※ イメージ図(©photoAC)
近年、熱中症による労働災害発生件数は、休業4日以上の死傷者が毎年数百名となり、死者数も数十人が発生しています。そして、熱中症の被災者は高齢者に集中している傾向があります。
熱中症による労働災害防止対策は、厚労省も力を入れており、令和3年には総合的な「職場における熱中症予防基本対策要綱の策定について」(令和3年4月20日基発0420第3号(7月に改正))を発出しています。
熱中症は早期発見が重要であり、この「職場における熱中症予防基本対策要綱」には、「作業中は巡視を頻繁に行い、声をかける等して労働者の健康状態を確認すること
」とされており、その解説には、熱へのばく露を止めることが必要とされている兆候が具体的に示されています。
そして、厚労省は 2017 年(平成 29 年)以降、毎年5月から「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」を実施していますが、この中で、ウェアラブルデバイスなどの IoT 機器(※)の活用を呼び掛けています。
※ IoT 機器とは、Internet of Things の略で、様ざまな電子機器をインターネットを通して接続することをいう。ここでは、ウェアラブル端末を用いて心拍や体動などの生体情報を測定し、測定結果をインターネットを通してモニタリングすることで、労働者の健康管理を行う仕組みを指している。
熱中症の兆候を早期に発見するためのウェアラブル端末は、様々なものが開発されていますが、一旦、導入しても、誤動作が多い、労働者が嫌がるなどの理由で使用を止めてしまう例もあるようです。
しかしながら、熱中症の防止にはウェアラブル端末の活用が望ましいことから、それを活用する上での留意点等について解説します。
- 1 1 熱中症による労働災害の増加とその対策
- (1)熱中症による労働災害の発生件数の推移とその原因
- (2)厚生労働省による熱中症対策
- 2 ウェアラブル端末による熱中症対策の効果
- (1)ウェアラブル端末とは
- (2)ウェアラブル端末の効果=いくつかの研究成果から
- 3 実際の使用例
- (1)実際の導入状況
- (2)実際の現場では(筆者の知る例)
- 4 最後に
1 熱中症による労働災害の増加とその対策
(1)熱中症による労働災害の発生件数の推移とその原因
ア 長期的に見た熱中症による労働災害の発生件数の増加
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最終改訂:
近年、熱中症による労働災害発生件数は、休業4日以上の死傷者が毎年数百名となり、近年では1,000名を超える年もあるなど長期的な傾向をみても急増といってよい状況にある。また、死者数も数十人が発生しており、減少傾向がみられない。
イ 熱中症の増加の原因 ①=気候危機
※ イメージ図(©photoAC)
このような熱中症による労働災害の発生件数の増加の要因のひとつに、気候危機の影響による気温の異状があることはいうまでもない。気候危機はかつて「温暖化」と言われたために一部に誤解があるが、気温がすべての地域で年間を通して一律に上昇するのではない。
確かに、全体として気温が上昇することは事実なのだが、場所や時間によっては気温が低下するなど異常な気温の変化が起きるのである。冬から春にかけて低温となり、夏季に気温が急激に上昇することも起き得るのだ。
このため、夏季までに作業者が高温の上昇に慣れることがないまま、夏季に気温が急上昇すると、熱中症の被害が増えるのである。
ウ 熱中症の増加の原因 ②=高齢化の進展
また、労働者の年齢が上昇していることも熱中症による労働災害の増加の大きな原因となっている。上野(※)によると、「人口 10 万人に1人の割合で熱中症により救急搬送される時の日最高 WBGT 値」は、65 歳以上は 18 ~ 64 歳と比較して 2.6 ℃も低いとされている。
※ 上野哲「熱中症発症の地域差及び年齢差」(安衛研ニュースNo.169)
【高年齢者とWBGT】
