※ イメージ図(©photoAC)
ビジネスの社会(だけではないが)では、ある程度大きな事故・災害が発生すると、純粋な自然災害でもない限り、誰かが責任をとらなければならなくなります。
もちろん、事故の原因をつくりだした人物が責任を取るのは当然のことです。悪天候の中で観光船に無理な出港をさせて事故となった場合、その原因を作り出した観光会社のトップが責任を問われることには、だれも異論はさしはさまないでしょう。
この責任を取らせる(処罰する)ことには、どのような目的があるのでしょうか。刑事法の世界では、①本人への教育や矯正による再発防止(法律用語で「特別予防」といいます)と、②処罰されることを社会一般に周知=威嚇して、同じ悪事を犯す気を起こさせないようにすることによる再発防止(これを「一般予防」といいます)の2つがあります。また、これらと重複しますが、刑事法の分野では、③社会を守るために悪事を働いた者を一定期間、閉じ込めておく(隔離)ことや、④被害者に代わって悪事を働いた者に復讐する(社会的報復)といった面もあるかもしれません。
すなわち、刑事法の世界では、責任を取らせる(刑罰を科す)ことの主な目的は、再発防止にあるわけです。ここで問題になるのは、ヒューマンエラーによって事故・災害が起きたときに、そのヒューマンエラーを犯した者を処罰することに、再発防止の効果があるのかということです。
本稿では、労働者のヒューマンエラーによって災害が起きたとき、その労働者を(企業が)処罰することが、同種災害の防止に寄与するのかについて解説しています(※)。
※ 企業が労働者を処罰することが許されるかどうか、またどの程度の処罰まで許されるかは、法律的な問題である。本稿の目的は法律論ではなく、あくまでも処罰が再発防止として役に立つかということを論じる。
最初に結論を述べてしまえば、ヒューマンエラーを処罰することに、再発防止の意味はありません。本稿では、なぜヒューマンエラーの処罰に、再発防止の意味がないかを論じています。
- 1 責任追及と再発防止対策
- (1)不安全行動による災害の再発防止対策
- (2)責任追及型対策
- (3)原因追求型対策
- (4)倫理ではなく論理を
- 2 ヒューマンエラーを処罰することに再発防止の効果はあるか
- (1)第二次大戦中の米軍航空機の例
- (2)航空機事故の事故調査と責任追及
- (3)罰則による教育の効果
- (4)ごく簡単なことでも人は間違える
- 3 最後に
1 責任追及と再発防止対策
執筆日時:
(1)不安全行動による災害の再発防止対策
ア ヒューマンエラーの種類
ヒューマンエラー(human error)とは何だろうか。JIS Z 8115:2019「ディペンダビリティ(総合信頼性)用語」の 192-03-14 では「人間が実施する又は省略する行為と、意図される又は要求される行為との相違
」と定義されている。要は、やろうとしたことと実際にやったことが違っているということである。
そして、狭義のヒューマンエラーは、スリップ、ラプス及びミステイクの3つである(※)とされている。労働安全衛生の分野では、これにバイオレーションを加えた広義のヒューマンエラーが用いられることが多い。
※ J. Reason「ヒューマンエラー -認知科学的アプローチ-」(海文堂 1994年)による認知心理学のエラー分類法。
| 種類 | 内容 |
|---|---|
| スリップ(slip) |
意図的ではなく、行動の段階で誤るエラーのことである。 その例としては、次のようなケースがある。 ○ ブレーキを踏むつもりでアクセルを踏むケース ○ 墜落制止用器具のランヤードのフックを定められた器具にかけるつもりで、うっかり近くにあった強度のない部分にかけてしまうケース。 |
| ラプス(lapse) |
記憶の段階で起きるミスのことである。 その例としては、次のようなケースがある。 ○ 非常戻しボタン(黄色いボタン)を非常停止ボタン(本来なら赤いボタン)だと記憶していたため、機械・設備を緊急停止させるつもりで各ユニットを原点まで動かしてしまうケース。 ○ 入場の前に測定をせよと指示され、そのつもりだったにもかかわらず、入場時に測定することを忘れて測定しないケース。 ○ 自動車に乗って運転をしようとしたとき、そばにいた上司に声をかけられたので、降りるためにシートベルトを外した。上司から降りなくてよいと言われて、簡単な指示を受け、シートベルトを外したことを忘れてそのまま出発するケース。 |
