化学物質のリスクアセスメント手法の一つである厚労省版コントロールバンディングがどのようにリスクを評価しているかを説明し、併せて具体的な使用方法を分かりやすく説明しています。
このマニュアルに従って実施することで、容易に企業内で化学物質のリスクアセスメントが使用できるようになります。
内容の無断流用はお断りします。
- 1 はじめに
- 2 厚労省版コントロールバンディングの理論
- (1)概要
- (2)どのようにリスクを判定しているか
- (3)結果の出力
- 3 使い方(マニュアル)
- (1)通常版
- (2)粉じん作業版
- (3)その他(注意事項)
1 はじめに
執筆日時:
最終改訂:
本サイトでは、有害性(吸入ばく露による慢性中毒)のリスクアセスメントのツールとして、これまでに、ボックスモデル、ECETOCのTRA、BAuAのEMKG Expo Toolの3つを紹介している。厚生労働省の簡易なリスクアセスメントツール(※)(厚労省版コントロールバンディング)を紹介していないのはなぜかと不思議がられたこともあるが、とくに深い理由があったわけではない。
※ 厚労省がWEBサイトに公開している簡易なリスクアセスメントツールは、かつてはたんに「コントロールバンディング」と呼ばれていた。私個人はこのツールを「コントロールバンディング」と呼ぶことに違和感を持っており、本サイトの「各種リスクアセスメント手法の特性」の中のコラム「コントロールバンディングという用語について」で指摘していた。最近では厚生労働省自身が「厚労省版コントロールバンディング」と呼んでいることから、当サイトでもその名称を用いる。
たんに、このツールについての使い方のマニュアルは、他の多くのサイトに紹介されているため、あえて当サイトで取り上げる必要性を感じなかったこと等である。また、このツールは、たんにこれを用いてリスクアセスメントを行うだけなら、あまり難しいものではなく、解説が必要とも思えなかった。
しかしながら、一定の要望もあるようなので、稿を起こすこととした。
しかしながらたんなる使い方のマニュアルだけなら、他のサイトと変わらないので、本稿では、そのリスクアセスメントの考え方の解説をメインとし、使い方については従とした。
2 厚労省版コントロールバンディングの理論
(1)概要
ア 作成の経緯と特徴
厚労省版コントロールバンディングは、英国安全衛生庁(HSE)が開発したCOSHH Essentialsを、国際労働機構(ILO)が改良してChemical Control Toolkitの名称で公開していたものを、ILOの許可を得て我が国の厚生労働省がさらに日本向けに改良したものである。
先述したように、化学物質の有害性のうち慢性毒性についてのリスクアセスメントを行うためのツールである。このツールは、吸入ばく露のみならず、経皮ばく露についてもリスクアセスメントを行うことが可能である。
ただし、経皮ばく露については、ハザードをそのままリスクとして判断する仕組みとなっており、厳密な意味でリスクアセスメントを行っているわけではない。そのため、経皮ばく露については、ハザードがあれば(経皮毒性のある物質を使用していれば)常にリスクがあると判断されることとなる。
経皮毒性のある物質についてのリスクアセスメントを行うのであれば同じ厚生労働省が公表しているCREATE-SIMPLE 2.0を用いる方が合理的かもしれない。
イ 主な対象となる事業者の業種・規模
このツールは、本来は、化学物質のリスクアセスメントについての専門家がおらず、リスクアセスメントのためのコストを十分にかけることのできない中小企業向けに開発されたものである。そのため、特別な知識がなくてもリスクアセスメントができるようになっている。
また、リスクアセスメントの結果も、どのような対策をとればよいかが記載された"対策シート"が出力される。このため、実施者がリスクアセスメントの結果に従って対策を行うときは、それに従えばよいので、何かの判断をする必要もない。
