なぜ我が国の先端技術力は凋落したのか




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AI技術のイメージ

※ イメージ図(©photoAC)

「ひとつの妖怪が世界を彷徨ほうこうしている。AIという妖怪である」

ここ数年、こう言いたくなるほど、世界中でAI技術への注目が集まっています。肯定的にとらえるか、否定的にとらえるかは別として、ホモサピエンスの命運、とりあえずは配送業務などの単純な業務に従事する人々の命運がAI技術にかかっていると多くの報道機関や評論家たちは信じているようです。

しかし、AIもまた人類の作り出したテクノロジーである以上、より人類にとって良い方向に使いこなすことを考えるべきです。それよりも、私は、我が国の基礎的な技術力が、この分野で世界に大きく遅れていることの方が不安になります

かつての我が国は、IT技術において高度の技術力を有すると信じられていました。しかし、それははかない幻想に過ぎなかったようです。パーソナルコンピュータ、インターネット、そして人工知能などの先端IT分野において、開発の面でも応用の面でも、もはや日本は米国や中国は言うに及ばず、多くのアジア諸国にも引き離されています。

政府与党に属する政府高官たちは、AI技術に我が国が大きく遅れていることに、危惧の念を抱くことさえないようです。なぜ、我が国の先端技術力はここまで凋落ちょうらくしてしまったのか。これを回復するためには何をなすべきか、真剣に考えるべきときです。




1 我が国の大企業の労務管理の現状

(1)私自身の某IT関連企業勤務の経験から

ア 技術者が働きやすい環境を実現する気のない総務部門

(ア)かつてのIT産業の長時間労働

執筆日時:

ICのイメージ

※ イメージ図(©photoAC)

明治大学の博士前期課程を修了した私は、日本の某総合電機メーカに就職を決めた。世界中どこへ行っても、名前を言えば子供でも知っているような大企業である。そこで私はICの主力工場へ配属された。

そこで待っていたのは、驚くほどの長時間労働であった。平日だけで、所定外労働時間が所定内労働時間(当時は48時間)よりも長かったのである。それに日曜の休日労働が付け加わるのだ。だが、そのことは本稿の本旨ではない。


(イ)夕食を喫らせずに長時間の残業を強要

問題は、あまりの働き方の不合理さであった。その日のうちに帰れることはまずないにもかかわらず、夕食がれないのである。建前上は 17 時から 18 時には帰宅していることになっており、当然のようにサービス残業である。

そして、制度上 17 時か 18 時に帰宅する社員には社内の食堂で夕食を喫ることは認められていなかったのである。また、いったん社外へ出て食事を喫って戻ることも禁止されていた。

ばかばかしい話ではあるが、建前上は早く帰っている技術者に食事を喫られると総務部門が困るらしい。技術者にとっては酷い苦痛であり、健康にも悪影響があったが、まったく意味のあるものではなかった。


(ウ)ついに昼食さえ喫らさないことも
疲労のイメージ

※ イメージ図(©photoAC)

そればかりか、昼食まで喫れない状況が出てきた。設計のために試作したICの試験をする必要があり、社内のICのテスターと呼ばれる高価な装置を使用するのだが、その使用は現場部門が最優先されていた。

そのため、設計部門は昼休みに使用せざるを得なかった。そうなると昼休みが終わってから食事を喫らざるを得ない。ところが、建前では昼休みは働いていないことになっている(※)。そのため、勤務しているべき時間中に食事を喫っている状態になっていた。

※ 法律を遵守する総務部門が、昼休み中に技術者に休憩をとらせないことなどあり得ないからである。

そして、総務部門から驚くような文書が流れてきたのである。「間接部門の職員が休憩時間外に食事をしているとの指摘が現場からあった。そのようなことはしてはならない。今後、職員を交代で食堂の前に見張りに立たせる」というのである。実際に、私も見張りに駆り出されたことがある。

ついに朝から翌日未明まで食事さえとらせずに働かせるようになってしまったのだ。これでは、職務の効率が上がるわけもなかった。十分な食事と睡眠を確保して、1日、8時間働かせる方がよほど仕事の成果が上がっただろう。


(エ)総務部門の不合理な行為に誰も声を上げない組織

仕事が忙しいから長時間労働をせよというのは、逆効果ではあるが経営者の論理としてはそうなのだろう。また、法律的な問題があるから残業手当が払えないという会社の考え方は分からないではない(※)

