※ イメージ図(©photoAC)
2022年(令和4年)の厚生労働省の労働災害統計が、2023年の5月23日に公表されました。同時に公表される詳細な内訳の労働災害統計のExcelファイルを用いて労働災害発生件数の推移をグラフで表すと、2021年の数値よりかなり減少しています。
これは2022年発生分のExcelファイルからは新型コロナウイルスに罹患した災害が除かれているためです。このExcelファイルは、毎年、公表されており、その時点では 2020 年と 2021 年の発生分には新型コロナによるものが含まれているものしか公表されていませんでした。そのため、2020 年と 2021 年は新型コロナウイルスによる労働災害発生件数が増加していました。その結果、2022年は労働災害発生件数が見かけ上大きく減少していますが、実際は統計の継続性が失われていました。
※ なお、5月23日から少なくとも6月3日に本稿を改訂したときまで、2021年の公表用のExcelファイルのうち「『労働者死傷病報告』による死傷災害発生状況(令和3年確定値)」が厚生労働省のサイトから読めなくなっていました。現時点では読めるようになっています。
しかし、重要な統計データについてこのような操作が行われることは、大きな問題だというべきです。実は、2011年(平成23年)にも東日本大震災によるものが除外されたことがありましたが、このときのExcelファイルは除外したものと除外されないものの2種類が当初から公表されていました。今回は、新型コロナウイルスに罹患した災害発生件数が除外されたものしか公表されていません。
※ 後になって、2020 年と 2021 年のデータについては、新型ウイルスに罹患した件数が除外されたものも公表されました。そのため、統計の連続性は、新型ウイルスは除外したデータとしては確保されています。
しかし、これでは厚生労働省として「感染症による労働災害は重視しない」と明言したとも理解されます。このことの問題点を検討します。
- 1 労働災害の統計から新型コロナウイルスへの罹患が除かれた
- (1)労働災害統計から新型コロナウイルスへの罹患が除かれた
- (2)統計の公表時期も遅れた
- (3)災害統計のとりまとめに時間は必要ない
- 2 特定の災害を特定の年に除くことの問題点
- (1)統計の継続性が失われる
- (2)新型コロナウイルスへの罹患を軽視するというメッセージになりかねない
- 3 最後に
1 労働災害の統計から新型コロナウイルスへの罹患が除かれた
執筆日時:
最終改訂:
(1)労働災害統計から新型コロナウイルスへの罹患が除かれた
2022年(令和4年)の厚生労働省の労働災害統計が、2023年の5月23日に公表された。同時に公表される詳細な内訳の労働災害統計のExcelファイルを用いて労働災害発生件数の推移をグラフで表すと、2021年の数値よりかなり減少している。
ところが報道発表公表された文書によると「休業4日以上の死傷者数は132,355人(前年比1,769人増)と過去20年で最多となりました
(下線強調引用者)」とされている。
これは、公表されたExcelファイルには、2020年と2021年には、新型コロナウイルスへの罹患によるものが含まれており、2022年には含まれていないからこのようになるのである。すなわち、毎年公表されるExcelファイルについて、統計の継続性が失われている(※)のである。2020 年と 2021 年のデータから新型コロナウイルスによるものを除くと次のようになる。
※ 厚生労働省の報道発表資料には「新型コロナウイルス感染症へのり患によるものを含めた労働災害による死亡者数は791人(前年比76人減)、休業4日以上の死傷者数は288,344人(前年比138,426人増)
」との注釈があり、災害発生件数を減少したようにみせかけるために意図的に操作をしているわけではない。
なお、5月23日からしばらくの間、2021年の公表用のExcelファイルのうち「『労働者死傷病報告』による死傷災害発生状況(令和3年確定値)」が厚生労働省のサイトから読めなくなっていた。遅くとも6月4日には復活したが、一時的にネットから削除されていたのである。ことによると、新型コロナウイルス感染症に罹患したものを除いたファイルに差し替えるのかと思ったが、そうではなかったようだ。
しかし、重要な統計データについてこのような操作が行われることは、大きな問題だというべきである。実は、2011年(平成23年)にも東日本大震災による労働災害が除外されたことがあったが、このときのExcelファイルは、除外したものと除外されないものの2種類が公表されていた。また、東日本大震災による労働災害は、ほぼ 2011 年の発生に限られていたから、統計の継続性の問題は大きくはなかった。