しかし、簡易な方式なので、それほど精度があるわけではない。そのため、危険な状況を安全と判断することを避けるために、安全な状況を危険と判断することは避けられない。そのため、対策シートに記載されている内容は、実際に必要なレベルよりも過度なものとなっている。
また、製造業などと化学物質を取扱う態様が大きく異なっている物流業界のほか、研究機関や教育機関などでも、化学物質のリスクアセスメントの主要な方法として使用できるようなものではない。
我が国では、労働安全衛生法改正直後の一時期に、大企業や研究機関の一部が、このツールを化学物質のリスクアセスメント実施の主要な方法として採用しようとするケースもみられたが、さすがに最近ではそのようなことはなくなっているようだ。
もちろん、製造業の中小規模の事業場におけるリスクアセスメントツールとしては、事業者がその結果に従った対策をとるのであれば、大きな効果が期待できるものである。また、リスクのスクリーニングや、事前の簡易な調査としての用途であれば、大企業や研究機関、教育機関などでも、一定の効果が期待できるツールである。そのようなこのツールの特性を理解した上で、効果的な活用を図っていくべきものである。
ウ 対象となる物質の種類や作業等
厚生労働省コントロールバンディングが対象としているものは、液体と粉体である。ガス体に実施することはできない。ただ、ガスが、長期間に渡って一定の濃度で作業空間中に存在するというようなケースは、あまり多くはないだろうから、ガス体についての慢性毒性のリスクアセスメントの需要はそれほど多くはないように思える。
また、オリジナルのCOSHH EssentialsやChemical Control Toolkitは、研磨作業などによって粉じんが発生する場合などには対応していない。このため、厚労省版コントロールバンディングについても、初期のもの(以下たんに「初期型」という。)では、粉じん則別表第1の粉じん作業のリスクアセスメントには対応していなかった。
そのため、厚生労働省では、「鉱物性粉じん、金属粉じん等の生ずる作業」を対象としたツールを新たに開発して、2016年度から公開している。
ただし、ナノマテリアルについては、現時点では、厚労省版コントロールバンディングは対応していないことに留意して頂きたい。
(2)どのようにリスクを判定しているか
イ 入力項目
厚生労働省コントロールバンディングの入力項目は以下の通りである。これを見ても分かるように、入力項目の数はわずかなものである。
【厚労省版コントロールバンディングの入力項目】
Ⅰ 初期型
- ① タイトル
- ② 担当者名
- ③ 作業場所
- ④ 作業内容(※)選択入力
- ⑤ 作業者数(※)選択入力
- ⑥ 液体・粉体の別(※)選択入力
- ⑦ 化学物質数(※)
- ⑧ 政令番号又は化学物質名(※)選択入力可能
- ⑨ GHS分類区分(※)選択入力(自動入力可能)
(⑩以降は、液体の場合と粉体の場合で異なる。)
【液体の場合】
- ⑩ 沸点(※)
- ⑪ 取扱温度(※)
- ⑫ 取扱量単位(※)選択入力
【粉体の場合】
- ⑩ 物理的形状(※)選択入力
- ⑪ 取扱量単位(※)選択入力
Ⅱ 粉じん作業版
- ① タイトル
- ② 担当者名
- ③ 作業場所
- ④ 作業の種類(※)選択入力
- ⑤ 作業環境(※)選択入力
(⑥以降は、鉱物性粉じんの場合と金属その他の粉じん・ヒューム等の場合で異なる。)
【鉱物性粉じんの場合】
- ⑥ 遊離けい酸含有率(※)選択入力
- ⑦ 岩石の種類(※)選択入力
【金属その他の粉じん・ヒューム等の場合】
- ⑥ 政令番号又は化学物質名(※)選択入力可能
- ⑦ GHS分類区分(※)選択入力(自動入力可能)
- ⑧ 許容濃度(※)選択入力
注 (※)は必須入力項目
これらのわずかな項目からリスクを判定するのであるから、このことからも簡易な方式であるということは分かる。
