2025 年労働安全衛生規則改正

熱中症対策の義務化で何をするべきか




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熱中症発生状況の推移

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熱中症による休業4日以上の労働災害は、近年、急激な増加傾向が見られます。また、熱中症による死亡労働災害は、年間 30人を超えており、これは労働災害による死亡者数全体の約4%を占めています。

ところが、労働安全衛生法(安衛法)は、成立から今日まで、工業的業種の労働災害防止を主要な目的としていたこともあり、これまで労働安全衛生規則(安衛則)においては、発汗作業に関する措置(第 617 条)を別にすれば、熱中症対策を直接の目的とする規定はありませんでした。

このため、厚生労働省では、2025 年4月 15 日に、「労働安全衛生規則の一部を改正する省令」(令和7年4月15日厚生労働省令第57号)を公布し、熱中症対策を事業者に義務付けることとしました。

問題は、その施行が同年6月1日と公布から施行まで1月半しかなく、しかも詳細は通達で示すとアナウンスされているにもかかわらず、4月 21 日現在で通達が公開されていないことです。

通達がいつ示されるにせよ、事業者が、短期間に法令に適合するための準備を行わなければならず、かなりの混乱も予想されます。

そこで、本稿では、現時点で分かっていることを分かりやすく解説します。




1 はじめに

(1)改正省令の公布まで

ア 安衛則の改正(熱中症関係)に関するパブコメ

(ア)予定される安衛則の改正の内容

執筆日時:

最終改訂:

スマホを見る女性

※ イメージ図(©photoAC)

厚労省は、2025 年1月 30 日に、「安衛則を改正して熱中症関連の規定を新たに設ける」としてパブコメを開始した。

そこに示された「改正の概要」によれば、事業者に義務付けられることは2点である。

一点は、労働者が熱中症を発症した場合に、早期に発見して報告するシステムを構築することであり、もう一点は、熱中症を発症した労働者に対して、早期に対処するための体制を整備することである。。

【改正の概要】

  • 事業者は、熱中症による健康障害を生ずるおそれのある作業を行うときは、異常を早期に発見するため、作業に従事する者が熱中症の自覚症状がある場合や作業に従事する者が熱中症による健康障害を生じた疑いがあることを見つけた場合にその旨を報告させる(※)ための体制を整備し、関係者に周知しなければならないこととする。
  • 事業者は、熱中症による健康障害を生ずるおそれのある作業を行うときは、作業中止、身体冷却、医療機関への搬送等熱中症の症状の重篤化を防ぐために必要な措置の内容及びその実施手順をあらかじめ定め、関係者へ周知しなければならないこととする。

※ ※報告を受けるだけでなく、積極的に「熱中症の症状がある労働者を見つけるための措置」として、職場巡視やバディ制の採用、ウェアラブルデバイス等の活用や双方向での定期連絡等現場において取り組まれている効果的な措置を通達で推奨する。

※ 厚生労働省「労働安全衛生規則の一部を改正する省令案について(概要)」(2025年1月30日 安衛則改正のパブコメより)

ここで、「報告体制の整備」、「実施手順の作成」、「関係労働者への周知」については、「熱中症のおそれのある作業」については罰則付きの義務化(根拠条文は安衛法第 23 条及び第 27 条)となる。

なお、「熱中症のおそれのある作業」とは、「WBGT 28 度以上又は気温 31 度以上の環境下で連続1時間以上又は1日4時間以上の実施」が見込まれる作業とすることが予定されている。

従って、北海道を含めて建設業や林業など屋外型の産業のほとんどすべてが対象となろう。


(イ)公布から施行までの期間についての危惧

月別熱中症の発生状況

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ただ、ここで多くの事業者が懸念したことは、公布日が、令和7年4月上旬(予定)とされており、施行期日が令和7年6月1日とされていることであった。あまりにも公布から施行までが短期間に過ぎるのである。

行政としては、「熱中症対策は重要であるから本年から実施したい、そして6月から死者が出ることはあるのだから6月から施行したい」という意識になるのは理解できなくもない。

