アーク溶接作業と作業主任者選任




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アーク溶接

※ イメージ図(©photoAC)

労働安全衛生法の改正により、2022 年4月よりアーク溶接作業を行わせるには、作業主任者の選任が必要となっています。

しかし、法律の条文にはアーク溶接の作業には作業主任者の選任が必要だと明確に記されていないため、必要がないと誤解している方も多いようです。

本稿では、アーク溶接作業に作業主任者の選任が必要な法律上の根拠について解説しています。

【2022年12月26日追記/2023年04月03日改訂】2022年12月26日厚生労働省は「労働安全衛生規則等の一部を改正する省令及び化学物質関係作業主任者技能講習規程の一部を改正する件」についてパブコメを行い、同年4月3日に労働安全衛生規則等の一部を改正する省令化学物質関係作業主任者技能講習規程等)を公布しました。現時点ではアーク溶接作業を行うためには、特定化学物質及び四アルキル鉛作業主任者講習を修了した者の中から作業主任者を選任しなければなりませんが、これを講習科目を金属アーク溶接等作業に係るものに限定した特化技能講習(金属アーク溶接等作業主任者限定技能講習)を受講すればよいこととすることとしています。



1 アーク溶接作業の作業主任者の選任の要否についての質問

執筆日時:

最終改訂:

最近、当サイトの掲示板で、衛生管理者試験の受験勉強をしておられる方から次のような質問をいただいた。

【ご質問の内容】

ある予備校の衛生管理者試験のテキストの予想問題で、屋内のアーク溶接作業では作業主任者の選任の必要はないと書かれていました。

最近の法令改正で選任が必要になったと思っていたので、その予備校に問い合わせたところ、そのシチュエーションでは選任の必要はないとの回答がありました。

なぜ、選任の必要がないのでしょうか。

確かに、法令の条文にはアーク溶接作業を行う場合に作業者主任者の選任が必要だとは書かれていない。しかし、実質的には選任が必要となるのである。

おそらく、予備校の方は、アーク溶接の現場を知らなかったか、安衛法令の実務に詳しくないために、条文を形式的に理解して必要がないと答えたのではないかと思う。

このような誤解は他にもあるのではないかと思うので、本稿で、アーク溶接に作業主任者の選任が必要な根拠を解説する。


2 関連条文

これに関する関係条文は次のようになっている。

【労働安全衛生法】

(作業主任者)

第14条 事業者は、高圧室内作業その他の労働災害を防止するための管理を必要とする作業で、政令で定めるものについては、都道府県労働局長の免許を受けた者又は都道府県労働局長の登録を受けた者が行う技能講習を修了した者のうちから、厚生労働省令で定めるところにより、当該作業の区分に応じて、作業主任者を選任し(中略)なければならない。

【労働安全衛生法施行令】

(作業主任者を選任すべき作業)

第6条 法第14条の政令で定める作業は、次のとおりとする。

一~十七 (略)

十八 別表第三に掲げる特定化学物質を製造し、又は取り扱う作業(試験研究のため取り扱う作業及び同表第二号3の3、11の2、13の2、15、15の2、18の2から18の4まで、19の2から19の4まで、22の2から22の5まで、23の2、33の2若しくは34の3に掲げる物又は同号37に掲げる物で同号3の3、11の2、13の2、15、15の2、18の2から18の4まで、19の2から19の4まで、22の2から22の5まで、23の2、33の2若しくは34の3に係るものを製造し、又は取り扱う作業で厚生労働省令で定めるものを除く。)

十九~二十三 (略)

別表第3 特定化学物質(第六条、第九条の三、第十七条、第十八条、第十八条の二、第二十一条、第二十二条関係)

 (略)

 第二類物質

1~34 (略)

34の2 溶接ヒューム

34の3~36 (略)

37 1から36までに掲げる物を含有する製剤その他の物で、厚生労働省令で定めるもの

 (略)

【特定化学物質障害予防規則】

(定義等)

第2条 この省令において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。

一~七 (略)

 令別表第三第二号37の厚生労働省令で定める物は、別表第一に掲げる物とする。

 (略)

(特定化学物質作業主任者の選任)

第27条 事業者は、令第六条第十八号の作業については、特定化学物質及び四アルキル鉛等作業主任者技能講習(特別有機溶剤業務に係る作業にあつては、有機溶剤作業主任者技能講習)を修了した者のうちから、特定化学物質作業主任者を選任しなければならない。

