労働衛生コンサルタント試験 健康管理 2019年 問1

有害物質の体内への吸収と健康影響




トップ
合格

 このページは、2019年の労働安全衛生コンサルタント試験の「健康管理(記述式)」問題の解説と解答例を示しています。

 各小問をクリックすると解説と解答例が表示されます。もう一度クリックするか「閉じる」ボタンで閉じることができます。

 解説文中の法令の名称等は、適宜、略語を用いています。また、引用している法令は、読みやすくするために漢数字を算用数字に変更するなどの修正を行い、フリガナ、傍点等は削除しました。

 他の問題の解説をご覧になる場合は、グローバルナビの「安全衛生試験の支援」か「パンくずリスト」をご利用ください。

 柳川に著作権があることにご留意ください。

2019年度(令和元年度) 問 1 化学物質の経気道ばく露、経皮吸収等に関する基本的な知識を問う問題である。
化学物質管理
2019年11月10日執筆 2019年11月12日修正

問1 職場の有害物質の体内への取り込みと健康障害に関する次の設問に答えよ。

  • (1)経気道による体内への取り込みのリスクが高い化学物質として有機溶剤がある。経気道による取り込みにかかわる有機溶剤の一般的物性と、それによってリスクが高くなる理由について述べよ。

    • 【解説】
      “物性”とは、ある物質の物理的な性質のことである。労働衛生上問題となるのは、形状、臭い、蒸気圧、沸点、融点、蒸気密度、水溶解度、オクタノール/水分配係数などであろうか。
      問1は小問が10あるので、個々の小問ごとにそれほど詳しい説明を求められているのではないと思う。しかし、コンサルタント試験では、この種の問題には「〇〇字以内で述べよ」とか「〇個挙げよ」と付記されることが多いが、本問にはそのような記述はない。
      どこまで答えるかは迷うところだが、経気道ばく露との関係が高い形状、蒸気圧、沸点、蒸気密度、比重を答えておけばよいだろう。
      正しい答えであれば量が多くても減点はされないだろう。ただし、間違った答えを書けば減点されるだろうから、自信がなければ自信を持って答えられることだけ書く方が有利になるかもしれない。
      閉じる
    • 【解答例】
      経気道による吸収に関係の深い物性としては、形状、蒸気圧、沸点、蒸気密度等がある。
      〇 形状:経気道で吸収されるのは、その物質がガス又は蒸気の場合である。常温で固体又は液体の物質は、以下に示すように、取扱いの条件下で蒸気になりやすいものがリスクが高いと言える。
      〇 蒸気圧:蒸気圧が高ければ気化しやすいため、沸点より低い温度で取り扱っていても、蒸気となって経気道からばく露するリスクが高い。
      〇 沸点:沸点が低ければ、取扱い温度によっては沸騰して気化するおそれがあるため、やはり経気道ばく露のリスクが高くなる。
      〇 蒸気密度:蒸気密度が空気より重いと、ピットなどに滞留しやすく、ピットなどで作業する場合にばく露のリスクは高まる。また、全体換気装置が天井や天井近くに設置されている場合、換気効率が悪くなることが考えられる。
      閉じる
  • (2)有機溶剤の経気道ばく露によって比較的短時間のうちに現れる健康障害で、多くの有機溶剤に共通する障害について述べよ。
     また、そのような健康障害をもたらす有機溶剤の物性は何か。