しかし、義務化される内容に対して、対応可能な期間があまりにも短ければ適切な対応方法の検討さえ十分にできないこととなろう。施行された6月1日の直後に「WBGT28 度以上又は気温 31 度 以上」になることも予想されるのだから、事業者としては6月までに体制の整備等を図らざるを得ない。

与えられる期間がどれほど短くても、状況によっては必要な検討を行うことさえせずに、体制の整備を行うしない。そうなると、事業場によっては、仮にあとで不備に気づいたとしても、修正は困難というケースもあろう。


(ウ)労働衛生の3管理の観点からの疑問点

さて、熱中症対策もまた、労働衛生管理の一つである。そうであれば、労働衛生の3管理(作業環境管理、作業管理及び健康管理)が重要となることは言うまでもない。また、リスクアセスメントや労働衛生教育が重要であることもいうまでもない。

ところが、改正安衛則においては、作業環境の改善や作業の改善は、あっさりと切り捨てられている。また、リスクアセスメントや労働衛生教育についても、あらたな規定は設けられていないのである。

改正安衛則では、作業環境管理と作業管理を飛び越えて、健康管理のうち早期発見、早期対処のみを義務付けることとされたのである(※)

※ リスクアセスメントについては、熱中症の予防も含めて安衛法第 28 条の2によって義務付けられており、労働衛生教育については熱中症の予防も含めて安衛法第 59 条によってすでに義務付けられていると考えることも可能である。

しかし、リスクアセスメントにせよ、労働衛生教育にせよ、熱中症対策について従来のリスクアセスメントや雇入れ時の教育の中で行うのでは、あまりにも不十分なものにならざるを得ないだろう。


イ 労働政策審議会(安全衛生分科会)における諮問と答申

さて、2015年3月12日には、第 175 回労働政策審議会安全衛生分科会において、「労働安全衛生規則の一部を改正する省令案要綱」が厚生労働大臣から労働政策委員会会長に対して諮問され、「妥当と認める」との答申を得たところである(※)

※ この答申についての報道発表文は公表されていない。また、当日の審議会の議事録は、本稿執筆時点で公開されていない。

労働安全衛生規則の一部を改正する省令案の概要

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本件要綱の内容は、基本的にパブコメのときの「概要」と同じものである。この日に改正案要綱が妥当との答申を得たことで、厚生労働省では、省令改正等の最終的な改正の手続きに入っている。

なお、 この答申については、3月 12 日以降、厚生労働省が熱中症対策を罰則付きで行うという報道が行われている(※)

※ 2025年3月12日読売新聞「企業の熱中症対策、厚生労働省が罰則付きで義務化へ…初期症状の放置で重症化と判断」、2025年3月16日NHK「働く人の熱中症対策 企業に罰則付きで義務づける方針 厚労省」など


(2)改正された省令の内容とパブコメへの回答等

ア 改正された省令の内容

そして、2025 年 4月 15 日に「労働安全衛生規則の一部を改正する省令」(令和7年4月15日厚生労働省令第57号)が公布されたのである。具体的には、労働安全衛生規則に次の第 612 条の2を追加するものである。

【労働安全衛生規則】

(熱中症を生ずるおそれのある作業)

第612条の2 事業者は、暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症を生ずるおそれのある作業を行うときは、あらかじめ、当該作業に従事する者が熱中症の自覚症状を有する場合又は当該作業に従事する者に熱中症が生じた疑いがあることを当該作業に従事する他の者が発見した場合にその旨の報告をさせる体 制を整備し、当該作業に従事する者に対し、当該体制を周知させなければならない。

 事業者は、暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症 を生ずるおそれのある作業を行うときは、あらかじめ、作業場ごとに、当該作業からの離脱、身体の冷却、必要に応じて医師の診察又は処置を受けさせることその他熱中症の症状の悪化を防止するために必要な措置の内容及びその実施に関する手順を定め、当該作業に従事する者に対し、当該措置の内容及びその実施に関する手順を周知させなければならない。

