労働衛生コンサルタント試験 2018年 労働衛生一般 問10

労働衛生統計及び疫学




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合格

 このページは、2018年の労働安全衛生コンサルタント試験の「労働衛生一般」問題の解説と解答例を示しています。

 解説文中の法令の名称等は、適宜、略語を用いています。また、引用している法令は、読みやすくするために漢数字を算用数字に変更するなどの修正を行い、フリガナ、傍点等は削除しました。

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2018年度(平成30年度) 問10 難易度 そもそも問題が不適切であり、問題として成立していない。
労働衛生統計及び疫学

問10 労働衛生統計及び疫学に関する次の記述のうち、誤っているものはどれか。

(1)労働者の健康状態を知る上で重要な指標である定期健康診断の有所見率は、年々上昇しており、高齢化の進展に伴う生活習慣病の増加が影響している。

(2)厚生労働省の業務上疾病調によると、平成28年の疾病者数年千人率は全産業で0.1であり、最も高い産業は鉱業である。

(3)企業労働者の健康レベルは、日本人全体と比較すると高く、その傾向は企業規模が大きいほど強い。

(4)様々な健康診断で実施される検査では、偽陽性率及び偽陰性率が共に低くなるようなふるい分け判定値を設定する必要がある。

(5)二つの事象(例えば有害要因と健康障害)の疫学的な因果関係を検討する際に用いられる要件の一つである「関連の特異性」とは、「原因と結果の間が特異的であること」である。

正答(4)ただし疑問がある。

【解説】

本問は、(3)が、きわめて疑問の大きな肢である。公的な文書や有力な論文で(3)のようなことを言っているものがあれば、話は別かもしれないが、そもそも“健康レベル”などという定義の明確でない用語を使っている点で、問題として成立していないというべきである。

ぜひ、労働安全衛生コンサルタント試験掲示板にご意見をお願いします。

定期健康診断の有所見率の推移

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(1)正しい。定期健康診断の有所見率は、ほぼ一貫して増加しつつある(前年と数字が同じという年もあるが、前年よりも改善した年はない)。また、有所見の内容としては、血中脂質、血圧、血糖検査など生活習慣病に関するものの所見が高い。本肢は正しいとしてもよいだろう。

疾病者数年千人率の推移

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(2)正しい。業務上疾病発生状況等調査によると、平成28年(2016年)の疾病者数年千人率は全産業で0.1であり、最も高い産業は鉱業であった。なお、同年の数値は、鉱業は2.7、運輸交通業・貨物取扱業は0.4、建設業は0.2などとなっている。

最新の数値は、各自、リンク先から調べておいて欲しい。

(3)本問には“企業労働者”(※)という聞きなれない言葉や、“健康レベル”という必ずしも意味の明瞭でない言葉が使われている。“健康レベル”という言葉の意味が、“活動的”とか“若々しい”とか“夢があってそこへ向かって努力している”などという抽象的な話だとすれば、そもそも正誤など判断できるわけもなく、その意味では必ずしも「間違っていると」はいえないかもしれない。

※ 企業には、私企業、公企業が含まれ、個人事業主も含まれる。従って、おそらく安衛法が(一部でも)適用される労働者から地方自治体の公務員等を除くという趣旨だと思われる。それにしても、わざわざ企業労働者などという受験者を惑わせるような言葉を使う必要があるのか理解に苦しむ。

また、企業労働者と国民全体に関しては、常識的に考えて、企業労働者はその他の者よりも平均年齢が低いであろう。また、働いているからには、就労をあきらめざるを得ないほどの重篤な健康問題を抱えてはいないことが多いであろう。従って、企業労働者の方が日本人全体よりも健康レベルは高いことは、常識的に正しいと思われる。

【本肢に対する疑問点】

しかし、“健康レベル”を“一般の定期健康診断の有所見率”と考えると、「その傾向は企業規模が大きいほど強い」という点については誤っているというべきである。

平成24年の労働者健康状況調査では、定期健康診断の有所見率を事業所規模別に調べている。この結果を見る限り、事業所規模が大きいほど有所見率が低いとは言えない。むしろ500人未満の事業場では逆の傾向がある。なお、この調査はその後の年には行われていない。

事業所規模 有所見率
5,000 人 以 上 45.4
1,000~4,999人 46.4
 500~ 999人 46.8
 300~ 499人 47.4
 100~ 299人 45.9
  50~  99人 45.8
  30~  49人 38.0
  10~  29人 33.3

また、石川産業保健推進センターが平成22年度に「小規模事業所の産業保健活動レベルと健康レベルの関連」について調査を行っている。それによると、男女とも聴力については企業規模が大きくなるほど有所見率が低くなる傾向がみられたが、その他の項目では企業規模による際はなかったとされている。

感覚的には、企業レベルでは、終身雇用が確立していて高年齢者の雇用確保に熱心な企業の方が有所見率は高くなるだろう。そして、それは一般には大規模な企業であろう。そのため、必ずしも大企業の健康レベルが高いとは限らないのではないだろうか。

(4)偽陽性率と偽陰性率(※)は、相反する面がある。「偽陰性を低くするために、偽陽性がある程度高くなることはやむを得ない」と考えるべき場合もあるから、誤っているといえなくもないだろう。

※ 偽陽性率と偽陰性率については、日本臨床検査医学会のサイトの三宅⼀徳「 臨床検査の偽陽性と偽陰性について 」に分かりやすい説明がある。

【本肢に対する疑問点】

しかしながら、「偽陽性率及び偽陰性率が共に低くなるようなふるい分け判定値」を設定することが可能かどうかはともかく、それが可能であれば、本肢は当たり前のことを言っているのではなかろうか。確かに、実務的な感覚からはやや疑問はあるが、必ずしも誤っているとは言えないと思えるが、如何なものであろうか。

(5)正しい。関連の特異性(Specificity)とは、疫学研究におけるHillによる因果性の判定基準のひとつであるが、「特定の要因のみから疾患が発症したり、特定の疾患のみが要因から発症するような、要因と疾病の間に特異的な対応が存在すること」である。分かりやすく言えば、原因が変わると結果も変わるという関係が認められることである。

この関係が認められると、ある要因の存在によって、結果の発生をある程度予測できる。本肢は誤っているとは言えない。

※ なお、(一財)電気安全環境研究所のサイトの「参考5 疫学研究におけるヒルの判定基準」によれば、関連の特異性について「このような特異的関連が認められれば因果関係と推定しやすいことは確かですが、現実にはひとつの要因はいくつもの影響をもたらし、このような特異性はほとんどありえません。また関連が特異的でないからといって因果関係でないという理由にはなりえません。事実、喫煙は肺がんの他、他部位のがん、心疾患など多くの疾患の原因であることが認められています。したがって、現在では、「特異性」の項目は重要視されていません(下線強調引用者)」とされていることを参考までに紹介しておく。

2019年12月01日執筆 2021年01月08日最終修正