映画「アポロ13」に学ぶ危機管理




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アポロ13号

映画「アポロ13」は、深刻な事故が起きたアポロ13号を、地上のヒューストンとアポロ13号の乗組員が極力して地上に戻すまでのドラマです。

危機的な状況から帰還を果たしたアポロ13を題材に危機管理について論じています。



1 映画「アポロ13」とは

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最終改訂:


(1)アポロ13号の史実に従った映画

アポロ13は、1995年に作製されたユニバーサル映画で、ロン・ハワードが監督し、トム・ハンクスが主演している。アポロ13号の事件は、よく知られており、観客は結論を知った上で観賞することになるわけだが、ロン・ハワード監督の才能で、飽きさせない内容となっている。

私が最初にこの映画を見たのは、数年前に、ある国際線のエコノミークラスの小さなディスプレイでだが、CGや無重力シーンはよくできているという印象を受けた。今回、本稿を執筆するためにレンタルして改めて比較的大きなディスプレイで見てみてみたが、やはり1995年に作られたとは思えないほどの出来栄えである。

映画ではアポロ13号は、1970年4月13日(史実では11日)の13時に打ち上げられた。そしてその65時間後に酸素タンクが爆発するという深刻な事故が発生したのである。この酸素タンクは燃料電池の機能維持と乗組員の生命維持のためのものであった。その直後に、船外へなにかのガスが噴出しているのが窓から観測され、酸素の残量を示すメータが急速に低下していたことから、酸素が漏れていると判明した。

この瞬間から、ヒューストンの管制センターが、アポロ13号災害対策の中枢の役割を果たすこととなる。同センターの多くの専門家たちは、アポロ13号の乗組員3名と連携を図って次々に起きる危機を乗り越え、3人の乗組員は地上への生還を果たすのである。


(2)アポロ13号と福島第一原発

私は、この映画を見たとき、福島第一原発の事故と比較せずにはいられなかった。2011年3月11日14時46分に発生した東日本大震災による津波に襲われた福島第一原発は、同15時37分に1号機が全交流電源喪失というきわめて深刻な状況に陥った。しかも、その後の数分間で、6号機を除く2号機から5号機も同様な事態となったのである(※)

※ 4、5及び6号機は点検中で稼働はしていなかった。

この情報は、緊急災害対策本部で会議中だった菅総理(当時。以下、肩書はとくに断らない限り当時のもの)にも、数分のタイムラグで伝わった。その後、19時20分には、官邸に原子力災害対策本部が設置され、法的に菅総理がこの事故対策の中枢の役割を果たすこととなる。実際には、全交流電源喪失の情報を得てから対策本部が設置されるまでの間も、官邸は本件について情報収集に努めていたが、必ずしも成功していなかった。

私は、ヒューストンとアポロ13号の関係を映画で観ていて、官邸と福島第一原発の現場との関係と比較していた。その2つは、まったくと言ってよいほど事情が異なっている。アポロ13号の場合は、ヒューストンの管制センターに専門家がそろっており、情報の把握も容易だった。しかし、福島第一原発事故の場合は、事故の直後には専門家といえる者は官邸にはおらず=と言っても許されるだろう=情報の把握も困難だったのである。

もちろん単純に比較することは許されないだろうが、この2つを照らし合わせることにより、危機に陥る前の、危機管理のための日頃の準備について、その在り方を学ぶべきことが明らかになるのではないかと思えるのである。本稿と併せて、福島第一についても「福島第一原発事故を引き起こしたもの」をアップするので、そちらも参考にして頂ければと思う。


2 真実の事故の原因

(1)真実のアポロ13号事故

災害は、突然、発生したように見えても、実はそこに至るまで、いくつかの不適切な行動が存在している。それらは、官僚主義や責任感の欠如、さらにはそれらが原因となっている専門知識の欠如などが背景となっていることも多い。以下、映画には出てこないが、真実のアポロ13号の事故に至る経緯をざっとふりかえってみよう。