※ もちろん、当時でさえ、このような長時間労働は労働基準法に違反する犯罪行為である。これをごまかすため、実際には働いていないことにして賃金を支払っていなかったのである。むろん、これも労基法違反なのだが・・・。

しかし、それならそれで、食事や通勤の手段は総務が責任をもって確保するべきである。監督署が入ったときに言い逃れができるように、技術者に食事さえ喫らせないというのは、インパール作戦の司令官と同じ発想である。

あまりにもバカげていた。そして、もっとバカげていることは、大人数の事業場であるにもかかわらず、誰もそれを解消しようとして声を上げることさえしなかったことだろう。

このような組織では、競争力のある独自の製品を作り出すことなど不可能に近い。いや、そもそもそのような製品を開発しようという気概がないのではないか。私が、この会社の将来に不安を感じるようになったのは、このようなばかばかしい理由からだった。


イ 仕事のやりかたが不合理すぎた

(ア)仕事の方法とコンピュータの性能

さて、入社後、2年ほど経つと、顧客から注文を受けた個別のICの回路設計をまかされるようになった(※)。しかし、それならそれで知識不足を補うため、体系的にICの回路について学習したかったのだが、それは許されなかった。

※ まかされるようになるまでの期間は人によってかなり異なる。

結局、不十分な知識のまま回路を設計し、会社のコンピュータのシミュレータを使って動作確認をするしかなかった。延々と試行錯誤を繰り返すのである。ところが、当時、社内のコンピュータへの負荷が急激に増加しており、能力不足のため動きが遅いどころかそもそもタスクが受け付けられないことさえ多いのである(※)

※ さすがにその後、工場長の英断で高性能のコンピュータが導入されて改善されたが、総務部門はムダだとしてこれに反対していたと聞いた。私は、あのとききちんと学習をさせてくれて、かつコンピュータの性能が最初から十分であれば、ごく短期間で正確な設計ができたと今でも思っている。

このため、眠らず、食事もせずに長時間の労働が続くのだが、到底、必要なものとも合理的なものとは思えず、仕事の効率は地に落ち、個人的にもストレスがたまるのである。


(イ)意味のない仕事の連続

ICの回路設計のプロセスとして、コンピュータシミュレーションで動作を確認すると、実際の製造工程で、少数のサンプルを試作する。このときは、プラスチックでマウントせず、ガラスのパッケージでICの表面に直接触れることができるようになっている。

これで、動作を確認し、不良があれば回路に変更を加えて、さらに修正したものを試作するのである。試作品が最初から完全に動作するということは少なく、ほとんどの場合、修正が必要となる。

困っている男女

※ イメージ図(©photoAC)

この修正の工程で、延々と意味のない作業をさせられたのである。設計者には回路設計とパターン設計という2種類の設計者がおり、私が担当していたのは回路設計だった。ところが、パターン設計をするグループの課長クラスの人物から、修正のために、あれを試せ、これを試せといろいろ指示をしてくるのである。

それが多少考えれば無意味だと分かるような指示ばかりなのである。意味がなくても上級の者の指示には従えというのがその会社の風潮で、意味のない指示でも従わざるを得ない状況であった。そのため、無駄と分かっている作業を行い、失敗したという(予想通りの)レポートを書くのに時間を取られて、まともな仕事ができないのである。

「やりがい搾取」という言葉が後に生まれたが、そこには「やりがい」さえなかった。しかも、そのために食事をせずに、睡眠時間を削った長時間労働が続くのである。今思い出しても、私の中にストレスが急激にたまっていった。


ウ 4年で退職して労働省へ転職

技術者の仕事をたんに時間でしか評価せず、その職場での業務経歴の長短だけで仕事の決定権を定めるような企業では、将来性はないだろうと考えるようになっていった。とはいえ、経歴もない若造では転職もままならない。

偶然、そのころ、友人で国家公務員の上級職試験(現在のⅠ種試験)を受けようとしていた者がおり、問題集を見せてもらったのである。これなら、合格できるのではないかと思い、電子・通信の部門で受験してみたところ、自分でも驚いたことにトップの成績で合格した(※)

