外国人労働者への安全教育と安全配慮義務




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3人の外国人労働者

※ イメージ図(©photoAC)

わが国で働く外国人労働者は、「技能実習」及び「特定技能」を中心に、近年、急速に増加しています。さらに、政府は、2024年3月29日の閣議において、「運用に関する方針の一部変更」が決定され、2024年度からの5年間の各分野の受入枠を82万人と、それまでの5年間の35万人から倍以上に増加させることとしました。

そのような中で、外国人労働者の労働災害も急激に増加しており、それを解消することが急務となっています。

しかしながら、外国人は日本語が自由ではない場合が多く、社会慣習も日本とは異なっています。ところが、外国人労働者を雇用する中小規模の事業場の現状は、安全教育に関しても、通訳が不十分であったり、外国語の教材の準備が困難であったりするなど、大きな問題があることが実情です。

このような中、大阪地方裁判所は2024年7月31日に、日本語の理解に不十分な外国人労働者に対して、外国語教材を使用しないで安全教育を行ったことなどを安全配慮義務違反であるとする判決を出しています(※)

※ 朝日新聞デジタル2024年07月31日「日本語読めない外国人に日本語で安全教育 判決「事故は会社の責任」

安全配慮義務違反とならないために、日本語の理解が不十分な外国人労働者に対して、どのような教材を用いて、どのように教育を行うべきかを解説します。




1 はじめに

(1)外国人労働者の急激な増加

執筆日時:

技能実習生数の推移

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近年、日本においては一部の職種の深刻な人手不足から、外国人労働者に対する需要が急速に高まっている。このため、外国人技能実習生を中心に、職場で働く外国人の数が急速に増加しつつある。

しかし、外国人技能実習制度は、あくまでも海外への技術移転を目的とするという建前があり、最長期間及び回数が限定されているばかりか、家族の帯同を許さないなど働く側にとっては、問題の大きな制度でもあった(※)

※ このため、政府は技能自習制度を廃止し、新たに育成就労制度を創設することとしている。これについては当サイトの「技能実習生の廃止と同時に創設される「育成就労制度」とはなにか?」を参照して頂きたい。

特定技能による在留者数の推移

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そのため、政府は人手不足分野における労働者数の解消を図ることを直接の目的として、2018年に出入国管理法を改正して新たに特定技能制度を創設した。

特定技能制度は、純粋な労働者としての位置づけであるが、1号と2号があり、1号は最長期間の制限があり、また家族の帯同も禁止されている(※)。国際的にみても人権の観点から批判のある制度である。

※ 2号については、最長期間の定めがなく、永住への道筋も開かれているが、現時点では絶対数は多くはない。

政府は、2024年3月29日の閣議において、「運用に関する方針の一部変更」を決定し、2024年度からの5年間の各分野の受入枠を82万人と、それまでの5年間の35万人から倍以上に増加させることとしている。

もっとも、過去に特定技能の外国人労働者が政府の定めた枠を満たしたことはなく、日本の長期的な経済の退潮傾向と、特定技能制度の人権上の問題などもあり、今後、どこまで特定技能制度の外国人が増加するかは予断を許さないものがある。


(2)外国人労働者の労働災害の増加

外国人労働者の労働災害の推移

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そして、外国人労働者数が増加する中で、外国人労働者の労働災害発生件数も急速に増加している現状にある(※)

※ 外国人労働者については、労災隠しが多いとの指摘もあることに留意するべきであろう。例えば矢野栄二他「非正規雇用と労働者の健康」は「外国人労働者などの非正規労働者に関しては、巷間いわゆる「労災隠し」の横行」があるとしている。

また、神奈川労働局の「「労災かくし」の司法処分状況の取りまとめ結果について 【監督課】」によると、平成7年1月~平成19年6月28日までの労災隠しによる司法処分件数(送検件数)77件のうち、外国人労働者関係が20件を占めている。

厚生労働省としても「第14次労働災害防止計画」において、「外国人労働者等の労働災害防止対策の推進」を重点項目に掲げ、「母国語に翻訳された教材や視聴覚教材を用いる等外国人労働者に分かりやすい方法で労働災害防止の教育を行っている事業場の割合を 2027 年までに 50 %以上とする」ことを目標としている。

すなわち、母国語に翻訳された教材や視聴覚教材を用いることが、外国人労働災害防止対策の要諦ようていとなっているのである。


(3)外国人労働者の安全対策の困難さ

3人の外国人労働者

※ イメージ図(©photoAC)

このような外国人労働者の労働災害の増加の要因として、厚生労働省(※)は、「業務経験が短い場合が多いこと、日本語そのものの理解が不十分であること、コミュニケーション不足により職場の危険の伝達・理解が不足していること等」を挙げている。

※ 厚生労働省「外国人労働者の安全衛生対策について

すなわち、外国語による機械操作マニュアルの作成、事業場内での合図の統一と周知、危険有害な場所の外国語での掲示・表示などとともに、外国人にも理解される安全教育の実施が必要となろう。