なお、“作業者数”はリスクの判定には使用していない。少人数では対策をとる必要はないが、多人数なら対策をとらなければならないなどということはないのである。そのため、作業者数が増えるとリスクが増えるなどということはないので、誤解しないようにして頂きたい。
ウ リスクの判定
(ア)初期型
まず、Ⅰの初期型がリスクを判定する仕組みについて、解説する。ごく簡単に言えば、物質の有害性をAからEの5つのバンドに分類し、次にばく露レベルを推定する。そして、有害性のバンドとばく露レベルからリスクを判定するのである。
① 有害性分類の決定(管理の目標濃度の決定)
まず、GHSの危険有害性クラスと分類区分から、表2-1に従って、有害性分類(バンド)を判定する。これが、通常のリスクアセスメントにいう"結果の重大性"に該当するものといってよい。
有害性分類 (バンド) |
GHSの 危険有害性クラス |
GHSの 分類区分 |
管理の目標濃度 [ppm] |
---|---|---|---|
A | 急性毒性 (経口/経皮/吸入) |
5 | >50~500 |
吸引性呼吸器有害性 | 1,2 | ||
皮膚腐食性/刺激性 | 2,3 | ||
眼に対する重篤な損傷性 /眼刺激性 |
1,2A,2B | ||
特定標的毒性 (単回ばく露):麻酔作用 |
3 | ||
その他で分類されないものすべて | |||
B | 急性毒性(経口/経皮/吸入) | 4 | >5~50 |
特定標的臓器毒性(単回ばく露) | 2 | ||
C | 急性毒性(経口/経皮) | 3 | >0.5~5 |
皮膚腐食性/刺激性 | 1A,1B,1C | ||
皮膚感作性 | 1,1A,1B | ||
眼に対する重篤な損傷性/眼刺激性 | 1 | ||
急性毒性(吸入) | 3 | ||
特定標的毒性 (単回ばく露):気道刺激性 |
3 | ||
特定標的毒性(単回ばく露) | 1 | ||
特定標的毒性(反復ばく露) | 2 | ||
D | 急性毒性(経口/経皮) | 1,2 | >0.5 |
皮膚腐食性/刺激性 | 1,2 | ||
発がん性 | 2 | ||
生殖毒性 | 1A,1B, 2,追加区分 |
||
特定標的毒性(反復ばく露) | 1 | ||
E | 呼吸器感作性 | 1,1A,1B | 専門家による判断 |
生殖細胞変異原性 | 1A,1B,2 | ||
発がん性 | 1A,1B |
なお、この表は、英国HSEが開発したCOSHH Essentialsの有害性分類の考え方の基礎となっているものと同じものである。化学物質を、GHSの分類区分を用いて、有害性について5つのグループ(バンド)に分けるわけである。
なお、発がん性などのGHS分類区分は、疾病という結果の重篤度や発がん性の強さによるのではなく、証拠の確からしさによって区分しているので、有害性分類も、厳密にはリスクアセスメントにいう"結果の重大性"とは、やや趣を異にするものとなっている。
そして、それぞれのバンドには、ばく露限界値に相当する濃度の範囲が、設定されている。
具体的なイメージを持っていただくために、例としてトルエンの場合を例にとってみよう。
トルエンのGHSの危険有害性クラスと分類区分は、表2-2の左欄及び中欄のようになっている。
GHSの危険有害性クラス | GHSの分類区分 | 有害性分類 (バンド) |
---|---|---|
急性毒性(吸入:蒸気) | 区分4 | B |
皮膚腐食性/刺激性 | 区分2 | A |
眼に対する重篤な損傷/眼刺激性 | 区分2B | A |
生殖毒性 | 区分1A | D |
追加区分:授乳に対する又は授乳を介した影響 | D | |
特定標的臓器毒性(単回ばく露) | 区分1(中枢神経系) | C |
区分3(気道刺激性、麻酔作用) | A | |
特定標的臓器毒性(反復ばく露) | 区分1(中枢神経系、腎臓) | D |
吸引性呼吸器有害性 | 区分1 | A |
これらの有害性クラスの分類区分に対して、それぞれ有害性バンドを表2-1から判定すると、表2-2の右欄のようになる。このうち、最も有害性の高いバンドであるD判定をトルエンの有害性バンドであると判断するのである。
