安全衛生担当者の行う災害調査の目的




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打合せをする男女

※ イメージ図(©photoAC)

職場で災害が発生した場合、災害の調査を行ってその結果を記録しておくべきことはいうまでもありません。

災害調査の目的は、「事実関係の記録の作成」「同種災害の再発防止」「事故の責任者の特定」などいくつかがあります。

しかし、安全衛生担当者が行うべき調査の目的は「同種災害の再発防止」におかれるべきです。できる限り「事故の責任者の特定(及び処分)」とは切り離して行う必要があります。

なぜ、「責任者の特定」を災害調査の目的にしてはならないのか。本稿では、災害調査の目的について解説します。




1 災害調査の目的とは。

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(1)安全衛生担当者が行う災害調査の目的とは

不幸にして職場で労働災害が発生した場合、多くの企業で、なぜ災害が発生したかの原因を調べることになろう。この場合、企業として何かを実施する以上、その目的を明らかにしておくべきことは、災害調査においても同様である。

目的が明らかになっていなければ、関係者の間で、何をどう調べるべきかの認識がずれてしまい、効率的かつ役に立つ調査は望めない。

企業が行う災害調査の目的はいくつがあるが、次のようなものが一般的であろう。

【災害調査の目的】

  • 災害発生の経緯の記録の作成
  • 同種災害の再発の防止
  • 災害の責任者とその責任の程度の判定と処分
  • 関係行政機関や報道機関への説明資料の作成

これらの調査目的は、いずれも企業として必要なものであり、どれが良くてどれが悪いと評価するようなものではない。

しかしながら、安全衛生担当者が行う災害調査は、できるだけ同種災害の再発の防止を主目的とするべきである。とりわけ、「災害の責任者とその責任の程度の判定」からは切り離すことが望ましいのである。

なお、同種災害の再発の防止の考え方とは、具体的には次の2種類がある。個別的な再発防止と、一般的な災害防止である。

【同種災害の再発の防止の考え方】

  • 個々の災害の同種災害の防止
  • 過去に発生した災害と同じ轍を踏まないために、その経緯を明らかにする。調査の結論は後知恵でかまわない。
  • 同種の災害の発生の防止に役立てることができる。できれば、その知識を広く共有することが望ましい。
  • 一般的な災害の防止
  • 災害発生のメカニズムを知ることにより、労働災害全般を防止するための参考とすることが可能となる(どうすれば防げるかを考えることで、航空機災害やタイタニックの事故さえ参考となる。)
  • どうすれば防げるかを考えることで、航空機災害やタイタニックの事故さえ参考となる。

災害発生のメカニズムを一般化して職場の労働災害防止に活かすとは、例を挙げて説明すればのようなものである。

航空機事故の一般的な事実関係と職場への応用

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航空機事故では、副操縦士よりも機長が操縦しているときの方が事故の発生率が高いことはよく知られた事実である。事故発生後にボイスレコーダの記録を調べると、機長の操縦について、副操縦士は問題を明らかに理解していると思われる言動をしているにもかかわらず、それを機長に明確に指摘せずに大事故になるという災害が散見されるのである。

このような事実は、職場のような組織においても起こり得るのである。部下の意見を入れられない上司というのは、しばしば災害や不祥事の発生などの問題を起こすものである。


(2)調査の目的が異なれば調査すべき内容も異なる

また、災害調査の目的が異なれば、調査するべき内容も異なるのである。このために、予めその目的を明確にすることで効率的な調査が可能になるのである。

有名なタイタニックの事故を例にとり、調査の目的と調査の項目を考えてみよう。この事件はきわめて複雑な経緯をたどっている。事故発生へ影響を与えた多くの事象が存在している。

では、それらのうち、事故の再発防止にとって、あるいは責任の追及や記録の作成のために、必要な情報とは何だろうか。

表 タイタニック号の事故原因と、災害調査目的に意味のある情報
災害発生の原因又は経緯








姉妹船の修理などで完成が遅れ、処女航海が氷山の多い季節になった。
燃料庫で火災が発生し、完全に消火できないまま出港した。
当時の船体に用いられていた鋼材は、現在のものよりも脆かった。
出港時の事故による時間のロスのため、氷山とタイミングが合った。
氷山に関する他船からの情報(電文)が、航海士に周知されなかった。
他船から多数の氷山の情報があったにも拘らずフルスピードで航行した。
氷山が発見しにくい状況だったにも拘らず見張員を増やさなかった。
無線士が多忙のため、付近の船舶の氷山群の情報の受信を拒否した。
見張員に双眼鏡が渡されておらず、氷山の発見が遅れた(可能性)。
氷山の発見後、航海士が逆進をかけ、舵の利きが悪くなった(可能性)。
防水壁が実際より高ければ沈没は防止できた。
付近の船舶の無線士が就寝し、SOSが受信できず救助ができなかった。
救助を求める信号弾の意味を、付近の船舶の船員が理解できなかった。
救命ボートの数が足りなかった(英国の法令は満たしていた)。
避難訓練が不十分で、救命ボートが定員以下で発進する遠因となった。