同改正省令によると、省令委任の根拠となる条文は安衛則第 27 条であるとされている。根拠条文そのものは、最近の厚労省の慣行に従って公表されていないが、同規則第 23 条であることは明らかで、違反には 6月以下の懲役又は 50 万円以下の罰金(安衛法第 119 条)が法定されている。

これについて、4月15日の厚生労働大臣の会見の際に、福岡厚生労働大臣は、記者の質問に答えて「事業者に対し、熱中症のおそれがある作業者を早期に発見するための体制整備、熱中症の重篤化を防止するための措置手順の作成、これらの体制や手順の関係作業者への周知を罰則付きで義務付けることとし、これらにより、熱中症による死亡災害の減少に向けて取り組んでまいりたい」と述べている。

※ 厚生労働省「福岡大臣会見概要」(令和7年4月15日)による

大臣の会見内容から判断する限り、現実に熱中症で死亡災害を発生させ、本条に違反があれば、監督機関は厳正な対処をするものと思われる。もっとも、この種のやや曖昧な内容の安衛則の規定について、たんなる違反についていきなり司法処分を行うことは考えにくく、罰則を強調することにはやや違和感を禁じえない。

なお、パブコメを行った時点では、省令の改正の省令と同時に通達でガイドラインを示すとされていたが、本稿執筆時点で通達もガイドラインも公表されていない。


イ パブコメへの回答等

今回の労働安全衛生規則の改正について

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先述したように、本改正については、本稿執筆時点で通達は発出されていない。しかし、パブコメへの回答が、慣例によって省令公布と同時に公開されている。

このうち、パブコメへの回答については、全体で 31 件の質疑が載っており、これがかなり参考となる。その内容は以下に解説する。

また、改正安衛則に関するパンフレット「職場における熱中症対策の強化について」が「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」に掲示されており、今回の省令改正の全体像を知る上では役に立つ。

図は、パンフレットからの引用である。この図からも分かるように、今回の安衛則改正の主眼は、熱中症を早期に発見して適切な対応をとるための仕組みを構築(して、それを関係者に周知)するということである。


2 省令改正へどのように対応するべきか

(1)施行期日等(いつまでに対策をたてなければならないか)

屋外作業の女性

※ イメージ図(©photoAC)

施行は、すでに述べた通り、2025年6月1日からとなる。従って、施行の日以降の最初に「熱中症を生ずるおそれのある作業」を労働者に行わせるときまでに、新条の体制の整備、手順の作成等の対応を行う必要があることとなる。

ここで、「熱中症を生ずるおそれのある作業」とは、パブコメへの回答5によれば、「WBGT 28度以上又は気温 31 度以上の環境下で連続1時間以上又は1日4時間超の実施が見込まれる作業」とされている。

問題は、どうやってそれを確認するかだが、同じパブコメの回答 20 によれば、実測が基本だという。しかし、これは温度が管理される屋内作業についてのことである。屋内作業の場合は、実測してみて「WBGT 28 度以上又は気温 31 度以上」にならないと分かれば、改正安衛則の対象にはならないと判断してよい。

しかし、屋外作業については実測しても意味はない。WBGT 又は気温は変化するのである。そして、「熱中症を生ずるおそれのある作業」を行う場合は、あらかじめ報告体制などを備えておく必要があるのだ。実測して確認したとしても、熱中症のおそれがあると分かったときは「時すでに遅し」である。

また、屋外作業を行う場合、あらかじめ報告の体制を整えているのであれば、「熱中症の自覚症状を有する場合又は当該作業に従事する者に熱中症が生じた疑いがある」のであれば、気温や WBGT の値に関わりなく対処をしなければない。実測して「WBGT 28 度以上又は気温 31 度以上」になっていなければ、対処しなくても良いということにはならないのである。

【熱中症を生ずるおそれのある作業】

No. 案に対する御意見の要旨 御意見に対する厚生労働省の考え方
(略) (略) (略)

【改正事項に関するご意見】

○ 労働安全衛生法(昭和 47 年法律第 57 号)第 22 条第2号で掲げられる健康障害の要因に、熱中症にかかりやすい状況を指す「高湿」の文言を追記してほしい。また同時に、熱中症だけでなく、冬場のインフルエンザの感染リスクも想定し、「低湿」も今後の改正時にご検討いただきたい。