※ 詳細は「私の青春=高校から修士を自力進学」を参照されたい。

退職願い

※ イメージ図(©photoAC)

実は、公務員試験に合格した後で、会社の異動希望の制度を利用して、ダメモトで中央研究所への異動を希望してみた。希望が認められれば辞めるつもりはなかったのである。しかし、課長は「君のためにならない」という理由でその受け取りを拒否した。そのため、公務員への転職活動を始めることとしたのである(※)

※ 公務員試験は採用試験ではない。それに合格することは採用の前提に過ぎず、その後で、各府省に採用される必要があり、就職活動が必要になるのである。

今だから言うが、当初は電子技術総合研究所などの研究機関を希望していた。しかし、別なある研究機関の幹部職員(研究者)の方から「あなたの会社とは共同研究をしているし、これからすることもあるだろう。引き抜きのような形になるのはまずいので、研究機関での採用は難しいのではないか」との助言を受けた。

そのようなこともあり、結果的に、関心のあった労働行政に身を投じたのである。年齢が年齢なので、将来の処遇のことを考えて、労働省でも採用を迷ったと後で聞いた。


エ その企業のその後

はねつける

※ イメージ図(©photoAC)

転職後に、前の会社から大学の就職担当の教授に抗議の電話があったと、大学の恩師から知らされた。就職担当の教授は、私を擁護して抗議をはねつけたとのことである。私としては、抗議するよりも労務管理の在り方を改善する方が先だろうにという気がしたものである。

だが、結果的にそのとき転職したのは正解だった。その後、IC産業は、その会社のみならず日本全体で衰退してゆくのである。私のいた工場は会社から分離させられ、他の大手電機メーカのIC部門と合併して新企業となったが、結局は、それでもうまくいかず経営不調となっていくのである。

その後も、他の大手電機メーカーのIC部門の吸収を繰り返しつつ、強引なリストラを続けることになる。多くの技術者が早期退職を余儀なくされたと聞く。急成長していた韓国やマレーシアなどアジア諸国のIC産業に高給で引き抜かれた技術者も多かったようだが、必ずしも転職が成功したケースばかりではなかったようだ。

結局、私が4年間を過ごしたときが、わが国のIC部門の絶頂期だったのである。その後、IC産業だけではなく、日本のIT産業は、ことごとく急速に凋落ちょうらくしてゆくのである。


(2)我が国のIT産業の著しい遅れ

ア IC産業の発展は一時的な徒花に過ぎなかった

かつて我が国のIC産業は世界を席巻しているかに見えた。九州はシリコンアイランドと呼ばれ、世界へのICの最大の供給源となっていたのである。ジャパン・アズ・ナンバーワンと評され、我が国の国民は日本は世界の一流国になったと思い込んだのだ。

しかし、それは表層にすぎなかった。奥深いところで問題はIC産業を蝕んでおり、現実はまったく異なっていた。当時、我が国のICが世界に通用したのは、それほど技術力を必要としない製品だけだったのである。

技術力が必要なパソコンのCPUは、インテルとAMDの独占状態であり、その工場もマレーシアなどにあった。日本は、本当の意味で先端の技術力が必要な分野には、まったく食い込めていなかったのである。

要は、「ていねいに時間をかけさえすれば誰にでもできる商品を他より安く売る」ことが、我が国のIC産業の競争力の実態だったのである。そして、経営者はそこからの脱却を図るのではなく、まさにその成功体験に執着していたのである。

結局、そのやり方では、遅かれ早かれ、賃金の低い発展途上国に敗北することは、少し先が見える者であれば誰の目にも明らかだったのだ。そして、いったん敗北すると、発展途上国の賃金水準が上昇してきても、再び、勝利することはできなかったのである。


イ パソコン、ネット関連産業の先進技術開発力のなさ

(ア)パソコン関連部門
コンピュータのイメージ

※ イメージ図(©photoAC)

パソコンの創成期において、そのOSはマイクロソフトとアップルが、ほぼ独占状態で、日本は競合することさえできなかった。

その後、リーナス・トーバルズが Linux を開発して公開し、OS分野へ一定の食い込みを果たし、サーバーの世界においては急成長をしている。

しかし、日本できたことは、これらを利用して「ていねいに時間をかけさえすれば誰にでもできる」プログラムを開発するか、せいぜい下請けとして日本語版の開発をすることだけであった。


