※ イメージ図(©photoAC)
病気休業していた労働者の職場復帰に当たり、「リハビリ勤務」が行われることがあります。これは厚労省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き 」の「試し勤務」と混同されることがありますが、本来この2つの制度は全く別なものです。
試し出勤制度は、職場復帰決定の手続きの前に、その判断等を目的として行うものであり、リハビリのために行うものではありません。
一方、リハビリ勤務とは、主治医の指導の下で治療の一環として行われるものであり、「仕事を用いた治療」です。これは患者(労働者)の利益のために行うものですから、企業にとって大きな負担になるばかりか、労働関連法令の適用にあいまいな面が出てきます。筆者(柳川)は、リハビリ勤務は特殊なケースを除き、実施するべきではないと考えています。
なお、「慣らし勤務」とは、職場復帰に当たり、職務を軽減した仕事を行うことです。労働そのものであって、労働関係法令が完全に適用されることはいうまでもありません。
これらは全く異なる概念であり、適切に区別しておかないとトラブルの原因になります。試し勤務や慣らし勤務のようなリハビリのために行うわけではないものを、リハビリ勤務という名称で呼ぶことは避けるべきです。
- 1 試し出勤、慣らし勤務及びリハビリ勤務の違い
- 2 治療の一環としてのリハビリ勤務の現実
- 3 リハビリ勤務と労働法
- (1)一般企業でのリハビリ勤務の実施は現実的ではない
- (2)治療を行うことは企業のなすべきことではない
- (3)リハビリ勤務には問題も多い
- 4 リハビリ勤務と安全配慮義務
- (1)リハビリ勤務に安全配慮義務は成立するか
- (2)安全配慮義務と免責同意書面
- 5 最後に
1 試し出勤、慣らし勤務及びリハビリ勤務の違い
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※ イメージ図(©photoAC)
病気休業をしていた労働者が回復をしてきたときに、主治医の立場として、治療の一環としてリハビリのために実際に就労をさせたいと考えることがある。これが「リハビリ勤務」である。主治医にとっての主目的は広い意味での「治療」である。ところが、受け入れる側は「軽減された勤務」と考えることが多く、トラブルの原因になりやすい。
厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き 」に示された「試し出勤」と混同されることが多い。しかし試し出勤は、正式な職場復帰前に職場復帰について判断するなどのために行うものとされている。労働者のリハビリ(治療)のために行うものではない(※)。これはリハビリ勤務とはその目的が全く異なるのである。
※ このため、職場復帰支援の手引きが 2009 年(平成 21 年)に改訂された際に、「リハビリ勤務」という用語が「試し出勤等」と改められ、正式な職場復帰前のことであると明記された。 なお、「試し出勤等」と「等」が付されているが、模擬出勤、通勤訓練及び試し出勤が例示されている。
また、リハビリ勤務と混同されやすい物に「慣らし勤務」がある。慣らし勤務とは、試し勤務によって職場復帰が可能と判断された労働者が、正式な職場復帰をした後(病気休業の終了後)に制限(緩和)された勤務を行うことである。慣らし勤務は、制限されているとはいえ、労働そのものであって、賃金を受けて労働するという労働契約の本旨に従うものである。
試し出勤制度等の分類
- 試し勤務(試し出勤)
- 正式な職場復帰前に、復職の判定をするために会社へ出勤させる。通勤及び職務が可能かどうかを見定めるためのもの。多くの企業では軽作業をさせるが、全く仕事をさせない例もある。労基法の適用があるか否かは個別に判断することになる。地方自治体の一部で無給で行う例がある。
- 慣らし勤務(職場復帰後の配慮期間)
- 正式な職場復職後に、予定された勤務に就くことを前提に、ある期間業務の軽減や労働時間の短縮を認めるもの。当然、労基法は適用される。
- リハビリ勤務(手引きは言及していない)
- あくまでリハビリとして、休業期間中に通勤及び勤務を行う。職場を治療のために活用するもの。状況によっては労基法の適用もあるし、安全配慮義務はかえって高度になる可能性もある。
※ 廣尚典「復職システム(こころの病からの職場復帰[現代のエスプリ]別冊)」2004年を参考に、著者による修正を加えたもの。
ところが、一般には、試し勤務、慣らし勤務とリハビリ勤務の用語が、明確に区別されないまま用いられており、これが無用の混乱を生んでいるのである。リハビリ(治療の一環)でないものに、リハビリ勤務などという用語を用いるべきではないだろう。