○ (略)

(略)本改正における「熱中症による健康障害を生ずるおそれのある作業」とは、「WBGT 28度以上又は気温 31 度以上の環境下で連続1時間以上又は1日4時間超の実施が見込まれる作業」と示すことを予定しており、湿度にも着目したものです(略)

(略) (略) (略)
20

【WBGT 値等の測定に関するご意見】

○ 『WBGT 28 度以上又は気温31度以上の環境下』の確認については、確認方法を明確にしていただきたい。

  さらに、気温測定だけでは前提条件となる環境の確認ができず WBGT 測定が必要であり、また通達上記載がある環境省熱中症予防情報サイトでの確認は5月から 10 月の期間でしか行えず、当該期間以外でも熱中症が発生している状況であるため、原則各作業場において WBGT 測定器による環境測定を行うこととすべき。

  なお、原則 WBGT 測定器による測定を義務付けとし、測定値の精度が担保できる外部 WBGT 値測定公表機関等(環境省熱中症予防情報サイト等)による WBGT 値の確認を行った場合には同等の措置とみなす等の扱いとする等は考えられるのではないか。

○ 今後、WBGT 値や温度の測定基準、測定器の要求規格、測定器の精度管理検定要求などは定められるのか。

 WBGT 値や気温については、実際に作業が行われる場で実測することが基本ですが、通風のよい屋外作業などで天気予報、スマホのアプリ、環境省の運営する熱中症予防情報サイト等の活用によって判断可能な場合には、これらを用いても差し支えありません。

 WBGT 値の測定については、正確に測定するためには日本産業規格 JIS Z 8504 又はJIS B 7922 に適合した WBGT 指数計で測定いただくことが望ましいと考えます。また、WBGT 値の測定方法についても、日本産業規格 JIS Z 8504 を参考にしていただければと思います。

 気温の測定については、著しい暑熱の屋内作業場における作業環境測定の際の測定方法等を定めた作業環境測定基準(昭和 51 年労働省告示第 46 号)第3条を参考にしてください。

 WBGT 値や気温の測定結果について、本改正は記録や保存を義務付けるものではありませんが、事業場における熱中症予防対策や熱中症の重症化を予防するための取組に必要な範囲で記録・保存していただくことが望ましいと考えます。

(略) (略) (略)
※ 厚生労働省「労働安全衛生規則の一部を改正する省令案(熱中症関係)に関する意見募集の結果について」(2025 年4月 19 日)

屋外業務の場合は、6月になって早々に「WBGT 28 度以上又は気温 31 度 以上」になることがないとは、誰にも言えないのである。屋外作業を行うのであれば、事業者としては、6月までに、体制の整備等を図る必要があるというべきである。


(2)具体的に何をすれば良いか

ア 具体的な対応

(ア)改正法の基本的な考え方

具体的な実施体制の整備等については、同回答の9によれば、「本改正により義務付けられる「報告体制の整備」、「実施手順の作成」、「関係労働者への周知」の具体的な内容は、追って通達等でお示しする予定です」とされている。従って、具体的に何を行うべきかは、通達が示されないと分からないことになるが、施行までの期間が十分にないことを踏まえ、通達が発出され(かつ公開され)た場合には、速やかな対応をとる必要がある。

これについては、通達が発出され次第、本稿の改訂を行いたいと思っているが、要は熱中症の疑いがある場合の報告体制等については、ある程度の合理性を持ったものであれば問題はないということである。また、実際に熱中症が発生した場合の措置も、予め作成した通りに実施しなくてもかまわないというのであるから、その時点で得られる情報から合理性があると判断されるものを策定して関係者に周知・徹底すればよいということとなる。

ある程度の準備は、通達が出るまでもなく進めることは可能であろう。

現実には、中小企業等に対しては、業界団体などが共通的な対策を作成して説明会を行うなどの対応が望まれよう。大企業においては、衛生コンサルタント、産業医などの専門家の意見を聴きつつ、衛生委員会等に諮ったうえで策定するべきであろう。

