労働衛生コンサルタント試験 2020年 労働衛生一般 問11

健康診断(一般・特殊)




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合格

 このページは、2020年の労働安全衛生コンサルタント試験の「労働衛生一般」問題の解説と解答例を示しています。

 解説文中の法令の名称等は、適宜、略語を用いています。また、引用している法令は、読みやすくするために漢数字を算用数字に変更するなどの修正を行い、フリガナ、傍点等は削除しました。

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2020年度(令和2年度) 問11 難易度 健康管理についての基本的な考え方を問う問題。やや微妙な内容ではあるが正答しておきたい。
健康診断

問11 健康診断に関する次の記述のうち、誤っているものはどれか。

(1)健康診断の実施内容等については、衛生委員会で審議したうえで、規程として整備するとよい。

(2)健康診断の結果、医師の意見を勘案して実施する就業上の措置として、作業環境測定を実施することがある。

(3)塩酸、硝酸などの歯又はその支持組織に有害なガス、蒸気等を発散する場所における業務に従事する労働者に対して、歯科医師による健康診断を実施する。

(4)トルエンの尿中代謝物である馬尿酸の測定値は、食品中の保存料、カフェインなどによる影響を受けて、高値となることがある。

(5)健康診断について、法令に示された実施項目に加えて検査を実施する場合、労働者の同意は必要ない。

正答(5)

【解説】

(1)誤っているとはいえない。「〇〇するとよい」という文章に、誤っているかもないものだが、健康診断の実施内容等を衛生委員会で審議することは、安衛法第18条の趣旨から適切である。また、規程として整備すること自体が不適切なわけがない。

【労働安全衛生法】

(衛生委員会)

第18条 事業者は、政令で定める規模の事業場ごとに、次の事項を調査審議させ、事業者に対し意見を述べさせるため、衛生委員会を設けなければならない。

 (略)

 労働者の健康の保持増進を図るための基本となるべき対策に関すること。

三及び四 (略)

2~4 (略)

(2)誤っているとはいえない。平成8年10月1日健康診断結果措置指針公示第1号(最終改正平成29年4月14日)「健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」の「1 趣旨」に、就業上の措置として「健康診断(中略)の結果、異常の所見があると診断された労働者について、当該労働者の健康を保持するために必要な措置について聴取した医師又は歯科医師(中略)の意見を十分勘案し、必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少、昼間勤務への転換等の措置を講ずるほか、作業環境測定の実施、施設又は設備の設置又は整備、当該医師等の意見の衛生委員会若しくは安全衛生委員会(中略)又は労働時間等設定改善委員会(中略)への報告その他の適切な措置」が挙げられている。

(3)誤っているとはいえない。安衛法第66条第3項(及び安衛令第22条第3項)により、塩酸、硝酸などの歯又はその支持組織に有害なガス、蒸気等を発散する場所における業務に従事する労働者に対して、歯科医師による健康診断を実施しなければならない。

【労働安全衛生法】

(健康診断)

第66条 (第1項及び第2項略)

 事業者は、有害な業務で、政令で定めるものに従事する労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、歯科医師による健康診断を行なわなければならない。

4及び5 (略)

【労働安全衛生法施行令】

(健康診断を行うべき有害な業務)

第22条 (第1項及び第2項略)

 法第六十六条第三項の政令で定める有害な業務は、塩酸、硝酸、硫酸、亜硫酸、弗化水素、黄りんその他歯又はその支持組織に有害な物のガス、蒸気又は粉じんを発散する場所における業務とする。

(4)誤っているとはいえないとしておく。トルエンの尿中代謝物である馬尿酸の測定値は、食品中の保存料(安息香酸)(※)によって高値となることは間違いはない。

※ 例えば、後藤政幸他「安息香酸含有飲料水多量摂取が尿中馬尿酸濃度に及ぼす影響」(和洋女子大学紀要 第43集)など

しかし、カフェインは主に尿酸となって排出される(※)。カフェインそのもので馬尿酸の測定値が上がることについては疑問があるが、(5)が明らかに誤っているので、本肢は誤っているとはいえないとしておく。

※ 例えば、五郎丸毅他「13C標識テオフィリン服用後のヒト尿中代謝物のNMRによる定量」(RADIOISOTOPES Vol.61 No.5 2011年)など参照。なお、安息香酸ナトリウムがカフェインの溶解補助剤として使用されている感冒薬などもあり、安息香酸ナトリウムは馬尿酸の測定値を上げる。

(5)誤っている。労働者と事業者は対等な労働契約の主体であり、事業者が一方的に労働者の同意なく健康診断を行うことは許されない。この点、千葉地判平12年6月12日(T工業(HIV)解雇事件)は、新たに雇用したブラジル人に限って本人に知らせることなくHIV 抗体検査を行っていたという事例で、「原告のプライバシーを不当に侵害するものである」と判示している。

ただ、必ずしも個別の労働者の同意が必要というわけではなく、就業規則、労使協定、職場慣行等における根拠でも問題はないと考えられる(※)

※ もちろん、それらが合理的なものであり、かつ、公序に反しないことが前提である。最1小判昭61年3月13日(帯広電報電話局事件)は、就業規則及び労働協約の規定に基づく事業者による受診命令を有効とした。この判例について関心のある方は、(独法)労働政策研究・研修機構のWEBサイト「(66)【安全衛生・心身の健康】健康管理」を参照されたい。

また、東京高判昭61年11月13日(京セラ事件)は、就業規則に根拠がない場合について「就業規則等にその定めがないとしても指定医の受診を指示することができ、従業員はこれに心ずる義務がある」としているが、「労使間における信義則ないし公平の観点に照らし合理的かつ相当な理由のある場合」という前提のあるケースである。東京地判平3年3月22日(空港グランドサービス・日航事件)、大阪地判平15年4月16日(大建工業事件)も同趣旨。

なお、安衛法の義務がある項目については、労働者にも受診義務があり、労働者の合理的な意思解釈として健診の実施(受診)に同意していると考えてよい。

2020年11月27日執筆