(イ)ネット関連技術
WEBのイメージ

※ イメージ図(©photoAC)

ネット関連の技術といえば、ブラウザ、検索エンジン、SNSの3つは、誰にでも思いつくものである。

ブラウザの歴史を振り返ると、第一次ブラウザ戦争で Microsoft のIEが Netscape を打ち負かして、ブラウザ界の覇者となる。しかし、第二次ブラウザ戦争でIEは Google の Chrome に完敗し、Microsoft が その後継として開発した Edge もまた Chrome の軍門に下ることとなる。

この第二次ブラウザ戦争に参加したのは、IE、Firefox、Opera、Safari、Chrome、Edgeなどであり、ここでも、日本は参戦することさえできなかったのである。

検索エンジンの分野では、Microsoft、YAHOO(※)、Google が激しく争い、結果的に検索順位を広告料によって上位にあげることをしなかった Google が勝利を収めることとなる。

※ YAHOO Inc.は、ジェリー・ヤンとデビット・ファイロが設立した米国の企業である。Yahoo! JAPAN にはZホールディングスの資本が入っているが、検索エンジンの開発に携わっているわけではない。

検索エンジンは、各国で独自のものを開発すれば、他の国のものが競争力を持つことはなさそうに思えるが、ここでも日本はまったく勝負ができなかったのである。

SNSは、当初は、各国で独自のものが開発された。各国で文化や考え方が異なっているため、各国独自のSNSが一定のシェアを確保したのである。中国では同国独自の WeChat、Weibo、Baidu Tieba などがよく使われており、韓国でも同国独自のメッセージアプリである Kakao Talk が一定のシェアを誇っている。また、ブラジルでは、Google の提供であるが orkut がかつては Facebook を寄せ付けなかった。

日本では、SNSの黎明期には、国産の mixi がかなりのシェアを誇っていたが、現在では、Twitter と Facebook の前に衰退しているのが現状である。とは言え、日本製(※)のスマホ向けの無料通話・チャットアプリである LINE は、我が国のSNSでは最もよく用いられている。

※ 2ちゃんねる(5ちゃんねる)をSNSだと考えれば、現在でも国産のSNSが一定のシェアを確保しているといえる。しかし、これは会員登録制度がないため、あくまでも巨大掲示板というべきものである。

ただ、SNSは検索サイトなどと違い、それほど高度な技術を必要とするわけではない。また、LINEも、タイ、台湾、インドネシアを除けば、ほとんど海外には浸透していない。

全体としてみれば、ネット関連技術でも、日本には世界的な先端的な技術開発力で競争力を持った企業はないといってよい実態なのである。


(ウ)人工知能

人工知能の技術は、ChatGPT の公表でわが国でも一気に関心が高まっている。これはディープラーニング(Deep Learning)型の人工知能技術である。2017年に世界トップ棋士の柯潔に勝利した Google のアルファ碁もこのシステムを用いている(※)

※ なお、1997年にチェス世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフに勝利した IBM の Deep Blue は、従来型のコンピュータプログラムであり、人工知能とは無縁である。

人工知能については、米国と中国がトップを争っており、日本は順位競争の中に入ってさえいないというのが現状である。残念ながら、シンガポールにも及んでいないというのが実態である。

この分野では、米国及び中国では、優秀な人材が寝る間も惜しんで、効果的に開発作業に従事している。そして、彼らの得ている収入や待遇は、日本の大企業の経営者を凌駕していることもめずらしくない。

我が国の技術者が、行政や企業において冷遇されており、しかもその能力を発揮する機会が与えられていない状況と大きな違いがあるのである。


(エ)マイナカード等、政府発注ソフトでの不具合の続出

また、政府が威信をかけて発注したソフトで、一流の企業が受注したにもかかわらず、不具合が続出している。最近だと新型コロナ接触確認アプリ cocoa やマイナカードでも不具合が続出しているのである。

cocoa に関しては、その性格からきわめて短期間で納品せざるを得ないため、若干のミスが出るのはやむを得ない面はある。しかし、統合テストを行っていなかった(※)ために不具合が出たというのでは、基本をおろそかにしたためミスが出るべくして出たとしか評価しようがないのである。