ここで、再発防止の観点から必要な情報は、対策を採ることが可能かという観点から選ぶべきである。例えば、「姉妹船の修理などで完成が遅れ、処女航海が氷山の多い季節になった」というのは、確かに事故の原因ではあるのだが、当時、大型船の大西洋航路は1年中就航していたのだから、災害防止の役には立たない情報である。

一方、救命ボートの数が足りなかったことは、災害調査として重要な情報である(※)。事実、タイタニック号の事故を理由として、その後、救命ボートの数に関する法令が改正されているのである。

※ なお、現実のタイタニック号の事故では、設計者は、当初、救命ボートを定員の数だけ積載しようとしたのだが、運航会社が拒否したという事実関係があった。ただ、法定の数を上回っていたことも事実で、現実に救命ボートを積んでいたとしても、使用できたかどうかは不明とする説もある。


(3)なぜ調査の目的に責任追及を入れてはならないのか

ではなぜ、なぜ調査の目的に責任追及を入れてはならないのだろうか。それは、調査の目的に責任者の特定を入れると、次のような問題が起きることがあるからだ。

【事故(災害)調査の目的が責任追及の場合】

  • 事故(災害)発生に責任がある(とされた)者とその責任の内容が特定されてしまうと、「その者が注意していれば災害は発生しなかった(はず)」ということになり、事故の遠因や背景事情の調査などが疎かになっている可能性がある。
  • 事故(災害)発生の責任の追求に主眼がおかれた調査結果では、関係者が事故の原因や関連する事情を隠している可能性があること。
  • 推定した事実や推測による解説を記しにくいので、事実関係だけが書かれていて、わかりにくいことがあること。(対策には推測も役に立つ)
  • また、労働災害調査の主眼を責任追及におくと、インシデント(ヒヤリ・ハット)に関する報告が作成されなくなる。

※ 事故(災害)調査を行う場合に、責任を追及することがよくないと言っているわけではない。しかし、事故(災害)調査と責任追及は分離されるべきなのである。

航空機事故では(国際民間航空条約(シカゴ条約)の第13附属書)、事故調査は責任追及と切り離すべきであるとの考え方が強い。この考え方は、他の分野にも広がりつつある。

【国際民間航空条約(シカゴ条約)の第13附属書】

  • 責任非難を目的とした、いかなる司法上又は行政上の手続も、この附属書に基づく調査とは分離しなければならない
  • Chapter5.4.1General
  • 調査報告書の開示が、当該調査又は将来の調査に及ぼす国内的及び国際的な影響を考慮して、調査課程で入手した情報の開示には慎重を要する
  • Chapter5.12Non-disclosureofrecords

※ 池田良彦「航空事故における「調査」と「捜査」が競合する問題を考える」より

また、責任追及と事故調査を切り離さないと、災害の原因が隠蔽されるおそれがある。また、問題が発生して、パイロットが今まさに対応をとらなければならないときに、余計な不安(処罰)が生じれば適切な対策をとれなくなるおそれなしとしないであろう。


2 災害の調査を再発防止に活かすために

(1)災害発生は同種災害防止のための貴重な経験

車椅子の女性

※ イメージ図(©photoAC)

災害が発生した場合、それは不幸なことではあるが、起きてしまった事実を変えることはできない。むしろ、同種災害防止のための貴重な経験を得たと考えることも必要である。

ある程度の災害が発生すれば、ほとんどの企業で災害の原因の調査を行うと思う。そのとき、たんなる記録の保存に終わっては、被災者の苦痛を無駄にすることになろう。

まして、将来、民事又は刑事上の裁判になったときに、責任が追及されないことのために調査を行うとすれば、そのような意識でいる限り、再発を防ぐことはできない。

自らの企業ばかりでなく、同業種の多くの企業のためにも、再発防止の観点からの災害調査が望まれる。


(2)国による災害調査と再発防止への取り組み

重大な労働災害が発生した場合、国家公務員である労働基準監督官の調査が入ることがある。労働基準監督官は刑事訴訟法の司法警察職員としての役割を果たす。

しかし、災害の調査には「司法警察」の目的と共に「行政警察」の目的を有しているのである。司法警察は、被疑者(安衛法等の労働関係法令違反を犯した者)を特定し、司法処分(送検)をすれば終了である。

しかし、行政警察の方はこれで終わりではない。原因を特定し、今後の国内における同種災害の防止に活かすのである。災害調査の結果は、厚生労働省本省で分析され、その後の労働衛生行政の方針を決めるときに役立てられる。場合によっては、通達による行政指導や法令の改正につながることも多い。

そのためには、どうすればその災害を防止できるのかという観点が必要となる。監督官は、司法警察と行政警察の目的を同時に遂行せざるを得ないが、これは、司法警察職員という立場があって初めて可能となるものである。

ややもすると「葬式対策」などと揶揄されることもあるが、筆者(柳川)が厚労省に入省した頃、先輩から「安衛則のそれぞれの条文は、尊い生命の犠牲の上にできている」と教わったものである。そして、それらの条文が存在することによって、労働災害の減少が図れたのである。


(3)災害調査を再発防止に活かすために

民間企業においても、災害調査を行う場合は、可能であれば責任の追及と再発防止の目的の調査を意識的に分離して、再発防止の観点から実施して頂ければと思う。


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