年齢差に関しては、65 歳以上が最も W1(※)が低く、次が 7 ~ 17 歳で、18 ~ 64 歳は最も高くなりました。夏季日最高 WBGT 平均値が最も多い 32 ℃での W1 は、65 歳以上で 29.8 ℃、7 ~ 17 歳は 31.1 ℃、18 ~ 64 歳は 32.4 ℃でした。65 歳以上は、18 ~ 64 歳と比較して日最高 WBGT が 2.6 ℃も低くても同じ人数だけ熱中症で救急搬送されることを示しており、大きな差となりました。
※ 上野哲「熱中症発症の地域差及び年齢差」(安衛研ニュースNo.169)※ W1:人口 10 万人に1人の割合で熱中症により救急搬送される時の日最高 WBGT 値
エ 熱中症の被災者に占める高齢者の割合
熱中症は、ここ6年の休業4日以上死傷災害をみても高齢者の割合がきわめて多い。年齢階層別に死傷者数をみると、50 歳以上の労働者が、ここ6年で 2,644 件と全体(5,399件)の 49.0 %と半数近いのである。また、65 歳以上だけをとっても、この6年間の合計で813件と全体の 15 %強となっている。熱中症対策においては、高齢者への対策が重要となるのである。
これは死亡災害についても同様な傾向である。年によってばらつきはあるものの、ここ6年間で 50 歳以上が 82 件と全体(153件)の 53.6 %と半数を超え、65 歳以上で 28 件と 18.3 %を占めているのである。
(2)厚生労働省による熱中症対策
ア ガイドラインの策定
※ イメージ図(©photoAC)
熱中症による労働災害防止対策については、厚労省も労働災害防止対策の重点に据え、様々な対策を行っている。令和3年には総合的な「職場における熱中症予防基本対策要綱の策定について」(令和3年4月20日基発0420第3号(7月に改正))により基本的な方針を示している(※)。
※ 令和3年の通達は、平成17年の「熱中症の予防対策におけるWBGTの活用について」(平成17年7月29日基安発第0729001号)及び平成21年の「職場における熱中症の予防について」(平成21年6月19日基発第0619001号)を統合したもの。
イ 熱中症の兆候を早期に発見する重要性
熱中症は早期発見が重要であり、この「職場における熱中症予防基本対策要綱」には、「作業中は巡視を頻繁に行い、声をかける等して労働者の健康状態を確認すること
」とされており、その解説には、熱へのばく露を止めることが必要とされている兆候が次のように具体的に示されている。
【心機能が正常な労働者の熱へのばく露を止めることが必要とされている兆候】
- 1分間の心拍数が数分間継続して180から年齢を引いた値を超える場合
- 作業強度のピークの1分後の心拍数が120を超える場合
- 休憩中等の体温が作業開始前の体温に戻らない場合
- 作業開始前より1.5%を超えて体重が減少している場合
- 急激で激しい疲労感、悪心、めまい、意識喪失等の症状が発現した場合等
ウ 熱中症対策にウェアラブル端末の活用を推奨
(ア)STOP!熱中症 クールワークキャンペーン
※ イメージ図(©photoAC)
厚労省は、2017年(平成29年)以降、毎年5月から「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」を実施している。この中で、次に示すようにウェアラブル端末の活用を呼び掛けている。
なお、「エ 作業管理」に「ウェアラブルデバイスなどのIoT機器の活用」を推奨する記述が入ったのは、2019年(平成31年)からであるが、「オ 健康管理」にウェアラブルデバイスについての記述が入ったのは、2024年(令和6年)が初めてである。
【熱中症 クールワークキャンペーン】
10 各事業場における詳細な実施事項
(2)キャンペーン期間中に実施すべき事項
エ 作業管理
(ア)作業時間の短縮等
② 管理者は、作業中労働者の心拍数、体温及び尿の回数・色等の身体状況、水分及び塩分の摂取状況を頻繁に確認する。なお、熱中症の発生しやすさには個人差があることから、ウェアラブルデバイスなどのIoT機器を活用することによる健康管理も有効である。
オ 健康管理
(エ)作業中の労働者の健康状態の確認
作業中は巡視を頻繁に行い、声をかけるなどして労働者の健康状態を確認する。また、単独での長時間労働を避けさせ、複数の労働者による作業においては、労働者にお互いの健康状態について留意するよう指導するとともに、異変を感じた際には躊躇することなく周囲の労働者や管理者に申し出るよう指導する。単独作業を避けられない場合はウェアラブルデバイス導入を検討することや体調の定期連絡など常に状況を確認できる態勢を確保する。