2 治療の一環としてのリハビリ勤務の現実
(1)一般企業でのリハビリ勤務の実施は現実的ではない
現実には、とくに心の健康問題で休業している労働者の場合、職場復帰前に「リハビリテーションのため」という趣旨で「勤務」を行うことを、主治医が望ましいと考えるケースはあり得る。
しかし、職場復帰支援の手引きには、そのような趣旨の「勤務」についての記述そのものがない。これは 2009 年の手引きの改定の際に前記のような用語の整理が行われ、中小企業を含む全ての企業を対象にする手引きで「リハビリのための勤務」の適切な実施を求めることが現実的ではないと考えられたためである(※)。
※ 高齢・障害者雇用支援機構の地域障害者職業センターが、「リハビリ出勤支援」を行っていることからも明らかであるが、リハビリのための勤務そのものが不適切だということではない。ただし、この支援では「リハビリ出勤」を行うのは事業主ではなく、事業主の協力を得て職場復帰する従業員に職場での作業体験をさせようとするもので、実施主体はセンターである。
なお、同機構は「雇用事業主にご留意いただきたいこと」として「リハビリ出勤支援は、職業リハビリテーションの一環として行うものであり、事業所内での作業は、雇用事業主の管理下での労働として行うことを想定していませんので、雇用事業主においては、支援が円滑に行われるために、次の点にご留意下さい」とし、以下の3点を挙げる。(カッコ内は引用者)
★ 支援対象者は、作業の内容及び遂行方法について、雇用事業主(およびその職員)からの具体的な指揮命令を受けないものであること。
★ 支援対象者は、作業体験等の実施の場所・時間(出退勤時間も)について、雇用事業主の拘束を受けないものであること。
★ 雇用事業主は、支援対象者のリハビリ出勤支援における作業体験に対して報酬を支払わないものであること。
企業で、リハビリのための勤務を行うのであれば、主治医と連携を図った上で、企業内に必要な体制を整えて適切な条件の下で行われるべきである。しかし現実には、主治医の確認をとらずに無給で長期間にわたって勤務を行うなど、運用によっては事故発生やトラブルの遠因になりかねないと思われるような例があることも事実である。
社団法人日本精神保健福祉連盟の調査(※)は「うつ病患者への精神医学的な対応は精神科薬物療法や外来精神療法が主体で、リハビリテーション的な活動は少ない。そのため、職場で『試し出勤』『リハビリ出勤』と称して行われることが少なくないが、職場にリハビリテーションの専門家がいるわけではなく、多くの関係者が困惑し、そのリスクも大きい。いうまでもなく、うつ病をはじめ精神疾患の回復期は、症状的には不安定で自殺の危険性が少なくないからである」としている。
※ 社団法人日本精神保健福祉連盟「うつ病者に対するリハビリテーション・システム構築のための調査研究 事業実施報告概要」2009年
(2)治療を行うことは企業のなすべきことではない
治療の一環あるいは治療の延長と位置づけてリハビリ勤務を実施することの是非については、専門家でも考え方が分かれているのが現状である。大西(※1)は「強調したいのは、職場は病院でもリハビリテーション施設でもない点です。『リハビリ出勤』『試し出勤』と称して日本の職場ではリハビリ的なことを実施したがる傾向にありますが、リハビリテーション施設でもない職場で、リハビリの専門家でもない上長が面倒をみることでリハビリ機能がはたせるのでしょうか。その限界や危険性を認識する必要があります」としている。これに対し、例えば藤井(※2)は、治療の一環としてのリハビリ勤務を企業等において積極的に行うべきとする。
※1 大西守「職場のメンタルヘルス活動の実際(こころの健康シリーズⅣ 職場のメンタルヘルス)」(日本精神衛生会のWEBサイトから)
※2 藤井久和「これからの職場のメンタルヘルス」(創元社)2005 年
しかしながら、企業でこれを行うとしても、仕事に慣れるという意味のリハビリとすべきである。治療(機能回復)の一環としてのリハビリは専門の機関が行うべきことであり、産業医の本来職務でもない。事故発生のリスクもあり、企業での実施は企業内で医学的なサポート体制をとれるようなケース以外は避けるべきである。
(3)リハビリ勤務には問題も多い
そればかりか、一部には違法性の疑われるような例もある(※1)ようだ。また、労働者の同意を条件にしても、形式だけになるおそれがあるとの指摘もある(※2)。
※1 三柴丈典「メンタルヘルス休職者の職場復帰に関する法的検討」(労働基準広報 1626 号~1631 号)2008年