(2)真実のアポロ13号事故の原因と経緯

ア サーモスイッチの交換忘れ

アポロ13号の酸素用の低温タンクは、ビーチ・エアクロフト社が作成している。事故につながる最初のスイスチーズの穴は、タンクの制御回路を28V用から65V用に変更したときに生じた。これは、ケネディ宇宙センターの標準に合わせたもので、そのこと自体には問題はない。

このとき、本来であれば、タンクのすべての回路素子を65V用に変更するか、65Vで作動するように回路を変更しなければならなかった。ところがサーモスイッチ(※)についてはそれらの措置が行われなかったのである。

※ タンク内の温度が27度(摂氏。以下断らない限り摂氏)になったときにタンク内のヒータを切るための装置

その理由は明らかではない。制御電圧が変更になったからと言って、サーモスイッチを変更する必要はないという思い込みがあったのかもしれない。確かに、制御電圧が変わっても、流れる電流の大きさが変わらないのであればスイッチを交換する必要はない。電気回路の知識があれば誰でもそう思う。だが、実際は電流の大きさが変わったのだ。

もっとも、サーモスイッチの交換忘れだけなら、問題は起きなかったかもしれない。サーモスイッチは、タンク内のヒータを使用しない限り、動作することはない。そして、それまでのアポロでヒータを使用したことはなかったからだ。

イ タンクに加わった衝撃

酸素タンクはノース・アメリカン社へ納品され、アポロ13号に取り付けられる酸素棚と呼ばれる装置に組み込まれた。ところが、その後になって、NASAがノース・アメリカン社に対して酸素棚の改良を命じたのである。そのため、酸素タンクを取り外さなければならない。ところが、そのときミスで固定用のボルト1本を取り外さずに酸素タンクを持ち上げようとしたのである。そのため、つっていたワイヤが外れて酸素タンクがリフトから数センチ落下するという事件が起きた。

このとき、彼らは酸素タンクを分解して内部に異状がないかを点検するような手間はかけなかった。外部の目視検査だけで異状はないと判断したのである。わずか数センチ落下しただけなのだ。その程度のことで壊れるはずはないと思ったのだろう。しかし、実際はタンク内に酸素ガスを注入するためのパイプが見えない箇所で破損していた。

このパイプは、タンク内の液体酸素を排出するためのもので、地上での試験の際に使用されるだけで、通常の飛行中には用いられないものであった。しかし、これが重要な意味を持つことになるのである。

ウ 地上でのテスト時の異兆

打ち上げのほぼ1月前の3月16日に、"デモンストレーション・テスト"という地上でのテストが行われた。このテストは実機を用いて行われる。そして、酸素タンクが本番と同じように液体酸素で満たされるのである。

そのため、終了後には液体酸素を抜き取る必要があった。そのために酸素ガスをタンク内に送り込んで、液体酸素を押し出して排出するデタンキングと呼ばれる作業を行うのである。

ところが、タンクへ酸素ガスを注入するためのパイプが折損していたため、酸素ガスはタンクへ入らず、破損部からそのまま入り口側に戻ってきてしまう。そのためタンク内の液体酸素を排出できない。そこで、彼らは、タンク内部に設置してある撹拌装置とヒータを作動させてタンク内の液体酸素を気化させてタンク外に放出しようとしたのである。

その結果、液体酸素は、首尾よく気化してタンク外に放出された。そして、すべてが正常であれば、そのこと自体は問題となるようなものではなかった。ところが、このときは、そうではなかった。28V用のサーモスイッチの接点が65Vの電圧のために溶着してしまうのである。そのため内部の温度が27度になっても電流を遮断することができず、ヒータは通電したままになり、温度が上昇を続けた。