 (略)

別表第1 (第二条、第二条の二、第五条、第十二条の二、第二十四条、第二十五条、第二十七条、第三十六条、第三十八条の三、第三十八条の七、第三十九条関係)

一~三十四 (略)

一~三十四の二 溶接ヒュームを含有する製剤その他の物。ただし、溶接ヒュームの含有量が重量の一パーセント以下のものを除く。

三十四の三~三十七 (略)

安衛法第14条は政令で定める作業については、作業主任者を選任しなければならないとしている。そして、その「政令の定めるところ」は安衛令第6条にあるが、そのどこにも「アーク溶接の作業」は定められていないのである。

防じんマスクを着けた女性

※ イメージ図(©photoAC)

では、なぜアーク溶接の作業に作業主任者の選任が求められるのであろうか。その答えは、同じ安衛令第6条の第十八号にある。第十八号は、特定化学物質作業主任者についての規定であり、「特定化学物質を製造し、又は取り扱う作業」に作業主任者の選任が必要であると定めている。

そして、特定化学物質は安衛令の別表第3に定めてあるが、その第二号(第2類物質)の34の2に溶接ヒュームが定められているのである。

アーク溶接の作業は、「溶接ヒュームを取り扱う作業」に該当するため、冒頭の質問にあった屋内作業に限らず、作業主任者の選任が必要になる(※)のである。

※ 安衛令第6条にアーク溶接作業を定めなかったのは、溶接ヒュームを特定化学物質として定めたため、十八号にアーク溶接作業も含まれることになったので、あえて「アーク溶接の作業」を別項目として定める必要がないと判断されたためである。

なお、「溶接ヒュームを取り扱う作業」はアーク溶接作業に限られない。堆積したヒュームの清掃などの作業などもこれに該当する。


3 いくつかの疑問点について

ここで、アーク溶接の作業は「溶接ヒュームを取り扱う作業」に該当するのかという疑問があるかもしれない。アーク溶接を行っているときに、ヒュームは発生するが、通常の用語の「取り扱う」ようなことはしていないと考えるのが普通であろう。

この点について、この法令改正の施行通達「労働安全衛生法施行令の一部を改正する政令等の施行等について」(令和2年4月 22 日基発 0422 第4号)も明確なことは述べていない。この施行通達はたんに「溶接ヒューム及び塩基性酸化マンガンに係る作業又は業務について、新たに作業主任者の選任(法第14条関係)(中略)が必要となること」としているのみで、アーク溶接作業が「溶接ヒューム及び塩基性酸化マンガンに係る作業又は業務」かどうかということについては、何も述べていないのである。

しかし、これは行政機関に当てた通達という文書の性格からこのような書き方をしているのであり、厚労省が一般向けに作成した「改正特定化学物質障害予防規則に関するQ&A」では、明確に「アーク溶接作業に労働者を従事させる場合は同作業主任者の選任が必要となります」と明言している。

【改正特定化学物質障害予防規則に関するQ&A】

2 特定化学物質作業主任者について(改正安衛令第6条第18号関係)

問① 溶接ヒュームが特定化学物質になることにより、新たに特化作業主任者の選任が必要となるが、常時溶接作業を行わないような場合でも特化作業主任者の選任が必要となるのか。 特定化学物質作業主任者の選任は対象の作業頻度の程度による例外は設けておらず、アーク溶接作業に労働者を従事させる場合は同作業主任者の選任が必要となります。
※ 厚生労働省「改正特定化学物質障害予防規則に関するQ&A

また、一般向けのパンフレット「「溶接ヒューム」が特定化学物質に!」でも「アーク溶接等作業を現場で指揮する方は「特定化学物質及び四アルキル鉛等作業主任者技能講習」を修了した方を作業主任者として選任する必要があります」と明記している。

もちろん、強力な局所排気装置でヒュームを吸引すれば、作業者が「取り扱う」ようなことにはならないのではないかなどの疑問もあるかもしれない。しかし、少なくとも厚労省の上記のパンフレット類では、自動溶接以外のアーク溶接作業を行う場合は、例外なく(※)作業主任者の選任が必要としているのである。