【「報告体制の整備」、「実施手順の作成」、「関係労働者への周知」の具体的な内容】

No. 案に対する御意見の要旨 御意見に対する厚生労働省の考え方
(略) (略) (略)

【措置の具体的な内容に関するご意見】

○ それぞれの措置内容として、具体的に以下の内容でよいか。

  (以下略)

  本改正により義務付けられる「報告体制の整備」、「実施手順の作成」、「関係労働者への周知」の具体的な内容は、追って通達等でお示しする予定です。

(略) (略) (略)
11

【措置の具体的な内容に関するご意見】

○ 「医療機関への搬送」とあるが、あらかじめ定めることとされている必要な措置の内容及び実施手順には、具体的な医療機関名まで定める必要があるのか。仮に、具体的な医療機関名まで定める場合、医療機関の混雑状況に関わらず、画一的な運用となり、かえって熱中症による健康障害を生ずるおそれがある。

  事業者が定める報告体制や手順等については、熱中症の疑いがある者を認めた場合に、当該者の熱中症を重症化させないために実施する措置をあらかじめ定めておくことを目的としているため、事業者が定めた内容は合理的に実施可能な内容である必要があります。

  そのうえで、熱中症の症状の悪化を防止するために必要な措置の内容及びその実施に関する手順等として、具体的に医療機関名等を定めた場合であっても、現実に熱中症の疑いがある者が生じた場合に、当該手順等により対応することが目的に照らして不合理となっている場合は、あらかじめ定めた内容に限らず、熱中症を重症化させないための適切な措置を講じる必要があります。

(略) (略) (略)
12

【措置の具体的な内容に関するご意見】

○ 報告体制の設置・周知を行った上で、実際には当該報告体制が作業の多忙さなどにより当該体制が機能しないことは容易に想定されるが、その場合、今回の改正による法令の内容に違反しないということでよいか。また、熱中症の症状の重篤化を防ぐために必要な措置は、その内容については事業者が自由に定めていればよく、例えその措置に致命的欠陥があったとしても法的には問題ないという理解でよいのか。

  本改正においては、あらかじめ定めた報告体制や手順等に基づき、実際に措置を講ずることについてまで義務付けるものではありませんが、手順等の作成等に当たっては、熱中症の重篤化を防止する観点から、合理的に実施可能な内容を定める必要があります。

  また、実際の対応に際しては、あらかじめ作成した手順を踏まえ、適切に対応して頂くことが望ましいですが、状況によっては、手順どおりに措置を講ずることが難しい場合にあっても、熱中症の重篤化を防止するため、状況に応じた合理的な措置を講じていただく必要があります。

(略) (略) (略)
※ 厚生労働省「労働安全衛生規則の一部を改正する省令案(熱中症関係)に関する意見募集の結果について」(2025 年4月 19 日)

(イ)個人事業主等への対応をどう考えるべきか

今回の安衛則の改正では、個人事業主等への対応は求められていない。しかし、個人事業主等であっても、請負などの契約関係があれば状況によっては、安全配慮義務が成立しよう。

個人事業主については、本人任せにしておいてよいものではない。労働者に準じた対応を取ることが望まれよう。


(ウ)熱中症を生ずるおそれのある作業に準じる状態をどう考えるべきか

また、パブコメへの回答6によれば、「これ(熱中症を生ずるおそれのある作業:引用者)に該当しない作業についても、作業強度や着衣の状況によりWBGT基準値を超える場合は熱中症のリスクが高まるため、同様の措置を通達等で推奨することを予定しています」とされている。

【熱中症を生ずるおそれのある作業に該当しない作業】

No. 案に対する御意見の要旨 御意見に対する厚生労働省の考え方
(略) (略) (略)

【改正事項に関するご意見】

○ 熱中症を早期に発見し適切な対応を図ることを目的としていることは理解できる。しかし、本義務の対象事業所の決定方法が明確でなく、本改正後に、明らかな高温作業を行う事業所以外は本規制の対象ではないと判断したが、被災者が出た場合に、措置を講ずるべきであったと後出しでの法令適用を受ける可能性があり、かつ法令の目的である「被災者を未然に防止する」ことが十分に達成できない懸念がある。