エ 酸素タンク内の焼損事故に気付かず

そして、純粋な酸素中で高温になると、そこにある可燃性の物は簡単に燃え上がる。内部にあったヒータや撹拌装置用の配線の絶縁被覆もそうなった。ところが、アポロ13号の乗組員にとって不幸なことに、この時の火災は大規模なものとはならず、タンク内部にとどまったのである。もし、このときタンクが爆発していれば、問題が顕在化して、宇宙空間では事故は起きなかっただろう。

しかも、まずいことに、タンク内部の温度を表示する計器は、目盛が華氏100度(摂氏38度)までしかなかったのである。タンク内の温度が27度以上に上がることはないのだから、それ以上は必要ないと思われたのかもしれない。だが、温度はそれよりもはるかに高くなっていた。

しかし、そのとき計器を見た技術者は、タンク内の温度は38度にすぎないと思い込んだのである。誰もタンク内の異変に気付くことはなかったのだ。

この火災が、事故につながるスイスチーズの穴の中で、もっとも重大なものであった。

オ 事故発生

サターン5型ロケット

打ち上げの直前に、酸素タンクには再び液体酸素が満たされた。そして、アポロ13号は順調に打ち上げられた。ところが、宇宙空間へ出てから、酸素の供給がなんらかの原因で不十分となったのである。そのような場合、酸素タンク内の撹拌装置を動かせば供給量は増す。そのため、ヒューストンの指示に従って、アポロ13号では酸素タンクの撹拌装置を作動させた。

そのとき、撹拌装置の配線の絶縁が焼損していたために、スパークが起きて、タンク内に残っていた可燃物が爆発的に燃え上がった。このときは、酸素タンクは爆発し、まずいことに他の健全なタンクまで道連れにしてしまった。

サーモスイッチの交換ミス、酸素ガス注入パイプの折損、そのために地上でヒータを作動させたことの、どれかひとつでも起きなければ事故は発生しなかっただろう。事故が起きなければ、誰も他のミスに気付くことさえなかったに違いない。だが、スイスチーズの穴はつながってしまったのである。事故は起きたのだ。


3 爆発事故発生後の対応

(1)アポロ13号爆発事故時の体制

アポロ13号の事故後、対策本部となったヒューストンの管制センターには、多くの計器類が異常を示す表示が出た。とにかく、何か重大なことが起きていることが判明した。しかし、何が起きたのだ?

そのとき、ヒューストンには、アポロについて熟知している専門家が集まっていた。そして、現場にいなかった専門家もただちに呼び集められた。

アポロ13号で発生した事態は、様々なセンサー類によって管制センターでも計器類やディスプレイに表示されるようになっている。まさに考えられる限り最良の体制が整っていたのである。


(2)アポロ13号爆発事故後の対応

ア アポロ13号に起こった問題点

映画「アポロ13」は、米国とヒューストンの称賛映画といった面もないわけではないが、ほぼ史実に沿って忠実に再現している。

順調にアポロ13号が打ち上げられた後、映画では、まず、第2段ロケットの中央エンジンが不調となる。しかし、これは、深刻な問題ではなく、軌道に乗ることはできた。

アポロ13号

その後は、事故が発生するまでは順調だった。乗組員が登場している司令船(オデッセイ)は第2段ロケットから離脱し、同時に前部の脱出装置を捨てた。それから乗組員たちは、第2段ロケット内部に格納してある着陸船に司令船をドッキングさせて、着陸船を取り出した。後は、着陸船と司令船がドッキングした状態で月に向かえばよい。ここまでは予定通りに進んでいたのだ。

ところが、月へ向かう軌道上で、酸素の供給が不足する。そのこと自体は大した問題ではなかった。しかし、酸素タンク内で撹拌をして、酸素の供給量を増やす必要がある。そこでヒューストンの指示で、アポロ13号の乗組員が撹拌スイッチを投入したのである。その直後に、いきなり爆発音が聞こえて司令船が激しく揺れた。窓から船外を見ると、何かのガスが噴出しているのが見えた。酸素タンクが爆発して、酸素が機外へ放出されていたのである。