しかし、今回は、2022年は新型コロナウイルスへの罹患による労働災害発生件数が除外されたExcelファイルしか公表されておらず、その時点では 2020 年と 2021 年には除外されないExcelファイルしか公表されていなかった(※)ため、統計の連続性が完全に失われていたのである。
※ なお、後に、 2020 年と 2021 年については新型コロナウイルスへの罹患による労働災害発生件数を除外したデータが公表された。
(2)統計の公表時期も遅れた
厚生労働省の労働災害統計は、第9次労働災害防止計画の最終年である2002年までは4月中に公表されるのが普通だった。ところが、その後は徐々に遅れるようになり、とりわけ各労働災害防止計画の最終年には5月末にずれ込むようになり、それが常態化していた。これでは、何のために1999年に災害統計を電算化したのか分からない。
しかし、2018年12月に厚生労働省「不正統計」(※)が発覚すると、2019年から2年間は4月中に公表されるようになったのである。ところが、2020年にコロナウイルスへの罹患による労働災害が発生すると、また遅れるようになる。新型コロナウイルスが急増した2021年からは再び5月公表に戻ってしまった。
※ 毎月勤労統計調査において、従業員500人以上の事業所は全数を調査することになっていたにもかかわらず、一部のみ抽出するケースがあったことが発覚した。これは、賃金が安倍総理の実績で向上したように見せかける効果があり、野党や報道機関に激しく追及された。
対象年 | 公表日 | 備考 |
---|---|---|
2023年 | 2024年5月27日 | |
2022年 | 2023年5月23日 | 第13次労働災害防止計画最終年 |
2021年 | 2022年5月30日 | 新型コロナによる災害の急増 |
2020年 | 2021年4月30日 | 新型コロナによる災害の発生 |
2019年 | 2020年4月24日 | |
2018年 | 2019年5月17日 | 厚生労働省「不正統計」発覚 |
2017年 | 2018年5月30日 | 第12次労働災害防止計画最終年 |
2016年 | 2017年5月19日 | |
2015年 | 2016年5月17日 | |
2014年 | 2015年4月28日 | |
2013年 | 2014年5月16日 | |
2012年 | 2013年5月24日 | 第11次労働災害防止計画最終年 |
2011年 | 2012年5月25日 | 東日本大震災発生 |
2010年 | 2011年5月20日 | |
2009年 | 2010年5月14日 | |
2008年 | 2009年5月26日 | |
2007年 | 2008年5月22日 | 第10次労働災害防止計画最終年 |
2006年 | 2007年5月11日 | |
2005年 | 2006年5月15日 | |
2004年 | 2005年5月02日 | |
2003年 | 2004年4月28日 | |
2002年 | 2003年4月25日 | 第9次労働災害防止計画最終年 |
2001年 | 2002年4月26日 | |
2000年 | 2001年4月26日 | |
1999年 | 2000年4月25日 | 厚生労働省として公表 |
1998年 | 1999年4月25日 | 労働省として公表 |
1997年 | 1998年4月26日 | |
1996年 | 1997年4月26日 | 第8次労働災害防止計画最終年 |
1995年 | 1996年4月25日 | |
1994年 | 1995年4月22日 | |
1993年 | 1994年4月17日 |
※ 過去の厚生労働省の報道発表から作成
(3)災害統計のとりまとめに時間は必要ない
かつては、労働災害統計は各労基署、各労働局、厚生労働省(労働省)本省で、手作業でまとめられていたが、現在は、OCRシートで提出されコンピュータで処理されるので、各労基署がOCRシートをコンピュータに読み込ませれば、即時に集計は可能である。すなわち、いつでも好きなときに取りまとめて公表できるのである。
しかし、労働者死傷病報告は災害発生後に遅滞なく提出されなければならないが、現実には災害発生の翌年の4月以降に提出されることも多い。そのため、いつの時点で取りまとめるかで数値が異なってしまう。厚生労働省では、この取りまとめの時期を4月1日とし、この日に電算処理を確定させ、それ以降に提出された死傷病報告は公表される統計には算入しない扱いをしているのである。
このため、2021年分以降の公表の遅れは、第13次労働災害防止計画の結果の評価をするに当たって、新型コロナによるものの扱いをどうするかで検討していたために遅れたのではないかという憶測が一部にあったことも事実である。
2 特定の災害を特定の年に除くことの問題点
(1)統計の継続性・完全性が失われる
