事故は予測できた




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福島第一で発生した事故について、東京電力は10m以上の津波の発生と全電源喪失を予見することは不可能だったと主張しています。

しかしながら、これはまったくの虚偽と言うべきです。事故の前にそれを予見することが可能だったことは事実によって証明されつつあります。

自らを省みることのできない東京電力は、再び、同じ過ちを繰り返すことになるでしょう。




1 はじめに

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最終改訂:


(1)福島第一原発事故の発生

日本の東北の1エリアに過ぎない福島が、チェルノブイリとTMIと並んで今では世界中で知られるようになっている。この世界を震撼させた事故は、福島第一原発を巨大な津波が襲った時点で、すでに人間にできることは、ほとんど残されていなかった。

しかし、その時点ではその深刻さに気付けた者はごく一部だった。多くの日本人は、メルトダウンが起きるなどとは思ってもいなかった。世界各国の一部の原子力の専門家たちはそれに気付くことができていた。そして、日本の総理官邸と福島第一原発の吉田所長はそれを明確に認識していた。吉田所長とその部下、それに少なくない下請けの労働者、さらには自衛隊、警察、消防の関係者は、それからの数日間、命がけといってもよい状況で、事故の拡大防止に努めた。

しかし、その英雄的な行為も、その多くは、ほとんど役に立たなかったことが現在では分かっている。事故は、我が国の国土の数分の一を失うことになりかねない惨事に発展しようとしていた。だが、いくつかの偶然と奇跡的な幸運によってそのような事態とはならなかった。しかし、それは人間の活動によって防止したのではなく、たんなる幸運に過ぎなかったのだ。


(2)福島第一原発は巨大な時限爆弾だった

そう、地震の寸前まで、福島第一は巨大な時限爆弾のようなものだったのである。外部電源が失われた状況で巨大な津波が来れば、我が国の国土の数分の一を失いかねない事故が発生することが確実といってよいような状況で運用されていたことが今では明らかとなっているのだ。


(3)事故は起きるべくして起きた

ア それは本当に想定外だったのか

では、外部電源の喪失と巨大津波の来襲が同時に起きるなどということは、想像することもできないような、異常な事態だったのだろうか。東電を擁護する人々は、そのような津波が来るとはだれも思わなかったと主張している(※)。だがそうではなかったのだ。

※ 東電を擁護し、事故が不可抗力だったと主張している例として、例えば、門田隆将著「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日」(2012年)などがある。

平成29年3月17日の前橋地裁判決は、この点について次のように判示した。やや長いが引用することとしよう。文中の赤下線の強調は柳川による。

【前橋地判平成29年3月17日より】

(前略)以上を総合するに,ⅰ)長期評価は,本件原発の臨む太平洋の三陸沖北部から房総沖の日本海溝で,M8クラスの津波地震と同等の地震が公表時から30年以内に20%程度,50年以内に30%の確率で発生すると推定しており,この長期評価は,本件原発の津波対策を実施するにあたり,考慮しなければならない合理的なものであること,ⅱ)被告東電は,津波評価技術策定の1か月後には,津波評価技術を本件原発に当てはめた試算を行っていること,ⅲ)長期評価が波源モデルを示していなくとも,ある領域における波源モデルを他の領域に転用して津波数値解析計算を行うという計算手法は,地震学においては直ちに計算できる一般的な手法であったことからすると,遅くとも,長期評価が公表された平成14年7月31日から数か月後には,長期評価の知見をもとに津波評価技術の計算手法を用いて長期評価が挙げた明治三陸地震の波源モデルを福島県沖にずらして想定津波の計算をすることが可能であったということができ,ⅳ)その計算結果は,被告東電が平成20年5月頃に行った計算結果(敷地南部でO.P.15.7m等)に照らし,本件原発の敷地地盤面を優に超えるものになったと認められる

(中略)

以上をもとに,上記5の事情等も総合して検討すれば,被告東電は,平成20年試算を実施した結果,本件原発にO.P.+15.7mの津波が到来するとの結果及び溢水勉強会のシミュレーション結果を得たのであるから,O.P.+15.7mの津波によって全電源喪失に至る危険性があることを認識していた。そして,被告東電は,策定者及び策定経緯等から長期評価の重要性を認識していた上,長期評価の知見を津波対策に当たり考慮すべきという地震学者からの意見も得ていたし,このような意見を検討した結果,被告東電内部でも津波対策を必須とするという意見が出ていた。

