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NHK過労死事件に学ぶ再発防止

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記者

「未和 NHK記者はなぜ過労死したのか」(岩波書店2019年5月)を題材に、過労死を引き起こす企業の特徴や、再発防止のために何が必要なのかについて考えます。

労働災害が発生したときに、そこに向き合おうとしない組織は同じ事件を再発させます。広告大手D社は、まさに事件を繰り返しました。NHKはどうなのでしょうか。



1 はじめに

執筆日時:

最終改訂:


(1)プロローグ

最初に感じたのは、これほど心の中がザラっとする書籍を読んだことはめったにないということだ。だが、なぜこれほど心の中がザラつくのだろうか。佐戸未和さんと同じ病気で亡くなった友人を想いだしたことも確かにある。だがそれだけではない。

本書に書かれている佐戸さんの職場=というよりNHKという組織の対応にやりきれなさを感じるからだ。これでは、NHKの報道をよりよいものにしたいという思いで頑張って、その結果として亡くなった佐戸さんが救われないだろう。

今回の “映画と労働安全衛生” のシリーズは、映画から外れてNHKでドキュメンタリー番組の映像制作に携わっておられる尾崎孝史氏のルポタージュ「未和 NHK記者はなぜ過労死したのか(岩波書店2019年5月)を取り上げる。なお、本稿で「本書」というのはこの著書を指す。


(2)佐戸未和さんの過労死の公表の遅れ

私が佐戸未和さんの過労死事件のことを知ったのは、2017年10月5日の朝日新聞DIGITALの記事(※)によってである。私の知る限りでは、朝日新聞のみならず、毎日、産経の各紙とテレビではNHKとフジテレビが報じている。なお、これらの報道は、NHKの公表に基づいて行われた。

※ 朝日新聞DIGITAL2017年10月5日「亡くなった時、携帯を握ったまま… NHK記者過労死」。なお、少なくとも朝日新聞DIGITALはその前日に第一報「NHKの31歳女性記者が過労死 残業、月159時間」によって報じている。

ただ、そのとき不思議だったのは公表の時期である。佐戸さんが過労死したのは2013年7月である。また、労災として認められたのは2014年の5月なのだ(※)。それがなぜ、逝去から4年3か月、労災認定から3年5か月が経ってから公表されたのだろうか。

※ 本書には正確な日時は記されていないが、民事についても、かなり前に調停が成立していたようだ。ただ、一般論としては、この種の調停には内容を外部に漏らさないという協定が結ばれることが多い。


2 NHKによる佐戸未和さんの過労死の報道の経緯

(1)当初の公表はなぜ遅れたのか=報道による経緯

ア 当初のNHKの見解

2017年10月4日の朝日新聞記事(※)によると、朝日新聞からの問い合わせに対し、NHK広報は「当初は遺族側から公表を望まないとの意向を示されていたので、公表を控えていた。佐戸さんの死をきっかけにした働き方改革を進める上で、外部への公表が必要だと判断した」と回答したとされている。

※ 前述の2017年10月4日朝日新聞DIGITAL記事「NHKの31歳女性記者が過労死 残業、月159時間」

すなわち、ご両親の意向ではなく、「佐戸さんの死をきっかけにした社内の働き方改革を進める上で、外部への公表が必要だ」と自ら判断したとしていたのである。

イ 翌日になってNHKの見解が微妙に変更される

ところが、翌10月5日の毎日新聞記事(※)では、ややニュアンスの異なる報道がなされている。

※ 2017年10月5日毎日新聞記事「<NHK会長>女性記者過労死、遺族の不満知り公表

やや長いが引用すると、次のようである。

【毎日新聞記事より】

NHKによると、認定後に同センターの責任者が両親に謝罪し、毎年8月に自宅を弔問していた。佐戸さんの死をきっかけに働き方改革の研修などを始めたが、佐戸さんの名前など過労死の詳細は伏せられていたため、今年7月末の弔問の際に両親から『不徹底ではないか』と指摘されたという。上田会長は『代理人から両親が公表を望んでいないと聞いていた。その後、両親の考えが少し変わったと報告を受け、真摯に対応するよう指示した』と説明した