| ミステイク(mistake) |
意図的に行動し、行動そのものは意図した通りであるが、意図が誤っているミスのことである。正しいと思ってしたことが間違っていたというもので、判断エラーとも呼ばれる。 その例としては、次のようなケースがある。 ○ 2リットルの溶液が入っている容器に「容器に溶液を3リットル入れろ」と指示され、1リットルを足せという意味なのに、3リットルを追加投入せよと指示されたと思い込み3リットルの溶液を入れるケース。 この場合は3リットルを入れる意図であり、3リットルを入れていることは意図の通りだが、3リットルを入れるという意図そのものが誤りである。 |
| バイオレーション(Violation) |
意図的なルール違反を意味する。狭義にはヒューマンエラーではないが、労働安全衛生の分野では重要な意味を持つ。 その例としては、近道行動や省略行為などのリスクテイキングな不安全行動がある。 |
これらのエラーは、それぞれの原因が異なっているため、異なる対策が求められる。もっとも、労働安全衛生の分野では、エラーの種類に関わらず人が誤っても事故が起きないような状態にすることが基本である。
イ ある架空の事故をモデルに
労働者がコンベアを乗り越えようとして、コンベアから落ちて負傷するという災害を例にとってみよう。これはヒューマンエラーの中のバイオレーション(ルール違反)である。
なお、この図は、筆者が厚生労働省の現役職員として中災防へ出向していた時期に、私が依頼された研修のために作成した資料である(※)。
※ 本稿で使用している図は、特に断っていない限り筆者が厚労省の現役職員として中災防へ出向していたときに作製したものである。退職後も個人的に使用して良いことは口頭で了解を得ており、一部は厚労省他のその後の職場でも使用した。
作業者のバイオレーション(意図的なヒューマンエラー)によって労働災害が発生したとき、その再発防止対策をどのように行うべきだろうか。本図は、それを図式的に表したものである。
(2)責任追及型対策
このような事故の場合、労働者に責任のすべてがあると考えられがちである(※)。そのため、対策としては「ルール違反がないことを徹底する」ということで終わらせてしまうことも多いのではないだろうか。
※ 不安全行動の責任が、すべてその労働者にあるとは限らない。上司によって不安全行動を支持されていることもあるし、そもそもその職場では当然のこととされていることもある。事故調査において注意しなければならないことである。
しかし、そのようなことは対策ではないと考えるべきである。厚労省の WEB サイト「安全衛生キーワード」の「ヒューマンエラー」には「ヒューマンエラーは原因ではなく結果であると考えると納得出来るのでは無いでしょうか
」(※)と記されている。
※ 久保智英「職場の特性に応じたオーダーメイドの疲労対策」(安全衛生コンサルタント Vol.45 No.156 2025年)によると、「不注意は結果であって原因ではない」というのは狩野広之「不注意とミスのはなし」(労働科学研究所 1972 年)が最初に著した言葉らしい。
狭義のヒューマンエラーのみならず「不安全行動」も原因ではなく結果だと考えるべきである。不安全行動には必ずその「原因」あるいは「誘因」があるはずで、それをなくさない限り「不安全行動」もなくならないのである。
もとよりこの事故が発生したときも「ルール違反がないことを徹底」していたはずである。それでもこの事故が起きたということは、ルール違反をしないことを徹底しても役に立たないことを、この事故が証明しているのである。
(3)原因追求型対策
そもそも、なぜコンベアを乗り越えようとしたのだろうか。対策を立てるためには、不安全行動の理由を調べ、(可能なら)その理由をなくす必要がある。この図の場合は、不安全行動の理由は、潤滑油を倉庫に取りに行く必要があり、コンベアを乗り越えないと大回りをする必要があった(設備停止時間を短くしようとした。)ということである。
であれば、例えば「作業を始める前に潤滑油を作業場の近くに準備しておく」という対策が(一応は)考えられる。ただし、実施した対策は、必ず PDCA サイクルにかけなければならない。
数か月後にチェック(C)してみよう。そうするとこの対策が必ずしも成功していないことが分かるだろう。この種の対策は、事故の直後にはきちんと行われるのだが、時間がたつとついついおろそかになるものである。そうなったらどうするべきだろうか。もちろんまた「作業を始める前に潤滑油を作業場の近くに準備しておく」というルールを徹底するという対策を立てることは避けなければならない。