※ 厚生労働省「令和6年「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」概要及び実施要綱」(報道発表資料)(下線強調引用者)
すなわち、厚労省としては、2019年以降、作業管理としての熱中症対策としてウェアラブル端末等の使用を推奨しており、とりわけ2024年からは健康管理の面からもウェアラブル端末等の使用を求めているのである。
(イ)高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン
また、高齢者については、とくに「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(エイジフレンドリーガイドライン:令和2年3月16日基安発0316第1号、報道発表資料)に、「暑熱な環境への対応」として「熱中症の初期症状を把握できるウェアラブルデバイス等の IoT 機器を利用すること
」とされている。
すなわち、高齢者については2020年から健康確保のためにウェアラブル端末の使用を推奨しているのである。
2 ウェアラブル端末による熱中症対策の効果
(1)ウェアラブル端末とは
ア ウェアラブル端末の形状
※ イメージ図(©photoAC)
熱中症の兆候を早期に発見するためのウェアラブル端末は、様々なものが開発されている。
形状は、腕時計型、シャツ型、耳朶型、ヘルメット型などがあるが、労働の現場で用いられるのは腕時計型とシャツ型がほとんどである。腕時計型はリストバンド方式で、シャツ型は上半身に着込むタイプである。
腕時計型は、機械等にひっかけるおそれがあり、また労働者が嫌がることがあるが、表示を労働者が見ることができるので、労働者自身が熱中症のリスクを知ることができるという利点がある。
シャツ型の利点は作業のじゃまにならないということもあるが、生体指標を腕時計型よりも正確に測定できるという利点もある。
イ ウェアラブル端末で測定可能な項目
(ア)ウェアラブル端末で測定可能な項目
測定可能な項目は、各種の生体指標、体動(※)、周囲の WBGT など(又はそれらのうちのいくつか)である。
※ 体動とは、熱中症で労働者がしゃがみこんだり、転倒したりしたりすることで、それを検知して管理者が把握することで、熱中症による事故を防止するための機能である。
(イ)非侵襲で測定できる生体指標
ウェアラブル端末によって、非侵襲で測定できる生体指標としては、体温、心電図、脈拍、血圧などの他、血中酸素飽和度などの測定も可能である。かつては正確な測定が難しいと言われた心電図、脈拍、血圧なども、健診機関で用いる測定器ほどではないにしても、近年ではかなり正確に測定できるとする研究もある(※)。
※ 吉本佳代「ウェアラブルセンサを用いた生体計測」(システム/制御/情報 Vol.66 No.2 2022年)
なお、血糖値については、(一社)日本糖尿病学会が 2024 年4月 23 日に「指先穿刺や皮下センサー留置のための皮膚穿刺をすることなく、血糖値やグルコース値を測定できる医療機器はありません」とする見解(※)を公表している。
※ 一般社団法人 日本糖尿病学会「血糖測定機能をうたうスマートウォッチ(腕時計型デバイス)について」(2024年4月23日)
また、一部に発汗量が測定できるとする腕時計型ウェアラブル端末も販売されている(※1)。さらにウェアラブル端末による熱中症のリスクの評価のために、深部体温を推定する方法の研究も進んでいる(※2)。
※1 中小企業庁Go-Techナビ「発汗計搭載ウェアラブルデバイスの試作、並びに発汗量計測実験の探求」(※ リンク先の製品を推奨するものではありません。)
※2 時澤健「ウェアラブル深部体温計の実用化に向けて」(安衛研ニュースNo.119)、中川慎也「ウェアラブルデバイスによる深部体温計測技術」(エレクトロニクス実装学会誌 Vol.23 No.5 2020年)など参照
(2)ウェアラブル端末の効果=いくつかの研究成果から
ア 実験室による検証実験(産医大)
