映画撮影時のヒヤリハット事例




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映画監督

内外の歴史に残る映画を撮影していたときに発生したインシデント(ヒヤリハット)事例を、企業の安全衛生管理の参考に学びます。

このようなインシデントが発生した理由は何か、また事前に防止することはできなかったのか、その問題点を探ります。



1 映画の中のヒヤリハット

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(1)映画を安全に撮影する技術の進歩

最近では、映画の撮影にはコンピュータグラフィクス(CG)が多用されるようになり、また特撮の技術も進んできたため、かなりのアクションシーンの撮影でも俳優やスタントマンに危険が及ぶようなことはなくなってきた。

たとえば断崖絶壁で俳優が激しいアクションをするようなシーンでも、断崖絶壁をCGにして実際の演技は安全なスタジオですることもできれば、ワイヤを付けて撮影して後でワイヤを消してしまうようなこともできるようになったのである。


(2)危険がいっぱいのかつての映画撮影

昔はこうはいかなかった。アクションシーンなどの撮影には様々な創意工夫をこらして撮影せざるをえず、ときにはかなり危険な撮影が行われることもあったのが実態である。また、逆に、危険な撮影をしたことを宣伝するような映画も一部にあったのである。

黒澤明監督の「乱」の中で、狂阿弥に襲いかかろうとした武者が、秀虎に矢で射殺されるシーンがある。画面の中で実際に矢が飛来して武者に突き刺さるのだが、これを、どうやって撮影したのかが、当時の映画関係者の間で話題になったものである。実は、武者の鎧の下に30センチ四方程度の木製の板を入れておき、その中心から細いワイヤを後方に張って、中央に穴のある矢をこのワイヤに通し、後方からその矢を射たのである。そうすると、矢はワイヤを通して飛来して板に突き刺さる仕組みである。

しかし、もしワイヤが緩めば武者を演じている俳優の身体に当たる可能性はあったろう。実際に矢は木製の板に刺さるわけだから、殺傷能力があるものだったろう。映画のこのシーンを見ても、この武者は射殺される直前までかなり激しい動きをしている。ワイヤが緩めば、怪我をするリスクはあったのではないだろうか。しかし、現在ならこんなシーンはCGで簡単にできてしまう。CGの矢なら、どうまちがっても俳優が傷つくことはない。


(3)安全に対する意識の変化

また、映画人の意識も変わりつつある。昔は、良い映画をつくるためなら、かなりの危険なこともやったのである。「大冒険」の撮影のときに、ワイヤなしで固定されていない縄梯子を登ったと植木等が何かに書いていた。固定されていない縄梯子を登るというのは、実際にやってみると分かるが、かなり危険な行為である。今の映画の撮影では考えられないようなことである。

本稿では、そのような映画の撮影の中でのヒヤリハット事例を紹介しながら、そこから得るべき教訓を引き出していきたいと思う。


2 映画撮影時の思わぬヒヤリハット

(1)隠し砦の3悪人(思い込み)

ア 黒澤明監督「隠し砦の3悪人」

最初に紹介するのは「隠し砦の3悪人」の撮影のときに起きたヒヤリハットというよりは事故に近いケースである。この映画は2007年にリメイク版が作成されているが、ここで紹介するのは1958年の黒澤明監督のオリジナル版である。

イ 撮影中に馬にはねられる

この映画の冒頭で、加藤武が演じる秋月軍の敗残兵(落武者)が数人の騎馬武者から槍で攻撃されて戦死するシーンがある。騎馬武者はいったん敗残兵の遺体から離れるのだが、新たな敗残兵を見つけたか何かで、敗残兵の遺体の脇を駆け戻る。

そのとき、敗残兵の遺体(もちろん演じている加藤は生きている)の頭部を一頭の馬が蹴っ飛ばすのである。意図的にやったわけではない。そのシーンは完成した映画にも使われているが、確かに蹴飛ばされて、加藤の頭が30センチくらいふっとんでいる。

加藤によると、当時のカツラは現在のものと違って金属製だったらしい。もし今のものと同じような材質だったら死んでいたかもしれないと書いているのを、何かの書籍で読んだ記憶がある。