そうすると,被告東電は,遅くとも平成20年5月の時点において,本件原発の敷地地盤面を優に超えて,非常用電源設備を浸水させる規模の津波が到来する具体的な可能性及びそれによる全電源喪失の具体的危険性につき,これを予見していたものということができる。

(中略)

被告東電は,平成18年5月11日開催の溢水勉強会第3回会合において,本件原発5号機の想定外津波に係る検討状況の報告を行った。

これは,5号機に,O.P.+14m(5号機の敷地高さ+1mの津波を想定して設定された数値)及びO.P.+10m(上記仮定水位と設計津波水位(O.P.+5.6m)の中間の津波を想定して設定された数値)の津波高の津波が到来し,この仮定水位の継続時間を考慮しない(津波が長時間継続するものと仮定)という条件下における溢水シミュレーションの結果をその内容とするものである。

上記報告によれば,5号機は,O.P.+10mの津波水位において,残留熱除去海水系ポンプ(RHRSポンプ)及び非常用ディーゼル発電設備冷却系海水ポンプ(DGRWポンプ)が機能を喪失し,O.P.+14mの津波水位において,上記に加えて原子炉建屋(RB),タービン建屋(TB)及びサービス建屋(SB)がいずれも浸水し,海側に面したタービン建屋大物搬入口及びサービス建屋の入口から津波が流入しタービン建屋の各エリアが浸水すること,その結果,電源設備の機能喪失が生じてSBOに至る可能性があることが報告された。

※ 前橋地判平成29年3月17日

さらに、朝日新聞(※)によると「東京電力が東日本大震災前に、福島第一原発が想定を超える津波に見舞われる恐れがあると、経済産業省原子力安全・保安院に説明していた」という。また、同じ記事は「東電は06年の国際会議でも、設計の想定を超える津波が来る確率が『50年以内に約10%』とし、10メートルを超える確率も約1%あると発表していた」とも記している。

※ 朝日新聞DIGITAL2011年8月24日記事「震災前に10メートル超の津波試算 東電、福島第一で」による。

すなわち、東電は巨大津波が来ることを想定していたのである。そればかりか、津波によってSBO(全交流電源喪失)になることまで"想定"していたのだ。

イ 事故の簡単な経緯

(ア)地震発生

では津波の発生を想定したのであれば、その後でできることはなかったのだろうか。なぜ、福島第一原発は、津波によって、このような惨事が起きることが確実な状態で放置されたのだろうか。その問いに答える前に、福島第一原発の経緯を簡単に振り返ってみよう。なお、事故の詳細は「福島第一原発事故を引き起こしたもの」に詳細に述べてあるので、関心のある方はそちらを参照して頂きたい。

福島第一原発は、1号機から6号機まで6基の原子力発電機を保有しており、東日本大震災が発生した2011年3月11日には、1号機から3号機は稼働中で、4号機から6号機は定期点検中だった。

(イ)冷却の必要性(電源の必要性)

地震が発生すると1号機から3号機は非常停止した。しかし、原子力発電機の燃料は運転を停止しても熱を出し続けるので、冷やさなければならない。冷やし続けないとメルトダウンを起こし、また熱で容器内の圧力が高まって破裂するおそれがあるのだ。

また、それぞれの原子炉建物の中にある使用済み燃料が入っているプールも水を入れて冷やし続けなければならない。使用済みと言っても熱は出している。冷やさなければ、水が沸騰して失われ、燃料が溶融してしまうのだ。しかも、こちらは稼働中の燃料と違って頑丈な容器に入っているわけではない。とりわけ4号機については定期点検のため使用中の燃料も入っているので状況は深刻だった(※)

※ 米国政府は、稼働していた1号機から3号機よりも、燃料がプールに入っている4号機の方を心配していた。東電本社は、当初、点検中の4号機は問題ないと考えていた節がある。

そして、これらを冷却するシステムは、一部の装置を除いて電源がなければ作動しないのである。

(ウ)外部電源の喪失

ところが、地震で外部電源が失われてしまう。なお、この外部電源は東電からのものであった。福島第二は東電と東北電力の2系統の外部電源を有していたが、福島第一は東電の電源だけを受電しており、東北電力の電源は工事用にわずかな容量のものがあるだけだった。