なお、物質数が複数ある場合には、それらの物質のうち、最も有害性の高いバンドを採用する。
なお、実際に、この表2-2と2-1によって求めた管理の目標濃度は、許容濃度やTLV-TWAなどの職業暴露限界(※)よりもかなり低くなる傾向がある。
※ 日本作業衛生学会の許容濃度、ACGIHのTLV-TWAなど。
② ばく露濃度の推定
次に、労働者のばく露濃度の推定を行う。ただし、この推定はあくまでも概念的なものと考えて頂きたい。実際に数値として濃度を出力するわけではない。実際には飛散性のレベルを推定するのみである。
そして、飛散性のレベルと取扱量単位、有害性分類(バンド)から、リスクレベルを判定するのである。このツールの開発を行ったときは、飛散性のレベルと取扱量単位からばく露濃度を推定し、推定されたばく露濃度に応じてリスクの判定を行うための基準(表2-4)を定めているのだが、その根拠は公開されていない。
なお、飛散性のレベルの決め方は液体の場合と粉体の場合で異なっているので、以下にそれぞれについて分けて解説する。
〇 飛散性の分類
・ 液体の場合
液体の場合、まず、沸点と取扱温度(プロセス温度)から、図2-1(※)を用いて、揮発性を「低」「中」「高」に分類する。
※ この図は中央労働災害防止協会のパンフレット「健康障害防止のための化学物質リスクアセスメントのすすめ方」(2009年3月)から引用しているが、厚生労働省方式コントロールバンディングで使用しているものと同じものである。
・ 粉じんの場合
固体の場合は、表2-3によって、飛散性を大、中、小に分類する。
微細な軽い粉体(例:セメント、カーボンブラックなど) | 大 |
---|---|
結晶状・顆粒状(例:衣類用洗剤など) | 中 |
壊れないペレット(例:錠剤など) | 小 |
③ リスクの判定
そして、リスクは、表2-4を用いて、求められた有害性分類(バンド)、求められた揮発性・飛散性 及び 取扱量単位によって判定している。
取扱量単位 | 低揮発性・ 低飛散性 |
中揮発性 (液体) |
中飛散性 (粉体) |
高揮発性・ 高飛散性 |
---|---|---|---|---|
有害性分類(バンド) A | ||||
大量(ton、kℓ) | 1 | 1 | 2 | 2 |
中量(kg、ℓ) | 1 | 1 | 1 | 2 |
少量(g、ℓ) | 1 | 1 | 1 | 1 |
有害性分類(バンド) B | ||||
大量(ton、kℓ) | 1 | 2 | 3 | 3 |
中量(kg、ℓ) | 1 | 2 | 2 | 2 |
少量(g、ℓ) | 1 | 1 | 1 | 1 |
有害性分類(バンド) C | ||||
大量(ton、kℓ) | 2 | 4 | 4 | 4 |
中量(kg、ℓ) | 2 | 3 | 3 | 3 |
少量(g、ℓ) | 1 | 2 | 1 | 2 |
有害性分類(バンド) D | ||||
大量(ton、kℓ) | 3 | 4 | 4 | 4 |
中量(kg、ℓ) | 3 | 4 | 4 | 4 |
少量(g、ℓ) | 2 | 3 | 2 | 3 |
有害性分類(バンド) E | ||||
全ての使用量 | 4 | 4 | 4 | 4 |
また、併せて表2-5によって、GHS分類区分から「S評価」を行う。S評価とは、"経皮ばく露リスクがある"というリスク評価である
急性毒性(経皮、蒸気、気体、粉じん、ミスト) | |
呼吸器感作性 | 区分 1 |
皮膚腐食性・刺激性、皮膚感作性 | 区分 1,2 |
特定標的毒性(皮膚) | 区分 1,2 |
そして、厚労省版コントロールバンディングでは、実施者が入力した"作業内容"ごとに、判定されたリスクレベルに応じて対策シートを選定して出力する仕組みになっている。また、S評価が出ていれば、併せて「皮膚や眼に有害な化学物質に対する労働衛生保護具」と「呼吸用保護具の選び方と使い方」のシートも出力される。
