橋本五輪委会長のリスク管理に疑問




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コロナによる感染リスク

橋本五輪組織委会長が「医学的、科学的な知見を踏まえ、専門家、政府、都と連携して、国民に“これであればできるんだ”という安心感を持っていただけない限り、開催は難しいと思っている」と発言をされました。

そのこと自体は結構なことです。しかし、橋本会長は、どのようになれば「安心感を持っていただける」と考えておられるのでしょうか? 五輪開催によるコロナ感染者数の拡大、そして死者数の増加が、どの程度までであれば「安心」だというのでしょうか? そこが示されない限り、空疎な理論にすぎません。

また、その基準を達成するために、何をして、その根拠をどう示そうというのか、今に至るも何の説明さえありません。これでは無責任な妄言にすぎないと言え、国民は五輪に反対するしかありません。




1 五輪のリスク評価はできているのか

執筆日時:

最終改訂:

3月5日に、ブログで「菅総理は、五輪によるコロナ感染者数の予測を示せ!(※1)という記事を書いたところ、絶妙のタイミングで橋本五輪組織委会長が「医学的、科学的な知見を踏まえ、専門家、政府、都と連携して、国民に“これであればできるんだ”という安心感を持っていただけない限り、開催は難しいと思っている」と発言をされた(※2)

※1 現在はこの記事は「五輪にリスク管理の考え方を」と改題して当サイトに移植した。詳細は「ブログ執筆の中止と記事の移転等のお知らせ」に記している

※2 スポニチアネックス3月6日記事「五輪組織委・橋本聖子会長「国民に安心感ない限り難しい」五輪“開催ありき”より国民目線」より

この発言自体は、歓迎したい。だが、本気だとは到底思えない。そもそも国民が求めているのは、抽象的な美辞麗句ではない。実質的な判断の根拠なのだ(※)

※ 朝日新聞7月15日記事「バッハ氏『日本人へのリスクはゼロ』小池都知事に花束」は、選手村で最初の感染者が出たときのIOC会長のバッハ氏の発言について「『3人はすぐに隔離されて、濃厚接触者も基準に従って管理されている。選手村の他の住人や日本人へのリスクはゼロだ』と持論を述べた。ただ、バッハ氏はこのデータの出所などを明らかにしていない」と皮肉った。なお、東スポ7月18日記事「赤っ恥! バッハ会長 “リスクゼロ” 発言直後に選手村でコロナ 海外では「IOCに大打撃」報道」はバッハ氏の「リスクゼロ」の主張の根拠のなさが世界的に批判を浴びていると報じた。

求められるのは、「これだけ頑張りましたからやっても安心です」ではない。「これだけやるので、感染者数は〇〇人しか増えず、死者数は〇〇人に納まります。だから納得してください」なのである。それがなければリスク評価ができているとは言えないし、橋本氏を信用することもできない。

繰り返すが、私自身は死者が1人でもでると予測されるなら五輪は注視するべきだと思っている。ただ、これには異論もあるだろうし、その異論は倫理的な批判の対象となることではないということも理解しているつもりだ。


2 コロナ感染者拡大の覚悟はあるのか

リスク評価は事前に行うべきだし、十分な期間の余裕を持って公開されるべきである。五輪が終わって、感染者拡大が起きた後で、右翼評論家が「“リスクゼロ”を求めるのは誤りだ」などとヘイト雑誌に書き散らすような事態になるのは愚の骨頂である(※)

※ 毎日新聞7月21日記事「テドロスWHO事務局長、五輪『ゼロリスクあり得ない』 IOC総会」によると、五輪推進派のテドロスWHO事務局長は「(期間中)完全に(感染)リスクがなくなることはない。大会期間中に症例を特定し、隔離、追跡し、できるだけ早く治療することで更なる感染を防ぐことが成功の基準だ。ゼロリスクはあり得ない」と述べた。だが、それならリスクを分析してその結果を示さないのは、日本人と世界に対する責任感の欠如と言うべきだ。

橋本氏の発言を見ていると、真珠湾攻撃を行った山本五十六のような印象を受ける。「これだけやった。だから成功する、安心できるとの信念を持つ」と言っているように聞こえるのだ。具体的な、リスク評価をして、五輪によるこれだけの経済効果に対して、感染者数・死者数の拡大は何人以内に納まるから容認し得るのだという決断をするという、理性的な判断とそれを国民に示す覚悟が感じられないのである。

感じられるのは、たんなる精神主義ときれいごとに過ぎない。橋本氏は、五輪の結果、多数の死者が出た場合に腹を切るだけの覚悟がおありなのか。それがなければ、五輪組織委の会長として不適格だと自覚しておられるのだろうか。


3 海外の観客を受け入れるかどうかの判断の根拠は何か

橋本氏は、5日に東京大会の海外からの観客受け入れに関し、政府、都、IOC、国際パラリンピック委員会(IPC)の代表との5者協議を再び開いて方針を決定すると述べておられる(※)

※ 北国新聞3月6日記事「五輪の海外観客、5者協議で決定」より

だが、これはどう考えてもおかしい。海外からの観客受け入れの判断には、まず、リスク評価を行い、それを5者会議に示すことが先にあるべきだ。5者会議で決めること自体は結構だが、リスク評価の前にまず5者会議ありきというなら、それは「集団無責任主義」で責任が自分にかからないようにする手段としか思えない。

繰り返すが、海外からの受け入れを、感染拡大のリスク評価なしに決定するべきではないのだ。


4 五輪開催とリスクティキング

橋本氏の、ここ数日の言動を見ていると、その背景にリスクティキングがあるように見える。自己顕示欲のためにあえて危険なことをするリスクティカーのように見えるのだ。それが、個人のことにとどまっていれば、スポーツ界で成功することも可能であろう。

また、コロナ禍がなければ、五輪のような大事業にはリスクティカーのような人物が適していることもあり得よう。だが、現状はそうではないのだ。

橋本氏もまた、前森会長と同じく、コロナの状況がどうあっても五輪は実施するという信念があって、すべての言動はそこにつながっているように見える。冷静にリスク評価を行って、止めるという決断ができない人物は辞めさせないと危険だというべきだ。





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