しかし、そのときは非常用のディーゼル発電機(DG)が自動的に起動したので問題はなかった。

(エ)全電源の喪失

ところが、14時46分に津波が遅い、非常用電源の機能が喪失してしまうのである。

田辺(※)によると、海水による水冷発電機10台が津波の影響で機能を失ってしまい、次いで、空冷式の発電機は3台を除いて水没して使用不能となった。さらに、残った3台のうち2台は電源盤が水没したため使用できなくなってしまうのである。

※ 田辺文也「メルトダウン」(2012年岩波書店)16 頁~17頁

全ての交流電源が喪失したのである。核燃料を冷やすことができなくなったのだ。放置すれば、核燃料がメルトダウンを起こして、容器内の圧力が高まり、破裂してしまう。

東電は、電源車の準備を官邸に依頼するとともに、バッテリーの発注をメーカーにかけた。電源車の方は、官邸の手配によって11日の深夜には福島第一に続々と到着した。しかし、高圧用と低圧用のものばかりで、福島第一で必要としていた480Vのものはなかったのである。これは、福島第一の電源が国内でもかなり特殊なものだったためだが、東電は官邸に電圧のことを話していなかったのだ。

結局、高圧の電源車の電源を福島第一内の変圧器を介して480Vに落として使用しようとした。しかし、電気がないため、瓦礫の散乱する中を、手作業で重量のある高圧ケーブルを敷設しなければならない。結局、作業に時間がかかりすぎ、1号機の建屋が水素爆発する寸前まで配線が間に合わなかった。そのため、爆発でせっかく敷設した配線が破損してしまうのである。

一方、バッテリーの方は、民間の業者に発注したのだが、周辺が立入禁止となったため、業者は福島第一へ運送することができなかった。そのため、近くの東電の関連施設へ運んだのだが、その東電の施設では被ばくを恐れてバッテリーの運送を行わなかったのである。

福島第一では、所内の車のバッテリーを集めて対処しようとしたが、計器類を見ることができるようになっただけだった。冷却用の電源を回復させることはできなかったのである。

(オ)事故の経緯

福島第一の各原子炉は、津波の後、以下のような経緯をたどっている。

① 5号機及び6号機

6号機用の発電機は1機が被害を免れた。これは5号機にも電力を送り、5号機と6号機の冷却は可能であった。そのため、これらは事故にはなっていない。

② 1号機

1号機は、交流電源が失われたばかりかバッテリーも水没して使用できなくなってしまった。電源がなくても使用可能なICという冷却装置があったが、これも電源がないと、起動と停止の操作ができないばかりか、動作状態も分からない。そして、津波発生後、実際にはICは動作しなかった。

その後、一時的にバッテリーが回復し、ICが動作していないことが判明したため、回復したバッテリーの電源で一旦は起動したのである。ところが、運転員の誤解によって停止してしまうのである。そのため、1号機は、津波の1時間後にはメルトダウンし、発生した水素によって翌12日の15時36分に建屋が爆発してしまう。

③ 2号機

2号機も同様に、交流電源とバッテリーが失われたが、こちらは電源がなくても使用可能なRCICが自動起動した。そのため時間的な余裕はできたのだが、これはいつまでも作動を続けられる装置ではなかった。16日の6時10分に格納容器が破損し、内部の放射性物質が放出されてしまう。

④ 3号機

これに対して3号機は、交流電源は失われたもののバッテリーが水没を免れた。そのためHPCIという高圧注水システムを作動させることができたのである。ところが、バッテリーを充電するための電源はない。このため、バッテリーがなくなる寸前にHPCIを止めて消防ポンプで注水しようとしたのだが、圧力が高すぎてできなかった。結局メルトダウンを起こし、14日の11時1分に建屋が水素爆発を起こしてしまう。

⑤ 4号機

4号機も建屋が爆発するが、これは使用済み燃料が保管されていたプールから水が失われたためではなかった。他の建屋の水素が4号機の建屋に漏れて爆発したものであった。

ウ 事前に対策をとることは実は簡単だった

ここまでの経過によって、事前に対策を立てることはできなかったという東電の主張(※)を信じることができないことは明白である。以下、簡単に論じてみよう。

※ 東電は民事訴訟でそのように主張していた。

(ア)バッテリーの上階への移設

各建屋の中にあるバッテリーを建屋の上階に移設しておけばどうなっただろうか。このときの津波で、海水が窓のない原子炉建屋の上階まで来ることはなかった。また、そのようなことは起きないといってよいだろう。