(イ)粉じん作業版
先述したように、厚労省版コントロールバンディングの初期型は、研磨作業などの粉じん作業には対応していなかった。そのため、厚生労働省で独自に粉じん作業版を作成して2016年度に公開している。これは、見た目は従来版と似ているが、リスクを判断する仕組みはかなり異なっており、我が国のオリジナリティの高いツールである。
このツールは、粉じん則の対象となる作業を念頭においているため、その中には作業環境測定の義務のあるものもある。しかし、それらは作業環境測定結果の管理区分に応じた対策をとればよい。従って、このツールは、作業環境測定測定の義務のないものについてリスクの判定を行うという発想で作られている。
具体的な作業の種類は、選択入力によって選べるようになっているが、①研磨・ばり取り、②加工(機械的切断など)、③掻き落とし、④精錬、⑤溶接(ミグ・ティグ)、⑥溶接(アーク・マグ)/溶断、⑦溶接(炭酸ガス)の7種類である。
① 有害性分類の決定(管理の目標濃度の決定)
リスクを判定する考え方は、①「鉱物性粉じんを発生するもの(土石・鉱物など)」と②「金属・その他の粉じん・ヒューム等を発生するもの」で異なっている。
もちろん、①と②の双方を含有する化学物質もあるので、そのようなものにも対応は可能である。また、②については、多くても3~4種類程度の金属等を含有するものがほとんどであることから、3種類まで評価できるようになっている。
〇 金属・その他の粉じん・ヒューム等を発生するもの
②の「金属・その他の粉じん・ヒューム等を発生するもの」については、GHS分類区分から有害性を判断する。その判断の方法は、基本的に初期型と異ならない。なお、粉じんとヒュームの区別はしていない。
〇 鉱物性粉じんを発生するもの(土石・鉱物など)
①の「鉱物性粉じんを発生するもの(土石・鉱物など)」については、表2-6によって有害性ランクをA、B、Cに分ける(D、Eは設定していない)。この場合、Cの方が有害性は高い。なお、遊離けい酸含有率が分かっている場合は直接分類し、分かっていない場合は、岩石の種類によって分類する。
遊離けい酸 含有率(%) |
遊離けい酸含有率 が不明な場合 |
有害性 ランク |
ばく露に対する 管理濃度 (mg/m3) のレンジ(参考) |
---|---|---|---|
24~100 | 火成岩 中性岩 堆積岩 変成岩(雲母) |
C | <0.1 |
1.67~24 | 塩基性岩 過塩基性岩 石灰岩 変成岩(雲母以外) |
B | 0.1 ≤ <1 |
0~1.67 | A | 1 ≤ <10 |
ここで、①「鉱物性粉じんを発生するもの(土石・鉱物など)」と②「金属・その他の粉じん・ヒューム等を発生するもの」の双方が含まれている化学物質の場合は、①と②の双方について有害性ランクを求め、ランクの高い方を採用する。
② ばく露濃度の推定
ばく露濃度の推定には、初期型のように使用量を用いることができない。材料の使用量と粉じんの総量の間には相関がないからである。そのため、作業の種類からばく露濃度を推定するという方法を採用している。
なお、ばく露量には作業時間の長さも影響するが、データ量が不足していることから、このシステムでは考慮していない。
濃度の推定方法の具体的な方法は次の通りである。なお、このランク分けの分類そのものはCOSHH Essentialsの考え方を流用しているが、どのように分類するかについては、様々な文献調査や実地調査の結果から、我が国が独自に定めている。
- ① 同じ作業が近傍でされていない場合には表2-7によって推定
- ② 同じ作業が近傍でされている(複数の作業者が密集して作業している)場合には同表からEPSをワンランク上げて推定
ばく露ランク | 推定粉じんばく露 濃度範囲 (mg/m3) |
|
---|---|---|
- | EPS1 | <0.1 |
② 加工(機械的切断等) ⑤ 溶接(ミグ・ティク) |
EPS2 | 0.1 ≤ <1 |