馬に蹴られたことはさすがに監督をはじめスタッフも気づいたようだが、騎馬武者が通り過ぎて千秋実と藤原釜足が画面の中央に出てくるカットの終了まで、数秒間はそのまま撮影を続けている。カットの声がかかってから、監督はじめスタッフが加藤のところへ駆け付けたらしい。

こんなことを書くと、ずいぶん酷いことをしていると思うかもしれないが、当時の映画界はそんなものだったのである。加藤もカットの声がかかるまで死体の役を演じてじっとしていたのだから、当時の映画にかける意気込みはすさまじいものがあった。

ウ なぜ事故を予測できなかったのか

このような事故が起きた原因は、馬というものは地上に横たわっている人間を蹴飛ばしたりはしないという思い込みがあったからである。確かに、馬にも人間を蹴飛ばしたりしてはいけないということは分かっているらしく、通常は人間を蹴飛ばすようなことはない。

しかし、馬にだって個性はある。気の荒いものもいれば、不注意なものもいるだろう。その点は人間と同じである。馬だからすべて同じ、などというわけではない。まして、映画の撮影という異状な状況に馬が慣れていなければ、注意力が散漫になることもあるだろう。

大丈夫だという思い込みが、事故につながるという一つの事例である。

エ  危険を容認する意識があったのか

なお、この落武者が戦死するシーンでは、騎馬武者がすさまじい勢いで加藤に槍を突き刺している。ここでも、加藤の鎧の下に30センチ四方程度の木製の板を入れてあり、騎馬武者はこの板に槍を突き刺したのである。このシーンの撮影にあたって加藤夫人が加藤にお守りを持たせたらしい。ところがそのお守りが画面に映ってしまうというハプニングがあった。

ある俳優が気付いたが、監督に言えば撮り直しになるだろう。それでは加藤が気の毒だというので黙っていたのだが、後に別な俳優が監督にそのことを告げてしまったので、監督は激怒したらしい。

しかし、このシーンもまたかなり危険な撮影だった気がする。


(2)乱(緊迫感が伝わらない)

ア  黒澤明監督の「乱」で山城炎上のシーン撮影

次に紹介するのも黒澤明の作品である。1985年の「乱」である。

この映画のクライマックスは、燃え上がる直虎の居城から、仲代達矢演じる秀虎が正気を失って出てくるシーンである。城はセットだがかなり大掛かりなもので、これを燃やすのであるから撮り直しはきかない。まさに一発勝負のシーンである。

仲代は、予め城のセット中に入っており、火を点けられたセットが燃え上がった後で、なるべくぎりぎりまで我慢してから出るように言われていた。

イ 城は燃え上がるが、仲代が出てこない

ところが・・・。セットに火が回り、セットが焼け落ちそうになっても仲代が出てこないのである。さすがに見ている監督も不安になってきた。これは何か事故があったのではないかと考え、セットに飛び込もうと思った矢先に、仲代がセットから出てきた。もちろん演技をしながらである。

幸い、結果的には仲代にはなにごともなく、迫力のあるシーンが撮れたわけではあるが、一つ間違っていればその後数週間程度の芸能ニュースにかっこうの話題を与えることになっただろう。

ウ ヒヤリハットの原因

なぜこんなことが起きたかといえば、セットの周囲にいる監督やスタッフには、セットが燃え上がっているのが見えるわけである。そのため、セットに火が回ってかなり危険な状況になっているのが分かるのだ。ところが、セットは完全な張りぼてではない。仲代の周囲はベニヤ板のようなもので囲われていた。このため、仲代には火が回っていることが分からず、危険な状況だと思わないのである。

実際にそのような事態に出会うと分かるが、ある危険な状況が発生し、周囲にいる者が慌てているにもかかわらず、当事者は危険性に全く気付いていないということはよくあることなのである。佐々敦之によると、東大闘争のとき、警視庁の車に火炎瓶が投擲されて燃え上がったため、周囲にいる警察官が必死に消し止めたが、そのときは車の中にいた警察官は危険性にまったく気づいていなかったという。

本件の問題は、事前の計画の時点で、仲代が危険な状態に気付くことができないのではないかということまで思いが至らなかったところにある。セットの内側にいても外側にいても、同じように危険性は分かるだろうと思い込んだためにこのようなことになったわけだ。