※ COCOA不具合調査・再発防止策検討チーム「接触確認アプリ「COCOA」の不具合の発生経緯の調査と再発防止の検討について」(2021年4月)

マイナカードの不具合は、その原因は、前の使用者がログオフしないまま次の使用者が情報を打ち込んだり、利用者が他人名義の口座をひもづけるなど、運用上のミスという面もある。

しかしながら、マイナカードはデジタル技術の使用に慣れていないことを前提にすべきシステムなのである。このような運用ができてしまう仕組みになっていることが問題なのである。

政府が威信をかけて開発したシステムがこれでは、わが国の技術力は、UIに関するノウハウや技術さえ育っていないのである。短期的にローリスクの利益を上げることしか眼中になく、「ていねいに時間をかけさえすれば誰にでもできる商品を他より安く売る」経営スタイルに拘泥しているわが国の経営者がもたらした結果が、この現状なのである


2 なぜ、我が国のIT技術は競争力を持てないのか

(1)我が国のIT産業の大きな欠陥

ア 日本のIT産業が発展しない原因は何か

少子化が進んでいるとはいえ、日本にも欧米各国と同レベルの数の若者がいるのである。彼らの中には、ビル・ゲイツやジョブス、ザッカーバーグのような、先見性のある才能豊かな者もいるはずである。日本の若者が、欧米諸国やアジア各国の若者よりも、全般的に才能レベルが低いなどということはありそうにない。

にもかかわらず、これだけ日本が遅れているのはなぜだろうか。私には、日本の企業の人事労務管理が最大の要因だと考えている。あまりにも、若い異能のある労働者の能力を見出して活用する能力が不足しているのだ。そればかりか、幹部職員は専門知識が不足しており、リスクのあることをやりたがらないのである。

そして、もうひとつは、小中高の教育の在り方である。どこかに「正しい解」があって、それを「覚えておく」技術が最善であるという意識を植え付けられてしまうのだ。これでは、自分でものを考えようとしなくなるのである(※)

※ 労働安全衛生の分野でも、「労働災害を起こさないこと」ではなく、「法令や行政の通達に違反しないこと」を重視する企業があるが、これも学校教育の悪弊ではないかという気がする。

日本の安全の担当者に、こういうことをすると危険だからしてはならないというと、驚くべきことに「法律的な根拠は何か」という質問が返ってくることがある。どうして、「何故危険なのか」「災害を防止するためにどのようなことに注意するべきか」という質問が返ってこないのか、残念に思う。


イ 日本のIT産業の最大の欠陥

我が国のIT産業で働く若い技術者には、不満を抱えている労働者が多いように思う。たんに入社から〇年経過した技術者ということだけで、評価されてしまうのでは技術力を身に着けて会社に貢献しようという気は薄れてしまうだろう。

欧米や中国の企業は、新規事業を展開しようとするときは、信頼できる専門家を他社から引き抜いてでも集めて、専門家としての活用を図るのである。これに対し、日本の企業は、子飼いの技術者を長時間働かせて自己啓発の時間を与えず、しかもその潜在的な能力を評価しようとも活用しようともしないのであるから、競争力ができないことは当然である。

日本のIT産業の最大の問題点は、技術者をその能力・知識で評価しようとせず、新卒か中途採用か、継続年数はどの程度か、過去の職歴はどうかといった本人の能力とは別な要素で評価することである。ひどいケースになると出身大学のブランドで評価したりする。そして、権限を有する幹部職員に専門知識が不足しているばかりか、専門知識を身に付けようという気さえないケースが多いことである(※)

※ これは日本の企業全体に言えることで、IT産業のみについてのことではないと思うが。

また、いったんドロップアウトした技術者が、その専門能力によって他の企業で活躍できる場所がほとんどないため、どうしても優秀な技術者がひとつの企業の中で「飼い殺し」になることを選ぶようになってしまうのである。バカバカしい話ではあるが、技術者がある程度の収入を確保しようと考えれば、大企業の中で上から言われたことを忠実に守っていることが最良の方法になっているのである。

そればかりか、日本では優秀な技術者が、その能力によって評価され、高い能力を有する者が厚遇されるという現状になっていないのである。

残念ながら、米国と中国の優秀な技術者が、専門的な能力を発揮する場が与えられ、さらに成果次第では好待遇が得られる状況とはまったく異なるのである。


(2)日本の教育制度の欠陥

ア 自らの頭で考えることを排除する日本の教育

つまらない教育のイメージ

※ イメージ図(©photoAC)