※ イメージ図(©photoAC)
ウェアラブル端末を用いた熱中症対策の効果に関する実証研究として、最も大規模に行われたものに、丸山他(※)がある。これは、ウェアラブル端末とIoT技術を用いた熱中症対策について、広範な検証を行ったものであり、結果が公開されている。
※ 丸山崇「熱中症予防対策におけるウェアラブルセンサーの活用と効果的な熱中症予防法の検証」(2021年3月)
この調査によると、産医大の人工気候室において、暑熱環境下での作業をボランティアによって再現し、シャツ型のウェアラブル端末によって熱中症のリスクを評価したところ、妥当な検出が可能であったとされている。
調査では、実験中に、心電図、深部体温(直腸温)、体表面温度を連続的に実際に計測し、同時にウェアラブル端末を用いて心拍データを計測し、心拍データから推定される暑熱リスク、眠気、体調、ストレスの値を記録している。
この結果、「全体的にウェアラブルデバイスでは非常に高い精度で心拍数が計測できて おり、計測誤差の少ない高率群では、深部体温が閾値を超えた場合の暑熱リスク通知は極めて高い確率で検出された
」という。
イ 建設現場における腕時計型ウェアラブル端末の検証実験
また、丸山他(前掲)の一環として、八谷(※)は、実際の建設現場においても、腕時計型ウェアラブル端末を用いた検証実験を2社の協力を得て行っている。やや長いが下に引用する。なおこの結果を表にまとめたものを、下記に示している。
※ 八谷百合子「腕時計型ウェアラブルセンサーによる熱中症予防(現場実証)」(2021年3月)
【建設現場におけるウェアラブル端末による熱中症のリスク評価】
本年度2020(令和2)年度、我々は実際の労働現場において、2019年度に人工気候室で検証した腕時計型ウェアラブルセンサーを使い、研究協力会社(A社・B社)の協力のもと暑熱環境下での現場実証を行った。実験は、A社の成人健康男性7名(74.0±4.3歳)とB社の成人健康男性7名(36.3±6.5歳)の合計14名の被験者に各社の作業現場において7日間、腕時計型ウェアラブルセンサーを装着し普段の作業を行った。測定項目は、熱中症計によるWBGT(℃)、Heat Strain状態を推測する1つの指標として自覚症状を示す問診票による疲労度・温熱感覚・熱性適性、腕時計型ウェアラブルセンサーによるパルス数及び温度・湿度と作業時間の計測から出力した身体(カラダ)熱環境レベル・身体負荷レベル・熱ストレスレベルであった。WBGT及び問診票から熱中症高リスク状態を判断し、腕時計型ウェアラブルセンサーによる異常検出閾値の結果と比較検討した。
その結果、A社は合計49回(被験者7名×7日間)中、WBGT(℃)及び問診票の結果から熱中症高リスク状態だったのは11回(対合計、22.4%)であった。この熱中症高リスク状態だった11回中、腕時計型ウェアラブルセンサーが身体負荷アラームなどを検出するための検出レベル以上と判定したのは、4回(対熱中症高リスク状態、36.4%)であり、熱中症高リスク状態ではなかった38回中、検出レベル以下と判定したのは、36回(対非熱中症高リスク状態、94.7%)であった。同様にB社は熱中症高リスク状態だったのは34回(対合計、69.4%)であった。この熱中症高リスク状態だった34回中、腕時計型ウェアラブルセンサーが検出レベル以上と判定したのは、27回(対熱中症高リスク状態、79.4%)であり、熱中症高リスク状態ではなかった15回中、検出レベル以下と判定したのは、8回(対非熱中症高リスク状態、53.3%)であった。腕時計型ウェアラブルセンサーは、熱中症高リスク状態をとらえており、作業現場においても効果的な熱中症対策の機器と推察された。今回用いた腕時計型ウェアラブルセンサーは、実際の作業現場においても熱中症リスクの予測や予防対策の機器として有効であるとの見解を得た。今後、実際の労働現場で広く活用されることが期待される。
※ 八谷百合子「腕時計型ウェアラブルセンサーによる熱中症予防(現場実証)」(2021年3月)
これを表にまとめると以下のようになる。まず、A 社については次のようになる。
実際の熱中症リスク | |||
---|---|---|---|
高リスク | 低リスク | ||