※ 2017年10月5日毎日新聞記事「<NHK会長>女性記者過労死、遺族の不満知り公表

すなわち、公表を控えていたのも、改めて公表したのも、NHKとしての判断ではなく、ご両親の意向に従ったのだと説明が変わったようなのである。

ウ ご両親のコメント

一方、翌10月5日の朝日新聞(※)にはご両親のコメントの全文が掲載された。

※ 2017年10月4日朝日新聞DIGITAL記事「記者過労死、両親がコメント『NHK内への周知が本意』

それによると、次のようにされている。

【ご両親のコメント(朝日新聞記事)】

電通事件をはじめ長時間労働による過労死問題については、社会の目は厳しくなっており、社会の木鐸として、NHKの果たす役割は大きいものがあります。NHKで過労死関係のニュースや番組製作・放送の現場で取材や編集や解説に携わっている方々が、当のNHKの社内で過労死が発生している事実さえ知らない状況であり、自らの襟を正して報道の任にあたって欲しいと思います。毎年、未和の命日にはNHKの幹部の方が焼香に見えていましたが、今年はこちらから連絡するまで音沙汰がありませんでした。

未和の過労死について、社内への周知が私たちの本意であり、社外への公表はNHK自身で最終的に判断されたものと私たちは考えています

※ 2017年10月4日朝日新聞DIGITAL記事「記者過労死、両親がコメント『NHK内への周知が本意』

すなわち、NHKが佐戸さんの過労死について、社内に伝えていなかったことに対して、ご両親が抗議したというのである。その部分は、毎日新聞の記事と整合している。しかし、同記事で上田会長が述べたという「代理人から両親が公表を望んでいないと聞いていた」などということを伺わせるようなことはどこにも記されていない。

だが、仮にご両親が「公表」を望んでいなかったという認識をNHKが持っていたとしても、社内に伝えることは「公表」ではないだろう。社内に伝えずに真摯な再発防止策がとれるのだろうか。これでは隠ぺいと言われてもしかたがないのではなかろうか。

ここでは、私の経験では、自分にとって都合の悪いことを隠そうとするものは、過去の過ちを正そうという姿勢に欠けることが多いとだけ指摘して、話を先に進めよう。

エ ご両親による会見

さて、その約1週間後の10月13日には、ご両親が厚生労働省内で会見を開き、NHKの説明が事実ではないと明言されたのである。

朝日新聞の記事(※)によると、「佐戸さんの死後4年余りにわたってこの事実を公表しなかった理由について、NHKは『遺族側の要望で公表を控えていた』と説明しているが、佐戸さんの父は会見で『事実ではない』と反論した」という。

※ 2017年10月13日朝日新聞DIGITAL記事「NHKの説明『事実ではない』 過労死記者の遺族が会見

また、「NHKが『労災認定後に(佐戸さんが所属していた=原注)首都圏放送センターの責任者が遺族に謝罪した』と説明していることについても、(ご両親は=引用者)『我々は謝罪とは受け取っていない』と言及」したとされている。

すなわち、佐戸さんの過労死についてNHKが公表しなかった理由などについて、NHKの説明とご両親の認識は、全くと言ってよいほど異なっていたのである。


(2)11月20日番組「プロフェッショナル」放映

同年11月20日に、過労死問題に取り組む川人弁護士を紹介する「プロフェッショナル」という番組が、NHKによって放映された。この番組では、その冒頭部分で佐戸さんの過労死について紹介され、ご両親のインタビューも出ている。

私自身はこの番組は見ていないが、報道されたという事実だけを見ると、NHKは佐戸さんの過労死を積極的に報道する姿勢があるように思えるかもしれない。だが、本書によれば、そうではなかったようだ。そのことについては後に触れることとしよう。

なお、この番組に関連して、2017年12月7日の参院総務委員会で日本共産党の山下芳生議員が質問(※)している。このとき、なぜ事件を防ぐことができなかったのかと問われて、NHKの上田会長は、(みなし労働時間制度なので)「制度上時間外労働時間という概念はありません」「記者の勤務制度であります事業場外みなし労働時間制は、十分な健康確保措置を取ることができません」などと述べておられる。

※ 「第195回国会 参議院 総務委員会 第2号 平成29年12月7日議事録」による。なお、日本共産党YouTubeチャンネル「NHK記者過労死 労働時間把握せず」参照。

ただ、このような見解はみなし労働時間制度の曲解であり、記者に対する安全配慮義務を果たしていなかったと明言したようなものと言われても仕方がないのではなかろうか(※)