厚生労働省のExcelファイルは、当サイトの「労働災害の発生状況の推移」もそうであるが、多くの研究者や業種別の事業者団体などが統計に用いている。
ところが、2022年だけ新型コロナウイルスへの罹患によるものを除かれたのでは、統計の連続性が失われてしまうのである。厚生労働省の外部の事業者団体や研究者にとっては、どの災害がコロナウイスるによるものかは分からないので、統計の連続性が失われることは、災害対策を取る上でもきわめて深刻な問題をもたらしかねない(※)。
※ そのため、当サイトで公表しているグラフも、当初は 2020 年と 2021 年は新型コロナウイルスによるものを含み、2022 年は含まないという扱いをせざるを得なかった。
災害統計は、災害対策の重点をどこに置くかを決定する上できわめて重要な役割を果たすからである。なお、厚生労働省は、後に、2020 年と 2021 年の統計については、新型コロナウイルスへの罹患による災害を除いたものを公表している(※)。従って、その意味では統計の連続性は確保されたかのように見える。
※ このため、当サイトのグラフは、新型コロナウイルスによるものを除いた形で作成しなおした。従来のグラフは参考として掲示している。ただし、厚労省の災害統計は、安全課が独自にまとめたものがあり、こちらは 2020 年と 2021 年は新型コロナウイルスによるものが含まれ、2022 年は含まれていないため、それに基づくグラフもある。
しかし、インフルエンザへの罹患等の数値は、統計から除かれていないのである。現時点での厚生労働省の統計は、ウイルスへの感染のうち新型コロナウイルスによるものだけを除いているのである。これでは、労働災害の統計としての完全性は失われてしまう。
(2)新型コロナウイルスへの罹患を軽視するというメッセージになりかねない
さらに、労働災害統計から新型コロナウイルスへの罹患を除くことは、厚生労働省の労働災害防止対策として、新型コロナウイルスへの罹患を軽視するというメッセージになりかねないのである。
新型コロナウイルスへの罹患を別枠(※)で示すというならともかく、完全に詳細な統計データから除いてしまうのであるから、新型コロナウイルスへの罹患は、厚生労働省の労働災害防止の範疇の外にあるという強力なメッセージになるだろう。
※ かつて、交通労働災害の発生件数を、労働災害統計の別枠で示したことがあった。当初は、交通労働災害は通常の労働災害とは異なるため、厚生労働省の労働災害防止対策の範疇の外という意識があったためである。
その後、労働災害防止対策としての交通労働災害防止の重要性が意識され、統計の別枠で示すことは、逆にその重要性を際立たせるためという意味に変わってしまった。
これでは、衛生管理者や産業医は、新型コロナウイルスへの罹患防止対策は、自らの本来業務ではないと考えてしまうのではなかろうか。
しかし、今後も従来型のインフルエンザや新型コロナウイルスへの罹患による労働災害は発生するであろう。また、全く新しいウイルスの発生も予想されるのである。
これらの既知・未知のウイルスへの罹患の防止は、新しいタイプの労働災害としてその重要性を増すものと考えられる。従来型の災害とは型が異なるからといって統計から安易に外してしまう感性に、やや残念なものを感じるのは私だけだろうか。
3 最後に
労働者死傷病報告は、すでに述べたように電算処理されているのであるから、新型コロナへの罹患を含むExcelファイルを併せて公表することは簡単なことであろう。むしろ、それを除くことの方が、プログラムの改修が必要となり、難しいはずである。
2011年のときの実績として、東日本大震災によるものを除いた情報と除かない情報の双方を公表したことがあるのである。
今回の 2022 年のデータもそのようにするべきであろう。双方の統計が公表されていれば、それはたんなる「親切心」あるいは「より丁寧な統計の公表」ということである。例年とは異なる要素があるため、それを除いてみるとこうなるということを国民に示したということになる。
しかし、特定の方の労働災害を除いたものだけを公表するのは、政府がこれを望ましい(※)と思うから国民はそれを享受せよと言っているようなものである。「お上意識」の表れではないだろうか。
※ 新型コロナを5類にしたにもかかわらず、2023年以降も労災が多発しているとまずいので、2022年の統計から予め除くように官邸筋から圧力がかかったと疑われかねない。このようなことは避けるべきだと分からないのだろうか。
安易に特定の災害のみを除外した情報だけを公開する厚生労働省の対応には強い疑問を感じると最後に述べておく。
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労働災害の発生状況の推移
労働災害に関する最新の統計データを、業種別・型別・起因物別の他、様ざまな観点からグラフにして掲示しています。