    • 【解説】
      本問の「また」以降は(1)との関係で出題意図がやや分かりにくい。また、“比較的短時間”の意味も分かりにくいが、急性毒性についての設問と考えてよいだろう。有機溶剤には麻酔作用があり、経気道ばく露による急性中毒としては、めまい、嗜眠、頭痛、脱力感、吐き気、意識喪失等があり、トルエンやキシレンでは幻覚が出ることもある。
      なお、本問では問われていないが、有機溶剤は皮膚に障害を起こす。皮膚に付着すると皮表から吸収され、痛み、紅斑、水疱などの障害をきたす。さらに、眼に入ると、流涙、充血、眼痛などを起こす。
      さて、「そのような健康障害をもたらす」物性とは何かというのもやや意味不明だが、経気道ばく露するには鼻部まで到達する必要があるので、気化しやすいことがあるだろうか。また、呼吸器系の粘膜からの吸収されやすさに関して、脂溶性が高いことが挙げられるだろうか。
      閉じる
    • 【解答例】
      有機溶剤の経気道ばく露による急性中毒として代表的なものには、めまい、嗜眠、頭痛、脱力感、吐き気、意識喪失等があり、トルエンやキシレンでは幻覚が出ることもある。
      これらをもたらす物性として、経気道まで到達しやすくなるという意味で気化しやすいこと、また、呼吸器系の粘膜からの吸収されやすさに関しては脂溶性が高いことが挙げられる。
      閉じる
  • (3)メチル水銀のヒトの体内への吸収、体内分布及び生体影響について、無機水銀(金属水銀を除く。)との違いに言及して述べよ。
     また、この違いを生じる理由も述べよ。

    • 【解説】
      1 メチル水銀、無機水銀とは
      メチル水銀(CH3HgX)は、有機水銀の1種であり、神経中枢を冒す強い毒性を有し、水俣病やイラク農薬水銀中毒事件などの原因物質となった化学物質である。一方、無機水銀とは、硫化水銀(HgS)、酸化水銀(HgO)、塩化第1水銀(Hg2Cl2)、塩化第2水銀(HgCl2)などをいう。このうち塩化第2水銀は強い毒性を有するが、無機水銀の毒性は一般に有機水銀より低い。
      2 メチル水銀と無機水銀の吸収排泄
      無機水銀は消化管からの吸収率も低く、ヒトでは摂取量の7%程度である。これに対し有機水銀は脂溶性が高く、消化管から吸収されやすい。メチル水銀は、ほぼ100%近く吸収される。また、ヒトにおける生物学的半減期は、無機水銀で約40日だが、メチル水銀は約70日と長くなっている(※1)
      メチル水銀は脂溶性が高く、肝臓や腎臓の他、脳にも蓄積されて、それらの器官に影響を与える。また、妊婦の場合胎児にも移行する。無機水銀は、主にアルブミンと結合して全身に広がるが、その後、ほとんどが腎臓に蓄積され、腎臓に影響を与える。
      3 メチル水銀と無機水銀の物性の違いと人体への影響
      メチル水銀が無機水銀に比較して、吸収されやすく、脳などに蓄積されやすいのは、主に脂溶性の違いによるが、近年、蛋白質がメチル水銀の細胞毒性を増強する作用を有するとも言われている。
      4 メチル水銀と無機水銀による健康影響
      有害性としては、メチル水銀は、主に知覚異常、運動失調、言語障害、聴力障害、求心性視野狭窄などのハンターラッセル症候群と呼ばれる中枢神経症状を示す(※2)
      ※1及び2上村尚「水銀及びその化合物」による。。
      閉じる
    • 【解答例】
      メチル水銀は脂溶性が高く消化管からの吸収率はほぼ100%であるが、無機水銀は1割以下である。
      また、メチル水銀は脂溶性が高いため肝臓や脳にも蓄積されるほか、腎臓にも蓄積される他、妊婦では胎児にも影響を与える。一方、無機水銀は主にアルブミンと結合して体全体に拡がるものの、最終的にほとんどが腎臓に蓄積される。
      有害性としては、メチル水銀は、主に知覚異常、運動失調、言語障害、聴力障害、求心性視野狭窄などのハンターラッセル症候群と呼ばれる中枢神経症状を示す。
      メチル水銀が無機水銀に比較して、吸収されやすく、脳などに蓄積されやすいのは、主に脂溶性の違いによる。
      閉じる
  • (4)化学物質の中には経皮吸収のリスクを考慮しなければならないものがある。このような化学物質の物性と経皮吸収のリスクについて簡潔に述べよ。

