BAuAのEMKG EXPO TOOL

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計算する人

BAuAのEMKG EXPO TOOL(Ver.1)を使ったリスクアセスメントの手法を具体的に説明しています。

また、その使用上の留意事項、実際の精度、メリット、デメリット等について併せて解説しています。



1 BAuAのEMKG EXPO TOOLとは

執筆日時:

最終改訂:

BAuA(ドイツ連邦安全衛生研究所)のEMKG EXPO TOOL(EMKG="Einfaches Maßnahmenkonzept für Gefahrstoffe")は、労働者の化学物質の吸入ばく露レベル(気中濃度)を推定するコントロール・バンディングのツールである。

現在、このツールはVer.2.0が開発されており、旧バージョンはダウンロードできなくなっているが、新バージョンはJAVAで開発されており、Windows10では動作しないようである(※)。旧バージョンを使いたいという事業場もあると思われるので、このコンテンツも残したままにしている。

※ Windows10のコンピュータに、このツールを実行しようとしたところ、JAVAをインストールするよう促された。そこで、最新版のJAVAをインストールした後に、EMKG-Expo-Toolを起動してみたが、起動の直後に終了してしまい動作しなかった。

このツールはEXCELファイルで構成されており、ファイルを入手すれば、すぐに使用できる。Microsoft社のEXCEL97以降のバージョンであれば問題なく動作する。

簡単ないくつかの事項を入力することにより、自動的に気中濃度の推定値が出力される。利用者は、この推定値と職業暴露限界を比較してリスクを判断することになる。入力はそれほど難しくはない。

ただし、EMKG EXPO TOOLによる気中濃度の推定値は、特定の数値ではなく一定の幅がある範囲として出力される。このため、使いにくいと感じられる方もおられるようだ。しかし、要は、"このツールで分かることはここまでだから、後は利用者の方で考えて自己責任で使用して欲しい"ということだろう。わずかな情報から、気中濃度を推定するのであるからこれはやむを得ないし、いかにもドイツ人的である。

話はそれるが、英国のHSE(安全衛生庁)のCOSHH Essenstialsは、気中濃度の推定値を利用者に明らかにしない。その代りに最終的にどのような対策を取るべきかが書かれた「対策シート」を出力するのである。これもいかにも英国の知識人らしいなという気がする。なお、これは日本の厚生労働省の厚生労働省版コントロール・バンディングの基になったツールである。

どちらがよいかは人によるだろうが、個人的な好みだけで言わせて頂ければ、私はEMKG EXPO TOOLの考え方の方が好きだ。

さて、このツールは、多数の作業場で実際に実施して、その精度が確認されているものである。私は、ある国際会議でBAuAの職員によるリスクアセスメントに関するプレゼンテーションを聞いたことがあるが、そのときの説明によると、実際の測定結果がEMKG EXPO TOOLの推定結果を超えるもの(EMKG EXPO TOOLの推定よりもリスクが高いもの)の割合が15%程度になるように設定してあるとのことであった。

もちろん、この数値をゼロにすることも可能だが、それでは全体的に過大なリスク判定となって、事業者に過大な設備投資などのコストを求めることになってしまう。それでは誰もその結果を信用しなくなり、かえってリスクを低減するという目的に外れてしまうだろう。安全側と信頼性のバランスをどうとるかについて、BAuAは15%が適切だと判断したということだ。そのことはご理解頂いた上で、EMKG EXPO TOOLを使用するか否かは、自己責任で判断して頂きたい。

ただし、このことはどのような簡易なリスクアセスメントツールについてもいえることである。このバランスをどうとるかは、開発者自身の判断である。リスクアセスメントとは、そのようなものであって、リスクを完全に把握できるというような手法はなく、実際のリスクよりも低いリスクを見積もることはあるし、その一方で過剰な設備投資を求められることもあるのである。

概して言えば、簡易なリスクアセスメントではリスクを過大に見積もる傾向があり、高度な(コストのかかる)リスクアセスメントではよりリスクを適切に見積もる傾向がある。そのため、普通に考えるのとは逆に、簡易なリスクアセスメントを行う方が、高度なリスクアセスメントを行うよりも、かえって安全(コストはかかるが)だということが多いのである。もちろん、"その結果に従って対策をとれば"の話ではあるが。

さて、話を戻そう。EMKG EXPO TOOLは、吸入ばく露(慢性)のリスクを見積もるツールであり、経皮ばく露には対応していない。

また、液体と固体の双方に対応できるが、物質と作業に関していくつかの制約がある。BAuAが、使用できない作業と物質をEMKG EXPO TOOLのページで示していた。必ず原文に目を通しておいて頂きたい。2016年9月時点のものを次に引用する。

The EMKG-EXPO-TOOL is currently not appropriate for special situations, including activities where dusts are formed through abrasive techniques, open spray applications, gases, and pesticides. Operations that give rise to the generation of fumes (soldering, welding) and wood dusts are exempted as well. The tool is also not suited for CMR substances. These situations involve more complex exposures requiring additional considerations that are not yet fully addressed by the current tool. In addition, the tool does not cover safety hazards, environmental issues, or ergonomic issues.