① 研磨・ばり取り ③ 掻き落とし ④ 精錬 ⑥ 溶接(アーク・マグ)/溶断 |
EPS3 | 1 ≤ <10 |
⑦ 溶接(炭酸ガス) | EPS4 | 10 ≤ |
※ 同じ作業が近傍でされていない場合である。同じ作業が近傍でされている(複数の作業者が密集して作業している)場合には、これよりもワンランク上げる
③ リスクの判定
リスクレベルの決定は、まず、表2-8により、有害性ランクとばく露ランクから決定し、次に許容濃度が設定してある物質の場合には表2-9によって修正する。なお、①の「鉱物性粉じんを発生するもの(土石・鉱物など)」については、有害性ランクはA~Cのみしか設定していない。
ばく露ランク | |||||
---|---|---|---|---|---|
EPS1 | EPS2 | EPS3 | EPS4 | ||
有害性ランク | A | 1 | 1 | 2 | 2 |
B | 1 | 2 | 3 | 3 | |
C | 2 | 3 | 4 | 4 | |
D | 3 | 4 | 4 | 4 |
許容濃度が設定してある物質の場合の修正の方法は、推定されたばく露ランクの推定粉じんばく露濃度範囲の大きい側の値(例えば、EPS2(0.1≦ <1)の場合は0.99としている)が、許容濃度に対して、それ未満か、1~10倍未満、10倍以上かで、リスクランクを表2-9によって確認し、こちらのリスクランクが大きければこちらを採用する。
なお、リスクランク2と3に判定された場合は、対策シートに則って対策をした後に必要に応じて作業環境濃度を測定し、その場合においても許容濃度を超える場合はリスクランク4と判定することとされている。
Pmaxと許容濃度との関係 | 確認用の リスクレベル |
---|---|
Pmax < 許容濃度 | 1 |
許容濃度(mg/m3)≦ Pmax <許容濃度×10 | 2 |
許容濃度(mg/m3)×10≦ Pmax | 3 |
※ Pmax:推定されたばく露ランクの推定粉じんばく露濃度範囲の大きい側の値
(3)結果の出力
ア 対策シートの概要
さて、厚労省版コントロールバンディングでは、どのような対策をとるべきかが記された対策シートが出力される。作業場についての注意事項、換気装置や局所排気装置などの設計や保守点検の方法、個人用保護具、労働衛生教育などについて記されている。
これらのシートに記載された換気に関する内容は、一言でいえば、表2-10のようになっている。
リスク レベル |
対策シートの具体的な内容 |
---|---|
1 | 全体換気 |
2 | 工学的対策(貯蔵及び保管については全体換気) |
3 | 囲い式局所排気装置及び封じ込め |
4 | 特別な好事例や専門家のアドバイス |
なお、リスクレベル2の工学的対策とは、囲い式以外の局所排気装置のことである。
また、S評価となった場合には、個人用保護具に関する対策シートとして、Sk100シート「皮膚や眼に有害な化学物質に対する保護具」、R100シート「呼吸用保護具の選び方と使い方」などが出力される。
よく、厚労省版コントロールバンディングは、特別な知識がなくてもできるといわれることがあるが、これらの対策シートを理解するためには、一定の知識・経験が必要となる。対策シートには、リスクレベルが4となった場合に専門家のアドバイスが必要であるとしているが、中小規模事業場においては、リスクレベルが1から3であったとしても、労働衛生に関する専門家に相談する必要がある場合も出てこよう。
労働者に対して有害な化学物質を使用させる以上、その対策には一定のコストが必要になるし、労働災害を防止するために一定の知識が必要になるということをご理解いただきたい。
イ その他
さて、厚労省版コントロールバンディングのリスク評価方式では、局所排気装置の設置や密閉式装置での取り扱いなどは考慮していない。このために、これらの装置がある場合にはリスクが判定できないなどという論考を見かけることがあるが、これはこのツールの本質を理解していないことによる誤解である。