    • 【解説】
      これも出題意図のつかみ難い問題である。経皮吸収と物性についての質問であれば、脂溶性について簡単に記述すればよいだろう。
      閉じる
    • 【解答例】
      経皮吸収のリスクを高める化学物質の物性としては脂溶性がある。
      一般に、脂溶性が高いほど、また物資の分子の大きさが小さいほど経皮吸収されやすくなる。
      閉じる
  • (5)経皮吸収のリスクを無視できないと考えられている物質についで、そのリスクをACGIH(米国産業衛生専門家会議)のTLVs(許容限界値)及び日本産業衛生学会の許容濃度等の勧告の一覧ではそれぞれどのように表示しているか。
     また、これらの値の設定に際して経皮吸収のリスクを考慮しているかどうかについて述べよ。

    • 【解説】
      ACGIHと産業衛生学会の「表示」については解答例に示す通りである。
      次に「これらの値」(TLVsと許容濃度)を定めるに当たって、経皮ばく露を考慮しているかどうかであるが、これらの値は動物実験から算出しているケースが多く、その動物実験は吸入ばく露試験か経口試験によっている。
      従って、経皮ばく露量は考慮していないというべきであろう。しかし、経皮ばく露には直接皮膚に付着するケースの他、蒸気等が皮膚を介して体内に侵入するケースもある。
      そして、吸入ばく露試験は、日本のバイオアッセイ研究センターなどでは試験動物の体全体を、試験物質の雰囲気中で飼育して行っている。従って、蒸気等が皮膚を介して体内に侵入するケースについては、不完全ではあるが間接的に考慮されていると考えることもできよう。
      閉じる
    • 【解答例】
      ACGIHは、皮膚への侵入のある物質をNotationsとして「Skin」と表示し、産業衛生学会は許容濃度等の勧告において経皮吸収の蘭に「皮」と表示している。
      ACGIHのTLVs、日本産業衛生学会の許容濃度等は、一般に動物実験のデータに基づいて算出しており、これらの動物実験は吸入ばく露又は経口ばく露の方法によっている。このため、被験動物の全身を被験物質の蒸気等にばく露する手法の試験の結果を用いている場合は、蒸気等が皮膚を介して吸収されることも考えられるので、ある程度考慮されていると言ってよい。しかし、鼻部ばく露や経口摂取による試験データを用いている場合には経皮ばく露は考慮されていないというべきである。
      なお、TLVsも許容濃度等も、職業ばく露について気中の濃度を表示しているので、皮膚に化学物質が直接付着すること等による経皮ばく露のリスクが考慮されていないことは当然である。
      閉じる
  • (6)化学物質の皮膚への接触や経皮吸収を防ぐために化学防護手袋がある。この手袋を選び使用する際に留意すべきことについて述べよ。

    • 【解説】 閉じる
    • 【解答例】
      化学防護手袋の選択に当たっては、取扱説明書等に記載された試験化学物質に対する耐透過性クラスを参考として、作業で使用する化学物質の種類及び当該化学物質の使用時間に応じた耐透過性を有し、作業性の良いものを選ぶ。
      化学防護手袋の使用に当たっては、次の事項に留意する。
      ① 化学防護手袋を着用する前は、その都度、着用者に傷、孔あき、亀裂等の問題がないことを外観の目視チェックと内側に空気を送り込む等により確認させる。
      ② 取扱説明書等に掲載されている耐透過性クラス、その他の科学的根拠を参考として、使用可能時間をあらかじめ設定し、その設定時間を限度に使用させる。これは二重装着した場合も同じ時間を限度とする。
      ③ 化学防護手袋を脱ぐときは、付着している化学物質が、身体に付着しないよう、化学物質の付着面が内側になるように外し、法令等の基準に従って廃棄させること。
      閉じる
  • (7)経皮吸収や皮膚障害を防止するために、保護具による対策と作業の自動化など保護具によらない対策がある。この二つの対策のうちどちらを優先して考えるべきか、その理由も含めて述べよ。