※ なお、上記のパンフレットには「「金属アーク溶接等作業」には、作業場所が屋内又は屋外であるとに関わらず、アークを熱源とする溶接、溶断、ガウジングの全てが含まれ、燃焼ガス、レーザービーム等を熱源とする溶接、溶断、ガウジングは含まれません。なお、自動溶接を行う場合、溶接中に溶接機のトーチに近づく等、溶接ヒュームにばく露するおそれがある作業が含まれ、溶接作業に付帯する材料の搬入・排出作業等は含みません」とされている。

ガス切断などは、金属の酸化する熱を利用して行っており、金属蒸気が発生するほどの高温ではないためヒュームの発生量がほとんどない。また、自動溶接も溶接中に機械に近づかなければ、金属ヒュームへのばく露はほとんどないと考えられる。このため、これらの作業は「溶接ヒュームを取り扱う作業」に含まれないのである。


4 結論

以上のことから、法令では「アーク溶接作業」に、直接、作業主任者を義務付けているわけではないが、結果的に作業主任者の選任が必要となるわけである。

こういったことは、法令の条文を読むだけでは分からない面がある。誰も、アーク溶接作業は溶接ヒュームを取り扱う業務だとは考えないだろうからである。

そのために、行政もパンフレット類で周知を図っているわけであるが、いくら法律の条文は素人が読むようにできていないとはいえ、もう少し分かりやすくならないものかと思う。

なお詳細は、「溶接ヒューム関連、安衛法令改正」を参照して頂きたい。


5 【追記】アーク溶接作業主任者制度の創設

【2022年12月26日追記】(2023年03月03日最終改訂)


(1)金属アーク溶接等作業主任者限定技能講習の創設

厚生労働省は、2022年12月26日に「労働安全衛生規則等の一部を改正する省令及び化学物質関係作業主任者技能講習規程の一部を改正する件」のパブコメを開始し、2023年2月13日の法令改正のための諮問(第152回労働政策審議会安全衛生分科会資料4-1 労働安全衛生規則等の一部を改正する省令案要綱資料4-2 概要)を経て、同年4月3日に労働安全衛生規則等の一部を改正する省令化学物質関係作業主任者技能講習規程等)を公布した。

なお、現時点ではアーク溶接作業を行うためには、特定化学物質及び四アルキル鉛作業主任者講習を修了した者の中から作業主任者を選任しなければならない。これが2024年1月1日以降は、講習科目を金属アーク溶接等作業に係るものに限定した特化技能講習(金属アーク溶接等作業主任者限定技能講習)を受講すればよいこととなる。

厚生労働省によれば、アーク溶接業務に携わる者は、「溶接ヒュームしか取り扱わないにもかかわらず、特化技能講習においては溶接ヒューム以外の特定化学物質及び四アルキル鉛に係る科目を受講する必要がある等、受講者の負担が大き」いため「講習科目を金属アーク溶接等作業に係るものに限定した特化技能講習(以下「金属アーク溶接等作業主任者限定技能講習」という。)を新設」するというのである。

それ以降は、アーク溶接業務に選任される作業主任者は簡易な技能講習を受講すればよい(※)こととなる。

※ 特定化学物質及び四アルキル鉛作業主任者技能講習を修了した者は、改めて金属アーク溶接等作業主任者限定技能講習を受講する必要はない。


(2)金属アーク溶接等作業主任者制度の変遷

そもそも、溶接ヒュームを特定化学物質とし、アーク溶接作業に作業主任者の選任が必要となる政令の改正が公布されたのは2020年4月である。

ところが、2022年に化学物質の自律的管理についての政省令改正が公布され、これに先立つ2021年7月の「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会報告書」には5年後には、化学物質関連の4規則と粉じん則を廃止することを想定するとされていた。これにより化学物質関連の作業主任者は廃止されることになると可能性が出てきたのである。

さらに、2022年12月になって、今度はアーク溶接のための作業主任者制度を新たに設けると言い出したのである。これも特化則に規定されることとなっているので、5年後の廃止もあり得ることとなる。

表 アーク溶接関連作業主任者制度改正の経緯
年月 アーク溶接関連作業主任者制度の動き
2020年4月

◇ アーク溶接作業等に作業主任者選任を要するとする改正政令公布

2021年

◇ この年、特定化学物質及び四アルキル鉛作業主任者技能講習の受講者が急増する。

2021年7月

◇ 5年後に化学物質関連特別規則の廃止を想定するという報告書発表

◇ これにより5年後にアーク溶接の作業主任者制度が廃止されることが想定された。

2022年4月

◇ アーク溶接作業等に作業主任者の選任を要する改正政令が施行

◇ この後は、アーク溶接業務には作業主任者の選任が必要となる。

2022年12月

◇ 講習科目を金属アーク溶接等作業に係るものに限定した特化技能講習(金属アーク溶接等作業主任者限定技能講習)を開始するとのパブコメの実施

2023年3月(予定)

◇ 金属アーク溶接等作業主任者限定技能講習制度の創設を告示

2024年1月

◇ 金属アーク溶接等作業主任者限定技能講習を創設する告示の適用

2026年(?)