ウェアラブル端末による評価 | 検出レベル以上 | 4 | 2 |
検出レベル以下 | 7 | 36 |
次に、B 社については次のようになる。
実際の熱中症リスク | |||
---|---|---|---|
高リスク | 低リスク | ||
ウェアラブル端末による評価 | 検出レベル以上 | 27 | 7 |
検出レベル以下 | 7 | 8 |
すなわち、A 社は実際の熱中症リスクの高い作業はそれほど多くはなかったが、B 社はかなりの作業が高かったということになる。そして、その結果は大きく分かれることとなった。
A 社は、高リスクの作業11のうち4作業しか検出レベル以上と判断できなかったのである。しかし、低リスクの作業について検出レベル以上だと判断することはほとんどなかったのである。
従って、熱中症の危険を見逃した可能性が高いということになる。
一方、B 社は高リスクの34作業のうち27作業を検出レベル以上と判断できたことになる。7作業を見逃したことは気になるが、20 %程度である。しかし、低リスクであるにもかかわらず検出レベル以上と判断した作業が 15 作業中7作業に達しているのである。これでは、誤作動が多いと判断されて、高リスクの作業を放置されるおそれがあるだろう。
すなわち、現時点では導入時に、システムが検知するのはあくまでも熱中症のリスクがあることであって、個人の疾病の診断をしているわけではなく、かつ一定の誤作動は避けられないことに十分な注意をする必要がある。
ウ 建設現場におけるヘルメット型ウェアラブル端末の検証実験
また、坂元他(※)は、ヘルメット型ウェアラブル端末を用いて、2022 年の8月8日から9月 12 日までの 12 日間に、20 代から 50 代の8人の男性作業員に対して、心拍数、発汗量(推定)の計測を行っている。
※ 坂元菜摘他「ヘルメット型ウェアラブルデバイスによる熱中症予兆検知に向けた実証実験と傾向分析」
これによると、外気温は実測よりも高く評価されたが、実際の熱中症のリスクは実測値よりもヘルメット内の温度の方がより重要であろう。
心拍数は、作業者の作業強度によって大きく変動するため、「熱中症予兆検知に用いる際は環境情報や他の生体情報と組み合わせて用いる必要がある
」とされている。
また、発汗量の推定値は「作業員の発汗を検知できている可能性が高く、熱中症予兆検知に用いられるのではないかと推察する」とされている。
3 実際の使用例
(1)実際の導入状況
※ イメージ図(©photoAC)
しかし、熱中症対策はとりわけ屋外型の産業を中心に職場の労働衛生対策の重要な課題になっているが、実は、熱中症対策のためにウェアラブル端末を導入する例はそれほど多くはないのが実態である。
2021年のデータであるが、丸山(※)によると 1,460 事業場(調査回収 287 事業場)への調査で、10 事業場(有効回答中 3.48 %)が IoT 機器を活用した熱中症対策を行っており、内7件(4製品)がウェアラブル端末によって生体指標を計測し、体調変化などの予測を元に熱中症対策に応用しているとされている。
※ 丸山崇他「熱中症予防対策におけるウェアラブルセンサーの活用と効果的な熱中症予防法の検証」(2021年3月)
しかし IoT 機器を用いた熱中症対策は、マスコミ等でも取り上げられており(※)、厚労省のガイドラインでも推奨されていることから、今後徐々にその利用が増えてゆくのではないかと思われる。
※ 日本経済新聞2021年8月6日「東急建設、ウェアラブルセンサーを活用した「熱中症予防管理システム」の実証実験を開始」、朝日新聞2019年11月27日「働く高齢者の事故防げ 厚労省、初のガイドライン策定へ」など。
(2)実際の現場では(筆者の知る例)
ア ウェアラブル端末を用いた IoT 機器活用の失敗例
※ イメージ図(©無料の写真素材「ぱくたそ」 )
事実、ウェアラブル端末を用いる IoT 技術による健康管理は、労働者の高齢化が進む中で、熱中症に限らず政府がその活用を推奨しており、また様々な商品化も進んでいるが意外に定着している例が少ないのも事実である。
一旦、導入しても、誤動作が多い、労働者が嫌がるなどの理由で使用を止めてしまう例もあるようだ。筆者は、作業者が長時間にわたって屋外で作業を行うある業種の方からウェアラブル端末の使用について聞いたことがある。