    • 【解説】
      労働安全衛生対策の優先順位に関する設問である。「本質安全化」「工学的対策」「管理的対策」「個人用保護具の着用」の優先順位から、保護具に頼らない対策を優先させるべきことは当然であろう。
      閉じる
    • 【解答例】
      保護具によらない方法を優先させるべきである。
      保護具は、現に有害要因が存在している場合に、その有害要因から労働者の身を守るためのものである。
      現実には、保護具の不適切な管理や不適切な使用、また保護具の着用そのものを忘れることなどにより、有害要因に接触するおそれをなくすことはできない。
      そのため、有害要因そのものをなくしたり人と接触する機会をなくしたりする本質安全化や、安全装置・設備によって有害要因に人が近づくことを防止する工学的対策の方が望ましい。
      閉じる
  • (8)生物学的モニタリングの目的について述べよ。
     また、生物学的モニタリングが適用される有機溶剤の例を一つ挙げ、その指標物質を挙げよ。

    • 【解説】
      生物学的モニタリングとは、人の体から排泄された物質の量を分析することにより、体内に蓄積された有害物の量を推定するための手段である。
      体内に摂取された有害物の量と排泄された物質の量との関係が分かっている物質であれば行うことができ、労働安全衛生法令では、有機溶剤8物質、金属1物質について検査が義務付けられている。
      物質名 検査内容
      トルエン 尿中馬尿酸
      キシレン 尿中メチル馬尿酸
      スチレン 尿中マンデル酸
      テトラクロルエチレン 尿中トリクロル酢酸又は総三塩化物
      1.1.1-トリクロルエタン 尿中トリクロル酢酸又は総三塩化物
      トリクロルエチレン 尿中トリクロル酢酸又は総三塩化物
      N.N-ジメチルホルムアミド 尿中N-メチルホルムアミド
      ノルマルヘキサン 尿中ヘキサンジオン
      血液中鉛、尿中デルタアミノレブリン酸
      閉じる
    • 【解答例】
      生物学的モニタリングの目的は、人の体から排泄された物質の量を分析することにより、体内に蓄積された有害物の量を推定することである。作業管理に用いられる。
      労働安全衛生法令で、生物学的モニタリングが義務付けられる物質に、トルエンがあり、指標物質は尿中馬尿酸とされている。
      閉じる
  • (9)化学物質が吸入などにより体内に取り込まれなくても環境中に気体として存在して身体と接触すると直ちに健康影響をもたらすことがある。そのような健康影響の例を挙げよ。

    • 【解説】
      本問は、体内に侵入しなくても体と接触すると直ちに健康影響をもたらすというのであるから、皮膚腐食性、皮膚刺激性、皮膚感作性、眼腐食性、眼刺激性のことをいっているのであろう。
      閉じる
    • 【解答例】
      皮膚感作性、皮膚腐食性、皮膚腐食性の他、眼腐食性、眼刺激性がある。
      閉じる
  • (10)体内に取り込まれた有機溶剤が最終的に体外に排出される経路として主なものを二つ挙げよ。

    • 【解説】
      有機溶剤が体外へ排出される経路としては、例えばトルエンであれば、肝臓で安息香酸に酸化された後、グリシン抱合物となり、その約80%が馬尿酸として尿中に排泄され、残り20%が呼気中へ未変化のまま呼出される(※)。このように肝臓によって酵素の働きで分解され体外に排出されるものと、そのまま呼気から排出されるものがある。
       CERI「CERI 有害性評価書 トルエン」による。。
      閉じる
    • 【解答例】
      肝臓によって酵素の働きで分解され体外に排出されるものと、そのまま呼気から排出されるものがある。
      閉じる