すなわち、事前の"災害発生リスクの洗い出し"が不十分だったのである。関係者は、少なくとも危険な撮影であるということまでは自覚はしていたであろうから、実際に思考シミュレーションを徹底的に行って、災害発生のシナリオの抽出を徹底するべきであったといえよう。そうすることにより防げた可能性はあると思う。

エ 他の撮影でもヒヤリハットが発生している

黒澤明の映画では「七人の侍」でも、火事のシーンでかなり危険な状態になったことがある。映画で、野武士との決戦の前に、百姓側の分遣隊が野武士の本拠地を襲うシーンがある。野武士の砦に火を放って飛び出してきた野武士を何人か切り殺すが、七人の中で最初の戦死者が出るシーンである。

このとき、土屋嘉男演じる利吉が妻を追って砦の中に入るカットの後で、砦に放った火の廻りが激しすぎて屋根が燃え落ちてしまい、そのため入り口付近から熱風が噴き出して、入り口付近で芝居をしていた土屋が火傷を負うという事故になってしまった。土屋によると戦死した野武士の死体も逃げ出したといっている。映画のこの場面を見ると、確かに死体が2人写っているが、そのうちの1人が炎を避けるような動きをしている。坂道にあった死体が池に落ちたようにも見えるのでそれほど不自然さはないのだが。

土屋は、せっかく危険なシーンを撮ったのに、炎でなく熱風なので画面に映らなかったと自伝の中で残念がっている。確かに、映画を見てもそれほど火が近くまで来ているようには見えない。

さて、「乱」に話を戻そう。この事件は、別なもうひとつの教訓も含んでいると思う。それは、良い映画を作ろうという、仲代の俳優気質が危険を生むひとつの要因になっているということである。

オ 良い仕事をしようという意識が危険につながることも

製造現場でも、有害な化学物質を用いている現場で、職人がより良い仕事をしようとして、その物質を嘗めて品質を確認するというようなことが、昔は実際にあったのである。また、一昔前の農家では、人糞から作った肥料を、実際に農民が嘗めてその出来・不出来を確認するというようなことも珍しいことではなかった。

もちろん、そのようなものを嘗めることは、一定の疾病発生のリスクがあるのであり、推奨できるようなことではない。

よりよい仕事をしたいという意識がときとして、危険なリスクの原因となるということは理解しておいた方がよい。


(3)トラ・トラ・トラ(想定が誤っていた)

ア 日本の戦闘機が離陸寸前の米軍機を攻撃するシーンの撮影

「トラ・トラ・トラ」は日本軍の真珠湾奇襲を描いた1970年のアメリカ映画である。

この映画で、離陸のために地上滑走していた米軍の戦闘機が、ゼロ戦(あまり似ていなかったが)に破壊されるシーンがある。

米軍機は、もちろん実機ではなく、爆薬を積んだ実物大の模型で、地上を滑走するだけで離陸するようには設計されていなかった。エンジンで回転するプロペラの推力で地上を走行するだけの「張りぼて」である。車輪にはリモートコントロールで作動するブレーキをつけてあり、左右のブレーキを調整することで自由に操縦できる仕組みになっていた。

そして、2機の戦闘機が滑走路の端まで滑走したところで、1機が日本機の攻撃を受けて爆発し、2機目が巻き込まれて炎上しつつ、爆薬を積んで滑走路脇に整列させてある他の戦闘機の模型群に突っ込み、次々に爆発することになっていた。

イ 飛べないはずの戦闘機が「離陸」する

ところが、滑走路の途中まで来たところで、模型機が空中に浮かび上がってしまったのである。そうなると車輪のブレーキが意味をなさないので操縦ができない。しかもプロペラ機というものは、放っておくと真っすぐには進まないものなのである。この模型機も、爆薬を積んで滑走路脇に整列させてあった他の戦闘機の模型群に向かって進み始めた。

不測の事態になることをおそれた監督が、空中に浮いた機をその場所で爆発させ、整列させてあった他の戦闘機も爆発させた。近くにいたスタントマンたちにしてみれば予想外の爆発である。演技ではなく、本気で逃げ出すはめになったが、当初の訓練の手順通りに逃げたというから、さすがスタントマンというべきか。なお、米軍機のプロペラが吹っ飛んで、地上を回転しながら転がる有名なシーンはこのときのものである。