このツールのリスクアセスメントの結果、必要な対策は対策シートとして出力される。そこで、これらのシートの内容と実際の対策を比較して、実際の対策がシートに記載されている内容より以上のものであれば、リスクに対応できている(従ってリスクは低い)と判断すればよいわけである。
なお、ここまでの説明でもご理解いただけると思うが、呼吸器感作性、生殖細胞変異原性、発がん性のいずれかのGHS分類区分が"1"となっていると、それだけでリスクレベルは最も高く出ることになる。また、かなりのケースで工学的対策以上の対策を求められることとなる。これは、簡易なリスクアセスメントである以上、やむを得ないことである。
もし、厚労省版コントロールバンディングを用いてリスクアセスメントを使用した対策シートに従わないという判断をするのであれば、必ずより高度な精度の良いリスクアセスメントを行って、リスクが十分低いことは確認しなければならないことはいうまでもない。
3 使い方(マニュアル)
(1)初期型
厚労省版コントロールバンディングを使用するには、まずブラウザでそのサイトを表示する。"厚生労働省版コントロールバンディング"で検索してもよい。YAHOOでの検索の結果は次のようになる。
ここで、1番目にヒットした「職場のあんぜんサイト:化学物質:リスクアセスメント」をクリックすると、厚労省版コントロールバンディングのトップページとなる。これは、次のようになっている。
このページの下にある“ツールへのリンク”の「液体・粉体作業」のリンクをクリックすると、初期型のリスクアセスメントが始まる。
このページの入力項目のうち、タイトル、担当者名、作業場所は入力しなくてもリスクアセスメントは可能だが、記録のために必ず入力するようにした方がよい。
作業内容はプルダウンメニューの14の項目から選択して入力するようになっている。これは、リスクレベルの判定には影響を与えないが、最後に出力される対策シートが、作業の内容によって変更されるのである。
作業者数もプルダウンメニューの中から、選択入力する。先述したように、この数字はリスク判定の結果に影響を与えることはない。
液体と粉体の別はラジオボタンをクリックして行う。このいずれを選択するかによって、この後のリスクアセスメントの入力画面が変わってくる。
化学物質数は数字で入力する。ある混合物を用いていて、その混合物そのもののSDSがあるなら「1」を入力する。2つの成分からなる物質を用いていて、SDSが成分ごとにSDSがあるなら「2」を入力する。要するに用いている化学物質のSDSの数を入力すればよい。
ただし、GHS分類区分について自動入力をするなら、成分の数を入力する必要がある。
さて、ここで作業内容は「その他」、液体・粉体の別は「液体」を選び、物質数に「1」を入力してみよう。この場合、画面上の「次へ」ボタン()をクリックすると画面が次のように変わる。
ここで、物質名は直接入力するか検索して入力する。検索は「政令番号」(※)「CAS RN®」「名称」で検索が可能である。入力して「反映」ボタン()を押すと、GHS分類区分と沸点が自動で入力されるようになっている。ただし、モデルSDSに沸点が記されていない場合は沸点は入力されないので、手動で入力する必要がある。
※ 安衛令別表第9の号番号のこと。アセトンであれば、“9-17”のように入力する。
必要事項を入力して「次へ」ボタン()を押すと、次のようにリスクレベル等が出力される。この場合、物質名はアセトン、沸点は56℃、取扱い温度は25℃、取扱量は多量、許容濃度範囲は50~500ppmを選んで(※)リスクアセスメントを行い、リスクレベルは4となっている。
※ GHS分類区分は自動入力される。沸点は政府のモデルSDSの数値を採用した。許容濃度範囲は日本産業衛生学会の200ppmを参考にしている。
さらに「次へ」ボタン()を押すと、次のように実施事項等の画面に遷移する。対策シートはシートNoの右側のPDFのマークをクリックすることで得られる。