安全教育の教材(テキスト及びパワーポイント)については、厚労省において、数種類の外国語で、「未熟練労働者向けの教材」(未熟練労働者に対する安全衛生教育マニュアル)及び「技能講習の補助教材」(技能講習補助教材)を作成して公開を行っている。

※ 技能講習の補助教材は、外国人労働者のうち上級者向けの教材として用いることも可能である。

しかしながら、中小規模の事業場にとって、独自の安全教育のためのテキストを作成することは困難な面があることも事実である。


2 外国人労働者への外国語による安全教育の必要性

(1)大阪地裁2024年7月31日判決

このような中、大阪地裁は、日本語の不自由なベトナム人労働者に対して、日本語の教材だけで教育を行ったのは安全配慮義務を履行したことにはならないと判示した。朝日新聞によると「地裁は、男性が日本語が読めず、ほとんど会話もできないのに、安全教育のための教材は日本語だけでベトナム語の教材はなかったと指摘。プレス機の安全装置の鍵の管理も不適切だったとも言及し、「男性に安全な操作方法を教育していれば事故は防げた」として、同社の安全配慮義務違反を認めた」とされている。

※ 朝日新聞デジタル2024年07月31日「日本語読めない外国人に日本語で安全教育 判決「事故は会社の責任」」参照。なお、この判決文は WEB 上では公開されていないようである。

確かに、必要な安全教育を実施せずに、危険な業務に労働者を従事させれば、安全配慮義務を履行していないことは当然であろう。日本語の理解できない労働者に、日本語で教育を行っても教育をしたことにならないことは当然のことである。

従って、大阪地裁の判決は、法的な価値判断のもとにおいては、当然のことを判示したに過ぎない(※)

※ だからこそ、最高裁の「判例検索システム」に搭載されないのであろう。

とは言え、日本語が十分に理解できない労働者に対して、その理解できる言語で安全教育を行うことは、外国語(※)が十分に理解できる日本人職員がいないことが多い中小規模事業者にとっては、難しい面があろう。

※ 日本人が外国語を話せるとしても、ほとんどは英語のみであろう。しかし、英語での教育が認められるのは、外国人労働者が英語が理解できればの話である。

しかし、労働者を雇用するのであれば、外国人であろうと日本人であろうと安全衛生教育の実施は法的な義務である(労働安全衛生関係の免許・資格・技能講習・特別教育など)。法定の安全衛生教育を実施しなければ安衛法違反に問われ得る。また、法定の教育や法定外の必要な教育を適切に実施しなかったために災害が発生すれば、安全配慮義務違反として損害賠償請求をされることになりかねないのである。


(2)厚労省による通達

厚生労働省は、平成3年1月29日基発39号(最終改訂:平成31年3月28日基発0328第28号)「外国人労働者に対する安全衛生教育の推進等について」(安全衛生教育等推進要綱)において、次のように述べている。

5.教育等の推進に当たって留意すべき事項

(5)外国人労働者

  外国人労働者については、一般に、日本語や我が国の労働慣行に習熟していないこと等から、外国人労働者に対し安全衛生教育を実施するに当たっては、当該外国人労働者の母国語等を用いる、視聴覚教材を用いる等、当該外国人労働者がその内容を確実に理解できる方法により行うこと。特に、外国人労働者に使用させる機械等、原材料等の危険性又は有害性及びこれらの取扱方法等が確実に理解されるよう留意すること。併せて、事業場内における労働災害防止に関する標識、掲示及び表示等については、図解等を用いる、母国語で注意喚起語を表示する等、外国人労働者がその内容を理解できるようにするとともに、当該内容が確実に理解されるよう留意すること。

  具体的な対応は、次のとおり。

イ (略)

ロ 安全衛生教育の準備

  母国語に翻訳された教材・視聴覚教材など、上記イにより整理した安全衛生教育の内容に適した教材を入手、整備等すること。

  教材としては、厚生労働省ホームページに掲載されている資料のほか、公益財団法人国際研修協力機構、外国人技能実習機構、一般財団法人国際建設技能振興機構等の資源が活用できると考えられること。

ハ 安全衛生教育の実施及びフォローアップ

  外国人労働者の日本語の理解度を把握し、視聴覚教材等を活用して、合図、標識、掲示及び表示等についても教育すること。また、安全衛生教育の実施責任者の管理の下、当該外国人労働者と同じ言語を話せる日本語の上手な労働者(当該外国人労働者と同じ国・地域出身の上司や先輩労働者など)に通訳や教育の補助役等を依頼して実施することが望ましいこと。さらに、安全衛生教育の理解度を確認しながら、継続的に教育を繰り返すことが望ましいこと。