酸素は乗組員の生命維持と、バッテリーの充電に必要である。何よりも乗組員の生命の維持を優先する必要がある。バッテリーへの酸素供給を止めてみるが、酸素の放出は止まらなかった。そこで、生命維持のためには、月に着陸するための着陸船の酸素タンクを利用することにし、3人の乗組員を着陸船に移動させ、とりあえず司令船の方はバッテリーを節約するためにすべての機能を停止させた。

しかし、着陸船のバッテリーの電力は、地球への帰還まで持たないことは明らかだった。電力不足に対処するため、不要な電気設備の電源を止めざるを得ない。このため、機内の温度は低下し、コンピュータすら使用できないこととなってしまう。

イ 二酸化炭素の濃度の上昇

そこへ、居住区域での二酸化炭素の濃度の上昇という深刻な問題が発生する。これは、2人乗りの着陸船に3人の乗組員が長期間搭乗していたためである。着陸船のフィルタは、3人の吐き出す二酸化炭素を除去するには能力が不足していたのだ。司令船側のフィルタなら能力はあるのだが、交換しようにも、司令船側のフィルタの形状は円形で、着陸船のフィルタは四角だったため交換することができない。

そのため、ヒューストンでは、アポロ13号にある様々な道具類と同じものを、管制センターの机の上に並べ、専門家数人に対して、司令船側のフィルタを着陸船のフィルタとして使用する方法を考えさせた(※)

※ 少なくとも映画ではそのようになっている。事実かどうかは分からない。

結局、彼らはマニュアルの表紙とガムテープを使って、司令船のフィルタを着陸船側で使用する方法を考え出して解決する。とにかく、与えられた状況の中で、工夫をして問題の解決に当たったのである。

ウ 軌道修正と大気圏突入

この後、アポロの起動がずれるという問題が発生する。しかし、電力不足のためコンピュータを使用することができない。そこで、窓から見える地球を目標にして、アポロの乗組員が手動で降下用エンジンを用いて軌道を修正することとする。これは、かなり困難な操作だったが、地上での訓練の成果によって成功した。

だが、まだ問題があった。地球への大気圏へ突入する直前には、乗組員が再び司令船へ戻り、バッテリーの残りを用いて司令船を再起動しなければならない。しかし、司令船のバッテリーの能力は、他の不要不急の装置への電流を遮断したとしても再起動には不十分という問題があったのである(※)

※ そのような問題があることは、アポロの乗組員には知らせていなかった。

帰還船

ヒューストンの側では、専門家が不眠不休で検討とシミュレーションを重ね、着陸船側の電源を一部流用する案を採ることとする。この方法は成功し、アポロの乗組員は地上への生還を果たす。

なお、生還後にトム・ハンクス演じるラヴェル船長が、アポロ13号の乗組員を収容に当たったヘリ母艦イオージマの艦長と握手するシーンがあるが、この艦長はラヴェル本人が演じている。


4 最後に

アポロ13号の事故は、困難な状況から乗組員全員を成功させた輝かしい成功例として記録されることとなる。確かに、アポロ13号では幸運に助けられた場面もあったことは事実である。しかし、考える限り、ヒューストンは最良の方法をとったと言えるだろう。

危機が発生した時に、専門家が力を合わせて、十分な情報に基づいて適切な管理を行うことにより、対応が可能となるという例と言えよう。

そして、最後に別な観点からアポロ13号の事件について、一言付け加えておきたい。それは、世界の「先進国」(西側諸国)の人間がたった3人の生命が助かって欲しいと固唾をのんでアポロ13号を見守っていたとき、まさにその同じ時間にベトナムでは米軍が多くのベトナム人を殺害していたが彼らはそのことに関心を持とうとはしなかったということである。

ある米軍の兵士は、ベトナム戦争の最前線で、アポロ13号の事件に接したとき、いいようのない感情に襲われたと述べている。映画を視たときに、そのことについて、考えてみることも必要だろう。

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