※ 山下議員の質問によると、NHKはご両親に対し「みなし労働時間の記者は個人事業主のようなもの」「時間管理のできない記者はエースではない」という趣旨のことを告げたという。このことは本書(125頁)にも書かれているが、NHKは、労働者である記者の労働時間管理を行う義務があるという認識に欠けていたと思わせるのである。

このときも政府参考人の土屋喜久厚生労働大臣官房審議官は「事業場外みなし労働時間制などが適用される労働者につきましても、健康確保を図る必要から使用者は適正な労働時間管理を行う責務がある」と明言している(※)

※ 「第195回国会 参議院 総務委員会 第2号 平成29年12月7日議事録」による。


3 本書に記載された事実関係

(1)佐戸さんの過労死の経緯

ア 労働時間

亡くなる前2か月間の佐戸さんの労働時間は、本書の122頁以降に記されている。これを見ると過労死の基準とされる80時間をはるかに超えている。発病前の1か月間が209時間(拘束時間は398時間)、その前の1か月間が188時間(拘束時間は374時間)である(※)。発病前2か月でほぼ400時間であり、1週間平均で50時間と法定の所定内労働時間よりも所定外労働時間の方が長いのだ。

※ 端数は切り捨てて記した。

これでは、十分な睡眠・休養ばかりか、ゆっくり食事をとることさえ困難だっただろう。この労働時間だけでも、労災として認められるには十分なのである(※)

※ この数字を見て、この程度なら自分もしているとか、若い頃していたが発病しなかったと思われる方は多いかもしれない。正直申し上げて、筆者(柳川)もこれよりも長い勤務をしていた時期もある。しかし、あなたが発病しなかったからと言って、それが問題ではないとは言えない。そもそもすべての者が発病するような労働時間であれば、それは問題外なのである。仮に1,000人に1人だけが発病するような労働時間だったとしても、その1人が「普通の人」だったと考えられるのなら、やはり労働災害として認められるべきだと私は考える。

イ 仕事の内容

しかも、当時の佐戸さんの仕事は、暑い屋外での長時間のインタビューや、心を開いてくれない人に対する聞き取りなどストレスのたまる感情労働のような面もあったようだ(※)。これらも過労死のリスクを高めるのである。

※ 本書(118頁)によると、佐戸さんの恩師の下村さんが佐戸さんから聞いた話として次のように書いている。情報を得るために飲み屋に付き合うこともあったが、「酒に付き合わないと情報が出てこないから飲む。けれど、酔っ払っちゃったらメモをかけないので、トイレに行って指をのどの奥に突っ込んで吐き出しているのです、と。それを毎日のようにやっていたら、前歯が当たる指の関節のところにハキダコができた」。こんな仕事が健康に良いはずがない。

佐戸さんが亡くなる前は、都議選、参議院選とふたつの選挙を連続して担当されている。テレビ局にとって選挙報道というのは、当選確実を他社よりも早く間違えずに出す競争がメインなのだそうだ。

本書によると、当確を間違えると左遷ということもあるという。間違いを許さない組織で、他社よりも早く当確を出せと言うのであるから、メンタル的には最悪の条件であろう。佐戸さんが亡くなったのは参議院選挙の開票が終わった直後と言ってよい時期だったことも、その仕事の問題を示唆しているように思える。

また、本書によると、上司との人間関係で悩んでおり、左遷人事のようなこともあったようだ。これらによっても、ストレスがたまったことは想像に難くない。


(2)佐戸さんの過労死の公表の経緯

ア なぜ長期にわたって公表されなかったのか?

だが、私が本書を読んでザラっとした感じを受けたのは、佐戸さんが亡くなった後のNHKの対応である。先述したように、NHKは、佐戸さんの過労死について公表が遅れたのは遺族の意向に配慮したためだと、朝日新聞や毎日新聞に対して説明している。

だが、本書によると、そうではなかったのだ。ご両親は佐戸さんの過労死について公表しないことを希望してなどいなかったというのである。

イ NHK内部にさえ知られていない過労死

さて、佐戸さんが亡くなられてから、かなり経ってからではあるが、佐戸さんの御母堂は、働き方改革関連の審議会などを積極的に傍聴されるようになっていた(※)

※ 働き方改革関連法について、過労死・過労自殺の遺族会は、かえって過労死を助長するとして、御母堂は明確に反対の立場をとっておられる。

これは、NHKが佐戸さんの過労死を公表する2017年10月よりも前のことであるが、そのような場でNHKの解説委員に会うことがあり、話を聞きたくて「佐戸未和の母」と名乗られた。