さらに根源的な問題として、我が国の教育制度の持つ重大な欠陥があると思える。

我が国の若年者に対する教育(小学校から高校まで)は、どこかに「オフィシャルな正しい答え」があり、それを考えることもせずに丸暗記することを主要な目的としている。これは物理学ではなくたんなる単純作業である。これでは授業が面白くないし、興味も持てないのは当然である。

これは、いわゆるブラック校則も同じことである。ルールを決めたのだから、何も考えずにそれに従っていればよいということでは、誰も、自分の生き方に責任を持つという意識は生まれないだろう(※)

※ 最近、YouTube での迷惑行為が報道されるが、自らの行為で、企業が大きな損害を受けるばかりか、自分の一生や家族の財産ににも悪影響を与えかねない行為をするのも、根源はここになるのではないかと思える。

日本の学校教育は、基本的に自らの頭で考えるということを排除するのである。数学でも物理学でも、「問題の解き方」は教えるがその意味を教えたりはしないのである。これでは、世界に通用する人材はドロップアウトしてしまう。


イ そして企業も害されている

私が、最初に勤めたIC工場で、新人の技術者には、高卒の新卒者に物理学を教えるという仕事をさせられた。高卒者の能力を図るための試験問題を作るように言われたので、私は次のような問題を作成したのである。

【私の作成した問題】

  • 秤の上に大きなメスシリンダを置き、水で満たして上から比重が水よりも大きな質量mの物体をメスシリンダ内に落とした。このとき、物体が重力Wと浮力Fしか受けていないとすると、物体が完全に水中に潜った後、底に着くまでの加速度はどうなるか。
  • このとき、秤の指示する値は、物体を入れる前に比してどれだけ大きくなるか。
  • また、沈んでいる途中に水の粘性の抵抗を受けために、この物体の沈む速度が等速になった場合、秤の指示する値はどのようになるか。
  • ある気体の定容比熱と定圧比熱では、どちらが大きいか。また、その理由は何か。
  • 昼の空は青く見えるが、夕方になると夕焼けで赤く見えることがある。このことから青い光と赤い光では、どちらが散乱しやすいかを説明せよ。
  • 摩擦のない坂道を摩擦のない円盤をころがしたところ回転せずに滑り落ちた。一方、同じ形で、同じ質量の摩擦のある円盤を摩擦のある坂道で転がしたところ、回転しながら転がっていった。どちらの方が速く移動するか。また、その理由は何か。

正直に言って、2番目と3番目はほとんど答えられないだろうと思ってはいた。だが、私としては、高卒者に自分の頭で考えるということをして欲しかったのである。

ところが、この問題は総務部門から却下されてしまった。物理の問題とは、高校の教科書に書かれている公式に、数字を当てはめれば解答できるものでなければならないそうである。

却下の理由を聞いたとき「だめだこりゃ」というのが感想だった。もちろん、総務部門とこの企業がである。そして、事実、だめだった。

だが、これは我が国の高校教育の欠陥に、総務部門が害されている結果でもあろう。これでは、独創的な技術など開発できるわけがない。

なお、最初の授業で、私は高卒者に「社会人になったからには、自分の責任で生きる必要がある。これからは生徒ではない。自分の足で立って、自分の頭で考えるようにせよ」と訓辞を垂れた。この最初の授業には総務部門の職員が立ち会っていたのだが、私がいなくなってから「柳川の言うことは間違いだ」と述べたそうである。

この会社の従業員は、自分の頭で考えてはいけないらしい。


(3)政府高官の危機感の欠如

また、IT技術を推進する立場にある政府高官のITに関する専門知識の低さは深刻といえる状況になっている。総理に専門知識がないのはやむを得ないし、批判されるようなことではない。

しかしデジタル大臣が河野太郎氏というのは、欠陥人事としか言いようがない。河野氏は、ブロック太郎という異名を持つほど批判に弱い人物という定評がある(※)。それは、ともかくとして、あまりにも知識がないのである。