そして、3号機はわずかに津波の水面よりも高いところにバッテリーがあったため、水没を免れて機能を失わなかった。そのため、メルトダウンが起きるまでにかなりの時間がかせげたのである。仮に、1号機と2号機のメルトダウンが3号機と同じだけ遅れていれば、12日に行った電源車の配線の完了は、メルトダウンに間に合ったのである。

事前のバッテリーの上階への移設しておくことは簡単だった。工事期間は2週間も必要なかっただろうし、費用も一千万円とはかからなかっただろう。

(イ)480Vの発電機の建屋上階への設置等

さらに、このことは平成29年3月17日の前橋地裁判決も言っているが、480Vの変圧器を建屋の上階に設置し、併せて電源盤などの主要な電気回路を建屋上階に移しておけばどうなっただろうか。その答は明確である。そうしておけば、交流電源は、津波によって喪失することはなかったのだ。

原子炉の冷却は問題なく行われ、地震と津波による影響は建屋の損壊だけですんであろう。

そして、これも事前に行うには、数か月の工期と数千万円程度の費用でできただろう。

(ウ)480Vの電源車の配置

さらに、これも前記前橋地裁判決も言っているが、480Vの電源車を複数台、特注して付近の高台に分散して配置しておけば、対策はより確実となっただろう。仮に建屋内の発電設備が失われても、近くの高台から電源車を運ぶのには1時間もかからなかっただろうし、電圧も480Vならすぐに接続できたのである。

もちろん電源車があっても、配電盤が損傷していたらそれぞれの装置に直接、接続しなければならなくなるので、事前に配電盤を建屋上階に移しておく必要はあろう。しかし、結果論としては、今回の事故では配電盤の一部は機能を失っていなかったのである。すなわち、480Vの電源車が近くにあれば、他に対策をとっていなくても事故は防げた可能性が高いのだ。

電源車の製造にはかなりの費用と期間がかかるかもしれない。しかし、それにしても製造には半年もかからなかっただろうし、1台につき数千万でできたのではなかろうか。

(エ)ICについての事前の教育など

さらに言えば、今回の事故では1号機のICを運転員が止めてしまったことが事故を大きくした原因となった可能性がある。すなわち事前に、運転員にICについての教育を行っていれば、事故は防げた可能性があるのだ。

また、事故後、福島第一では職員に配る水や食料が不足していたという。これも、東電の大きなミスである。事前に水や食料などを十分に備蓄しておくか、事故の直後に自衛隊から協力の申し入れがあったときに、水と食料などの補給を依頼するべきであった。そうすることによって、事故対応がより適切になった可能性があるのだ。


2 実は、あまりにもばかげた事故だったのだ

(1)問題の所在

ア 津波は"想定外"などではなかった

過去、我が国の太平洋側で10mを超えるような津波の記録はいくらでもある。1896年に岩手県大船渡市を襲った明治三陸津波は、遡上高から約38.2mの高さだったと推定されている。そして、岩手県大船渡市と福島県双葉郡の間の距離など、地球規模の災害のレベルでは目と鼻の先なのだ。

地球的規模で発生する地震津波は、特定の地域について、過去に10mを超えるような記録がないからという理由で、これからもその地域には起きないと言えるようなものではないのである(※)

※ 現に、2100年3月11日に福島第一原発を襲った津波の高さは15mであったとされている。

しかも、福島に限っても869年の貞観地震津波の記録があり、最近の研究では遡上距離3~5km、遡上高6mなどという推定も一部で行われている。

このように見れば、海岸にリーフがあるわけでもなれば、松島のような島嶼があるわけでもない福島で、将来的に10m以上の津波はこないなどと"科学的に"いえるようなものではないだろう。

イ 彼らは津波を"想定"していた

実際には、先述したように、東電は10m以上の津波が来ることを想定していたのである。東電は、科学的に確実なことではなかったと主張しているが、確実性を云々するような話ではない。そもそも自然災害を確実に予想しろといっても無理なのだ。"科学的"に確実な予想をしなければ何もしないというのは、自然災害に対する対策などとらないと言っているようなものだろう。