  ついては、以下のような対象事業所の明確な適用基準を示していただきたい。

・ 化学物質のリスクアセスメントと同様、一定の判定基準に基づく作業環境アセスメントを自ら実施し、その結果に基づき必要な対応を行う。

・ 「冷房設備がなく外気導入のみで換気を行う事業所および屋外作業を行う事業者」を全て本規制の対象とする。

 本改正における「熱中症による健康障害を生ずるおそれのある作業」とは、「WBGT 28 度以上又は気温 31 度以上の環境下で連続1時間以上又は1日4時間超の実施が見込まれる作業」であることを通達で示すことを予定しており、これに該当する作業を行う場合には本改正による措置を講ずる義務が生じます。

 また、これに該当しない作業についても、作業強度や着衣の状況により WBGT 基準値を超える場合は熱中症のリスクが高まるため、同様の措置を通達等で推奨することを予定しています。

(略) (略) (略)
※ 厚生労働省「労働安全衛生規則の一部を改正する省令案(熱中症関係)に関する意見募集の結果について」(2025 年4月 19 日)

そもそも、本改正法の考え方は、熱中症に罹患した本人や周囲の者による事業者への報告と対処の体制づくりを義務付けるものである。熱中症を生ずるおそれのある作業に該当しない場合は、熱中症に罹患しても対処をとらなくてもよいなどということがあるはずがない。

なお、通達で示される内容については現時点では分からないが、通達によって災害防止を目的とする行政指導が行われる場合は、その内容は雇用契約上の安全配慮義務の内容となり得ることに留意するべきである。


(3)労働者に対する熱中症対策のための教育について

本改正の主眼は、熱中症の初期症状を呈する状態になったとき、本人や周囲の者が事業者に報告するとともに、適切な対応をとるための体制作りということである。

しかし、そのためには労働者に対する熱中症の早期発見と早期対処に必要な知識を付与することが前提となろう。すなわち、適切な熱中症に関する衛生教育の実施が不可欠なのである。

そのために、「熱中症を生ずるおそれのある作業」を特別教育の対象にするべきである。これについては、次の note の記事に書いたのでここでは繰り返さないが、やはり教育が筆湯なことは言うまでもない。

【熱中症を生ずるおそれのある作業】

No. 案に対する御意見の要旨 御意見に対する厚生労働省の考え方
(略) (略) (略)
14

【熱中症予防や対処法に関する教育に関するご意見】

○ 本改正により、事業者は熱中症予防管理者による熱中症教育を各現場で実施する事が求められるのか。またその場合、建設業のような重層下請け構造の中で、一次下請業者が二次下請業者の作業員への教育を実施してもよいか。

 本改正は新たに熱中症に関する教育を義務付けるものではありませんが、熱中症を生ずるおそれがある作業に労働者を従事させる際には労働安全衛生法第59条第1項による安全衛生教育を実施する必要があります。その内容については具体的に定められていませんが、熱中症に関する望ましい教育の内容や実施頻度等については、引き続き、「STOP! 熱中症クールワークキャンペーン」の実施要綱に基づき教育の実施を推奨してまいります。

なお、前記の労働安全衛生法第 59 条第1項に基づく安全衛生教育を実施する義務についてはそれぞれの労働者を使用する事業者の義務ですが、その具体的な実施にあたり、元請事業者に委託し、まとめて実施することは可能です。

15

【熱中症予防や対処法に関する教育に関するご意見】

○ 熱中症の教育については、労働安全衛生法第 59 条並びに労働安全衛生規則(昭和 47 年労働省令第 32 号)第 36 条第1項第5号及び第7号に基づき実施することとされたい。

  また、クールワークキャンペーン実施要綱で示されている労働者向け労働衛生教育(雇入れ時又は新規入場時)の事項については、最低限の教育実施時間を明示していただきたい。