簡単に説明しておくと、スプレー作業が解放された場所で行われているケースや、研磨作業によって粉塵が発生するケースでは使用できない。また、ガス、殺虫剤には使用できない。はんだ付けや溶接によって発生するヒュームや、木粉にも使用できない。さらに、CMR物質(発がん性物質、生殖毒性物質、変異原性物質)にも使用してはならない。

その他、(当然のことではあるが)特殊な使用方法では使用できないし、危険性(爆発・火災などの危険性)や環境影響、エルゴノミクス(人間工学)上の問題に用いることもできない。

ただ、他の簡易なリスクアセスメントツールにも、同様に注意すべき事項があり、とくにEMKGは制約が多いということではないと思う。

なお、どのような吸入ばく露を対象とした簡易なリスクアセスメントツールについてもいえることだが、作業者が顔を発散源に近づけるような作業や、作業者が発散源の風下にいるような作業では、実際のリスクはリスクアセスメントの結果よりも高くなる。もっとも、リスクアセスメントをするしないにかかわらず(するべきだが)、そのような作業は行うべきではないのである。

なお、どうしても発散源に顔を近づける必要があるときは、リスクアセスメントの結果や作業環境測定の結果がどうであろうと、適切な保護具を着用するようにしたい。作業環境測定の結果が第一管理区分であれば、B測定で、もっとも濃度の高くなる場所・時間帯でも管理濃度を超えないのだから大丈夫だと思うかもしれないが、現実の現場はそのような単純なものではない。B測定についても、作業者の口元にサンプラーを近づけたりはしないことが多い。そのため、発散源に顔を近づけるような作業では、必ずしもB測定の結果よりも暴露する濃度が低い状態とは限らないと思った方がよい。


2 EMKG EXPO TOOL(旧バージョン)を入手する

EMKG EXPO TOOLは現在はBAuAのサイトからは入手できない。BAuAはツールの非事業的な譲渡は禁止していないので、入手していなければ、すでに入手している事業者等から無償で入手する必要がある。

なお、ツールはExcel2003以前のファイルで、拡張子はxlsとなっている。


3 EMKG EXPO TOOLを使ってみる

入手したEXCELファイルを立ち上げると次図のような画面が立ち上がる。

 EMKGの初期画面

図をクリックすると拡大します

ここで、粉体のリスクアセスメントを行うときは画面下部のSolidsを選び、液体の場合はLiquidsを選ぶ。


(1)液体の場合

タブ切り替え

Liquidsのシートを選ぶと、次のような画面となる。

EMKG操作画面

図をクリックすると拡大します

もし、英語で分かりにくいという場合は、厚生労働省の労働者の有害物によるばく露評価ガイドラインの別添に日本語訳がある。ガイドラインの40ページに液体の部(39ページに固体の部)が、あるのでそちらを見て頂きたい。

なお、パソコンの画面の縦の解像度が768ドットで、パソコンの画面にタスクバーが表示されていたり、EXCELにリボンが表示されていたりすると、画面の下部の表が画面から外れるようだ。全体を縮小してもよいのだが、それでは見にくくなる。タスクバーを自動的に隠すようにし、EXCELのリボンを表示しないようにするとそのままの大きさでも全体が見えるようになる。この図でもそうしているが、EMKGを使用するときは、その方が便利である。

まず、沸点と取扱い温度の関係を選ぶ。選択するときは、左側の赤文字の「Low」「Medium」「High」のいずれかをクリックすることにより行う。

発散バンド入力カラム

図をクリックすると拡大します

取扱い温度が常温の場合は、その物質の沸点が150℃を超えるなら「Low」、50℃未満なら「High」、その他の場合は「Medium」をクリックする。沸点はSDSに記載されているケースがほとんどである。SDSに複数の沸点が記載されていたら、安全のために低い方の値を採用した方がよい。