(2)粉じん作業版
粉じん作業の場合は、厚労省版コントロールバンディングのトップページで、“ツールへのリンク”の「粉じん作業」のリンクをクリックする。
クリックすると次の入力画面が出てくるので、必要事項を入力する。
作業の内容は次のように、選択メニューとなっている。
入力して「次へ」ボタン()を押すと次の画面のようになる。
「鉱物性粉じんを発生するもの(土石・鉱物など)」、「金属・その他の粉じん・ヒューム等を発生するもの」について、該当するものに☑マークを入れ、必要事項を入力する。
「金属・その他の粉じん・ヒューム等を発生するもの」をチェックした場合、化学物質名称を入力することになるが、入力できる物質名は2021年7月現在、38 物質であり検索ボタンをクリックすると選択できるようになっている。なお、この場合、許容濃度は自動では入力されない。
この後の操作は初期型と同じである。
(3)その他(注意事項)
厚労省式コントロールバンディングは、化学物質の名称を直接又は選択により入力することにより、GHS結果を自動入力できるようになっている。
これについて、ガソリンやクレオソートオイルなどの混合物については、一定の注意が必要である。というのは、化学物質の名称は"ガソリン"でも組成が異なっている可能性があり、GHS分類結果がモデル分類区分とは異なっている可能性があるからである。政府のモデル分類結果は、一般的なものについてのものなので、混合物については自動入力を使用しないことをお勧めする。
【参考】クレオソート油のリスクアセスメントについて
クレオソート油を、製造したり取り扱ったりしている事業場は多くないと思うが、この枠内は、クレオソート油についてリスクアセスメントを行う場合に参照して頂きたい事項について記している。
厚労省版コントロールバンディングの「化学物質名称」の入力で、クレオソート油については、「クレオソート油」と「クレオソートオイル」の2つが選択入力可能になっている。この場合、必ず「クレオソート油」の方を選択して頂きたい。
クレオソート油とは、安衛令の別表第9第140号の物質であるが、石油から有用な成分を取り去った残りのことである。"クレオソートオイル"も、たんに油を日本語にしただけで、言葉の意味としては同じことである。
ところが、クレオソート油は、石油を採掘した場所等によっても成分が異なり、それぞれがCAS RN®を持っている。ただ、まったく別な物質というわけではなく、様々なクレオソート油について、ほぼ同様な有害性があると考えられる。そして、すべてのクレオソート油についてみると、ある程度の有害性の情報はある程度存在しているが、あるひとつの種類のクレオソート油についてみると、有害性の情報がほとんどないのである。
このため、政府が最初に「クレオソート油」のモデル分類を行うときは、すべてのクレオソート油に関する有害性の情報をすべて用いて分類したのである。ところが、その後、CAS RN®が90640-84-9のクレオソート油についても分類を行い、職場のあんぜんサイトでクレオソートオイルとして公開しているのである。これは、有害性の情報がほとんどないので、GHS分類区分もほとんど存在していないが、現実には「クレオソート油」の分類区分とほぼ同様な有害性があると考えられるのである。
【参考文献】
1 英国安全衛生庁WEBサイト「COSHH Essentials」
2 厚生労働省WEBサイト「リスクアセスメント実施支援システム」
3 化学物質評価研究機構「化学物質取扱作業の簡易リスクアセスメント手法開発事業報告書」(2015年)(国立国会図書館蔵)
4 櫻井治彦「化学的因子のリスクマネジメント(13)」(2012年)産業医学ジャーナルVol35,No.3
5 中央労働災害防止協会「健康障害防止のための化学物質リスクアセスメントのすすめ方」(2009年)
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