にもかかわらず、福島第一原発はわざわざ地盤を削って海から10mの高さにして建築している。福島第一原発の敷地に入って海を見たとき、津波が襲って来たらどうなるかと不安を覚えた者も多かったのではなかろうか。これは、信じがたいほどの愚かな行為というより他はない。

ウ 津波が来ればどうなるかは簡単に予測できた

津波が来れば、そして敷地内に海水が入り込めばどうなるかは、電気工学のごく初歩の知識があり、かつ原発内の電気回路の状況がどうなっているかを知っていれば簡単に分かる。現に、東電は、事前の勉強会で巨大な津波を想定し、かつそれによって全電源喪失が起きるだろうと予測していたのである。

そして、どのような対策をとるべきかは、工業高校の電気科の知識があれば分かるようなことだ。

また、海水が電気を流すということは、理科の好きな中学生でも知っていることだ。海水を浴びたら特殊なものを除いて電気製品が使えなくなることも中学生レベルの話である。一般的な鉛バッテリーが海水を浴びたら使えなくなることも同様であろう。

エ そのときの被害の大きさも予測できた

そして、そうなれば日本の数分の一の面積が立入禁止区域になりかねないような事故が発生するおそれがあるのだ。

チェルノブイリの周辺地域がどうなったかを知っていれば、簡単に予測がつくことである。


(2)東電は、とるべき対策をとらなかった

ア 対策はとらなければならなかった

巨大な津波が来る可能性があるということは、子供にでも予測できることだ。そして津波が来れば、大規模で深刻な災害が発生するような状況になっていたことも分かっていた。そして、その対策といえば、工業高校の生徒でも分かるようなごく簡単なことで、さしたる費用も掛からないことだったのである。

すなわち、リスクとコストを衡量すれば、対策を取る必要があることは明らかだったのである。

イ この事故の責任は東電にある

にもかかわらず、驚くべきことに、東電は巨大な津波の発生をないものとして、対策をとろうとはしなかったのだ。

この事故は、"想定外"の事故などではなかった。簡単に予測でき、しかも簡単に予防できた、実にバカバカしい事故なのである。そして、このような事故を起こした責任はすべて東電にあるのだ。


3 なぜ東電は事故対策をとらなかったのか

(1)それは意図的だった。

志村(※)によると電力中央研究(電中研)所研究者OBの話として、原発の電源が全部喪失したときの研究をしていなかったのかについて、「その研究はタブーだった。そうした研究は東京電力が許さなかった」という話が紹介されている。

※ 志村嘉一郎「東電帝国 その失敗の本質」(文藝春秋2011年)201頁

これが事実とすれば、そのような研究をすることさえさせなかったというのは、やはりただ事ではない。危機管理の研究というものに、タブーがあってはならないのである。事前の危機管理(リスク管理)はすべての状況を想定して行われなければならない。それをしていなかったというのであるから、東電の"危機管理"は、本来の意味の危機管理ではなく、別な方向を向いていたしか言いようがないのである。


(2)東電は"リスクゼロ"を装った

ようするに東電は、リスクゼロを装ったのだ。現実には、どのようなシステムでもリスクゼロなどはありえない。リスク管理は、どのようなリスクが存在するかを冷徹に分析して、存在するリスクをどのように容認できるレベルまで引き下げるかを検討するのが神髄なのである。にもかかわらず、東電は、"リスクはゼロである"従って"対策は立てる必要はない"と、国民を欺こうとしていたと言えるだろう。

要は、「不都合なことはないものとする」ということだ。これに反対するものは反会社の立場とみなすということでもあろう。これは、実にばかげた行為である。これではリスク管理などできるわけがない。


(3)東電の幹部は"リスクゼロ"を信じていたのか

彼らが、愚かにも、本気で"リスクはゼロである"と信じていたのか、それとも意図的にだましていたのかは分からない。だが、もし、本気で全電源喪失が起きないと考えていたとしたら、東電の幹部職員の知能のレベルは全員分を合わせても高校生のレベルに達していなかったのである。

確かに、事故後の東電本社の幹部職員の無能ぶりを見れば、それもあながち納得できないことではない。電力という、最近まで競争相手のいなかった商品を販売する国策会社の幹部たちには、危機における管理能力など全くなくても困らなかったのであろう。彼らはマスコミ対策や、政治家対策について優秀な能力を持っていたのだろうが、危機における対応の能力や専門的な知識は欠けていたのである。