例えば、「コンベアの上に安全通路(歩道橋)を設置する」という改善(A)をするのである。そうすれば、もう誰もコンベアを乗り越えようとはしないだろう。
この場合、反論として「そのような対策は、ルール違反を後追い承認するようなもので、違反をやったもの勝ちになる」という考えがあるかもしれない。
(4)倫理ではなく論理を
しかし、「人はミスをしたり、不安全行動をとったりする」ことを前提とするのが、労働災害防止対策の鉄則である。労働災害防止対策は、倫理によってではなく、論理によって行う必要があるのだ。
もちろん倫理は重要ではあるが、それが守られることを前提とした結果、事故が再発したのでは意味がない。災害の再発防止は、「人は不安全行動をする」ということを前提に、冷徹なリスク管理によって行うべきものなのである。
2 ヒューマンエラーを処罰することに再発防止の効果はあるか
(1)第二次大戦中の米軍航空機の例
この図は、筆者が厚生労働省の現役職員だったとき、中災防の研修会で受講生に対して問いかけた質問である。
第二次大戦中、米陸軍の爆撃機が離陸の寸前に着陸装置を格納して、滑走路に尻もちをつくという事故が頻発したことがある。操縦席の右下に、スロットルレバー(車でいえばアクセル)、ギアレバー(着陸装置(着陸脚)の格納操作用の装置)、フラップレバー(離着陸時に揚力を上げるために下げ翼を操作する装置)が同じところについており、似たような形をしている(※)ために操作を間違えたのである。
※ 現在も小型のセスナ機などでは、この3種類のレバーが(色は違うが)同じ場所に取り付けられている。
この対策として2種類の方法を受講生に示し、どちらの方が効果があると思うかを問うた。
ひとつは、レバーの操作ミスをなくすため、レバーの先端の形状をタイヤの形や翼の形にするというものである(※)。これは操作ミス(スリップ)を防止するには、きわめて有効な方法である。
※ これは、フィクションではなく実際に米軍が採用した方法である。タイヤの形や翼の形といっても、それほどリアルな形状ではないが、見誤ることはほとんどなくなる。この方法は、現在でも中型の民間航空機で同様な対策が取られている。
そして、もうひとつは、レバーの先端の形状を変えるという先ほどの対策と合わせて、ミスを犯した機長を地上勤務にしてしまうという「処罰」を同時に行うというものである。
質問の結果、多くの場合、受講生の意見は2つに分かれた。すなわち、ミスを処罰することに再発防止の効果があるかどうかについて、社会的なコンセンサスは得られていないということであろう。
(2)航空機事故の事故調査と責任追及
航空機事故では、国際民間航空条約(シカゴ条約)の第 13 附属書によって、事故調査は責任追及と切り離すべきであるとされている。これは、責任追及と事故調査を切り離さないと、災害の原因が隠蔽されるおそれがあるからである。
すなわち、責任の追及よりも、同種災害防止のための原因の調査を優先するという考え方なのだ。
また、航空機の飛行中に問題が発生して、パイロットが今まさに対応をとらなければならない事態となったときに、余計な不安(処罰)が生じれば適切な対策をとれなくなるおそれもあるだろう(※)。
※ 航空機事故ではないが、福知山線脱線事故は、まさにその典型例であろう。事故直前にオーバーランをした運転士が、車掌がオーバーランについてどのように報告するかが気になっていたことが事故の背景として指摘されている。
運輸安全委員会「福知山線脱線事故・事故調査報告書」は、「本件運転士が(中略)注意が運転からそれたことについては、インシデント等を発生させた運転士にペナルティであると受け取られることのある日勤教育又は懲戒処分等を行い、その報告を怠り又は虚偽報告を行った運転士にはより厳しい日勤教育又は懲戒処分等を行うという同社の運転士管理方法が関与した可能性が考えられる
」など、この点の解析にかなりの分量を割いている。
この考え方は、航空機の事故防止以外の分野にも広がりつつある。
(3)罰則による教育の効果
かつて、米国で本図に示したような調査が行われたことがある。子供に対する歯磨き指導の効果を調べるために、子供をランダムに2つのグループに分け、それぞれ異なる「教育」手法で歯磨きをするよう指導したのである(※)。
※ もちろん現代では、このような調査は人権の観点から許されることではない。これは、このような調査がとくに問題とはならなかった時代に行われたものである。