◇ (アーク溶接業務を含め、作業主任者制度の廃止が想定)

どうせ5年後には廃止される作業主任者制度なので、簡易なもので許してやるという趣旨なのか、行政の側に作業主任者制度をなくす気が薄れてきたのか・・・そこは想像するしかないようだ。


(3)簡易な技能講習を創設することの問題点

ア 作業主任者制度に対する国民の信頼感の低下

怒る女性

※ イメージ図(©photoAC)

それにしても、いったいどうなっているのだろうか。この朝令暮改(どころか朝改暮令である)ぶりは。これでは、2022年の4月以降に、法律に違反して作業主任者を選任せずにアーク溶接の業務を行っていた事業者に「特典」を付与する結果となろう。

受講者の負担が大きいなどということは最初から分かっていたことであろう。それを制度が施行された後になって簡易なものに変えるというのでは、施行までにまじめに特定化学物質及び四アルキル鉛作業主任者講習を受けた者にとっては、正直者がバカをみると感じられる(※)のではないだろうか。

※ 事実、筆者自身が、複数の事業者からそのような感想を聞いた。

おそらくアーク溶接業務を行っていながら作業主任者を選定していない事業者の多くは、新しい金属アーク溶接等作業主任者限定技能講習が2024年1月に始まってから技能講習を受けさせて作業主任者を選定すればよいと考えるだろう。関係告示が行われた2023年4月3日の後、新たな技能講習が実施される2024年1月1日までに、作業主任者を選任せずにアーク溶接を行っている事業者がいた場合、労働基準監督官がこれを現認したときはどのように対応するのか気になるところではある。

※ そもそも、アーク溶接業務では、従来の特定化学物質及び四アルキル鉛作業主任者技能講習修了の資格ではなく、金属アーク溶接等作業主任者限定技能講習修了でかまわないから、法令を改正するのであろう。ではなぜ、告示の日から適用の日を9か月も遅らせて、その間(2023年3月下旬から同年12月31日まで)は、特定化学物質及び四アルキル鉛作業主任者技能講習を修了しなければ作業主任者になれないのであろうか。告示と同時に適用するべきであろう。まぜ、わざわざ告示と適用の日をずらすのか、理解に苦しむところである。

それどころか、5年間、作業主任者を選任せずにアーク溶接業務を行う悪質な業者は、制度が廃止されればそのままということになりかねない(※)。これでは、国民の作業主任者制度に対する遵法意識が薄れるだろう。

※ 現実には、改正時の条文によって、廃止前の違反も処罰できるようにすることとなろうが、現実に制度廃止後に処罰されるケースはまれである。


イ 作業主任者制度のバランスの欠如

そもそも、同じような問題は、他の特定化学物質についてもいえることであり、金属ヒュームだけの問題ではない。にもかかわらず金属アーク溶接等作業主任者限定技能講習を創設するのなら、他のすべての特定化学物質についても同様な技能講習を創設しなければならなくなる(※)

※ 例えば当サイトの「コバルト工具研磨と作業主任者の要否」にも書いたが、コバルトを含有する工具の研磨の業務は、アーク溶接よりもさらに簡易な技能講習の必要性が高いだろう。

本来、特定化学物質に関する作業主任者制度は、1種類でも特定化学物質を扱っていれば、特定化学物質に関する全般的な知識が必要だという前提で成立していたのである。アーク溶接についてのみ簡易な技能講習を創設するというのは、あまりにも発想が短絡的すぎるのだ。

このような特別扱いをするなら、最初から、溶接ヒュームを特定化学物質になどするべきではなかった(※)のである。

※ 溶接ヒュームのような、有用性の認められないものを「製剤その他の物」に含めたり、溶接ヒュームを製造し取り扱う業務などという理解に苦しむ概念を導入したりするのではなく、安衛則でアーク溶接について規制する方がよほどすっきりしたはずである。


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