すると、ある解説委員は青ざめて答えなかったという。NHKの職員の一人として、批判されると思ったのかもしれないが、解説委員のような職に就いている分別もあるだろう人物が、社外の人物から名乗られて答えないというのは、よほどのことである。

また、別な解説委員は佐戸未和さんの名前を知らなかったという。それどころか、この解説委員は、NHKで過労死が発生したということさえ知らなかったというのである(※)

※ 本書(132頁)による。

いかにNHKが大組織であるとはいえ、働き方改革が議論になっている場でのことだ。しかも、佐戸さんの名前を知らなかった解説委員は労働問題を専門としているのである。これでは、NHKが組織内において、佐戸さんの過労死を隠しているとしか思えない。

ウ 電通事件についてのNHKの報道

さらに、NHKが2016年11月の「週刊ニュース深読み」で、電通の高橋まつりさんの自殺を報じ、ゲストが「抜け道を探して悪いことをしちゃう企業はどんどん摘発して、社名を公表するべきだと思います」と指摘したという(※)。ところが、佐戸さんのことについては一言も報じなかったというのだ。

※ 本書(138頁)による。なお、この番組には佐戸さんの代理人であった川人弁護士が出演していたという。

すると、NHKは佐戸さんのことについて、会社に責任はないと考えていたのだろうか。

だが、実際には、当のNHK自身が、記者に対して過労死ラインをはるかに超える時間外労働をさせていたのである。そして、みなし労働時間制をとっていたから法違反はないと主張している(※)。それは、「抜け道を探して悪いことをしちゃう」ことにはならないのだろうか。

※ 本書(148頁)による。

エ 佐戸さんのご両親からNHKへの申し入れ

その後、佐戸さんのご両親から、NHKに対して、社内へ周知するべきではないかと申し入れたが反応がきわめて鈍かったという。本書を読む限り、NHKはご両親に対して真摯な態度で接しているとは思えないのである(※)

※ そればかりか、NHKは2017年の9月になって、初めて両親に対して佐戸さんの過労死についてわびたという。なお、NHKは2014年8月にご両親におわびしたとしているが、ご両親によればこれはたんに焼香して悔やみを述べただけだという。

そのため、NHKが公表しないのであれば、両親が自ら公表すると伝えると、ようやく動き出したという(※)

※ 本書(141頁)による。

オ 2017年10月4日「ニュースウオッチ9」

そして、2017年10月4日にNHKは「ニュースウオッチ9」で佐戸さんの過労死を報道する。しかし、本書によれば、その内容はご両親を納得させられるものではなかったようだ。

ニュースウオッチ9の冒頭の記事は、中秋の名月で東京タワーにかかった月を報じたものだった。その後、政治ネタ、原発ネタと続き、ようやく9時30分(※)になって、ごく短く(2分16秒)報じられただけだという。

※ 本書によると、ニュースウオッチ9は、通常だと9時30分頃に視聴率が落ちるのだそうだ。視聴率が落ちる時間帯をねらって報道したともとれるのである。なお、東洋経済「31歳NHK女性記者「過労死」8年苦しむ遺族の証言」参照

自社の社員が過労死していることに対し、あまりにもおざなりというべきであろう。なぜ、仲間の記者が亡くなったのかという、反省の言葉もなければ、まともな検証さえしていないのである。

なお、このときのニュースウオッチ9では、「亡くなる前の一か月間の時間外労働はおよそ159時間と認定されたということです」と報じられた。だが、本書によれば亡くなる前の一か月間の時間外労働は209時間である。これは、50時間は監督署が認めなかったのであろう。

ただ、これは159時間の方が正しいということには必ずしもならない。159時間でも労災として認定できるので、不確かな50時間については労力をかけてまで確認しなかったということだろう。実際の労働時間が159時間だったとは限らないのである。

カ NHKの顧問弁護士から川人弁護士へのFAX

これも本書によるが、その後、NHKの顧問弁護士から川人弁護士宛にFAXが送付されてきたという。それには「NHKと両親の和解調停における非開示条項をたてに、(両親が)会見などを行う場合はNHKの事前了解を得るよう記されてあった(カッコ内引用者)」という。