事故発生後には、官邸に対して、事故の状況を満足に説明することもできず、菅総理(当時)からベントの状況について聞かれても答えることができなかった。それどころか、官邸に対して誤った情報を何度となく伝えているのである。

この東電本社の無能と無責任のために、官邸の判断を誤らせ、被災者の避難を妨げたといっても過言ではあるまい。また、彼らは、無責任かつ唐突に計画停電を実施して、国民の生命を危険に陥らせたりもしたのである。

このような無能さのゆえに"原発のリスクはゼロだ"と本気で信じていたのであろうか。だとすれば、このような企業に原子力発電所のようなものを委ねておくことは、我が国を危険に陥らせる行為だとしか言いようがないだろう。


(4)なぜ東電は"リスク"を見ようとしなかったのか

ア 相互に批判をしない体質はなかったか

もちろん現実には、東電には優秀な職員が多かったはずである。彼らにはリスクの存在が見えていたはずなのだ。だが、なぜ対応をとろうとしなかったのであろうか。

かつて我が国が米英と戦争を行ったとき、勝てないということは政府の高官には分かっていた。御前会議で御製を詠んだ天皇も、無責任にも内閣を放り出した近衛も、陸軍から開戦に反対の立場を明らかにして欲しいと頼まれて拒否した米内も、海軍に対して開戦に反対だと明言して欲しいと頼んだ東条も(※)である。軍の尻馬に乗った広田やナチの信奉者だった松岡は別かもしれないが、誰もが戦争をすれば負けると分かっていて、口には出さなかったのである。これは、無責任としか言いようがないだろう。

※ 東条など陸軍は、表向きは対米戦賛成の立場をとっていたが、日本にその能力がないことはよく分かっていた。そのため海軍に対して、「海軍が反対してくれれば陸軍も考える」と伝えていたのである。ところが米内や山本ら海軍側が、戦争をすれば負けると分かっていたにもかかわらず、米国との戦争に反対すれば予算が削られることを恐れて開戦に反対しなかったのである。なお、事実かどうかは不明だが、勝子夫人によると、開戦の詔勅を発する前日、東条は皇居に向かって泣いていたという。

東電の内部も、同じような状況だったのではないだろうか。誰の指示というのでもなく、"原発のリスクはゼロだ"という"空気"に逆らうことができずに、自縄自縛になっていたのではないだろうか。

誰も"王様は裸だ"、"福島第一原発は津波に対してぜい弱だ"と言わなかったのである。

イ 自ら考える習慣がなかったのではないか

これは私の印象だが、東電という企業は、法違反の状態になることをひどく嫌うのである。法律に定められていることであれば、律義にこれを守るのだ(※)。しかし、自分の頭で考えようとしていないのではないかという印象を受けることがしばしばあった。"法令に書いてある"、"行政の通達に書いてある"ことばかり大切にして、そこで思考を停止してしまい、安全のために何が必要なのかを自分で考えて、それをしようとしないように思えるのだ。

※ 私に見えているのは、表向きのことだけであるが・・・。

そのくせ法令などで規制をかけられようとすると、猛然と反発する体質も併せて持っているようにも見えるのだが・・・。

ウ 自らの責任を認めて失敗に学ぶ習慣がないのではないか

事故の4日後に、不思議な動画がYouTubeにアップされた(※)。その内容といえば、「この事故は原子力時としてはチェルノブイリに比較して大したものではなく、すぐに漏洩した物質はなくなってしまう。事故対策に当たる東電に感謝しよう」という趣旨のものだ。

※ 事故直後の2011年3月15日にYouTubeに「うんち・おならで例える原発解説~『おなかがいたくなった原発くん』」という動画がアップされた。福島第一原発の事故は大したことはないという内容である。翌16日には高画質版もアップされ、3月17日には英語の字幕入りも登場している。4月1日には解説付きの版も配信されている。

子供向けに素人が作ったように見せかけているが、実際にはプロが作ったとしか思えないものだ。なかなかよくできていることは認めなければならないだろう。英語版や詳細版もできていることを考えれば、安く見積もっても数百万はかかっただろう。もっとも内容的にはレベルの低い噴飯ものである。東電を擁護する連中は、このようなものを作る能力にはたけているようだ。

また、翌2012年には、この事故が大したものではなかったとする内容や、事故における東電の対応を称賛する内容の文献が相次いで出版された(※)。これらの文献の中には、ほぼ同時期に出されたものもある。