片方のグループには、虫歯や、歯槽膿漏などの「悲惨」な写真を多数見せて、歯磨きをしないとこうなると脅した。
もう一方のグループには、統計データなどを使用して、歯磨きの効果を科学的に説明するとともに、歯磨きの効果的な手法を指導したのである。
その結果、虫歯や、歯槽膿漏などの「悲惨」な写真を多数見せた方のグループでは、歯磨きをする習慣を持つ子供の割合は全く上がらなかった。むしろ歯磨きをする子供の割合は若干ではあるが減少したのである。これに対し、科学的な説明を行ったグループは顕著に歯磨きをする子供の割合が高まったのである。
すなわち、罰を示すことは、子供たちの行動の改善にはつながらなかったのである(※)。
※ 筆者も子供のころ、学校の行事で警察へ行き、交通事故の悲惨な写真を見せられたことがある。その後、しばらくはそのときの写真を思い出して、気分が悪くなった。
もちろん、最近では、警察もこんな「教育」をしても効果がないと分かっており、人権の観点からも、このようなことはしないようになっている。
(4)ごく簡単なことでも人は間違える
ア 答えを見れば誰でも簡単に分かる問題だが・・・
これも、人は間違いを犯すということを、研修の受講生に分かっていただくために使用したスライドである。
筆者は何度もこのスライドを使って(事前に配布はしない)、この問題の答えを問うているが、正答できた受講生はほとんどいない。と言っても、問1の方は、実際の研修は時間が足りないことが多いので、ざっと説明する程度で、実際に解いて頂いたわけではない。
しかし、分かり切ったことでも誰でもできるというわけではないのである。
イ 一桁の四則計算が答えられない?
問1も答えを見てしまえば、もちろん誰でも計算は可能な問題なのだが、いきなり問1を見せられて数分で答えられる人はまずいないだろう。
事故が起きた場合、後になって「あのときこうしていれば防げた」というのは簡単である。むしろ、なぜこんなことをしたのだろうというような事故も多いのだ。
だが、事故が起きる時点でそれができるとは限らないのである(※)。
※ 映画「ハドソン川の奇跡」は飛行機事故を題材にそのことを扱った映画である。関心のある方は「映画「ハドソン川の奇跡」と災害調査の在り方」を参照していただきたい。
ウ 6を3で割ると2にならない?
一方、問2の方は、毎回、会場の数人の受講者に問いかけている。しかし、問2について問われたほとんどの受講生の方は、答えないか、不安そうに2倍と答えるかのどちらかである。正答した方は、数人しかいない。
おそらく、答えない方は「えっ、2倍じゃないの?でも話の流れからきっと違うんだよね」と思っておられるのである。
正答はもちろん2倍ではない。移動したのは1階(の床)から、それぞれの各階(の床)までなので、移動した階数からそれぞれ1を減じなければならないのである。
研修会で種明かしをすれば、もちろん受講生はすぐに2倍ではないことを理解する。しかし、種明かしをするまでは、分かり切ったことでも気づかないのである。
当然のことながら、「間違えたら罰金だ」と言われたとしても、間違いに気づくようなものではない。
事故が発生したときの対応もこれと同じである。後になって、「あのとき、こうしていれば」とか「なぜこんな分かり切ったことに気づかなかったのか」というのは簡単である。後になって責任をとらされたからと言って、再発防止ができるようなものではないのである。
しかし、一度、この話を聞いた受講者は、次に同じことを質問されたときは絶対に間違わないだろう。要は、再発防止のために必要なことは、罰則をかけることではなく、過去の事故に学ぶことなのである。
3 最後に
意図的なヒューマンエラー(バイオレーション)によって他人を死傷させる災害が発生した場合、そのエラーを起こした者は場合によっては刑法第 211 条の業務上過失致死傷罪に問われることになる(※)。
※ 詳細は「労働災害発生時の責任:刑事罰編」を参照されたい。
また、社会通念に照らして合理的な内容の根拠が就業規則にあれば、それに従って、社内で処罰されることもあり得よう。
そのことを否定するわけではない。
問題は、そのことによって事故の処理が終わったと考えてはならないということである。一度、起きたヒューマンエラーは、放置すれば繰り返されると考えなければならない。
処罰によって、再発防止ができたとは考えてはならないのである。
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