川人弁護士は、NHKの主張は非開示条項を拡大解釈するものであるとの抗議をNHK宛に送ったという。佐戸さんのご両親とNHKの和解調停の非開示条項がどのようなものだったかは分からないが、常識的には和解調停の一般的な非開示条項は、和解調停そのものの非開示をしないということではなかろうか。

すなわち、佐戸さんの過労死事件について、世の中に出したくないと考えているのは、ご両親ではなくNHKの方だということが、このことからも分かろうというものである。

キ 番組「プロフェッショナル」の直前の改編

2017年11月20日NHKは「プロフェッショナル 仕事の流儀『過労死と闘い、命を守る~弁護士・川人博~』」を放映した。だが、本書によると、当初の放送予定は10月だったという。すでにクランクアップしており、編集も終わって49分の番組として完成していたというのだ。

ところが、そこには佐戸さんのことは全く触れられていなかったのである。それを直前になって3分を削り、冒頭に4分で佐戸さんのことを挿入して、50分の番組としたというのである。その作業のため、放送が1月遅れたというのだ。

番組の冒頭の4分間で、過労死問題シンポジウムでの佐戸さんの御母堂の発言、佐戸記者の取材の記録、ご両親のご自宅でのインタビューがプロローグ的に放映される。だが、佐戸さんの1月の労働時間が159時間だったとは触れられているものの、NHKに問題があるとの印象は受けないような内容になっている。「NHKにとっても重い課題であり、NHKはその課題に向けて取り組んでいる」という印象を受けるようになっているのだ。

そして、番組の内容はその前後で完全に断絶がある。冒頭以外の部分では、まったく佐戸記者のことについて触れられていない。5分以降は、電通などの企業に対してかなり批判的な印象を受ける内容となっているが、NHK自身のことについてはまったく触れられていないのだ。

そのため、NHKは社内の過労死について再発防止に取り組んでいるが、他の過労死を起こした企業は問題があるという印象を強く受ける内容となっている。


4 何が問題なのか


(1)NHKの公表時の公式見解

ア ご両親あてのNHKのメール

NHKが最初に、佐戸さんの過労死事件について報道したとき、ご両親のもとに事前にメールが送られてきた。そこには2つのファイルが添付されており、そのひとつ「公表に向けた考え方(案)」にはこう記載されていた。

【公表に向けた考え方(案)より】

平成25年7月、NHK首都圏放送センターの佐戸未和記者(当時31歳)が都内の自宅において病気で亡くなり、翌年5月に渋谷労働基準監督署から長時間労働による過労死と認定されました。労基署から法律違反の指摘はなく、ご両親の代理人からの外部への公表は望まないという意向を尊重してきました。(以下略)

※ 公表に向けた考え方(案)より

また「メディアからの取材に対する主な説明(案)」にも同様なことが記載されている。

【メディアからの取材に対する主な説明(案)より】

  • ・ 当時、事業場外みなし労働時間制を適用していたため、時間外労働時間という概念がなかった。
  • ・ 労基署からNHKに対し、法律に違反しているといった指摘はなかった。
  • ・ 両親の代理人から、「外部への公開は望んでいない」と聞いていたうえ、プライバシーにも配慮して公表していなかった。(以下略)
※ メディアからの取材に対する主な説明(案)より

イ このメールのどこが問題なのか

このメールの内容は先ほどの国会における上田会長の発言と同じであるから、NHKの統一した見解なのであろう。だが、その問題は明らかであろう。佐戸さんの過労死事故が何故おきたのか、それについてどのように検証し、どのように再発防止をするのかという観点が完全に抜け落ちているのだ。

労基署から法律違反の指摘はな」いということを、ことさらに繰り返して主張する理由は何だろうか。現に、佐戸さんは長時間労働による過労死で亡くなったと認定されているのである。

法律違反の指摘がないから、自分たちには責任がないと言いたいのだろうか。しかし、そこからは長時間労働というNHKの労務管理上の問題によって、自社の仲間が亡くなったということについての真摯な反省や対策に取り組もうという姿勢は感じられない。

しかし、法律違反の指摘があったかなかったかよりも、現に長時間労働によって、会社のために頑張っていた仲間が亡くなったという事実の方が大切であろう。繰り返すが、長時間労働による過労死という認定を受けているのである。その事実の前には、法律違反の指摘があったかなかったかなど些細なこととさえ言えるのだ。