常温で使用しない場合は、b.p. ≧5×o.t.+50なら「Low」、b.p. ≦ 2×o.t.+10の場合は「High」、その他の場合は「Medium」をクリックする。なお、b.p.とは沸点のことで、o.t.とは取扱い温度である。取扱い温度における蒸気圧が0.5kPa未満なら「Low」、25kPaを超えるなら「High」、その他の場合は「Medium」をクリックしてもよい。

また、次の表で、取扱い温度と沸点を、数値で直接入力することもできるようになっている。ここに数値を入力すると、先ほどの沸点などの選択は自動的に行われる。

なお、私が試した限りでは、「Medium」にするか「High」にするかでは気中濃度の推定値は変わらないようである。

発散面積入力カラム

次に、使用量を選択する。

使用量入力カラム

使用量が1リットルまでなら「Small」、バッチサイズが1から1,000リットル(=1m3)までなら「Medium」、バッチサイズが1m3を超えるなら「Large」をクリックして選択する。

なお、発散する量ではなく、使用量であるのでご留意頂きたい。従って、2リットルを使用するが1.5リットルは液体のまま回収・廃棄されるという場合でも、「Medium」を選択する。もちろん、「Small」と「Medium」のいずれを選ぶかによって、推定される気中濃度が1,000倍単位で変化するというようなことはない。

次に対象となる化学物質を取り扱う時間を選択する。8時間のシフト全体で取扱い時間が15分以下なら「Yes」、そうでなければ「No」を選ぶ。

作業時間入力カラム

作業の対象となる面の面積が1m2を超えるか否かを選択する。例えば接着作業や塗装作業で、その対象となる面積が1シフトで1m2を超えるかどうかである。超えれば「Yes」、超えなければ「No」を選択する。

発散面積入力カラム

最後に、工学的なばく露防止対策の有無を選択する。

工学的対策の入力カラム

図をクリックすると拡大します

工学的対策の入力カラム(拡大図)

良好な全体換気装置の場合は「1」、局所排気装置があるなら「2」、密閉化装置(わずかな漏出口はあってもよい)で取り扱うなら「3」を選ぶ。ただし、いずれも適切な作業が行われていることが前提である。

もし、良好な全体換気装置さえなければ、EMKGでリスクアセスメントすることはできない。また、作業が不適切に行われるような場合まで、リスクアセスメントができるわけではない。

局所排気装置があると、推定気中濃度は10分の1となり、密閉化装置があると100分の1になるように設定されているようだ。これは、多くの簡易なリスクアセスメントツールと同じである。

ここまで入力すると、リスクアセスメント(正確には気中濃度の推定)は完了である。

出力はすでに同じシート上になされている。シートの下部・左側にある次表で、バックグラウンドカラーの付いたところが、推定された「ばく露ポテンシャルバンド」(ばく露の可能性レベル)であり、この場合ばく露ポテンシャルバンドは3であるとされている。

結果表示

気中濃度の推定値も同様にバックグラウンドカラーによって表示される。この場合、推定気中濃度は5から50ppmの範囲であるとされている。

結果表示カラム(2)

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(2)固体の場合

タブ切り替え

固体の場合、Solidsのシートを選ぶ。次のような画面となる。

個体の操作画面

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もし、英語で分かりにくいという場合は、繰り返しになるが、厚生労働省の労働者の有害物によるばく露評価ガイドラインの別添に日本語訳がある。ガイドラインの39ページに固体の部(40ページに液体の部)があるのでそちらを見て頂きたい。

まず、粉塵の飛散性について入力する。

発散しやすさの入力

図をクリックすると拡大します

発散しやすさの入力カラム

入力は液体のときと同様、左側の赤文字の「Low」「Medium」「High」のいずれかをクリックして選択する。

ここで、厚生労働省のガイドラインに記載されている日本語の訳文を紹介すると、「Low」は「ペレット状で非繊維製の固体。使用中に粉塵がみられたとの証拠はほとんどない。例:PVCペレット、ワックス」、「Medium」は「結晶、粒状個体。使用時には発塵がみられるが、すぐに沈降する。使用後には表面に粉塵が確認される。例:粉石けん、粉砂糖」、「High」は「微細、軽量パウダー。使用時には粉塵が舞、数分間空気中を漂う。例:セメント。酸化チタン、コピー用トナー」となっている。

なお、実際のEMKGでは、厚生労働省のガイドラインの「High」の「例」にある「コピー用トナー」の記述が見えないようだ。おそらくセルの枠外にあるのだと思う。当時の担当者に確認したわけではないが、厚生労働省はBAuAから翻訳の許可を得るにあたって、直接BAuAに問い合わせたか、ロックのかかっていないEXCELファイルを入手したのかもしれない。