その事業場は、高年齢者が多く、炎天下や雨天時にも屋外で作業を行うことのある業種である。熱中症対策は、その業種における重要な課題となっており、一般的な様々な対策が行われている。
その一環として、ウェアラブル端末を用いた IoT 技術による熱中症対策のシステムを導入し、業界団体の集まりで発表したこともあったのである。しかし、結局はその後、使用をやめたということであった。
イ ウェアラブル端末活用を止めた理由とは
※ イメージ図(©無料の写真素材「ぱくたそ」 )
やめた理由は、「誤動作が多すぎる」ということが最大の理由で、労働者が嫌がるからというのも理由の一つである。
ただ、よく聞いてみると、導入時に業者があまりに過大な性能があるかのごとき説明をしていた(※)ために、実際に導入してみて「使えない」という結論になってしまったというのが実際のようだ。
※ 導入業者の担当者が、実際より過大な説明をして騙そうと考えていたのか、本気で過大な性能があると信じていたのかは分からない。あるいは、業者が都合の悪いことを強調せずに話したため、事業者の方が過大な性能があると期待を膨らませすぎたのかもしれない。
いずれにせよ、最大の原因は性能に関する誤解にあったようだ。もちろん、この種のシステムは、実際には熱中症のリスクがある場合にアラートが出るように設定されているのであり、さらに、リスクがない場合にも一定のアラートが出ることは避けられないのである。
ところが、事業者の側は、このシステムは個人の疾病の診断をするものだと誤解をしているのである。まさに熱中症のために、労働者の作業を中止させる必要がある場合だけに、救急搬送の必要が出る前にに確実アラートが出るものと信じてしまったのである。
ところが、アラートが出たので、現場へ管理職が行ってみると作業者は平気な顔で作業を行っている。少し話した後、「様子を見ましょう」ということになって、とくに問題はなく作業終了までそのままになるのである。
これが続くと、「使えないシステム」と思ってしまうのである。
ウ 望ましいウェアラブル端末の活用とは
しかしながら、ウェアラブル端末を用いた IoT 機器は、適切にリスク管理に用いることで、熱中症による労働災害のリスクを一定レベルまで下げることが可能なシステムなのである。
確かに人間の生体指標を非侵襲的に測定するのであるから、一定の誤動作は避けられない。「誤報が多い」にせよ、それを前提に用いることで重大な災害をかなりの程度まで低減することができるものなのである。
アラートがなったときは、作業者の様子を見て必要があれば対策を採り、そうでなければ様子をみるにせよ小休憩を取って水分・塩分の補給をするなどの対応を取ることは考えられよう。
4 最後に
※ イメージ図(©photoAC)
以上の文書をご覧いただければ分かるように、ウェアラブル端末を用いた IoT 機器は、確実に熱中症になりかけた作業者を抽出するようなものではない。
しかしながら、厚生労働省がその活用を推奨していることからも分かるように、熱中症のリスク低減に確実に役立つシステムなのである。
様々な新しいシステムが導入されるときに、あまりにも過大な性能をマスコミが無責任に伝え、これを一部の専門家といわれる人々がかんたんに信用して喧伝し、実際に事業場で導入してみてうまくいかずに放置される例は多い。
実は、今でこそなくてはならないパソコンも、8bitパソコンが出た当時に似たような状況になったことがある。「大型コンピューター並みの性能が個人で使える時代が来た」とマスコミが報道し、多くの企業がこれを信じて導入し、うまくいかなくて放置した(※)という例は実に多いのである。
※ 休憩時間に社員がゲームに使っていた例がある。
500人規模の事業場で給与計算を当時の8bitパソコンで行おうとした例まである。もちろん、うまくいくはずがなかった。
ウェアラブル端末による熱中症対策も同様な状況になっているように思える。しかし、これは使いようによっては、熱中症対策の強力なツールになるだろう。その限界を十分に理解した上で、そのメリットを活かすことが強く望まれる。
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