※ 例えば、池田信夫「原発『危険神話』の崩壊」(PHP新書2012年2月)、藤沢数希「『反原発』の不都合な真実」(新潮新書2012年2月)、門田隆将 前掲書(2012年11月)など。

ところで、福島第一の現場で原子炉に海水の注入を始めたとき、これを知った東電の武黒フェローが無責任にもこれを止めさせようとしたことがある。詳しくは別稿に記しているが、武黒フェローが菅総理(当時)に対して海水の注入まで時間があると説明しており、説明と違っていたので、責任を追及されることを恐れて海水注入の方を遅らせようとしたとしか思えないのである。

そして、武黒フェローは、海水の注入を止めさせたことを官邸の責任にしてしまうのである。この一点を見ても、東電が自らの責任逃れに汲々として、事故の収拾と国民の安全を二の次にしたことが分かろうというものだ。

ところが、門田氏の前掲書では、これを菅総理の責任であるかの如く表現しているのである。ここまで露骨に東電を擁護しているのを見ると、東電がこれらの著書の発刊にかかわっているのではないかと思えてくるのだが、如何なものであろうか。


(5)東電の体質に問題があったのだ

私には、東電のこれらの体質こそが、この事故を防げなかった最大の理由ではなかろうかと思えるのだ。相互批判をすることをせず、"原発はリスクゼロ"という社内の空気に逆らうことができず、また自らの頭で判断しようとしない体質こそが問題なのである。

さらには、様ざまな不祥事を起こしておきながら、それに対して反省することをせず、真摯に再発防止をしてこなかったことにも問題があるのではなかろうか。

津波が来れば、深刻な状況になるということが分かっていたにもかかわらず、そして対策は簡単にできたにもかかわらず、誰もそれを言い出さなかった、これこそが問題なのである。


4 ばかげた事故を繰り返さないために

(1)福島第一は、いつかは爆発する時限爆弾だった

福島第一原発は、先述したように、津波が来たときに深刻な災害を引き起こすようにセットされた巨大な時限爆弾だった。わざわざ津波の被害を受けやすいように地盤を削って建設地を10mまで下げた。外部電源は東電からの1系統のみとして地震で壊れやすいようにした。非常電源とバッテリー、さらには電源盤などの制御回路を津波の被害の受けやすい地下や地階におき、その条件で6基の原子力発電所を建設したのである。

これですべての準備はそろったのだ。大規模な地震がくれば、1系統だけの外部電源が失われる確率は高い。そこへ10mを超える津波が来れば、すべての電源が失われるように、条件は整えられている。しかも、必要な電源は480Vという特殊なものだ。簡単に他から電源車を準備することもできないし、もちろん、近くに配置もしていない。

地震と津波がやってくれば、すべての電源は喪失し、原子炉はメルトダウンを起こし、格納容器は破裂して膨大な核燃料は飛散するだろう。


(2)「福島第一は安全だ、なぜなら安全だからだ」

危険だという指摘と警告はしばしば受けた。だが、警告は無視された。なぜなら"原発はリスクゼロ"でなければならないからだ。そうでなければならないのだから、それに反することを研究することは許されない。それに反することを口に出すのは、リスクが理解できていない非科学的な連中だから無視すればよい。なぜなら"原発はリスクゼロ"だからだ。

津波への対策をとるのは簡単だが、対策をとってはならない。なぜなら、対策をとるということは、それまでは"原発はリスクゼロ"でなかったことになるからだ。


(3)そして事故は起きた

そして時限爆弾を爆発させるための地震と津波は、唐突にやってきた。最悪のケースにならなかったのは、たんに幸運だったからにすぎない。


(4)ではここから何を学べばよいのか

繰り返すが、この事故は予測し得たし、防ぎ得たのである。特に高度な専門知識がなければ予測できなかったわけではない。津波についての警告を聞きさえすればよかったのだ。そうしなかったのは無能と無責任と自然の驚異に対する傲慢さの故である。

この愚を繰り返さないためには、すべてのリスクを真摯に洗い出すことである。過去の経緯や法律やルールなどに縛られるのではなく、自らの頭で考えることだ。また、自らの頭で考える職員を忌避しないことである。

そして、リスクが高いと判断されるなら、できるところから対策をとっていこう。創意と工夫が我が国の経営の神髄なのだから。


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