ニ 労働災害防止のための日本語教育等の実施

  外国人労働者が労働災害防止のための指示、注意喚起等を理解することができるようにするため、必要な日本語及び基本的な合図等を習得させるよう努めること。

ホ 労働安全衛生法等関係法令の周知

  労働安全衛生法等関係法令の定めるところにより当該法令の内容についての周知を行うこと。その際、外国人労働者がその内容を理解できる資料を用いる等、外国人労働者の理解を促進するため必要な配慮をするよう努めること。特に、労働安全衛生法等に定める健康診断、面接指導及び心理的な負担の程度を把握するための検査の実施については、これらの目的・必要性等についても当該外国人労働者が理解できる方法により説明するよう努めること。

ヘ (略)

もちろん、これは行政指導通達であり、これに違反したからと言ってただちに処罰されるべきものではない。ただ、ここに引用した外国人関係の教育に関しては、災害防止に最低限必要な事項が記載されている。従って、ここに示された事項を実施しなかったことが間接的な原因となって災害が発生すれば、安全配慮義務の履行がされていないと判断される可能性はあり得よう。


(3)ではどうするべきなのか

ア 何を教えるべきなのか

労働安全衛生教育については、次の2点を満たすことを絶対的な要件と考えるべきである。

【安全衛生教育に必要な観点】

  • 労働安全衛生法に違反することがないこと
  • その労働者に行わせる業務を安全に行うことができる知識を確実に身に着けさせること

事業者は、ややもすると「安衛法違反がないこと」を重視する傾向がある。しかし、それだけでは安全配慮義務を履行したことにはならない。

安全配慮義務を履行したと言い得るためには、「その労働者に行わせる業務を安全に行うことができる知識を確実に身に着けさせる」ことが必要なのである。


イ 外部の教育機関にすべてを任せてはならない

外部機関が行う教育は、専門知識を持った講師が抜けや誤りがないように教育をしてくれるという意味では大きなメリットがある。中小規模事業者にとっては、その意味で外部の教育機関を利用するメリットは大きい。

しかし、一般的な作業しかさせないというのであれば、外部の教育機関による教育だけで十分かもしれない。しかし、特殊な作業を行う場合など、ケースによっては、それだけでは足りないこともあるのだ。

例えば、外部機関が行う教育では、皮膚に影響を与える化学物質や経皮吸収される恐れのある化学物質を扱う場合には、化学防護手袋をし、手袋は基準となる時間が過ぎたら交換するようにとしか教えられない。これに対し、事業場においては、この作業を行う場合には、この化学防護手袋をし、どのような場合に交換するべきかを具体的に教えなければならない。

また、外部機関が行う教育では、機械の動作に異常が見られたら非常停止ボタンを押せと教わるかもしれない。だが、事業場で、非常停止ボタンはこれだと教えなければ、外部機関の教育には意味がないだろう。


ウ 事業場で行うべき教育

外国人を雇用する場合であっても、危険有害な業務に従事させるのであれば、その労働者の安全を守ることは事業者の責務であることを自覚しなければならない。

そして、中小規模事業場の場合、一般的な安全衛生教育や法定の教育の外国語による実施を外部の教育機関に委ねることは、現実的な方法でもあり、また一定の効果が上がる良い方法である。

しかし、多くの場合、それだけでは安全配慮義務を果たしたことにはならないのである。先述したように、その事業場独自のことについては、労働者が理解できる方法で相手に伝えなければならない。

そして、その内容は、事業者がその労働者に行わせる業務の内容から、災害を起こさないために必要な知識とは何かを独自に判断しなければならないのである。

安全配慮義務を果たすとはそういうことなのである。

なお、既成の安全衛生に関する教材を、企業が独自に翻訳することは、それを社外に配布したり、社内であっても多数を配布すれば、著作権法に違反するおそれがあるので留意して頂きたい。

※ 先述したように厚生労働省が一般に配布するために WEB サイトに公開している。これは自由に使用しても問題はない。


3 最後に

自動車にタイヤを取り付ける作業者

※ イメージ図(©photoAC)

先述した大阪地裁の判決は、朝日新聞以外のマスコミはほとんど報道しなかったようである。また、社会的にもあまり注目を受けていないようだ。

しかし、経済団体ばかりか関係行政機関は、この判例にかなり注目しているようである。外国人労働者に対して、日本語の教材を使った教育をしなければ安全配慮義務違反になるというのなら、外国人の雇用にはかなりの難しさが伴うことになる。

だが、日本語の分からない労働者に、一定の危険有害な仕事をさせるというのであれば、それを前提とした安全教育が必要になるだろう。困難さは避けたいが、メリットだけは受けたいなどということは許されないのである。

「日本語をある程度覚えてから家族を連れずに日本へ来て、日本人と同じ安全対策だけで働き、青壮年期だけ(職場を変えずに)日本で働いたら、自国へ帰って二度と戻ってくるな」というのでは、いずれ外国人労働者は日本へはやって来なくなるだろう。

外国人を雇用するということは、デメリットも受け入れることなのだということを理解するべきである。


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