  更に、定期的に反復継続して教育等が行われるように考慮されたい。

  教育については、有識者によるヒアリング結果において非常に重要とされており、労働者の取組の確実な実施、教育の質、内容を担保するために必要である。

 本改正は新たに熱中症に関する教育を義務付けるものではありませんが、熱中症を生ずるおそれがある作業に労働者を従事させる際には労働安全衛生法第59条第1項による安全衛生教育を実施する必要があります。その内容については具体的に定められていませんが、熱中症に関する望ましい教育の内容や実施頻度等については、引き続き、「STOP! 熱中症クールワークキャンペーン」の実施要綱に基づき教育の実施を推奨してまいります。

またご提案いただいた内容につきましては今後の参考とさせていただきます。

(略) (略) (略)
※ 厚生労働省「労働安全衛生規則の一部を改正する省令案(熱中症関係)に関する意見募集の結果について」(2025 年4月 19 日)

なお、行政としては(残念なことに)「熱中症を生ずるおそれのある作業」を特別教育の対象にして欲しいという要望は、却下している。

しかし、厚生労働省としても、雇入れ時の教育の一環として熱中症対策を行うことは必要としており、熱中症の教育の実施は重要なことだと考えるべきである。

なお、熱中症に関する労働衛生教育を行う場合には、「STOP! 熱中 症クールワークキャンペーン」の実施要綱に、教育の科目・時間等が記載されているので、参考にして頂きたい。


3 最後に

(1)熱中症対策の重要性

年齢階層別熱中症発生状況の推移

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熱中症の死亡災害発生件数を見ると、50 歳以上の死者が常に半数を超えている。今後、労働者の高齢化はさらに進むことが予想されるし、気候危機の影響で熱中症の発生数の増加も容易に予想されるところである。

すなわち、熱中症対策が、今後、ますます重要となることは明らかであろう。今回の安衛則の改正は重要なものであることは言うまでもない。

本改正の主眼である熱中症の早期発見、早期の適切な対応は熱中症対策の中でもとくに重要な事項である。適切な対応が望まれよう。


(2)今回の法改正の問題点

ア あまりにも公布から施行までの期間が短いこと

しかしそうであればこそ、公布から施行までの期間が短すぎて、事業者の側の準備期間が十分にとれないことは大きな問題だというべきである。

とりわけ中小企業の業界団体などでは、業界としての基準の策定、会員事業場への周知・啓発・教育等を行いたくても、行う時間がとれないということである。

中小の企業では、このような対策でも独自に対応を取ることは困難な面がある。そうであればこそ、業界団体が適切な対応をとることが有効でもあり、また必要でもあろう。

しかし、1月半では期間が短すぎ、しかも通達が本稿執筆時点で公表されていないのである。これでは、事業者としても適切な対応を取ることが難しいというべきだ。


イ 作業環境管理、作業管理についての規定に欠けること

また、衛生管理の基礎となる作業環境管理及び作業管理についての規定が策定されなかったことは、労働災害防止対策の基本的な思想からの大きな後退ともいえよう。

熱中症対策の場合、作業環境の改善及び作業管理上の対策は困難な面があることは否定はしない。しかし、努力義務としても、守衛や交通整理などの屋外での業務での日よけの設置、日よけ付き保護帽の支給、クールベスト等の支給などを盛り込めなかったものだろうか。

とりわけ日本では守衛は炎天下に立っていることが多いが、諸外国では日陰のあるスタンドの中に入っていることが多い。ぜひ、このような業種からでも改善が望まれるところである。


ウ 労働衛生教育についての規定に欠けること

また、熱中症の早期発見、早期の適切な対応を確実に行うためには、熱中症に関する衛生教育が重要である。安衛則第 36 条の特別教育が必要な業務については、近年、フルハーネス着用業務、テールゲートリフター操作業務などが新たに対象となっている(※)

※ 電気自動車整備の業務は、電気工事業務からの分離であり、新たな義務付けではない。

熱中症の危険のある業務が、これらの業務に比して教育の必要性が低いとは思えない。

ここは、ぜひ特別教育の対象に加えて欲しいと思う。


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