この映画でも、結果として死傷者は出ず、迫力のある映像が出来上がったのだが、映像を見てもスタントマンたちは爆発の炎からかなりきわどいところを逃げているようにみえる。実際に、危ない状況だったようだ。

ウ 事前の確認が不十分過ぎる

飛行機の形をしたものにプロペラを付けて前進させたのだから、揚力がついて浮かび上がることがあり得ることは、冷静になって考えれば判ることではある。しかし、かなり重量のある模型の飛行機を飛ばすことなどできるわけがないと考えて、かえってそれが浮かぶことまで考えが及ばなかったということのようだ。やはり確認が不十分だったというべきなのであろう。

この映画では、ネバダへの攻撃のシーンでも、水兵役のスタントマンが爆発時の炎に近すぎる場所にいて負傷するという事故があった。重傷者はでなかったのだが、この映画でも、迫力のある映画を作りたいという意識が、多少の危険を冒すという意識になっていたのかもしれない。


(4)ベン・ハー(命綱の非着用、安全対策の軽視)

ア 古代戦車(チャリオット)の競争シーンでけが人発生

「ベン・ハー」は1959年に制作された超大作のアメリカ映画である。この映画の戦車競走シーンは、映画史上で最も有名なシーンの一つといってよいだろう。その後の多くの映画でパロデイ化されている(※)。あまりにも迫力があるシーンなため、死者が出たのではないかという根強いうわさがあったが、実際にはけが人が出ただけである。

※ 映画の世界では、慣習としてパロデイは著作権などの問題にはならない。

けが人が出た事故というのは、他の戦車の残骸を飛び越えようとしたベン・ハーの戦車から、チャールトン・ヘストンのスタントマンのジョー・カナットが振り落とされたというものだ。走行する他の戦車のすぐ前に放り出されたが、ジョー・カナットはすぐに逃げ出して巻き込まれることはなかった。しかし、戦車は4頭の馬に牽かれていたのだから、一つ間違っていれば死亡事故になっていた可能性はあるだろう。命綱をつけていなかったことが災いしたようだ。

このシーンはラッシュを見た監督が映画に取り入れようと言い出し、映画ではチャールトン・ヘストンが戦車に放り出しかけられたが、戦車の前部にしがみついて助かり、再び戦車に戻るというシーンとなっている。

イ 安全の軽視が事故につながる

戦車競走のシーンを担当したのは、アクションシーンで有名なヤキマ・カナット(ジョー・カナットの実父)であるが、息子のジョーに命綱を付けるようにいったのだが、ジョーがきかなかったらしい。

スタントマンとしての誇りが、危険な行動につながったということのようだが、本質はこのくらいなら大丈夫という安全の軽視にあったものというべきだろう。


(5)ポセイドン・アドベンチャー(原因究明の重要性)

ア パーティ会場の水没シーンで予想外の事態

「ポセイドン・アドベンチャー」は1972年のアメリカ映画である。その後、再映画化されたが、1972年の映画を超えることはできなかったように思える。

この映画では、乗客がニューイヤーパーティを行っていたときに、津波でポセイドン号が転覆する。このとき、少人数の乗客が会場から抜け出した後で、会場に海水が流れ込むシーンがある。想定では、いくつかの爆薬を順に爆発させながら、爆発のたびに会場に海水を流し込む予定だったのだが、火薬が同時に爆発してしまい、順に流し込む予定だった海水が一気に会場に流れ込むという想定外の事態になった。

イ 原因究明が行われない

幸い、死傷者はでず、迫力のあるシーンに仕上がったのだが、かなり危険な状況だったようだ。ところが、なぜこのようなことになったのかについての調査は行われなかったらしい。結果的に死傷者は出なかったのだから、原因を調べる必要性はないと思われたようだ。

しかし、再発を防止するためにも、徹底した原因の調査をしておくべきだったように思う。パニック映画や戦争映画で似たような撮影をすることは多いだろうから、そのときに同種の原因で災害を発生させないためにも必要だったのではなかろうか。

なお、火薬を爆発させるための配線が誤っていたという可能性が高いと関係者は思っていたようだ。





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