次に使用量について入力する。

 使用量の入力画面

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1kgまでなら、「Small」を、バッチサイズが1から1,000kgまでなら「Medium」を、バッチサイズが1トンを超えるなら「Large」を選ぶ。あくまでも使用される固体全体の重量であって、粉体のみの重量ではない。

次に作業時間を選択する。8時間のシフト全体で取扱い時間が15分以下なら「Yes」、そうでなければ「No」を選ぶ。

使用量の入力画面

最後に、工学的なばく露防止対策の有無を選択する。良好な全体換気装置しかないなら「1」、局所排気装置があるなら「2」、密閉装置(わずかな隙間はあってもよい)で取り扱うなら「3」を選ぶ。ただし、いずれも適切な作業が行われていることが前提である。

液体の部でも述べたが、全体換気装置さえなければ、EMKGでリスクアセスメントすることはできない。また、作業が不適切に行われるような場合まで、リスクアセスメントができるわけではない。

工学的対策の入力画面

図をクリックすると拡大します

工学的対策の入力画面

ここまで入力すると、リスクアセスメント(正確には気中濃度の推定)は完了である。

出力はすでに同じシート上に出力されている。シートの下部・左側の次表で、バックグラウンドカラーの付いたところが、推定された「ばく露ポテンシャルバンド」(ばく露の可能性レベル)であり、この場合ばく露ポテンシャルバンドは1であるとされている。

 EMKGの初期画面

図をクリックすると拡大します

気中濃度の推定値も、次図のように、バックグラウンドカラーによって表示される。この場合、推定気中濃度は0.01から0.1mg/m3の範囲であるとされている。

推定期中濃度の報告画面

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4 BAuAのEMKG EXPO TOOLの精度

最後に、EMKG EXPO TOOLの精度についてみてみよう。Martie van Tongeren et alの作成したパワーポイントデータ「eteam Project; Results of external validation exercise.」(Evaluation of Tier 1 Exposure Assessment Models under REACH (eteam) Project )には、欧州で開発されたいくつかの簡易なリスクアセスメントの実証の結果が記載されている。

EMKGの精度

図をクリックすると拡大します

前図は、その中のEMKG EXPO TOOLのものである。本稿のPDFの図が見にくいようなら、ハイパーリンクから原典をご覧になって頂きたい。原典の方は、これよりもかなりみやすいようである。

なお、これは本稿の冒頭で紹介した国際会議の資料と同じものである。

この図の横軸はEMKG EXPO TOOLによる推測値で、縦軸は実際の個人ばく露の測定値で、対数目盛となっている。図の中の45度の線上にプロットがあれば、その作業者については、推測値と測定値が一致している。この線よりも上にプロットされていれば、EMKG EXPO TOOLによるリスクアセスメント結果よりも、実際のリスクの方が高いということを意味する。逆に、下にプロットされていれば、実際のリスクの方が低いのだが、過剰な対策が求められたということになる。

これらの図は対数グラフなので、実際のバラつきは、一見して得られる印象よりもかなり大きくなる傾向があることに注意すべきである。しかし、この種の簡易なリスクアセスメントとしては、かなり正確な推測ができているのではないかと思う。なお、図中のCorrCoefとは相関係数のことである。

また、リスクアセスメントの結果よりも実際のリスクの方が高いケースは冒頭で述べたように15%となっている。

この図を見ると、使い物にならないと思われるかもしれないが、そのように思うべきではない。簡易なリスクアセスメントである以上、多少の過剰な対策は求められるにしても、85%は実際のリスクの方が低く出る=従って安全な対策が可能なのである。

そして、EMKG EXPO TOOLによるリスクアセスメントの結果よりも実際のリスクの方が高いケースというのは、顔を発散源に近づけるような作業や、発散源の風下での作業など、ある程度は定型的に判るだろうと思う。つまり、そのような作業については、リスクアセスメントの結果を過信しすぎないようにするなどの注意をすればよいわけである。

もちろんだからといって、化学物質管理についてまったくの知識がないまま、機械的にEMKG EXPO TOOLでリスクアセスメントを行って、その結果を過信しすぎるようなことをすれば危険な結果をもたらすかもしれないということは忘れてはならないだろう。

要は、どのような特性(メリットとデメリットといってもよい)があるのかをきちんと捉えた上で使用するべきだということである。


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