異臭事件と危機管理の問題点




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異臭を感じる女性

神奈川県内各地で、異臭を訴える通報が相次いでいる。神奈川県が採取したサンプルには、ガソリンに含まれる成分(イソペンタン、ペンタン、ブタン)が検出された。

この問題への対応を見ていると、様々な危機管理上の問題点が浮かび上がってきます。あまりにもおざなりな態度がみられるのです。

本件を題材に、リスク管理の問題点を論じたい。




1 神奈川の異臭騒ぎ

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最終改訂:

異臭を感じる女性

「ガス臭い、ゴムの焼けたようなにおい、薬品臭い、シンナー臭い、ニンニク臭い」

2020年6月4日のことである。神奈川県の三浦半島や横須賀市で、異臭を訴える通報が200件以上に及んだ(※)。報道各社も一斉に報道し、横須賀市などでは大きな話題となったようだ。

※ 神奈川県のWEBサイト「神奈川県で発生している異臭の情報」による

この“異臭騒ぎ”は、その後も神奈川県内で頻発し、三浦半島から横浜市までの広い範囲で12回に渡って発生している。その原因は何かについて専門家も説明がつかない状態だった。

どこかの事業場から発生したものだとするには範囲が広すぎるし、太平洋上の船舶や中国大陸から流れてきたにしては、臭いの範囲が局地的で異臭の感じられる時間が短すぎるのである。また、排気ガス等による複合的な環境影響だとするには、神奈川県の一部に集中して発生することの説明がつかない。

ネット上では、様ざまなフェイクも流れた。その中には“地殻変動に伴い発生するもので地震の前兆だ”、“青潮によるものではないか”とするものもあった。もちろん科学的に根拠があるものではなく、前者は“デマ”、後者は“想像の産物”にすぎない。

その後、“異臭騒ぎ”は、頻々として発生したが、なぜか2020年11月6日以降は発生がなくなったのである。


2 異臭の成分が判明

この事件では異臭が感じられる時間はそれほど長くなく、当初は、大気のサンプルをとることができなかった。

しかし、神奈川県は2020年10月12日にサンプルの採取に成功する。神奈川県のWEBサイトによると、いずれもガソリンに含まれる物質(イソペンタン、ペンタン、ブタン)が検出されたという(※)

※ 濃度は低いので、ヒトに健康影響が出ることは考えにくい。なお、神奈川県は「ただちに健康に影響を及ぼすおそれはない」と広報したが、この表現は福島第一原発の際、当時の政府が公表文で用いて誤解(すぐには影響がなくても将来的には影響が出るのではないか)を受けやすいとして批判を浴びたものと同じである。慎重な表現にしたのだろうが、この表現は、神奈川県の学習能力に疑問を持たせるものといえよう。

これによって、地殻変動説や青潮説は否定されたと言ってよい。こんなものが自然界に発生するとは思えないので、人間活動によって発生すると考えられる方が合理的なのである。


3 異臭騒ぎの再発

そして、今年に入り3月11日に、異臭騒ぎが再発したのである。横浜市山下公園で異臭がするとの通報が3回あったという(※1)。また、同15日には横浜市、横須賀市で異臭騒ぎが発生している(※2)

※1 日テレNEWS24「去年から15回目 神奈川県でまた異臭騒ぎ」による。

※2 FNNプライムオンライン「先週から突然異臭が“復活” きょうも「ガスのにおい」通報」による。なお、この記事は削除されている。

しかし、原因がはっきりしていないのであるから、再発したとしても不思議はないだろう。3か月以上発生していなかったことは、問題が解決したことを意味していないことは当然なのである。


4 神奈川県の危機管理の問題点

(1)新しい情報がないときに、そのことを広報していない

神奈川県のWEBサイトは、2020年12月16日から2021年3月31日まで更新されていない。だが、このような神奈川県の対応には問題があると言わざるを得ない。この異臭事件は、2020年11月の最後の発生の後は、3月の再発まで目立った報道もされていなかった。

これでは、3月の再発までの間は、“異臭事件”が起きていないから更新されていないのか、起きているにもかかわらず更新していないのか、県民にとって判然としないのである。

新しい情報がないときは、“公表しない”のではなく、定期的に“何もない”ことを公表しなければならない。これができていないのでは、神奈川県の危機管理能力に疑問を持たざるを得ない。

しかも、3月11日に新たに発生し、さらにその後4回発生したにもかかわらず3月31日まで、神奈川県のサイトは更新されなかった。これでは危機管理ができているとは到底いえないのである。


(2)原因の究明ができていない

さらに、原因の究明について、神奈川県のサイトを見ても、臭気の成分分析以外に何もしていないことが伺われるのである。

サイトを見る限りでは、神奈川県は“フェイクの解消”に熱心で、原因究明には関心がないという印象を受ける。おそらく、健康影響はないものと安易に信じてしまい、原因不明がおろそかになっているのではなかろうか。

しかし、3月の事件が発生するまでの時点でも、原因が明らかではない以上、その後の発生の可能性があったばかりか、健康影響が出るような高濃度の発生のおそれも完全には否定はできなかったはずである。

原因が分からない以上、それまで濃度が低かったことは「奇跡的な偶然」によるものなのか「必然的な結果」なのかは分からないのである。それを安易に放置して、事件を再発させたことは、神奈川県の県民の健康を守るという意識の低さの結果というべきである。


(3)大阪のブロック塀倒壊女子児童死亡事件との共通点

私は、神奈川県のこのような対応は、大阪のブロック塀倒壊による女子児童死亡事件との共通点があるように思えてならない。大阪の事件では、危険だという情報があるにもかかわらず、安全だと安易に信じて、重大な事故を発生させたのである。

確かに、この事件は重大性は低いのかもしれない。しかし、それは原因が判明してから言えることであって、原因が分からない以上、重大な災害につながる前兆かもしれないのである(※)。神奈川県の危機管理能力の向上が急務である。

※ 可能性はゼロに近いだろうが、極端なことを言えば何者かによる「化学テロの予行演習」の可能性だって完全には否定できないのである。





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