大切なのは仲間の命を守ることであって、法律違反をしないことではない。そんな当たり前のことが分かっていれば、「法律違反の指摘はなかった」などと鬼の首でも取ったように繰り返すことは、恥ずかしくてできないのではないだろうか。

ウ みなし労働時間制だからなんだというのか

先述した2017年12月8日の参議院法務委員会において、共産党の山下芳生議員の質問に答えて、NHKの上田会長は次のように答えておられる。やや長いが書き起こそう。

【NHKの上田会長発言より】

当時記者には事業(場)外みなし労働時間制を適用していましたけれど、勤務時間はタイムレコーダの記録や、記者自身がシステムに入力、勤務の始まりと終わり時間を上司に承認する形で把握いたしておりました。制度上時間外労働時間(※)という概念はありませんでしたけれども、労働基準監督署が労災認定のために算出した直近一箇月の時間外労働時間は、およそ159時間と聞いております。休みについては当時の勤務記録では、6月が3日、7月が22日まで1日だけだと把握しております。

※ 「所定外労働時間」を言い間違えたものであろう。

※ 日本共産党YouTubeチャンネル「NHK記者過労死 労働時間把握せず」から書き起こし。

すなわち、事業場外みなし労働時間制度をとっていたから、所定外労働時間という概念がなかったというのである。しかし、この後、山下議員の質問に答えて厚生労働省の担当審議官が、事業場外みなし労働時間制度の下であっても、労働時間の把握は必要であると説明している。

要は、事業場外みなし労働時間制という制度を採用して、記者を過労死するまで働かせても法律違反ではないと主張している訳であろう。そして、その結果、NHKのために頑張っていた佐戸さんが過労死したのである。

エ なぜ、都合の悪いことを隠すのか

また、NHKのメールには、過労死の公表を隠していたのはご両親の意向を受けてのことであると繰り返し記されている。だが、そのことが事実でないことは、ご両親が本書で述べておられる。

むしろ、本書によれば、先述したようにご両親による公表を妨害しているのではないかと思われるようなことをしているのである。

なぜ、ここまで都合の悪いことをご両親のせいにするのだろうか。

オ 災害や不祥事への対応の3つのタイプ

私の経験では、災害や法違反を発生させた事業者の対応は、一般に3通りに分かれるようだ。

【災害が発生したときの企業の対応の類型】

  • ひとつは、放置するタイプである。調査は行政に任せて是正は行政の指示があってから行うというのである。
  • もうひとつは、調査はするが、その目的はひたすら「責任逃れ」にあるというタイプである。当人はまじめに原因の調査を行っているつもりらしいのだが、その目的が本気で再発防止を考えているとは思えないタイプである。
  • そして、最後は、再発防止という観点から調査を行って、自ら対策を建てるタイプである。このタイプは、都合の悪いことを隠そうとしないことが多い。

実際には、第一のタイプがほとんどで、次に多いのが第二のタイプ、最後のタイプは最も少ないが、かなりあることも事実である。

残念ながら、NHKの基本的な対応は第一のタイプで、やむなく調査が必要になると第二のタイプになるということのようだ。


(2)最も大切なことが抜け落ちていないか

NHKは、佐戸さんのご両親に対して「記者は個人事業主のようなものなのです」「時間管理ができない記者はエースではありません」と言ったとされる(※)

※ 本書(125頁)による。

佐戸さんは仕事に情熱を燃やしていたのであろう。だからこそ過労死するほどの長時間労働を行ったのである。それに対して「個人事業主のようなもの=自己責任」「時間管理ができない=効率の悪い仕事しかできない」と言っているのである。

すなわち、仕事熱心な記者が過労死するまで働き続けるような、管理システムについては否定していないのである。その根拠は「労基署から法律違反の指摘はな(い)」からだというのであろうか。

ここには、もっとも大切な観点が抜け落ちているのである。ひとつは、社員の生命を守ることは事業者(NHK)の責任だということである。繰り返すが、大切なことは法違反を起こさないことではなく、社員の生命を守ることなのである。そのことが抜け落ちているのだ。

また、NHKは報道機関として、過労死対策について他社の状況を批判的に報道している。その一方で、自社の社員の「過労死」を隠そうとしたのであろうか。ご両親が望んでいないという理由を述べているが、仮にそれが事実だったとしても、ご両親を説得するか、それができなければ匿名で報道するなど方法はいくらもあったはずである。

他社の例を、批判的に報道しながら自社の例を隠すようでは、報道機関としての名が泣こう。

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