※ 不思議なことに、私の産業保健アカもブロックされている。

自分の名前を ChatGPT に尋ねてみたら間違った答えが返ってきた(※1)とさも本質的な欠陥であるかのように指摘してみたり、人工知能の技術をマイナカードに活用する例として住所表記の揺れの認識を挙げたりしている(※2)。ディープラーニング型の人工知能技術の本質と特性が理解できておらず、そのため、人工知能と従来型のOA技術の区別がつかないらしい。

※1 2023年5月15日 Bloomberg「ChatGPTは日本のデジタル担当相が誰かを知らない-河野太郎氏

※2 2023年6月7日 中日スポーツ「『Excelでええやん』河野太郎デジタル相“マイナ保険証”AI導入提言にネット白熱 「日本の住所のヤバさ」トレンド入り

一方、事務方の初代デジタル監だった石倉洋子氏が、自身の WEB サイトに著作権を侵害する写真を掲載していた(※)など、あまりにもネットの世界の常識に欠ける人物が就任していたことがある。

※ 2021年9月3日 朝日新聞「デジタル監の石倉洋子氏、無断転載を謝罪 個人ブログに見本用画像

いまどき、個人サイトで著作権侵害防止用のかしの入った写真を用いるなど、よほど不注意な素人でもしないだろう。デジタル大臣やデジタル監には、専門知識を有する民間人を就任させるべきである。素人をこれらの職務に就ける政府の「本気度」は容易に想像がつくというものだ。


3 最後に

最後になるが、現在、我が国がIT産業で大きく世界レベルから遅れていることは誰の目にも明らかである。GAFAM はすべて米国の企業である。また、BAT(Baidu:百度、Alibaba:阿里巴巴、Tencent:騰訊)のような企業も育っていない。

かつて、国内ではパソコンの独自規格で一世を風靡した NEC もはるか以前に IBM 互換路線に切り替わって久しい。日本語ワープロソフトでさえ、一時は国内メーカが国内のかなりのシェアを誇っていたが、すでに Microsoft の Word の前に見る影もない実態である。

日本の大手電気メーカのIT部門は、どこもぱっとしない。とは言え、そのことを、今更、指摘してみてもしかたがない。ただ、急速に没落してゆくわが国の未来を変えるためには、少なくとも次のようなことが必要だと私は考えている。

【日本の先端技術の再生のために】

  • 政府も企業も、半年とか1年で成果の確実に上がるローリスク・ローリターンの事業だけでなく、将来に向けて無駄となるリスクのある基礎研究に資本を振り向けること。
  • 政府も企業も、人事を行うに当たって、過去の実績だけで「処遇人事」をするようなことを止め、その人物のその時点での能力を評価して人事を行うこと。場合によっては、忠誠心などは評価の対象から外すこと。
  • 小中高の理科系の学校教育は、「与えられた公式を使って答えを出す」ことを教える無意味な教え方を直ちに止めること。公式の持つ意味を教えて、自ら考えるという習慣を持たせること。
  • 政府は、本気でデジタル化を進めたいのであれば、デジタル化を推進する部門の責任者には、民間の専門知識を有する者を高給で就任させること。

日本人の若者には、優秀な人材も多いはずである。しかし、日本ではオリジナリティーのある優秀な人材はつぶされてしまう傾向がある。おそらく、ビル・ゲイツやジョブス、ザッカーバーグのような人物が日本に生れていたら、おそらくドロップアウトしていただろう。

生物界では、すべての種において、不合理な行動をとる固体が必ず現れる。彼らの多くは、その不合理な行動のために子孫を残せずに死滅してしまう。ところが、環境の激変によって「多数派」が絶滅してしまうような状況となったとき、不合理な彼らの行動が逆に合理的となって、種の保存に役立つことがあるのだ。

わが国は、このような不合理な行動をとる固体を徹底的に排除することで発展してきた。しかし、現在のようなテクノロジーの激変期に、そのときの成功体験に執着していては、日本の将来は危ぶまれるというべきだ。

ビル・ゲイツ、ジョブス、ザッカーバーグ(※)のような、天才的だが既存の枠に収まらない若者たちの活躍の場が与えられる仕組みの構築が、今何よりも求められている。

※ 私は、ザッカーバーグの社会・国際問題に関する考え方を支持するものではない。むしろ、彼の考え方には批判的であることを注記しておく。


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