※2 倉林るみい「うつ病等の休職・復職に関連した文献研究」(2004年)の中でいわゆるリハビリ出勤は「職場内や通う途中での事故発生時の補償など、身分上休職扱いのために派生するデメリットはあるものの、精神疾患による休職者の職場復帰に有効な方策として概ね好評を得ている」とする一方で、「大手製造業で、ある復職希望者がリハビリ出勤を快諾しながら、陰で『長く休職すると、お礼奉公しないと復職させてもらえない』と不満をもらしていたことが発覚し、以降、この制度が廃止された」とする文献 )を紹介している。これは無給で行われていたケースだが、不用意な「リハビリ出勤」がトラブル発生の原因になりかねないことを示唆しているように思える。
3 リハビリ勤務と労働法
※ イメージ図(©photoAC)
労働法規の適用に関しては試し出勤と同様な問題がある(※1)。これについて、あくまでもリハビリを目的としたものであって勤務ではないとの覚書を事業者と労働者の間でかわすこともあるようだが、労働法規の適用の判断の材料として重要なのは実態であって覚書(契約)の名称ではない。また、労働者に対して「労基法の適用はない」とか「事故の場合に労働災害補償の適用はない」などと説明して了解をとるケースもあるようだが、労基法の適用等の有無そのものを労使で決めることはできない(※2)。
※1 試し出勤については「職場復帰における試し出勤と労働者性」を参照して頂きたい。
※2 労基法によって使用者に義務付けられている賃金の支払い義務や労災補償給付義務は、一義的には公法上の国に対する義務であって、かつ、それによって守ろうとしている法益には公的なものが含まれている。分かりにくいかもしれないが、労働者へ賃金を支払うこと等が国に対する義務で、そのことによって守ろうとしているのはその労働者の労働条件だけでなく、他の労働者の労働条件が悪化することも防止しようとしているのである。従って、労基法の適用そのものについて労使で取り決めることはできない。また、取り決めたとしても、労基法第13条に「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする」とあり、(私法上も)無効となる。
2009年2月8日の京都新聞に「『仕事に体をならすことも労働』という考え方から、休職者が本格的に復職する前のリハビリ勤務は出勤扱いとし、給与を支払う。この間の勤務は半日だけで、残る半日には有給休暇を適用。一日分の賃金を保証する」という企業の事例が紹介されている。リハビリのための勤務を行うのであれば、(有給休暇制度の趣旨からいえば法理論的には議論の余地はあるものの)有給休暇の取得についてその労働者と合意できるのであれば、このようなあり方も選択肢の一つかもしれない。なお、一定の要件の下で5日までの有給休暇は時間単位で与えることが可能となっている。
なお、この点について安西(※)は「一般に復職支援措置のリハビリ勤務は、通常の就労とはいえないため、判例のとおり復職期間中のまま実施してもよいものであるが、(中略)トラブルを生じないように規程を作成するとともに本人から『復職支援プログラム利用の申請書』といった書面によるプログラムの条件(無給、非労働、休職期間のまま等)を承認した上での本人の希望により申し込みを受けて行うといった配慮が必用とされよう
」とし、「通常の就労ではない」ことを理由に無給とすることも可能だとする。しかし、専門家の間でも見解が分かれているのが現状であり、また現に雇用契約を締結している労働者を「就労」させるのであるから、無給とするのであれば「通常の就労ではない」ことについて厳格に運用するべきと思える。なお、引用文中の判例とは大阪地判平成15年5月30日のことで、郵政公社の「勤務軽減措置通達」に関するものである。
※ 安西愈「トップ・ミドルのための採用から退職までの法律知識(十二訂)」(中央経済社)2009年
2001年8月23日に厚生労働省が公表した「精神障害者の雇用の促進等に関する研究会」報告においては、採用後精神障害者の職場復帰時のリハビリ勤務に関してではあるが、「賃金支払いの必要性や事故等が起きた際の災害補償の在り方について明確にした上で、労働者災害補償保険の対象となる場合には同保険を適用し、その他の場合には各企業において民間の保険に加入する等の措置を講ずる必要がある」とされている。なお、地方自治体でも試し出勤について損害保険に加入する例がある。
4 リハビリ勤務と安全配慮義務
(1)リハビリ勤務に安全配慮義務は成立するか
一方、労基法の適用はなくても、企業の側に安全配慮義務が生じることはあり得る。精神疾患の多くで自殺の危険性があることや、再燃・再発のおそれもあることはよく知られており、それは企業の側も知り得るだろう。従って、「リハビリのための勤務」ということであれば、裁判所によって通常の労働の場合よりも安全配慮義務の内容や違反の有無が厳しく判断される可能性もある(大山(※)も同旨と思われる)。また、災害が発生して企業の責任が認められると、通常、民事損害賠償額は労災補償給付の金額よりもかなり大きくなるが、労災補償されないと実質的に賠償の支払い額が増大する(労災保険で補償されれば、通常、国は企業には求償しないので、その分の企業の負担は減る)こともある。
※ 大山圭介「企業にはリハビリ勤務に応じる義務があるか(産労総合研究所編「労災・通災・メンタルヘルスハンドブック」所収)」(経営書院)2005年
これに関連するが、労働災害の業務上外の判断においても(いわゆるリハビリ出勤についてではないが)、過労死・過労自殺に関する判例で、労働が過重だったかどうかを判断する場合に、事業者が労働者に基礎疾患があることを知っていた場合は、基礎疾患を有するその労働者にとって過重だったかどうかで判断するものがあった。ただし、これについては近年では変化の傾向も見られる(※)。
これについて、三柴が2001年頃までの判例をまとめた資料では、「本人が持病を有していた場合には、持病を前提とした過重性判断が求められている(和歌山労基署長事件一審など)。但し、その旨を労働者から会社側に知らせるか、会社側が知るべき事情があることを条件としているものもある(三菱電機事件)」「過重性判断につき、被災者本人を基準(本人基準)とするか、その同僚や標準人を基準(同僚基準[標準人基準])とするか、については、本人基準を採るものが多いが、本人基準の採用に際して条件を設けるもの(三菱電機事件)、どちらを採るべきか明らかにしない中で、実質的には同僚基準を採っていると思われるもの(地公災基金愛知県支部長事件二審、差戻審、地公災基金岩手県支部長事件二審)、両基準を併用し実質的にもいずれの基準を重視しているか不明なもの(地公災基金岡山県支部長②事件二審)、もある」とされていた。
※ 三柴丈典「いわゆる過労死・過労自殺裁判例の動向に関する覚書(改訂版)」(近畿大学法学(近畿大学法学会)54巻1号)2006年
しかし、この記述について三柴先生から「これは平成13年ころまでの判例を整理したもので、その後の判例は、平均人基準をとりながら、相対的にストレス脆弱性の強い者もそれに含めて解する判断傾向を示すようになってきています。これは、結局、本人側よりも、ストレス要因の過重性に関する客観的な認定判断を重視する考え方ということができます(三田労基署長(ローレルバンクマシン)事件東京地判平成15年2月12日・労働判例848号27頁、名古屋南労基署長(中部電力)事件名古屋高判平成19年10月31日・労働判例954号31頁等)」とのご指摘をいただいた。
(2)安全配慮義務と免責同意書面
安全配慮義務について、あらかじめ労働者から「事故が発生した場合に職場に責任を問わない」という念書(免責同意書面)を取るケースがある。しかし、このような念書は公序良俗違反(民法90条)として無効と(または限定的に解釈)される可能性がある。また、このような念書を取ることで、労働者の企業へのロイヤリティや企業のイメージが高まるとは思えない。安全配慮義務についての免責同意書面をとることは、原則として避けるべきである。
安全配慮義務と免責同意書面(免責特約)について、雇用契約に関するものではないが、判例で「人間の生命・身体のような極めて重大な法益に関し、免責同意者が被免責者に対する一切の責任追求を予め放棄するという内容の前記免責条項は、被告等に一方的に有利なもので、原告と被告会社の契約の性質をもってこれを正当視できるものではなく、社会通念上もその合理性を到底認め難いものであるから、人間の生命・身体に対する危害の発生について、免責同意者が被免責者の故意、過失に関わりなく一切の請求権を予め放棄するという内容の免責条項は、少なくともその限度で公序良俗に反し、無効である」とするものがある(東京地判平成13年6月20日、他に東京地判平成12年1月28日、大阪地判昭和42年6月12日も同趣旨)。学説も安全配慮義務についての免責同意書面は無効であるとするものが多いようである(※)。
※ 例えば、松本克美「強制連行・強制労働と安全配慮義務(二・完)」2000年など
5 最後に
最後に、繰り返しになるが、企業は医療行為を行う場でもなければ、治療やリハビリを行う場ではないということを述べておきたい。
また、産業医もその本来の役割は産業保健の遂行であって、治療やリハビリは主治医に任せるべきものである。
医療機関でもない一般企業が、リハビリなどという行為にかかわるべきではないのである。治療と職業生活の両立や、スムーズな職場復帰への支援は必要であるが、企業のなすべきこととすべきでないことの区別はしなければならない。
さらに、そもそもリハビリでもないものを、リハビリ勤務と呼ぶことは、労使双方に無用な誤解と混乱をもたらすものであり、避けるべきであると強調しておきたい。
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